午前の執務が終り、 は只今ランチの真っ最中であった。
「やぁ。隣いいか?」
呼びかけられた方を見れば、獅子座の黄金聖闘士・アイオリアが立っていた。
手には昼食らしき包みを持っている。
「もちろん!どうぞどうぞ♪」
快く隣の席を空けるに礼を言い、アイオリアは空けられた席に腰を下ろし弁当の包みを広げた。
「そういえば聞いたぞ。最近読書に凝っているらしいな。」
「うん、まぁ凝ってるって言うか、長い話だからまだ読み終わっていないって感じ。」
「どんな話なんだ?」
「日本の古典文学でねぇ、『源氏物語』って言うの。知ってる?」
「いや、知らん。」
「主人公の『光源氏』の一生の物語なの。」
アイオリアより先に食べ終わったが、備え付けのティーセットでお茶を淹れている。
「ほう、それはまた壮大な物語だな。」
「そうねぇ。生まれてから死ぬまで、それから死んだ後の話が少し続くの。」
はカップの一つをアイオリアに渡しながら、
「死んだ後っていうのは、自分の子供の『薫』が主人公なんだけどね。」
「ほほぉ。面白そうだな。どんな内容なんだ?」
「すっごく長いのよ。まだ私も全部読めてないの。だから少しぐらいしか話せないんだけど・・・。」
「あぁ、知ってる部分だけで構わない。聞かせてくれないか?」
「じゃあねぇ・・・・」
アイオリアのリクエストに応えてが話したのは、若紫の話であった。
『光源氏18歳のこと。
源氏は『わらは病』にかかり、治療の為、北山の名高い修行者の元へ赴いた。
治療の合間に山中を散策していると、彼の想い人によく似た美しい少女を見つける。
その少女が、かの想い人の姪であることを知ると、彼は少女の祖母である尼君に結婚を前提に後見を
申し出るが、少女の幼さ故に断られる。
源氏の病はすっかり回復し、彼は京へ戻る。少女もまた源氏を好ましく思い、慕うようになる。
その後祖母の尼君が亡くなり、少女は父親の元へ引き取られそうになるが、源氏はその直前に
先回りして少女を攫い、二条院にて新たな生活を始めさせた。』
「この少女が『若紫』なの。後に光源氏の妻になって『紫の上』と呼ばれるようになるの。」
「ほほう。想い人の姪か。しかし大の男が小さな少女相手に『結婚』などとは!
そのような輩、このアイオリア、男として断じて認めん!!」
「あはは!!今だったら考えられないわよね!」
の話に楽しそうに相槌を打ちながら耳を傾けるアイオリア。
彼は源氏物語にかなり興味が沸いたらしい。
しばしこの話に花を咲かせたが、ランチの時間が終り、午後の執務をすべく二人は別れた。
その夜、は夢を見た。
夢の中で、は10歳前後の小さな女の子になっていた。
庭で鞠をついて遊んでいる。
−誰か来た。
人の入ってくる気配に、とっさに身を隠す。
入って来たのは、とても素敵な若い男性だ。
着物の上からでも分かる逞しい身体、男らしい凛々しい顔、陽光に煌く短い金の髪。
「ん?金の髪??ここ日本じゃないの???・・・まぁいいか。」
とにかくはその男性を追ってみた。
男性の通った後には、何ともいえない芳香が薫っている。
「素敵な方。一体どなたかしら?」
男性はどうやら祖母に用があるらしかった。
奥の部屋で、祖母と祖母の兄、先程の男性が何やら話をしている。
は襖の隙間からそっと覗いてみた。
「私は光源氏という者だ。アイオリアと呼んでくれ。」
「何故ですか。全然名前違いますよ。」
「それで、一体何の用だ?」
どうやら男性は『光源氏』という名らしい。しかしどう見てもアイオリアだ。
おまけにちゃんと本名(?)を名乗っている。
の祖母である尼君はムウにしか見えない。
祖母の兄である僧都はアルデバランのようだ。
「実は折り入って頼みがあり、こちらに伺った次第だ。
私を、こちらにおわす姫君の後見にしていただきたい。もちろん結婚を前提として。」
「待ちなさい。あなた何のつもりですか?」
「言葉の通りだ。私は姫を大層気に入った。是非手元に置いて面倒を見たいのだ!」
「何をいうかアイオリア!あの子はまだ10歳だぞ!?」
突然のアブない告白に、アルデバランは憤慨する。
「愛があれば年の差なんて!!」
「待ちなさいと言っているのです。愛とかどうとか言う問題じゃないでしょう。
あの子はあなたのことを知らないのですから。あなたが一方的に見初めただけでしょう。」
「いやこう考えたのには深い訳があるのだムウよ。」
「何ですか?」
「聞けば姫は早くに母上を亡くされたとか。実は私もそうなのだ。親もなく、実家の後ろ盾もない姫が
あまりに不憫でだな・・・」
「失礼ですねあなた。私やアルデバランが保護者では力不足だと言いたいのですか?」
「いやいやいや!!決してそんなつもりじゃ・・・!!」
剣呑な目のムウにしどろもどろになるアイオリア。
「貴殿の言うことも一理あるがな。しかしやはりまだ姫は子供だ。まだその時期ではない。」
アルデバランが有無を言わさぬ様子で言い切る。
「彼の言うとおりです。折角のお話ですがお断りさせて頂きます。あの子はまだまだ年頃ではないのです。
諦めなさい、アイオリア。」
これ以上ガタガタ言うなら叩き出すぞと言わんがばかりの二人に、もはやとりつくしまもなく、
アイオリアはとぼとぼと帰っていった。
一方、帰っていくアイオリアに見つからないように隠れたは、動揺を隠せなかった。
「えーーーー!!アイオリアが私にプロポーズ〜〜!!??!
どどど、どうしよう・・・・。そんな急に言われても・・・・!!あ、でもムウとアルデバランが断っちゃったんだよね・・・。」
けれど、とても素敵な人だ。ちょっと勿体無い気がする。
「また来るのかしら・・・・?」
アイオリアが帰っていった方を見つめながら、は一人呟いた。
「お祖母様!!しっかりして!!!」
「、あなたを一人残して逝く私を、どうか許して下さいね・・・・。」
「嫌!!死んじゃダメよ!!お祖母様!?お祖母様〜!!!」
祖母の尼君が亡くなってしまった。
身寄りのなくなった私は、どうやら父である兵部卿の宮に引き取られるらしい。
顔も覚えていない父の所よりも、あの光源氏様の所へ行きたい・・・・。
明日はいよいよ父の迎えが来る。
「もう二度とお目にかかれないのかしら・・・・。」
は床に就きながら、光源氏のことを考えた。
すると、襖の向こうに人影が現れた。
「姫?姫?迎えに来たぞ・・・!」
「その声は光源氏様!?」
「そうだ、さあここを開けてくれ・・・・!」
「はい、只今!」
布団から飛び起きて襖を開ける。そこに立っていたのはアイオリアであった。
「さあ姫、迎えに来たぞ!」
「ああ、光源氏様!もういらっしゃらないんじゃないかと思っていました!」
「『アイオリア』と呼んでくれ。私は貴女を『若紫』と、そうお呼びしよう。」
『何故?』と一瞬疑問が浮かんだが、まあそんなことは些細な事だ。どうでも良しとしよう。
「アイオリア様、私を連れて逃げて下さい!」
昼メロのようなノリでアイオリアの手を取る。
「もちろんだとも!さあ、ここを出て私の屋敷へ来てくれ!これからはもうずっと一緒だ!!」
「嬉しい、アイオリア!!」
ますますメロドラマの世界である。
「もう決して貴女を離さない!君は俺のものだ・・・・!」
「アイオリア様・・・・」
ピピピ、ピピピ、ピピピピピピピピピピピ、ピ。
サイドテーブルの目覚まし時計が起床時間を告げる。
けたたましい音を立てる時計をガシッと掴んで、は目を覚ました。
「んあ゛〜・・・・・・、なんだ、夢か。」
目を擦り、欠伸を一つ。
朝食の用意をしようとベッドから這い出た。
「きっと昨日アイオリアと『若紫』の話なんかしたからね。かなり盛り上がったしね。」
でもこんな夢を見た、なんて言ったらきっと彼真っ赤になるだろうなぁ、と思い、その姿を想像して一人笑う。
−今日会ったら話そうかな?どんなリアクションが返ってくるかな?
悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべて、は朝の支度に取り掛かった。