猫と こたつと Party Night




良く晴れた、ある冬の休日。
は、自宅のリビングで一人、退屈な時間を楽しんでいた。
したい事も、しなければならない事も、今日は特にない。
そんな時は、退屈を楽しめば良いのだ。
寒そうな外の景色を、温かいカフェオレでも飲みながら、ただぼんやりと眺める。
偶にはそんな日があったって良い。
一日中こたつでぬくぬくしながら、ダラダラ過ごす休日があったって。


「は〜、あったかい・・・・・・・」

こたつは、どうしても、どーーーしても欲しくて、最近、日本から取り寄せたアイテムだった。
暖房ならばエアコンもストーブもあるが、それだけでは埋められない心の隙間に、いよいよ耐えきれなくなったのだ。
出費と手間の甲斐あって、今年の冬はとても快適に過ごせている。


「あ〜、幸せ〜・・・・・・・・!」

気持ち良すぎて思わず横になったその時、掃き出し窓の向こうで客の声が小さく聞こえた。
美しく澄んだ声で行儀良く挨拶をするその声の主は、きっと。


「はいは〜い・・・・・・」

はモゾモゾとこたつを這い出て、掃き出し窓を開けた。


「やっぱり、マロ!」

予想通り、客は白羊宮の姫君、マロだった。
正式名はマロン、人間に喩えれば花の娘盛りの、若いメスの猫である。
に名を呼ばれると、マロはもう一度、ニャンと小さく鳴いた。


「いらっしゃい。ほら、おいで。」

部屋の中に入ってきたマロは、まっすぐにこたつを目指してきた。
そして、が布団を持ち上げて作ってやった入口から、躊躇いもなくスルリと中に入り込んだ。
そう。
彼女はもう、こたつの魅力を知っていたのだ。


「ふわぁ・・・・・。何だか眠くなってきちゃった。ね、マロ。一緒にお昼寝しよっか。」
「ニャン」

こたつの中でゆったりと寛いでいるマロに声を掛けて、は目を閉じた。
足に当たるマロの柔らかい身体の感触が、また何とも言えず心地が良い。
ふわふわと青空に飛んでいく風船のように意識が飛びかけたその瞬間、玄関のチャイムが鳴った。










「すみません、急に押し掛けてきて。」
「良いの良いの!どうせゴロゴロしてただけだし。」

客は、白羊宮の師弟だった。
一緒にお茶をと、茶菓子を携え訪ねてきたのである。
が招き入れると、師匠のムウは一番後から静かに入って来たのだが。


「わぁ〜い!こったつーこったつー!」

弟子の貴鬼は、一目散にこたつを目指してリビングへ突っ走って行った。
そして、こたつに勢い良く足を突っ込んでから、中にいる先客に気付き、布団を捲った。


「あっ、マロ!お前ここにいたのか!捜してたんだぞ!」
「ニャン」
「ムウ様ぁ!マロがいましたよ、ここに!」
「そうですか。それよりも貴鬼、行儀が悪いですよ。」
「ご、ごめんなさい・・・・!」

ムウに叱られた貴鬼は、慌ててこたつを抜け出し、直立不動の姿勢を取った。
その取ってつけたような改め方が可笑しくて、は笑った。


「遠慮しないで入って入って!二人共、これ目当てで来たんでしょ?」
「うん!!」
「いえ、そういう訳では。・・・・まあ、楽しみにはしていましたが。」

貴鬼は嬉しそうに、ムウは遠慮がちに、それぞれこたつに入った。
そう、彼等もまた、こたつの良さを既に良く知っていた。
いや、彼等だけではない。
他の猫達も、人間達も皆、既によくよく味をしめている。
それ故に、このところはいつにもまして来客が多い。
人も猫も、特に用がなくても、こうして家のリビング(最近は茶の間と呼ぶ方が相応しくなっている)にフラッとやって来るのだ。


「あ、そうだ。良かったら夕飯も一緒にどう?お鍋でもしない?」
「それは良いですね。折角ですから、アルデバランも呼んで差し上げましょうか。」
「うん!」

お茶を飲みながら喋っている内に、こんな展開になる事も珍しくない。
何なら猫のようにうたた寝していく者までいる始末である。
全ては、人を引き寄せる力のある不思議なこのアイテムの、抗い難い魔力のせいだった。









ヤマもオチもない、ダラダラした世間話をしながらお茶を啜っていると、また客がやって来た。
挨拶代わりに、掃き出し窓のガラスに『ゴツ・・・・』と頭突きをするその客は。


「あ!ブースケだ。」

が開けた窓からノッソリと入ってきた大柄な猫は、巨蟹宮近辺を根城にしているブースケ(♂)だった。
マロと一緒に生まれた兄弟猫である。


「お前も昼寝しに来たの?」
「ナオゥ」

の質問にふてぶてしく答えると、ブースケはこたつ布団に頭から突っ込んでいった。
しかし、その中には先客がいる。
人間三人分の脚の隙間で器用に寛いでいる、彼の姉(はたまた妹)が。


「ギャッ!」
「ニャオオゥッ!!!」

二匹は顔を合わせるや否や、狭いその空間で骨肉の争いを繰り広げ始めた。


「ニャッ、ニャニャニャッ!」
「ギャオゥッ!」

あっという間に始まったその争いは、止める間もなくあっという間に終わった。
ブースケの来襲に驚いたマロが、マッハで外へ飛び出して行ったのだ。


「あっ、マロ!どこ行くんだよーっ!」

それを追いかけて、貴鬼も飛び出して行ってしまった。
全てが一瞬の事で、ムウとはただ呆然としていた。
そんな二人をよそに、勝利したブースケは満足げな鼻息を吐いて、こたつの中に収まろうとした。
が、先に我に返ったムウがそれを阻んだ。


「お待ちなさい」
「ニ゛ャ」
「全く、躾がなっていませんね。」

突然、ブースケがフワリと宙に浮いた。ムウの超能力である。
ブースケは明らかに驚いているが、逃げ出そうとはしなかった。
しないのではなく、出来ないのだろうとは思った。
苦しくはならないだろう自然な体勢で、やんわりと、かつガッチリと、目に見えない力でホールドされている。
宙に浮いているブースケは、そんな様子だったからだ。


「アルデバランに声を掛けてくるついでに、ブースケを飼い主の元へ返却してきます。」
「ふふっ、行ってらっしゃい。バイバイ、ブースケ。」

問答無用に強制送還されていくブースケに、は苦笑を浮かべて手を振った。
なお、彼にはジルベールという本名があるのだが、若干一名を除いて、その名では誰も呼ばない。









また一人になったところで、はこたつを離れた。
ずっとぬくぬくしていたいのは山々だが、鍋パーティーの支度をせねばならないからだ。
のんびり用意していれば、その内にまた皆やって来て、鍋を始めるのに丁度良い頃合いになる。
は髪を束ね、エプロンをして、手を洗い、鍋の用意を始めた。


、入るぞ。」

という声と同時に現れたのは、双子座の黄金聖闘士カノンだった。


「飯の支度か?丁度良かった。今、海に行って来たところでな。土産だ。」

そう言って、カノンは大きな箱を足元に置いた。
中身は、魚やエビ、貝など、大量のシーフードだった。


「うわぁ美味しそう!すごい、大漁ね〜!」
「まあな。お前に預けるから、適当に配ってやってくれ。」

かつて海闘士だったカノンは、今でも時々、一人で世界中の海の様子を見に行っている。
カノンがそれについて何か語る事は殆ど無いが、こうしてそれぞれの海の恵みを聖域に
持ち帰ってくれる事が何よりの報告であり、また、彼の真心のような気がして嬉しい。


「ありがとう!ナイスタイミングよ、カノン。今からお鍋しようと思ってたところなの。
ムウと貴鬼と、アルデバランと。良かったらカノンもどう?」
「勿論。」

カノンは口の端を吊り上げて見せた。










参加者と食材と仕事が増え、はテキパキとキッチンで働いていた。
鍋の支度に加えて、魚を捌いたり人数分に分けたりという作業が発生した今、のんびりという感覚ではいられなかった。
だというのに。


「お前、少し太ったか?」
きゃっ・・・・!な、何!?いきなりお尻触らないでよ!」

こたつで寛いでいた筈のカノンが、いつの間にやら背後に迫り、いきなりセクハラに及んできた。


「いや、じっと見ていたら、何だか心持ち尻のボリュームが増えたように見えたのだがな。」
「失礼ね、太ってないわよ!多分!」
「という事は間違いなく太ったな。こたつでゴロゴロしてばかりいるからだ。」
「うっ・・・・・!」
「まあ、これ位は許容範囲内だがな。」
「いやっ・・・、ちょっと!お尻揉まないでよ変態!
「変態とは何だ。脂肪を分解してやろうと、親切でしてやっているのに。」
「ウソ!それ絶対ウソ!」
「ククク。」

悪ふざけのスイッチが入ったカノンと攻防戦を繰り広げていると、玄関の方からまた誰かの声が聞こえてきた。


、居るか?」

の尻に魔の手を伸ばしてこようとするカノンとそっくり同じ、この声は。


「サガ!?」
「うちの馬鹿がこちらに来ていないか・・」
「サガ、助けてーっ!!」
!?」

声の主は、マッハで室内に踏み込んできた。
そして、と揉み合っているカノンを見て、瞬時に小宇宙を爆発させた。


「カノン貴様、帰りが遅いと思っていたら、やはりここに転がり込んでいたか!」
「フン、お前にとやかく言われる筋合いはない。」
黙れ下衆め!こんなふしだらな真似をしておいて、筋合いもへったくれもあるか!
死んで詫びろ!ギャラクシアンエクスプロー・・」
いやあぁぁ!やめてやめてーーッ!家の中でそれだけはーーっ!

双子座の黄金聖闘士にして、聖域の教皇・サガ。
彼の怒りを鎮め、兄弟喧嘩を終わらせるのは、慣れてはいるが、いつも苦労する。
どうにかこうにかサガを抑え、二人を引き剥がし、それぞれ宥めすかして落ち着いてみれば。


「・・・・・あれ?」
「何だ?」
「ねえ、何か・・・・、音が聞こえない?」
「音?・・・・・・ああ、確かに。」
「うむ。聞こえる。」

不可解な音が、キッチンの方から小さく聞こえていた。
すったもんだの騒動で流れ流れてキッチンから離れていたのだが、その音に心当たりは全くなかった。
はすぐさまキッチンへ向かった。その後をサガとカノンも追った。


「何だろう・・・・、あっ!
あぁっ!?
なっ!?

その音の原因は、そこにいつの間にか居た客だった。
獲れたて新鮮な魚を、よりどりみどりに食い散らかしているその客は。


「「「ラッキー!!」」」

客の名はラッキー。
マロ・ブースケの兄弟であり、獅子宮でアイオリアに飼われている、世にも珍しいオスの三毛猫。
体は丈夫で性格も温厚だが、如何せん健康な若いオスなので、迸る食欲を抑える事が出来ない。
だから、目の前に美味しそうな魚があれば、夢中で食らいついてしまうのも仕方がないのだ。
だが、それ以前に。


「こいつ、どこから入ってきた!?」

カノンは窓に目を向けた。
だが、リビングやキッチンの窓はどれも閉まっている。


「他の部屋の窓は開けていないのか?」
「ううん、開けてない。」
「ならば一体どこから・・・・・・

あ・・・・・・・!

三人はようやく気付いた。
サガの乱入時に、玄関のドアが開けっ放しになっていた事に。
ついでに、サガが土足のままである事にも。



ふざけるなよこの馬鹿猫!!人が折角吟味して獲ってきた魚を!!
しかも一番の大物まで摘み食いしやがって!!」

カノンは怒り心頭だった。
食われたのが1匹2匹なら良かったのだが、あっちを少し、こっちも少しと、
あれこれ食い散らかされてしまった為、結構な量の魚を処分しなければならなくなったからだった。
しかも最悪な事に、その中には本日の釣果で一番の大物もあった。
としては少しぐらい猫に齧られてしまっていても気にならなかったのだが、カノンは気になるタイプのようだった。


「もう一度海へ行ってくる。」
「な、何もわざわざもう一度獲りに行かなくても、残りで十分じゃない?」
「駄目だ。折角の大漁だったのに、こんな形で諦めがつくか。
見ていろ。さっきと同じ位、いや、もっと大物を獲ってきてやる。
お前は鍋の準備を万端整えて待っていろ。」
「うん・・・・・」
そしてお前はそれまでに食われた魚を処分しておけ馬鹿兄貴!!

カノンはの制止を振り切り、床を拭き掃除しているサガの頭上から
刺々しい言葉を吐き捨てて、何処かの海へと出掛けていってしまった。


「ぐぬぬ・・・・・」

サガは、自分の不注意のせいだという負い目があり、何も言い返さなかった。
今日の喧嘩は弟の勝ち、というところである。
は小さく溜息を吐き、黙々と床を拭いているサガに声を掛けた。


「サガ、ありがと。もう十分綺麗だから。」
「いや、しかしまだ・・・」
「もう大丈夫。それに、どうせ元々汚れてたし。ふふっ。」

が笑うと、サガも申し訳なさそうに微笑んだ。


「では、掃除は終わりとして、次は魚の処分だな。少し離れていろ、。」
「え、何する気?」
アナザーディメンションで異次元に捨てる。それが一番早い。」
「えぇっ!?」

突拍子もないそのゴミ処理方法は、聖闘士ならではだ。
だが、そもそもゴミではない。少なくとも、の認識ではそうだった。


「そんなの駄目よ!勿体ない!」
「それはそうだが、しかし、な・・・・・。
愚弟の言いつけを守る形になるのは甚だ不愉快なのだが、動物の食べ残しを食べるのは、私も少し抵抗が・・・」
「じゃあ、猫の餌にすれば良いでしょう?」
「猫の餌?」
「これだけのお魚、むざむざ捨てるなんて勿体ないわよ!
捨てる位なら、猫達の餌にさせて。ね、良いでしょう?」
「まあ・・・・・、がそう言うのなら、私に異存はないが・・・・」
「じゃあ決まりね!」










更に仕事が増えたは、益々忙しく動き回っていた。
サガが、アイオリアも鍋パーティーに誘ってくるついでにラッキーを獅子宮に返してくると、
満腹になってこたつでぬくぬく寝こけていたラッキーを引き摺り出し、
有無を言わせず連れて行ったので、今はまた一人だった。
静かになると、やはり作業がはかどる。
鍋の支度に、魚の処理にと、フル回転で働いていると、また客が来た。


、遅くなって済まん!」
「邪魔するぞ。」

アルデバランと童虎だった。
二人は、それぞれ両の腕にどっさりと野菜の入った袋を幾つもぶら下げていた。


「材料を持って来たぞ!老師にも声を掛けたら、五老峰の畑の野菜を分けて下さるというのでな、
二人でちょっと中国まで行って来た。」
「これだけあれば、鍋に足りるじゃろう?」
「うん、十分十分!ありがとね!
二人共、疲れたでしょ?お茶淹れるから、こたつでゆっくりしていて。」

ギリシャから中国までは、『ちょっと』行ける距離ではないのだが、
その辺はもうもすっかり慣れてしまっていて、ツッコむ事はない。
何もかもが、『黄金聖闘士だから』の一言で解決がつく。
そういう、人知を超えた存在なのだ、十二宮の住人達は。


「ふぃ〜!これじゃこれじゃ、やはり良いのう!」
「いや全く。日本の文化は凄いですな。」

その人知を超えた存在をも手玉に取ってしまうのだから、こたつって本当に凄い。
幸せそうにちんまりと温まっている二人の姿を眺めながら、はしみじみとそう思った。










ムウが戻ってきたのは、それから暫くしての事だった。


「すみません、。客が増えても構いませんか?」

戻って来るなり、彼は申し訳なさそうな顔でにそう告げた。
だが、客なら既に何人も増えている。
今更断る理由など、にはなかった。


「うん、勿論良いわよ。誰、デス?」
「と、シュラとアフロディーテです。
鍋パーティーの事を少し話したら、三人共すっかり乗り気になりまして。
の都合を聞いてから返事をするので、ひとまず巨蟹宮で待っているように言ってきたのですが、恐らく・・・」
「あははっ!無理無理!デスの事だもん、きっと今頃すぐそこまで・・・」

の読みは見事に当たった。


「おーうーーっ!鍋の準備は出来てるかぁ!?」

デスマスクの大声が、玄関の方から聞こえてきた。
もそれに大声で答えた。


「まだー!デスも手伝ってよー!」
「やっぱりな!そのつもりで急いで来てやったんだよ!」

程なくして、自信に満ち満ちた顔付きのデスマスクがキッチンに現れた。
その肩には、先程ムウが送り届けてきた筈のブースケが乗っている。
それを見たムウは、迷惑そうに顔を顰めた。


「わざわざ送って行ったのに、何故また連れて来るんです。」
「ついて来んだよ、仕方ねーだろ。」

人間同士の睨み合いなど全く気にも留めず、ブースケはデスマスクの肩から飛び降り、
一目散にこたつへと駆けて行った。


「わっ、何だ何だ!?デスマスクの所の猫か!?」
「ホッホ、お主も入るか?ほれ。」

ブースケは、アルデバランの傍をすり抜け、童虎に持ち上げて貰った布団の隙間からこたつに入り込んだ。
今はライバルが居ないので、こたつの中はブースケの天下である。
きっと幸せそうな顔をして、その大きな体をのびのびと伸ばしている事だろう。
その姿を想像して、は小さく笑った。


「あ、そうだデス。シュラとアフロは?一緒に来なかったの?」
「何か持って来るっつって、一旦自分ち帰ったぜ。
あいつらは物品担当、俺は労働力担当、つー事で包丁貸せ。」
「わ〜い、よろしく〜!」

デスマスクは、鮮やかな手付きで魚を捌き始めた。


「では私達も、セッティングでも始めましょうか。」
「そうだな。」
「ならば儂は、野菜の泥落としでもしようかのう。」

リビングではムウとアルデバランがセッティングを始め、童虎は両腕に白菜だの大根だのを抱えて外に出て行く。
いつの間にかやる事が格段に増えているが、彼等が手伝ってくれれば百人力だった。










忙しいを通り越して大忙しになってきた頃、獅子宮へ行っていたサガが一人で戻って来た。


「あれ?リアは?」
「町に買い出しに行った。私は気にするなと言ったのだが、
猫が魚を食い荒らした詫びをせねば、どうしても気が済まないそうだ。」
「買い出しって、もう夕方よ?」

気付けばもう、外はたそがれ始めている。
こんな時間から出掛けたところで、町の商店は間もなく軒並み閉まってしまうだろう。
だが、アイオリアもまた『黄金聖闘士』なのだ。


聖衣を装着してマッハで走って行ったからな。間に合う筈だ。」
「あ、なるほど、あはは・・・・。何もそこまでしなくても・・・・・。」
「私も同じ事を言ったのだが、止められなかった。」

聖衣を装着してマッハで町まで走り、人目に付かない所で聖衣を脱いで
一般人の風体で買い物をし、また人目を忍んで聖衣を装着し直して
マッハで帰って来るのであろうアイオリアのとてつもない手間を思うと、眩暈がしそうだった。


「買い出しが済んだら、まっすぐここに来ると言っていた。暫くしたら来るだろう。」
「おーい、ー!入るぞー!」

サガがそう言った瞬間、玄関の方から声がした。
アイオリアかと思ったが、違う。
この良く通る大きな声は、ミロの声だ。


「よう、聞いたぞ!皆で鍋をやるそうじゃないか!」

やがて、楽しそうに目を輝かせたミロが顔を出した。
その足元には、彼が面倒を看ているリトル・スカーレットがいる。
やはりマロ・ブースケ・ラッキーの兄弟で、天蠍宮の周辺を縄張りにしている精悍なオス猫だ。


「そうなの♪ふふっ、リトルも連れて来たのね!」
「ちょうど飯時だからな。こいつにも食わせてやってくれ。」
「勿論!今ね、ブースケも来てるのよ。」
「ほう、それはそれは。」

ミロの後ろから、また違う男の声が聞こえた。
静かなトーンのその声は。


「カミュ!一緒だったんだ。」
「ああ。済まない、誘われた訳でもないのに押し掛けてきて。」

カミュはに向かって済まなそうに微笑むと、足元に視線を落とした。


「良かったな、ツンドラ。ジルベールも来ているそうだ。久しぶりに会えるぞ。」
「ニャン」

カミュの足元には、彼の飼い猫である美しい白猫が凛と立っていた。
まだ若いが、マロやリトルやラッキーやブースケの、れっきとした生みの母である。


「わっ、珍しい!ツンドラも連れて来たんだ!」

カミュが猫を連れて出歩く事は、まず無いに等しい。
それが今日に限ってどうしたのか、その疑問に答えたのはカミュではなく。


「マロが誘ったんだよ!」

カミュの後ろからピョコッと顔を出した貴鬼だった。
カミュが一歩横にずれると、その足元にマロの姿も見えた。


「良かった、マロ見つけられたのね!」
「うん!宝瓶宮にいたんだ!」
「へー、そうなんだ?」
「オイラが見つけた時、マロ、ツンドラとジーッと見つめ合ってたんだ。
何してんだろうと思って様子を見てたら、マロが小さく鳴いて、そしたらツンドラも返事するみたいに鳴いて。
そしたらマロが歩き始めて、その後をツンドラが歩き始めたから、オイラ達も後をついて来たんだ。」
「カミュとミロも一緒に?」
「ああ。何だか二匹が連れ立って出掛けて行こうとしているように見えて、面白くてな。」
「で、歩きながら貴鬼から事の次第を聞き、鍋の話を聞き、道すがらリトルも連れて来たという訳だ。」

ミロがウインクして見せると、アルデバランが可笑しそうに笑った。


「何だ何だ、要するに皆ヒマだったって事か!わっはっは!」
「フッ、そうとも言うな。さて、ジルベールはどこだ?久しぶりに顔を見たいのだが。」

カミュはジルベール、通称ブースケの姿を求めて、室内を見回した。
ブースケをジルベールと呼ぶ若干一名というのは、勿論カミュである。


「ブースケ?ブースケなら今・・・」
「ギャオッ、ギャギャオゥッ!」

突如、獣の鋭い声が響き渡った。
見れば、こたつに入ろうとする兄弟達を、ブースケが追い払おうと威嚇していた。


「あっ、ブースケ!まだいたのかお前!」

貴鬼がいち早く駆けつけ、劣勢のマロを庇った。


「やいブースケ!マロをいじめるな!」
「ヘッ、なに甘っちょろい事言ってやがんだ。いじめられる奴が悪いんだよ。」

人間の言葉で挑戦的に答えたのは、勿論、ブースケではない。
彼の飼い主、デスマスクだった。
デスマスクは包丁を振るう手を止めないまま、余裕の笑みを浮かべて尚も続けた。


「いいか小僧、よく覚えておけ。所詮この世は弱肉強食、力こそが正義だ。」
「そんなの間違ってるよ!正義っていうのは、愛と勇気の・・」
お前はどこのアン○ンマンだ?パン工場の回し者みてぇな事言うんじゃねーよ。
いいか、お前が幾らガタガタ言ったって、それがこの世の理だ。
悔しかったら戦って倒し、奪えば良い。お前んとこの貧弱な猫に、ソイツを倒せるのならな。ククク。」
「なるほど。では貴方を倒せば、私が正義という事になるのですね。
何でだよ!?

だがその余裕は、ムウが出てくるとあっさり消し飛んだ。


「何故って、マロンは小柄なメス、お宅のは巨漢。ハンデがありすぎるでしょう。」
「だからって何で俺とお前の対決になんだよ!?」
「仕方ないじゃないですか。人間に喩えれば、肥満体のジャージのチンピラ
深窓の令嬢を立ち向かわせるようなものなのですから。」
誰が肥満体のジャージのチンピラだ!
「かと言って、私が猫と闘う訳にもいきませんしね。その点、貴方なら。」
「いやどの点だよ!」

あっちでワイワイ、こっちでガヤガヤ。
気が付けば、随分客が増えている。
最近はよく客が来るが、今日はいつになく多い。


「あと何人来るんだっけ?えーっと、シュラでしょ、アフロに、リアと・・・・」
、これチョコレートだろ?1個食べても良いか?」
「良いわよー!」
、皿はこれ使って良いのか?」
「どうぞー!」

考えようとしても、周りがうるさくて頭の中がゴチャゴチャになる。


「ああもう・・・・・!」

とにかく、席が足りなくなる事だけは確かだ。
もう一卓テーブルを出してこようと、はリビングを離れた。
すると、玄関先で丁度着いたばかりのシュラとアフロディーテに遭遇した。


「おお、。邪魔するぞ。」
「いやに騒々しいな。もう始めているのかい?」
「ううん、まだ。人数が多くなっちゃって。」
「そうか。じゃあ、これでは足りんか。」

シュラは持参した紙袋の中を開いて見せた。
中身はワインが3本と、リンゴやオレンジが数個だった。
だが、鍋の材料は十分ある上に、今後まだ増える予定がある。


「私が何か買い足して来ようか?何が良い?」
「ううん、これで十分よ!ありがとう!でも強いて足りないとすれば・・・」
「何だ?」
「猫ね。」
「「猫?」」

思いっきり怪訝な顔をする二人に、は満面の笑みで頷いた。


「今ね、猫達も集まってるの。折角だから、シュラも『うな』を連れて来たら?」
「わざわざ!?今来たところなのに、また猫を連れに戻るのか?」
「面倒なのは分かるけど・・・・・、でも、カノンが美味しそうな魚をどっさり持ってきてくれたの。
猫の分も沢山あるから、折角だし、ね?」
「うぅむ・・・・・」

シュラは難しい顔をして少し考えていたが、やがて小さく頷いた。


「分かった。連れて来よう。美味い魚が食えるのなら、うなも喜ぶだろうしな。」
「うん!」
「私は君を手伝おう。何をすれば良い?」
「あ、そうそう!テーブルを出そうと思ってたの!よろしく〜!」

とんぼ返りで磨羯宮へと帰って行くシュラを見送ってから、はアフロディーテと共に
鍋パーティーの準備に戻っていったのだった。











人の数も、猫の数も増え、家はもはやカオスだった。


どうだ!この見事なマグロ!!

どこの海に行っていたのか、巨大な黒マグロを引き摺って鼻高々に戻ってきたカノンが、
手当たり次第に人を捕まえて自慢していたり、


「おいアイオリア。このキャンディー10袋もあるぞ。
何だって同じ物ばっかりこんなに買って来たんだ!?」
「何っ、そうだったか!?慌てていて、適当にカートに放り込んでいたから・・・・!」
「しかも物が飴玉じゃからのう。幾ら何でも飴玉ばかりそんなに食えんぞ。」
「うぅ、も、申し訳ありません・・・・・・・!」

閉店間際の商店でめくらめっぽうに買い物をしてきたらしいアイオリアが、
ミロや童虎に呆れられて小さくなっていたり。


「・・・・・・・・」

そんなひっちゃかめっちゃかな場所にいきなり連れて来られて硬直しているのは、
磨羯宮在住の猫、うなだった。
マロ達の姉妹、ツンドラの娘であり、少々臆病気味なこの猫は今、巨大な壁にぶち当たっていた。


「・・・・・・」

うなの狙いは、向こうに見えるこたつ。
だが彼女の目の前には、どっしりと座るアルデバランがいる。文字通り、巨大な壁である。
うなは彼の横を通り抜けたいが、怖くて踏み出せないようだ。
そんなうなに、シュラは優しく話しかけた。


「うな。大丈夫だ。こいつはアルデバラン。俺と同じ黄金聖闘士だ。」
「・・・・・・・」
凶暴そうに見えるか?だが大丈夫、怖くないぞ。何もしないから、心配せずに横を通れ。
ほら、お前もこたつに入りたいのだろう?」
「・・・・・・・」
とって食われそうな顔に見えるだろうが、とって食いはせん。俺が保証する。
パッと見は鬼のように見えるだろうが、これでも正真正銘の人間だ。だから心配するな。」
「・・・・お前何気にボロカス言ってるぞ;

優しい口調でボロクソに言われたアルデバランは、地味に傷付きながら、うなの為に道をあけた。


「・・・・・・・ナン」

するとうなは、脱兎の如く走り抜け、一直線にこたつの中に駆け込んでいった。










「お鍋煮えてきたよ〜!」

そんなこんなの内に、ようやく良い匂いがするようになってきた。
そろそろ頃合いの筈だと蓋を取ってみると、豊かな香りのする湯気がふわりと立ち昇り、
良い具合に煮えた具材が姿を見せた。
野菜の優しい緑。海老の鮮やかな朱色。
誰からともなく歓声が上がった。

その時。



― アイオリア!アイオリア、聞こえるか!



うわっ!?

黄金聖闘士達が、突然一斉に驚いた。


「ど、どうしたの、皆?」
「いや、ちょっと・・・・・」
何か強烈な電波が飛んできた。
「強烈な電波?何それ??」

アフロディーテやアルデバランが、こめかみを揉みつつ答えた。
だが、には何も感じなかった。
すると、デスマスクが心の底から迷惑そうな顔をして教えてくれた。


「この念はシャカだぜ。ったく、デケェ『声』張り上げやがって。
おいムウ、やかましいっつっとけ。」
「はいはい。」

一番強力なテレキネシスを持つムウが、代表して応対に出た。


「何ですか、シャカ。そんなに『怒鳴らないで』下さいよ、迷惑な。」
あの愚鈍な筋肉馬鹿にも聞こえるようにしてやったまでの事。
それよりムウ、何故君が出るのかね?私が呼び掛けたのはアイオリアなのだが?』
「彼なら側にいますよ。何の用です?」
『奴の飼い猫が、私の沙羅双樹の園に入り込んで粗相をしでかした。
即刻引き取りに来て、速やかに掃除をしろ。さもなくばこの猫に引導を渡す。奴にそう伝えてくれ。』

というやり取りは、最初程の強烈さはなかったようだが、それでも以外の全員に聞こえたようだった。


ちょ、ちょっと待ってくれ!すぐに引き取りに行くから早まるな!

アイオリアが、血相を変えて飛び出して行った。


「何、どうしたの!?シャカ、何だって?」
「アイオリアの猫が、沙羅双樹の園で粗相をしたらしい。すぐに来ないと・・・・」

アフロディーテに耳打ちされたは、目を見開いた。
今すぐシャカの機嫌を取らねば、ラッキーの身が危ない。
それに、そう。
誰かが足りないと思っていたら、シャカが来ていなかったのだ。
断じて悪意はなかったのだが、ついうっかり・・・という言い訳も彼には通じない。
このままついうっかり呼び忘れっぱなし、などという事になったら、それこそ後でどれ程の災難が降りかかるか。


「ムウ!シャカをここに呼んで!お鍋が丁度良い感じに煮えてるって!」
「分かりました。」

の懸念は、ムウにも即座に伝わったようだった。










「・・・・・・・・・・で?」

暫くして、アイオリアにエスコートされて(?)シャカが訪ねてきた。
訪ねてくるなり、彼は怪訝そうに眉を潜めた。


「何故君達は、わざわざ鍋の置いてあるこたつから離れて、そちらに固まっているのかね?」

シャカが首を傾げるのも無理はなかった。
丁度食べ頃に煮えている鍋が載っているこたつには誰も入っておらず、
何故か全員がテーブルにひしめき合っているのだから。


「あのね、実は・・・・・・・・」

は苦笑しながら、こたつ布団をそっと捲ってみせた。
中には、6匹の猫達が居た。
ちんまりと丸まって、それぞれに好き勝手な方を向いて、幸せそうに目を閉じて。


「・・・・という訳なの。私達が入ったら、猫達が入れなくなるでしょ?」
「下らん。」
「でも皆気持ち良さそうにしてるでしょ?」
「知らん。」
「見て。お願い。」
「・・・・・・・・」

はそっと、シャカの瞼を指先で押し上げた。
そしてシャカを促し、こたつ布団の中を覗かせた。


「・・・・どうしてもというならこたつは猫共に譲ってやっても良いが、代わりに給仕はしたまえよ。」

何秒か後に顔を出したシャカは、相変わらずの仏頂面だったが、心持ち機嫌は直ったように見えた。


「はいはい。ありがとうございますおシャカ様。ふふっ。」

既に人がひしめき合っているテーブルに、シャカがズカズカ割って入っていくと、
サガが険しい顔で彼を叱った。


「シャカ、調子に乗るな!不便なのは皆同じなのだぞ!自分で食べる分ぐらい自分でよそえ!」
だーっ!もういいからお前らさっさと食えよ!
煮えすぎて味が落ちるだろうが!特に魚介!」
「そうだそうだ!もう待ちきれん!俺は先に食わせて貰うぞ!」

調理担当のデスマスクがどやしつけると、ミロがいそいそと呑水がわりのスープボウルを持って鍋に向かう。
それに触発されて、一人、また一人と。


デスマスク、よそってくれ!
俺の分も頼む。
ついでに私のも。
わしゃその魚が食いたいのう。
俺ぁ母ちゃんか!?

したい事もしなければならない事も何もない、退屈な休日が、皆集まって賑やかなパーティーになった。
今日はとても良い一日になったと思いかけて、は小さく首を振った。
今日はとても良い一日になったと、ピリオドを打つのはまだ早い。


「美味しそ〜っ♪いただきま〜すっ!」

素敵な夜は、今、始まったばかりなのだから・・・・・。




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後書き

『仔猫十二宮編の続・番外編』というリクエストを頂きました。
暫くオールキャラを書いていなかったので挑戦してみたら、ゴッチャゴチャに(汗)。
慌ただしくも賑やかな年末をイメージしたのですが、見事にとっ散らかりました(笑)。
リクエスト下さった亜里紗様、ありがとうございました!