夜もすっかり更けた頃。
朝になるまで無人の筈の執務室に、灯りが灯った。
「悪いな、カノン。付き合わせちまって。」
「なぁに、良いって事だ。飲み直しならここででも出来る。」
「違いねえ。ま、ゆっくり飲み直しながらボチボチやるか!」
かなりいい感じに出来上がっているデスマスクとカノンは、酒で血色の良くなった顔を楽しそうに綻ばせて、親しげに肩など組みながら室内にズンズンと入っていった。
今夜も元気だ。酒が美味い。
既に町で一飲み、もっとも酒豪の二人なので、相当な量を飲んでやっと『一飲み』になるのだが、
『さあ二軒目へ』という時になって、デスマスクが明日までに片付けねばならない用事を思い出したのである。
従って二軒目は諦め、用事を片付けつつ仕切り直そうという事になり、町のコンビニであれこれ買い込んでこの聖域へ戻って来たのであった。
「え〜と・・・・、カメラ、カメラ、と・・・・。何処だ?」
「これじゃなかったか?」
「ああ、そうだそうだ!悪い悪い!」
カノンから渡されたデジタルカメラを受け取って、デスマスクはそれをPCに接続した。
用事とは、このカメラに収められた写真をプリントする事である。
中身は先日全員で飲み会をした際に撮った写真だ。
幹事を買って出たデスマスクが、執務室のカメラを使って撮影したのだが、皆写真が仕上がるのを楽しみにしており、いい加減明日までには焼いてくれときつく言い渡されていたのである。
「ふんふ〜ん・・・・っと、おらよ。」
「おお、よく撮れているじゃないか。」
「だろう?俺様のテクをなめんなっつーの。」
モニターを覗き込んだカノンに誇らしく笑ってみせて、デスマスクはのびのびと現像の準備を始めた。
「おい、そのプリンターにこの紙をセットしてくれ。」
「これか?・・・・・・・・よし、出来た。」
「オッケー、んじゃいくぜ。ポチッとな。」
用紙をセットして印刷ボタンを押したら、あら不思議。
写真が次々と出来上がってくる。
後は寝て、いや、飲んで待つのみだ。
「んじゃやるか。かんぱーーい!!」
「乾杯!」
ビールの瓶を豪快に突き合わせて、二次会が始まった。
「おお、すげえ胸。」
「どれ?・・・・ククッ、確かにな。」
酒やつまみと一緒に買ってきた男性向けのポルノ雑誌を取りとめもなく眺めて、二人はすっかり酔った目をニヤニヤとさせた。
デスマスクもカノンも、こんな雑誌のグラビアに夢中になる青い時期はとうに過ぎているのだが、男はやはり男。裸の女が載っている雑誌は、今でも決して嫌いではない。
こんな風に男だけで飲む時には、あれば面白い小道具なのである。
ちなみに、今見ているのは豊満な胸をした女の写真。
白い裸体に太い荒縄がきつく食い込んで、只でさえ大きな胸がより強調されている写真だ。
「しかしアレだな。こんな格好、は絶対しねえだろうな。」
「ああ、有り得ん有り得ん!頭を下げて頼んでも無理だろうな。」
「『最っ低!カノンの馬鹿ーーッ!!』ってビンタ喰らうのがオチだぜ、ケケッ。」
「クククッ、それはお前だろう?『デスの馬鹿ーーッ!このスケベ蟹!!』ってな。」
裏声を出しての口真似をし、ひとしきり笑い転げた二人は、再び雑誌に目線を落とした。
「・・・・・なあ、ちょっとやってみっか?」
「何をだ?」
「イイ事だよ。」
ニヤリと笑ったデスマスクは、雑誌を手に立ち上がった。
「おいデスマスク、何をする気だ?」
「まあ見てろよ。良いか、まずはこのグラビアを、スキャナに取・り・込・む、と。」
不思議そうに首を傾げるカノンの横で、デスマスクは鼻歌交じりにグラビアをスキャニングした。
「それで?」
「これでこいつのデジタル画像が出来たわけだ。それをだな、こうして・・・・」
「ふむ。」
「ソフトから呼び出して・・・・・・」
「ふむ。」
「この首から下の部分だけを切り取る、と。」
「おお。」
カノンはモニターを眺めて、感嘆の声を上げた。
そこには、先程の女の身体だけ切り取られた画像が出来ていた。
「そんでもってだな、さっきの飲み会の写真を・・・。どれにするか・・・、ああ、これで良い。」
「うむ、それで?」
「この写真にコイツを乗っけて、適当にチョイチョイっと補整して・・・・」
「おお・・・・!」
「あらよっと、一丁上がり!どうだ、ガハハハハ!!!」
仕上がったモノは、楽しそうな黄金聖闘士全員に取り囲まれて笑っている、危険な姿のであった。
「ウワーッハハハ!!!こいつは傑作だ!!」
「だろう!?俺様天才じゃねぇ!?」
「大したものだ!お前これで飯が食えるかもしれんな!」
「ヘッ、よせよ照れるぜ!」
「いやしかし、文明というのは恐ろしいものだな、ハッハッハ!」
プリントした悪戯写真を何度も見返しては、二人はゲラゲラと笑い続けた。
「は〜・・・・・、腹痛て・・・・・!」
「あぁ・・・・・・、笑いすぎた。水・・・・・・・」
「大丈夫かよ?」
「ああ・・・・・。ちょっと酔いが回り過ぎたな。大笑いしたせいか。」
「だぁな。あ、俺も水・・・・・・・」
ペットボトルのミネラルウォーターを回し飲みして、二人はどろどろに溶けた目をぼんやりと時計に投げ掛けた。
「お・・・・、もう2時か。」
「そろそろ帰って寝るか。」
「んだな。写真は?」
「もう止まってるようだぞ。」
ふと見れば、印刷ももう終わっているようだ。
全員へ配る分と、サガから頼まれた焼き増し分を合わせて、かなりの枚数になっている。
「か〜〜ッ、よくもまあこんなにあるもんだぜ・・・・・」
「適当に分けるか?」
「いいや、面倒臭え。明日各々適当に取らせりゃ良いだろ。いや・・・、サガに頼まれた分位は分けておくか。朝からガチャガチャ言われるのもうぜえしな。」
「あいつに頼まれた分とは何だ?」
「ああ、なんか小僧に送ってやるらしいぜ。青銅のよ。」
「ほ〜。」
気の無い返事をしたカノンは、もう半分まどろんでいる目をどうにか開けて、写真を仕分けるデスマスクの緩慢な手付きを見守っていた。
「うしっ、出来た・・・・・!おらカノン、起きろよ。帰るぞぉ〜・・・・」
「ん・・・・・、ああ・・・・・。あふ・・・・・・」
大欠伸を一つして、カノンはのろのろと立ち上がった。
「おいそれ・・・・、それは俺が預かって帰る。渡しておいてやろう。」
「お、悪いな、頼んだぜ。おっと、散らかしたまんまじゃ、明日サガにブチ殺されるぜ。ちっとは片付けて帰るか。」
「ああ・・・・・・・・」
散らかしたゴミを適当に袋に詰めていると、カノンの目に裏返しの一枚の写真が留まった。
「おいデスマスク、これ一枚忘れてるぞ。」
「ん?ああ・・・・、適当に束に突っ込んどいてくれや。」
「ああ。」
デスマスクは振り返りもせずにぞんざいな返事をし、カノンもカノンで確認もせずに、青銅聖闘士達に送る分の包みの中に、その写真を放り込んで再び封をした。
そう、先程悪戯で作成した合成写真を。
ここで重要なのは、二人はこの時点で、限界にまで酔っているという点である。
強烈な眠気と酔いに支配されている状態で、正常な思考や記憶を求める方が無理なのだ。
従って。
そんな写真を作った事を既に忘れてしまっていても、
あまつさえそれを処分し忘れ、あろう事か遠く日本へ送る分に混ぜてしまったとしても、
仕方がなかったのだ。・・・・・・・・・多分。
その後片付けを終えた二人はそれぞれ自宮に帰り、そのまま倒れて翌日の昼過ぎまで死んだように眠りこけた。
起きたら起きたで酷い二日酔いに悩まされ、死人同様で残り半日を過ごす破目になったのだが、まあそれは大事なかった。
翌日には復活し、また元気にいつもと変わりない日々を過ごしたのである。
だが、彼らは知らない。
暫く後に、この夜の過ちがある事件を引き起こす事を。
彼らの襲撃まで、あと・・・・・・・・・。