サガと、数人の黄金聖闘士と、そしてが居て。
各々がそれぞれの仕事に励んでいたり、自主的に休憩していたり、それを叱ってみたり。
それがいつもの執務室の様子、日常の風景である。
きりの良いところでペンを走らせる手を止めたシュラは、ふと顔を上げてその風景に目を向けた。
視線の先には、サガと何やら話し込んでいるの姿がある。
聞こえてくる会話を小耳に挟む限り、内容は直近の予定の確認のようだった。
「では、それで頼む。」
「うん、分かった。」
「それから、3日後の城戸邸での晩餐会の件だが、同行予定の者はミロだったな?」
サガの声には愉しげな含みがあった。答えを知っている上で冷やかしているのだ。
サガはミロとの関係を知っている。
いや、サガだけではない。
他の黄金聖闘士達も、無論、シュラ自身も、知っている事だった。
「あ〜・・・・・・、うん」
だがは、まるで想定外の反応を示した。
「それね、ミロはキャンセルみたいよ。」
「キャンセルだと?」
何気なく言ってのけたに、サガは怪訝そうに眉を潜めた。
それもその筈、城戸邸での晩餐会というのは、女神と聖闘士達との親睦や慰労の為の催しではなく、
財団のビジネスの一環として、グラード財団の総帥・城戸沙織が主催するパーティーなのだから。
幾ら小規模の晩餐会とはいえ、公用は公用。
そこに沙織の護衛兼エスコート役として呼ばれている以上、それは任務である。キャンセルなど許されない。
それに、幾ら公用とはいえ、恋人と二人きりでの旅行を、ミロがキャンセルなどする訳がない。
常日頃の二人の関係から考えれば、たとえ瀕死の重傷を負っていようが、這ってでも行く筈なのだが。
「どういう事だ?」
「知らない。とにかく行かないんですって。」
素っ気なく言い放つの声には、微かな棘があった。
「どういう事だ、ミロ?」
「どうもこうも、お偉い教皇補佐官サマの仰せの通りだ。」
ミロに至っては、あからさまに嫌味な口調だった。
いつもの二人ならば、こうはならない。
は恥ずかしそうにはにかんで頷き、ミロはそんなの肩を抱きながら、
勝ち誇ったように他の連中から土産のリクエストなどを聞いて回っただろう。
それが、不機嫌丸出しの顔でこんな皮肉を飛ばすという事は。
「何だ、喧嘩か?」
サガのその質問に、二人共がプイとそっぽを向いた。
これ以上ない答えだと、シュラは内心で呆れた。
そして、いつからこうだっただろうかと考えた。
ほんの2日、いや、3日前に見た時はいつも通り仲良くしていたから、それから今日に至るまでの間に、
何かしらの出来事があって喧嘩したのだろう。恐らく、つまらない事で。
「犬も食わない何とやら、か。何があったか知らんが、プライベートを執務に持ち込むな。
特にミロ。『キャンセル』では済まんのだぞ。遊びで行くんじゃない、公用なのだからな。
女神のエスコート役として、男女一名ずつ出席せねばならんのだと説明しただろうが。」
「別に俺じゃなくても構わんだろう。誰か他の奴に任せれば良いじゃないか。」
ミロのその言葉に、一瞬、の表情が固く強張った。
他に誰か気付いた者がいたのかどうかは分からないが、少なくともシュラは、それを見逃さなかった。
「まあ、それはそうだが。本当に良いのだな?」
「ああ。」
「後でやっぱり自分が行くなどと言うなよ。これ以上お前の勝手で予定を変更するのは許さんぞ。」
「分かってる。」
サガとミロのやり取りを、は涼しい顔で聞いていた。
そのくせ、内心では動揺している。そんな風に見えた。
そんなを、シュラは密かに見守らずにはいられなかった。
「となると、誰に行かせるか・・・・。、どうする?」
「え・・・・・・・?」
「二人旅の相棒選びだ。お前が自分で決めると良い。ああ勿論、予定の空いている者に限るが。」
サガにそう言われて、は一瞬、その黒い瞳を戸惑うように泳がせた。
気付かれないように、おずおずとミロの様子を伺っている。
しかしミロは、もう自分には関係のない話だとばかりに、無関心な顔でやりかけの書類仕事に戻っていった。
「空いている者は誰だったか・・・・、ふむ・・・・・・、ムウと、うちの愚弟と、それから・・・・」
サガがスケジュール帳を繰りながら候補者を挙げていくが、は上の空だった。
何となく傷付いたような顔で、唇を引き結んでいる。
シュラは胸の奥がチリチリと焦げるのを感じながら、そんなを見つめていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
不意にの視線がシュラの方を向いた。
それはきっと、単なる偶然だったのだろう。
だが、目と目が合ったその瞬間、はパッと表情を変えた。
「ああ、シャカも空いているな。それからあとは・・」
「確かシュラもフリーだったわよね!?どう、一緒に行かない?」
いつもの明るい笑顔でヒラヒラと手を振るは、あまりにも普段通りすぎて、痛々しくて見ていられなかった。
「・・・・・・ああ。構わんぞ。」
断る事は、シュラには出来なかった。
任務だからという理由も勿論あったが、やはりの事がネックだった。
ここで断ってしまったら、が決定的に傷付く。
恐らく必死で保っているのであろう平常心と自尊心が、人前でズタズタになってしまう。
そうなった時のを思うと、断る事などとても出来なかった。
「じゃ、決まりね!シュラと行くわ。」
「分かった。では、これで決定だ。ミロも、良いな?もう変更はきかんぞ?」
「くどい!分かっていると言ってるだろう!」
サガの余計な念押しがミロの短い導火線に火を点けたのか、
それとも、シュラが同行を引き受けた時点で既に着火していたのか、
ミロは苛立たしそうに席を立ち、執務室を出て行った。
の視線はもう、その背中を追おうとはしなかった。
「・・・じゃあ、そういう事で沙織ちゃんにも連絡しておくわね。」
「ああ、頼む。それからついでに・・・」
はサガとの打ち合わせに戻ってしまい、他の者達も執務に戻っている。
こういうハプニングを面白がって騒ぐタイプの者が今日に限っておらず、
執務室の中はまた至って普段通りの様子に戻った。
「・・・・・・」
誰の注意も向けられていないのを確認してから、シュラはさり気なく席を立ち、執務室を出て行った。
の代わりに、ミロの後を追う為に。
ミロは教皇の間の外階段に腰を下ろして、遥か遠くの景色を眺めていた。
シュラはその背中に、『おい』と声を掛けた。
振り返ったミロの表情は、意外にも思ったより落ち着いて見えた。
「本当に良いのか?俺が行っても。」
「ああ。」
即答だった。
その声音には、諦めのような冷静さがあった。
「本当に、俺で良いんだな?」
シュラが念を押すと、ミロは小さく苦笑した。
「お前だから、安心して任せられるんだ。」
「・・・何だそれは。大体、そもそもの原因は何だ?」
「つまらん事さ。人に話す程の事じゃない。」
そう言って、ミロは肩を竦めてみせた。
「だが、ちょっとこじれちまってな。こうなったら暫く掛かるんだ。
何と言うか、今はお互い、引くに引けなくなってる。」
「・・・よく分かってるんだな。」
「当然だ。どれだけ付き合ってると思ってる?」
ミロの口ぶりは、随分と余裕めいていた。
「こうなったら、下手に一緒に居れば居る程、余計にこじれて喧嘩が長引く。
こういう時は、ちょっと冷却期間が必要なんだ。」
自身の性格は勿論の事、の性格をも知り尽くしているかのような物言いは、
二人がそれだけ深い関係にあるという事を物語っていた。
これしきの事では、二人の仲は些かも揺るがない、ミロにはそんな絶対的な自信があるようだった。
「を頼むぞ。悪い虫がつかないように、しっかり守ってやってくれ。」
ミロは立ち上がると、シュラの肩をポンと叩き、先に戻って行った。
「・・・・・・・悪い虫、か」
一人残されたシュラは、ミロの残していった言葉を小さく反芻した。
3日後。
予定通り、はシュラと共に東京へ飛び、無事に役目を全うした。
晩餐会は和やかな雰囲気の内に終わり、招待客達も満足顔で帰って行った。
招待客全員の見送りを終えると、沙織は二人を労い、明日も朝から会議があるからと、自らも寝室に戻って行った。
そして、晴れて任務を解かれた二人は。
「お疲れ様〜!かんぱ〜い!」
「乾杯。」
貸し与えられたゲストルーム二部屋のうちの一方、の部屋で、ささやかな打ち上げを始めていた。
と二人きりになるのは気が進まなかったのだが、沙織が気を利かせて用意してくれていた
夜食とワインを断る事は、シュラには出来なかった。
「ん〜っ、美味しい〜!」
はパーティードレスのままでグラスを傾け、オードブルを摘んでいる。
晩餐会では勿論、食事も相伴していたのだが、まるで空腹状態のように、美味そうによく食べている。
上流階級の面々が集まる畏まった場では食べた気がしなかったのだろう。その気持ちはシュラにもよく分かった。
「フッ。よく食うな。さっき食事したところだろう。」
「だって〜!さっきはひたすら緊張してて、味わうどころじゃなかったもの!
シュラは?食べないの?」
「いや。」
シュラは曖昧な笑みを返し、生ハムを一切れ、形ばかり口に入れてみせた。
確かに晩餐会の場では食べた気がしなかったが、かと言って、腹が減っている訳ではなかった。
それどころか、実のところ、とても何か食べるような気分ではなかった。
椅子の背に引っかけられた白い毛皮のボレロや、揃えて脱いである華奢なハイヒールが、やたらと『女』を強調する。
すぐそこにはベッドがあり、目の前には、程良く肌を露出させるデザインのネイビーブルーのドレスを着たが、実に無防備に寛いでいる。
いつでも簡単に手が届く所で、警戒心ゼロで。
「・・・・・・そう言えば、ミロの奴が言っていたぞ。
に悪い虫がつかないように、しっかり守ってやってくれ、と。」
「な・・・、何それ。何でそんな上から目線なんだか・・・・」
膨らんだ頬がほんのりと赤くなるのを、シュラは苦々しい気持ちで見ていた。
「頼んだ相手がその『悪い虫』だったら・・・、とは考えなかったのだろうな。」
も、ミロも、全く警戒していない。
奪われるなどとは露程も思わず、簡単に曝け出して、預けてしまう。
その無防備さと余裕が、何故だかどうしようもなく癪に障った。
「え?」
「言っておくが、これは自業自得だぞ。」
だから、と二人きりになるのは気が進まなかったのだ。
最後まで自分を抑えきる自信がなかったから。
「・・・・・・・お前達が、俺に隙を見せたんだ。」
「シュ・・・」
もう、駄目だ。
そう思った瞬間、シュラはの手首を掴み、強引に唇を重ねていた。
「やっ・・・・・・、んっ・・・・・・!」
椅子から崩れ落ち、もつれ合うように二人して床に転がった。
テーブルの上でワイングラスが倒れた気配がするが、構わない。
「や、めっ・・・・・・・・!」
を床の上に組み敷いて、シュラはその首筋に顔を埋めた。
そこから立ち昇る仄かな甘い香りに、理性が酔いしれそうになる。
いや、理性など、既に無かったのかも知れない。
に誘われ、ミロにを任されたあの時から、既に。
「あっ・・・、んっ・・・・・・!」
痕を残すように胸元の白い素肌をきつく吸うと、は甘い声を上げた。
身体は力が篭って固くなっているが、抵抗はしていない。
ドレスの裾から手を差し入れ、内腿を弄るのも、造作も無かった。
「や・・・ぁ・・・・・・・っ!」
「・・・こいつが邪魔だな」
「あっ・・・・!?」
シュラはのドレスの裾を大胆に捲り上げると、繊細なストッキングとショーツを
毟り取るようにして引き下ろした。
「あぁっ・・・・!やめ・・・、やめてっ・・・・・!」
そうなって初めて、は身を捩って抵抗しだした。
だが、その時にはもう遅かった。
の秘められるべき部分は、既にシュラの眼前に赤裸々に曝け出された後だった。
「もう遅い。」
「っ!!」
躊躇いなく秘裂に舌を這わせると、はビクンと身を震わせた。
舌先に、蜜の滑りを確かに感じる。
シュラはそれを味わいながら、自身の中に沸々と黒い感情が沸き起こってくるのを感じていた。
「あっ・・・・・・・!んっ・・・・、あぁっ・・・・・!」
シュラは茂みの奥に隠れた花芽を、執拗に舌先で舐め転がした。
自身の中のその感情に従って。
「ひっ・・・・ぁ・・・・・・・!ふっ・・・・、くぅっ・・・・・!」
それは、黒くて、熱くて、ドロドロと粘っていた。
陰湿で、卑劣で、耐え難いほど醜かった。
だが、止められなかった。
が喘げば喘ぐ程、それはあとからあとから沸いて出てきて、どうにもならなくなった。
「あんっ・・・・!あっ、あぁんっ・・・・!や・・・・っ、だ・・・めェ・・・・・!」
「・・・・何が駄目なんだ?」
どうしようもなく大きく、どうしようもなく邪な、悪魔のようなそれは、シュラに歪んだ加虐心をさえ催させた。
「尻まで垂れる程濡らしておいて。あっという間にこんなになるなんて、随分溜まってたんだな?」
「やっ・・・・・・・・!」
「フッ、何を恥ずかしがる事がある。」
「ぅぅっ・・・・・・・・!」
真っ赤になった顔を背けたの上に圧し掛かり、シュラはその耳元に唇を寄せて囁きかけた。
「暫くミロに抱いて貰ってなくて、寂しかったんだろう?」
「・・・・ち・・・・が・・・・・・」
「こっちのクチは、素直にそうだと認めてるぞ?」
「あぁぅっ・・・・・・・・・!」
花弁の中心を指先で軽く擽ると、そこはまるで独自の意思を持っているかのように、シュラの指に吸い付いてきた。
「い、やぁ・・・・・・・!」
「お前も内心、こうなるのを期待していたんじゃないのか?」
「そ・・・・な・・・・事・・・・・・」
「俺の気持ちを知っていて、俺を誘ったんだろう?
俺がお前を、密かに想っているのを知っていたから。
本当はミロから奪ってやりたいと思っているのを知っていたから。」
「なっ・・・・・・・!」
「ミロの方も、本当はもうお前に飽きているんじゃないのか。
だから、お前が欲しくて欲しくて仕方がない俺に譲ってくれたのかもな。」
涙の溜まった目を呆然と見開くに、シュラは薄く笑いかけた。
自分で言っておきながら、酷い言いがかりだと思う。
いや、言いがかりなどという次元ではない。これは侮辱だった。
も、ミロも、そしてシュラ自身をも侮辱している事に他ならなかった。
だが、口が勝手に動いて止まらなかった。
何者かに意思も身体も乗っ取られ、自分が征服されていくような感じがした。
「違うと言いたいのか?何が違うんだ?
恋人の目の前で堂々と他の男を誘う女と、他の男に平気で恋人を預ける男が、終わっていないと言うのか?」
堪え切れなくなった涙が一滴、の瞳から零れて流れる。
その様を間近に見ながら、そして締め付けられるような胸苦しさを感じながら、それでもシュラは尚も続けた。
「俺からすれば、お前達はもう修復不可能だ。
俺がミロなら、幾ら喧嘩していようが、断じてお前を他の男になど預けん。
しかもそれがお前に恋焦がれている男となれば、尚更な。」
「・・・そん、な・・・・、あっ・・・・!」
シュラは思い出したように、また指を動かし始めた。
「そんな事をすれば、こうなる事が目に見えている。
くれてやったと受け取られても仕方がない。
知らなかった、気付かなかったでは済まんのだ。お前もな。」
「ううっ・・・・・・・・!」
「俺に隙を見せたのは、俺をその気にさせたのは、お前達だ。」
「あぁっ・・・・・・!」
は、心を切られる痛みと、身体に与えられる快感に翻弄されている。
ポロポロと涙を零し、小刻みに身体を震わせて。
「・・・幾らでも溢れてくる。そろそろ限界じゃないのか?」
「んっ、あぁっ・・・・・・・!ち・・・・がっ・・・」
「違う?これでもか?」
「あぁんっ!」
散々に刺激されて膨らんだ花芽をやんわり摘むと、は激しく身をくねらせた。
柔らかい襞がヒクヒクと痙攣し、奥からとめどなく蜜が溢れてくる。
目が眩む程煽情的なその光景と、押し潰されるような罪悪感に囚われ、シュラももう狂う寸前だった。
「そろそろコイツが欲しいんじゃないのか?」
「っ・・・・・・・・!?」
シュラは硬く猛り狂っている自身を、濡れそぼっている花弁に押し当てた。
焦らすように擦り付けると、滑った粘着音がいやらしく耳についた。
「やぁっ・・・・!」
「さっさと認めてしまえ。こんなになっているのに、我慢出来る訳がないだろう?ほら。」
「あっ!」
喉の奥で笑いながら、シュラはおもむろに先端だけを僅かにの中に埋めた。
途端にの声が甘く跳ね上がる。
戸惑いと、期待と悦びに満ちた、蕩けるように甘い声だ。
その声に満足してから、シュラはわざと腰を引いた。
「欲しくないのか?」
「あん・・・・・!」
欲しくない訳がない。
の声は、こんなにもあからさまに落胆している。
期待していたものが与えられなくて、歯痒い思いをしている。
の気持ちは、シュラには手に取るように分かった。
「ほら。どうなんだ?」
「あっ・・・、んぁっ・・・・・!」
分かった上で、シュラはを苛んだ。
先端だけを沈めては抜き、抜いては沈めを何度も繰り返し、を狂わせていった。
の中は熱く滑って蠢き、シュラを突き入れられる度に嬉しそうに音を立てて吸い付き、
引き抜かれる度に行かせまいと収縮する。
その感触に、シュラもまた、狂っていった。
「あっ・・・・!あぁっ・・・・・!あんっ・・・・・・!」
艶やかに上気した頬を涙で濡らし、切ない鳴き声を上げるは、ゾクゾクする程魅力的だった。
罪悪感も、自己嫌悪も、もうどうでも良かった。
ずっと欲しかったものが、今、目の前にある。その事実だけが全てだった。
そしてその事実が、シュラに歪な満足感と優越感を覚えさせていた。
遂に奪い取った。
ようやく手に入れた。
もう、俺のものだ、と。
「俺が欲しいのだろう?ならば欲しいと言え。お前の、その口で。」
「あぁっ・・・・ぅ・・・・・!」
「さあ。」
「・・・・・し・・・・・・」
やがて、の唇から、溜息のような呟きが零れた。
「シュラが・・・・・、欲しい・・・・・・!」
この瞬間、はシュラの手の中に完全に落ちた。
「・・・・ああ、くれてやるとも。・・・・・・!」
「ああぁっ!!」
の言葉に狂喜しながら、シュラはの中に深々と己を突き立てた。
限界まで焦らされていた其処は、シュラを根元まで飲み込んだ瞬間に小刻みに痙攣し、
同じく限界にまで昂っていたシュラもまた、瞬時に爆ぜそうな程の刺激と興奮に囚われた。
それをどうにか歯を食い縛ってやり過ごし、シュラは猛然とを貪った。
「あぁんっ!シュラ、ぁっ・・・・・・!」
「・・・・・、・・・っ・・・・・・!」
「あぁっ・・・・・!ひあぁっ・・・・・!」
「お前はもう・・・・・、俺のものだ・・・・・・・!」
「んうぅっ・・・・!」
きつく締まるの中を抉り、何度も最奥を突き上げ、
噛み付くようなキスをしては、吐息までをも奪い尽くして。
そして、うわ言のように何度も繰り返した。
お前はもう、俺のものだ、と。
「・・・・シュラ?シュ〜ラ?」
「っ!!」
気が付くと、が目の前で手を振っていた。
「どこ見てたの?目の焦点合ってなかったけど、大丈夫?」
何処からが現実で、何処までが幻だったのだろう。
そう、幻だった。
人間の精気を奪うという淫らな悪魔が見せる夢のように、淫靡で、罪深い幻だった。
「具合悪いの?悪酔いしちゃった?」
は心配そうな顔をして、シュラの目の前に居た。
ドレスも乱れておらず、倒れた筈のワイングラスは、ちゃんとテーブルの上に載っている。
何もかもが幻だったのだ。
ただ、少しばかり現実との境目が曖昧すぎただけの。
「あ、ああ・・・・・・、大丈夫だ。ちょっとぼんやりしていただけだ。」
シュラは取り繕うように小さく笑った。
だが、身体はまだ突然引き戻された現実に適応出来ていなかった。
まだ鼓動が激しい。身体が熱い。
それがにバレてしまわないかが心配だった。
「そう?なら良いけど。きっと気疲れよ。」
「かもな。」
「お水飲む?」
「ああ。」
何も知らないは、いそいそと冷たい水をグラスに注いでいる。
その様子を見ていると、幾ら幻の中でとはいえ傷付けて侮辱してしまった事が、申し訳なくて居た堪れなかった。
「こういう場って、どうも身構えちゃって緊張しちゃうのよね。
思いっきりオシャレして着飾れるのは楽しいんだけど、ふふっ。はい。」
「ああ。ありがとう。」
に手渡された冷水のグラスを一気に煽り、シュラは大きく溜息を吐いた。
冷たく清廉な水が、己の内に熱くドロドロと渦巻いていたものを綺麗さっぱり洗い流していく
ような気がして、生き返るような心地だった。
「・・・で、何て言ってたの?」
「え・・・・・?」
「聞き取れなかったんだけど、何か言ってたでしょ?
ミロが偉そうにその・・・、私の事守ってやってくれとか言ってたって後に。」
は決まりが悪そうに、少し早口でボソボソと呟いた。
自分の預かり知らぬ所でミロが何か言っていたのか、そうだったとして何と言っていたのか、
知りたくて知りたくて堪らないという様子だった。
そんなを暫し見つめてから、シュラは小さく苦笑した。
「な、何で笑うの〜!?」
恥ずかしそうに頬を赤らめるを見ていると、今しがたの邪悪な幻が急に色褪せてぼやけていく気がした。
ついさっきまで、現実との境目も分からない程鮮烈だったのに。
「いや、別に。俺が何か言ってたか?」
「言ってなかった?何かブツブツと。」
「そうか?ううむ、覚えがないな。時差ボケと疲れで眠いから、寝言だったのかも知れん。」
「そう?・・・そっか・・・・。」
適当に誤魔化すと、は若干腑に落ちなさそうではあったが、しかしそれ以上は追究しなかった。
「じゃあ、そろそろお開きにしよっか。」
「ああ。そうだな。」
シュラは立ち上がり、を手伝ってテーブルの上を簡単に片付けてから、
傍らに投げてあった自分のスーツのジャケットとネクタイを取り上げた。
そして、ふとを振り返って言った。
「・・・・そんなに心配しなくても、お前達は大丈夫だ。」
「べ、別に心配なんか・・・・!」
「早く仲直りしろ。ミロはその気満々だったぞ。
詫びは奴の方から入れさせるにしても、きっかけ位はお前が作ってやれ。
帰ったら、抱きついて『寂しかった』とでも言ってやればイチコロだから。」
「っ・・・・・!!」
照れて言葉に詰まったにからかうような笑みを投げ掛けてから、シュラは踵を返した。
に背を向けた途端、その笑みは人知れず自嘲へと変わった。
部屋のドアまでの僅かな距離を歩きながら、シュラは自分自身に言って聞かせた。
これで良い、と。
そう。
これで良かったのだ。
欲しいものはやはり手に入らないままだが、その代わりに、大事なものを失わずに済んだ。
欲しいものと大事なもの、秤にかける事は出来ないが、少なくとも魔性のものに大事なものを
売り渡してまで、手に入れたいとは思わない。
あんな幻に囚われてしまった理由は、全く思い当たらないでもないが、
このままそっと、心の奥底に封印しておくのが良いだろう。
きっと、このまま、ずっと。
「じゃあな。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
振り返らずに片手を軽く上げて応えると、シュラは部屋を出て行った。