「なあ武士、明日何の日か知ってる?」
「あぁ?なんや、明日て何日やねん?」
「14日。」
「14日、14日は・・・・、月曜日か?」
「しばくぞ。ほんで曜日も間違えとんねん、14日は日曜日じゃ!ほな2月14日は何やってん?」
「2月14日はバレンタ・・・、ああ!ホワイトデーか!」
「やっと分かったか。ほんで?何してくれるん?」
「何て。何して欲しいねん?」
「ブルガリの時計買うて♪」
「しばくぞ!なんぼする思てんねん!そんなもん買えるかっちゅーねん!!」
「なんやねん、甲斐性なし。」
「よう言うわ!なんでタコ焼きの返しが時計やねん!他のもんにせぇ!!」
「他のもんなぁ〜・・・・・」
「なんやったら身体で払ろたろか?」
ニヤニヤとの肩を抱く千堂。
「いらんわ。ん?・・・・ちょう待てよ・・・?身体、なあ・・・・。」
「な、何やねん!?」
千堂の腕や胸板を、悩ましい手つきで撫でる。
冗談半分だった千堂は真っ赤な顔でうろたえる。
「そやな、ほなそうしてもらおか。明日身体空けといてや?」
「お、おう!任せとけ!!」
意味ありげな視線を向けるに、本気モードに入る千堂。
「ほな明日うち来てや。誰もおらんし、な。」
「よ、よっしゃ!!」
これは明らかに『アレ』の誘いやろう。
よっしゃ、よっしゃよっしゃよっしゃーーー!!
その夜、千堂はいつになく長風呂し、身体を念入りに磨き上げた。
そして翌日着て行く服のポケットに、『男のエチケット』をありったけそっと忍ばせた。
出て来る前に風呂も入った。
歯も二回磨いた。
『アレ』も持った。
完璧や。完璧すぎや。
千堂は逸る気持ちを抑えて家のインターホンを鳴らした。
「鍵開いてるから上がってきて。あ、ほんで入ったら鍵閉めてな。」
の返答の後、千堂は家の中に入り、に言われた通り鍵を閉めた。
そして2階にあるの部屋へと向かう。
部屋入ったらどないしよ?
いきなり始めるんも何やしな。
せやけど向こうもむっちゃノリ気やったしな、いきなりOK体勢になっとったりしてな。
頭の中でピンク色の妄想が渦巻く。
そしてとうとうの部屋の前へと到着し、千堂は固唾を呑んでドアを開けた。
「ちょうどええとこに来たなー。ほなさっそくやってもらおか。」
「は?」
「『は?』ちゃうねん。早よ手伝って。」
千堂を待ち受けていたのは、きわどいランジェリー姿のではなく。
散々着古したと思われるトレーナーと色褪せたジーンズに身を包んで髪を一つに束ねたスッピンのであった。
おまけに部屋の中は、空き巣にでも入られたかと思う程散らかっていた。
「お前・・・、何しとんねん!?」
「部屋の模様替えしよう思てな。せやけど今日皆出掛けてもうてうち一人やってん。あんた来てくれて助かるわー!」
「ほな身体でって・・・・」
「そうや、肉体労働や。決まってるやろ?」
「・・・・さいでっか(涙)」
「ボーっとしとらんと、早よしてーや!」
「へいへい(泣)」
に言われるまま、作業に取り掛かる千堂。
「その棚をな、ここの壁にぴたーっとくっつけて。」
「ここか?」
「ぴたーっとやで!ほんで下新聞かましてや!」
「分かっとるがな。」
千堂は言われた通り、棚を運ぶ。
中身は詰まったままでかなり重い。
「お前これ中身出せや〜!重たいねん!!」
「また詰めるんジャマくさいやん!あんたボクサーやねんからそんぐらいチョロイやろ?」
「ワレボクサーなんや思とるんじゃ・・・」
「ブツクサ言うてるヒマないで!ちゃっちゃと!!」
「分かっとるわい!」
は家具を退けたスペースに掃除機をかけている。
作業に夢中になっているので、千堂の抗議など聞く耳持たない。
「ほんで?次は?」
「次はな、ちょっと待ってや。ここにベッド持ってきて。」
「ほなお前そっち持ってくれや。」
「よっしゃ、いくで?せーのっ!」
パイプベッドの端と端を持ち、よろよろと移動する千堂と。
「置くで?足どけや?」
「よっしゃ。」
ベッドが無事配置された。
ベッドが元あった場所をすかさず掃除機がけする。
「次は?」
「次はタンスや。2つ並べて向こうの壁に置いて。」
「おい!これこのままは無理やて!!引き出し抜けや!!」
「やっぱり?」
「当たり前じゃ!」
「もーー!めんどくさーーー!!」
「しゃーないやろ!手伝ったるから早よせえ!」
二人はタンスの引き出しを抜いては部屋の外に出す。
「うおぉ!!」
「何やのん?あーー!!ちょっと下着の引き出し触らんといて!!」
下着の詰まった引き出しを知らずに開けた千堂にタックルをかます。
「アホか!!知らんとじゃ!!」
「知らんともへったくれもあるかい!これは触らんでええねん!」
「そやかてこれ抜かなあかんねやろ?」
「これ一個ぐらいええやん、大丈夫やって。」
「・・・まあええか。」
もうちょっとしっかり見とけば良かった。
千堂は少々後悔しながら、次の作業に取り掛かる。
「ほな動かすで?」
「一人でいける?」
「おう、中身のうなったら軽なるからな。そこどけ。ジャマや。」
「はいはい。」
千堂はタンス(引き出し一つ付き)を抱えて、の指定した場所へ置く。
その隣にもう一つ背の高いタンス(同じく中身抜き)を配置する。
「よっしゃ、どんどん行こ。」
二人は次々と家具を配置していく。
家具の配置が終った後、抜いた引き出しをタンスに納めたり、コンポやTVなどを配置して、模様替えも終盤に近付いた。
最後に再び軽く拭き掃除をし、掃除機をかけ、新しいカーテンを窓に掛けた。
「よっしゃーー!!終わったーー!!」
「どないや!ええ感じちゃうん〜!?」
「そやな、大分感じ変わったやんけ。」
「そやろそやろ!?っあーー!やって良かったーーー!!」
「せやけどワイむっちゃ疲れたっちゅーねん。」
「はいはいおおきに。今コーヒー淹れてきたるからちょう待っときぃや。」
「おう、冷コにしてくれ。」
「よっしゃ。」
千堂はすっかり片付いたの部屋(リニューアル後)にて、ボーっとを待つ。
程なくして、がアイスコーヒーのグラスを二つ手に持って戻ってきた。
「あ゛〜〜〜、労働の後の冷コは最高やな。」
「ご苦労さん。ホンマ助かったわー。」
「お前一人やったら絶対無理やったで、これ。」
「ほんまはお父んに手伝ってもらう予定やってんけど、急に会社休出になってもうてな。おおきにな。」
「構へん。ホワイトデーやさかいな。」
「有意義なホワイトデーやったわ。」
は新しい部屋に大満足らしい。
窓を開けて美味そうに煙草を燻らし、機嫌良さそうににこにことしている。
「あ、武士。そこ埃ついてる。」
「どこや?」
「ここ。取ったるわ。」
は千堂の服に手を触れる。
「ん?あんたこれ何入れてんねん?」
「ん?ああーーーーー!!触んな!!」
「何やねん?見してみ?」
拒絶する千堂の手を払いのけ、は千堂の服のポケットを探り、中身を取り出した。
出てきたのはずらっと繋がった『男のエチケット』が半ダース程。
「・・・・・あんた、これ何や?」
「え・・・・?いやぁ、これはやなぁ・・・・」
「ワレ何考えとんじゃーーー!!!」
「ち、違うんやーー!!」
「何が違うねん!!・・・まあええわ。今日はよう働いてくれたからな、許したろ。」
「そ、そうや!今日ワイむっちゃ頑張ったからな!許してくれや!!」
「回転寿司で手ェ打ったるわ。」
「・・・・」
「返事は?」
「・・・・・はいはい(涙)」
たこ焼きとチョコレート(と近所の子供達も食べた)のお返しが、一日肉体労働と回転寿司。
やっぱりホワイトデーは3倍返しなんやな。
いや、これ3倍できくんか?
財布の中身と我が身の不幸を嘆きながら飲んだ冷コは、ほのかに涙の味がした。