聖域小咄 3




ギリシャの聖域という所に、ジェミニのカノンという男がいました。
ある日、カノンはいつもの通り、退屈な執務当番を終え、うんざりかつグッタリしながら
双児宮に帰って来ました。
ところが、折角帰って来たというのに、忘れ物をした事に気付き、
もう一度執務室に引き返す破目になりました。


「クソッ、面倒だな・・・・・・・!」

双児宮から執務室のある教皇の間までは、結構距離があります。
引き返す破目になったのは自分が忘れ物をしたせいだという事は分かっていますが、
ボヤかずにはいられません。
何しろ、まだ仕事中の双子の兄にテレパシーで一言頼めば済む位の些細な用事なのです。
兄がそれを快く頼まれてくれれば、の話ですが。


「・・・・ったく、どうせならもっと心の広い、弟思いの兄が欲しかった・・・・・。」

生憎と、カノンの兄は狭量で冷たい男でした。
人様には善人ぶって優しくするけど、たった一人の弟には鬼のように厳しく、
氷よりも冷たく接する男なのです。
カノンの主観では、あくまでもそういう男なのです。
そんな兄に、『忘れ物をしたから、帰りに持って帰って来てくれ』などと頼もうものなら、
やれ注意が足りないだの、兄を顎で使うなだの、グダグダネチネチ言われる事請け合いです。
そんな嫌な思いをする位なら、面倒でも自分で取りに戻った方が幾らかマシというものでした。




「やれやれ、やっと着いた・・・・・・!」

カノンは兄の悪口をブツブツ言いながら、十二宮を上っていき、教皇の間までやって来ました。
後はさっさと忘れ物を取って来て、帰ってゴロ寝しながら、兄の帰宮と夕飯が出来るのを待つばかりです。
執務室の前まで着いたカノンは、ドアを開けようとノブを掴み掛けました。
と、その時。


「・・・・・そんな・・・・・!それは本当なのか・・・・・・・・!?」
「・・・・うん・・・・・・・」

ドア越しに、人の話し声が聞こえて来ました。
声の主は、カノンと同じくジェミニの黄金聖闘士であり、また、聖域の教皇でもある兄のサガと、教皇補佐のでした。
それだけなら別段気にする必要もないのですが、二人の声が、特に兄の声がやけに深刻で、カノンは思わず気配を潜めました。


「本当にそう言っていたのか・・・・・!?」
「本当よ。もう長くはもたないらしいわ。」
「長くない、とは・・・・・、具体的に、どの位なのだ・・・・・?」
「どれ位、とははっきり言えないらしいけど、もって精々、あと一月かそこらみたい。」

気配を殺しながら、カノンは息を呑みました。


「そんな・・・・・、そんなに短いのか・・・・・・・!?」
「・・・・もう、いつ死んでもおかしくないんだって。」

いつ死んでもおかしくない。
のその言葉は、カノンを酷く打ちのめしました。
まるで、脳天を雷に打ち抜かれたような気分でした。


「・・・・・我々の・・・・、私のせいか・・・・・・?随分と無理をさせてきたから・・・・・・」

サガの声も、動揺して震えていました。
酷いショックを受けているのは明らかでした。


「・・・・・ごめんね。正直、それは無い、とは言えないわ。
だけどねサガ、原因がそれだけって事は無いのよ。」
「・・・・・・・・・」
「何にだって寿命ってものがあるでしょ?ほら、電池にすらあるじゃない!ふふっ!」

は、健気に笑っていました。


「それに、その寿命の長さはそれぞれ・・・・、でしょ?それが偶々短かったってだけの話よ。」

確かにそれはそうです。
この世のあらゆるものには寿命というものがあり、その長さは様々です。
生まれてすぐに死ななければならない者も居れば、100歳まで生きる者も居る。
人はそれを、『運命』と呼んだりします。
そしてその『運命』を決めるのは、人間ではありません。
けれど。


「だから、そんな風に気に病まないで。ね?」
・・・・・・・・・」
「大丈夫。沙織ちゃんには私から説明して、早く代わりを入れて貰うようにするから。」
「・・・・・・・済まない、お前にそんな事までさせて・・・・・・」

けれど、だから何だというのでしょう。
それで納得出来る訳などありません。
人は決して無力ではない、たとえ運命を決めるのが神であっても、人間にはそれを切り拓き、
変える力がある、カノンはそう強く信じていました。
寿命だから、運命だから、仕方がないと諦める事など、カノンにはどうしても出来ませんでした。




「ちょっと待て!!!」

カノンは猛然と扉を開け放ち、サガとの間に割って入りました。


「何をハナから諦めてるんだお前は!!」
「カノン!?」

カノンはまず、の両肩を掴みました。


「大体、そんな大事な話、どうして今まで俺に黙っていた!?
サガにだけコソコソと言いやがって・・・・!」
「そ、そんな、コソコソだなんて・・・・・・」
「だがな、この俺が聞いたからには、簡単に諦めさせなどしないぞ!
何が寿命だ、何が運命だ、そんなもの、この俺が変えてやる!
それを決めるのは神だというなら、その神をも打ち砕いてくれるわ!!」

カノンは血が逆流するような激情に任せて、そう叫びました。
そしてその勢いのまま、今度はサガの胸倉を掴みました。


「お前まで一緒になって諦めてどうする、このクソたわけが!!
貴様それでも黄金聖闘士か!?何が『お前にそんな事までさせて・・・・』だ!!
代わりさえ入ればそれで良いのか!?お前にとってはそんな程度の存在だったのか!?」
「や、やめろカノン・・・・!苦しい・・・・・!」

胸倉を掴んでいた筈の手が、いつの間にか首まで上がって、サガの頸部を力の限りに圧迫しています。
だが、そんな事にはお構いなく、カノンは叫び続けました。


「何が『私のせいか・・・・?』だ!泣きそうな声で言いやがって!!
ああそうだとも、お前のせいだ!俺のせいだ!!俺達全員のせいだ!!!
今更そんな泣き言を垂れる位なら、どうして最初からもっと労ってやらなかった!?
どうしてもっと大事にしてやらなかった!?」
「カ、カノン・・・・・・」
「どうして・・・・・・、もっと・・・・・・・・・」

気が付けば、カノンは泣いていました。
しとどに涙を流していました。
どうしてもっと、早くに気付いてやれなかったのか、
どうしてもっと、を大切にしてやらなかったのか、
後悔してもしきれませんでした。
にこんな無情な運命を与えた神も、に相談さえして貰えなかった頼りない自分も、
憎くて憎くて堪りませんでした。


「・・・・・・・くそっ・・・・・・・!」

カノンは固く拳を握り締め、悔恨の涙を流し続けていました。
が、ふと見れば、サガとがポカンとした表情で、涙にむせぶカノンを呆然と眺めているではありませんか。


な、何だその間抜けヅラは!?
「いや、『何だ!?』はお前の方だろう。お前こそどうしたのだ?」
「な、何で泣いてるの・・・??」
「は?」

驚きの余り、涙も止まってしまいます。
この期に及んでしらばっくれているつもりでしょうか。


「何でって・・・、お前等こそ何なんだ!?何故ここで俺をそんな目で見る!?
それでとぼけているつもりか!?俺は全部聞いていたんだぞ!」
「いや別にとぼけている訳では・・・・。いきなり乱入されて号泣されたら、誰でも驚くと思うのだが・・・・。なあ、?」
「う、うん。運命とか、神様とか、何の話なの?」

否、二人はすっとぼけてなどいませんでした。
本気で訳が分かっていない様子でした。


「い・・・、いやいやいや、お前達が言っていたんだろう!?
もういつ死んでもおかしくないだの、もってあと一月だの・・・・・!」
「うん、まあ、それはそうなんだけど・・・・・、ねぇ?」
「ああ。だからと言って、それで何故お前がそこまで泣き喚いてゴネるのだ?」
「はぁっ!?ちょ・・・、ちょっと待て、どういう事だ!?お前ら一体何の話をしてたんだ!?

カノンが詰め寄ると、サガとは揃って一台のパソコンを指差しました。


パ、パソコンだとぉぉ!?!?!?
「そうだ。このところ調子が悪かったのだが、いよいよ本格的におかしくなってきていたので、
に修理を依頼して貰ったのだ。ところが電気屋曰く、もうハードディスクが壊れかけていて、
もってあと一月位だ、と。」
「ハードディスクの交換って手もあるんだけど、私もそんなに詳しくないから失敗するかも知れないし、
それなら沙織ちゃんに話して新しいパソコンを入れて貰った方が良いかな〜、と思ったんだけど・・・・。」
「何しろ導入されてまだ1年も経っていない物だから、非常に心苦しくてな。
壊れた原因はまず間違いなく、無知な我々が滅茶苦茶な操作をしたせいであろうし。」

二人の説明を、カノンは呆然と聞いていました。
確かに、主語がじゃなくてパソコンならば、泣く必要も、神様を打ち砕く必要もありません。
女神に謝って、代わりの端末を貰えば済む話です。
最悪、無ければ無いままでも、どうという事はありません。


「お前まさか、の事だと思ったのか?・・・・フッ・・・、ククッ・・・・」
「そうなの?ふふっ・・・・、そうなんだぁ、私の為に泣いてくれたんだぁ、ふふふっ!」

ようやく合点がいったらしい二人が、堪え切れずに笑っています。
は照れたように恥ずかしそうに、そしてサガは、小馬鹿にしたように。
主語が変わるだけで話の重要度もここまで大暴落する事に驚くと共に、
カノンの中で何かがふつふつと煮え滾ってきました。
抑える事など、とても出来そうにありません。
今すぐ何かにぶつけなければ、カノン自身が爆発してしまいそうでした。


「そうかそうか。自覚があるなら、今後は執務をサボらない事だ。
に迷惑を掛けぬよう、己の務めは己の手でしっかり果たすのだぞ。」
「大事にしてね、うふふっ!」

幸い、ターゲットは一瞬で決まりました。
人の純情をせせら笑った挙句、尊大な顔でここぞとばかりに説教を垂れる兄のサガ、
『的』としてこれ以上の適任者はありません。


黙れ!!ゴールデン・トライアングル!!!
「なっ、いきなり何をするカノン!!」
「今日という今日は本気で決着をつけてやる!!異次元ならば気兼ねもあるまい!!」
「ちょ、ちょっと待て、私はまだ執務が・・・・!ぐわぁぁぁっ・・・・・!」

巻き添えを食わせてそれこそを殺してしまってはまずいので、
最後の理性を振り絞り、カノンは自身と兄に技を掛けました。
かくして、サガとカノンの兄弟は、仲良く(?)異次元へと旅立っていきましたとさ。


めでたし、めでたし。(←やかましいわ! BY カノン)




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後書き

3度目のお馬鹿小咄です。
もうそろそろしつこいですかね、済みません(汗)。
このネタでどこまで突っ走る気なんでしょうかね、私は。(←誰に訊いてんだ)