『へ
毎日暑いが、元気にしているか?こっちは皆元気だ。
お前がY市に帰ってから、こっちでは凄い事が立て続けに起きた。
一つ一つを詳しく説明しだしたら、とても手紙一通では足りねぇよ。
だからそれはまたおいおい順を追って話すとして、今日は新しい家族の事を、お前に報告しようと思う。
そいつがうちにやって来たのは、ついこの間の事だ。
チューリップのような形状をした草花・・・のような動物。そう、動物だ。
上に書いた【凄い事】の中でも一番ヤバかった事、一番ヤベェ敵と戦った時に、億泰がふん捕まえたんだ。
そいつは植木鉢に植わってはいるが、キャットフードを食べる。何なら人の食っている物も狙う。
それから、揺れる物に目をらんらんと輝かせる。そこら辺を飛んでいる虫は勿論、紐なんかにも反応する。億泰はいつも短パンのウエストの紐をチューインガムみてぇに噛まれているし、俺はこの間ピアスを狙われた。
そして、時々はミャオンと声を出して鳴いたりもする。
まるで猫みたいだろう?でもパッと見は草花だ。
猫のような草花のような、その不思議な奴を、俺達は『猫草』と呼んでいる。
どうせならもっとカッコ良い名前にしてやりたかったんだが、何だかその名前がみるみる定着しちまって、他のどんな名前もしっくりこなくなっちまったんだ。
これが普通の犬猫なら、俺は飼おうとは思わなかっただろう。
だが、あいつだけは特別だった。
実はあいつ、只の不思議な奴じゃない。スタンド使いなんだ。
しかも、なかなか冷や汗モノの攻撃力を持っているときたもんだ。
本体は至って無邪気なんだが、それ故に危なっかしいだろう?ちょっとしつこく撫で回された位で、目に見えない空気の弾丸を飛ばしてくるんだからな。
だから俺は億泰に、猫草をうちで飼う事を許可した。
あんな物騒な生き物を、野に放しておく訳にはいかないからな。
猫草をスタンド使いにしたのは俺ではないが、俺のしてきた事を考えると、あいつの面倒を見るのも罪滅ぼしの一環のような気がしたんだ。
とは言え、俺達は猫草との暮らしを意外と楽しんでいる。
飯を催促する時の鳴き声と遊んで欲しい時の鳴き声が違う事にも、最近気が付いた。
何より意外なのは、猫草が一番懐いているのが親父だという事だ。
そして、あいつが来てからというもの、親父の状態がまた一段と良くなった。
見た目は相変わらずアレなんだが、感情が豊かになったと言おうか。
猫草の遊び相手をしたり、撫でて可愛がるような仕草を見せたり、良く笑うようにもなったんだ。
この間は何と、親父を外食に連れて行ったんだぜ。国見峠霊園の側にあるトラサルディーっていうイタ飯屋なんだけどな。
動物には癒しの力があるなんて聞いた事があるが、そいつは案外本当の事なのかも知れないな。
さて、これだけ書いたら、どんな奴か気になるだろう?
写真を撮ったので、お前に送るよ。まずはこれを見て、存分に驚いてくれ。
・・・と、ここまで書いたところで、億泰のうるせぇ絶叫が聞こえてきた。
どうせまた猫草をしつこく撫で回したか、奴の狩猟本能を不用意に刺激するような事をしたのだろう。一応様子を見て来ようと思う。めんどくせぇけどな。
ではまた。
一日も早く、猫草をお前に直接会わせられる日が来る事を願って。
虹村 形兆』
最後のサインを書き終わると、形兆はペンを置いた。
2〜3日の内には、が暮らす海辺の街に届く事だろう。
これを読むの顔を思い浮かべると、これから億泰を怒鳴りつけに行くところなのに、自然と微笑みが零れた。
『形兆君へ
お手紙ありがとう。私は元気です。
こっちも毎日暑いよ。夏真っ盛りって感じだね。
そっちで起きた数々の【すごい事】、とても気になります。
一番ヤバい敵との戦いというのは特に。でも、手紙の様子から考えると、形兆君達に深刻な被害はなさそうですね。(ないよね!?)
いずれ是非話を聞かせて下さい。楽しみに待っています。
新しい家族の写真、ありがとう!猫草ちゃん、本当に不思議で可愛いね!
でも、猫?草花?そんなのまでスタンド使いになるなんて、ビックリだね・・・・。
目に見えない空気の弾丸、何だか怖そう・・・・。
悪気は絶対ないんだろうけど、危なそうな能力だし、ケガには気を付けてね。
でも意外!形兆君が動物(植物?)好きだったなんて知らなかったよ!
5年も一緒に暮らしてたのにね。
近過ぎると、意外と知らない事もあるのかも知れないって、今ふっと思いました。
こっちに帰って来てから、私も色々とバタバタしています。
部屋はすっかり片付いて、今は近くの定時制の高校へ9月から通うつもりで、その手続きをしているところです。
それが終わったら、次はバイトを探す予定です。
承太郎さんは時々電話をくれて、慌てずにゆっくりやっていったら良いと言ってくれますが、私は出来るだけ早く学校とバイトを両立させたいと思っています。
早く働いてお金を貯めて、早く杜王町へ遊びに行きたいから。
お父さんの状態がまた良くなってきた事、本当に嬉しく思います!
きっとその猫草のお陰だろうね。
外食が出来たなんてすごい進歩だよ!本当に良かった!
形兆君の家を出てから、まだそんなに経ってないのに、もう随分経ったような気がしています。
時々は、やっぱりとても寂しくなります。
億泰君に会いたい、お父さんにも会いたい。
何より、誰よりも、形兆君に会いたい。
寂しくなったら、送って貰った写真を見ています。
私が帰る時に皆で撮った写真と、この間送ってくれた猫草の写っている写真。
見ているとね、だんだんと元気が出てくるの。一日も早く皆に会いに行く為に頑張ろう!って。
猫草にももちろん会いたい!
会いに行く時にはお土産持って行くから、猫草は何が好きか、また教えてね。
億泰君やお父さんや、仗助君や康一君にも宜しく。
また皆に会える日を励みに、私も頑張ります。
』
手紙を書き上げると、はそれを丁寧に折り畳み、封筒に入れて封をした。
これから出掛けるついでに郵便局へ立ち寄って、この手紙を出すつもりだった。
明日明後日には、形兆のいる杜王町に届く事だろう。
こんなもどかしくも何気ないやり取りの積み重ねが、きっと本当の幸せを作っていってくれる、そんな気がしてならなかった。