D氏のある一日




午後一時。

窓から差し込む昼の光で目が覚める。
なに、遅すぎる?
生憎だな、俺の朝は太陽が真上を通り過ぎてからなんだ。





午後二時。

眠気覚ましにはブラックコーヒーが一番だ。
熱いそれをゆっくりと喉に流し込みながら、新聞に目を通す。
テロに天災、強盗、汚職。いつもながら景気の悪い記事ばかりだ。
ま、俺には関係ねぇけどな。
なに、聖闘士失格?
放っておいてくれ。
任務にならねぇ限りは関わらねぇ。そいつが俺のポリシーだ。





午後四時。

ようやく日も傾いてきた。
そろそろ支度を始めねぇとな。
今日は予定があるんだ。





午後五時。

熱いシャワーを浴びて、濡れた髪を掻き上げる。
ふと鏡を見れば、拭きそびれた雫が一滴、胸板を伝っている。
そいつを乱雑に拭って、代わりに甘くスパイシーな香水を一吹き。
自分で言うのも何だが、イイ男だ。
このマスクにこの身体。
女共が色めき立つ筈だぜ。





午後六時。

黒い革のジャケットに、愛用のジーンズを履いて。
トレードマークの銀髪は、今日もバッチリ決まってる。
もし俺が女だったら、間違いなく俺に惚れるな。
悪いな、。罪な男でよ。
だが、俺が惚れてるのはお前だけだからよ。
安心しな。





午後六時半。

を迎えに行く。
おーおー、嬉しそうに笑って。
そんなに楽しみだったか?そいつぁ光栄だ。
じゃ、行くか。





午後八時。

いつものバーのカウンターで、はもう少し酔った顔をしてる。
俺はまだまだ素面だけどな。
粋なR&Bが静かに流れて、時折グラスの氷がカランと音を立てて。
夜の始まりを告げている。

「見て、デス。」
「何だ?」
「皆デスを見てる。」

がちらりと視線を投げ掛けるのは、他の席に座っている女共。
ああ、言われなくても分かってるさ。
男連れでもそうじゃなくても、皆熱っぽい目で俺を見てやがる。

「本当にモテるんだね、デスって。」
「へっ、当たり前だ。今頃分かったか?」
「ちょっと褒めるとすぐこれね、この自惚れ屋。」

茶化して笑うの後ろで、一人の女が盛んにアピールして来ている。
真っ赤なルージュの唇を、自信有りげに吊り上げて。
そのこれみよがしの金髪も、長い睫毛の流し目も、確かに悩殺的だ。
私に落とせない男は居ない、そう言いたげだな。

ああ、確かにアンタは色っぽいよ。
けど、色気があからさま過ぎてくどいぜ。
悪ぃが、アンタ系統の女は抱き飽きてんだ。

「・・・・あの人、デスの事じっと見てるわ。」
「ああ、そうだな。」

も女の視線に気付いたらしく、そっちをちらりと見てから、俺の表情を伺い始めた。

何を気にしてんだ?
愛だの恋だの口にしなくても、俺の気持ちは分かってんだろ?
だからこうして、俺の誘いに乗ったんだろ?
俺だって、お前の気持ちは分かってる。
だから今夜、ケリをつけようじゃねぇか。


「返事してあげないの、色男?」

は口元だけで笑ってる。
俺は煙草の煙を吐き出して、小さく苦笑した。

妬いてるのか?
確かにあの女はの存在など全く気にしてねぇようだが、何も俺を試さなくても良いだろ?
全く、素直じゃねぇな。
けど、妬いた顔も可愛いぜ?

「・・・・馬鹿言ってんじゃねぇよ。」

苦笑交じりにそう呟いて、の肩越しにその女を見据える。
目が合ったその瞬間、女に不敵な笑みを見せて。

「・・・・・俺の連れはお前だろ?」

そして、を抱き寄せてキスしようとした。

「・・・・・駄目。」
「なんで?」
「人前なんて恥ずかしいから。」

近付けた俺の顔を押しやって、はにかみながらグラスに口をつける

「気にすんなよ。」
「駄目、気になるの。」
「ならもっと酔えよ。そうすりゃ気にならねぇだろ?」
「さあ、どうだろ・・・・?」

焦らせるねえ、お嬢さん。
だが夜はこれからだ。
付き合ってやるよ。





午後九時。

客も少し入れ替わった。
さっきの女ももう居ない。
店には相変わらずR&Bが流れ、の酔いもさっきより回ってる。
俺?まだまだ平気に決まってるじゃねぇか。
酒の弱いに合わせて、ゆっくり飲んでるんだからよ。

「ふ〜〜・・・・、酔っちゃった・・・・」

割と大きく開いている襟から覗く胸元が、薄紅色に色付いている。
少し上気した頬と潤んだ瞳も、妙にセクシーだ。

「お前、気付いてるか?」
「何を?」
「そこらの男共、皆お前を見てるぜ?」

どいつもこいつも、だらしなく締まりのない顔してよ。
下心が見え見えなんだよ。
ま、テメェら程度じゃこの俺様の足元にも及ばねぇがな。
いくら色目を使っても、無駄ってもんよ。

「本当?じゃあ私も満更じゃないって事かな?」
「へっ、何嬉しそうに言ってやがんだ。」
「もしかして妬いてる?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ・・・・・」

クスクスと笑うの顎を軽く指で持ち上げて、もう一度トライ。
今度は出来そうだな。

横目でちらりと周りの様子を伺えば、どいつもこいつもショックを受けた面をしてやがる。
は俺の女だ。
分かったらとっとと散れ、このヘナチョコ共が。

おっと、野郎だけじゃなく、女共も悔しそうな顔してるぜ。
悪いな、少し前なら相手してやれたんだけどよ。
今はこの通り、惚れた女が居るんだ。
俺程の男はそうそう居やしねぇし、諦めがつかないのも分かるが。
諦めて別の野郎を当たってくれ。



「おいアンタ。」

チッ、これからって時に何だよ。
お陰で折角のチャンスがパァ、はまたそっぽを向いちまった。
俺は声を掛けてきた男を、これでもかと殺気を込めた目で睨んでやった。

「何だ、テメェ?」
「連れなんか放っといて、俺と付き合わねぇか?」

ガラの悪そうな笑みに、が少し怯えたような顔をして俺に目で合図を送ってくる。
このブロンドの長髪野郎、いい度胸してんじゃねぇか。
男連れ、しかもテメェより100億倍イイ男を連れてる女に堂々と声掛けるなんてよ。

「怪我する前に失せろよ、このチンピラ。」
「デス、駄目よ・・・・」
「オネエちゃん、アンタは黙ってな。」

修羅場になるのを止めようとしたを押しのけて、長髪野郎は俺に近付いた。
フン、やる気か?
文字通り、あの世を見せてやるぜ。

「どうにもヤられてぇみたいだな?いつでも良いぜ、かかって来いよ。」
「フン、話が早ぇ。じゃあ早速場所替えだ。」

へぇ、ちっとは周りの迷惑考えてんだな。
良いぜ。お望み通り表に出てやる。

「デス、駄目・・・・・!」
「心配するな、。ちっとばかしここで大人しく待ってろや。で?お望みの場所は何処だ?」
「この先に良いホテルがある。そこでどうだ?」



なぬ?
ちょっと待て、この長髪野郎。
テメェもしかして、『MOHO』ってヤツか!?



「早く行こうぜ。俺、一目見てアンタに惚れたんだ。女なんか連れてても俺には分かる。アンタは男を虜にするアブねぇ奴さ。へへっ、早くアンタのマグナムが欲しいぜ・・・・・・」
ブッ・・・・・!

ねっとりした野郎の台詞に、が吹き出してやがる。
顔真っ赤にして笑い堪えてんじゃねぇよ!
大体、勘違いしてんじゃねぇぞこの変態野郎。
俺が言ったのは『ブチのめす』って意味で、『ケツ掘ってやる』って意味じゃねぇんだよ!!
アブねぇのはテメェの頭だ!!!
下らねぇ事で人の恋路を邪魔しやがって。
頭に来たぜ、どチクショウ。





午後十時。

店は次第に混んできた。
なに、さっきのブロンド野郎はどうしたって?
さあ、今頃黄泉比良坂にでも落っこちてんじゃねぇか?

とにかく、も良い具合に酔ったみてぇだし、そろそろ引き上げるか。
といっても、これで終了じゃねえぞ。
夜はこれからが本番だ。

「そろそろ出るか、?」
「ん・・・・、もう帰る?」
「・・・・偶には二人で朝帰りってのはどうだ?」

低い声で耳打ちしてやれば、は恥ずかしそうに睫毛を伏せた。
つまんねぇ馬鹿のせいで一時はどうなる事かと思ったが、ようやくムードが出てきたぜ。

「・・・・どういう意味?」
「そういう意味だよ。俺とじゃ嫌か?」

は目を合わせないまま、小さく首を横に振った。
ククッ、やっぱりお前もソノ気って訳だな。
そうこなくちゃ。
どっちかの家に戻っても良いんだが、邪魔が入る可能性を考えると帰らねぇ方が良いな。
何処かホテルに部屋を取って、そこでゆっくり・・・・・・、だな。


「・・・・やっと、だな、?」
「・・・・デス、あのね、私・・・・」
「分かってる。俺もお前も同じ気持ちだ。それだけ分かってりゃ、野暮な言葉にする必要もねぇだろ?」

そうさ。
ガキじゃあるまいし、『好きだ、付き合ってくれ』なんてクソ下らねぇ台詞は要らねぇ。
きっかけなんざ、言葉じゃなくても良いんだよ。

「違うの、そうじゃなくて・・・・」
「何?何が違うんだ?」
「あの・・・・・」
「はっきり言えよ。」

まさかその気じゃねぇなんて言わねぇよな?
さっき『嫌じゃない』って言っただろ?
ああ、まあ口で言った訳じゃねぇけどもよ。
とにかく、今更何だってんだ?

「あのね、私・・・・・」
「おう、何だよ?」
「耳、貸して・・・・?」

よっぽど言い難い事か?
まあ仕方ねぇ。腰ぐらいいくらでも屈めてやるよ。
さあどうぞ、これ位で良いですかね、お嬢さん?

「あのね・・・・・」



なぬ?
ちょっと待てコラ。
『アノ日』だと!?



「だから今日は駄目なの、ごめん・・・・!」
「・・・・・・・」
「・・・・・・デス?怒ってる??」

怒ってるよ馬鹿野郎。
そういう事は早く言いやがれ!
こちとらすっかりソノ気で盛っちまってんだよ!!

「テメェ、反則だぞソレ!」
「反則って何よ!仕方ないでしょーー!!」
仕方ねぇから反則だってんだよ!コイツの始末をどうつけてくれるつもりだ!?」
「知らないわよ!!腰突き出さないでよ!このスケベ!!
何だと〜〜!?
何よ〜〜!?

夜の街角で、しばしと睨み合う。
何て不毛な事してんだ、俺。



「チッ・・・・、仕方ねぇ。分かった、今日のところは諦めるしかねぇな。」
「うん。」
「だがな、終わったら即座に俺に報告しろよ。」
「何でよ!?」
終わり次第ヤるに決まってるからだろうが。お預け食わせた分、覚悟しとけよ?」
「なっ・・・・!」
「取り敢えず、手付けは頂くぜ?」

頬を上気させたの腕を掴んで、引き寄せて。
思う存分唇を吸ってやった。
あんまりやりすぎるとまた治まりがつかなくなって困るんだが、せめてキスぐらいしない事にはもっと治まらねぇからな。


「おい、いつまで呆けてんだ。行くぞ。」
「・・・・・どこ行くの?」
「何か食って帰って寝る。気が抜けたら腹減った。お前も腹減ったろ?」
「う、うん・・・・」
「じゃ、行こうぜ。」

の肩を抱いて歩きながら、俺はどっと押し寄せた疲れに襲われた。
ああもう、今日は終わりだ終わり!
じゃあな、あばよ。


なに、夜はこれからが本番じゃなかったのかって?
夜はクソして歯磨いて寝るもんだ。

・・・・・・・・・負け惜しみとか言うな。




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後書き

ふと思いついて書きました。
最初はハードボイルドな感じの蟹をイメージして、
渋甘系(←何?)に仕上げようと思ったのですが、
どうも性分なのか、下らない小ネタを挟まずにはいられないようです、私(笑)。
どえらい下品になりまして、失礼致しました(滝汗)!