今、ここにある幸福




ずっと鳴り響いていた小気味良いノミの音が、ようやく止まった。
部屋で本を読んでいた貴鬼は、ふと顔を上げて本を傍らに投げ出し、小走りに台所へ向かった。
師匠は昨夜一晩中、飲まず食わずであの音を鳴らせていたのだ。
弟子たる者、茶の一杯も用意しておかねば。
貴鬼はいそいそと熱い茶を淹れ、居間のテーブルに置いた。
それと同時に、作業場のドアが開く音がした。


「ムウ様!お疲れ様でした!」

出て来たムウは、貴鬼の予想通りパンドラボックスを携えていた。
やはり、聖衣の修復が終わったのだ。
ムウはすぐにでもそれを持って聖域に戻ると言うかも知れないが、弟子たる者、師匠の身を案じるのも大事な仕事の内である。


「お茶淹れておきましたから、少し休んで下さい。ムウ様、昨夜寝てないんでしょう?」

貴鬼がこう言うと、ムウはふと微笑んで、『大丈夫ですよ』と返事をした。


「それより貴鬼、この聖衣を聖域まで届けて来なさい。」
「はぁい。でもムウ様は?白羊宮には戻らないんですか?」
「私は数日ばかり留守にします。緊急の用があれば呼んで下さい。」

ムウは貴鬼にパンドラボックスを託すと、テーブルの上の茶を飲み干し、スタスタと行ってしまった。


「まただよ・・・・・。」

貴鬼は言いつけ通りにパンドラボックスを背負いながら独り言ちた。
ムウは時々、行き先を告げずにフラリと何処かへ行ってしまう。
何処へ行っているのかは、誰も知らない。
一番弟子の自分でさえ知らないのだ、他の者が知っている訳がない、貴鬼はそう思っていた。


「ムウ様は一体、何処に行ってんだろ?」

一体何処で何をしているのか、気にならない訳ではないが、務めもおろそかに余計な詮索をすれば、ムウからどんな厄介な罰を受ける事か。
貴鬼はブルルッと身を震わせると、聖域に向かってテレポーテーションした。




















聖域でもジャミールでもない、とある山間の地。
ムウは今、その地を踏み締めて立っていた。
目の前には、色とりどりの鉢植えの花に彩られた素朴な丸太造りの山小屋がこじんまりと建っている。
その玄関のドアを開けようとノブに手を回して、ムウははたと止まった。
小屋の横手から、土を掬う音と共に優しい気配がする。
ムウは玄関を離れると、音と気配のする方へと足を向けた。


近付いてみると、やはり、彼女だった。
彼女はムウに背を向けて、素朴な素焼きの鉢にせっせと花を植えている最中だった。
邪魔にならないように一つに束ねた髪に淡い木漏れ日が降り注いで、艶やかにきらめいている。
2週間前と変わりない、元気そうなその後ろ姿を見て、ムウは幸せそうに目を細めた。


「・・・・・。」

ムウが呼びかけると、彼女は手を止めて振り返った。
彼女は驚いた顔で『ムウ』と呟いたが、やがて嬉しそうに微笑んで言った。


「・・・・お帰りなさい。」










「思ったより早かったのね。あと3日後の筈だったのに。」
「思ったより仕事が早く片付いたんですよ。」
「そう。・・・・フフッ、だけどいつもながら驚かされるわ。貴方ときたら、いつでもフッとそこに湧いて出るんですもの。」

バタバタと慌ただしくお茶の用意をしながら、は歌うような声でそう言った。
その言い草にムウは苦笑した。


「湧いて出るとはあんまりな。人をまるで虫か何かみたいに。」
「でも本当の事でしょう?」
「確かに。否定は出来ませんね。」

否定どころか、図星そのものだった。
ここに来る時は、大抵いつも突然なのだ。
勿論、前もって予定立てる事もしないではないし、偶々電話のある環境に居れば、予め連絡を入れる事もする。
しかし突然の来訪は、その何倍にもなっていた。
急にぽっかりと空いた午後、無性に人肌恋しい夜。
そんな時に、何度突然を訪ねて来た事か。

いや、訪ねて来るという他人行儀な表現は相応しくない。
ここはの住まいであると同時に、ムウの家でもあるのだから。


「でも、『湧いて出る』はちょっと言い方が悪かったわね。旦那様に向かって。」

そう。
たとえ離れて暮らしていても、ムウはの夫であり、はムウの妻だった。
しかしは、陶芸を生業とする普通の女だ。
ジャミールでも聖域でも、は暮らしていけない。
そうである以上、別居はやむを得なかった。


「どう?このティーカップ。この間作ったばかりの新作なの。」
「ふむ・・・・、良い出来ですね。売り物にするのですか?」
「これは私達二人の為の、一点物の非売品。」

しかし、たとえ離れて暮らしていても、たとえ誰にもその事実を知られていなくても、二人はれっきとした夫婦だった。
互いにそれを認め、深く、深く、愛し合っているのだから。













「仕事の方は順調ですか?」
「ええ。今は丁度一段落したところ。貴方は?今度はどれ位居られるの?」
「私の方も丁度区切りがつきましたからね。数日は居ますよ。」
「そう。じゃあゆっくり出来るのね。良かった。」

午後の優しい木漏れ日がさんさんと入り込む窓辺のソファに座って、二人はゆったりと寛いでいた。
肩を寄せ合って、香りの良い茶を飲み、とりとめもない会話を交わす。
ムウはこの時間が、ここでの暮らしが好きだった。
静かにゆっくりと流れる時間の中、土と花の香りのする清涼な空気に包まれて、傍らにはいつも愛する女性が居て。
毎日をここで過ごせたら、どんなにか幸せであろうか。


「・・・・ムウ?どうしたの?」

不意にムウに抱きしめられたは、少し驚きながらも優しくムウを抱きしめ返した。


「いつも寂しい思いをさせて・・・・済まない。」
「・・・・気にしないで。私、寂しくなんてないわ。ここでの生活が気に入ってるし、それに、貴方はいつだって、何処からだって、一瞬でやって来られるもの。そう思ったら、少しも寂しくなんてないわ。」

はこう言うが、ムウはそうは思っていなかった。
二人の間はいつも一方通行、いつでも何処からでも一瞬で来られるのは、ムウだけなのだから。
例えば具合を悪くして苦しい時、例えば心細い嵐の夜、はそれを独りで耐えねばならない。
不安や寂しさを訴え、今すぐに来てとムウに伝える術を、は持たない。
その事を、ムウは常に申し訳なく、そして歯痒く思っていた。
不安な事もあるだろう。
一人密かに涙する事もあるだろう。
そんな事など何一つおくびにも出さずに、いつでも野の花のように優しく微笑んでいるがいじらしかった。


「ムウ・・・・・・」

胸締めつけられるようなその想いに任せて、ムウはをより一層強く抱き締めた。
髪を撫でて、口付ける。
はじめは優しく、少しずつ深く。


「んんっ・・・・・、お茶・・・・・・・、零れちゃう・・・・・・」

ムウはそのままの体勢での手からカップをやんわり取り上げると、傍らのテーブルに自分のそれと並べて置いた。


「これで大丈夫。」
「で・・・も・・・・・、んっ・・・・・!こんな・・・・、明るい内から・・・・・」

ムウはやはりキスをやめないまま、窓のカーテンを引いた。
柔らかい自然光で明るかった室内が、その瞬間、仄暗い影に包まれた。


「・・・・これで大丈夫。」

ムウは優しく微笑むと、をそっとソファに組み敷いた。
















の唇に、首筋に、何度も優しいキスを降らせながら、ムウは自分との肌を少しずつ露にしていった。
薄暗く静かな部屋に、白い肌がぼんやりと浮かび上がり、甘い吐息が零れて落ちる。


「あぁ・・・・んん・・・・・・・・」

胸の頂をムウの指と舌が捉えると、が鼻にかかるような甘い声を上げた。
恥ずかしそうに目を伏せて、それでももう躊躇いはしない。
慣れ親しんだ温もりを求めて、細い腕がムウの頭をかき抱く。
ムウはそれに応えるように、片方の先端を指先で捏ね、もう片方を舌で転がした。


「はあっ・・・・・・!あぁっ・・・・・・・・!」
「本当に・・・・、寂しくはありませんでしたか・・・・・?」
「あっん・・・・、んんっ・・・・・・」
「此処も・・・・?」

ムウはショーツの脇から人差し指を滑り込ませると、の花弁の中心に触れた。
そこは触れられた途端、ピクンと蠢いて熱い蜜の一滴を零した。


「あんっ・・・・・・!」
「本当に、少しも寂しくなりませんでしたか・・・・・?」
「ああぅっ・・・・・!」

ムウの指先が入口だけを浅く軽く擦っていると、淫らに滑った音が次第に鳴り始める。
刺激される内にそこはみるみる内に口を緩ませ、トロトロと蜜を垂らし始めていたのだった。


「んああっ・・・・・・・!はっ、あぁ・・・・・!」

甘く喘ぐの姿は、ムウの男の部分を否応なしに刺激し、昂ぶらせていく。
しかしムウはそれに抗い、敢えてその遠慮がちな愛撫のみを続けた。


「あっ、あっ・・・・!や・・・ぁ・・・・・・!」

は頬を上気させて身をくねらせ始めた。
後から後から溢れて止まらない蜜のせいで、音はどんどん大きく淫靡になっていく。


「あっ、もっ・・・・、駄目・・・・・・・!」

尚も続けていると、はとうとう涙を零し始めた。
拒否しているのではない、求めているのだ。
花弁の中心が物欲しそうに口をひくつかせ、ムウの指を何とか呑み込もうと腰が艶めかしく揺れている。
そんなの痴態を目を細めて見つめてから、ムウはの耳元に囁きかけた。


「私はずっと、貴女に触れたいと思っていましたよ・・・・・・」
「んんっ!」
「いつもそうです。貴方が側に居ない時程、貴女の温もりを思い出してしまう・・・・・」
「あぁんっ!」

濡れた音と共に、ムウの指先が少しだけの中に入り込んだ。
の中は待っていましたとばかりに嬉々として蠢くが、しかしムウはそれ以上の事をしない。


「はぁっ・・・・・・!あぅ・・・んっ・・・・・!ム、ウ・・・・・・!」

は切なげに花弁を痙攣させながら、懇願するような眼差しをムウに向けたが、ムウは静かに微笑んでその涙を唇に吸い取っただけだった。


「・・・・寂しかったのは、私だけですか・・・・・?」

ムウのその言葉に、はとうとう限界に達した。
はふるふると首を振りながら、甘い吐息で声を詰まらせつつ言った。


「わた・・・・、私・・・・も・・・・っ・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「貴方が居ないと・・・・っ・・・・・、寂しく・・・・て・・・・・・!」
「・・・・・・・・・」
「ずっと・・・・・・、欲しくって・・・・・・・!」

お互い、もう限界だった。
ムウは一思いにのショーツを抜き取ると、改めての中に深々と指を入れ、紅い蕾のような花芽を吸い上げた。


「あああぁぁっ・・・・!!」

程なくして、は呆気なく快感の果てに到達した。

















「さあ、ここに手をついて・・・・・」

ムウは達してぐったりとしているを抱きかかえるように起こすと、窓枠に手をかけさせ、窓の外を向く姿勢でソファに膝をつかせた。
ぱっくりと開いて艶めかしく蜜を滴らせる花弁が丸見えになり、ムウを益々煽り立てる。


「あ・・・・、あぁぁっ・・・・・・・!」

ムウはの背中に覆い被さるような体勢を取り、ゆっくりとの中に沈んでいった。


「ううっ・・・・ん・・・・・・!」
「っ・・・・・!」

薄いゴム越しにも、の温もりが伝わってくる。
ムウはそれを噛み締めるように、ゆっくりと律動を始めた。


「あっ、あっ、あっ・・・・・!」

ムウは浅く、深く、の中を突き、白い背中にキスを降らせた。
身体の何処かが刺激される度に、の中はまるで意思をもった生物のように蠢き、ムウを果てさせようと締め付けて来る。
少しでも長くこの時を堪能したいという思いと、誘われるまま果ててしまいたいという思いに板挟みになりながら、ムウはを愛し続けた。


「あんっ・・・・、ムウ・・・・・・!」
・・・・・・・・・」

が口付けを求めるように、少しだけ顔を振り返らせた。
ムウもそれに応えて唇を重ね、深く舌を絡め合わせる。


「んんっ・・・・・!ふ・・・・ぅっ・・・・・!」

こうして身体を重ねている時だけは、束の間、何もかもを忘れてしまう。
何もかもがどうでも良くなって、ただ、の事しか考えられなくなる。
それはきっと、も同じ筈だった。


「あぁん・・・・・・、ムウ・・・・・・・・」

切なげに濡れているの瞳には、ムウしか映っていない。
己の姿だけを映すその瞳を見た瞬間、ムウの理性は完全に飛んだ。


「あっ、あぁんっ!!」

ムウは律動を早め、そして強め始めた。
もどかしい程の愛しさと、雄の征服欲がそうさせた。
征服欲、自分の中にそういうものがある事をムウは自覚していた。
それが男の性であり本能である以上、そしてムウが男である以上、それは備わっていて当然のものなのだ。
たとえらしくなかろうが、誰も信じなかろうが。


「あぁっ、んああっ!!」

ムウはの腰を掴み、甘く、激しく、突き続けた。
白い尻が艶めかしく揺れ、の中を出入りする自身がその狭間に見え隠れする。
その煽情的な光景が、視覚の点からもムウを昂ぶらせていく。


「あっ、あぁっ、ああっ!も・・・・、駄目ぇっ・・・・・・・!」

何度も最奥を突かれている内に、の嬌声が啜り泣きのように変わって来た。
絶頂が近いのだろう。
ムウももう我慢の限界だった。


「あぁ・・・・・・、私も・・・・・、もう・・・っ・・・・・!」

ムウはしっかりとの身体を抱え直し、より一層深く繋がった。
そして、揺れる乳房を掴み、耳朶を甘く噛み、を限界にまで刺激した。


「愛している・・・・・・、・・・・・!」
「私・・・もっ・・・・、あっ、あああぁーっっ・・・・!!」

やがて二人は、互いに互いを導き合って、目も眩むような高みに駆け昇っていった。















激しい情熱が引いた後、また元の穏やかさを取り戻した室内に、ムウの低い声が優しく響いた。


「今日はこのまま、こうしていましょうか?」
「えぇ・・・・・?」
「折角ゆっくり出来るのですから、1日位、こんな風に自堕落に過ごすのも悪くないと思いませんか?」

ムウがそう尋ねると、は恥ずかしそうに笑った。


「そうね。そうかも。」
「では、続きはベッドでという事で。」
「きゃっ!?おっ・・・、下ろして!一人で歩けるから・・・・・!」
「ふふふ。」

異なる世界に住み、そこから動けない者同士が結ばれれば、何の障壁もない夫婦と同じようにはいかない。
寂しさも、不安も、常に付き纏う。
お互い、最初から分かっていた事だ。
それがどうだというのだろう、そう思って、覚悟して結ばれたのだ。
先が見えない不安は、互いを想う気持ちに変わる。
逢えない寂しさは、共に過ごせる時の大切さを感じさせ、ただ側に居られる事がどれ程幸せなのかを気付かせる。

それで良い。

今、ここにある幸福を噛み締めながら、二人は同じ事を想った。




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後書き

『ムウ様と夫婦設定で官能的なお話』というリクエストを頂きました。
夫婦ったらもう、甘いも何も通り超して、お互いTV観ながら屁をこいたりとかの世界に
なってきますが(汚)、夫婦間の官能的なドリームという事で、これはちょっとムンムンな気分を
高める為にひとつ捻りが必要だなと思いまして、考え付いたのがこの別居婚設定。(←何でやねん)
帰りたいけどなかなか帰れない、まあ、単身赴任のご家庭のようなもんですね(笑)。
ただ、普通の家庭の旦那さんと違って、ムウ様は超能力者ですから、
帰る気になれば一瞬で帰れるので、距離感とかなさそうな気もするんですが(笑)。
リクエスト下さった美雪様、有難うございました!