外からバタバタと足音が聞こえる。
迎えに出たいのは山々だが、俺はベッドの上で忙しないその音が室内に飛び込んで来るのを待った。
「ミロ!!」
「よう、。」
「『よう』じゃないでしょ!?怪我したんだって!?どこ!?」
血相を変えているに、俺は苦笑を浮かべて上掛けを捲り、右の太腿を指差した。
「ここ。ついうっかりして、シュラにイイ一撃を貰っちまった。」
「大丈夫なの!?骨とか神経とか、太腿には太い血管が通ってるし、深かったら大変・・・・」
「ははっ、そんな大怪我する程のドジは流石に踏まんさ!放っておけばすぐに直る。」
シュラと手合わせの最中に負ってしまった怪我だ。
全く痛くないと言えば嘘になる。
だが、この程度の怪我ぐらい何という事はない。
それより余程酷くやられているのは、心臓の方だ。
「放っておけばって、まさか手当てしてないの!?」
「まさか。ちゃんと手当てはしてあるさ。何ならズボンを脱いで見せようか?」
「い・・・いいわよ!!全くもう・・・・」
からかってズボンのウエストに手をかけた俺を止めるの、頬が少し色付いている。
その表情や触れた手の感触、側に居るとこうしてふわりと漂ってくる甘い香り。
こんな事の一つ一つが、心臓の鼓動を高める。
高まりすぎて、麻痺でもしそうな程だ。
「でも良かった、大丈夫そうで。」
「心配してくれたのか?」
「当たり前でしょ!?吃驚して慌ててすっ飛んで来たんだから!」
またそういう事を言う。
そんな優しい、脈のありそうな事を言われたら、尚更治まりがつかなくなるだろう。
この何とも言えない息苦しさに比べたら、怪我の痛みなど無いに等しい。
「本当か?そりゃ嬉しいな!怪我して良かった!」
「何馬鹿な事言ってるの!それよりさ、何か欲しい物とかある?」
「欲しい物?何でも良いのか?」
「大金とか言わないでよ?私が用意出来る物だったらね。」
そう言っては笑う。
金なんか要らない。
そんなもの、いくらあったってどうしようもない。
手に入れて満たされると思えるのは、だけなんだから。
「ミロ?どうしたの?」
「ああ、いや、何でもない。そうだな・・・、取り敢えず腹が減った!朝食ったきり何も食ってないんだ。」
「あはは、OK〜!じゃあお昼作るね!」
キッチンに行くを見送って、俺は溜息をついた。
料理をしている間のほんの僅かな時間さえ、顔が見えないのが辛い。
だからといってキッチンまで追いかけたところで、きっとに叩き出されるだろう。
『怪我人は大人しくベッドに居ろ』とか何とか言われて。
ここは暫しの我慢だな。
もう既に、あらゆる症状が出てる。
の声が聞きたい、顔が見たい。
話していると楽しくて仕方ない。
こうして二人っきりになれた時なんか、楽しいを通り越してハイになっている。
そんな時の浮かれようときたら、熱が出たなんてもんじゃない。
これが恋じゃなけりゃ何だっていうんだって程、典型的な症状ばかり。
相当重症だな、俺。
「お待たせ〜、出来たよ!」
「サンキュー!おお、美味そうだな〜!」
別に何て事はないのに、足を怪我している俺を気遣って、は食事をベッドまで運んできてくれた。
トレーの上には、出来たてのピラフとカット済みの林檎の皿、水の入ったグラスが載せられている。
俺は病人じゃなくて怪我人だから、食欲は些かも落ちていない。
ベッドのサイドテーブルに置かれたトレーから漂うその美味そうな匂いに、これでもかという程食欲が刺激される。
俺はその迸る食欲に任せて、てんこ盛りのピラフや綺麗に切り揃えられた林檎を次々と口に運んだ。
「ごちそうさん!美味かった!」
「そう、良かった!」
皿のものを綺麗に食べ尽くし、水まで全部飲み干した俺に、は嬉しそうな笑顔を向けた。
最初はとにかくこの笑顔が見たかった。
段々それだけでは飽き足らなくなって、次は手や髪に触れたくなった。
でももうそれでも満足出来なくなってきている。
次は抱き締めてキスしたい。
こんな風に『もっともっと』と求めてしまうのだから、もう完璧な中毒状態だ。
「あ、そうだミロ。」
「何だ?」
「薬とか飲まなくて良いの?要るんだったら用意してくるけど。」
「薬?」
たかがこの程度の傷で飲む薬なんか何もない。
一瞬そう言いかけたが、ふと思い留まって止めた。
薬など必要ないが、用意してくれるのなら有難く貰おうじゃないか。
鎮痛剤なんかよりよっぽど効く、にしか作れない特効薬をな。
「そうだな、じゃあ頼もうか。」
「おっけー。何処にあるの?」
「取り敢えずこっちに来てくれ。」
「何?」
手招きした俺に素直に従い、はベッドに腰を掛けた。
俺はその腰を抱き寄せ、を自分の身体ごとベッドに横たえた。
「なっ、何するの!?ちょっとミロ!?」
「薬、くれるんだろ?」
「だからそれがどうしてこうなるの!?」
「薬はのキスだって言ったら・・・・、どうする?」
俺の上でさっと頬を赤らめる。
どうもこうも選択の余地など与えるつもりはないが、の反応が見たくて訊いてみた。
うろたえながら抵抗するか、冗談だと笑い飛ばすか。
どう出る、?
「どうって・・・・、そんなの薬じゃないでしょ?私が言ってるのは痛み止めとか化膿止めとかの事で・・・」
「そんな物よりのキスの方がよっぽど効くさ。キスしてくれたら、こんな傷一瞬で直る。」
「そ、そんな訳ないでしょ・・・」
思ったより良い反応だ。
多少身じろぎはするが、抵抗と呼べる程ではない。
もし本気で嫌がられていたら冗談の振りをするしかないところだったが、この様子だと十分脈がありそうじゃないか。
そう思ったら、俺は本気で自分自身が止められなくなってきた。
ゆっくりと寝返りを打って、体勢を逆転させて。
もうこれで逃げられない。
「ミロ・・・・?」
「どんな薬より、俺にとってはのキスが一番良く効くんだ。」
俺は、ゆっくりとの顔に自分の顔を近付けながらそう囁いた。
普段なら言う側から笑い出しそうになるような台詞でも、今は躊躇い無く言える。
も大マジな顔で組み敷かれて言われれば、流石に笑えず戸惑ったように目を泳がせている。
俺はの息吹が唇に触れる程、更に顔を近付けていった。
「そんな・・・・・・」
「嘘だと思うなら試してみろよ。ほら・・・・」
「あ・・・・」
俺はもう殆ど触れ合っていた唇を決定的に重ねた。
柔らかくて温かい感触がする。
少々強張っていたの身体が柔らかくなってから、俺はそっと唇を離した。
「・・・・ほら、治った。」
「・・・・嘘・・・・、治る訳ないでしょ・・・・?」
「嘘じゃない。だったら確かめてみるか?傷、触ってみろよ。」
「・・・・・痛くても知らないからね?」
は恐々と俺の右太腿に手を伸ばし、ズボンの上から包帯の分だけ少し厚みを増している部分に触れた。
丁度そこは傷のある辺りだったが、こんなに恐る恐るじゃあ痛みなんてまるで感じない。
「本当に痛く・・・・ないの?」
「全然。」
「何か私の方が痛いんだけど・・・・」
痛そうに顔を顰めて笑うに、俺はまたあの『中毒』症状を覚えた。
抱き締めてキスしたら、今度は一つに溶け合いたくなってきた。
我ながら本当に際限がないな。
少しでもうまくいけば、もっともっと欲しくなるのだから、もう始末に終えない。
もう一度軽くキスをして。
今度は首筋に顔を埋めた。
「ちょっとミロ・・・!?何してるの!?」
「嫌か?」
「嫌・・・・・っていうか・・・、その、あの・・・、ほら、足怪我してるんだし・・・・!」
「治ったって言ってるだろ?」
「や・・・・、ミロってば・・・・、あっ・・・・・」
確かに本当は治っちゃいないが。
ずっと惚れていた女をようやく抱けるって時に、痛みも何も感じる筈がないだろう?
そんなもの一瞬で吹き飛んでしまう程強力な薬を、今こうして手に入れたのだから。
少々中毒性が高くて、危険ではあるけどな。