その日、はいつになく真剣な表情で調べ物をしていた。
パソコンのモニターをしばし眺めて何事かを検討した後、は携帯を取り出し電話をかけた。
「はい、もしもし!!」
「武士?私やけど。帰っとった?」
数回のコール音の後、電話に出た男は千堂武士であった。
「おう、さっき帰って来たとこや。何や?」
「あんな、あんた今減量大丈夫やったやんな?」
「おう、とりあえずな。何やねん?」
「あんな・・・・・、お願いがあるねん。」
「なんやねん、キモいな。」
「キモい言うなや。あんな、あんた明日ヒマ?」
「おう、ヒマやで。」
「ほんだらな、いちご狩り行けへん?」
「いちご狩りぃ〜〜!?また似合わんのう!」
「やかましわ。似合う似合わへんの問題ちゃうねん。行きたいから誘っとんねん。どない?」
「ふ〜〜〜、まあええか。ほな行こか。」
「よっしゃ!ほな明日6時にうち来てぇや。お父んに車借りとくから。」
「そんな早よ行かなあかんのか!?」
「先着順やねん。ほんですぐ終わってまうみたいやし。大概早よ行っといてええ加減みたいやねん。」
「ふーん、分かった。ワイはいけるけど、言い出しっぺのお前が寝坊とかすんなや?」
「大丈夫大丈夫!頑張って起きるから!!」
「よっしゃ、ほな明日っちゅーことで。」
「うん、ほんだらな!」
「おう!」
電話を切った後、はいそいそと明日の支度を始めた。
翌朝。
爽やかな朝靄の中を、千堂は家に向かって歩いていた。
時刻は6時少し前。
よっしゃ、時間通りや。
早朝から玄関のチャイムを押すのも気が引けた千堂は、の携帯を鳴らす。
「はい!」
「おう、ワイや。今お前ん家の前おるんやけど。」
「ちょ、ちょう待ってて!!すぐ行くから!!」
「なんやねん、やっぱり寝坊したんか?早よせえや。」
「寝坊ちゃうわ!!ホンマすぐ行く、あと5秒!!」
「5秒てどっから出て来んねん。まあええわ。ほな待っとるからな。」
電話を切ってしばらく後、が玄関から転がるように出て来た。
「おはようさん!!」
「おう、おはようさん。とうに5秒過ぎとるぞ。」
「そんなんどうでもええやん!早よ行こ!!!」
「キー貸せや。ワイが運転する。ガソリンいけるか?」
「あんた大丈夫!?ペーパーのくせに。」
「お前もやろが。同じペーパーやねんやったらワイの方がなんぼかマシじゃ。早よキー寄越せ。」
「ほな頼むわ。ガソリンは大丈夫や。昨日満タン入れてきた。」
「よっしゃ、ほな行こか!」
かくして、二人は苺畑を目指して出発した。
「ええ天気で良かったなー。そやけど混んでるやろか?」
「こんだけ早いこと出てきとんねんから、大丈夫やろ?」
「いやいや、油断ならんで。」
「大丈夫やて。道も空いとるし。」
朝も早いせいか、天気の良い休日の割に、今のところ道は空いている。
「なあ、なんかCDかけてくれや。」
「よっしゃ。」
はカーステレオのスイッチを入れる。
楽しいドライブを更に楽しく演出してくれる音楽が、スピーカーから流れてくる・・・・
「ほんでなんで朝っぱらから『酒と泪と男と女』やねん!」
「お父んが入れっぱなしやってん!ちょう待って、替えるから。」
CDを入れ替えて、やっとなんとか若者らしくなる車内。
快適に車を走らせ、ほぼ予測通りの時間で目的の農園へと到着した。
「ほら、もう結構来てるやん?」
「ホンマやな。こいつらどんだけ早よから来とんねん。」
「うちらも大概早よ出てきた方やと思うねんけどな。」
いちご狩りは先着順の為、グズグズしてはいられない。
荷物を千堂に任せ、は車から降りるやいなや、ダッシュで開園を待つ人の列に加わる。
程なくして、荷物を持った千堂がの元へやって来る。
「何時に開くねん?」
「9時やて。」
「ほなまだだいぶあるやんけ!」
「しゃーないやん。すぐやて。」
温かい缶コーヒーを飲みながら、行列に並んで開園を待つ二人。
「まだか?」
「まだやっちゅーねん。まだ並んで5分しか経ってへんちゅーねん。自分どんだけ『いらち』やねん。」
「お前に言われたないわ。あ゛〜〜〜、早よ開けへんかな?」
「9時までまだだいぶあるからな。辛抱や。」
ヒマつぶしに雑談すること30分。
「もーーー!まだなん!?」
「まだあと1時間あるやんけ。やっぱり早よ来過ぎやねん!」
「そんなことあらへん!今頃来てる人ら見てみい!あんな後ろの方に並んでるやん!あの人ら絶対入られへんで。」
「・・・・・それもそやな。」
「ヒマやな・・・・。指相撲でもしよか。」
「なんでやねん。まあええけど。」
ヒマつぶしに指相撲すること10分。
「痛っ!!イタイタイタイタっ!!!!」
「・・・・・12345678910っ!!よっしゃーー!!ワイの勝ちや!!!」
「あんた汚いねん!!こっちは非力なか弱い女やねんから加減しぃや!!」
「それ今日一番のギャグやな。お前のどこがか弱い女やねん。」
「やかましい!!もう指相撲止め!!今度しりとりしよ。」
「よっしゃ、かかってこいや!!」
ヒマつぶしにしりとりすること10分。
「パプワニューギニア!!」
「『ア』!?ア、ア、・・・、アフガニスタン!!!」
「はい『ン』付いた〜。あんたの負けーーー。」
「あっ!!!くっそーーー!!!また負けたーーーー!!!!」
「はいしっぺ。手出し。」
「・・・・痛ったーーーーー!!!!お前加減せえや!!」
「私のしっぺなんかたかが知れてるやん。」
「知れてへんから言うてるんじゃ!!!」
「大丈夫大丈夫!」
「何が大丈夫大丈夫じゃ・・・・。ほんでまだか?今何時や?」
「8時20分や。」
「あと40分か。」
「そやな。」
・・・・・・・。
・・・・・・・。
「まだか?」
「あんたさっきからやかましいねん!!まだ5分しか経ってへんちゅーねん!」
「がーーーー!!なんぼ程待たすねん!!」
「もうちょっとや!!やいやい言いな!!!」
二人ともイライラの絶頂に達してキレること5分。
待ちくたびれてぐったりすること30分。
いい加減飽き飽きしてきた頃、やっと開園の時刻となった。
ビニールハウスに案内してもらった二人は、大粒の苺がびっしりと実った畑に感動する。
散々待ったせいか、やたらテンションが高い。
「おお!ようさんなっとるやんけ!!」
「ほんまやな!早よしようや!!」
「よっしゃ。ワイらこの辺だけやねんな?」
「そうみたいやな。」
「おっしゃー!全部食うたんねん!」
「そないがっつかんでもこれお土産に持って帰れるねんで。」
「そうなんか?」
「そうや、さっき係りの人言うてはったやん。自分ホンマ人の話聞かんな〜。」
「やかましわ!ええから早よ食うぞ!!」
早速自分達に割り当てられた場所の苺を摘み取り始める二人。
摘んでは洗い、洗っては食べ。
物も言わずに黙々とその作業を繰り返す。
摘みたての苺は申し分のない味で、二人はしばし春の味覚に我を忘れた。
「ふぅ、ホンマこの苺美味しいわー。なんぼでも食べれるわ。」
「お前まだ食えるんか。ワイもうええわ。苺ばっかりアホ程食えるかっちゅーねん。」
「こういうもんは別腹やねん。」
「お前こそがっつくなや。そんなん言うてるから肥えんねん。」
「やかまし!ん〜、そやけどそろそろ止めとこか。お土産用少ななっても嫌やしな。」
「どっちにしてもここにあるだけ全部お前の腹ん中に入んねんな・・・・。」
「なんやねん?係員さんええ言うてはったやんか。ほんであんた半分持って帰るやろ?」
「・・・・まあええけどな。ほな土産用のやつ採ろか。」
ようやく食べる手を止めた二人は、引き続いてお土産用の苺を摘み始める。
「何が楽しいて、これ自分で摘めるっちゅーのがええよな。あるだけ全部採りたなるよな。」
「お前ホンマ鬼か。それ苺とここの人ら可哀想やろ。」
「そんぐらい楽しいっちゅーこっちゃ。ホンマにするわけないやろ。」
腹が落ち着いたのか、ベラベラと喋りながら次々とお土産用のパックに苺を詰めていく千堂と。
あっという間にパック一杯になり、これにていちご狩りは終了となった。
「よう食べたわ〜!!お土産用と入れて十分元取れたやろ?」
「十分過ぎるわ。お前ホンマどんだけ食うた思てんねん。」
「そんな食べとった?」
「食い過ぎじゃ。」
「まあええやん。せっかくやねんから。」
「ほなそろそろ出よか。もうここおってもしゃーないやろ。」
「せやな。」
時刻を見ればまだ午前10時半を回ったところ。
「この後どないする?」
「せっかくここまで来たから、どっかブラブラして帰ろか。」
「そやな。・・・・・あぁーーー!!武士、あれ見て!!」
「なんやねん?」
が指差す方向は、苺の苗木の販売所であった。
「うわーーっ!めっちゃ可愛いーー!買うて帰ろかな?」
「止めとけ。お前すぐ植木枯らすやろが。」
「うっ・・・・、それ言うたらあかん。」
「行くぞ。」
「ちょ、ちょう待って!!やっぱり買うて帰る!!!」
「・・・・どうせすぐ枯れんのに。」
千堂の呟きに耳を貸さず、は販売所へ駆け込んだ。
いくつもの苗木を真剣な表情で見定めた後、やっと選んだ一鉢を購入し、戻って来る。
「お待たせ!見てみ、可愛いやろ?」
「ホンマに苺なるんかこれ?」
「なる言うてはったで。しばらくこのままでええらしいけど、大きなってきたらもっと広いプランターとかに植え替えたれって。」
「そこまでその苗木がもつかって聞いてんねん。」
「もつに決まってるやん!」
「さよけ。」
「楽しみやわー。ベランダ中苺のプランターだらけにしたんねん。」
「絶対無理や。」
千堂の嫌味も、上機嫌なの耳には届かない。
「あかん、浮かれすぎて聞こえてへん。」
「よっしゃ、お土産もようさん持ったし、ほな行こか!」
「おう。」
ほくほくと上機嫌なと千堂、沢山のお土産を乗せた車は、苺の香りを漂わせながら長閑な片田舎の道を走って行った。
おまけの後日談。
「ほら見てみぃ。やっぱりすぐ枯れたやんけ。」
「やかましい!!!」
千堂の読みは、ものの数週間で見事に当たった。