アラクレクエスト・再




1990年2月のある日曜日。真島とは、大阪の電気屋街を訪れていた。
広く一般に普及してきたビデオデッキを、遂にの部屋にも導入しようという事になったのである。
大阪で電化製品と言えばこの街、ここでなら必ず良い買い物が出来ると、いつもより早起きしてまだ午前中の内にいそいそとやって来たのだった。


「どこ見る?」
「ん〜、そやなぁ・・・・・」

しかし、それにしても店が多い。
まるで飲み屋街の飲み屋の如く、電気屋ばかりがどこまでも軒を連ねている。
さてどの店に入ろうかと考えあぐねていると、ある店の前に行列が出来ているのに気が付いた。


「ん?何やあの行列?」
「え?ホンマや、何やろ?ちょっと行ってみよか?」

真島とはその行列に近付いて行った。近くで見てみると、大の大人から学生、子供までが混在する、不思議なパーティーだった。


「これ一体何の行列やろ?」

が口に出すと、真島が返事をする前に、行列最後尾にいた小学校高学年ぐらいの少年が答えた。


「え、お姉ちゃん知らんの?これアラクレの列やで。」
「アラクレ?」
「アラクレW!今いっちゃん話題の大人気ゲーム、アラクレシリーズの最新作や!」

ふと見ると、少年の側に『アラクレクエストW 〜しょっ引かれし者たち〜 好評発売中!』という宣伝看板があった。


「あ〜!そう言えば、うちの弟と妹も何やそんな話しとったなぁ!そうなんやぁ、これの事かぁ!」
「どうでもええけど物騒なタイトルやのう。ええんかこんなんで。」
「あ、でも今から並んでももう遅いで。整理券、ボクの分までしかないから。」
「「整理券?」」

訊き返した2人に、少年はコレ!と小さな紙片を誇らしげに見せた。


「これ持ってる人しか買われへんねん!ボクこれの為に、朝むっちゃ早起きして並びに来てんから!でももうこんだけ並んどったけどな。ギリギリセーフやったわー!」

よっぽど嬉しいのだろう、寒さと興奮でほっぺたを赤くしながら喋る無邪気な少年が可愛らしくて、と真島も思わず笑顔になった。


「良かったなぁ!頑張った甲斐あったやん!」
「うん!」
「お、行列動き出したぞ、坊。いよいよちゃうんか?」
「うん!でもボクお盆ちゃうで!人間やし!」
「いや分かってるっちゅーねん。ほなな。」

真島は少年の天然ボケに苦笑いしつつ、動き始めた人の波に乗ってゆっくりと進んで行く少年に笑って手を振るを促して、その場を立ち去った。
それから別の店を軽く覗き、ビデオデッキを幾つかチェックした頃には、そのアラクレの行列の事はもうすっかり忘れていた。
それを思い出したのは、ちょっともう少し他の店も見てみようと、再び街を歩き始めた時だった。


「か、返してぇや!返してぇやー!!」

子供の半泣きの声が聞こえてきて、真島とは顔を見合わせた。
何やら只ならぬ雰囲気を感じ取り、声のする方向へ行ってみると、人気の無い駐車場の片隅で、小学生ぐらいの少年が高校生ぐらいのヤンキー3人に囲まれていた。


「うっさいクソガキ!どつくぞボケ!」
「うっ、うぅっ・・・・!」
「どけやコラ!行こ行こ!」
「おう!へっへへへ、楽勝やったなぁ!」

ヤンキー共が歩き去って行った後に1人残されていたその少年は、さっきのアラクレの行列最後尾にいた子だった。


「あっ!なあちょっと、あの子・・・!」
「おお、さっきのガキやないか。」
「ちょっとボク!」

パンプスの踵を鳴らして少年に駆け寄るの後を、真島もすぐに追った。


「ボク!さっきアラクレの行列に並んどった子やろ!?どないしたん!?」
「あ・・・、さっきのお姉ちゃんと、怖いおっちゃん・・・・」
「誰が怖いおっちゃんじゃ。カッコイイお兄さんと言え。それよか何してんねんこんな所で?どないしたんや?」

と真島が問い質すと、少年はワナワナと口元を震わせてから、堰を切ったように泣き出した。


「うっ、うわぁぁぁん!!うわぁぁぁ!!」
「うおっ!何や何や、どないしてん!?」
「何があったん!?泣かんと言うてみ!?」
「うっ、ううっ、ヒック・・・・!ボ、ボクのアラクレ、と、と、盗られたぁ・・・・!うわぁぁぁん!!」
「盗られたって・・・・、さっきのヤンキーらに!?」

の問いかけに、少年は泣きながら何度も頷いた。


「アラクレ買うて、家帰ろうと思って歩いてたら、う、後ろからいきなり来て、ほんで、アラクレ買うたやろ、見とったでって、無理やり・・・・、うっ、ううっ、ううぅっ・・・・!」
「ええぇ!?何ちゅう事すんねんあの悪ガキら・・・・!」
、そのガキとちょっと待っとれ。」

真島は少年をに任せると、すぐにさっきのヤンキー共の後を追って駆け出した。
別に縁もゆかりも無い他所のガキを助けてやる筋合いは無いと言えば無いのだが、まだ犯人がすぐそこにいると分かっていて、むざむざ見逃す事もない。とっ捕まえてアラクレを取り返す位の事、やるかやらないか悩むまでもなかった。


「おい!そこのアホ共ー!ちょう待て!」

案の定、ヤンキー共はまだすぐ近くにいた。
真島が駆け寄って行くと、ヤンキー共はごんたくれな面構えで揃って振り返った。


「あぁん?」
「何やぁ?」
「お前ら今、そこの駐車場でガキからアラクレ盗ったやろ?返せ。」
「何やお前?あのガキのオトンか?」
「誰がオトンじゃ。そんな歳ちゃうわ。ええから早よ返せ。」
「はぁん!?」
「何言うとんじゃアホー!」
「ブッ殺すぞコルアーッ!」

ここから先は毎度おなじみの展開、真島はヤンキー共をあっという間に蹴散らした。


「う、うぅぅ、何やコイツ・・・・!?」
「ば、バケモンや・・・・!」
「強すぎやろ・・・・!」
「ほれ、早よアラクレ返せや。」

真島は倒れているヤンキー共から、少年のアラクレを取り返そうとした。
しかし意外にも、ヤンキー共はそこで漢を見せた。


「うぅぅ・・・・!あ、あかん!これは渡されへん・・・・!」
「ぜ、絶対渡さへんぞ・・・・!」
「こ、これだけは絶対、俺らの命に懸けても・・・・!」
「・・・はぁ?」

勇ましく漢を見せるのは結構だが、お門違いというか、状況がおかしいというか。
真島は思いっきり呆れながら、ヤンキー共の手元から電気屋の商品袋を取り上げた。中には確かに新品未開封のアラクレが入っていた。


「ん、確かに。無事で良かったわ。」
「ああっ!な、何すんねん!」
「ドロボー!」
「あぁ!?ドロボーはお前らやろがアホンダラ!」
「ぐえっ!!」

近くにいた奴の腹をもう1発蹴り上げてから、真島はヤンキー共を睨み下ろした。


「アホか!まだチン毛も生えてへんようなガキンチョから巻き上げたゲームで、なーにが『命に懸けても』じゃ!どんだけしょーもない命やねん!そこはせめて惚れた女ぐらいやないとカッコつかんのじゃこのションベン小僧共が!それとも何か?お前らもまだチン毛生えとらんのか、ああ!?」
「ちゃ、ちゃうねんて!ホンマに殺される位ヤバいねん!」
「どうしても今日中にそれが要るんや!」
「それ持って行かれへんかったら俺ら、ほんまタダじゃ済まへんねんて・・・・!」
「あぁ?」

最初は只のアホガキの寝言かと思ったが、それにしては怯え方がやけに深刻だった。
それはどういう事かと訊こうとした瞬間、が被害者の少年を連れて、真島の後を追って来た。


「吾朗!アラクレは!?」
「おう、取り返したで。」
「ホンマ!?やったー!」

少年は泣き濡れた目を途端に嬉しそうに輝かせて、真島からアラクレを受け取った。


「わーいわーい!ありがとうおっちゃーん!」
「お・に・い・さ・ん、な。もう盗られへんように、しっかり持っとけよ、坊。」
「そやからボクお盆ちゃうて!」
「そやから分かっとるっちゅーねん!そやのうて、『少年』って呼び掛けとんねやがな。えーいもうええわい、名前は?」
「ハルキ!」
「そうか、ハルキか。気ィつけて帰れや。」
「うん、バイバーイ!」

少年ハルキは嬉しそうに手を振り、踵を返した。
すると、その小柄な背中を、未練がましい声が必死に呼び止めた。


「ちょちょちょちょ待ってぇやー!」
「ちょーホンマそれ要んねんて!」
「ホンマ!なあ!!」
「何言うてんねんこのどアホ!!」

筋違いも甚だしい3馬鹿ヤンキーズに向かって、が目を吊り上げて怒鳴りつけた。


「要るんやったら自分らで買いーや!人から盗ったら泥棒やで!これで分からんのやったら警察突き出したろか!?」
「ちゃちゃちゃちゃ、ちゃうねんてちゃうねんてホンマ!!」
「人気すぎて、どこの店も予約しとかな買われへんかってん!」
「どこの店当たっても、次の入荷もいつになるか分からん言いよんねん!」
「だから何や!それが人のもん盗ってええ理由になるんか!ホンマどんだけクルクルパーやねん!」

はド正論で只々怒り狂うばかりだったが、真島にはひとつ閃いた事があった。


「・・・ほう。そうかそうか。ほな、売ったるわ言うたら買うか?」
『え?????』

その場の全員から点になった目で見つめられながら、真島はその閃きを口にした。


「ハルキ、幾らやったら売ったる?なんぼでも構へんで。言うたれ。3万か?5万か?」
「ええええーーー!!」
「ちょおーーーー!!」
「そんなぁーーー!!」

仮の提示額を聞いた瞬間、3馬鹿ヤンキーズは盛大に抗議の声を上げたが、真島はそれを鼻で笑い飛ばした。


「アホか。そんだけ手に入り難い『貴重品』なんや。それなりの値段すんのはこの世の常識やろが。」
「せやかてそんな金持ってへんもーん!」
「そんなん無理やぁー!」
「せめて定価にしてぇやー!」
「ダァホ!何が『せめて』じゃ!こちとらボランティアやっとんちゃうぞボケ!」

3馬鹿ヤンキーズとやり合っていると、がちょっと・・・と声を潜めて、真島の腕をつついた。何かと思って目を向けると、ハルキがしょんぼりとした顔をしていた。


「な、何や、どないしてんハルキ?」
「・・・・ボク・・・・、売りたくない・・・・」
「でもこいつらが10万で買うてくれたらお前、ものそい儲けになるんやで?アラクレも勿論また買えるし、他のゲームや菓子もぎょうさん買えるで?」
「え、ちょ待って何で10万なん?」
「値段上がってるし・・・」
「さっき3万て言うたやん・・・」

3馬鹿ヤンキーズが遠慮がちにツッコんできたがそれは完全無視で待っていると、ハルキは俯きがちに『それは分かってんねんけど、でもボク・・・・』とボソボソ呟いた。
でも・・・の続きを聞きたいのだが、それっきり、ハルキはまたしょんぼりと俯いて黙り込んでいる。早よ言えやとせっつくか、もう放っておくか、どうしようかと考えていると、がおもむろにハルキの肩を優しく抱いた。


「ハルキ君は今欲しいねんな?それ、今日発売日なんやろ?看板に書いとったなぁ。」

いつの間にそんなもんチェックしとったんやと驚き半分感心半分の気持ちでいると、ハルキは頷いてようやく顔を上げた。


「クラスの子、みんな前から予約してて、ボクだけ出来てなかってん。そやからめっちゃ色々調べて、さっきのお店の事聞いて、ほんで・・・。」
「そっか。そらどうしても今日欲しいわな。皆今日からやり始めて、明日にはもうクラス中、アラクレの話ばっかりになってるもんなぁ。」

がそう言うと、ハルキは理解者がいてくれたと言わんばかりの目でを見上げて何度も頷いた。
たったそれだけ、大人から見ればしょうもない理由だが、子供にとっては大事な事なのだろう。金銭的な利益よりも、ずっと。
考えてみれば、大人にだって金より大事なものはある。ただそれが、子供の頃よりもずっと少なくなってしまうというだけで。それに思い至らなかった自分の浅慮を反省して、真島はハルキの頭をポンポンと優しく叩いた。


「・・・そうか。そら悪かった。ついつい商売っ気出してしもたわ。堪忍な。」
「ううん。取り返してくれてありがとう、お兄さん。」

真島を見上げて笑うハルキの顔は、もう明るく晴れ輝いていた。
これにて一件落着、締めの一言を言い放つべく、真島は3馬鹿ヤンキーズを振り返った。


「ちゅー訳や。お前らは諦めて自力でどないかせぇ。ほなな。」
「ちょー待ってやーっ!」
「ほんだら俺らはどないなんねーん!」
「見捨てんといてくれやー!」
「どういう事よ?」

が問い質すと、3馬鹿ヤンキーズは口々に事情を話し始めた。


「いや・・・、実は俺ら、蒼天北高で番張ってて」
「まぁ自慢やないけど、この辺で俺らに勝てる奴はおらんっちゅーか」
「まぁぶっちゃけ、他のワルとはレベルが違うっちゅー感じで」
「アホか。お前ら全員一撃で俺に負けとったやろが。」

真島が1発ずつ脳天に拳骨をくれてやると、3人はそれぞれに悲鳴を上げたが、黙ろうとはしなかった。


「と、とにかく!俺らそんなんやから、こう、ヤバい筋の人とも繋がりがあって!」
「まぁ自慢やないけど、スカウトされてるっちゅーか、もう見習い状態みたいな!」
「まぁぶっちゃけ、春にはガッコ辞めてそこの組入る事決定みたいな!?」
「・・・・・で?」

低い声で続きを促すの顔は、マジだった。
空気も読まずにアホ全開の3人の身が思わず心配になるくらい、本気で怒っていた。


「いや、ほんでぇ、アラクレ手に入れて来いって組のアニキに言われたんや。」
「絶対発売日当日に持って来いって・・・・」
「出来へんかったらケジメつけさすからな、って・・・・!」
「・・・・アンタら、家族は?」

3馬鹿ヤンキーズはの突然の質問に拍子抜けしたのか、揃って一層の馬鹿面を晒した。


「へ?」
「や、まぁおるけど?」
「折角入った学校辞めてヤクザになる言うて、それ家族は賛成してんのか?」
「は?いや、まぁ、別に・・・・」
「たかがゲーム1つ、子供から巻き上げてでも持って来いっちゅうようなしょうもないドチンピラについて行って、先々ええ事あると自分ら本気で思ってんのか?」

ようやくの怒りが伝わったのか、3馬鹿ヤンキーズは気まずそうに黙り込んだ。
こいつらは何故自分達がこんな風に叱られるのか絶対に分かっていないが、真島には察しがついていた。
はきっと、こいつらに自分の弟を重ね、こいつらの家族に自分を重ねて見ているのだ。
出逢ったばかりの頃に比べると暮らし向きは格段に良くなっている筈だが、それでも今なお家族を支え続けているの心境を思うと、他人事なのに何をムキになっているんだと茶化して笑う気にはなれなかった。


「・・・・しゃあないのう。お前ら、そのアニキとやらはどこにおるんや?話つけたるから会わせろ。」
「「「か、片目の兄貴ィー!!!」」」
「誰が片目の兄貴じゃ、変なあだ名付けんなボケ!」

救世主でも見るような顔で縋りついてくる3馬鹿ヤンキーズを、真島はもう1発ずつしばいたのだった。














そこから程近い場所にある、とある喫茶店。
『アニキ』が待っているというのは、その店だった。
そこへ乗り込んで行くその前に、真島は後ろを振り返った。


「・・・で?何でお前までついて来んねん、ハルキ?」
「だって・・・」

真島の背後にはと3馬鹿ヤンキーズ、更には少年ハルキまでもがくっついていた。


「早よ帰ってアラクレやりたいんとちゃうんかい?」
「それはそうやねんけど、これはこれで気になるねんもん。何かおもろそうやし。」
「アホか、何がおもろいねん。」

自分の後ろにゾロゾロと出来てしまっている行列を見て、真島は溜息を吐いた。
別に面白くてこんな事をやっている訳ではない、というか、ビデオデッキを買いに来た筈なのに、何でこんな事をしているのか自分でも分からない。
が、もう今更しょうがないので、真島はパーティーをその場に残し、1人で喫茶店に入って行った。
店内にはマスターらしき爺さんと1人2人の客がいて、更にその面子の中でそれらしい風貌の男は1人だけだった。真島は迷う事なくその男に近付いて行き、その席の所で立ち止まった。


「・・・・何や、俺に何か用か?」

如何にもチンピラという風貌をしたその男は、煙草の煙を吐きながら、ジロリと真島を睨んだ。


「蒼天北高の3馬鹿のアニキって、自分の事か?」
「蒼天北高の3馬鹿?・・・・ああ、アイツらか。それが何や?」
「あいつら、アラクレ持って来ぇへんで。その事を伝えに来たんや。ほなな。」

真島はそう言い置くと、踵を返して店を出て行った。
この簡単な一言で納得してくれるとは、勿論思っていない。店内で揉めると店に迷惑が掛かるから、それを避ける為に男を外に誘い出したいだけだった。
狙い通り、男は真島の後を追って店を出てきた。パーティー、特にとハルキに危害が及ばないであろう間合いを保って、真島は男と対峙した。


「自分がどこのモンかは知らんけど、あんなションベン小僧共相手にケジメや何や言う方が組の恥やで。それもたかがゲーム1つの事で。」
「いやまぁ、別にそこの3馬鹿はどーでもええねんけど、アラクレはどうしても要るねんな〜。」
「それやったら再入荷待てや。」
「いや、どうしても今日要るねん。」

男はおもむろに、その剣呑な視線を3馬鹿ヤンキーズの方に向けた。


「お前ら何しとんじゃ?頼まれた仕事出来へんどころか、余計な面倒までかけくさりよって、タダで済むと思とんちゃうやろな?」
「す、すんません!」
「で、でも俺ら、アラクレは一応手に入れたんスよ、このガキから!」
「で、でも奪い返されてしもて・・・・!」
「あんたら!まだ言うか!」

は、我が身可愛さに余計な事を口走る3馬鹿ヤンキーズの頭を1発ずつ叩いてから、少年ハルキ共々まとめて背後に庇うようにして前に出た。


「こんな高校生相手に兄貴風吹かせて、恥ずかしないのアンタ?それとも、本職の極道のプライドも無いレベルのドチンピラなん?」
「・・・言うてくれるやないか、ネーちゃん。気ィ強い女は嫌いやないで?」

男は威勢良く啖呵を切ったに目を向け、獰猛な笑みを浮かべた。
まだ若いし、十中八九、ただイキっているだけのドチンピラである事には違いない。ただそれ故に、何をしでかすか分からない。同業の男や舎弟のヤンキー共ではなく、まず真っ先に非力な女子供に襲い掛かる事だって。
真島は男との間合いを更に詰め、その顔を鋭く睨み据えた。


「もういっぺん言う。大人しく再入荷を待てや。」
「再入荷も何も、今そこにあるやないか、ア・ラ・ク・レ。クククッ・・・・」

案の定、男はハルキの持っている電気屋の商品袋に目を付けていた。


「それ、貰ろてくわぁーーーっっ!」
「だいぶ高うつくでぇーーっっ!!」

威勢が良いのは結構だが、所詮は只のドチンピラ。真島の敵ではなかった。


「ほーれ言わんこっちゃない。だから大人しゅう再入荷待てっちゅうたんや。」

真島は倒れているドチンピラを呆れ顔で一瞥した。
しかし意外にも、ドチンピラはそこで極道の矜持を見せた。


「う、うぅぅ・・・・!そ、そうはいかんのじゃ・・・・!アラクレは・・・・、アラクレだけは・・・・、どないしても要るんじゃい・・・・!」
「どないしても要るって、たった1個のアラクレがそないに要るっちゅうんか?」
「ああそうや、親父の命令なんや・・・・!」
「商品として仕入れて来いっちゅう話やのうて?」
「ああそうや・・・・!」

ドチンピラはヨロヨロと立ち上がると、切実な表情で真島に訴えかけてきた。


「アンタも極道なんやろ!?それやったら分かる筈や、極道は親の命令が絶対、それが極道の掟・・・・!掟に背けば、過酷な制裁が待っとる・・・・!」
「・・・はぁ?」

極道の掟は知っているが、何かがズレているというか、とにかくショボいというか。
真島は思いっきり呆れながら、ドチンピラの頭を1発叩いた。


「アホか!たかがゲーム1個で何が『極道の掟』じゃ!大袈裟な!そういうのはもっとこう、シマ争いやらシノギの拡大やら、それなりの命令あってこその話やろが!それとも何か?お前んとこの組はガキのカツアゲみたいなしょーもないシノギしかしとらんのか!?」
「何やと!?天下の毬岡組をコケにしよったらブチ殺すぞおんどりゃー!」
「毬岡組?」

組の名前を聞くと、は突然キョトンとした顔になった。


「毬岡組って、マリオカ産業の毬岡社長とこの組?」
「な、何でうちの親父の事知っとんねん、ネーちゃん!?」
「何でって、毬岡社長、うちのお客さんやから。しかも今ちょっとツケ溜めてる困ったちゃん。」

真島にとっては初耳だったが、はシレッとそう答えた。
すると、ドチンピラの目が点になった。


「う、うちの店・・・・?」
「あ、私な、キタでクラブやってんねん。」
「ク、クラブ・・・・・」
「アンタがこの3馬鹿に危害を加えず、組にも引き込まず、ハルキ君のアラクレも盗らへんって約束するんなら、毬岡社長には私から口添えしたってもええで?アンタを咎めんといたってって。」
「あ、姐さあぁーーん!」
「誰が姐さんや!抱きついてくんな!」

ドチンピラは女神でも見るような顔になってに抱きついていったが、真島が阻むまでもなく、が自分でハンドバッグをフルスイングして撃退したのだった。
















更にそこから程近い場所にある、とある古いビル。
毬岡組の事務所があるというのは、そのビルだった。
そこへ乗り込んで行くその前に、真島は後ろを振り返った。


「・・・で?何でお前らまだついて来んねん!」
『だって・・・』

真島の背後にはとドチンピラ、そして3馬鹿ヤンキーズと少年ハルキがゾロゾロと列を成していた。


「ハルキ、お前早よ帰ってアラクレせんでええんか!?今頃クラスの連中皆やっとんぞ!?」
「それはそうやねんけど、これはこれで気になるねんもん。何かおもろそうやし。」
「アホか、何がおもろいねん!ほんでそこの3馬鹿!お前らも早よ帰れや!」
「だって」
「気になるやん。」
「何かおもろそうやし。」

ワクワクしているガキ共を見回して、真島は盛大に溜息を吐いた。


「ったく、何でこんな事しとんねん俺ら・・・!」
「一体いつになったらビデオデッキ買いに行けるんやろな・・・。」

本当なら今頃は買い物の最中か、何なら買い物を終えて食事にでも繰り出していた筈なのに、何でこんなガキンチョ共を従えてカチコミ紛いの事をしているのか。
現状に疑問を抱きながらも、もう今更どうしようもないので、真島はパーティーを引き連れてゾロゾロとビルに入って行った。
ドチンピラの案内で通された毬岡組の組事務所はこじんまりとしていて、数人の組員がいた。それぞれに煙草を吸っていたり新聞を読んでいたが、真島の顔を見るなり警戒した面持ちで立ち上がり、次にの顔を見て驚き、3馬鹿ヤンキーズ、少年ハルキと見ていくにつれて、どんどんポカンとした表情になっていった。


「な、何や自分ら!?誰やねん!?」
「おうこらワレ!どういう事やコレ!?説明せんかい!」
「す、すんません!親父に客人なんです!」

ドチンピラが兄貴分らしき組員に頭を叩かれながらもそう答えると、騒然となっていた室内は一応静かになった。
妙な奴等だが、親父の客らしい上に、女子供までいる。となればいきなり手荒な真似をする訳にもいかないし・・・、と困惑しているのが丸分かりの様子だ。
そんな戸惑いの視線を浴びながら、真島達はドチンピラが組長室らしき部屋のドアをノックして開けるのを待った。


「失礼します、親父!」
「おう、何やお前か。どないや?あんじょう手に入ったか?」
「いや、それがその・・・、あの・・・・、そ、その件で、是非親父に会わせたい人らを連れて来ましたんや・・・・!」
「ワシに会わせたい奴らやと?」

どうぞ・・・!と勧められるまま室内に入ってみると、窓際のデスクの椅子に、口髭を蓄えた恰幅の良い壮年の男がどっしりと座っていた。
ここに来る道中でに聞いたところによると、毬岡組は近江連合と協定状態にある小規模団体で、組長の羽振りもそれなりなので、付き合い自体は長いお得意さんだが、太客と呼べる程ではないのだという。
だが、その面構えは紛れもなく本物の極道だった。毬岡組長はその厳しい眼差しで、先頭を切って入ってきた真島を油断なく見据えた。


「・・・・知らん顔やな。どこのモンや?」
「俺か?俺は・・・」
「こんにちは、毬岡社長。お邪魔します。」

が、真島の背後からがヒョコッと顔を出すと、その表情は一変した。


「んなーーーっ!?ちゃん!?なななな、何でこないな所に!?」
「ちょっとご縁がありまして。世間って狭いんですね、うふふっ。」

がニコニコと前に出て来ると、毬岡組長はそそくさと駆け寄って来て、を部屋の隅へと連れ去った。
明らかにバツの悪そうな顔をしているし、滅多な事にはならない筈だが、の公私共に深く関わりのある男としては放っておく訳にいかず、真島もそこに首を突っ込みに行った。


「いやホンマすまん、分かっとる、分かっとんねんて・・・!飲み代のツケならちゃんと・・・!」
「恐れ入りますが、具体的にはいつ頃のお支払いになりそうでしょうか?」

を相手にコソコソと声を潜めて釈明している毬岡組長に、背後から同じく小声で話しかけると、毬岡組長はギョッとした顔で真島を振り返った。


「な、何やアンタ!?ホンマ一体何モンやねん・・・!?」
「お初にお目に掛かります。私、クラブパニエの支配人、真島吾朗と申します。」
「し、支配人!?そ、そんなんおったんか、あの店・・・!?」
「普段は東京におりますもので、店に出ておりますのは不定期でして。以後、お見知りおきの程宜しくお願い致します。」

真島が自己紹介を済ませると、はニコニコと笑いながらまぁまぁと取りなした。


「その件はまたご相談させて頂くとして、今日突然お伺いしたのは別件の用なんです。実はね、アラクレの事なんですけど・・・」

は毬岡組長をそれとなく部屋の中央に連れ戻しつつ、かくかくしかじかと事情を話して聞かせた。
それを聞き終わると、毬岡組長は難しい顔で小さく唸った。


「うぅむ、そうか・・・・、そらうちの若いモンがえらい迷惑かけたなぁ。堪忍してや、ちゃん。真島はんもな。
そやけど、そないに手に入り難いもんやったとは知らなんだわ。言うても所詮はガキの玩具やで、どこででもペッと買えるもんやとばっかり・・・・。」
「そ、そうなんスよ!俺もそこまでやとは知らんくて、買いに行ったら予約ないと買われへん言われて、ほんで舎弟のコイツらに・・・!ゲームの事やったらガキの方が詳しいから、コイツらやったらどっか在庫ある店知っとるやろ思て・・・!」
「いやでも、ホンマ俺らも知らんくて!どこの店行っても全滅で!」
「予約かて、入荷日分からんから入り次第の連絡になるとか言われて!」
「ほんでしゃーなしに・・・、なぁ・・・・!?」

ここぞとばかりに言い訳を連ねて自己保身に走るドチンピラと3馬鹿ヤンキーズをひと睨みで黙らせると、毬岡組長はその強面を優しく(は見えないが)和らげて、ハルキの方を向いた。


「いっちゃん迷惑被ったんは坊やなぁ、すまんかったなぁ。」
「ええよ。結局ボクのアラクレ盗られてへんし。」
「この通り、この子も許してくれてるし、幸い実害もありませんでしたし。私が口出しする事とちゃうんでしょうけど、今回の事は大目に見たって貰えませんか?」

がハルキの肩を抱いてそう頼むと、毬岡組長はクシャクシャの苦笑いを浮かべた。


「・・・かなんなぁ、ちゃんにそない言われたらワシ断られへんがな。分かった、今回の件は咎めへん。」
「うっふふ、さすが毬岡社長!話の分かるお人やわ。」
「おっ、親父ィ、ありがとうございます!姐さんもホンマありがとうございます!」

はチャーミングな笑顔を毬岡組長に向けてから、チラリと真島に目配せをした。
上手くいったというその合図に、真島も微かに笑って頷き返した。
ドチンピラは極道の掟に背いたケジメをつけさせられずに済んで無事、3馬鹿ヤンキーズもアニキの制裁を受けずに済んで無事、ハルキのアラクレも無事。やれやれこれで今度こそ一件落着!

・・・かと思われたのだが。


「でも意外ですねぇ、毬岡社長がこんなTVゲームとかしはるなんて。」
「ん?あぁ、いや、そういう訳やないねん。ちょっと、孫と遊ぶ為にな・・・。」
「あら、お孫さんいてはったんですか!」
「いや・・・、孫言うても、実はまだ会うた事ないんや。明日初めて会うねん。」
「え・・・?」

どうやら、毬岡組長がアラクレを欲したのには事情があるようだった。


「ワシには、別れた女房との間に一人娘がおってな。まぁ散々苦労かけた末の離婚やったから、娘にもすっかり嫌われとって、もう長い事ずっと会うてへんかった。結婚式にも呼ばれなんだわ。
孫っちゅうんはその娘の子でな、その子が最近になって、僕にはお祖父ちゃんおらんのか?おるんやったら会いたいって、しきりと言うようになったらしいんや。何や友達の間で、お祖父ちゃんに何々買うてもろたとか何処其処連れてってもろたとか、そんな話をするようになってきたんやと。
それで、娘が孫に会うたって欲しいって連絡してきてくれてん。亭主の親父さんはもう亡くなっとるらしくてな。」
「そうやったんですか・・・・・」
「孫はTVゲームが好きらしくてな、お祖父ちゃんとゲームしたいって言うとるんやと。そやからワシ、孫への土産にいっちゃん人気のゲームを持って行ったろ思てな。
ほんで、うちでいっちゃん若いコイツやったらゲームの事よう知っとるやろ思て、今日中に間に合うように買うとけって言うたんや。」

毬岡組長は少し翳りのある微笑みを浮かべて、微かな溜息を吐いた。


「そやけど、そないに手に入り難いもんやったとはなぁ。やっぱりごっつい人気なんやなぁ。確かもう何年も前から売っとった筈やのになぁ。」

毬岡組長が諦めたようにそうぼやくと、がふと怪訝な顔になった。


「え?でもアラクレは今日が発売日ですよ?看板にもそう書いてあったし。なぁハルキ君?」
「うん、あ、でもそれはWの事やで?その前にTUVって出てるし、全部大人気やから。」

打てば響くように答えたハルキに感心したのか、毬岡組長は寂しげだったその顔をパッと輝かせた。


「ほー、そうかぁ!さすが今時の子供はよう知っとんのう!
ほんだら、アレはその中のどれに出てくるんや!?あのアレ、ほれ、おるやろ!?あのほら、ワシみたいなヒゲ面で、ツナギ着たオッサン!」
『・・・・・は?』

それを聞いた瞬間、その場にいる毬岡組長以外の全員の目が点になった。


「ほんでそのオッサンが、ブロックボコーンどついたらキノコ出てくるんやろ?ほんでそれ食うたら大きなって・・」
『それマ●オや!!!!!!!』

そして全員全く同じタイミングで、毬岡組長に渾身のツッコミを入れた。


「親父それアラクレちゃいますわ!」
「スーパーマリ●!ブラザーズ!」
「いっちゃん古いやつ!」
「確かに安定の大人気ゲームやけれども!」
「へ??」

ドチンピラと3馬鹿ヤンキーズが口々にツッコミ2発目を入れると、毬岡組長はポカンとした顔になった。
すると、ハルキが毬岡組長に近付いていって、その腕を軽く揺さぶった。


「なぁなぁ、おっちゃんの孫って何歳?」
「ん?孫か?この春に小学校入る言うとったけど・・・」
「あ、それやったらアラクレまだ分からんと思うで。あれRPGやからストーリー展開があるし、コマンドも分かっとかなあかんし、装備とか呪文とかキャラごとに使えるもんがちゃうし、新1年生にはちょっと難しいと思う。」
「え、ええ、え?あ、あーるぴーじい?こ、こまんど?な、なんて?」
「やっぱ●リオの方がええで!それやったらどこでも普通に売ってるし!あ、でもちょっと待って!その子もう持ってるんちゃう?電話して聞いてみたら?っていうか、カセット今何持ってるんか全部聞いてみて!」
「え!?お、おう・・・・!」

毬岡組長はハルキの喋っている事を何一つ理解出来ていない様子で只々圧倒されていたが、最後の指示だけは理解出来たらしく、オタオタと電話を掛け、孫の所有しているゲームカセットのラインナップらしき事をブツブツと復唱し、ほなまた明日なという締め括りで電話を切った。


「えーとやな、まず・・・」
「あ、大丈夫、聞いとったから。じゃあ、今持ってなくてその子が出来そうなやつというたら、うーん・・・、〇〇〇か□□□か、あ、そうや、△△△もいけるなぁ。」

ハルキは改めての報告を聞くまでもなく、次から次へとお土産候補のゲーム名を挙げ始めた。


「それからあとは・・」
「し・・・、師匠ぉーー!」

ずっと唖然としていた毬岡組長は突如、感激したように大声を張り上げた。


「ちょう待って!ちょう待って!もっかい言うて!ゆっくり言うて!メモするさかい!あ、そうや!おどれ何ボサッと突っ立っとんねん!師匠に菓子とジュースでもお出しせんかい!早よ!」
「へっ、へいっ!お前らも来いや!買いもん行くぞ!」
『はっ、はいっ!』

ドチンピラと3馬鹿ヤンキーズがドタバタと出て行き、毬岡組長はいそいそとハルキを応接ソファに座らせてから、メモ帳とペンを手に取りかけて、ふと気が付いたように真島とを振り返った。


「あああ、えらいすんまへんなぁ!バタバタしてお二人さんへのお詫びがすっかり後回しになってしもて!えぇーと何ぞ・・・、ああ、そやそや!ええもんがあったわ!ちょうこっち来とくんなはれ!」

毬岡組長は手招きして、真島とを事務所の方へと誘った。
取り敢えずついて行ってみると、毬岡組長に命じられた組員が箱を1つ抱えて来て、二人の目の前のデスクに置いた。


「毬岡社長、これ・・・」
「ビデオデッキか・・・?」

そう、二人の目の前に置かれたのは、ビデオデッキの箱だった。


「せや!SHORP製のちゃーんとした品で、買うたばっかりの新品や!1個持ってって!」

まるで野菜のお裾分けかの如く気軽な口ぶりだが、それはさっき軽く下調べしてきた店にもあった物で、確か10万円はした筈だった。
更に、見てみると、同じ箱が事務所の片隅に幾つか積み上げられている。
それらを合わせて考えると、このビデオデッキは余り物や不用品ではなく、会社の業務に必要な機材ではないかと思われた。


「ええ!?でもそんな・・・・・!」
「ええんでっか?」
「ええねんええねん!色々迷惑料と、師匠の紹介料や!」

毬岡組長はその強面で、腕白坊主のようにヘヘヘと笑った。


「そやけどこれ、お仕事で使う機材とちゃうんですか?」
「そやねん!いや実はな、うちこれから裏ビデオのシノギ始めんねや!ほんでこれ、ビデオデッキを何台か仕入れたんやわ!これらをフル稼働させて、せっせとダビングしては売り!ダビングしては売り!っちゅー訳や!」
「あ・・・はは、そ、そうですか・・・。でもそれやったらやっぱり・・・」
「ええねんええねん、1台ぐらい!迷惑料と紹介料プラス、ワシのちゃんへの誠意やとでも思ってくれ!新しいシノギを成功させて、3ヶ月、いや、2ヶ月以内に必ず耳揃えて払いに行くさかいな!」

客の戯言をいちいち信用していては、この商売上がったりなのだが、この毬岡という男は信用してやっても良いような気がした。少なくとも1度くらいは。


「・・・ありがとうございます。ほな遠慮なく頂戴しますね。新しいご商売が上手くいきますように、応援してます!」
「おおきに、ちゃん!」

しっかり者のがツケを許した位なのだから、自分の見立てもきっと間違っていない。そう確信しながら、真島はビデオデッキの箱を抱えた。


「ほな、俺らはこれで失礼します。どうもありがとうございました。」
「ほな毬岡社長、またお待ちしてます!」
「おう!二人共おおきにやでー!」
『ご苦労さまでしたー!』

真島とは、毬岡組御一同に見送られながら事務所を後にした。


「・・・・・何やワケの分からん騒動やったけど・・・・・」
「結果オーライ、なんかな?ここに来た目的も達成出来たし?しかもタダで。ふふふっ。」

アラクレクエストなるゲームに導かれて起きた、この訳の分からない騒動。
最中は疑問しかなかったが、終わってみれば何となく、損得関係なしに心がじんわりと温かくなっていた。
そんな自分が気恥ずかしくて、気付かなかった事にして歩き始めたその時。


「おおーい!ちょう待ってんかー!」

毬岡組長が、後ろから小走りに追いかけてきた。


「毬岡はん!」
「どないしはったんですか?」

毬岡組長は息を弾ませながら二人に駆け寄って来ると、にハイ!と1本のビデオテープを差し出した。


「ついでやからこれもやろ思て!うちの商品の記念すべき第1本目や!試作品やけどな!」

誇らしげに差し出されたビデオテープのラベルには、『捕らわれの桃尻姫 〜魔王と勇者のWキノコ責め〜』というタイトルが、恥ずかしげもなく堂々とした字体で書かれていた。


「ワシが見たとこ、お二人さんデキとんねやろ?偶にはこういうの、ええ刺激になんで?ええ?ウッヒヒヒ!」
「は、はぁ・・・・・;」
「これな、無修正。ウッヒヒヒヒ!デッキもあるし、帰ったら早速・・・な?ウッヒヒヒヒヒ!」
「お、おう・・・・・;」

毬岡組長は1人で一方的に喋ってニヤニヤ笑いながら、と真島をそれぞれ軽く小突いて、ほなな〜!と手を振り事務所に帰って行った。


「・・・・どうでもええけど何ちゅうセンスの無いタイトルや。売れるか?こんなんで・・・・」
「さぁ・・・・、売れたらええけどなぁ・・・・。うちのツケ、払ろて貰わなあかんし・・・・」
「取り敢えず、帰ってビデオ繋げよか・・・・」
「うん・・・。でも、コレを記念すべき再生第1本目のビデオにはしたくないねんけど・・・。」

当初の目的以上のブツまで手に入れてしまった真島とは、新品のビデオデッキと始末に困るソレを抱え、街を去るのだった。




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後書き

『逢いたくて』を書き始めた瞬間に、もう1つ新しくネタを思い付いたので、龍8発売記念第2弾として連続で書きました。
季節もテイストも真逆で頭混乱しましたが(笑)、新作ゲーム発売の話なので、このタイミングでUPしたくて頑張りました!
それを言うたら、発売日に間に合うように書けやっちゅう話なんですが、思い付くのって本当に突然なので(^^;
ネタとしては、タイトル通り、龍0サブストのアラクレクエストです。
最初は、龍0サブストのアラクレクエストを踏襲した内容にするつもりだったんですよ。
でも、どんどん違う方向に逸れていってしまい、気が付いたら別ゲームに、ひいてはエロビデオになっていました(笑)。