私の想いをジョークにしないで。
「カミュ、来週の事聞いた?」
「ああ。皆で遊びに行くのだろう?」
「うん。カミュも行くでしょ?」
「ああ。」
「楽しみ〜!すっごく綺麗なホテルなんだって!」
「そうか。それは楽しみだな。」
行き先なんて、正直言ってどこでもいい。
ただきっかけが出来た事が嬉しい。
何の進展もない、この現状から抜け出す為の。
「すごく大きくて綺麗なプールが付いてるんだって。一緒に泳ごうね?」
「いや、私は遠慮しておく。」
「えー!?何で?」
「・・・・なんとなく。」
カミュは肩を竦めて、理由になってない理由で私の誘いを断った。
そんなにあっさり断らないで。
私はあなたと一緒にいたいんだから。
「そんな事言わないでさ〜、泳ごうよ?ね?」
「ううむ、あまり気乗りはしないのだが・・・」
「じゃあ気乗りしてくれるように、私頑張っちゃおうかな?」
「何をだ?」
「カミュが『おお!』って思ってくれるような水着着ちゃう!どう?駄目?」
少し恥ずかしいけど、頑張って言ってみた。
途端に、カミュは飲んでいた紅茶を吹き出す。
「ブッ!!ゴホッゴホッ!!・・・何を言うんだいきなり・・・」
「どんなのがいいかな?ビキニ?ワンピース?」
「・・・・何でも、君の着たいものを着ればいい。」
カミュは顔を少し赤らめて、私から目を逸らす。
少しは意識してくれた?
「でもスタイルに自信ないから、あんまり過激なデザインは無理だわ。」
「な、なんにせよ、君の好きなものを着ればいい。」
「あんまり興味ない?」
「いやそういう訳では・・・」
「本当かな〜?・・・まあいいわ。とにかく新しい水着を買って、ダイエットもしよう。」
「フッ、君は面白い人だな。たかがプールぐらいで何故そんなに気合が入っているんだ?」
何故、って?
それはこっちが聞きたいわ。
これだけアピールしてるのに、どうして分からないの?
それとも、気付いているけど私の事なんか興味がないの?
「だって、少しでも綺麗にしたいもの。」
「君は今でも十分魅力的だと思うが。」
「フフッ、ありがとう。お世辞でも嬉しいな。よし頑張ろう!!じゃあ私仕事の続きがあるから行くね。」
「ああ、頑張って。」
あなたの真意が分からない。
優しい瞳で、優しい口調で、私に接してくれるけど、肝心の心は見えないまま。
いつもそう。
遠回しに『好き』と言っても、あなたにはまるで通じていない。
あなたも『私も君の事は好きだ』なんて言ってくれるけど、あまりにも飄々としているからどう取っていいのか分からない。
まるで私が冗談で言ってると思っているみたい。
だから結局平行線。
そんな状態にいい加減悲しくなってきた時に、今回の話。
チャンスはこれしかない、そう思った。
来週こそは、あなたにはっきりと気持ちを打ち明けようと思う。
だから、ちゃんと私の想いを受け止めて。
そして運命の日はやって来た。
「晴れて良かったねー!」
「そうだな。」
「ねえカミュ、一緒に泳ごうね。」
「フッ、そうだな。」
「じゃあ約束。」
「ああ。」
カミュの優しい笑顔に心が躍る。
まもなく訪れるその時が待ちきれない。
緊張と嬉しさで逸る気持ちを隠して、私はホテルに向かう車に乗り込んだ。
残念ながら彼と同じ車ではないが、着くまでの間に一人で気持ちを落ち着かせたいから、かえってその方が好都合。
もうすぐ、もうすぐ。
あなたにちゃんとこの気持ちを打ち明けられる。
ホテルについてなんだかんだバタバタしてるうちに、彼の姿を見失った。
だから彼の居場所を聞こうと近くにいたミロにさりげなく聞いてみる。
「あれ?カミュは?」
「ああ、カミュなら少し歩いて来るって言って一人でどっか行ったぞ。」
「あ、そう・・・。」
早速出端を挫かれた。
一緒に泳ごうねって約束したのに。
「俺達これからテニスコートに行こうと思うんだけどさ、は?」
「う・・ん、私はプールに行ってるわ。」
「プールか!いいな!!俺も一汗かいたら行くよ!!」
「うん、待ってるね。」
「ああ!じゃあまた後でな!」
「あ、待ってミロ!」
ウインクを一つ投げて去って行こうとするミロに、私は一つ言付けを頼んだ。
「何だ?」
「カミュを見かけたら、私がプールにいるって伝えてくれる?」
「ああ、分かった!」
快く引き受けてくれたミロに感謝しながら、私は更衣室へ向かった。
少しの寂しさと、沢山の期待を胸に秘めて。
シーズンオフのせいか、プールにいる客は少なかった。
気持ち良さそうに泳ぐ人達を、私はプールサイドに腰掛けて見ている。
入って泳ぐ気にはなれない。
今にもあなたが来るかも知れないって思ったら、すぐ目につく所にいたくて。
幸い、今日の私は遠目にも目立つと思う。
今着ているのは、今日の為に奮発して買った水着。
あなたと過ごせる嬉しさに浮かれた勢いで買ってしまった、派手な花柄。
色はあなたの髪の色に一番よく似ている赤にした。
赤を選んだのは、他愛もない女心と、温かいこの色が勇気をくれる気がしたから。
それにこの間頑張って作った、星屑のようにさらさらと揺れるピンを髪に飾って。
全部、今日この日の為に用意したの。
そして今日こそ、あなたにちゃんと『好き』って言おうと思ったのに。
早く来て。
30分経っても、1時間経っても、あなたは来ない。
寂しさと期待の割合が、時間と共に変化してくる。
人気の少ないこのプールで、自分の水着だけが目立ちすぎて恥ずかしい。
そして、恥ずかしさはすぐに悲しさに変わる。
約束、忘れちゃったのかな。
それとも守るつもりなんてなかったのかな。
やっぱり私の気持ちを冗談だと思ってるのかな。
ありとあらゆる嫌な想像が頭をよぎる。
少し冷静になろうと、私はプールに両足を浸してみた。
ひんやりと冷たい水の感覚。
足を浸けた部分からゆらゆらと拡がる波紋。
あなたはまだ来ない。
視界が揺らめいているのは、波で揺れている水面のせいだけじゃない。
「おーい、!」
「あ、皆・・・」
名前を呼ばれる声に顔を上げてみれば、ミロを含む数人がプールに入ってきたところだった。
その中に、あなたは混じっていない。
「待たせて悪かったね。ラリーが長引いて。」
「皆大人気ないからな。もう半分千日戦争だった。」
「そう、大変だったのね。」
「も来れば良かったのに。」
「ごめんね。でもプールが楽しみだったから。」
楽しみだった。
あなたと泳ぐのが。
そして早くあなたに打ち明けて、このもどかしさをどうにかしたかった。
「ところで、その水着とても素敵だね。」
「そう?」
「ああ。よく似合ってるよ。」
「ありがとう。」
褒めて貰えるのは嬉しいけど、これがあなたならもっともっと嬉しかった。
そう思うと、また涙が滲んできそうになる。
「あ、そうそう、カミュだけどさ、探してみたんだけど見つからなくて。ごめんな。」
「ううん、いいのいいの!気にしないで。こっちこそ手間掛けてごめんね。」
「全然!ま、そのうち来ると思うからさ。折角なんだし泳ごうぜ!」
「うん。」
あなたの名前を聞いて切なくなる。
優しい彼らの心遣いに、また泣きたくなる。
もうこれ以上涙を堪えきれそうにないから、誤魔化す為に水に入った。
水に濡れてしまえば、涙を流しても悟られないから。
一思いに水中深く潜って頭まで濡らした後、ゆっくりと泳ぎ出す。
昂った気持ちを冷たい水で冷やそうとするように。
こんなに苦しいのに、どうしてあなたじゃないと駄目なの?
優しくて楽しくて、信頼できる人は沢山いるのに。
あなたの顔しか思い浮かべられない。
どんなに背を伸ばして泳いでも、あなたに追いつくことが出来ない。
この指先にすら、かすりもしない。
やり場のない心が、波に揺られて遠くに流れていく。
私の気持ちをちゃんと聞いて欲しかった。
駄目なら駄目で構わないから、せめてこの想いを打ち明けさせて欲しかった。
冗談なんかじゃない、本当に好きだってことを分かって欲しかった。
なのに。
あなたは来ない。
お願いだから、私の想いをジョークにしないで。