どちらも失いたくないのなら、これ以上踏み込んではいけない。
今ならまだ間に合う。引き返せる。
「お願い、私も忘れるから、もう私の事は忘れ・・・・・」
そう思ったのに。
ミロは分かってくれなかった。
噛み付くようなミロのキスに、心臓が早鐘を打つ。
引き返すなら今しかない。
今このままミロに身を任せてしまったら、もう二度と元の三人には戻れない。
今まで大事にしてきたものが、何もかも壊れてしまう。
危険を告げるような警笛が頭の中で鳴り響いて、は咄嗟にミロを突き飛ばした。
「・・・・・嫌っ!」
「・・・・・!」
「そんなの嫌・・・・・、駄目だよ、ミロ・・・・・・」
「、どうして・・・・・・」
呆然とするミロを涙目で見つめていたは、踵を返すと天蠍宮を飛び出した。
― 早く、早く・・・・・!
土砂降りの雨の中、転げ落ちるように階段を下り、は自宅のリビングに駆け込んだ。
「はぁ、はぁッ・・・・・・!っ・・・・なん・・・で・・・・・」
走って来たせいで切れた息が、次第に嗚咽に変り始める。
胸が痛くて堪らない。
密かに二人の男を同時に愛した事への、これは罰なのだろうか。
ずっとずっとあの二人と離れたくないという願いは、絶対に叶わないのか。
どうしても、必ずどちらか一人を選ばなければならないのか。
「どうしたらいいの・・・・・」
ミロとカミュ、愛する二人を想って零れた涙がの頬を伝い落ちた時、誰かが入ってくる気配がした。
「カミュ・・・・・」
「・・・・君がミロの所から飛び出して行くのが見えたのでな。」
と同じく、カミュもまた頭から雨の雫をぽたぽたと零していた。
しかしカミュは自身の事は省みず、の事を気遣った。
「・・・・風邪を引く。早く身体を拭いた方が良い。」
「・・・・帰って。お願い。」
「・・・・・」
「私今、混乱してるの。一人にして、お願い・・・・・・」
顔を上げず呟くに、カミュは小さく溜息をついて近付いた。
「・・・・・何故ミロを拒んだ?奴の気持ちは聞いただろう?」
「・・・・・どうしてそんな事訊くの?私が選べる筈ないでしょう?」
「どうして?」
「・・・・・好きだからよ、二人とも・・・・・。ミロを拒まなければ良かったの?
そうしたらもう私達、二度と元に戻れないんだよ!?
あんなに一杯あった楽しい思い出が、全部、全部・・・・・・!!壊れるんだよ・・・・・?」
唇を震わせて涙ながらに言うを、カミュは苦い気持ちで見つめていた。
ミロを選んで欲しかった訳ではない。
本音を言えば、自分を選んだと言って欲しかった。
しかし、が言う事も良く分かる。
何故なら、三人が三人とも互いの気持ちを知らずに居た頃は、あんなに楽しかったから。
いつも笑って、下らない事でも、三人ならとても楽しくて。
このままずっとこうしていられたらと、自分もかつて確かにそう思ったから。
「なんで・・・・・、こんな事になるの?」
「・・・・・何故だろうな。」
「ねぇカミュ、元に戻ろう!こんな風に想うの、もう止めよう?今ならまだ間に合うよ!元のままいた方が、きっと私達・・・・・・」
「それはもう出来ない。」
涙交じりのの言葉を、カミュはゆっくりとした口調で断ち切った。
「もう遅いのだ。」
「え・・・・・・?」
「私もミロも、もう引き返せない。私達は自分の気持ちを抑える事がもう出来ないのだ。君が望む関係はもう維持出来ない。叶わぬ望みは早く捨てた方が良い。」
「そん・・・な・・・・」
カミュの淡々とした言葉に、は呆然とした。
済まない、。
君のその優しい理想論は、確かに一番良い結果なのだろう。
けれど、それを選ぶ事は出来ない。
心の内でに詫びながら、カミュはその場に凍りついたように動かないを抱きしめ、ゆっくりと唇を重ねた。
水浸しの床に縺れ転びながら、カミュはの舌を吸った。
は嗚咽の余韻とキスのせいで時折息を詰まらせ、小さく苦しげな声を漏らす。
「っはぁ・・・・・・!」
ようやく唇を離してみれば、は哀しげな瞳をしていた。
「・・・・・・」
「カミュ、やめて・・・・・・」
やっとの思いでミロを拒んできたのに、ここでカミュに抱かれては全く意味が無くなる。
しかしには、もう本気で拒む気力が残っていなかった。
『もう遅い』というカミュの言葉が、頭から離れない。
ミロもカミュも、何かを失う覚悟をとうに決めている。
なのに、自分だけがまだ引き返そうともがいている。
それが酷く虚しくて、情けなくて、卑怯に思えて。
には、カミュを受け入れる事も拒絶する事も出来なかった。
「やめ・・・・・・・」
うわ言のように力なく拒絶の言葉を口にするを、カミュは僅かに苦い表情で脱がせていった。
口では嫌がっているが、身体は抵抗しない。
肌は次々と露になっていくのに、目はこちらを見ようとしない。
こんなの様子を見ていると、まるで身体だけしか手に入らないような錯覚に陥る。
心が手に入らないのなら、これ程虚しい事はない。
だが、分かっていた事だ。
想いを殺してでも元のままでいる事を望むの心を、今すぐに自分だけのものに出来る筈もない事ぐらい。
それを承知で組み敷いたのだ。
今更止める訳にはいかない。
カミュは一瞬躊躇いかけていた心を奮い立たせると、の肌に触れた。
「あ・・・・・嫌・・・・・・・」
まだ弱々しく抵抗するの肌を、カミュはゆっくりと弄っていった。
哀しげに顔を背けているせいで剥き出しになっている首筋に舌を這わせ、無防備に揺れている乳房を掌で包み、柔らかさを確かめるように揉むと、は身を固く竦める。
形ばかりの抵抗など、全く意味はない。
肩を押しやろうとする腕にも、時折小さく跳ねる身体にも、力は入っていない。
まるで本気に思えない抵抗の割に、瞳だけが今にも泣き出しそうに潤んでいるのが、見ていて辛かった。
「あんっ!」
だからの顔を見ないように、白い胸に顔を埋めて愛撫を始めた。
膨らみを濡らしている雨の雫を吸い取り、先端を舌で転がして。
脇腹を撫でていた手は秘部へと滑り込ませ、茂みに隠れた花芽を指で苛んで。
早く身体の奥に火が灯るように、と。
「んあっ・・・・・、ん・・・・・ぅ・・・・・・」
次第にの声が甘さを増してきた。
ふと見れば、何を我慢しているのか、は唇をきつく噛み締めている。
カミュは一旦顔を上げると、の顔を覗き込んだ。
「、止めるんだ。血が出てしまう。」
「だって・・・・・・」
は小さく首を振った。
カミュに抱かれて快感を感じる訳にはいかない。
ミロの事を考えたら、このままこの甘い波に乗ってしまう事は出来ない。
だから必死で唇を噛み締め、痛みでもって自分を戒めていたのに。
「・・・・・止めないなら止めさせるまでだ。」
カミュは少し辛そうに眉根を寄せて、唇を重ねてきた。
「うぅっ・・・・・、んぅっ・・・・・!」
カミュの舌が口内に侵入してきて、あっという間に自分の舌を絡め取られてしまう。
もう何処にも逃げられない程深く重ね合った唇の隙間から苦しげな溜息を漏らして、は身を捩った。
「はぁっ!あふっ・・・・ん・・・・・!」
しかしどんなに身を捩ったところで、カミュはぴくりとも動かない。
手首を掴む手も、脚を押し広げる膝も、何もかも。
嫌な訳じゃない。
カミュを愛しているのだ。
でも、同じ位愛しているミロを、これで失う事になるのが怖かった。
カミュに抱かれた事を知ったら、ミロはどう思うだろうか。
怒りはしないだろうか。傷つきはしないだろうか。
二人の長年の友情は壊れないだろうか。
こんな筈ではなかったのだ。
どちらも選ばず、この想いを花開かせないつもりでいたのに。
その為にミロを拒んだのに。
― 赦して・・・・・・・!
別の男を受け入れる事を、別の男の事を考えながら抱かれる事を、二人に詫びながら、はカミュの愛撫を受け入れていった。
「あぅっ!んっ・・・・・・」
泉に深々と突き立てられていた二本の指が、ゆっくりと引き抜かれる。
散々に掻き回され解された体内は既にじんと熱く、カミュを欲しがっているのが自分でも分かる程だ。
膝を立てたままぐったりと横たわる自分の嬌態を、は自己嫌悪を感じつつもカミュの眼前に晒していた。
雨雲のせいで光が入らないとはいえ、全くの闇ではない。
薄暗いリビングで、一人淫らな姿をしている事が恥ずかしい。
しかし、ぼんやりと焦点の合わない目を凝らせば、カミュが濡れたシャツを脱ぎ捨て、ズボンの前を寛げているのが見えた。
そして、衣服の戒めから解放された楔も。
今からこれに貫かれるのだ。
そしてその後は、もう・・・・・・・
いよいよだと覚悟をつけたつもりだったが、いざカミュが両脚を割ったその時、またの頭の中に警笛が鳴り響いた。
「や・・・・あ・・・・・、嫌ぁ・・・・・・!」
「・・・・・・!」
「駄目、やっぱり駄目!怖いの・・・・・・!」
両手で顔を覆って震えるを、カミュは暫し黙って見下ろしていたが、やがての手をそっと顔から下ろした。
「何故怖がる?」
「だって・・・・・、もう何もかも取り返しがつかなくなっちゃう・・・・」
「そんなにこの一線を越える事が怖いか?」
カミュの問いかけに、は小さく頷いた。
涙の雫が一粒、頬を伝い落ちている。
カミュはそれを指で拭って、淡々と呟いた。
「確かにこれで、今までの関係は終わってしまう。けれど、新たな形が出来る筈だ。」
「新たな形・・・・・?」
「そう。逆に言えば、もう私達はその新たな関係へと変化せざるを得ないところまで来ている。分かってくれ、。」
幼子に言い聞かせるように穏やかな口調で言いながら、カミュはゆっくりとの膝を抱え上げた。
そして、収まる場所を求めて疼く楔を、花弁の中心に宛がった。
「君の意思を尊重しない事は詫びる。恨んでも構わない。でも分かって欲しい。私もミロも、もう友情だけでは満足出来ないのだ。」
「駄目、カミュ!待って・・・・・!」
「無傷で済まないのも承知の上だ。それでも私は・・・・・」
「カミュ、お願い・・・・・!」
「君が欲しい・・・・・・」
「あっ、あぁぁ・・・・・ッ!」
一際低い呟きの後、カミュはの身体を割って入った。
それからどれだけ時間が経ったのか分からない。
部屋は暗く、外からは相変わらず雨の降る音が聞こえてくる。
果てて力を失った楔を飲み込んだまま、膝に跨って放心しているを、カミュはそっと胸に抱き締めた。
「・・・・・・」
「・・・・・カミュ、私・・・・・」
「今は何も言わなくて良い。すぐに答えが出るとは思っていないから。」
「・・・・・ごめんね、カミュ。私、最低だね・・・・・。」
身体を繋げただけでは、結ばれたとは言えない。
がミロの事を考えているのは、顔を見れば分かる事だった。
こうなる事は大方予測がついていたが、いざ実際目にしてみると切なくなる。
瞬きの合間に消えてなくなりそうな、儚げなの顔を見ると。
「・・・・私が居なくなるのが、一番良いのかもしれないね。」
「・・・・・・そんなに思い詰めるな、。」
「だって・・・・・」
「君も自分の心のままに動けば良い。例え君が私じゃなくミロを選んだとしても・・・・・」
そんな風に自分を責めないで済むように、せめて言ってやれるのはこんな事位しかない。
そう遠くない内に、自分達のうちいずれかを選ばなければならないに、少しでも苦痛を与える事のないように。
「私は変らず君を想っている・・・・・」
だから、そんな哀しい事を言わないで。
泣かないで。
君を苦しめるつもりなどないのだから。