Bye−Bye, Darling




いつからか昂り寄り添うようになった気持ちは、またいつしかすれ違い始めて。
満ちていた潮が静かに引くように、気付けばもう、遠くへ流れて行ってしまった。


思い出という名の貝殻を、過去という名の波打ち際に残して。












なんて言やぁ聞こえは良いが、別れた直後なんてひたすら気まずいだけだ。
そのまま二度と会えなくなるならまだしも、これからも顔を突き合わせ続けるとなると尚更。
これから俺達は元の通り、只の隣人になる。
その手始めとして、俺達は今、互いの荷物を片付けていた。



目の前の小山は、の家に置いてあった俺の物と、俺の宮に置いてあったの物。
それを仕分けているは、既にふっきれたみてぇに淡々としている。


「この歯ブラシはもう要らないからポイ、と。着替えは全部持って帰るでしょ、化粧品と洗顔も持って帰る、と。」
「その洗顔クリームは置いてってくれよ。なかなか具合が良いんだ。」
「嫌よー。これ高かったんだから。欲しいなら買ったら?」
「んじゃあ後で金払うから、今度買って来てくれや。」
「い・や。私もうデスの世話焼き係じゃないのよ。面倒事を押し付けないで。」

俺からプイと顔を背けて、はまた小山を掘り返している。
俺がいつお前を世話焼き係にしたんだよ、と言いかけて結局言えなかったのは、それを否定出来そうになかったからだ。に甘えていたのは確かだったしな。
たとえくどくどと言葉を連ねて弁解しても、それは無駄な抵抗ってもんだ。

別れると決めた今になっては、な。



「あ、そうだそうだ。これ家にあったデスの剃刀。まだ使えるけど、どうする?」
「何が『使える』だよ。お前よくそれムダ毛の手入れに使ってただろ?」
え゛っ、何で知ってるの!?
知らいでか。お前のやる事なんざ俺には全部お見通しなんだよバーカ。」

何の気なしに言っちまった言葉が、言った張本人である俺の胸にチクリと刺さった。

ちょっとストーカーチックだったか?・・・・・っていやいや、そうじゃねぇ。
未練がましく聞こえなかったか、それがちょっと気になっただけだ。
だから俺は、が何かしらの反応を示す前に畳み掛けるように悪態をついた。


散々腕やら脚やら腋やらを剃った剃刀で、髭剃る気になれるかよ。」
腋なんか剃ってませんーー!!私、腋は抜く派なの!!」
「んな細かい事ぁどうだって良いんだよ。とにかく使うなり捨てるなり、そっちで適当に処分してくれや。」
「あっそ。じゃあそうさせて貰うわ。」

ツーンと澄ました顔をして、は自分の鞄にその剃刀も含めた荷物を詰め始めた。
さてはそれ、まだ使う気だな。
つっても、別に俺との思い出に浸りたいとかそんな意味じゃなくて、ただ単に毛が良く剃れるから、って理由で。
全く、女ってのは妙なとこ現実的でガックリくるぜ。



だってよ、もし俺との思い出が惜しいせいなんだったら、一つ残らず持って帰るだろ?
だが、お前は要らない物は容赦なくゴミ袋にぶち込んでいる。
俺の宮で使っていた歯ブラシも、縁にヒビの入った古いマグカップも、全部なかった事にされていく。
大人しそうな顔して、割と鬼だなお前。
終いにゃ喧嘩ばかりだった俺との思い出なんて、お前はちっとも惜しくねぇってか。


一方的に葬られてばかりなのは悔しいから、俺も要らねぇ物はどんどん捨ててやった。
お前の家に置いておいた歯ブラシも、殆ど中身のなかった整髪料も、お前が『マッパで私のベッドに寝るな!』って煩ぇから仕方なしに買ったパジャマも全部。


次々と、ゴミ袋の中に葬っていく。
今までの二人の思い出ごと、全部。
それを捨てる場所にしちゃ色気ねぇけど、現実はこんなもんだ。















「さあ、片付け終了っと。じゃあ私帰るね。」
「おう。」

もうフィルターぎりぎりまで短くなっていた煙草を揉み消して、また新しい一本を咥えながら、俺もに付き合って立ち上がった。


「貸せよ、荷物。下まで持ってやるから。」
「あーら結構よ。今更優しくしてくれなくても。」

今度はが、テメェで言った言葉にハッとする番らしかった。

俺は別にを冷たく扱った事はねぇ。いつだって俺は俺なりに優しくしていたつもりだ。
多分それは、にだって伝わっていたと思う。
だからこそ、失言だったとばかりに口を噤んだんだろうよ。
ただ俺は、の望むような男にはなれなかった。
の望むような事を言ったりやったりは出来なかった。

ただそれだけの話だ、と思う。


「・・・・・・・・ごめん。じゃあ・・・・・お願い。」

おー珍しい、お前にもそんな素直さがあったんだな、と思ったが、よく考えてみればそりゃ違う。
は別に元々がへそ曲がりだった訳じゃねえ。元は素直な女だ。
それが色々意地を張って強がっている内に、終いにゃとうとうテメェでも引っ込みがつかなくなっただけなんだろう。


「・・・・・・・・おう。」

今更二人の関係を冷静に分析出来るようになった俺と、今更素直になった
二人して今更こうなんだから、もう笑うしかなかった。















切々と思い出を語るには短すぎるし、だんまりを決め込むには長すぎる距離を歩きながら、
俺は話す内容を一つに絞って口を開いた。


「・・・・・・なあ。」
「何?」
「駄目元で言うけど・・・・・・・、俺ら案外、まだやってけんじゃねぇか?」
「何でそう思うの?」

まっすぐに俺を見つめてくるの瞳に一瞬たじろぎながら、俺は努めて涼しげな顔を作った。


「いや、一応別れたってのに、こうして顔突き合わせてても案外普通だろ?」
「そうね。案外普通よね。でも・・・・」
「分かってる。それとこれとは別だって言いてぇんだろ?駄目元だって言ったじゃねぇか。」
「ふふっ、分かってるならそういう事言わない!」
「ちょっと言ってみただけだよ、ちょっとだけ。」

ハハハと笑った自分の声が、少し乾いて聞こえる。
も苦笑いしてくれたのが救いになったぜ。真顔になられたら恥かくところだった。
だがほっとしたのも束の間、は急に神妙な顔付きになって、ワケの分かんねぇ事を口走り始めた。


「過ぎたるは及ばざるが如し。」
「は?何言ってんだお前?」
「って諺があるの。日本には。平たく言うと、いきすぎは却って良くないって意味。ちょっとズレてるかもしれないけど、これってデスと私にぴったり当て嵌まるな〜と思って。」
「いきすぎ・・・・・・か?」
「そう、いきすぎ。」

意味分かんねえよ。
と突っ込もうとしたら、はまるでそれを予測していたかのように、言葉を継ぎ足してくれた。



「私達って、付き合う前はなんか凄く良い関係だったじゃない?」
「・・・・・ああ、まあな。」

言われてみれば確かに。
ヤれる女は沢山ストックしていたのに、ヤらせてくれねぇと居る方が楽しかった。
俺の中では有り得ねぇ話だった。


「でも、そこで盛り上がってつい一線を越えてしまったばかりに、却ってつまんない喧嘩が増えて、折角の関係が崩れちゃったでしょ?」
「・・・・・・だから『いきすぎ』、か。やっと意味が分かったぜ。」
「なんか納得出来るでしょ?ここんとこずっと色々考えていて、ふとこの結論が出たのよね。『ああそっか、デスと私って、いきすぎちゃ駄目なんだ!』って。そしたら妙にスッキリしちゃって。」

どうでも良いけどお前、それニコニコ笑って言う事か?
普通女ならよー、失恋したら泣き暮らしそうなもんじゃねぇか。
マジお前が何考えてんだか、俺にはビタイチ分かんねぇ。



「だから・・・・・・、できればまた・・・・・、前みたいな関係に戻れたら・・・・・・、良いと思わない?」
「保証はしねぇぜ。」
「うん、分かってる。駄目元で言ってるから。あくまでも私の理想を言ったまでよ。」
「・・・・・・・・どうだかな。」

お前の言ってる事は分かった。
けど、『分かった』ってのと『同感』ってのはまた別だ。
つまり俺は、お前の言う結論を分かりはしたが同意はしてねぇって事よ。
ついでに言うと、その理想の実現を邪魔する厄介なものがある事に、お前は気付いてねぇようだ。

人間にはな、『未練』ってモンがふと湧く事があるんだぜ。




「デス・・・・・?」

きょとんと首を傾げているお前を見ていたら、苛立ちにも似たそいつは、早速ふつふつと湧いてきそうになった。
今ここで強引にキスでもぶちかましてやれば、お前の分かったような屁理屈なんざ、多分一瞬で何処かへ吹き飛ばしてやれるって自信はある訳だが・・・・・・・・・


マジでヤっちまうか?
どうせしくじったって、これ以下の惨事は起きねぇ訳だし。
ここは一発、駄目元で。





「・・・・・・・最後だから、許せよ?」
「え?何、な・・・・・・んっ・・・・・!?」

『もう二度と出来ねぇから』という名目で、俺は目一杯の唇を奪ってやった。
ホント言うと、これでの奴ぁコロリと参っちまうだろう、なんて半分本気で思ってる訳だが、あくまで名目は『最後のキス』だ。


「・・・・・お前の希望が叶うかどうか・・・・・、俺は保証しねぇからな。」

万が一にもが顔を真っ赤にしてキィキィと怒り出さない内に、捨て台詞を一つ。
それから俺は、何食わぬ顔をして自宮へと戻った。
は、追っては来なかった。

















が追って来たのは、俺が巨蟹宮に戻って暫くしてからだった。
こうなったら、追って来たというよりは出直して来たって感じか。


「おう、どうしたよ?」
「うん、ちょっと・・・・・・・」

は手を後ろで組んだりしながら、気まずそうな顔でモジモジとしている。
怒り狂ってブン殴りに来た訳じゃなさそうだな、ホッとしたぜ。


「・・・・・・さっきの今で気まずいんだけどさ・・・・・・・」
「・・・・・・・取り敢えず上がるか?」

さすが俺様。実にスマートな誘い方。
こうしてさり気なく、笑ったり茶化したりしねぇであくまでもさり気なく、チョイ真顔で受け入れ態勢を取ってやりゃ、デリケートな女心は傷つかず、コトもスムーズに運ぶってもんだ。


「入れよ。」
「・・・・・・・良いの。すぐ済む用事だから。」

はそう言って、俺に小さな紙袋を差し出した。





「・・・・・・何だこれ?」
デスのパンツ。私の家にまだもう一枚残ってたの。だから返そうと思って。」

なぬ?
パンツだと?
さっきの展開の後でわざわざやって来ておいて、その用事が忘れ物のパンツを届けに来ただと?






パンツぅ!?!?お前その為に来たのか!?」
「そうよ。」
「そうよって・・・・・・・、さっきのキスの事とかじゃねぇのかよ!!!

声の限りに突っ込んだ俺に、はまた気まずそうな顔をしてみせた。


「だって、最後だから許せって言ったのデスじゃない・・・・・。」
「そ、そうだけどよ・・・・・・!」
「だから不問に付す事にしたんだけど、なぁに、怒った方が良かったの?」
「いや、そうは言ってねぇけどよ・・・・・・」
「じゃ、私はこれで。」


気まずそうながらも飄々と去っていくの後姿に、俺は暫し釘付けになった。
見惚れてんじゃねぇよ、呆れてんだよ。

それから貰った袋を開けてみたら、ハイハイ確かに。
このグレーのボクサーパンツは確かに俺のだよ。
どっちかってーとお気に入りの一枚だよ。届けてくれてありがとよ。




取り敢えず一言。







鬼かテメェは。
終いにゃ泣くぞ、コラ。




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後書き

うーーん、見事に意味不明!
取り敢えず、ヒロインが結構ドライな感じになりましたね(笑)。
ギャグタッチの明るい失恋話を書きたくなったのですが、
何だかよく分からない仕上がりですな、アッハッハ。(←笑って誤魔化せ)