その日、はサガに付いてロドリオ村へと出掛けた。
村の人々は皆素朴で優しく、はたった一度の訪問ですっかりそこが気に入った。
村には沢山子供がおり、は、その中でも一番最近生まれたらしいまだ首も据わっていない赤ん坊を抱かせてもらった。
赤ん坊の無垢な愛らしさにすっかり満たされ、その日のは終日ご機嫌であった。
そしてその夜。
いつもの通り『源氏物語』を読みながら、はいつの間にか眠りに落ちた・・・・。
は紅葉の舞い散る清涼殿の前庭にいた。
いや、ただ居たわけではない。舞を舞っているのだ。
そして沢山の人々が、自分の舞姿をうっとりと見つめている。
あの方がこちらをご覧になっている。
この舞は、貴方に・・・・・。
あの夜想いは遂げられたが、それ以降一度も会って下さらない。
こんなにも恋焦がれているのに!
報われない切ない恋心を舞に秘めて、あの方に分かって頂けるように。
の見事な舞姿に、そこにいた全員が目を奪われ感動する。
は、今日の褒美に正三位に昇進し、めでたく盛儀が終了した。
藤壺様からは何もお声を掛けてもらえなかった・・・・。
昇進したにも関わらず、はとぼとぼと一人庭を歩いていた。
その時、後ろから誰かがの肩を叩いた。
「よぉ。」
そこにいたのは、が恋い慕っている藤壺女御。
のはずなのだが、またしてもどこかで見たような顔をしている。
「デス!!なんでまたあんたなの!?」
「はぁ?何言ってんだテメェ?」
「・・・・何でもない。」
「昇進おめでとさん!」
「ありがと・・・・。」
いつ誰に見られるかも分からない場所なのに、緊張感の欠片もないデスマスク。
やたらと親しげにに話しかけてくる。
「さっきの舞、なかなか良かったぜ?こう、なんつーかよぉ、俺様への恋心がひしひしと伝わってきたぜ?」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、の肩に腕を回す。
「ちょ、ちょっと!!誰かに見られたらどうすんの!?」
「まぁ気にすんなや。いーじゃねーか別に。」
「良くない!!」
の抵抗をものともせず、肩を離さないまま少し奥まった場所へと歩き出す。
着物の胸元から煙草とライターを取り出し、口に銜えて火を点けかけたが、ふと一瞬思い留まって煙草を箱に戻した。
「どしたの?」
「いや、まぁ、な。そっか、お前にはまだ直接言ってなかったな・・・。」
「何?」
「いやぁ俺さぁ、実はデキちまったみてぇなんだよ。」
「!!!????!!!?!?!?!?!」
突然の衝撃の告白に、一瞬目の前が真っ暗になる。
「な、な、な、なん・・・・」
「テメェのガキだよ。覚えてんだろ?あん時のだよ。」
至って冷静な藤壺女御(てかデスマスク)。
驚愕の事実に、もう立っていられない。
よろよろとその場に崩れ落ちる。
「ったく、ヘマしやがって。テメェそれでも京一番の色男なのかよ!?大したこたねぇな、光源氏様もよ。」
からかうようにそう言うデスマスクに、がようやっと我に返った。
「てゆーかあんた男でしょ!?なにがデキちゃったよ!!」
「男はテメェだろが。まぁ今更ガタガタ言ってもしゃーねぇからな。俺ぁ産むぜ。」
更に爆弾発言をぶちかますデスマスク。
「えーーーーー!!??!」
「仕方ねぇだろ?帝も大喜びなんだよ。つーかあのオヤジはテメェの子だと信じて疑ってねぇようだけどな。」
「そ、そんな・・・・・」
「ま、そーゆーこった。皆ガキが出来たって分かったら今まで以上に小うるさくなりやがってよ。
なかなか一人になれねぇから、しばらくテメェとも会うこたねぇだろうが、達者でな。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
デスマスクはの呼びかけに振り向くと、気障な笑みを浮かべて「ciao!」と言いスタスタと行ってしまった。
「どどどどどぉしよ〜〜〜!!??!」
年が明けて2月。
藤壺女御が無事に皇子を出産したとの報せが入った。
その夜。
藤壺女御の使いと言う女が、の元へやってきた。
その女と共に藤壺の屋敷へ赴く。
「おぅ!よく来たな!!まあそんなとこつっ立ってねぇでこっち来いや。」
デスマスクがにこにこと手招きする。
「こいつがテメェのガキだ。どうよ?」
「どうよ?って・・・・。」
小さな赤ん坊がぐっすりと眠っている。
「起こすなよ、今やっと寝たとこなんだからな。」
デスマスクの注意に、赤ん坊に触れようとした手を止める。
「あ〜〜!これでやっと煙草が吸えるぜ!!」
『カ〜〜!!』と言いながら美味そうに煙草を燻らすデスマスク。
眠る赤ん坊を見ていると、背後からデスマスクの声が聞こえた。
「どうだ?テメェにクリソツだろが。」
言われなくとも分かるぐらい、赤ん坊はに瓜二つであった。
「んでよぉ、俺考えたんだけどな。」
「なに?」
「俺、帝と別れるわ。」
「はぁ!?何言ってんのそんなこと出来るわけないじゃない!!」
「何とでもなるだろ?死んだ、とかなんとかテキトーに言ってもらっとけばよ。」
「そんなすぐバレるような嘘つけるわけないでしょ!!」
「大丈夫だって!!とにかく別れる!!んでお前に責任取ってもらうことにするわ。」
「えぇぇぇ!!??!」
有り得ない展開を語るデスマスクについていけない。
「なんだテメェ今更逃げんのか?」
「逃げるとかどうとかじゃなくて・・・・」
「いい加減腹括れ。とにかく、これからはずっと一緒だぜ。テメェも嬉しいだろ?
愛しい愛しい俺様と一緒になれるんだからな・・・・・。」
の瞳を覗き込むように顔を近付けるデスマスクと後ずさりする。
「さぁ、夫婦の愛を確かめ合おうぜ?」
壁に背をつけたにはもはや逃げ道はない。
獲物を追い詰めた獣のように獰猛な笑顔を浮かべたデスマスクが迫ってくる。
『いや、ちょ、なんで・・・・!なんか違う〜〜〜〜〜!!!!!』
「違う〜〜〜〜〜〜〜!!!!・・・・あれ?」
あぁ、また夢か。
そりゃそうよね。あんな現実あってたまるかってのよ。
きっとアレね、昨日赤ちゃん抱っこさせてもらったのが頭に残ってたのよね?
こんな恐ろしい夢はさっさと忘れてしまいたかったが、そんなのに限っていつまでも頭に残ってしまうものだ。
きっと当分忘れられない。
げっそりしながら、は今日も教皇の間に出勤するのであった。
「buongiorno、!!」
聴き慣れた声に振り返ってみると、藤壺、じゃなかった、デスマスクが居た。
「お、おはよう・・・・。」
そうか、今日はデスも執務なんだ・・・・。
はぁ〜あ・・・・。
の今日は、何とも言えない気まずさからスタートしたのであった。