今日は10月31日、ハロウィンである。
町はお祭りムード一色だが、ここ聖域においては全くの無関係。
今日も今日とて各々の執務及び鍛錬に励むだけ。
・・・・の筈、だったのだが。
「ふむ。仏教徒の私を異教の祭りに参加させるとは、宣戦布告のつもりかね。」
綺麗に飾り付けられている最中の大広間を見渡しながら、シャカが呟いた。
「異教と言うなら俺もカトリックの国の生まれだぞ。只の内輪のパーティーで宣戦布告もへったくれもあるか。」
「シュラの言う通りだ。皮肉を言わずに素直に楽しめ。第一そんな事を言うなら、私の表の顔などギリシャ正教の司祭だぞ。」
彼の隣に居たシュラとサガが、呆れたように窘める。
一方、言い出っぺであるシャカは、そんな二人の意見をさらりと聞き流した。
「分かっている。ちょっと言ってみただけだ。」
二人は顔を見合わせて苦笑した。
シャカが一々何か言わずにいられない性質である事は、二人共良く心得ているのである。
「では私はこれで。に渡すものがあるからな。」
そう言って、シャカは足早に去って行った。
嫌がるどころか、何だかんだいって楽しんでいるようだ。
ハロウィンパーティーを。
事の発端は、信者の村からサガ宛てに送られた大量の南瓜である。
双児宮だけではとても消費しきれそうにないソレを持て余したサガが、丁度ハロウィンも重なっている事だし好都合とばかりに、収穫祭を語って内輪だけのパーティーを提案した。
要するに、パーティーとは名ばかりの、お裾分け宴会である。
そして今、参加者である12宮の住人達とは、パーティーに向けての準備に勤しんでいた。
最寄りの台所、双魚宮にて。
「ーー!塩貸せ、塩!!」
「はいはいーー!!」
「デスマスク、終わったら私にも回して下さいね。」
ムウ・デスマスク・の3人は、パーティー用の料理を拵えるのにてんやわんやであった。
いつもエレガントな双魚宮のキッチンは、今日ばかりは昼飯時の食堂の厨房みたいである。
「おう、これ味見してくれ。」
「どれ・・・?ん、美味しい!」
「これはどうですか?」
「ん〜〜!バッチリ!ね、二人とも、こっちの煮物も味見してよ。」
「うむ・・・・、うんうん。こんなもんじゃねえか。」
「美味しいですよ。」
互いの料理の味見をしつつされつつ、3人は次々と料理を仕上げていく。
メインの素材は勿論南瓜なので、必然的に南瓜料理が多い。
「それにしても、サガは遅いですね。手伝いに来ると言っていたのに。」
「全くだ!このクソ忙しいのによ!」
「あ、誰か来たみたい!きっとサガよ!」
持っていたお玉を置いて、は来訪者を出迎えに行きかけた。
だが一足遅かったようだ。
来訪者の方が、先にキッチンへ入ってきた。
「しっかりやっているかね、君達。」
「なんだシャカかよ!!何しに来たんだよ!」
「口には気をつけたまえ、蟹。折角この私が差し入れを持ってきてやったのに。」
「へえ、それは珍しいですね。」
「本当!?有難うシャカ!なになに〜?」
喜ぶの顔がシャカの機嫌を取ったようだ。
シャカは満足そうに微笑みながら、勿体つけて提げていた袋を差し出した。
「私が育てたカイワレだ。台所で水栽培をしていたら、よく成長したのでな。」
「へー、凄い一杯あるね!」
「自然の恵みと私の労力に感謝して使いたまえ。」
「へっ、何が労力だよ。使い終わりを水に浸してただけだろ。」
「何か問題があるのかね。」
「デスマスク、その辺にしておきなさい。この忙しい時に彼の機嫌が悪くなっては余計大変ですから。どうも済みませんね、シャカ。有り難く使わせて貰いますよ。」
「うむ。美味な料理を期待しているぞ。」
用件を済ませたシャカは、来た時と同じく尊大な顔をしながらスタスタと出て行ってしまった。
料理を手伝う気はなかったらしい。
僅かな期待が外れてがっかりしつつも、3人はまた料理を始めた。
とその時、入れ違いにようやくサガがやって来た。
「待たせたな。」
「おや、やっと来ましたか。」
「テメェ遅ぇんだよ!!」
ムウとデスマスクはぞんざいな返事をした。
今、目も手も離せないらしい。
そんな中、だけが熱烈な歓迎ムードを露にした。
「サガー!!丁度いい所に来てくれたわ!!こっ、これ!これやって!!」
押し付けるように差し出したのは、切りかけの南瓜。
大きな実に浅く刺さった包丁が、そこはかとなく間抜けである。
「ははは、苦戦しているようだな。どれ、貸してみろ。」
サガは愉快そうに笑って、から受け取った南瓜を早速切り始めた。
所変わって聖域郊外の森。
「行ったぞ、アルデバラン!」
「任せろ!グレートホーン!!」
惜しげもなく必殺技を使ったアルデバランは、見事鹿を仕留めた。
彼とアイオリアの二人は今、狩猟の真っ最中である。
「うむ、大きな鹿だ!これなら連中も満足だろう。」
「ウサギも捕まえたし、肉はこれで十分だな。」
アイオリアは清々しそうに額の汗を拭った。
その腰には、捕らえたウサギが2匹程ぶら下がっている。
趣味の狩猟ではなく糧を得る為なので、その数は必要最小限だ。
狩りの愉しみに決して惑わされる事なく、命を重んじて恵みに感謝する。
そんな二人は、今回のパーティーの主旨(一応)に最も沿った人物であろう。
「さあ、あとは木の実類だ。」
「キノコも採っていかねばな。忘れてはならん秋の味覚だ。」
二人は爽やかな笑顔を浮かべて仕留めた獲物を担ぎ上げ、更に森の奥深くへと入っていった。
大きな身体を仲良く並べて屈み込み、ぷちぷちとキノコを採る様は、ミロ辺りに見られていたならば、きっと爆笑されていた事であろう。
一方、こちらはスニオン岬。
突き出した岩場に座り、長閑に釣りを楽しんでいるのは童虎。
傍らの魚篭には、何匹かの魚が泳いでいる。
「ふ〜ぃ、極楽じゃのう・・・・・」
若さ溢れる青少年の姿をしているくせに、中身はさながら隠居老人。
尤も、200歳代という人類一のジジィであるから、当然と言えば当然だ。
「おっ、掛かったぞい。」
またアタリが来た。
童虎は嬉しそうに微笑んで竿を引いた。
しかし獲物は相当な大物らしく、水中で激しい抵抗をみせている。
「ふぅむ、こりゃ大きいのう!ふぉりゃっ!!」
「ぐわぁぁ!!」
「なんじゃ!?カノンではないか!」
童虎が釣り上げたものは、魚ではなく海龍であった。
手に持った銛には大きな海老が刺さっており、髪には童虎の釣り糸が小難しい感じに絡まっている。
「『なんじゃ』ではないわ!!良いから早くこの糸を取ってくれ!!」
「ホッホ、こりゃ済まなんだのう。じっとしとれ。」
童虎は何ら慌てる事なく絡まった糸を手に取り、そのままカノンの髪ごと手で千切った。
「いっ・・・!!何をする!!」
「ほぅれ取れたぞい。」
「俺の髪ごと毟りやがって・・・・。禿げたら只ではおかんぞ!!」
「ホッホ、血気盛んじゃのう。それよりほれ、そろそろ戻るぞ。」
カノンの鋭い眼光などものともせずに、童虎は魚篭を持って立ち上がった。
大漁旗を掲げそうなぐらい満足した笑顔の童虎と、頭をさすりさすり不機嫌そうなカノンは、獲物を持って双魚宮のキッチンにやって来た。
「皆の者!今帰ったぞ!」
「あっ、童虎、カノン!おかえりーー!どうだった?」
「ほれ、この通りじゃ。」
童虎が差し出した魚篭の中には、魚や海老、貝などが所狭しと入っていた。
「うわっ、大漁!!すごーーい!あれ?どうしたのカノン?頭打ったの?」
「打ってない。毟られたんだ。」
「魚に?」
「・・・・・もう良いから、お前は料理してろ。」
素でボケたの推測に説明する気力も失くしたカノンは、ダルそうに口籠っての手にあるボウルの中身をつまみ食った。
「美味しい?」
「まあまあだな。少し食べたら余計に腹が減った。早く支度してくれ。」
「カノン、手伝わんのなら大広間へ行ってろ!そのデカい図体が邪魔だ!!」
「俺と同じ体格の貴様に言われる筋合いはないわ。フン、早くしろよ。」
忙しそうに立ち振る舞うサガを横目で睨んで、カノンはスタスタと行ってしまった。
「老師、その魚俺がさばくから寄越してくれ。」
「頼んだぞ。では儂も上でゆっくりさせて貰うとしよう。」
デスマスクに魚篭を預け、童虎も悠々と出て行った。
それと入れ替わりに入ってきたのが狩猟チーム。
「おーい、皆!!こいつを見てくれ!!」
「俺とアルデバランで仕留めた大物だ!!これだけあれば足りるだろう!!」
「あっ、お帰りー!って、いやぁ!!!」
二人を出迎えたは、驚いて飛び上がった。
アルデバランとアイオリアの代わりに、大きな鹿の顔がぬっと現れたのだから。
「はははは!驚いたか、!!」
「アルデバラン!!いきなり顔から突っ込まないでよーー!吃驚するじゃない!!」
「ははは、それは悪かったな。ほら、キノコや栗もあるんだ。」
アイオリアは笑って布の袋を差し出してきた。
中を開けてみれば、確かに美味しそうな秋の味覚がどっさりと入っている。
「美味しそう!!じゃこっちは預かるわね。」
にこにこと受け取ったが背を向けた後、アイオリアは背中のウサギをそっと引っ張り出した。
これ以上驚かさないように配慮したらしい。
「大猟ですね、アイオリア。」
「ああ。良い獲物が見つかって良かった。」
「しかし、これをさばくのはちょっと骨ですね・・・・、彼を呼びましょうか。」
「彼?あぁ・・・・」
ムウが言った『彼』を、アイオリアは即座に理解した。
「。ちょっと頼まれてくれませんか?」
「何?」
「上へ行ってシュラを呼んできて下さい。」
「オッケー!じゃ、ここ頼むわね。」
手を洗ってエプロンを外すと、は双魚宮を出て行った。
その頃、大広間では。
「ぬああぁぁ!!また曲がってしまった!!」
ミロがヒステリーを起こしていた。
手にしているのは大きな南瓜、何を隠そう、ジャック・オ・ランタンの作成中である。
そしてそれは一応出来上がったのだが・・・・
「くそぅ、これではジャパニーズ・ハニワみたいじゃないか・・・!!」
出来上がったモノは、『・ 0 ・』な顔をしていた。
確かに腕力はある。
だが、ミロは決定的に不器用だった。
「ううむ、作り直した方が良いか・・・?しかしもう面倒だしな・・・、おいシュラ、どうしたらい・・・」
「やかましい!少し黙ってろ!!」
シュラは話し掛けてきたミロを一喝した。
彼も只今ランタンの作成中である。
そしてミロと同じく苛立って、いや、殺気立ってさえいた。
ミロが見守る中、シュラはエクスカリバーを構える。
「ここで・・・・、全てが決まる・・・・・!」
「頑張れよ、シュラ・・・・!」
「・・・・・今だ!!」
一際鋭い眼光を放った刹那、シュラの右腕が一閃した。
・・・・・・・
「〜〜〜!!!」
「わはははは!!!!」
シュラが撃沈し、ミロが爆笑する。
仕上がったものは、『^ ▽^』な顔をしていた。
無邪気に笑っているばかりか、片目が異様に離れている。
そう、シュラもまた不器用なのであった。
「笑うな!!」
「ブハハハハ!!そう怒るなよ、なかなか可愛いじゃないか!!」
「ええい、やかましい!!」
怒れる山羊がすっかり機嫌の直ったミロに掴みかかっていると、がやって来た。
「何騒いでるの?」
「おお、!!見てくれ!!ジャック・オ・ランタンが出来たんだ!!」
「へぇ〜、どれどれ?」
自信満々に差し出された2つのランタンを見て、は鼻から空気を漏らした。
「ぷふッ・・・・、プクッ、あっはははは!!!」
「なっ、おっかしいだろう!?」
「あははは!可愛い可愛い!!」
「までなんだ!!そんなに笑わなくても良いだろう!!」
にまで笑われて、シュラは顔を真っ赤に染めている。
「ごめんごめん!そんなに怒らないでよ!こっちの埴輪みたいのは誰が作ったの?」
「それは俺だ。手が滑りまくってな、上手く出来なかったんだが、これはこれで味があるように見えてきたところだ!」
「で、こっちのちょっと目が離れた満点スマイルのはシュラが作ったのね・・・・ブッ!」
「だから笑うな!」
笑うなと言われても、笑わずにはいられない。
よりにもよってハードボイルドの塊のようなシュラが、こんな微笑ましいものを作るとは思っていなかったからだ。
だが、これ以上笑うと本格的に機嫌を損ねてしまいそうだ。
「ごめんってば!もう笑わない!それよりシュラ、ムウが呼んでたわよ。行ってあげて!」
「あ、ああ・・・、分かった。」
工作より料理の方が1億倍マシだとばかりに、シュラはそそくさと行ってしまった。
彼は今度こそ存分にエクスカリバーを振るう事が出来るだろう。
シュラが行ってしまった後、ミロとはランタンを飾り付ける事にした。
室内装飾係は既にいるので、彼らに手渡せば良いだけになっている。
という事で、二人はカミュ・アフロディーテ・貴鬼の所までやって来た。
「ミロ、やっと出来たのか。」
「ああ。ある意味快心の作だ!!」
「へぇ〜、どれどれ!オイラにも見せてよ!!」
「なんだかやけに騒々しかったね。の笑い声が聞こえてきたが。」
「あ、聞こえてた?いやね、これ見たらつい笑っちゃって・・・・」
またこみ上げてくる笑いを堪えながら、は2つのランタンを差し出した。
途端にカミュの片眉がぴくりと動き、アフロディーテは呆れたような表情を浮かべる。
貴鬼だけが素早く反応し、キャラキャラと声を上げて笑い始めた。
「アハハハハ!!面白い顔〜!!ハロウィンのお化けってこんな顔なんだーー!!」
「本当は違うんだけどね、でもこれはこれで良い感じでしょ・・・、プププっ・・・!!」
貴鬼と一緒にまた笑い出す。
一方、カミュは唖然としながら重い口を開いた。
「・・・・・これは・・・・、何だ?」
「何って、ジャック・オ・ランタンに決まっているだろう!」
「これがか?この妙な顔をしたのと、えらく楽しそうに笑っているのが?」
訝しそうな口調のアフロディーテは、そのまま何度も2つのランタンを見比べた後、先程のと同じく笑い転げ始めた。
「はははは!!」
「ね、可愛いでしょう!」
「ああ、まあそう見えない事はないね。しかし君達は本当に不器用だな!私が貸した雑誌など、何の参考にもなっていないではないか。」
「うるさい!参考はあくまで参考だ!大事なのはオリジナリティーだろうが!!」
「そっかー、これミロとシュラのオリジナルなんだ!凄いや!!」
「だろう!貴鬼には俺の作品の素晴らしさが分かるようだな!俺がこれを作るのに、どれ程の力を費やしたか・・・」
「分かった分かった。なるほど、確かにある意味快心の作だ。」
嬉しそうに語り始めるミロをやんわりと丸め込んで、カミュは2つのランタンをテーブルの真中に据えた。
そして全ての支度が整った。
テーブルの上には湯気の立つ料理が所狭しと並び、グラスにはワインが注がれている。
室内にはオレンジ色の南瓜が綺麗に並べられ、ドライフラワーのリースで飾られており、
やや落とした電気照明の代わりに、キャンドルやランタンの火が素朴で温かい雰囲気を演出している。
「やれやれ、やっと始まりましたね。」
「オイラもう腹ペコだよ〜!」
「お、奇遇だな、貴鬼。俺もだ。」
「皆、グラスは行き渡ったな?」
「あっ、私まだ貰ってない!!」
「ほら、お前のはこっちだ。」
「ありがと〜。」
「っていうかよ、何だこの愉快なランタンは。」
「黙れ蟹!それ以上文句をつけると叩っ斬るぞ!!」
「なにキレてんだよ・・・。別に文句なんか言ってねぇだろうが。」
「デスマスク、シュラ、その辺にしておけ。乾杯が出来んだろう。」
「いつもながら騒々しい連中だ。子供かね、君達は。」
「良いからさっさと食わせてくれ!!俺も死にそうに腹が減った!!」
「ミロ、もう始まるから辛抱しろ。」
「その通りだ。君はもっとムードを楽しみたまえ。」
「ホッホ、若い者は元気が良いのう。では乾杯するぞ。収穫の恵みを我らが女神に感謝して・・・・」
『乾杯!!!』
楽しげな声と共に、グラスの触れ合う小気味良い音が鳴り響いた。
パーティーは今、始まったばかり・・・・・。