まだ日も落ちないうちから、散々乱れた後。
汗を流して、濡れた髪を少し乱暴に拭きながら部屋へ戻る。
ジーンズを履いただけの彼が、窓辺に立って外を見てる。
二月ほど前に知り合ったばかりの、5歳年下の男。
「ミロ」という名の20歳のギリシャ人で、さる要人のボディガードのような仕事をしているらしい。
それ以外、私は彼のことを知らない。別にそれ以上詮索する気もないのだけれど。
一夜限りの付き合いと思ってたのに、彼はちょくちょく家にやって来る。
明るい笑顔で私を愛していると言う彼は、多分もう私の恋人と呼べる存在なのだろう。
「だんだん秋になってきたなぁ。」
「そう?でもまだ暑いわよ。昼なんて真夏並みじゃない。」
「空が違う。少し低くなってきたし、雲だって淡くなってる。こないだまで分厚い綿みたいな入道雲だったのに。」
「よく観察してるのね。」
「あぁ、空を見るのは好きなんだ。季節の移り変わりがよく分かるからな。流れる雲が教えてくれる。」
−空を見てると、季節が分かる。−
『あの人』の口癖によく似た言葉に、私は軽い目眩を覚えた。
微かな動揺を隠すように、乱れた髪をかき上げる。『あの人』が好きだった紅いマニキュアの指で。
窓辺を離れたミロがキッチンへ向かう。強い西日がミロの裸の背中を照らす。
まばゆい金の髪に光が反射して眩しい。
程よく日焼けした素肌と、逞しい体躯がとても扇情的で、思わず見惚れていると、
いつの間にか牛乳のパックを手にして、私の横に立っていた。
「飲む?」
「ええ。」
受け取ろうと手を伸ばすと、ミロは微笑んで牛乳を自分の口に含み、私を抱き寄せてキスした。
冷たい牛乳が口の中に入ってくる。わざとゴクリと音を立てて飲み込むと、
それが合図だったかのように、今度は舌が無遠慮に入ってくる。
一旦鎮まったはずの熱が、また体の奥で疼くのを感じる。
噛み付くようなキスが終わって、息を整えながら彼を見上げてみた。
「愛してる、・・・・」
ミロはいつも私を愛してると言う。臆面もなく、それこそ口癖のように愛情を表す台詞を口にする。
寡黙だった『あの人』とは違う。
強引さすら感じるミロの愛に、私は引き寄せられる。
「私も、好きよ・・・・」
― そう、私はミロが好きなんだ。明るい太陽のような彼が好き。
再び唇を合わせて、ベッドにもつれ込む。
彼の唇や手の動きを感じ淫らな声を上げながら、どこか妙に冷静な頭は『あの人』とミロを比べている。
「愛してる・・・」
強い快感に飲まれそうになって、思わずしがみ付いたミロの肩にほくろを見つける。
これ以上ないほど密着した体から、彼の匂いがする。
顔も、髪も、年も、声も、匂いも。
全てが違う。
私がどことなくうわの空だったことを知ってか知らずか、彼の愛撫が激しくなる。
激しい快感に翻弄されながら、『あの人』のことを考える。
私が過去の人にまだ縛られていることを、彼は気づいていないのだろうか。
それとも、分かっていて気付かないふりをしているのだろうか。
あなたが好き、だけど『あの人』が忘れられない。だからあなたに『愛してる』と言えない。
優しいあなたに甘えて前を向ききれない私を、許してくれる?