異文化コミュニケーション。
その名の通り、異なる文化を持つ者達が、互いの文化を伝え交流する事である。
そしてそれに直面する男女が13人。
聖域の黄金聖闘士達とである。
「『聖域笑点』、只今より始めます!」
の掛け声で、一同は沙織から突然送り付けられてきた畳の上にずらりと着席した。
物々しい黄金聖衣に身を包む彼らの後ろで流れる『笑点のテーマ』が、何とも間抜けな空気を醸し出している。
「司会は私、でございます。宜しくお願いします。」
自分で言ってて笑いそうになる。
何故こんな事になっているのかというと。
事の発端はまたしても沙織であった。
閉鎖的な空間で生きてきた黄金聖闘士達に、日本の良き文化を広めたい。
そんな一方的な交流をある日突然閃いた彼女は、それをそのまま実行に移したのであった。
そして実行犯(?)に選ばれたのがである。
沙織からの指令は、何故か上方芸能の大御所『笑点』を演じろ、との事であった。
ちなみに黄金聖闘士達の反応はいつもと同じ、『女神の御命令とあらば逆らえない』であった。
「おいおい師匠よー、何黙ってんだよ?」
「あ、ごめんごめん。何でもない。」
ちなみに、畳や座布団と共に送られてきた資料によって、ある程度の事前学習は済んでいる。
従っては、別に芸人でも何でもないのに『師匠』と呼ばれているのである。
「えー、季節はもう秋ですね。本日はその『秋』をテーマに参ります。」
「うむ。」
「ではまず第一のお題。『食欲の秋』。『食』という漢字の入った四字熟語を誰かに捧げて下さい。はい、第一のお題組さん以外は退席〜。」
の指示に従って、数人以外が全員畳から降りた。
一度に全員では収拾がつかない為、事前にお題毎に数人ずつ割り振っているのだ。
それによって各々担当のお題について事前学習もでき、一挙両得という訳である。
第一組は、ムウ・アルデバラン・シャカ・ミロであった。
各自一枚ずつ敷いた座布団の上に座り込む。
「思い付いた方からどんどんどうぞ!」
「ではまず俺が。」
「はいミロさん。」
「サガに捧げる。『食前食間』。」
堂々と答えるミロに、周囲の笑いが投げ掛けられる。
出だしから好調だ。
その笑いがどういう種類のものかは、この際触れずにおこう。
「ミロ、折角捧げて貰ったが・・・・、済まん。意味が分からんのだが。」
「ねえミロ、それって・・・・何?胃薬の説明っぽいけど・・・・」
「いや違う。近いけどな。俺のオリジナルだ。何かとストレスの溜まる役職に就いているサガを気遣う意味だ。胃薬を飲むなら食前・・・」
「なるほどよく分かった礼を言う。さあ師匠、続けてくれ。」
皆まで言わせずさっさと礼を述べて、サガは次を促した。
「で、では次。どなたかいらっしゃいませんか?」
「では私が。」
「はいシャカさん。」
「アルデバランに捧げよう。『無芸大食』。(※才能・特技などが何もなく、ただ大食をすること)」
途端に場の気温が絶対零度にまで落ちる。
ただ一人、シャカだけが満足そうに頷いていた。
「・・・・またブラックね・・・・」
「・・・・シャカ、折角捧げて貰って何だが、ちっとも嬉しくないぞ。」
「当然だ。別に私は君を喜ばせるつもりで捧げた訳ではない。笑いを取る為ダシに使わせて貰ったまでだ。」
「清々しい程の毒吐きだな・・・・」
早速気まずいムードが流れている。
は慌てて審判を下した。
「シャカさん、暴言吐き過ぎです!アイオリアさん、座布団剥奪して下さい。」
「任せろ。ライトニングボルトーーーッ!!!」
「!」
突如繰り出された光速の攻撃を、シャカは紙一重で避けた。
しかしシャカの座っていた部分は、座布団もろとも抉れて無くなっている。
「あ〜あ・・・・。リアもやり過ぎよ・・・・」
「何をする。危険ではないか。」
「危険なのは貴様の発言の方だ!!言葉には気をつけろ!」
「まあまあアイオリア。構わん。それより師匠、俺も一つ浮かんだんだが、聞いてくれるか?」
「はいどうぞ、アルデバランさん!」
「シャカに捧げよう。『無為徒食』。(※何もしないでただぶらぶらとして日を過ごすこと)」
絶妙な仕返しが受けたらしく、アルデバランは爆笑の渦に巻かれた。
シャカだけが憮然とした表情で、『瞑想を何だと思っている』などと呟いている。
「アルデバランさんお見事!座布団3枚追加して下さい。」
かくして、アルデバランの只でさえ人より高い頭の位置は、更に高くなった。
「あと一つですね。どうですか?」
「宜しいですか?」
「はいどうぞ、ムウさん。」
「自分に捧げます。『頼芸求食』(※芸を売って生活する。芸が身を助ける。)」
途端に全員が納得の唸り声を上げる。
「なるほど、まさにぴったりですね!」
「ええ。お陰様で潤っております。」
涼やかに微笑むムウに、座布団が1枚追加された。
一段高くなったムウは、優雅な微笑みをふわりと浮かべた。
聖衣修復の際、損傷の理由によっては『口止め料』と称して謝礼を要求している事は、ムウと依頼者のみの秘密である。
「そろそろ第二のお題に参りましょうか。メンバーチェンジで〜す!」
の号令で、第一組から第二組へと座が明け渡された。
第二組は、カノン・アイオリア・シュラ・カミュである。
「では第二のお題。『芸術の秋』。この中の誰かが作った美術作品を褒めて下さい。ではどうぞ。」
「ではまず俺から。」
「はいシュラさん。」
「デスマスク、お前の写真は素晴らしいな。この間ナンパしたとか言っていた女の裸の写真、俺の宮に忘れていってるぞ。とっとと引き取りに来い。」
「あはは!それホント!?」
「本当だとも。」
「シュラも大変だね〜。」
「分かってくれるか、師匠。」
褒めるというより苦情である。
「悪ぃ悪ぃ!お前んとこに忘れてたか。」
「今日中に引き取りに来ないと、こちらで跡形もなく処分するぞ!俺の宮を如何わしい物で汚すな!」
「分かった分かった。」
「ええと、じゃあ次行きましょうか。」
「うむ。では私が。」
「はいカミュさん。」
「ミロ、お前の絵は素晴らしいな。この間描いて貰った地図、あれは実に前衛的なアートだった。お陰で結局辿り着けず終いだ。」
こちらもまた苦情系である。
「解り難かったか?じゃあ今度また描き直して・・・」
「い、いやいい。気持ちだけ有り難く貰っておこう。」
「なんだ、遠慮なんて水臭いぞ。そうだ!では今度は俺が直接案内しよう!これでどうだ?」
「う、うむ。そうだな・・・・」
人の良い笑顔に押されてカミュが押し黙った後、今度はアイオリアが挙手した。
「はいアイオリアさん。どうぞ!」
「カミュ、お前の氷の芸術は素晴らしいな。この間宝瓶宮で見つけた氷河とアイザックの氷像、まるで生きているようだった。」
こちらは暴露系であった。
しかしアイオリアの表情に悪意はない。純粋に褒めているようだ。
その言葉に、ミロが大きく目を見開いた。
「おいカミュ!まさかとは思うが、もしやまた氷の棺に閉じ込め・・・」
「違う!!ちゃんと中身なしの氷のみだ!しかしまさか見られていたとは・・・」
カミュは心持ち頬を赤く染めて口籠った。
迸る弟子愛の結晶は、誰にも内緒の作品だったようである。
そんなカミュをばっさり斬り捨てたのは、座布団の上で胡坐をかいているカノンであった。
「気まずいのならそんな物最初から作るな。ところで俺も一つ浮かんだのだが。」
「はいどうぞ、カノンさん。」
「サガ、お前の身体は素晴らしいな。それだけの肉体美を誇っているのだ。風呂場で延々己のヌードに見惚れるのも無理はないな。」
こちらは嫌味200%である。
当然サガは激しく怒り狂った。
「黙れ!!貴様余計な事をベラベラと・・・!」
「本当の事だから仕方あるまい。たかがシャワーを浴びるのに何時間も待たされるのは苦痛だが、お前の芸術の為なら仕方ないな。」
「くっ・・・!おのれ・・・・・!!!」
「は、はいはい!その辺で!抑えて抑えて〜〜!!」
は、今にも殺し合いを始めそうな双子の間に割って入った。
「に免じてひとまず命は預けておいてやる。だが後で覚えていろ、カノン。」
「貴様こそ、のお陰で命拾いしたな。せいぜい感謝しておけ。」
本当に兄弟なのか疑わしい程の捨て台詞を互いに吐き捨てて、サガとカノンはひとまず拳を収めた。
双子の乱も鎮まったところで、残るお題もいよいよあと1つとなった。
「ラストのお題です!またまたメンバーチェンジでーす!」
最後の号令で、第三組が畳の上に上がった。
第三組は、サガ・デスマスク・童虎・アフロディーテである。
「最後のお題は『読書の秋』。私が『何を読んでいるの?楽しい?』と訊きますから、それに答えて下さい!ではどうぞ。」
「師匠、私が。」
「はいアフロディーテさん。何を読んでいるの?」
「新聞だ。」
「楽しい?」
「いや、恐ろしい。何処かに巨蟹宮の住人の顔写真が載っているんじゃないかと気が気じゃないのでね。」
途端に爆笑が沸き起こる。
アフロディーテは満足そうに微笑んだ。
「アフロディーテさん、巧い!リアルです!座布団2枚追加〜!」
「リアルって何だよ。俺がそんなヘマするかっつーの。」
「だって本当に載ってそうだもん。さあ、そんな事より次々!他の方どうですか?」
「では儂が参ろうかの。」
「はい童虎さん。何を読んでるの?」
「春麗の日記じゃ。」
「あらら、日記ですか。楽しい?」
「そうじゃのう。今の所はまだ微笑ましい内容じゃからな。無事嫁ぐまでは清い乙女で居て貰わねば困るからの。」
温和な笑顔の影に『頑固一徹な親父』の姿が見え隠れしている。
― 紫龍と春麗は、さぞやフラストレーションが溜まっているだろうな。
皆口には出さずとも、考える事は同じであった。
「はい、じゃあ他の方はどうでしょうか?」
「では私が。」
「はいサガさん。何を読んでるの?」
「カノン秘蔵の如何わしい本だ。」
サガは流し目で不敵な笑みをカノンに向けながら、堂々と言い放った。
まさかサガの口から聞くとは思っていなかった内容に、思わずは吹き出した。
「ぷぷッ!し、失礼しました。楽しい?」
「ああ、愉しいな。奴の趣味が窺い知れる。『巨乳制服娘特集』などと破廉恥極まりない趣味がな。」
「おのれサガ!!粉砕してやる!!」
「愚か者め!!返り討ちにしてくれるわ!!」
「ちょ、ちょっと二人とも!!危ないってば!!だ、誰か止めてーー!!」
怒髪天を衝く勢いのカノンがサガに躍りかかり、二度目の双子の乱が始まった。
しかしその場は童虎が丸く収めたお陰で、何とか死傷者は出さずに済んだ。
「ったく、こいつらの兄弟喧嘩は公害レベルだな。おっと、次は俺様の番か。」
「はい、じゃあデスマスクさん。何を読んでるの?」
「こないだ見つけた、の小学校時代の卒業文集だ。」
「嘘ーーーッッ!!??」
誰にだって葬り去りたい過去の遺物はある。
その典型である『卒業文集』を引っ張り出された事に、は激しく動転した。
「いつ!?いつの間に!!??」
「ん〜?そりゃ言えねぇな。それよりお前、役柄忘れてんぞ。早く訊けよ、『楽しい?』ってよ。」
「くッ・・・、た、楽しい・・・?」
忌々しげに尋ねたに、デスマスクはこの上ない程性悪な笑みを浮かべて答えた。
「おう、そりゃもう愉しかったぜ。えー、何だっけな。『わたしのしょうらいのゆめは・・・・』」
「やーめーてーーーッ!!!!」
事もあろうに暗唱までしようとしたデスマスク。
はもはや司会の立場も忘れて、真っ赤な顔で猛然とデスマスクに立ち向かった。
「ぐはははは!えー何だ、『わたしは、おとなになったら・・・』」
「やめてって言ってるでしょ!!この蟹!蟹!!」
「いていて、グーで殴るなグーで。何だっけな、『おとなになったら・・・』」
「もーーー!!黙れって言ってんでしょーー!!」
をおちょくりながら逃げていくデスマスクと、拳を固めて追いかける。
『聖域笑点』は、司会が居なくなったせいでうやむやの内に幕を閉じた。
後日、一同は沙織に感想を求められたが、曖昧に言葉を濁すしかなかった。
異文化コミュニケーションが、只の『恥暴露大会』になったとは言えなかったからである。