三日程前、町へ買出しに行った時、俺は一人の婆さんに会った。
古ぼけたストールを被って、町角でひっそりと佇んでいた占い師の婆さんに。
何だか不憫に感じて、俺は人助けのつもりで客になってやった。
勿論、占いの結果なんてまるで気にするつもりもなく。
そこで俺は、その婆さんにこう言われたのだ。
『あなたは大切なものをなくすでしょう』と。
「うぎゃーーっ!!」
聖域に下品な悲鳴が轟いた。
声を出したのはデスマスクで、出させたのはこの俺、ミロ。
流石にアンタレスは勘弁してやったが、奴にたっぷりと仕置きをくれてやったところだ。
「ちょっとミロ!」
少し気が晴れて立ち去りかけたところに、の怒声が飛んで来た。
まずい、今一番会いたくない人間なのに。
「ああ、か。どうした?」
「どうしたじゃないでしょ!?一体何があったの!?」
「何って?」
「私見てたのよ!何で急にデスを血祭りに上げたりしたの!?」
あぁあぁ、そうかそうか。俺が悪者か。全く、踏んだり蹴ったりだ。
一方的にやられたデスマスクの味方についたようなに、俺は折角ピークを越えかけていた苛立ちが、また勢いを盛り返して来るのを感じた。
「・・・・・・からだ。」
「え?」
「デスマスクの奴が、俺のライターを失くしたからだ!」
に怒鳴っても仕方がないのに、ついつい声が大きくなる。
はっと気付いた時にはもう遅い。
はみるみる内に、腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは!なぁに、そんな事で怒ってたの?こっども〜!」
「ほ、放っといてくれ!!」
そんな事は言われなくても自分が一番良く分かっている。
俺は赤面しつつ、そそくさとその場を逃げるようにして離れた。
何故って、には今会いたくなかったから。
会わせる顔がなかったのだ。
だってあのライターは・・・・・・
「ねえ!待ってよミロ!そんなに怒んないでったら!」
ああ畜生。追いついてこられた。
それ以上逃げも隠れも出来ず、俺はまた渋々振り返った。
「別に怒ってなんかいない。」
「でも、機嫌悪そうだもん。」
「当然だ!だってあれは・・・・」
「あれ?」
「あれは・・・・・、に貰ったやつだったんだ・・・・・・」
ああ、遂に言ってしまった。
口に出して言うと、改めて罪悪感と悔しさがこみ上げてくる。
「私があげたもの?・・・・・って・・・・・」
「そうだ。俺の誕生日に、がくれたあのライター・・・・・・」
黒メッキがかかったシルバーの本体に、透かし彫りで銀色に浮かび上がった蠍のロゴの入ったジッポ。
『ミロにぴったりだと思って』と嬉しそうに手渡してくれた時のあの笑顔は、今もまだ忘れられない。
感謝と感激と、ほんの少しの下心で迫ったキスは、残念ながら受け取って貰えなかったけど。
それもその筈、が誕生日プレゼントを渡したのは、悔しいが俺だけではない。
は黄金聖闘士全員に、平等に律儀に渡している。
尤も、俺達も全員、の誕生日にはプレゼントを贈ったのだが。
とにかく、義理でも何でも嬉しかったのだ。
本当に大事にしていた。
「どうしてあれをデスが持ってたの?」
「昨日、火がないから貸してくれと言われて貸したんだ。それを事もあろうに、奴は町のバーで失くしてきやがった!」
「あ〜あ・・・・・、そうだったの。」
「分かってる、貸した俺が馬鹿だったんだ。忠告は貰っていたのに。」
「忠告?」
「この間、町で占い師の婆さんに言われたんだ。『あなたは大切なものをなくすでしょう』ってな。」
「それって・・・・・、当たり?」
「当然だろう!!俺は本当に本当に大事にしてたんだ!!!」
また大声を張り上げて、俺はハッと黙り込んだ。
それより何よりまず、言うべき事があるんじゃないか?
それに気付いたのだ。
「・・・・・・・、済まん。」
「いいよー!気にしてないから!誰だって機嫌の悪い時はあるし。」
「いや、お前に怒鳴った事もそうだけど、折角くれたものを不用意に扱って悪かった。はは、幾ら口で『大事にしてた』なんて言っても、この様では説得力がないよな。」
ぎこちなく笑った俺に何か言ってくれるかと思ったら、は黙ったまま。
「?」
「・・・・・・・いいよ。それも気にしてない。」
「だが・・・・・・」
「だって、物は物でしょ?そりゃ、失くなっちゃったのは残念だけど・・・・・、あれ結構あちこち探してやっと見つけたものだったし・・・・・」
「・・・・・・済まん・・・・・・・」
「でもね、そんな風に思って使ってくれてた事が一番嬉しいよ。」
はにかんだは、俺の手をそっと握ってくれた。
「・・・・・・ありがとうね。」
「・・・・・・・・」
『ありがとう』と言われるなんて、思ってもみなかった。
ああそうか、だから俺は、が好きなんだ。
「・・・・・・・・」
今度は『あわよくば』なんて下心はない、身体が勝手に行動を起こした。
が好きだという、心のままに。
そんな俺のささやかな贈り物を、はその唇で受け取ってくれた。
ふんわりと包み込むようにして。
「・・・・・・次の誕生日にまたプレゼントあげるから、機嫌直して?」
「・・・・・・もう直った。のお陰だ。だが・・・・・」
「ん?」
「次のプレゼントは、俺のリクエストを聞いてくれるか?」
「何?」
・・・・・前言撤回。
やはり下心も本心の内だ。
「・・・・・が欲しい。」
意味深な笑みを浮かべてそう打診してみれば。
「・・・・・次の誕生日にね。」
クスクスと軽やかな笑い声が、俺の耳に優しく響いた。
その後俺は、二度と占い師の前には立ち止まらない事にした。
何故って。
また『あなたは大切なものをなくすでしょう』などと言われたら、
洒落にならないだろう?