ONE STEP DANCE




「おーい、!」
「はーい!」

ドアをノックする音に気付き、は玄関に出た。
ドアを開けて外を見ると、待ち受けていたのはデスマスクであった。

「どうしたの?」
「今から飲みにいかねえか?」
「うん、いいよ。あ、でもちょっと待ってて。部屋着だから支度してくるね。」
「おっと、今日はスペシャルデーだからな。それなりにめかして来いや。」
「何、スペシャルデーって?」

何がスペシャルなのか分からないは、デスマスクに質問を返した。
だがデスマスクはそれには答えず、いつものように不敵な笑みを浮かべるだけだった。

「行きゃあ分かるって。とにかく早くしろ。かつ念入りにな。」
「無理言わないでよ。じゃあとにかく上がって待ってて。」

はデスマスクの無茶な注文に顔を顰めたが、素直にその要求に従った。
なぜなら。



「お待たせー!」
「お、やっと終わったか・・・。おお。」

小一時間程待たせた後、ようやく姿を見せたは、先程とは別人のようにめかしこんでいた。
その変身ぶりに待たされた疲れも思わず吹き飛ぶデスマスク。

「よしよし、やれば出来るじゃねえか。」

デスマスクはの姿を満足そうに見つめて賞賛する。
その言葉に照れつつも、は嬉しそうに微笑んだ。
が今着ているのは、この間買ったばかりの服だったからだ。
アテネ市街へ出た時にショーウインドウに飾ってあった黒いワンピースに一目惚れし、思わず購入したものの、普段の生活で着るには少々華やかなそれは今まで着る機会がなく、クローゼットで眠っていたのだ。
だからデスマスクの注文は、としてもむしろ願ったり叶ったりであった。
だが勿論、彼は以上に喜んでいた。

シンプルなデザインながらも上品な光沢のあるそれは、身体のラインに沿うようにシェイプされており、細い銀のチェーンベルトとネックレスが絶妙なアクセントになっている。
そして決して派手すぎはしないが、それでも服装に負けない程度のメイク。
髪も綺麗に結い上げて銀色のバレッタで飾ってある。

普段とは一味違うセクシーな雰囲気を放つに、デスマスクは大満足である。

「ちょっと派手すぎた?」
「いやいや、んなこたねえよ。上出来だ。お、そうだ。そろそろ時間だな。行くぞ。」

しばしの姿に見とれていたデスマスクはようやく目的を思い出し、を誘って外に出た。




「どこに行くの?」
「内緒だ。」
「ふーん。だからスペシャルなの?」
「行けば分かるって。早く行くぞ。」

普段履くものより少し高めのヒールを履いたを気遣うように速度を落としつつ、かつその最高速度で歩くという難しい芸当をやってのけるデスマスク。
そうしてやって来たのは、聖域からそう遠くはないが今まで来たことのないバーであった。

「あれ?」
「気付いたか。とにかく早く入ろうぜ。」

は店内から流れる曲に足を止めたが、デスマスクに促されともかく店内へと入った。

「へー!こんなのやってたの!?初めて見たー!」
「だろ?滅多に来ねえんだよ。」

が物珍しげに目をまん丸にして注目する。
その視線の先にあったものは、一組のバンドであった。
演奏されているのは随分古いラグタイムであったが、その古さがかえってには新鮮だった。
店内は不思議な配置になっており、中央ががら空きで端の方にテーブルが寄せられている。
デスマスクはの手を引いてその一つに腰掛けると、テーブルの上にあったメニューを広げた。

「何飲む?」
「んー、じゃあジンフィズ。」
「よし。おい、ウェイター。ジンフィズと、マティーニ。」

デスマスクは側を通ったウェイターに注文を済ませると、楽しそうにその演奏に聴き入った。

「どうよ?」
「うん、なんかいい雰囲気ね!」
「だろ?たまにこうして流しのバンドが来るんだよ。数少ねえ娯楽の一つだ。」
「そうなんだ。他の皆は?来なかったの?」
「・・・・ああ。」

実は誰にも声を掛けてきていないことは、デスマスクだけの秘密である。
そうこうしているうちに、注文したカクテルが運ばれて来た。

「じゃあ、特別な夜に乾杯だ。」
「乾杯。」

薄らと暗めの照明が、カクテルのグラスに反射する。
まるで映画のような雰囲気に、はわくわくと胸が騒ぐのを抑えられなかった。
はゆっくりとカクテルを飲みながら、演奏が終わる度に楽しそうに拍手を送る。
その様子を楽しそうに見ていたデスマスクであったが、アップテンポな曲が流れ始めた途端、の手を取って立ち上がった。

「何?」
「来いよ。」
「え?ちょっ!」

引っ張って行かれたのは、中央の空きスペース。
客の視線を浴びては激しく照れた。

「何してるの!?」
「何って、踊るに決まってんだろ?」
「えぇ!?私そんなの無理よ!!恥ずかしいし!!」
「恥ずかしがるこたねえよ。ほら見てみろ、皆出てきたじゃねえか。」

確かにデスマスクの言う通り、他の客も次々に立ち上がって中央のスペースに集まってくる。
そして流れるようなサックスとトランペットのメロディーに合わせて身体を揺らし始める。

「ほら、俺らも行くぞ。」
「え!?で、でも私本当にこういうのやったことないんだってば!!」
「大丈夫だって!俺に任せとけ。」

抵抗も空しく、はたちまちデスマスクに引き寄せられた。
正確に言えば、引き寄せられたというより、抱きすくめられている。
はそのあまりの密着度に動転したが、すぐさま身体を左右に揺られ、あっという間に照れているどころではなくなった。



最初は軽く揺られているだけだったが、アップテンポなメロディーに合わせて次第にフロアーを大きく回り始める。
勿論はステップなど知らないので、デスマスクにされるがままついていくしかない。
一方デスマスクは頼りなげにヨタヨタと揺れるの身体をしっかりと抱き締め、絶妙なリードで踊っている。

「ね、ねえ、ちょっと・・・、早すぎない・・!?」
「こんなもんだよ。他の奴らもこんな感じだろ?」
「そうだけど・・・」

見渡してみれば、数組の男女が自分達と同じように身体を密着させて踊っている。
確かにみんなこのテンポに合わせて、流れるようなステップを踏んでいる。

「あっ!ごめん!!」

思わずそれに見とれたは、うっかりデスマスクの足を踏んでしまった。
しかしデスマスクは眉一つ顰めず、逆にニヤリと笑みを浮かべて更にの身体を引き寄せた。
背中に手を回して胸が押し潰される程くっつけられ、の足元が更におぼつかなくなる。

「ほら、お前もしっかりしがみついてねえとまたドジ踏むぜ?」
「うぅ・・・」

ドジを踏むのが嫌というより、自分からもくっついていかなければ益々足がもつれそうである。
先程から何度も転びそうになっているは、必然的にデスマスクにしがみつかなければやっていられない状態であった。
おずおずと背中に手を回し、自分からも抱きついてみる。
胸も腰も密着した状態の自分達に、ハタから見れば随分と刺激的な格好なんだろうと思いつつもどうすることもできない。

「よし。行くぜ?」
「う、うん!」

デスマスクは、が自分にしっかり手を回したのを確認すると、落としていたスピードを再び上げた。
はデスマスクの足を踏まないように、転ばないように、足元に全神経を集中させてついていく。
そうこうしているうちに、段々慣れてきたのか、最初よりは幾分ペースが掴めてきた。

「楽しいだろ?」
「うん、結構楽しいね!」

満足にステップを踏めるわけではないが、耳障りのいい音楽とやり慣れない事への好奇心で、は次第にこの状況を楽しみ始めていた。
だが。

「きゃっ!」

ふいにデスマスクが首筋にキスを落としてきた。
驚いて止まりそうになる足を、デスマスクが強引に動かす。
何事もなかったかのようにステップを踏まれているせいで、は立ち止まることすら出来ない。

「何!?」
「静かにしてな。」
「ちょっ、あっ!また・・・!」

の抗議を涼しい顔で受け流し、デスマスクは再びその隙をついてキスを落とす。
これ以上ないという程人前での行為にはうろたえた。

「みんな見てる・・・」
「誰も見てねぇよ。見てみな?」
「うわ・・・」

デスマスクの言う通り、誰もこちらを見ていない。
それどころか、皆ダンスの合間に触れるようなキスを交わしたり、艶かしく腰を揺らしたりしている。
デスマスクは、絶句するに『な?』と笑いかける。

「気にならねえだろ?」
「そんな・・・やっ!」

うなじにも唇の感触を感じ、の足元が揺れる。
その反応に益々デスマスクはを抱く力を強め、キスの間隔を狭める。
最初はいちいち抗議していただったが、そのうちなすがままになってくる。

目まぐるしく回る視界。
触れ合う身体の温度。
ノスタルジックなアップテンポのラグタイム。
ほんのり回った酒の酔いも手伝って、そのどれもがまるで現実ではないかのように思えてくる。

「楽しいだろ?」

もう一度同じ台詞を耳元で囁くデスマスクの声だけが、はっきりと現実味を帯びて感じられる。

「うん・・・。」
「俺も楽しいぜ。」

一瞬ぞくりと背筋を震わせるような笑みを浮かべたかと思うと、デスマスクは今まで触れたことのなかった唇にキスを落とした。
軽く触れるだけのそれはやけに刺激的で、頭がくらくらする。
このままこの時が永遠に続くのではないかと思われた瞬間、音楽が止んだ。
足を止めたデスマスクに従い、も動きを止めた。

「終わっちゃったね・・・」
「残念か?」
「少し。」

放心したように呟くを満足そうに見つめた後、デスマスクは一人でバンドのメンバーの方へ歩いていった。
そして何事かのやり取りをした後、再びの前に戻って来た。

「何してたの?」
「アンコールに決まってんじゃねえか。」

デスマスクが殆どセクシーと言ってもいい程の艶のある笑みを浮かべた直後、再び先程と同じ曲が流れ始めた。
驚いて見上げてくるを再び抱き寄せ、デスマスクはその耳元に囁いた。

「このまま終わっちゃつまんねえだろ?特別な夜なんだから、今夜はせいぜい楽しもうぜ。」


目くるめく幻のような夜は、まだ始まったばかり・・・・




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後書き

「誕生日だから、みんなに内緒でヒロインを独り占めして、自分で自分にプレゼント(悪戯付き)」。

すいません、嘘です。白状しますとですね。
これは元々バースデー夢として書いたものではないのです(爆)。
以前書いてあったものを今日UPしたという、ただそれだけです(笑)。
だから全然「お祝いムード」がないのですが、許してやって下さい(笑)。

それにしても、何が書きたかったんやろう(笑)?
漠然としたイメージのままに書き殴った結果がこれです。
そのイメージとは、20世紀初頭のダンスホール(←これポイント 笑)といった感じだったんですが、
雰囲気出てねえな(乾笑)。