向こうから歩いてくるの姿が見える。
アルデバランは、鍛錬を中断してに声を掛けた。
「おーい、!どうした?」
「あ、アルデバラン。ううん、何でもない。ちょっと散歩してただけ。」
そう言って笑顔を見せるが、どうも今一つ元気がない。
今日に限ったことではない。ここのところずっとこんな調子だ。
は気付かれていないと思っているのかもしれないが、アルデバランは密かに気付き、心配していた。
「それならちょっと寄っていかないか?美味いコーヒーが手に入ったんだ。」
「ほんと?じゃあちょっとお邪魔しちゃおうかな?」
「よし決まりだ。さあ上がれ!」
を自宮の中に招き入れ、こざっぱりとしたリビングに通す。
アルデバランはそのままキッチンへ入り、コーヒーを淹れた。
「口に合うといいがな。」
「ありがとう。うわぁ、いい香り・・・。」
「だろう?さあ、遠慮せずに飲んでくれ。」
「頂きます。ん・・・、おいしい!」
にっこりと満面の笑みを向けるに、アルデバランはホッとする。
「そうか!それは良かった!」
「アルデバランの淹れるコーヒーは最高ね!」
「はっはっは、お世辞でも嬉しいな。」
「お世辞なんかじゃないってばー!」
明るく振舞ってはいるが、やはり少々元気がない。
「で、どうしたんだ?」
「え?何が?」
「ここのところ、ずっと塞ぎこんでるじゃないか。何があった?」
は、アルデバランの問いかけに驚いた顔をしたが、すぐに小さく笑って首を横に振った。
「別に何もないよ。」
「本当か?」
「本当。」
アルデバランを安心させるように、笑ってきっぱりと言い切る。
「そうか。ならいいんだが。」
「ありがとね、心配してくれて。でも本当に何でもないから。」
アルデバランは、カップを両手で包んでおいしそうに口をつけるを切なげに見つめる。
が落ち込んでいる理由は、実は大体見当がついている。
『あいつ』か。
自分の予想は恐らく間違っていない。
ただ本人が言いたがらない以上、あれこれと詮索したくはなかった。
こんな時、口の回る男なら上手く慰めてやれるのだろう。
だが自分はそんな器用な事は出来ない。
「そうだ、オセロがあるんだが、やらないか?」
「オセロ?うん、やるやる!」
「よし、ちょっと待っててくれ。」
自分には気の利いた事は何も出来ない。
だからせめて、こうして少しでもの気が紛れそうな事をしてやるしかない。
「よし、じゃあ始めようか。」
「最初に言っとくけど、私弱いからね。」
「俺も大概弱いぞ。覚悟しておけ。」
「プッ、変なの、弱さ自慢してどうすんのよねぇ?」
「ははは、それもそうだな。では勝負だ!」
お互いの腕前は最初の予告通りだった。
我ながら低レベルな勝負だと思う。
ふとを見ると、真剣な顔をしてオセロに熱中している。
良かった。
少なくとも今は気が紛れているようだ。
「いただきっ!」
「あっ!!しまった!!」
「へへー、勝負あったね。」
「くそぅ・・・、負けてしまった。」
「もう一勝負いっとく?」
「よし、次は俺が勝つぞ。」
オセロぐらい、何度でもするとも。
それでお前が笑ってくれるのならな。
ほぼ互角の勝負を何度も繰り広げた。
勝敗の比率もほぼ同じだった。
気が付けば、は随分すっきりした顔をしている。
少しは気分転換になったようだ。
「あー楽しかった!」
「なかなかやるじゃないか、。」
「なんの、アルデバランこそ。」
「次は俺が一人勝ちさせてもらうぞ。」
「いやいや、そう簡単に負けないわよ?」
は楽しそうに笑ってそう言う。
とりあえずは大丈夫、だな。
もう帰るというを、宮の出口まで送っていく。
「ありがとうね!コーヒーごちそうさま。」
「いや。俺も楽しかった。またいつでも遊びに来い。」
「うん、またオセロやろうね!」
「もちろんだ!いつでも受けて立つぞ。」
楽しそうに笑う。
正直、この笑顔が自分のものになればいいのにと思うこともある。
その小さな身体を抱きしめてキスして、強引に奪いたくなることだってある。
けれどの気持ちは『あいつ』に向いている。
自分の気持ちを押し付けても、が混乱するだけだ。
いたずらにの気持ちを乱したくはない。
見守る愛もあってもいいだろう。
「じゃあまたね!」
「ああ、気をつけて帰れよ。」
「うん。・・・今日は本当にありがと。」
「ああ。」
アルデバランは、去りかけるの背中に一言投げかけた。
「何かあったらいつでも言えよ!俺達は友達なんだからな!!」
は振り返り、満面の笑みで答えた。
「うん!ありがと!!」
再び自分に背を向けて歩いて行くの小さな背中を見つめて、アルデバランは先程の自分の言葉を小さく繰り返した。
「俺達は友達なんだからな。」