男と女が望む愛の形は少し違う。
そう思う時がある。
例えば今日も・・・・・
すっかり夜も更けている。
一日の終わりを、は磨羯宮で迎えていた。
そしてそのまま、明日の朝もここで迎える事になる。
それはここの守護人シュラと恋仲になってから、ほぼ日常茶飯事であった。
「、コーヒーの代わりは要るか?」
「ん〜〜・・・・」
空返事をするの前に置いてあるカップを取り上げると、シュラは軽い溜息をつきながら熱いコーヒーを注いだ。
「何をそんなに真剣に観ているんだ?」
シュラはまた琥珀色の液体が満ちたカップを元の場所に置いてやり、の隣に腰掛ける。
その視線を辿ってみれば、そこにはTVがあった。
いや、正確に言えば、何年も前に世界的なヒットを飛ばしたラブロマンス映画が放送されている。
「そんなに面白いか?」
「まぁね・・・・」
「俺にはさっぱり分からん。」
歯の浮くような愛の言葉を囁いてヒロインに口付ける俳優を見ても、別に何とも思わない。
強いて言えば聞いていて恥ずかしい、それぐらいだ。
― 何がそんなに面白いんだか・・・・
シュラは肩を竦めてコーヒーを飲んだ。
とにかく今のに何か話し掛けても無駄だ。
映画が終わるまで放っておいてやろうと思いながら。
ややあって。
「はぁ・・・・・」
満足そうな溜息と共に、は画面から目を逸らした。
映画が終わり、CMが流れ始めたからである。
「やっぱりこの映画面白いわ・・・・・。ねぇ、シュラ?」
「ん?ああ・・・・・」
「シュラ?」
「ああ。そうだな・・・・」
「シュラってば!」
はシュラの手から雑誌を奪い取った。
「生返事しないでよ〜!」
「済まん。退屈だったもんでな。」
「一緒に観れば良かったのに。」
「生憎だが、俺はあの手の映画には興味ないんでな。」
口をへの字に曲げるシュラを見て、は僅かに口を尖らせた。
「いっつもそうなんだから。」
「何がだ?」
「スペイン人が情熱的だって話、あれは嘘ね。」
「嘘かどうかは知らんが、それ以前に個人の性格による事だけは確かだろうな。それより何が『いつもそう』なんだ?」
「シュラはロマンチックじゃない。」
少々脹れ気味に言うを見て、シュラは怪訝そうに眉を顰めた。
何でそんな訳の分からない事で機嫌を損ねるのか、心底分からないからだ。
「何だ、急に?」
「・・・・・」
「何が気に入らないんだ。言ってみろ。」
シュラに促されても、は決まり悪そうに口籠るしかなかった。
そう。
いくら心で思っていても、恥ずかしくて言えない。
たまには映画の登場人物のように、甘い言葉を囁いて欲しい、なんて。
「さっきの映画だって観なかったし・・・・」
「それが気に入らないのか?」
「違うわよ!そうじゃなくて・・・・、ああもう、さっきのを観ててくれたら分かったのに・・・!」
「ちらりとは観たぞ。主役二人がキスしている所だったかな。」
「はぁ・・・・・・」
にべもなく言うシュラに、は溜息をついてみせた。
確かに、映画のような恋なんて現実にはそうそうない。
そんな事ぐらいとて百も承知しているし、世の他の女達もそうであろう。
あの手の映画は、言うなればそんな女達の淡い幻想を具現化したものだ。
だから、決して忠実に真似て欲しい訳ではなく。
― でも、ちょっとでいいから、感化されてくれてもいいんじゃないの?
そう、望みはほんの些細な事なのだ。
さっきの映画のような情熱的すぎる愛情表現は、実際にされるとかなり恥ずかしいだろう。
幻想は幻想だからこそ憧れ感動もするのであって、それがそのまま現実になれば同じ気持ちになるとは限らない。
だが、その10分の1程度のロマンチックは時折無性に欲しくなる。
具体的に言えば、『愛している』と言って欲しい。
何しろシュラは、愛情を口に出す事がまずないのだ。
「何だ、溜息なんかついて。」
「もういいわ・・・・。」
「何だ、気になる言い方だな。はっきり言ってくれ。」
「・・・・・じゃあ質問。」
「何だ?」
「シュラにとって、愛情表現ってどんなの?」
「はぁ!?」
突然難しい質問をくらったシュラは、呆気に取られての顔を凝視した。
「何だ、急に?」
「良いから答えて。」
― ははぁ、大方さっきの映画に感化されたんだな。
質問動機についての予想はすぐさまついたが、返答は難しい。
そんな事を考えた事など、今まで一度もなかったからだ。
「愛情表現・・・・、また難しい質問だな。」
「そう?」
「ああ・・・・。まあ、強いて言えば・・・・」
強いて言えば、いつもにしている事がそうであろうか。
ふとした仕草に魅力や愛情を感じれば、状況が許す限りキスする。
更に許せば、肌の温もりを求める。
それぐらいしか、シュラには思い当たらなかった。
「スキンシップ、だな。」
「・・・・なるほどね。」
「何だ、間違っているか?」
「いや別に間違ってはないけど・・・・・」
「その割には納得していなさそうだぞ。じゃあ俺からも質問だ。お前にとって愛情表現とは何だ?」
まさか同じ質問を返されるとは思わなかった。
シュラの答えは間違っていない。
言葉でこそ聞けないが、シュラの愛情はいつも感じている。
それはそれでとても幸せな事なのだが。
「・・・・・言葉。」
「言葉?スキンシップよりも言葉が良いのか?」
「そうじゃなくて!でも、たまには言葉が聞きたくなるものよ・・・・」
「そんなものか?」
「・・・・そんなものよ。」
は照れに照れているせいで、ふて腐れ始めてさえいる。
そこでようやく、シュラはが何を求めているかを悟った。
― 全く、女というのは・・・・
時々こうして訳の分からない事でへそを曲げるからかなわない。
けれどその理由が理由だけに、怒る気にもなれない。
それどこか微笑ましくさえ感じてしまう。
そんな自分を大概ヤキが回ったものだと、シュラは苦笑した。
「俺はあまりそういうのは得意でないんだがな・・・・」
「分かってる。シュラが口下手なのは良く知ってるわよ。だからもういいの。」
とうとうはそっぽを向いてしまった。
怒っているというより、とんでもない因縁をつけた自分が恥ずかしいのである。
ところがシュラは、それを許さなかった。
「、こっちを向け。」
「何よ?」
「・・・・・・愛してる。」
目を背けられないように、頬を大きな両手で包まれて。
ついに言われてしまった。
ずっとずっと、聞きたかった言葉を。
「・・・・・・恥ずかしい・・・・」
「・・・・・開口一番それか。俺はもっと恥ずかしいんだから我慢しろ。」
「・・・・・ぷっ・・・、くくく・・・・」
「笑うな。」
実際聞いてみると、思った以上に恥ずかしかった。
笑っては悪いと思うけれど、つい笑ってしまう。
シュラが珍しく頬を染めているものだから。
そして、思った以上に嬉しいから。
「・・・・それで?返事はなしか?」
「シュラも聞きたい?」
「・・・・いや、いい・・・・」
一瞬聞きたいと思ったが、やはり照れ臭い。
今でも十分穴があったら入りたい位なのに、聞かされる立場になったらどんな事になるか。
そう思ったシュラは、の頬にやっていた手を背中に回して抱き寄せ、朱に染まった顔を隠すように白い首筋に埋めた。
「お前の望みの愛情表現はしたからな。次は俺の望みをお前が叶えろ。」
「え?あ・・・・」
気付いた時には既に遅く、はソファにゆっくりと倒されていった。
― 全く、男って・・・・
どんな甘い言葉より、どんなロマンチックなムードより、肌を重ねる快感が好きらしい。
けれど求めてくれているのは自分だから、やっぱり嬉しい。
そんな自分を大概『恋する女』だと苦笑しながら、はTVのリモコンのスイッチを切った。
男と女が望む愛の形は少し違う。
けれど求めるものは同じ、互いの全てだから。
こうしてずっと、寄り添っていけるのだろう。