忙しい休日




ゆっくりと羽を休め、心を休める休日。
しかし彼らにとっては、うかうかと休んでいられるものではなかった。





AM10:00。


お姉ちゃ〜ん!!」
「貴鬼!おっはよ〜!」
「おはよー!ねえねえ、今日はお休みなんだよね?オイラと遊ぼうよー!」
「いいよ〜、洗濯物干し終わったらね。」
「やったー!鬼ごっこしようよ、鬼ごっこ!」

貴鬼がに纏わりついていたその時、彼は現れた。

「貴鬼。」
「あ、ムウ。おはよ!」
「おはようございます。また貴鬼が何か我侭を言ったようですね。」
「違うよムウ様!一緒に遊ぼうって言っただけだよ〜!!」
「そうよ、我侭なんて全然!こっちも楽しいし。」
「そうですか?いつも済みませんね。」
「い〜え〜、どういたしまして。」
「お礼と言ってはなんですが、今日の昼食は家でいかがですか?」
「いいの?」
「勿論。」
「そうだよ、おいでよお姉ちゃん!」
「じゃあ・・・・・、お言葉に甘えちゃおうかな?」
「決まりですね。」

洗いたての洗濯物が春風に吹かれてはためく前で、楽しそうに談笑する三人。
実に長閑で平和で幸せそうな光景である。
だがここに、仏頂面の極みといった表情をした男が一人。


おのれ、羊師弟。
一番近くに住んでいるのを良い事に、何かというとにべったりと。
特にムウ。
小童をダシに使うとは何と姑息な。
君はうまく隠しているつもりだろうが、私には分かっている。
君がに想いを寄せている事ぐらい。
だが、このまま捨て置きはしないぞ。
覚悟しておきたまえ、牡羊座アリエスのムウよ。







PM12:00。


「さあどうぞ。おあがりなさい。」
「「いただきま〜・・・・」」

美味しそうな湯気を立てている昼食を前に、と貴鬼が揃って手を合わせかけたその時、彼は現れた。

「邪魔をする。」
「「「シャカ!?」」」
「何をしている?早く私の分も出したまえ。」
「・・・・・・良いですけど」
「うむ。」
「・・・・・・貴方、何しにここへ?」
「昼食を摂りに来たに決まっているであろう。私は空腹なのだ。早くしたまえ。」

何とも尊大な、いや、俺様チックなその態度に閉口しつつ、ムウは彼にも昼食を出した。
一方シャカは、出されたものに早速箸をつけながら、の方に向き直った。

「ときに。今日の午後は空いているかね?」
「私?そうね・・・・・、まあ一応。夕方ぐらいに執務室へメールチェックしに行く以外は何もないかな。」
「ではその『めーるちぇっく』とやらに取り掛かるまで、私の仕事を手伝いたまえ。」
「何?」
「私の庭の草むしりだ。」
「シャカ、は貴方の召使ではありませんよ。私用でこき使うのはどうかと思いますが。」

やんわりとした口調ながらも、ムウは冷ややかな視線でシャカを非難した。
ところが当のは、笑顔でそれを止めた。

「いいのよ、ムウ!どうせ夕方まで暇だし、ね?」
「それみたまえ。」
「・・・・・・がそう言うなら・・・・・・」
「じゃあオイラも手伝ってあげるよ、ね!いいでしょう、ムウ様?」
「そうですね。そうして差し上げなさい。頭数のあった方が早く済むでしょうから。」
「小童、修行はどうした?そんな事ではいつまで経ってもアッペンデックス(おまけ)の名が取れんぞ。ムウ、君も君だ。本当に弟子を一人前に育て上げる気があるのかね?」

楽しいランチの席が、何やら微妙に険悪なムードに包まれる。
一瞬の沈黙の後、と貴鬼はそれを誤魔化すようにやたら賑やかに食事を始め、シャカはしたり顔で黙々と食べている。
だがここに、何処かどす黒い微笑を浮かべた男が一人。


おのれ、似非仏陀。
尤もらしい正論で私を言い負かしたつもりですか。
そうはいきませんよ。
しかし、貴方も存外分かりやすい人ですね。
他の事は何を考えているか皆目見当もつきませんが、こういう事はやはり別ですか。
貴方、に好意を持っているのでしょう。
他の連中はともかく、この私の目は誤魔化せませんよ。
良いでしょう。
この勝負受けて立ちます、乙女座バルゴのシャカよ。








PM15:00


、ご苦労。もうこの辺で良い。」
「うん。」
「お陰で随分綺麗になった。礼を言う。」
「いいのよ、そんなの。」
「喉が渇いた。茶でも淹れて来よう。君も飲むかね?」
「うん、ありがとう。」

春風が吹き渡る沙羅双樹の園で、シャカはに微笑みかけた。
綺麗になったばかりのこの場所で、と共に薫り高い茶でも楽しもうと考えたその時、彼らは現れた。


お姉ちゃん!シャカー!」
「お邪魔しますよ。」
「貴鬼!?ムウまで!」
「やはり人手が多い方が良かろうと思いましてね。手伝いに来ました。」

ムウは涼やかな微笑を、仏頂面したシャカにちらりと投げ掛けた。

邪魔な・・・・・
「おや、何か仰いました、シャカ?」
「・・・・・・別に。しかし生憎だな。草むしりはもう終わってしまった。わざわざ来て貰って何だが、手伝いは無用だ。」
「え〜!?もう終わったの〜!?オイラ折角手伝ってあげようと思ったのに〜!」
「そうなのよ〜、ごめんね貴鬼。でも今からシャカがお茶ご馳走してくれるんだって!」
「えっ、本当!?やったー!」
「おや、そうでしたか。それはそれは。では 折角ですから、我々もご馳走になりましょうか。わざわざやって来てとんぼ返りも何ですからね。」



― ちょこざいな。小童共々無粋な真似を。
― フフフ、貴方ばかり思い通りにはさせませんよ。



空はこんなに青いのに、風はこんなに爽やかなのに。
何故かこの沙羅双樹の園だけは、ぐろぐろとした空気に満ちていた。






PM18:00


「遅い・・・・・・」

自宮の柱にもたれて、ムウはやや不機嫌そうに呟いた。

は、まだこの白羊宮を通らない。
あの後が執務室へ向かったのは、午後4時頃だった。
ちょっとした用を片付けるだけで、こんなに時間が掛かるとは思えない。

「やはり処女宮で足止めを・・・・・・?」

多分、きっとそうに違いない。
あのシャカの事だ。
今度は夕飯でも作れとか何とか言い出して、またがそれを快く引き受けていたりするのだろう。

「そうはいきませんよ、シャカ。」

ムウは薄く笑いを浮かべると、金牛宮方面に向かって駆け出した。





「何用かね?」

しかし処女宮に着いてみれば、シャカは一人で通路に立ち塞がっていた。
隣にの姿はない。

「・・・・・いえ、別に。只の散歩です。」
「苦しい言い訳だな。君ともあろう者が。」
「何の事です?」
「とぼけずとも良かろう。わざわざ迎えに階段を上って来る程好きなのだろう?が。」
「フッ・・・・・・、それはこちらの台詞です。貴方の言動を見ていれば一目瞭然ですよ。貴方がを好きなのは。」

互いに疑念をぶつけ合った結果は、引き分けだったようだ。
双方僅かに気まずそうな顔をして、黙り込んでしまった。
気まずいなら嘘でも否定すれば良かったのかもしれないが、二人はそうしなかった。
一対一のこの場の空気が、そうさせたのだろうか。



「・・・・・・仮にも神に最も近いと言われた貴方が恋だなどと、珍しい話もあったものですね。その調子では、悟りの道は長そうだ。」
「誤解は止めたまえ。私は神になり代わるつもりはない。神は神で私は私、如何に近かろうと、私は生身の人間だ。」
つまり、バッタモンだと?
喧嘩売ってるのかね、君。言い方には気をつけたまえ。大体君の方こそどうなのだ。いつも腹の底で何を考えているか分からんような顔をして、案外純情なのだな。」
喧嘩なら買いますよ。貴方こそ、口にはお気をつけなさい。大体貴方の態度には、常日頃から閉口させられます。貴方は愛情表現のつもりかもしれませんが、ご自分の用でこき使ってばかりでは、その内から顰蹙を買って嫌われますよ。


この言葉が、シャカの心にクリティカルヒットした。
その通りと言えばそうなのだが、認めたくはない。
シャカは一瞬忌々しそうに歯軋りをしたが、すぐに負けじと口の端を吊り上げた。


「フッ・・・・・、君に言われる筋合いはない。大体君のやり方は小ずるいのだ。小童を使ってを手繰り寄せようなどとは笑止。子供と小動物を用いるのは反則だ。」
「何が反則ですか。深読みのしすぎですよ。私はそんなつもりなど、これっぽっちもありませんから。」
「ほう?しかし、禁じ手にはそれ相応の落とし穴がある。は無邪気に懐くあの小童を可愛がる余り、小童抜きの君など見てはいないのではないか?」


この言葉が、ムウの心に痛恨の一撃を放った。
その恐れは常に心の片隅にあったのだが、認めたくはない。
ムウは動揺を悟られないよう平静を装うと、涼しげに言い返した。


「どうであれ、私の方が常識知らずの唯我独尊な貴方よりは、と良好な関係を築いていると思いますがね。」
!!・・・・・フッ、面白い。では君は、自分が常識的な男だと思っているのかね?その眉毛で?
!!・・・・・とうとう言いましたね、禁句を。
いくかね、ポトリと。

怒りのボルテージがそれぞれMAXに達した二人が、今正に千日戦争をおっ始めようとしたその時。




「だからさ、いい加減俺になびけよ?な?」
い・や・だ!!
「何が気に入らねぇんだ?俺は聖闘士一のテクニシャンだぜ?絶対損はさせねえよ。」
「テっ・・・・!なんて口説き方なの!?信じられない、このエロ蟹!!

天秤宮方面から、愉快そうな笑みを浮かべたデスマスクに拘束されるようにして、不機嫌そうなが下りて来た。
どうやら蟹も口説きの真っ最中らしい。
彼が女慣れしているのは知っているが、それにしても大胆不敵で不埒な言動である。


「・・・・・・まずは邪魔者から消しますか?」
「・・・・・・我々の勝負は後日、だな。」

さっきまで睨み合っていた二人は、実に恐ろしげな黒い微笑を浮かべて、それぞれの最大奥義の構えをデスマスクに向けた。




しかしその『後日』は、いつになっても来なかった。
何故なら。


倒しても倒してもキリのないお邪魔虫を退治するのに、次の休日も、その次の休日も、費やされる事になったからである。




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後書き

『お互いに腹の探り合いをしつつ、ヒロインを取り合うムウとシャカ』
というリクエストでお届けいたしました。
腹黒ギャグドリームをご希望との事でしたので、張り切って書こうと
したのですが、あれ??なんか空振りしてない???
しかもオチが蟹。(←好きやな 笑)
リクエスト下さった七架様、有難うございました!
血迷ってごめんなさい(滝汗)!