THE FIRST THINGS




曇り一つない窓ガラス、ぴかぴかに磨き上げた石畳の床。
私室から宮まで一通り掃除を終えたは、満足げな溜息をついた。
その後ろで、涼やかな靴音が一鳴りする。

「終わったようだな、。」
「シャカ様。」

振り返ったは、そこに居たこの処女宮の主・シャカに一礼した。

「はい。他に何か御用はございますか?」
「今はない。」

『今は』という言葉に、の心が密かに期待に弾む。
きっと、多分。
そんな風に逸る心を抑えて、はシャカの言葉の続きをじっと待った。

「今夜は冷えるというからな。夜になったら油を頼む。」
「・・・・・はい!」
「ご苦労だった。下がりたまえ。」

予感は当たった。
は満面の笑みを浮かべると、少しだけ口元を綻ばせたシャカにまた一礼をした。


所望する物は、熱い茶であったり、インクの切れたペンの替りであったり、時には寝酒であったりするのだが、それはあくまでついで。
本当の用は『物』ではない。
あれはつまり、シャカなりの誘い文句なのだ。

その時処女宮に出向くは、昼間のメイドではない。
一人の女になる。
そしてシャカも、一人の男としてを迎え入れる。
はいつも、その時を楽しみにしていた。
二人だけの、二人が二人で居られる時間を。






月が空高く昇る頃、処女宮は少しだけ賑やかになる。
熱い茶を飲みながら、が持ってきた油で暖かく燃えるストーブを囲んで。
二人は暫し、他愛もない話に花を咲かせる。

「いつもながら、君の話を聞いていると呆れて気が抜けるな。」
「酷い〜、シャカ様が話せって仰ったから話したのに〜!」

話は大抵何という事のないものだ。
今日あった出来事だったり、の失敗談であったり。
そんな話をしながら二人で笑い、時には子供じみた手遊びに興じたりもする。
要するに、夜の処女宮においては、二人は恋人になるのだ。


そのままひとしきり笑ってはしゃいで終わる日もある。
だが大抵こんな夜は、一人で眠れない。
帰れなくて、帰せなくて。
夜の闇に紛れるように、どちらからともなくそっと互いに触れる。

唇が触れ合ったら、もう離れられない。
今夜もまた、甘い夜が始まった。





洗いたてのシーツの上は、ひんやりと柔らかくの身体を受け止める。
まだ温もりのないそれが裸の背中を冷やして、は少し身体を震えさせた。

「あ、ん・・・・・」
「寒いかね?」
「少し・・・・」

小さく頷いたを、シャカはその腕でふわりと抱いた。
ぴったりと密着した身体から、シャカの体温が伝わってくる。
はその心地良さに目を細めた。
唇は微笑を形作り、誘うように少しだけ開かれている。
シャカはその唇をゆっくりと己のそれで塞いだ。

「ぅ・・・・ん・・・・・」

唇の隙間から、ゆっくりと舌が入ってくる。
は瞳を閉じて、シャカの舌に自分の舌を絡めた。

優しいキスに恍惚としながら、いつもは不思議な感覚に捉われる。
昼間は決して見る事の出来ない、シャカの男性としての姿を目の当たりにするから。
まるで夢でも見ている気分だ。
この目を開けば、消えて無くなっているかもしれない。
ふとそんな心細ささえ感じる事もある。

けれど、実際目を開いてみたならば。
そこにはちゃんとシャカが居る。
シャカが自分を抱く温もりも感じられる。

「・・・・・また余計な事を考えていたのかね。」
「え?」
「私は幻でも何でもないぞ。いい加減下らぬ杞憂は止めたまえ。」

薄く笑ったシャカの顔には、今しがたのの考えなどお見通しだと書いてある。
恥ずかしくなったは、睫毛を伏せて小さく口を尖らせた。

「ずるい、シャカ様・・・・。私ばっかり心を読まれるなんて・・・・」
「そんな事はしていない。君は思った事が顔に出る性質なのだ。気付かぬのは己一人、という事だな。」
「うぅ・・・・」

益々恥ずかしそうに顔を手で覆うを、シャカは愉しげな表情で見つめていたが、やがてその手を掴んでそっと傍らに置いた。

「さぁ、下らぬお喋りはここまでだ。」
「あっ・・・・・」

シャカの唇が、今度は胸元に降ってくる。
軽い羽根のようなその感触が擽ったくて、は小さく身じろぎした。

「ん・・・・・」

胸元から少しずつ下がっていく、シャカの唇。
触れられた部分は、いつまでも感触が消えない。
強く吸い付かれてなどいないのに、何処も熱を帯びたように熱くなっている気がする。

「はぁっん・・・・・!」

シャカの残した軌跡を味わっていると、突如胸の先端に甘い痺れが走った。
途端にぞくりと腕が粟立つ。
一方、甘い声を上げたを満足そうに一瞥したシャカは、其処への愛撫を少しずつ強めていった。

「あぁん、あんっ・・・・!」

最初は軽く口に含まれただけだったのが、次第にエスカレートしてくる。
舌で何度もなぞられ、軽く音を立てて吸い付かれ。
その行為に比例して、の快感も次第に高まり始めた。




「はっ、う・・・・っあ、ンンッ!」

シャカはの胸の下へキスすると同時に、手を下腹部に滑り込ませた。
手を奥へ進ませる際に自然と花芽に指が当たったようだが、はそれに感じたらしい。
背を跳ねさせたに、シャカは喉の奥で笑ってみせ、愛撫の矛先を其処に向けた。

「あぁっん!!」

中指で軽く撫で上げると、は更に甘い声を出す。
それに気を良くしたシャカは、指の腹で揉み込むようにして其処を刺激し続けた。

「あっ!はぁッ!シャ・・・カ、様ぁ・・・・!」

はシャカの肩に爪を立て、小さく震えながら喘いだ。
知らず知らずのうちに腰が浮き、シャカの愛撫をせがむような格好になる。
はしたないと思われないだろうか。
そんな事を心配したのも束の間、は瞬く間に快感に呑まれてしまった。

「あっ、あんッ・・・・!・・・・・あんんッ!」

無意識に反らせた背のせいで、存在を主張するように突き出している胸の頂を再びシャカの舌に捉われて、は激しく身を捩った。
そんなつもりではなかったなどと、今更そんな言い訳など通用しないという程、身体は熱く火照っている。
尤も、最早そんな言い訳などする余裕もないのだが。

「シャカ様、も・・・、駄目ッ・・・・!あっ、は・・・・・ぁん!」

今考えられるのは、ただ一刻も早くシャカが欲しい。
それだけだ。
は飛びそうになる意識の合間に、切々とそう訴えかけた。

「ふぁッ、ん・・・・シャ、カ様・・・・!も・・・・、来・・・・て・・・・・!」
「・・・・・もう、かね?」

焦らすように問いかけるシャカに、は荒い息のままコクコクと頷いた。
こうしている間にもシャカの愛撫は止まず、としてはこれが精一杯なのだ。
そんなに、シャカはふわりと微笑んで頷いてみせた。





ゆっくりと、だが確実に。
一つに溶け合う。

「あ・・・・あぁ・・・・・!」

身体を割られる感触に、は深い溜息をついた。
痛みはないが、完全に深く繋がるまでの間はいつもこの圧迫感に苛まれる。
だが断じて苦痛ではない。
苦痛ならば、こんなに幸せを感じはしない。

は目元を綻ばせて、シャカの首を両腕で抱いた。

「シャカ様・・・・・、シャカ様の目・・・・見せて・・・・」

そう言われたシャカは、ゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げた。
愛しいの頼みだからという理由だけではない。
シャカ自身も、己の目で喘ぎ乱れるの姿が見たいからだ。

「これで良いかね?」
「はい・・・・。シャカ様の目、やっぱり綺麗・・・・・」

いつもこの瞬間、一つになって愛し合う時にだけ見せる瞳。
はその瞳が好きだった。
何と綺麗な色をしているのだろう。
それを褒めてもシャカは別段喜ばないが、むしろからかうなと怒られさえするのだが、それでもはいつもそう言わずに居られなかった。

「全く・・・・、何度同じ事を言えば気が済むのかね、君は?」
「だって、本当にそう思うんだから、仕方ないじゃないですか・・・・」
「開き直りかね、仕方のない娘だ。」

くっくっと笑ってみせて、シャカはの額に軽いキスを落とした。

「君のその吸い込まれるような黒い瞳も、美しいと思うがな。」
「え・・・・・・?」

小さな声の、今まで聞いた事のない台詞に、は思わず唖然とした。
きょとんとしたとは対照的に、照れ臭そうな表情を浮かべたのはシャカである。
さっと視線を逸らし、瞬く間にいつもの素っ気無い口調に戻ってしまった。

「聞き返す事は許さんぞ。同じ事を二度言うつもりはない。」
「え・・・・あ・・・・、はい・・・・・・」

つっけんどんなシャカの声で、今度はがようやく照れる番であった。
先程のシャカの台詞が、耳の奥に残ったように何度も木霊している。
恥ずかしいやら嬉しいやらで、は朱に染まった頬を泣き笑いのような形に緩ませた。

「ふふふっ、シャカ様ったら・・・・・」
「情事の最中に笑うのはよしたまえ。集中出来んではないか。」
「はい。・・・・・ふふふふっ・・・・」
「・・・・・・・良かろう。好きに笑っていたまえ。今に笑えなくなる。」

諦めたように溜息をついた後、意味深な言葉を呟いて、シャカはの腰を掴んだ。
そしておもむろに律動を始めた。



「んっ、あんっ、あんっ!」

シャカの予言通り、はすぐに笑う余裕を無くす事になった。
己の中を出入りするシャカに翻弄されて。

「あっあっ、はぁッッん!!」

嬉しかったからとはいえ、笑いすぎたのがいけなかったのだろうか。
いつもならゆっくりと動きを早めていくシャカが、今夜は最初から飛ばしている。

「あっ、やぁ・・・ん!!あうぅっ、くっ・・・・!」

腰を高く抱え上げられ、両脚を大きく割り広げられて。
その中心をシャカが貫いているのが見える。
その光景を直視出来なくて、は顔を横に向けた。

「んぁッ!・・・・っはァッ・・・・!あっ・・・・!」
、こっちを向きたまえ・・・・」

シャカの少し掠れた声に、は羞恥を堪えて反応した。
視線を戻した先には、シャカの瞳が優しく熱く自分を見つめていた。

「シャカ様・・・・・」
「どうだ、反省したかね?」

シャカの表情は優しく、だが悪戯をした少年のように綻んでいる。
こんな表情、シャカには珍しい事だ。
は自分の姿勢への羞恥も忘れて、こっくりと頷いた。

「・・・・宜しい。」

素直に頷くの表情が、やけにしどけない。
背筋を駆け抜ける甘い痺れに捉われたシャカは、の上に身体を預けると、両腕でしっかりとの身体を抱き締めた。
そして、止めていた律動を再び始めた。



「あんっ、はうぅ・・・・!シャ、カ・・・様ぁ・・・・!」
・・・・・・!」
「ひっあぁぁ!だ、め・・・・、も・・・・駄目ぇ、シャカ様ぁぁ・・・・!」
・・・・・・!」

が身体を痙攣させ始めた瞬間、シャカはその耳元に顔を伏せた。

「          」
「っっ・・・・・・・・・・・!!!」

何事かを耳に吹き込まれたは、そのまま激しい絶頂の波に攫われた。






「おやすみなさい、シャカ様。」
「うむ。」

シャカに送り出され、処女宮を後にしたは、上機嫌で階段を下っていった。
途中の宮で出くわした他の黄金聖闘士達が、首を傾げる程に。

何しろ彼らが何を言っても、はてんで上の空だったからだ。
しかしそれは当然であろう。
何故ならの耳には、シャカの先程の言葉が木霊していたから。


『愛している』という、またしても初めて聞いた言葉が。




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後書き

ヒロインはメイドさんというリクエストでお送り致しました。
何ででしょうか?
甘いのを書くんだと意識すると、必ずといって良い程クサい仕上がりになります(爆)。
少し少女少女し過ぎたかな、このヒロイン(笑)?
っていうかシャカもか(笑)?
リクエスト下さった七架様、有難うございました!
お、お気に召して頂けると良いのですが・・・・(滝汗)。