「武士〜!!早よしいや!!いつまでちゃん待たせんねん!」
「があぁぁーー!!わーっとるわ!!!」
千堂家は今日もやかましい。
婆ちゃんが急かし、孫がテンパる。
「武士〜!!!」
「だーーー!!うっさいわ!!急かすなや!!」
「ごめんな〜、ちゃん。ほんまトロトロ何しとんねんあいつは・・・。」
「ううん、ええねんええねん。まだ時間早いし。」
は千堂家の茶の間で、出された茶を飲みつつ千堂の支度が終わるのを待っていたが、
「ちょっと見てくるわ。」
といい、千堂の部屋へと向かった。
「武士〜。」
「うっさい!!わーっとる!!!!」
急かされすぎて、ヒステリー状態だった千堂は、声を掛けてきたを睨みつけようと振り返り・・・・
「お前誰やねん?」
「朝っぱらからケンカ売っとんか?」
千堂は、の見慣れない姿を見て驚いていた。
程よいセクシーさを感じさせる黒いベルベットのツーピースに身を包み、髪を綺麗に結って普段より
少し濃い目のメイクをしたは、普段とはまるで違って見えた。
思いもかけないの『女』の色香に当てられていると、がふいに腕の中に飛び込んできた。
「!?」
「あー。やっぱりな。あんたネクタイよう結ばんねやろ?」
そう言って、は先程まで千堂が悪戦苦闘していたネクタイを手に取り、結び始めた。
胸がくっつくんじゃないかと思うほど近づき、自分の喉下で手を動かすに思わず反応しそうになる。
そんな千堂に全く気付くことなく、は手際よくネクタイを結んだ。
「はい、終り。あんたこんなんもようせぇへんの?これから困るで〜?」
「やかましわ!滅多にせぇへんねんからしゃーないやろ!!」
「ほら、もうそれで支度終わったんやろ?早よ行くで。祝儀持ったか?あとハンカチとティッシュと。」
「おかんかお前は!!」
「あんたがしっかりしてたらこんな心配せんで済むんじゃ。ちゃっちゃとしぃ!」
千堂に持ち物の確認をさせ、一緒に部屋を出る。
「ほな婆ちゃん、行ってきます!」
「はい、行っといで。」
千堂の祖母に見送られて、二人して出掛けた。
今日は友人の結婚式。
新郎が二人の子供の頃からの友達である。
まだ結婚するには早い年代である二人の友人の輪の中で、彼が一番乗りであった。
「ええ天気で良かったな〜。」
「そやな。」
「私ちょっと緊張するわ〜、初めてなんやもん友達の結婚式って。」
「お前が緊張してもしゃーないやろ?」
「分かっとるわ。せやけどちょっとドキドキするやん?嫁どんな子なんやろ〜?」
「さぁなー。べっぴんやったらムカつくけどな〜。」
「何でアンタがムカつくねん。」
そんな会話をしながら、二人は会場へと向かった。
挙式が滞りなく済み、披露宴会場へと案内される。
新郎の友人席へ腰掛ける。このテーブルには、他に知った人間がおらず、軽い会釈をして席に着くと、黙って新郎新婦の入場を待った。
ウエディングマーチの音楽と共に二人が入場し、拍手を送る。
年配の男性の長いスピーチが終り、やっと食事の時間になる。
「うっまー!何これ!?」
「あんたこぼしなや。行儀悪いな〜。」
「お前が言うな。口の端に何かついとるで。」
「嘘っ!!どこどこ!?」
そんな会話をしながらパクパクと料理を口へ運ぶ千堂と。
すると突然、
「仲良いですね〜。新婚さんですか?」
と、同席している男性から話しかけられた。
「「ちゃいます!!!」」
二人同時に盛大に否定する。
男性はおもしろそうに笑って、
「いやぁ、えらい仲ええから、そうなんかな?思て。」
と言う。
それをきっかけに同じテーブルの人ともポツポツと会話をし始め、披露宴が終わる頃にはすっかり親しげになっていた。
披露宴が終了し、そのまま二次会へ参加した後、二人は帰途についた。
「なかなか良かったな〜。料理おいしかったわ。」
「せやな〜、美味かった。自分で金払てまで絶対食べへんもんな。」
「引き出物何やろな〜。早よ開けて見たいわ〜。」
「あいつも幸せそうで良かったわ。」
「そやな。嫁もなかなかべっぴんやったしな。」
「そこやねん!!ムカつくわ〜、道夫のくせに!!」
悔しがる千堂。
「なんやねんそれ。あんたはジャイアンか?」
「絶対あの嫁よりべっぴん貰たんねん。」
「フフン。まぁせいぜい頑張りぃや。」
馬鹿にしたように笑うに、千堂が『分かったわ!見とれよ!!』と息巻く。
「でもあの新郎席におった人ら、なかなか男前が揃っとったな。」
「そうか?ワイの方がエエ男やろが。」
「あんたいっつも思うけど、もっすご自信満々やな〜、幸せやな〜。」
再び馬鹿にするような口調のに、
「なんやと〜!!ほな誰が好みやってん?言うてみろや?」
「別に好みとかとちゃうけどな。でもさっきの二次会でちょっと口説かれたわ。」
『いつの間に!?』
自分の知らなかった出来事に驚愕する千堂。
「煙草買いに行った時ついて来はってな。携帯の番号渡されたわ。」
「マジで!!??」
「マジ。」
「ほんでお前何ちゅーてん?」
「いや別に。『はぁ、どうも』って受け取ったけど?」
「ほんで?」
「いや別に。なんかやたら褒めちぎられたわ。『キレイキレイ』言われてな。馴れ馴れしく肩抱いてきたなぁ、そういえば。」
「お前何しとんねん!!」
「何であんたが怒るねんな。別に何もないがな。」
しれっと言うに、がっくりと脱力する千堂。
確かに今日のはちょっと目立つ。
手の早い男なら、今日にでもどうにかしようと思うだろう。
「ホンマに何もなかったんか?」
「ないって。『ほなお先に』って先戻ったもん。」
「珍しいな〜。鉄拳ちゃうんかい?」
「めでたい席でそんなん出来ひんやろ?」
とりあえずにその気はないらしい。『良かった・・・』と一安心する。
安心すると同時に、いつものように憎まれ口を叩く。
「しかし物好きなやっちゃな〜!他に可愛い子いっぱいおったのに、何でわざわざお前やねん、なぁ?」
「いっぺんしばきまわしたろか?」
拳を固めて千堂を追い回す。
「しかしまぁアレやな。なかなかええ結婚式やったわ。」
の鉄拳を脳天に喰らい、そこをさすりながら千堂が言った。
「そうやな〜。やっぱりウェディングドレスには憧れるな〜。」
「着たいんかい?」
「そらそうやん。まぁいつになるかは分からんけどな。」
「そこが一番問題やろ。お前ガサツやから嫁に行けるんか心配やわ。」
「余計なお世話じゃ。」
睨みつけてくるに、「ヘッ」と笑いかけて、
「もし嫁に行かれへんかったらワイが貰ろたってもええねんで?」
と言ってみる。
は一瞬びっくりした顔をしたが、
「はっ、いらん心配せんでええわ。しかもそれを言うんやったら逆やろ?
あんたの方が泣きついてくるんとちゃう?嫁の来手がなくて。」
と涼しい笑顔で切り返す。
「い〜や。絶対お前のが行き遅れる。」
「あんたの方や。」
しばらく言い合いを続けた後、喋り疲れて二人は沈黙した。
しばらく無言で道を歩いていると、の家の前に着いた。
「ほなな。おやすみ。」
「あぁ。ほな。」
千堂は自分の家の方へ歩き出そうとして、ふと足を止めに話しかけた。
「なぁ。」
「ん?何?」
「もしホンマに行き遅れたらワイが貰ろたるから心配すんなや!」
「まだ言うか?そんな事ないっちゅーねん・・・・。まぁええわ。考えといたる!」
少しはにかんだような笑顔のを見て、千堂の顔に満面の笑みが広がった。
「ほんだらな!」
と言い残し、駆け足で去っていった。
小さくなっていく背中を見つめながら、は温かい気持ちになった。
「一生腐れ縁かいな。まぁ悪くはないかも知らんけどな・・・・。」
そう小さく呟いて家に入った。