不完全冷静




今日も今日とて、平和な一日だった。
空は青く、風は爽やかで、そして。


「だからごめんってばーーっ!!」
「ごめんで済んだら警察は要らねーんだよーーッ!!」
「そんなぁ!!本当にわざとじゃなかったのにーーっ!!」
「うっせぇ、待てコラァァーーーッ!!」
「ごめんなさいーーっ!!もうホント勘弁してよーーっ!!」
勘弁出来るかーっ!覚悟しやがれーーっ!!
ギャーーーッ!いやあァァァーーーッ!!!

とデスマスクが、心地良い静寂をけたたましい大声でぶち壊しながら走っている。
そんな二人を目に留めたカミュは、随分賑やかな出迎えだと、小さく溜息を吐いた。
任務から帰った早々、鬼の形相をしたデスマスクに絡まれるのは、
カミュとしては遠慮したいところであった。
だが、既に二人の目にも、カミュの姿は映っている筈だった。


「ああっ!カミュッ、カミューッ!助けてぇーーッ!!」

案の定、はカミュに向かって声の限りに叫び、庇護を求めて転がらんばかりの勢いで
駆け寄って来た。


「どうした、?」
「たっ、助けて、助けてっ・・・・・!」
「とにかく落ち着け。一体どうしたというのだ?」
「助けてっ・・・・・・!」
「わ、分かったから、マントの中に潜り込まないでくれるか・・・・?」

駆け寄ったその勢いで、はカミュのマントで身を隠そうと包まりかけたが、カミュはそれを
やんわりと阻んだ。


「どうしたのだ?落ち着いて説明してくれ。」
「あのねっ、でっ、デスが、デスがっ・・・・・!」
「デスマスク?彼がまた何かしでかしたのか?」
「俺じゃねぇ!しでかしたのはの方だ!」

が答えるより早く、追いついて来たデスマスクがそう答えた。


ギャーーーッ!出たぁ!!
「出たぁ!!って何だよ!人をバケモンみてぇに!」
「助けてカミュ・・・・・・!」

相変わらず落ち着き払った様子で佇んでいるカミュに、は必死で縋りついた。


「お願いカミュ、私を連れて逃げて・・・・・!
「おいカミュ。をこっちへ渡せ。」
「説明は後でするから、早く・・・・・!」
「関係ねぇ奴は引っ込んでろ。を寄越せ。」

は息を殺して、救いの手が差し伸べられるのを待っている様子だった。
狼に追い詰められたいたいけな小動物のように怯えているを一瞥して、カミュは溜息を吐いた。


「・・・・・・どういう事情かは知らんが、それはこれからに聞く事にする。」
「カミュ・・・・・・・!」

カミュは、その腕とマントでを匿うようにして庇った。
するとは、救われたようにパァッと顔を輝かせた。


「さあ、行こう。」
「う、うん・・・・・!」

一瞬、食い下がって来るかと思わないではなかったが、デスマスクは渋々諦めたような顔をして煙草に火を点けた。
どうやら、戦意喪失と受け取って良さそうである。
それでもまだ多少ビクついているを促し、カミュはデスマスクの横をすり抜けて歩いて行った。













「さっきは本当に有り難う!カミュが通り掛かってくれなかったら、今頃どうなってたか・・・・・・!」
「礼には及ばんが、一体どうしたというのだ?」

を宝瓶宮に連れ帰り、茶など出してから、カミュは先程の騒動の事情を尋ねた。


「それがね、さっき、執務中にデスがサガに怒られたのよ。『机周りが汚いから片付けろ!』って。」
「ふむ。」
「それをデスが、私に手伝ってくれって言ってきたのね。」
「ふむ。」
「それで手伝ってたんだけど、私が要らない物と間違えてデスの大事な物を捨てちゃったのよ。
でも、それに気付いた時には、ゴミ袋を雑兵さんに渡しちゃった後で、
慌てて追いかけたんだけど、もう燃やされてて・・・・・」
「なるほど、読めた。それで大方、『落とし前をつけろ』とか何とか言って
を追いかけ回していた、というところだろう。」
「そう、そうなのよ!」

悲愴な顔でコクコクと頷くを見て、カミュは小さく溜息を吐いた。
あまりにが怯えていたから何事かと思えば、聞いてみれば単なる日常茶飯事、
いつものおふざけである。
が深刻に悩んだり助けを求めたりしている訳でないのならば、
自分が出しゃばって止める必要はないと、カミュは常々思っていたのだが。
いや、そう思うようにしていたのだが。


「それで、その『大事な物』というのは何だったのだ?任務の報告書か何かか?」
「ううん。エッチなDVD。
「・・・・・・」
「好きな女優の無修正モノだったのにどうしてくれんだ、
手に入れたばっかりでまだ観てなかったんだぞ、って、すんごい剣幕で怒ってさ。」
「・・・・・・・・」
「そりゃ、どんなモノでも、大事な物は大事な物なんだけど、
それを不注意で捨てちゃったのは確かに私なんだけど、でも、でもさ!
執務室にそんなモノ持ち込む方が悪いと思わない!?
しかもそれを執務中に仕事サボって観る気だったのよ!?尚更悪くない!?」

安全圏に避難して落ち着きを取り戻してきたのか、
は幾分強気で己の無実を主張し始めた。


「それに片付けだって、デスが私に手伝ってくれって言ってきたのよ!
そりゃちょっとは私も悪いかも知れないけど、でもどう考えても私よりデスの方が悪くない!?
それなのにデスったら、怒り狂って『お前の無修正モノ撮ってやるーっ!』って
追いかけて来てさ!」
「・・・・・・・・・・」
「酷いと思わない!?ねえカミュ!」

同意を求められたが、カミュは黙したままだった。
酷い目に遭ったと訴えながらも、別には、深刻に悩んだり助けを求めたりしている訳でない。
つまりこれはやはり、相変わらずのいつもの悪ふざけなのだ。
ただ、今回はが少々本気で怯えてしまっただけで。
だから、やはり自分が出しゃばる必要はないのだ。
そうと分かってはいる。
デスマスクの悪ふざけはいつもの事で、ももうそれに慣れている。
時に笑い飛ばしたり、時に張り倒したりしながら、いつも自分で対処している。
そうと分かってはいる、分かってはいるが、

何となく、何となーく、腹が立つのは何故だろう。


「・・・・・・・確かに酷いな、色々と。」
「でしょう!?」
「分かった。今度、私から少し窘めておく事にしよう。」

カミュはそう言って、薄く微笑んでみせた。













が帰ると、カミュはすぐさま巨蟹宮に出向いた。
訪ねて行くと、そこの主は先程の騒動など最初から無かったような顔で、『おう、何だよ』とのたまった。


「話は聞いた。100%お前が悪いんじゃないか。」
「だから何だよ。」
「あまり彼女を苛めるな。」

カミュがそう言うと、デスマスクは一呼吸置いてから、ブハッと吹き出した。


「がははは!わざわざそれ言いに来たのかよお前!?」
「だったら何だ?」
ぎゃーはははっ!!マジ面白ぇ!何マジになってんだよぉ!
単なるイタリアンジョークじゃねーか!何もそんなムキにならなくってもよぉ!」

そう、デスマスクの悪ふざけなど、いちいち本気に捉えているだけ馬鹿みたいだ。
だが、人間、何事も我慢の限界というものがある。


「『無修正モノ撮ってやる』なんて、お前が言うと冗談には聞こえんだろう。
は怯えていたぞ。」
「そうそう!あいついちいちマジでリアクション返すんだよな〜!
面白ぇからいじめ甲斐があんだよ!」
「・・・・・・・・」
「そーかそーか、そんでに泣き付かれて、正義の味方よろしく俺んとこに
捻じ込みに来た訳か!クールぶってる割に熱いねぇ、お前も!よっ、ヒーロー!」

デスマスクは挑発するように笑い転げていたが、カミュはそれに反論しなかった。
その代わりに。


「・・・・オーロラエクスキューション!!
「うぉっ・・・・・!」

突然、何の前触れもなく、不意打ちに必殺技を放った。


「・・・・・・・そ・・・・・、そこまでする・・・・・・?

間一髪、それを避けたデスマスクは、流石に冷や汗を掻き、引き攣った表情になった。
しかしカミュの方は、相変わらず眉一つ動かさないままの、涼しげな無表情だった。


「冗談だ。本気なら外さない。
「・・・・・・;;」
「それと、私は熱くもなければヒーローなどという柄でもない。・・・・もしそうなら・・・・・」

そう、もしそうなら。
もしそうならば、もっと分かり易くにアプローチして、こんな下らないちょっかいなど、絶対にかけさせない。
かけようという気すら削がれてしまう程、もっとストレートに。


「もしそうなら、何だよ?」
「・・・・とにかく、いい加減にしないと、私がお前の無修正モノを撮ってやるぞ。分かったな?」

心の内に燻る本音の代わりに、もう一つ脅し文句を吐いて、カミュは去って行った。




「・・・・・いやいやいや、十分熱いだろ・・・・・

後に残されたデスマスクは、凍りついた巨蟹宮の柱を恐ろしげに一瞥した。
空気中にもまだ、熱い程に冷たい凍気が余韻として残っている。


「あいつもいちいちマジなんだよなぁ・・・・・」

デスマスクは煙草に火を点けながら、独り言ちるのであった。




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後書き

ちょっとシリアスで、ちょっとギャグ、みたいなテイストを目指して
書きましたが、いやー、難しいですね・・・・・!
中途半端なテイストの小咄になってしまいましたよ(汗)。