cruel journey
 〜 戦士の哀歌 〜




天気の良い午後。
金牛宮のバルコニーで、のんびりと日光浴もオツなものだ。
部屋の中では、がエプロンを掛けて昼飯を作ってる。
良い匂いだ、腹が減ってきたな。

「そろそろ俺も落ち着き時、か・・・・・」

まさかこんなに普通に和む日が来るとは思っていなかったけれども。
これはこれで何というか・・・・・良い感じだな。
たとえば、ガラじゃないかも知らんが。
日の当たる家で、俺が居て、が居て、何気なく穏やかに暮す毎日。
そんな普通の幸せ、というのか?それも悪くないと思う訳だ。
なあ、お前はどう思う?

ん?の声がするな。
誰か来たのか?

「アルデバラン。そこに居たか。」
「サガ?どうした、何か用か?」
「ああ。実はな、アルデバラン。お前に折り入って頼みがあるのだ・・・・」





嫌な予感はしたんだ。
やたら下手に出た、怪しい笑顔のサガを見た時に。

「ロドリゲス君。この企画書について少し聞きたい事が・・・・」
「オ・セニョール・ロドリゲス?」
「!?」

慌てて『sim』と振り返れば、そこにはビジネススーツ姿の中年男が二人。
禿げ散らかした頭に、リオの強い陽光が反射して眩しい。
そうだ。俺は今、故郷ブラジルの一都市、リオ・デ・ジャネイロに居る。
何故か?
それは俺が聞きたい。

何故俺がビジネススーツを着込んで、サラリーマンの真似事をせねばならんのだ!!

「ロドリゲス君?」
「あ、ああ、はい。何処ですか?」
「これだ。この一文なのだが、これはア・セニョリータ・サオリのご意向という事かね?」
「ええ、そういう事になります。」
「しかし君、この条件は余りにこちらの負担が大きくなるではないかね?」
「しかしそれは当方で既に決定済みの事項ですので、今この場で私が変更する訳には・・・・」
「分かった。では再考して貰えるように頼んでくれたまえ。」
「・・・・分かりました。そのように伝えましょう。」
「頼んだよ、ロドリゲス君。」
「いや、他人行儀はよそうじゃないか。なぁアントニオ?我々はパートナー、いわば兄弟なんだから、ガッハッハ!」
「それもそうだ。これだけの一大プロジェクトだからな。互いに気心知れた仲でないと、上手くいく筈もない。共に力を合わせて頑張ろうじゃないか!」
「はぁ・・・・」

普通に返事しているが、アントニオ・ロドリゲスとは一体誰だ!?
こんな偽名まで使って、俺は一体何をしているんだ!?
聖域から遠く離れたこの地でたった一人!!
・・・・・いかん、思わず泣きたくなってきた・・・・。





体力には自信あるが、ここでの生活は毎日疲れる事ばかりだ。
三ヶ年計画だの、地元住民との交渉だの、息つく暇もない。
そんな事、俺にどうしろというんだ。

今度グラード財団のブラジル支社が設立される事になったのは良しとしよう。
女神の益々のご発展だと慶びもしよう。
だが俺は聖闘士であって、財団のビジネスは管轄外なんだ!
そんな俺を、ブラジル人だからという理由だけで!!
それも三年二ヶ月も!!!!
何故単身差し向けられたのだ!!??

女神。貴女のお考え、このアルデバランには全く分かりません。


いかん。
愚痴ってばかりいると、つい恨んでしまいそうになる。
悪魔のプレゼントを持ってきたサガや、その悪魔・・・・もとい、我が主君・女神を。
・・・・・今のは失言だ、無かった事にしてくれ。

とにかく、そんな非生産的な事はよそう。
この三年がもたらすメリットの方を前向きに考えるんだ、俺。

女神の厚い恩情のお陰で、こっちで働く期間の給金はなかなかのものだ。
三年頑張って今ある分と合わせれば、結構な蓄えが出来る。
そうすれば、ドレスも指輪も買ってやれる。
全額キャッシュは無理でも、家だって。

そうだ、お前は曲がりなりにも牡牛座の黄金聖闘士・アルデバランだろう!?
地元住民の立ち退き拒否運動に苦戦している場合ではない!
ましてや、この一人旅をいつまでも悔やんで何になる!?
たとえどんな状況であろうとも、己の任務を全うするのだ!!
それでこそ黄金聖闘士、それでこそ俺だろう!?

・・・・・つい熱くなってしまったが、とにかくやる事はやらねばならない。
それが俺の出した結論なのだ。





だが。




・・・・・・」

毎日考える事といえば、聖域に残してきたの事ばかり。
出来る事なら今すぐにでも飛んで帰って、お前の顔を見たい。お前を抱きたい。


「うふふん、お兄さんあたしのタイプ♪うんとサービスしてあ・げ・る♪」
「・・・・・・;」

なのに実際今俺の膝の上に跨っているのは、ワケの分からん如何わしい女。
どういう事だ、これは。
隣を見れば、自称兄弟共がえげつない顔をして女の胸やら尻やらを撫で回している。
これのどこが『打ち合わせ』だ!!
帰らねば、帰らねば!
即刻今すぐ迅速に速やかに立ち去らねば!!

「し、失礼だが私はこれで・・・・・ブッ!!」

しかし俺の前に立ちはだかったのは、キャミソールからはみ出している琥珀色の豊満なバスト。
顔全部が埋まるようなその巨大な代物に、俺は不覚にも誘惑されてしまった。

・・・・・・・・もうこの際誰でも良い。

俺だって男だ。
身体が言う事を聞かない時もある。
後は野となれ山となれ、もうどうにでもしてくれ。
そんなヤケクソな気分で、俺は浮かしかけていた腰をまた落とした。






だが結局、最後までヤケクソにもなりきれなくて。
文句轟轟の女と泥酔した兄弟共に詫びて店を出て、安アパートを間借りした仮初の我が家へ戻れば、もう夜中近くだった。

の声が聞きたい。
電話を見つめながらの事を考えていると、いきなりベルが鳴った。

「アロ?」
「・・・・アルデバラン?」
か・・・・?」

電話の向こうから聞こえてくる声は、間違いなくの声。
ほっとすると同時に、内心大いに焦る。

済まん、あれはつい出来心だったんだ!
接待とはいえ未遂とはいえ俺が悪かった、どうかしていた!!
もう二度とせんと誓う!!!

心の中で謝り倒しながら、表面上は普通を装って、俺はと会話を始めた。



「そっちはどう?体調は崩してない?」
「ああ、まずまずだ。は?元気にやっているか?連中は?」
「うん、元気だよ。皆も相変わらず。」
「そうか。」

俺が聖域を出てから、早くも一ヶ月が経過している。
一ヶ月も離れていると、いつかから聞いた『浦島太郎』という男になった気分だ。
何もかもが遠く感じて、懐かしいやら寂しいやら。
だがまだたった一ヶ月。あと三年一ヶ月もあるのだ。
全く気が遠くなる。

「・・・・・お前に逢いたい」
「アルデバラン・・・・・」
「済まん、つい口が滑った。弱音を吐くのはまだ早いな。」

電話口で情けなく苦笑する俺を、は笑いはしなかった。

「・・・・頑張ろ。私もこっちで頑張るから。三年なんてあっという間よ!」
・・・・・」
「休暇が取れたら、絶対そっちに遊びに行く!」
「・・・・ああ、楽しみに待っている。俺も休みが出来たらそっちに戻るから。」
「うん!そうしたらきっと・・・・、きっと・・・・すぐよ。」
「そうだな・・・・。三年なんて、そうこうしている間にすぐ過ぎる。」
「うん・・・・・」

電話の向こうで、が少し言葉に詰まっている。
泣いているのか?
もし泣いているのなら、どうか泣き止んでくれ。
そして、どうか許して欲しい。
お前を慰めに行く事すら出来ない、今の俺を。

・・・・・・・・・。


駄目だ、どうにも腹が立ってきた!!

そうだ、俺だって!
今すぐお前に逢いたい!
抱きしめてキスしたい!
同じベッドで眠って、お前の寝顔を見ていたい!
お前の作った飯が食いたい!

「何故俺だけがこんな貧乏クジを引かねばならんのだ!?」
アッ、アルデバラン!?どうしたの急に!?
「サラリーマンじゃあるまいし、何故俺がお前と離れて『タンシンフニン』なぞせねばならんのだ!?迷惑極まりないと思わんか、!?」
「おっ、思うけど、思うけど・・・・!ちょっと落ち着いて、アル!」
「ポルトガル語なぞ、ブラジル人なら俺でなくとも誰でも出来る!!そうは思わんか!?」
「おっ、思うけど・・・・!」
「大体聖域はいつから企業になったのだ!?グラード財団と聖域は別物だろうが!?聖闘士としての任務ならいくらでも受ける、だがこんな仕事は明らかに管轄外だ!毎日毎日やる事といえば、支社ビル建設企画のデモだの地元住民への説明会と称した主婦や年寄り相手の苦情聞きだの接待酒だの!!これが聖闘士の仕事か!?否違う!!そうは思わんか!?」
「思うけど・・・・!」

が俺の剣幕に慄いている。
お前に怒鳴っても仕方がないのは分かっているが、言わずに居られないのだ。

「アルデバラン、とにかく落ち着いて、ね!?」
「クソッ、出来るものなら今すぐにでも辞めてやりたい・・・・!」

そう。
出来るものならな。
実際、出来はしないのだ。
こうは言っても、俺はどこまでいっても女神の聖闘士。
女神に楯突く事など出来んのだから。
もしも御命令に逆らってこの任務を強引に放棄したら、女神に多大な御迷惑が掛かる。

それに、万が一そんな事をしようものなら。
俺は二度と聖域の土を踏めない。
自責の念で自ら去る前に、前代未聞の『聖闘士クビ』という最悪の事態になるかもしれない。
そうなれば、との事も白紙に戻ってしまう。
結婚式もハネムーンもマイホームも、全てボツになる。
人一人の人生を背負うのがどれ程大変な事か、これでも分かっているつもりだ。
何も持っていない癖に『ついて来て欲しい』などと、どの面下げてに言えようか。

ああ、今少しだけ分かった。
世のサラリーマンは、皆多かれ少なかれ、こんな気持ちで生きているのか・・・・。
畑は違うが、奴らも俺達と同じ、ぎりぎりで生きている戦士なのだな・・・・・。
死んだ魚のような目をしやがって、などと思った事もあったが、今この場で取り消すと共に詫びよう。


「・・・・済まん。少し興奮し過ぎた。悪かったな、。」
「ううん、そんなの良いの。疲れてるのよ、きっと。今日はもう寝た方が良いわ。ね?」
「ああ・・・・。また電話する。」
「うん。私もまた電話する。」
「・・・・・愛してる。」
「・・・・・私も。愛してる。」
「・・・・・じゃあな。」
「うん・・・・、おやすみ。」

電話を切って、最初に出たのは大きな溜息。

逢いたいのに逢えない。
まるでロミオとジュリエットのようだ。
俺がロミオで、、お前がジュリエット。
いや、より動き難いのは俺の方だから、俺がジュリエットか?
いやでもあの二人は家柄のせいで引き裂かれたのだから、少し状況が違うか。
いつかから聞いたアレは何といったか?
金絡みで分かたれたカンイチとオミヤ・・・・、そうだ、『コンジキヤシャ』だったな。
俺がカンイチで、、お前がオミヤ。
いやでも彼女はカンイチの洋行の資金の為に他の男に嫁ぐのだから、それでいえば俺がオミヤか?
それだと哀し過ぎるな。
蹴りを喰らうのはまだしも、愛想を尽かされるのは耐えられん。
いやいや、俺は別に誰に嫁いで金を稼いでいる訳でもないんだ。
これはこれで微妙に違う気がする。


・・・・・下らない事に何をそんなに真剣になっているんだ、俺は。
相当疲れてるんだな、きっと。
の言う通り、さっさと寝てしまおう。
帰りたいのに帰れない。
二度と出られない蟻地獄にでも落ちたような気分で、俺は冷たいベッドに沈んだ。

せめて夢の中だけでも、お前の顔が見れるように。
そして、何でも良いから早く聖域に帰れるように祈りながら。






ところが、その祈りはそれから間もなくあっさりと叶った。
立退き料に不満を抱えた地元住民の抗議デモと予算の都合だか何だかが原因で、グラード財団ブラジル支社設立の話そのものが立ち消えてしまったのだ。

まあ帰れるのなら、この際何でも良い。
女神はお気の毒だが、正直俺は救われた。
入る予定の金が入らなかったのは少々勿体無い気もしたが、それは元々無かったものと思えば簡単に諦められた。
『トラヌタヌキノカワザンヨウ』、と言うのか?
俺も少々先走りすぎていたようだ。
聖闘士さえクビにならなければ、金はまた地道に作れば良いのだからな。
それより、またと共に過ごせる日が戻って来たのが嬉しい。

だから、俺が飛行機を待てずに光速歩行で聖域に戻ったのも、無理はないだろう?




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後書き

ユニコーンの『大迷惑』をモチーフに書きました。
シケてる上にどっかイッてるアルデバランになりました(汗)。
この歌やっぱり面白いなぁ、洒落になってなくて(笑)。
この歌に激しく共感を覚えるようになったという事は、
大人になったって証拠ですかね(爆)?