CLOSE TO YOU




カツ、カツ、カツ。
悠然とした靴の音が、十二宮を次々と通り抜けていく。
金牛宮、双児宮、巨蟹宮、獅子宮を通り越し、更に上へと。
だがその音は、処女宮の通路で不意に止んだ。


「あっ、ムウ!」

石畳に響く靴の音に気付いたが、それまでの会話を止めて手を振ってくる。
その屈託の無い笑顔に応えるような微笑を浮かべて、ムウは再びゆっくりと歩を進め始めた。

「おや。ここに居たのですか。」

白々しく声を掛けたが、本当は大体見当がついていた。
このところ、はシャカと居る事が多い。
有り得ないと分かってはいるが、それでも少し勘繰ってしまう程に。

「うん、シャカとお喋りしてたの。」
「そうですか。」

ちらりと視線を向けた先には、の会話の相手であるシャカが居る。
掴み所のない端整な顔に、薄らと微笑さえ浮かべて。

「何処に行くのかね、ムウよ。」
「サガに用があるのです。通して貰いますよ。」
「うむ、構わん。」
「執務の事?今日は休みじゃなかったの?」
「ええ。聖衣の修復の事で少し。」

古の時代から牡羊座の聖闘士のみに伝承されてきた門外不出の技術には、高度な技術と卓越した精神力が要求される。
それ故、聖衣の修復を手掛ける際には、ムウは誰をも近寄らせない雰囲気を放つ。
それは恋人であるも良く理解していて、作業の最中は決してムウの邪魔をしない。

心置きなく作業出来る環境であるのは、心から有り難いと思っている。
思ってはいるが。


「では。」
「はいは〜い、またね〜!」

ムウはそれ以上何を言うでもなく、素っ気無いとすら思えるような態度で、とシャカの横をすり抜けていった。
そのすぐ後、二人の会話が再開される。
の楽しそうな声はいつもの事だが、珍しい事に、シャカの声まで心持ち楽しげに聞こえる。
他愛のない二人の会話を背中で聞きながら、ムウはその柔らかな微笑を崩す事なく処女宮を去った。


感情を顔に出さない事は得意な方だ。


そう、その微笑の下にある、ムウの本当の表情を知る者は、誰も居なかった。







「ご馳走様でした。」
「私もお腹一杯!ご馳走様でしたっと!ねえ、美味しかった?」
「ええ、とても。」
「ふふ、有難う〜。お茶飲むでしょ?」
「はい。」

が甲斐甲斐しく茶を淹れているのを、ムウはじっと見つめていた。

今日もいつもと何も変わらない、幸せな夜だ。
温かい食事の味も、この穏やかで静かな部屋の空気も、何もかも。
それに、今日は殊更良い夜である。
貴鬼が少し前から日本に居る星矢達に会いに行っており、何も気にする事なくと二人の時間が持てる。

なのにムウの気持ちは、何処かすっきりと晴れなかった。



「・・・・・・・昼間」
「昼間?」
「随分楽しそうでしたね。シャカと何を話していたのですか?」
「何って・・・・・・、ただの世間話よ?」

は微笑みながら、ムウにカップを差し出した。

「世間話、ですか。」
「うん。暇だったし、誰かとお喋りでもしたいなあと思って。そしたら丁度シャカも暇だって言うから。」
「私が話相手では不満ですか?」
「そんな事ある筈ないでしょ!ムウが『今日は修復作業がある』って言うから遠慮しただけじゃない!」

は可笑しそうにころころと笑った。

「なぁに、もしかして焼きもち?あははっ、信じられないわ!」
「何故?」
「だって、ムウが嫉妬なんて考えられないもの!」
「考えられないのは、シャカの方ですよ。」
「シャカ?シャカの何が?」
「あのストイックで気難しい男が、瞑想も何も放り出して他愛のない世間話に付き合うとは・・・・・、少し前までの彼なら考えられもしない事です。」
「そうなの?」
「ええ。私の知る限りでは。」

ムウは茶を一口飲むと、の手首をそっと掴んだ。

「きっと貴女がそうさせているんですよ、。」
「どういう事?」
「彼はきっと、貴女が好きです。」
「まっ・・・・・、まさかぁ!!」

はぎこちなく笑って、やんわりとムウの手を解こうとした。
だが、ムウはそれを許さなかった。
それどころか、細い手首を掴む手に益々力を込めて、己の方に引き寄せる。


「ちょ、ちょっとムウ・・・・・・」
「まさか貴女も彼を好きだなどとは・・・・・・、言いませんよね?」
「そ、そんな事ある訳・・・・・・」
「ならば、それが本当かどうか確かめさせて貰いましょう。」
「きゃっ・・・・・・・・!」

ムウは柔らかな微笑を浮かべると、彼にしては珍しく力に物を言わせて、を己の胸に引き摺り込むや否や、軽々と抱え上げた。







「ちょっと!何処に連れて行く気!?」
「暴れると落ちますよ。気をつけて。」
「そうじゃなくて!何処に行くのって訊いて・・・」
「ベッドですよ。リビングの床では余りに味気ないですからね。それとも、その方が良かったですか?」
「なっ・・・・・・・!」

さほど広いとは言えない室内だ。
そうこうしている内に、ムウはもう寝室に足を踏み入れている。
抵抗する暇もなくベッドの上に投げ出され、は呆然とムウの顔を凝視した。



「ど、どうしたの!?今日は変よ、ムウ!?」
「おやおや、随分ですね。変という事はないでしょう。」
「だって、まだご飯食べ終わったばかりじゃない!いつもこんなに焦る事なんか・・・・」
「焦りもしますよ。貴女みたいな隙だらけの女性を恋人にすれば。」

ムウは薄く笑うと、に覆い被さってその唇を塞いだ。

「んっ・・・・・・!」

ムウはいつも冷静だ。それこそ、情事の最中でさえ。
だからこそは、ムウらしからぬこの強引な口付けに驚かずにはいられなかった。

「んぅっ、んっ・・・・・・!っはぁッ・・・・・!」
「・・・・・・申し訳ないと思っているのですよ、これでも・・・・・」
「何・・・が・・・・・・?」
「ろくに貴女と触れ合う時間を持てない事を。」

ゆっくりと唇を離したムウは、の瞳をまっすぐに覗き込みながら言った。


聖衣の修復で作業場に缶詰めになるのも、貴鬼が二人の周りを無邪気にうろうろするのも、どちらも仕方のない事。
二人の時間の邪魔になるからと、己の本分である聖衣の修復を投げ出す事は考えられないし、
弟子を放り出す事も有り得ない。
そんなムウの状況を良く理解して、恋人で居られる時間の少なさに不満など漏らさないには、いつも感謝していた。
そして、いつも申し訳なく思っていた。



「そんな・・・・・、別に私は・・・・・・・あっ・・・!」
「けれど、あんまりだとは思いませんか?」
「な・・・・にが・・・・・?」
「私がこんなにも貴女を愛しているのに、同時に他の男まで虜にしてしまうなどと。」
「そんなっ・・・・・!そんな事な・・・・っん、あッ!」

首筋を強く吸われ、は小さく身体を震わせた。

「私・・・・・、ムウが思ってるような事・・・・・・、してないよ・・・・・・!」
「ふふ、さて、どうでしょうか。」

ムウは優しげな微笑を浮かべながら、の服に手を掛けた。







何といってもやはり恋人同士。
ここまでくればもう拒む事もなく、は大人しくされるがまま、ムウの手によって肌を現した。


「貴女とこうして肌を合わせていると・・・・・」
「んくっ・・・・・・!」
「私も只の男なのだと思い知ります。」
「あぁっ・・・・・!」

屹立した膨らみの先端を強く吸われ、ショーツ越しに秘部を撫でられ、は切なげに身を捩った。
出来る事なら、ムウの話にちゃんと耳を傾けたい。
だが、今のにはそれが出来なかった。
それに、ムウも返事を期待するような素振りはなく、まるで独り言のように呟くだけで、愛撫を止めようとはしない。


「貴女は、私が嫉妬するなど考えられないと言いましたが・・・・・・」
「あっ・・・・・・・」

ムウはのショーツを摺り下げると、秘裂を直になぞり始めた。

「私にだって人並みの感情ぐらいはあります。たとえば、貴女のこの身体・・・・・」
「あ・・・、はんッ・・・・・・!」
「誰にも触れられたくないと思う程度にはね。」
「あっう・・・・・!」

じっとりと湿ってきた秘裂の中心に中指を沈めると、其処はまるで意思があるかのように纏わりついてくる。
その柔らかい抵抗を押し返すように、ムウは指の抜き差しを繰り返した。


「あ、ふっ・・・・・!っう・・・・・・・!」
「流石に、私の知らない貴女の過去にまで嫉妬する事はありませんが・・・・・」
「あっ、あっ・・・・・・!」
「『今』なら話は別です。貴女とシャカの横を、いつも私がどんな気持ちで通り過ぎているか・・・・、知っていますか?」

ムウはの潤んだ瞳を覗き込みながら、中指を泉に深々と突き立てたまま、親指で花芽を弾いた。

「あんっ!」

此処は、の最も強い性感帯である。
は甘く鋭い声を上げて、ムウの指を強く締め付けた。


「あっん・・・・、あァッ!駄目、ムウ・・・・・・!」
「何故ですか?好きでしょう、此処?」
「違っ・・・・・、話・・・・・、訊いて・・・・・!」
「はい、何でしょう?」

ムウはその優しい微笑を消さず、愛撫の手も止めず、小さく首を傾げた。

「私・・・・・、違っ・・・、あぁん!本当にただ・・・・、喋ってただけ・・・・・!」
「本当に?」
「本当よ・・・・!私、本当にそんなつもりじゃ・・・・・」
・・・・・・」

はまるで、取り返しのつかない事をしてしまったとでもいうように、涙ぐんだ瞳をまっすぐムウに向けた。

確かに嫉妬はしていたが、そもそもは己にだって非があるのだ。
それに、の事も信じていた。
の態度は、心変わりなどした女の取る態度ではない。
の愛は変わらず、己に向けられている。
それをムウは良く自覚していた。

ただ少し面白くない気持ちを、知らしめたかっただけなのだ。
浮気だなどと深刻に捉えて、泣かせる程責める気は毛頭無かった。



「・・・・・、泣かないで下さい。私が少し言い過ぎました。」
「ムウ・・・・・・・」
「けれど、今後は貴女ももっと良く自覚して下さい。」
「え・・・・・・?」
「貴女が他の連中と付き合いをするのに文句を言う気はありませんが・・・・・、少しは自分の立場を弁えて行動して頂かないと。」
「立場?」
「貴女は、この私の恋人です。私達の間に、むやみに他の者が入り込む隙を作らないように。」

いつも冷静で感情的になる事のないムウの、密やかな束縛。
ムウの口から、このような言葉を聞いたのは初めてだった。
一瞬呆気に取られた後、自然と口元が綻ぶ。

「・・・・・ふふっ、そんな事・・・・・、分かってるわよ・・・・・。」
「ならば良し。」

ムウは小さく笑うと、の目尻に溜まった涙に唇をそっと押し当てた。







中途半端に絡まっている衣服を全て脱ぎ捨てて、しっかりと抱き合えば。
こうして二人が一つになれる時間が、一番幸せだと感じる。

「あっ、あぁッ!あんっ、ムウ・・・・・・・!」
「っ・・・・・・・、・・・・・・・」

一分の隙もない程深く繋がって、手と手を絡めて。
互いの胸から、心臓の鼓動が伝わってくる。

「いつも・・・・・、こうして居られたら・・・・・、良いのですが、ね・・・・」
「あっん・・・・・、ふふっ、そんなの・・・・んっ、無理でしょ・・・・・?」
「ええ、ですから・・・・・・」

ムウはの首筋に垂れている髪を払いのけて、耳元に囁きかけた。

「気持ちだけはいつも・・・・・」
「あっ・・・・・・・!」
「それから、今宵はずっと・・・・・・・」
「んっ・・・・あ・・・・・っ・・・!」

深く身体を刺し貫く楔と、耳に吹き込まれる熱い吐息、そして。
ムウにしては珍しい程の情熱的な言葉に、身も心も蕩かされる。

「あ・・・・・はっ・・・!・・・・・ふふっ、恋人、だもんね・・・・・?」
「ええ、恋人、ですからね・・・・・・」



己の瞳に互いの笑顔だけを映して、二人は深く深く、夜に沈んでいった。




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後書き

『ムウとのラブラブ裏夢』というリクエストでお届けしました。
とにかく甘いのをご希望との事でしたが・・・・・、ちゃんとそうなってますかね(汗)?
本番中途半端で終わってるし(笑)。
『シャカとヒロインの仲が良いのに嫉妬するムウ』というポイントは
何とか押さえられているかと思うのですが・・・・・・。
リクエスト下さったハルゴン様、有難うございました!
こ、こんなのになっちゃって済みませんでした(謝)。