今日の午後からは、良い半日になる筈だった。
アテネの街まで買い出しに行くのお供、早い話が荷物持ちだが、その役が偶々当たった。
つまり、公然とと二人きりになれるチャンスが、不意に巡ってきたのだ。
それはささやかな、だけどとても貴重な幸運だった。
のんびりとバスに揺られながら出掛けて、買い物が済む頃には丁度小腹が空いてくる頃だから、
何処か美味しい店でワインと食事をゆっくり楽しもう。
そんな予定を密かに立てて、心躍らせていた。
ところが。
「・・・ったく、遅っせぇなあ、の奴。」
隣で文句を垂れながら、テイクアウトのアイスコーヒーのストローを行儀悪くズビズビいわせている男を、カミュは横目で睨んだ。
蟹座のデスマスク。
同じ黄金聖闘士とは思えない程、でたらめで、自分勝手で、だらしのない男。
何が悲しくて、この男と二人きりで街角に立ち並び、コーヒーなど飲んでいなければならないのか。
こんな状況に甘んじている我が身を、カミュは嘆かずにはいられなかった。
「女ってのはどうしてこう、どいつもこいつも買い物が遅ぇんだ。なあ?」
『なあ?』と同意を求められても、生憎とカミュはデスマスク程女の習性に詳しくなかった。
「仕方がないだろう。あれこれと買う物があるのだから。」
しかも、の個人的な買い物ではない。
いや、ついでの買い物もあるだろうが、メインはあくまで執務に必要な備品類である。
それに加えて、十二宮で留守番している連中から頼まれた食品・日用品・その他諸々の雑貨もある。
あるどころか、荷物持ちが同行するのを良い事に、聖域近郊の田舎町では手に入らないからと
『もののついで』がどんどん重なり、馬鹿にならない量になった。
それを今、は一人で買い回っている最中なのだ。
自分も洋服なんかを見てしまうかも知れないし、あちこち引っ張り回すと悪いからと言って。
それでは荷物持ちの使命が果たせないと言っても、帰りに持ってくれたら十分だからと笑って。
「待ち切れんのなら、今日は別行動にしたらどうだ?食事の機会なら、またいつでもある。」
カミュのその言葉に、デスマスクは返事をしなかった。
返事のしようもないだろう。それを承知の上での嫌味だったのだから。
デスマスクは、荷物持ちではなかった。
カミュとの後を一足遅れで追って来て、羽を伸ばしに出掛けるのだとのたまったのだ。
デスマスクに特に目的もなさそうな事が分かると、は当然の如く、食事に誘った。
デスマスクは、二つ返事で大喜びもしなかったが、断りもしなかった。
そして結局、なし崩し的に行動を共にする事となった。
その自然な運び方、もっていき方には、感心さえする。
聞かなかった事にして遠くを眺めながらアイスコーヒーを啜る、飄々としたデスマスクの横顔を
気付かれないように軽く睨んだ、その時だった。
「あらぁ!」
まだ開店前のバーから出てきた女が、笑顔で手を振ってきた。
カミュは驚き、誰だったかと一瞬考えてしまったが、女はカミュではなく、隣のデスマスクを見ていた。
「久しぶりぃ!今日は随分早いじゃない?」
「まぁな。」
「うちに飲みに来てくれたんでしょ?丁度お店開けるところだから、入って入って!」
「悪いな。今日はまだ用があるんだ。」
「なぁんだ!つまんない!」
デスマスクが誘いをサラリとかわすと、女は演技じみた膨れっ面になった。
「じゃあ、また近い内に来てよ!絶対よ!」
「ああ、約束するよ。」
デスマスクが投げキスしてみせると、女は誘惑的な微笑を浮かべてまた小さく手を振り、店の中に戻って行った。
バーの女と馴染み客、それ以上の関わりがあるのかないのか、追究した方が良いのだろうか。
考えている間に、また別の店から出てきた女が、こちらに向かって手をヒラヒラさせた。
「ハァイ!」
「来てくれたのね!」
「待ってたのよ!会いたかったわぁ!」
いや、一人や二人ではない。
あちらこちらから女が現れては、デスマスクに微笑みかけてくるではないか。
「悪いな。また今度ゆっくり。」
「近いうち絶対顔出すから。」
「俺が行くまで浮気すんなよ?」
デスマスクはそれを一人ずつ受け止め、返し、最終的には軽く流していく。
まるで雑魚を倒すように。
そんな無骨な喩えしか思い浮かばない辺りが、自分とこの男との一番の相違点であり、
男として至らぬ点なのだろうと、カミュは内心で思った。
「・・・・・・・随分顔が広いのだな。」
デスマスクの身体がようやく空いたところで、カミュはボソリと呟いた。
「まぁな。」
「あの女達は何だ?」
胸の内にモヤモヤと立ち込める不快感が、カミュの口をついて出た。
別にデスマスクが何人の女と『交流』を持っていようがいまいが、関係ない。興味もない。
ただ。
「友達だよ。只の。」
「そうか。『友達』が多いのは結構な事だ。」
ただ、をそんな女達と同列に置こうとするのは許せない。
別格だと言うなら、尚更許せない。
「フッ・・・・・・、お前にも紹介してやろうか?」
不敵な笑みを浮かべるデスマスクを、カミュは静かに一瞥した。
その時、一人の女が往来を歩いてきた。
派手なブロンドのロングヘアをなびかせ、ファッション雑誌のモデルのような濃い化粧を施し、
胸元の大きく開いた露出の高い服を着た女で、通りすがりの男が何人も、彼女を振り返って見ている。
カミュがその女に気付いた瞬間、その女もまたカミュに、いや、隣に立っているデスマスクに気付いた。
「見ぃつけた。フフッ。」
高いヒールの踵を小気味良く鳴らしながら、女は近付いてきた。
そして、デスマスクの胸にしなだれ掛かりながら、甘い声で喋り始めた。
「あれからずっとアナタのこと捜してたのよぉ?」
「本当か?」
「本当よぉ。またアナタに逢いたくって・・・・」
女は真っ赤な爪を長く伸ばした人差し指で、デスマスクの胸をグリグリと捏ねた。
丁度、乳首の部分を。
それは明らかに性的な刺激を意図した仕草で、カミュに何とも言えない嫌悪感を催させた。
「そりゃ光栄だ。だけど、悪いな。今日は無理なんだ。」
「どうしてぇ?」
「男連れだ。」
デスマスクはそう言って、カミュの方を親指でぞんざいに指した。
人をダシに使う気かと、カミュはデスマスクに対して腹を立てた。
これは流石に、ストレートな文句の一言も言ってやらねば気が済まない。
だが、カミュが口を開くより先に、女の方が口を開いた。
「あらぁ、大歓迎よ?しかも美形じゃない!三人でも私は全然構わないわよ?」
何を言われているのか、理解するのに少し時間が掛かった。
「ウフフ・・・・・・・」
「・・・・っ・・・・・・・!」
理解したのは、女の手に胸板をねっとりと撫でられた、その瞬間だった。
「・・・・だってよ。どうする?」
デスマスクのニヤついた顔と、真っ赤なルージュの唇からチラリと覗く女の舌先に、
カミュは嫌悪を通り越して悪寒すら感じた。
「お待たせ〜!」
そんな最悪の状況に、救いが現れた。
「ごめんね、遅くなっちゃって!」
「・・・・・!」
買い物を終えて戻ってきたを見て、カミュはあからさまにホッとした。
だが、これでこの状況が打破されると思ったのは考え違いだった。
「・・・・・・・・」
突然現れたに、女は威嚇するような視線を向けていた。
だが、今戻ってきたばかりのには、勿論この状況を理解出来る訳がなかった。
「?・・・こんにちは。」
女に睨まれながらも、その訳が分からないは、にこやかな微笑みを浮かべて女に挨拶をした。
すると女は、さっきまでの甘ったるい色目を途端に吊り上げてデスマスクを睨んだ。
「ちょっと、どういう事?」
デスマスクは、女に向かって肩を竦めて見せた。
「・・・・・・1:2じゃなくて2:2になっちまうけど、良いか?」
「冗談じゃないわ、こんなチンチクリンなアジア女。気持ち悪い。」
女は早口でそう吐き捨てると、デスマスクやを突き飛ばすようにして歩き去って行った。
「・・・・・・・・え?」
は、呆然と立ち尽くしていた。
ショックを受けたというよりは、理解していないという感じだった。
女の言った事が、恐らく聞き取れなかったのだろう。
良かったと、カミュは思った。
見知らぬ女に侮辱されて傷付けられる謂れなど、には無いのだから。
「・・・・・・・帰ろう、。」
カミュはの手から荷物を全て引き取ると、デスマスクに背を向けた。
「えっ?」
「今なら遅くならない内に帰れる。買い物は済んだのだろう?」
「そ・・・だけど、でも何で?この後三人で食事するんじゃ・・・」
「彼は元々、私達とは無関係に羽を伸ばしに来ただけだ。『独り』でな。」
「でも・・・・・・」
「そうだろう?」
カミュは肩越しに振り返り、デスマスクを冷ややかに睨み付けた。
別に元々仲良くはなかったが、今日ほど彼を軽蔑した事もなかった。
「・・・・・・ああ、そうだ。」
デスマスクはカミュを一瞬睨み返すと、踵を返して歩き始めた。
「ちょっと、デス!待ってよ!デスってば!!」
が何度呼び掛けても、デスマスクは決して振り返らず、人の波の中に消えていった。
「ねえどうしたの、カミュ!?何があったの!?」
「早く行こう。確かもうすぐバスが出る筈だ。」
「カミュったら・・・・・・・!」
「早く来るんだ。」
「あっ・・・・・・!」
カミュはいつになく強引な態度での片手を掴み、引き摺るようにして歩き始めた。
その有無を言わさぬ様子に何かを察したのか、はもう何も言わなかった。
「・・・・・・・・カミュ。今日はどうしたの?」
が再び口を開いたのは、聖域に帰り着いてからだった。
「何か・・・・・怒ってるでしょ?さっき何があったの?」
十二宮へと抜ける真っ暗な森の中をと二人、並んで歩きながら、カミュはとめどもない自己嫌悪に陥っていた。
さっきの自分は、全く、らしくなかった。
頭に血が上って、つい感情を剥き出しにしてしまった。
自分一人の気持ちで、を強引に従わせてしまった。
あんな男でも、は好いているのに。
三人で食事する事を、とても楽しみにしていたのに。
「・・・・・こそ、怒っているんじゃないのか?」
「私が?」
「悪かった。折角の機会だったのに、私が台無しにしてしまって。」
カミュは歩みを止めず、の方も見ずに、そう呟いた。
するとは、一瞬間をおいて、楽しげにクスクスと笑い始めた。
あまりに面白そうに笑うものだから、カミュは思わずうろたえてしまった。
「な、何がおかしい?」
「ふふふっ、ごめん!・・・・・カミュらしいなぁと思って。」
「私らしい?」
はどうにか笑いを引っ込めると、こう答えた。
「カミュって、いっつもそうだもん。自分の本心とか言わないで、人の事ばっかり気にして、気遣って。」
返す言葉が見つからなかった。
言われてみれば、思い当たる節が多々あったからだ。
それも、美徳ではなく、欠点として。
「カミュのそういうとこ、私、好きよ。」
暗闇の中でも、が自分をまっすぐに見つめて微笑んでいるのが、カミュには分かった。
「だから、そんな風に謝ったりしないで。
気にしないで、遠慮しないで、言いたい事は言って。一人で抱え込まないで。」
そんな風にまっすぐに見つめられたら、隠し続けてきた気持ちを曝け出してしまいたくなるのに。
必死で取り繕ってきた理性が木端微塵に砕けて、なりふり構わず確かめたくなるのに。
「そうだ!来週辺り、今夜の仕切り直ししない?私、ご馳走するからさ!」
何故君は、あんな男を好くのだ?
何故私にも、同じように接するのだ?
君が好きなのは誰なんだ?
あの男か、私か、他の誰かか、それとも、誰もいないのか。
「ね、そうしようよ!私が何か美味しいもの作るから、デスも呼んで、うちで三人で・・・」
の気持ちを確かめれば、自分が傷付く事になるかも知れない。
それ位なら、今のこの適度な距離を保ち続けた方が良い。自分にとっても、にとっても。
これまでずっと、自分にそんな言い訳を与えて逃げ続けてきた。
「・・・・ならば、遠慮せずに言わせて貰う。」
だが、それももう潮時だと思った。
もしの気持ちを確かめて、それが自分に向いていなかったらどうする?
諦めて身を引けるのか?
そう自分に問いかける、己の声が聞こえた瞬間に。
「きゃっ・・・・・!」
問うべきは、の気持ちではない。
確かめるべきものなど、何もない。
告げるべきは、唯一つだった。
「・・・・・・・・・・・・君が好きだ」
胸に秘めたその想いだけを、心からの口付けと共に。
もうすぐ真夜中になるという頃、デスマスクは聖域に帰って来た。
バスなどとうに終わっている。だが一人でなら、何処からでもすぐに帰って来られる。
たとえ地球の裏側からだって。
そう。
『独り』の方が、都合が良い。
何をするにも自由だ。
制限も束縛もされない。
名を名乗らなくても、棲み処を明かさなくても、何も求めなければ何も求められない。
自分のような人間には、独りは実に都合が良い。
それが、いつからこうなってしまったのだろうか。
いつから分不相応に、求めるようになってしまったのだろうか。
それも、誰もが振り返るような美女ならまだしも、あんな『チンチクリンなアジア女』を。
「・・・・・・・・・・・ヘッ」
のひたすらに明るい笑顔を思い浮かべて、デスマスクは小さく笑った。
カミュが同じ気持ちを抱いているらしい事は、前々から薄々勘付いていた。
普段はクールを装って、さも色恋などには興味がないと言わんばかりの態度を取っているが、
さっきのあの怒り方が雄弁に語っていた。
が好きだと。
お前などには渡さないと。
「熱いねぇ、ヤロウも。」
茶化して笑ってみても、負けは負けだった。
あの時、カミュからを奪い返せなかったのだから。
そんな資格がお前にあるのか。
あの時のカミュの冷たい目は、そう言っていた。
お前に似合いなのは、名前も知らない男達を軽々しくベッドに誘えるような、そんな女だと。
しかし、を奪い返せなかったのは、カミュに負けたからではない。
その通りだと一瞬でも思ってしまった、自分自身に負けたのだ。
「・・・・・・冗談じゃねえよ」
このまま負けっぱなしなど、死んでもご免だった。
足の向くままに、デスマスクはの家までやって来た。
一ヶ所だけ、灯りの洩れている窓があった。寝室の窓だ。
ガラス窓とカーテンで閉め切られたそこから、ぼんやりと柔らかい灯りが洩れていた。
優しいその光は、デスマスクを安心させもしたし、また気を重くもさせた。
いっそ家の中が真っ暗闇なら良かったのにと、ふと気弱な事を思った。
だが、考えてみれば同じ事だった。
がこの家の中にいようがいまいが、起きていようが寝ていようが、
嫌な想像が頭の中をチラつくのは同じなのだ。
そして、もしもその嫌な想像が現実のものになったとして、それで大人しく引き下がる気もない。
窓一枚隔てた向こうで、もしもとカミュが抱き合っていたとしても、その時はその時。
なるようになれという思いで、デスマスクは閉められたガラス窓をノックした。
「・・・・・・・・はい・・・・・?」
程なくして、警戒した様子のが、カーテンの隙間からそっと顔を覗かせた。
そして、デスマスクの顔を見ると、目を丸くしながらすぐにカーテンを大きく開き、窓を開けた。
「デス!どうしたの、こんな所から!?」
「驚かせたか?」
「あったり前でしょ!?こんな時間に窓から来るなんて!何考えてんの!?」
「悪い悪い。今帰ってきたとこなんだ。」
デスマスクが苦笑すると、も安心したような苦笑いになった。
「ホントにもう・・・・・!・・・・・お帰りなさい。」
「・・・・・おう。」
「玄関に回ってきたら?コーヒー位なら出せるわよ。
あ、今コーヒーなんか飲んだら、眠れなくなっちゃうか。」
「ガキじゃねえんだからよ。」
デスマスクが顔を顰めてみせると、は小さく笑い声を上げた。
更に安心したようなその笑顔が、デスマスクの胸に沁みた。
は多分、あれからずっと気にしていたのだろう。それがの顔に出ていた。
開いた窓のその奥に、カミュの気配はなかった。
の様子から考えても、カミュがこの家にいない事は確実だった。
ついさっきまではいたのか、元々来ていなかったのか、それともの方が宝瓶宮に寄ったのか、
いずれかは分からないが、少なくとも今、は一人だった。
その事は勿論、デスマスクを安堵させた。
「・・・・今夜はやめとくわ。自分ち帰る前に、フラッと寄っただけだからよ。」
にも関わらず、デスマスクはの誘いを断った。
今、部屋に上がってしまったら、自分を抑える自信がなかったのだ。
「・・・・そう。」
そんな事とは知らずに、は少し寂しそうな顔になった。
その寂しげな微笑みが、デスマスクの胸をまたチクリと刺した。
「・・・・・・・・・奴は、何か言ってたか?」
「え?」
「カミュだよ。あれから一緒に帰って来たんだろ?そん時、何か言ってたかって訊いてんだよ。」
その質問に、はハッとした。
明らかに、何かあったという顔だった。
「・・・ううん、別に。」
「嘘吐けよ。何か言ってたって、顔に書いてるぞ?」
誤魔化しきれないと観念したのか、は渋々といった様子で白状を始めた。
「・・・・・今日は・・・・・、悪かった、って。」
「・・・・・・・・・」
「折角だったのに、自分のせいで台無しにしちゃって悪かったって、そう言ってた。」
なるほど、カミュの言いそうな事だった。
自分の個人的な感情、誰かに対する腹立ちや軽蔑、そういったものは一切出さず、
ただ事実だけを淡々と受け止め、認める。
如何にもあの男のやりそうな事だった。
「・・・・・・それだけか?」
そんな男が、女を愛したら、どんな風にその想いを告げるのだろうか。
それが気になって仕方がなかった。
そして何より。
「・・・・・・・・え?」
「それだけかって訊いてんだよ。」
そんな男とこんな男、はどちらを選ぶのか。
ずっとずっと、確かめたいと思っていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・そんだけじゃあ、なさそうだな」
貝のように固く口を閉ざしているの様子が、それと教えていた。
カミュはきっと、自分の想いをに告げた筈だ。
デスマスクはそう確信していた。
「お前も奴が好きか。」
「・・・・・・・・・・」
「少なくともこんなデタラメな男よりゃあ、奴の方がお前の事、幸せに出来るかもな。」
それこそ客観的な事実だった。
聖闘士として歴史の裏で暗躍し、人並みの人生は望めない。その条件は同じ。
だったら、こんな恥知らずな男より、素っ気なくても不器用でも実直な男の方が、男としては格が上だ。
だが。
「デス・・・・・・・」
「知っての通り、俺ぁ確かにこんな男だ。
行きずりの、名前も知らない女を平気で抱けるような、それどころか
抱いたか抱いてねぇかも覚えてねぇような、どうしようもない男だ。
だけどな、。俺はヤロウ相手には一歩も退かねぇぞ?」
「え・・・・・・・・?」
男として格下だろうが、恥知らずでどうしようもなかろうが、それでもが好きだ。
カミュにも、他の誰にも、負けない位に。
「お前が拒まねぇ限り、俺は退かねぇ。」
「あっ・・・・・・・・・!」
デスマスクは片腕を支えに身を乗り出すと、もう片腕でを引き寄せた。
そして、唇を重ねた。
「・・・・・・・・拒まねぇんだな?」
たっぷり何秒間か口付けた後で、デスマスクはようやく僅かに距離を取り、に問いかけた。
そう、は拒まなかった。
ここに至ってなお、デスマスクを突き飛ばそうとも、悲鳴を上げようとさえもしなかった。
「・・・・・・・・・」
「けど、今すぐこの場で俺のモンになる気もなさそう、だな?」
はただ、黒い瞳を潤ませて、呆然と立ち尽くしているだけだった。
その顔は、感極まっているという感じではなく、只々ショックを受けているという風だった。
「・・・・・・ごめん・・・・・・なさい・・・・・・・」
やがて、擦り切れそうなか細い声で、は謝った。
何に対して謝っているのか、それをこの場で追究する勇気は、デスマスクにはなかった。
「謝る必要なんざねぇよ。どうせすぐにそうなるんだ。」
がそれ以上何か言葉を足す前に、デスマスクは弾みをつけてその場から飛び離れた。
そして、闇に溶け込むその間際に、不敵な笑みをに投げ掛けた。
「・・・・お前は絶対、俺のものになる。」
それは、自分でも笑ってしまう程の、不器用な愛の告白だった。