源氏『夢』物語 其の壱




誰にでも、「マイブーム」は存在する。
聖域の教皇補佐として日夜労働に勤しんでいる にもまた、最近ハマっているものがあった。






「よぉ、これからシュラとミロと愚弟と飲みに行くんだけどよ、お前もどうよ?」
「ごめ〜ん、今日はパス!」
「んだよ、最近付き合い悪ぃなオイ!まさかとは思うが、男でも出来たのか!?!」
「違うわよ、ってゆーか、まさかってそれどういう意味?」
「深読みすんなよそんなとこ!最近いつ誘っても乗ってこねぇよな、マジで何してやがんだ?」
「なんでもいいでしょ〜!」
「よくねぇよ!俺様に言えねぇようなことなんか、アァ!?」
タチの悪い輩のような目つきと口調でに絡むデスマスク。の腕を掴んで引き寄せ、腰を抱いて上から顔を睨み下ろす。

「ちょ、ちょっと怖いよ、どこのマフィアよあんた・・・・」
「とっとと吐けやコラ」
「分かった、分かったわよ〜!分かったから離して!!!」
は、渾身の力を振り絞ってデスマスクの拘束から逃れる。

「読書よ。」
「読書ォ!?」
「そうよ、なんか文句ある?」
「いや別に、っつーか読書ってそんな何日もかかるもんか!?」
「あんたのエロ本と一緒にしないでよ!!長い物語なの!!」
「んだとテメェ、失礼千万だなオイ!つーか長い物語ってナニよ?」
「なんで?」
「知りたいだけ」
「・・・源氏物語。」
「んぁ?なんだそりゃ?」
「日本の古典文学なの。ある人の一生の物語なの。」
「人の人生毎晩読んでんのか、ご苦労なこった。」
「・・・・。あんたとは話しにならなそうね。」
「ますます失礼だな、コラ。まぁいいや、今度ミッチリ吐かせてやるから覚悟しとけや。」
デスマスクは、ニヤリと笑ってに背を向けて歩き出す。
「なんであんなにいちいち怖いのよ、アイツは・・・」
ブツブツ言いながら、も自宅へと足を早めた。





事の発端は、先日日本の旧友が送ってきた数冊の本だった。
学生時代、古典の授業でその一部を勉強し興味をもった物語だった。
旅行に来ていた旧友と数年ぶりに偶然再会し、学生時代の話に花を咲かせた際にその話になり、 全部読んでみたいが、ギリシャではなかなか日本の古典文学の本を手に入れることができないとぼやいていたのを、彼女は覚えていてくれたのだ。
逸る気持ちでページを繰っていくうちに、はすっかり源氏物語の世界にハマッていったのだ。

今宵もは平安の世界に身を委ねる。
日本から遠く離れた異国の地で、遥か古の都に思いを馳せながらページを繰る。



『いつの世のことであったか。
身分は低いが、帝の寵愛を一身に受けた美しい女性がいた。名を桐壺更衣と言った。
帝は更衣を大層溺愛し、やがて彼女は玉のような美しい皇子を産んだ。
しかし宮中の女たちからの執拗な嫌がらせに、彼女は心労がたたってまだ小さい皇子を残して亡くなった。
帝の実子なれど、桐壺更衣より高い身分を持つ女御の産んだ子が皇太子と定められ、源氏は臣下へと下り、皇子は人々から光源氏と呼ばれるようになる。
そしてある日、父帝が新しい妻を娶った。美しいその女性は藤壺女御と言い、幼い源氏は亡き母の面影を 藤壺に見出して彼女を慕った。そしてその想いは、憧れからいつしか恋に変わって行った・・・・。』











凛々しい若者が、馬を駆る。


−あの方は、藤壺様はご無事であろうか・・・・


藤壺が病のため里へ下がったとの知らせを受けた源氏は、彼女の元へと急ぐ。


−行かないで、私を置いて行かないでくれ・・・!


形だけの妻・葵の上も、夜を共にしてきた数多の女性達も、誰も私の心を癒せない。
私が欲しいのはあの方だけ、愛しい藤壺様・・・!!

「って私が源氏〜!?!」







どうやら本を読んでいるうちに眠ってしまったらしい。は自分が夢を見ていることは辛うじて理解していた。
しかし気持ちはすっかり光源氏であり、今は一刻も早く藤壺の元へと参らねば、という気持ちで一杯である。
藤壺の館に着き、馬を止めて中の様子を伺う。お付きの女房の目を盗んで忍び込む。
閉じられた襖越しに、小さな声で呼びかける。

「藤壺様、藤壺様・・・・」
「そこにいるのは誰じゃ?」
「私でございます、光源氏でございます。貴方様が病に伏せっておられると伺い、いてもたってもいられず馳せ参じました。」
「光様!なりませぬ、どうして参られたのですか!?」
「貴方様が心配で、夜も眠れませぬ、どうかお側に・・・」
「なりませぬ!お帰りくださいませ!早う!!」
「嫌です、帰りませぬ!藤壺様、失礼致します・・・!」

源氏()は拒む藤壺を意に介さず、襖を開け部屋に入る。
下りた簾の向こうに床が敷かれてあり、その上に人がいる。


−あぁ、やっとお逢いできた、愛しい藤壺様、今参ります・・・・!


簾の向こうですくむ人影を愛しげに見つめ、源氏()は側へ寄る。
そこに居たのは紛れもなく、藤壺女御その人であった・・・・














「・・・・はずなのに、なんであんたがここにいるのよ〜!!!」
「シーッ、デケェ声出すんじゃねぇバカ!!女房共に見つかっちまうだろうが!!」
思わず声の大きくなったの頭を叩く藤壺女御、もといデスマスク。

「ちょっとどういうことよ!?私は藤壺様に逢いに来たのに、なんであんたがここで寝てるのよ!?」
「アァ!?ワケ分かんねぇこと言ってんじゃねぇよ、俺が藤壺様に決まってんだろが。」
ともかく女房達に見つかってはマズい。小声で言い合いする光源氏と藤壺女御、いやさとデスマスク。

「おかしいわよ!だって藤壺は私の義理の母なのよ!?あんたベッタベタのヤローじゃないのよ!!」
「俺様を呼び捨てかコラ?つーかお前だって男なんだろ?その割には細っせぇ体だな、オイ」
「なっ、いやらしい目で見ないでよ!あんたなんか呼び捨てで十分よ!」
「それはそうと、なんでこんなとこにいるんだよ?」
「それはこっちの台詞よ、全く。病気で寝てるって聞いたから見舞いに来たのよ!」
「ほぉ〜そら有り難ぇこって。こんな夜中にわざわざ、ククク」
意味ありげな笑みを浮かべてデスマスクが布団の上で胡坐をかく。

「あんた仮にも帝の后なんだから、その大股かっぴらいて座るのやめなさいよ、はしたない」
「い〜じゃね〜か、別にそんなこたぁ。お前こそ人のことが言えんのかよ、女房持ちが夜中に出歩くのは感心しねぇな。」
「グッ・・・、し、仕方ないじゃない、そういう人なんだもの、源氏って!」
「お〜お〜開き直っちゃったよ、浮気性の亭主じゃ、嫁も苦労すんなぁオイ。葵っつったっけ、お前のカミさん?」
「なんであんたが知ってんのよ?」
「知らいでか、俺様はこれでもお前の母親だぞコラ」
「嫌だこんな母親」
「その嫌な母親のために、夜中に遠くから来たんだろ?」
「・・・・」
「いい加減素直になれや」
「・・・・その通りよ」

図星をつかれて他に返事のしようのない。しぶしぶながらも素直に肯定する。
一瞬フッと優しい顔でを見たデスマスクは、照れたように赤い顔をしてまだ俯いているの肩を抱き寄せた。

「!?!ちょ、ちょっと何してんのあんた!?」
「何って、ナニに決まってんだろ?お前だってそのつもりでここまで来たんだろうが」
を布団の上に押し倒し、片手で難なく押さえつけて自身の夜着の胸元をはだける。

「なッ、違うわよ!!」
「今更照れんなや」
「激しく違う!!!」
「お前ガキの頃から俺様のことが好きだったんだろ?オラどうした、愛しい女が布団の上で胸はだけてやってんだぜ? そこは男として喰っとくべきだろが?」
「あんたが勝手にやってるだけでしょ〜!?」
は精一杯の抵抗をするが、デスマスクの腕からどうしても逃げられない。

「据え膳喰わぬは男の恥、テメェもそれなりに女コマしてきたんだろうが。それぐらい知ってるだろ? 早くしろや、女に恥かかすんじゃねぇよ」
「こんな女どこにいるのよ〜!!」
「ここにいるじゃねぇか。つーかいい加減にしろよ、テメェ。せっかく人が大人しく待ってやってたのによ。 生娘じゃあるまいし、腹括れや!」
変なところだけ昔風な言い方になりながら、デスマスクがにのしかかる。
生娘ってなんなのよ〜!一応あたしが男なのよ〜!てか離してよ〜!!!」

どこかズレた突っ込みを入れながら力一杯暴れてみるが、自分の上に乗っているデスマスクはビクともしない。
着物の胸元から手を差し込まれ、耳元で低く囁かれる。
「イイ夢見させてやるぜ?愛しの我が君・・・」
顔が赤くなるのが分かる。抗えないほどの色気が漂っている。
そのまま堕ちて行きそうになるのを、は微かに残った理性を振り絞って堪えた。





「こッ、こんな藤壺イヤだ〜〜〜!!!!!」









「ハッッ!!!!」



ガバっと跳ね起きて、肩で息をする
サイドテーブルの目覚ましを見ると、午前8:00。

一瞬寝坊だと慌てたが、今日が休みだったことを思い出し、安堵する。
目覚ましの傍らには、昨夜読んでいたはずの本が閉じられて置いてある。

突然肩を引き寄せられ、顔をその方向へ向けてみると、


「よぉ、お目覚めか?」



「ギャー!!藤壺!!!」
誰がフジツボだ!起きた早々随分なご挨拶だなコラ、いつまで寝ボケてやがる!」


源氏物語を知らない彼は、藤壺女御と海辺の岩に張り付いてるフジツボを勘違いしているらしい。

「ハッ・・・、あれ?夢か・・・」
「本気で寝ボケてやがるな。この色男の俺様をこともあろうに節足動物呼ばわりたぁいい度胸だ。
いくらフジツボが蟹の仲間だからって俺様とは何の関係もねぇ!ところでどんな夢見てたんだよ?」
朝っぱらから妙な知識を披露するデスマスクに突っ込みを入れられるほど、の目はまだ覚めきっていない。

「いや、夢で良かった・・・・。」
「だから何の夢なんだよ?」
「・・・忘れた」
「嘘つけ」
「ホントだもん」
「力ずくで吐かせてやろうか?」
「ホントに覚えてないんだって〜!!!」


言えない、言えるわけない。


あなたに夜這いを仕掛けに行きましたなんて。
そして返り討ちに遭って喰われかけました、なんて。
あまつさえちょっと溶けそうになりましたなんて、口が裂けても言えない。


だからは、地獄の拷問のようなデスマスクのくすぐりの刑に、ただひたすら耐えるしかなかった。
混乱する頭の片隅で、「てゆーか、なんでデスがここにいるの?」という素朴な疑問を抱えて。
悶絶して暴れるの手が、サイドテーブルの本を床へ落としてしまう。
無造作に開いたページは、昨夜が読んでいた話の少し先のページだった。






『藤壺女御は、あの夜の光源氏との契りの証をその身に宿してしまう。
産まれた皇子はもちろん帝の子として扱われる。しかし、あまりにも源氏に似た皇子に、自分たちの子であるとの思いを拭えない二人。
藤壺はその運命を呪い、光源氏もまた苦悩する。』






が昨夜の夢の続きを見るかどうかは、物語のみぞ知る・・・・






・・・・To be continued・・・・?




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後書き

管理人、源氏物語に結構興味あります。
学生時代に習った原文や和訳も好きでしたけど、やっぱり「あさきゆめみし」を読んでからますます 興味が沸きました。
一応色々と調べて書いてみましたが、『間違っとるよ!』ってなところがあったら申し訳ありません!!
ちなみに『フジツボ』について調べた時は笑っちゃいました!
調べる前から、藤壺はデスマスクに演ってもらおうと話を作っていたんですが、調べてびっくり!!
『藤壺を演れるのは彼しかいない!!』と確信しました(笑)。

はい、分かってます。面白がってるのは私だけですね。
しょうもないダジャレネタで申し訳ございませんでした〜!!(切腹)