日本の味、お袋の味!?




目の前にある大量の食材と、遠くでにこにこと待っている沙織の姿を見比べて、サガは溜息をついていた。


「何故私達が・・・・・」
「だって仕方がないじゃない。頼めそうなのはあなた達位なんだもの。レストランのシェフやお屋敷の専属コックさんだと、どうしてもプロの味になるでしょ?」

そう瞬に言われて、サガは『確かに』と頷いた。

「だがな、瞬。一言だけ言わせてくれ。」
「何?」
「確かに私を含め、ここに居る黄金聖闘士全員、憚りながら不可能な事など何も無いと自負している。しかし、今回の件で、たった一つだけ不可能な事がある事に気付いた。」
「だから何?」
「私達は全員男だ。『お袋』になどなれん。どう逆立ちしたってな。」
「うむ。だから、『お袋の味』を食べさせてくれと言われても、非常に困るのだ。」

サガとミロにそう言われ、青銅達は一様に困った顔をした。


「そこを何とか頼む!俺達だって万策尽きているのだ!」
「必死だな、紫龍;まあ、女神の御所望とあっては断れんが・・・・・」
「安請け合いすんじゃねぇ、シュラ!そこは断っとけバカヤロー!」
誰が馬鹿だ、蟹!大体な、こうして材料まで持参されて、どう断れというのだ!?」

憤慨したシュラが指差したダンボールの山、その中には、大量の食材が詰まっている。
サガが先程見ていたのもこれだ。


「うむ、折角の食材を無駄にする訳にはいかんからのう。自然の恵みは大切にせねばならん。それにしても・・・・・、このような話を聞くと、あのお方も不憫に思えてならんのう。何もかもに恵まれておりながら、唯一家族の温もり、家庭の味は知らんのじゃから。」
「ご尤もにございます、老師。」
「のうサガよ。ここは一つ、引き受けてやらんか?」
「ええ、それはもう、女神がお望みなのでしたら・・・・・。ただ、先程も申しました通り、果たして私達にお袋の味など出せるのでしょうか?それも、日本の家庭料理で。

そう、沙織の持って来た要求とは、普通の家庭料理が食べたいという、何とも慎ましいものだった。
ただ、それを頼む人選に誤りがある為、ある意味何よりも難しい要求になっているのだが。


「その通り。そもそも、百歩譲って和食という制限を無くしたところで、我々の中に誰か一人でも、まともに家庭の味を知っている者が居るのかね?

シャカの何気ない言葉に、全員がたちまち気まずい表情で黙り込んだ。
そんな者は居やしない。皆一様に、温かい家庭とは縁遠い人間ばかりである。
だから二重に困難なのだ。

お前はまたそういう事を!少しは場の雰囲気を考えろ!!」

一気に沈んだ空気を打破すべくそう怒鳴ると、アイオリアは取り繕うような苦笑を浮かべた。

「しかし、よりによって料理とは困った頼みだな。10分以内にトーキョーからブラジルまで連れて行けというような頼み事なら簡単なのだが、ははは。」
それが簡単だと思うのは、多分お前らだけだと思うぜ、アイオリア。とにかく、実際の頼みは手作りの家庭料理なんだ、頼む!」

と、星矢が拝み倒している所に、沙織の話し相手を務めていたが顔を出した。



「で、どう?献立は決まった?」
「それ以前の問題だ。」

苦々しい表情で返事をしたカノンは、ふとの顔を見て、ポンと手を打った。

「そうだ、!お前が居た!」
「な、何よ!?」
「ここは、お前に頼むとしよう。そうだ、それが一番効率が良い。」
「おっ、そりゃそうだ!何だよ、俺らに言わねえで、ハナからに頼めば良いじゃねえかよお前らもよ!ガッハハハ!!」

やれやれ厄介払いが出来たと言わんばかりに、デスマスクは豪快に笑って星矢の肩をバシバシと叩いた。


「よ〜しよし、これで面倒事がパス出来るぜ!」
おい、デスマスク・・・・!
「あん?何だよ?」

アフロディーテに肘を小突かれて振り返ったデスマスクは、そこに居た人物を見て見る見る内に顔を引き攣らせた。


「・・・・・・・・そうですか。」
やべ、女神・・・・・・・!
「やはりご迷惑でしたか。そうですわよね、私の単なる我侭ですもの・・・・」
そっ、そんな事は断じて!!ええ断じて!!

サガはデスマスクを押し退けて叫ぶと、沙織の足元に跪いて答えた。

「お任せ下さい、女神。我ら一同、全力をもって『お袋の味』を出してみせます!

と。








それから三十分後。

黄金聖闘士達は、手分けして調理に取り掛かっていた。
何しろ沙織に拗ねられては、さしもの黄金聖闘士とて到底太刀打ち出来ない。
やむなく全ての業務を中断の上、に考えて貰った献立を各グループで一品ずつ担当し合い、四つの宮に別れて奮闘しているのである。


第一のキッチン、白羊宮では。




「私達の担当は、ご飯と漬物ですか。これは簡単ですね。」

ムウは涼やかに微笑むと、優雅な仕草で米を磨いでいた。

「でも、白いご飯は日本の主食だからね。心してかかってよ、ムウ。」
「ええ。勿論ですよ、。」
「あまり甘く見ない方が良いよ、ムウ。」
「おや、手厳しいですね、瞬。私が失敗しそうに見えますか?」
まさかの失敗を起こすのがご飯だからね。僕も昔はよく失敗したんだ。失敗したご飯の不味い事といったら、到底口では言い表せないよ。僕達はそれぞれの修行地で大抵のものを食べさせられてきたから、今更失敗したご飯如きで騒ぎはしないけど、沙織お嬢さんはきっと耐えられないよ。
「でしょうね、というか、『大抵のもの』というのが具体的に何なのか、若干気になるのですが。」

手伝うとなれば他グループとの差がつく為、今回はアドバイザーに徹している
そして、暇潰しにこの白羊宮に留まっている瞬と会話をしながら手際よく米を磨いでいたムウは、ふと手を止めた。

「しかし・・・・・、私はともかく、あちらはどうでしょうか?」
「あちら?ああ、ミロと童虎?」
さん、ちょっと見て来てあげたら?」
「そうね。」

二人に促されたは、少し離れた場所で何やら格闘中のミロと童虎の方へと向かった。



「何してるの、二人共?まだ作らないの?」
「ああ、か。いや、漬物にする野菜をどれにしようかと考えていてな。」
「ようやっと決まったところじゃ。ほれ、白菜と胡瓜と茄子。」
「それから、ニンニクと生姜!」
え゛っ!?

童虎の出したものはともかく、ミロがにこにこと繰り出した二つの野菜は、どう考えても漬物の材料ではない。
困惑したは、恐る恐る二人に尋ねた。

「ちょ、ちょっと待って・・・・、ニンニクと生姜なんて何に使うの?」
知らん。老師が欠かせないものだと仰ったのだ。」
「えっ!?ちょ、童虎・・・・、それ違うと思うよ!?
「はて、そうじゃったか?春麗の料理には、大抵ニンニクと生姜が入っておるのじゃが。」
それは中華の必須アイテムでしょ!!和食よ、和食!!」

早速道を誤りかけている童虎に、は慌てて歯止めをかけた。

「ホッホ、そうじゃったのう。いやはや、儂も料理などせんものじゃから、この方面の事は余り知らぬでのう。その上、五老峰で食す漬物といえば、ザーサイかキムチじゃ。いやはや、面目無い。」
「ふふっ。危ういところだったわね!とにかく急いでね。あんまり時間が無いから浅漬けにしたけど、それでも漬ける時間が短すぎたら美味しくないから。」
「作り方は・・・ああ、このメモだ。野菜を切ってポリ袋に入れ、昆布と塩も入れて揉む、か。うむ、任せておけ!」
「お願いね。出来たら教皇の間に運んでね。」
「ああ、分かった!」

若干心配と言えば心配だが、この白羊宮にはムウも瞬も居る。
それに、心配な連中は他にもごまんと居るのだ。
従っては、次の宮へと向かう事にした。







第二のキッチン、双児宮では。




「サガ、ちょっと訊いても良いか?これはどうやって使えばいいのだ?」
「多分それがカツオブシという物だろう。確かのメモに書いてあった。まずはそれで出汁を取るのだ。アイオリア、具の用意は出来たか?」
「トーフとワカメだろう?準備万端だ。いつでもかかって来い。
「よしいけ。」

殺伐とした雰囲気の中、サガとシュラとアイオリアが味噌汁作りに奮闘していた。
水を張った大鍋に鰹節を豪快に塊のままブチ込み、火をかけている。
そして、今正にアイオリアが豆腐を投下しようとしたところへ、間一髪、が間に合った。

だーーッ!!ちょっと何してるの!?」
なっ、何だ何だ!?
何だじゃないわよ、アイオリア!!具はまだ駄目!!二つとも仕上がり間近で十分なのよ!」
「?・・・・・ハッ、本当だ、メモにそう書いてある!しまった、しっかり読んだつもりだったのだが・・・・・!」
あーーっ!!ちょっとこれ誰!?鰹節を丸ごと入れたのは!」
お、俺だが;何かまずかったか?」
「鰹節は削って入れるのよ!削ったら、『沸 騰 し て か ら』 入れるの!!出して出して、早く!!」

血走った眼のに怒鳴られて、シュラはたじろぎながら鰹節を鍋から出した。
アイオリアなどは、もうどうして良いやら分からないといった風に途方に暮れている。
そんな二人に憐れみの視線をちらりと投げ掛けて、サガは葱を切っていた手を止めた。

「済まん、、何しろ私達は、ミソシルなど作るのは初めてなものだから・・・・」
「あ、ご、ごめん、つい慌てちゃって・・・・・!ごめんね、二人共!」
「いや、良いんだ。作り方を最初に一通り読んだだけで、一気に片を付けようと思った俺達のやり方がまずかった。たかがスープと侮っていたが・・・・、思ったより難解だな。」
「やはり、手順を一つずつ確認しながらやる方が良さそうだ。」

シュラとアイオリアが、真剣な顔付きでメモを読み直し始めたその時だった。
手洗いにでも行っていたのか、紫龍がキッチンに現れたのである。


「あら、紫龍君。ここに居たの?」
「はい。シュラに味見係を頼まれました。完成を待つだけだから、退屈で。」

さすが童虎の元で育っただけあって、紫龍は礼儀正しい口調でにこやかに返事をした。

「あはは、そっかそっか、そりゃ退屈よね〜!・・・・・じゃあさ。
な、何ですか;

突然ドスの利いた低い声を出したに尻込みしながら、紫龍は手招きされるままの口元に耳を寄せた。

「あのね、三人を手伝ってあげてくれない?」
「ですが、あの三人が『手出しは無用!』と。俺が何度手伝いを申し出ても、黄金聖闘士の名にかけて任務を全うすると言い張るのですが・・・・」
「だったらさり気なく、ね?危ない事になりそうな時だけで良いから、ね!?紫龍君なら安心して任せられるわ!」
「はぁ・・・・・、しかし、俺もいつも料理は春麗に任せっきりなので、余り自信は無いのですが・・・・・」
「大丈夫よ、お味噌汁の味は知ってるでしょ?」
「え、ええ、それはまあ・・・・」
「なら大丈夫、頼んだわよ!」

明らかにプレッシャーを感じている表情の紫龍の両肩を力強く叩いて、は次なるキッチンを目指した。







第三のキッチン、巨蟹宮では。




「ほう、見事なものだな。」
「だろ?この芋の断面を見ろよ、これを芸術と呼ばずして何と呼ぶ?なあ小僧?ガッハハハ!」
「うむ。だが俺は、わが師カミュの切った玉葱の切り口も素晴らしいと思うのだが。」
「おい、牛肉の大きさはこれ位で良いのか?」

カミュ・デスマスク・アルデバランが肉じゃがの調理に取り掛かっているのを、氷河が料理中の母親に纏わり付くチビッ子よろしく見守っていた。


「味付けは、出汁、砂糖、酒、塩に、ミリンとショーユ・・・・、ミリン?よお、ミリンって何だ?
「私が知っている訳ないだろう。氷河に訊け。」
みりんはみりんだ。それ以外に答えようが無い。」
「・・・・もう良い。味見すりゃ終いの話だ。」
「ははは、するだけ無駄な質問だったな!まあ、のメモに書かれてあるのだから、入れておけば間違いないだろう。」

などと言っていると、がひょっこりと顔を出した。

「進んでる?」
「おう、。丁度良い所に来たぜ。材料の下拵えは出来たんだがな、ミリンって何だ?」
「みりんはねぇ・・・・、ああ、これよこれ。」
「んなこた分かってる。どんな味がするかって訊いてんだよ。」
「味?味・・・・って程味はしないんだけど・・・・。まあ、甘い系の調味料よ。」
「塩入れてショーユ入れて、甘い〜!?何だそりゃ!?
「ううむ、想像出来んな・・・・。ショーユと言えば、スシにつけるソースだろう?」
「おう、アルデバラン。それよそれ。俺もどうしても、スシの印象が強いんだよな。」

なるほど、アルデバランとデスマスクは、醤油をつけた寿司の味を強くイメージしているらしい。
苦笑したは、心配ないと首を振った。

「ちゃんと味になるから大丈夫!ね、氷河君だって知ってるわよね?」
「恐らく・・・・・、何となくは。」
「えっ、どうして!?だって小さい頃は日本に住んでたんでしょ!?」
「俺の母はロシア人だったのだ。だから食事もロシア料理が多くて・・・・」
「あ、そっかー!そうだそうだ、氷河君はハーフだったんだよね!」

よりにもよってメインのおかずを、果たしてこの三人(+一人)に任せて良かったのだろうか。
だが、今更考え込んでも後の祭り。
それにこの三人は、特にデスマスクとカミュは、決して料理下手という訳ではない。
は、経験を積んだ彼らの腕と舌を信用する事にした。

「大丈夫よ、要は煮込めば良いだけだから、簡単でしょ?」
「うむ、確かに材料だけを見ると、ボルシチに似た感じもするな。芋に玉葱に人参に牛肉に・・・・。何とかなりそうだ。」
「そうそう、その意気よ、カミュ!頑張ってね!じゃ、また後で!」

気を取り直して調理にかかった三人組を頼もしげに一瞥して、は最後のキッチンへと向かった。







第四のキッチン、双魚宮では。




「おい、アフロディーテ。ほうれん草はこの位の茹で加減で良いのか?」
「ちょっと待ってくれ・・・・・、まだもう一つ何かが足りない気が・・・・」

鍋でほうれん草を茹でるカノンと、ボウルに合わせ調味料を作っているアフロディーテが、共に難しそうな顔をしてキッチンに立っていた。
テーブルでは、シャカが一輝に手伝わせて胡麻を擂っている。
彼らの担当メニューは、ほうれん草の胡麻和えであった。


「どう?良い感じ?」
「ああ、。丁度良いところに来てくれた。これを味見してくれないか?」
「どれ?・・・・・あ、美味しい!凄い凄いアフロ!初めて作ったのに、上手に出来てるわよ!」
「フッ、君が詳しくレシピを書いてくれたからね。」
「おい、ほうれん草の茹で加減はこれで良いのか?」
「あっ、もう良いもう良い!もうザルに上げて!よく水気を切ってね。」
「分かった。」
「こっちは大丈夫そうね。ん〜、胡麻の良い香り!」

香ばしい胡麻の香りに惹かれて、はシャカと一輝の方へ歩いていった。


「どう、シャカ?進んでる?」
「うむ。見たまえ、この粒揃いのきめ細やかな擂り胡麻を。」
「あっ、本当だ〜!凄い、均等に擂れてる!」

素直に感心したに気を良くしたシャカは、機嫌良さそうに語り始めた。

「この『擂る』という作業は、一見誰にでも容易に出来るように見えて、意外に難しいのだ。
まず第一に道具。擂り鉢と擂り粉木は、決して粗悪品であってはならない。鉢の溝に微妙な歪みがあったり、擂り粉木の先端の研磨がずさんであると、如何に丁寧に擂ろうともこのような仕上がりにはならぬ。また、大きさも必要だ。小さな鉢では不要な力が篭り、これもうまく擂れぬからな。」
「へ〜、そうなんだ!」
「言うまでもなく、擂り方も肝心だ。力を込めすぎるとたちまち腕が疲れて、却って仕上がりが雑になってしまう。肩の力を抜いて擂り粉木をこう構え、ゆったりと円を描くように滑らかに。こうだ、分かるかね?」
「ははぁ、なるほど。」
「この時、邪念が混ざっては香りにひびく。故に、無心。無我の境地。悟りを開き、大いなる宇宙の息吹のみを感じて、この大地と一つになるような気持ちで、川の流れのように・・・・・、こうだ。」
「へぇ〜、凄・・」
シャカ、貴様その話何度目だ。いい加減に黙ったらどうだ?

うんざりしたように二人の会話を遮った一輝は、に向かってぼそりと耳打ちした。

さん、あんたもあまり褒めないでくれ。この男、先程からずっとこうなのだ。」
「そ、そうなの、ごめん;」
「もう聞き飽きて、耳にタコが出来る。全く、だから俺は来たくなかったのだ、この男に絡まれるから・・・・
た、大変ねぇ、一輝君も・・・・;

ぼやきつつも逆らえないのか、大人しく擂り鉢を押さえている一輝を労って、は双魚宮を後にした。
首を長くして料理を楽しみにしている沙織と、その話し相手になっている星矢が、教皇の間で腹を空かして待っている。
それにもうそろそろ、各宮から料理が届き始める頃だった。
盛り付けは各人がやってくれるらしいが、テーブルのセッティングがまだ出来ていない。
それをしなければいけないのであった。










最高級の伊万里の皿に盛られた料理を見て、沙織は満足げに微笑んだ。


「有難う、皆さん。頂きます。」
「どうぞ召し上がれ。」

アフロディーテに恭しく注いで貰ったミネラルウォーターを一口飲んでから、沙織は箸を手に取った。

「まあ、美味しそうなご飯。これを作って下さったのはどなた?」
「私でございます。」
「まあ、ムウが?有難う、頂きます。・・・・・美味しい・・・・・・」
「光栄でございます、女神。」

艶やかにふっくらと炊き上がった白飯を一口頬張った沙織は、うっとりと呟いた。
いくら最高級のコシヒカリ新米100%を使ったとはいえ、水加減や磨ぎ具合が悪くては、こうはいかない。
そこはやはりムウの腕前がものを言ったというところで誰もが納得する中、沙織は次に味噌汁の椀を取り上げた。

そして。


「あら珍しい、このおみおつけの具・・・・」
「どうしたの、沙織ちゃん?」
「何かしら、これは?」

そう言って沙織が箸で摘み上げたものは、小口切りにした葱の絡まった、長細い妙な断片であった。
最初は笹掻き牛蒡でも入っているのかと思ったが、違う。
牛蒡を入れろと指示した覚えはないし、そもそも牛蒡などは渡していなかったのだから。
暫し考えて、それが鰹節の断片だという事に気付いたは、焦った顔を味噌汁組に向けた。


ちょっと!鰹節入れたままにしちゃったの!?
「いや、俺達の言い分も聞いてくれ!!味見をしてみたら、そのカツオブシというのが余りに美味くてだな!」
「ああ、折角美味いものを入れたのだから、取り除いてしまうのは勿体無いと思って、つい・・・!」
「このサガが許可してしまったのだ、済まん!別にお前のレシピを信用していなかったとか、そういう事ではないのだ!ああ、お許し下さい、女神!!」
「まあ良いじゃないか、皆!要は味が美味ければさ!」

アイオリアやシュラやサガが必死で弁解しているのを横目に、星矢は呑気に味噌汁を啜った。

「ん、まあまあイケるぜ。鰹節ってこんな固かったっけ?・・・・とは思うけど、まあ食って食えない事はないしな。沙織さん、食ってみろよ。」
「ええ。」

星矢と沙織は、仲良く並んで味噌汁を啜った。

「す、済みません、さん・・・・・、味は美味かったので、これで良いのだと思って・・・・。だが、俺はまだまだ味噌汁の事など何も分かっていなかったようです。一から修行し直して、今度こそ必ず・・・・!」
い、良いのよ紫龍君・・・・;

一人落ち込んでいる紫龍を励まして、は小さく溜息をついた。
味噌汁として何か間違っている感が拭えないが、取り敢えず味は良いらしいので、ここは良しとするべきだ、そう思いながら。



「次は何かしら・・・・・、あら、これは・・・・・ポトフ?」
え゛っ!?

次に沙織が目に留めた料理を見て、は大きく目を見開いた。
そこにあるのは肉じゃがの筈だったのだが、実際、料理を構成している具材に誤りはないのだが、何かが違う。
取り敢えず目に留まった豪快な角切りビーフを指して、は肉じゃが組に詰め寄った。


ちょっと、肉じゃがは薄切り肉にしてって書いたでしょ!?
「良いじゃないか、肉は大きくてぶ厚い方が美味いだろう?
「そ、そりゃそうだけど、確かに美味しそうだけどさ・・・・・」

牛肉を担当したのは、どうもアルデバランのようだ。
余りに飄々と答えるものだから、それ以上何も言えない。
そうこうしている間に、沙織は早速それを口に運んでいた。

「・・・・・・何だか不思議な味。」

続いて星矢も。

「・・・・・っていうかこれ何で赤い・・・・って、トマト入ってんのかよ!!
トマト!?・・・・・・さては・・・・・・デス〜〜!?
「ああ、良いって事よ。気にすんな。丁度俺の冷蔵庫にあったからよ。」
そういう事言ってるんじゃなくって!何でトマトなんか入れたの!?」
「良いじゃねえか別に。イタリアでは、トマトがお袋の味なんだ。
「だから和食だって言って・・・」
「いや、言わせて貰うがな、俺だってちったぁ料理の心得がある男だ。その俺の勘がこう言った、
そんな味付けじゃ、美味いもんは出来ねえ!』ってな!」
なっ・・・!
、君には悪いとは思ったが、正直私もこちらの方が作り易かった。味加減の見当がつくのだ。故に、味付けには自信がある。ニクジャガにはならなかったかもしれないが、ボルシチかポトフだと思って食べてくれれば問題はない筈だ。」
カミュのボルシチの味は、この氷河が保証しますよ、さん。」
そっ・・・・

そういう問題ではなくて。

と言ってやりたいのは山々だったが、『肉じゃが』という献立に拘っていた自分と、献立よりも己の勘と経験に拘りを持っていた料理の鉄人部隊がこれ以上やり合っても、それは不毛というもの。
がっくりと脱力したは、沙織が次の皿に箸をつけるのをうつろな目で見守っていた。

そしてそこで、信じられない光景を目にする事となったのである。



なっ、何それ!?
「あら、さんもご存知ないんですの?このお料理は何というのか、さんに伺おうと思っていたのに。」

沙織が困惑した表情で見つめている料理は、間違いなくほうれん草の胡麻和えだった筈だ。
自身も味見をして、安全牌だと踏んでいたあの一品である。
それがどうしてちょっと目を離した隙に、こんな事になっているのだろうか。

こんな、得体の知れない不気味なペースト状に。


「カノン、シャカ、アフロ・・・・、ほうれん草の胡麻和えが、ど、どうしてこんな事になっているの?」
「俺は知らんぞ、俺はほうれん草を茹でる係だ。」
「私も合わせ調味料を作る係だ。後は知らない。」
「二人から預かったほうれん草と合わせ調味料を、このシャカが擂った胡麻と共に擂り鉢に入れて、擂り潰したのだ。
「ああ、そっか、それでこんなになってるんだね!・・・・って、何で!?
「何故と言われても。擂り潰せと指示をしたのは君ではなかったのかね?」
「それは胡麻だけの事で・・・・!ああもう、どうすんのよ、こんな離乳食みたいになっちゃって!

憤慨するをよそに、シャカは至って淡々と沙織に言った。

「どうぞご賞味を。」
ご賞味もへったくれも、見た目がこれじゃ食う気も失せるぜ;」
「何だと?星矢、ならばお前は食わずとも良い。」
「ま、まあまあ、二人共。お止しなさい。ええ、勿論頂きます。」

明らかに機嫌を損ねた顔をしたシャカに取り繕うような微笑を浮かべて、沙織は大胆にもそれを一口頬張った。

「・・・・・・何故かしら、ほうれん草の胡麻和えなのに・・・・、何故カレーの味がするのかしら?
「う゛ッ・・・・・本当だ、何でカレー味なんだよ!?
カレー!?シャカ、まさかカレー粉なんて入れてないよね!?」
「まさか。そのような物は材料の中に含まれていなかったであろう。」

シャカは暫し考え込むと、やがて清々しい顔をして手を打った。

「そうだ。恐らく擂り鉢の香りが移ったのであろう。」
「えっ、どういう事!?」
「あれは私の私物なのだ。日頃はスパイスを擂り潰すのに使っている故、その香りが移ったのであろう。案ずるな、毒ではない。」
「当然よ!!っていうかそんな問題じゃなくて!あああもう、どうして皆こうなのよ・・・・・」
さん、落ち着いて・・・・・!」

愕然とするを励ますように、沙織は健気に微笑んでみせた。


「大丈夫ですわ、どれもそれなりに食べる気になれば食べられます。」
何気に酷い言い草だな、沙織さん;
「星矢、あなただって食べられるでしょう?」
え゛っ!?俺!?俺は・・・・・、俺は・・・・・、飯だけでも食える奴だからさ、ははは・・・・」

誤魔化すように笑うと、星矢はこれみよがしにムウの炊いたご飯を掻き込み始めた。
どうやら、それが一番まともに美味いらしい。
ところがそれをどう勘違いしたのか、沙織は明るい表情を浮かべてこう言ったのである。


「そうですわね、日本の家庭の味といえば、白いご飯にお漬物、でしょう?さん。」
「え、う、うん・・・・、そうよね・・・・・」
「私も星矢に倣ってみる事に致しますわ。」

にっこりと微笑むと、沙織は漬物の皿に箸を伸ばした。

「如何ですか、女神?僭越ながらこのミロ、老師と力を合わせて女神の御為に奮闘致しました。」
「ええ、とても美味しいですわ。有難うミロ。童虎も。感謝します。」
「口に合ったのなら何よりですじゃ。」
「うん、確かに味は美味いんだけどな・・・・、なんか不必要に潰れてないか、コレ?

浅漬けの胡瓜をポリポリと食べながら、星矢は訝しそうな顔をした。
なるほど、浸かり具合は一見良い感じに見えるが、その形はプレス機で押し潰されたようにぺしゃんこになっている。

「しかも何か・・・・、糸引いてるぜ?まさか腐ってないよな?」
何を言うか、星矢!それはたった今作ったばかりだぞ!腐る筈がないだろう!?」
じゃあ何でこんなに糸引いてるんだよ!?
知らん!!

星矢とミロの小競り合いを聞いていると、不意に何かが分かった気がした。


「ねえミロ!それってどうやって作ったの!?」
「どうって・・・・、に貰ったメモの通りにだぞ。材料を袋に入れて揉んだだけだ。」
「ど・・・・、どれ位?」
「いや、最初は普通に。だが、なかなか目安のような状態にならなかったから、時間も迫っている事だし、最後の方には少しばかり本気を出した。

ミロの本気で揉まれた野菜と昆布は、その形を見るも無惨な姿に変え、納豆の如く絡まっている糸は、潰れた昆布から滲み出た粘り成分によって発生したものだと。

つまりはそういう事なのである。


「あ・・・・・、そ・・・・・・」

もはやかける言葉を失ってしまったに、沙織がそっと耳打ちした。



さん、普通のご家庭では、本当にいつもこんな物を食べているのですか?意外でしたわ、想像していたものと少し違っていましたから。」
「え?うん・・・・・その・・・・・、まあ・・・・・・」
「でも、『お袋の味』とは、要するに作ってくれた人の温もりなんですのね。それだけは良く分かりましたわ。」
「え、あ、そ、そうね、そうよね!オホホホ・・・・・」

何はともあれ、沙織は喜んで食べている。
それだけがせめてもの救いであったと、はそう思う事にした。


ただ、肉じゃがと味噌汁とほうれん草の胡麻和え、そして漬物に対する沙織の認識は、
いつか是非とも改めたいところであったが。




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後書き

『黄金聖闘士全員+青銅聖闘士メイン5人による、女神主催のお料理作戦』
というリクエストでお送り致しました。
鰹節なんて書きましたが、実際の管理人、自分で削るタイプの鰹節を使った事は、
今までの人生において一度もありません!(←威張って言うな)
リクエスト下さったカリン様、有難うございました!
騒々しい仕上がりで済みません(汗)。