買い物ラプソディー2




暑い夏の休日。
街は眩し過ぎる陽光に煌き、往来を多くの人が行き交う。
その人波に混じって歩くカップルが一組。

間柴了とである。




「で?何を買う気なんだ?」
「そんなの見てからでなきゃ分かんないわよ。」
「・・・・長丁場になりそうだな。」

間柴はげんなりと呟いた。

折りしも時期はサマーバーゲンの真っ最中。
そして自分達の、いや正確に言えばの目的も正にそれである。
買う物が決まっているのならまだしも、当てもなくぶらぶらと店を巡り、終わりが予想できない買い物は個人的には好かない。
しかしそこは惚れた弱み。
嬉しそうな顔で歩くに、渋々ながらもついつい折れてしまう。

「何見ようかな〜?まず服は絶対でしょ!」
「だろうな。」
「靴も見たいしなぁ。後は・・・・ん?」
「何だ?」

早速脇見を始めたに半ば呆れつつも、間柴はその視線の先を目で追った。
するとそこには。

「あっ、やっすーい!!ねえ了、ちょっと見てもいい?」
「・・・・・・」

間柴が沈黙したのも無理はない。
が見つけた店は、魅惑の楽園・ランジェリーショップであったからだ。




「早くしろよ。」
「うん。」

返事はしたものの、店外にディスプレイされている激安商品に見入っているは上の空状態。
こうなると長い事は、これまでの付き合いでとっくに分かっている事である。
間柴は殆ど諦め顔で、の買い物が済むのを待っていた。

だが。

「ううーーん・・・・、ちょっと行って来るね。」
「?・・・・おいっ!?」

外に出ている商品だけでは飽き足らなくなったのか、は遂に店内へと踏み込んで行った。
店外に間柴一人を残して。

間柴には元来、女の買い物に付き合う趣味はなかった。
女に連れられてへらへらとランジェリーショップにまで付いて行く男に至っては、軽蔑さえしていた。

だが、今の間柴には選ぶ余地がなかった。
こんな所で男が一人佇んでいては、あらぬ疑いを掛けられかねない。
そんな不名誉な事態に陥る位なら、火の中に飛び込んだ方がマシというものである。

間柴は意を決して足を踏み入れた。
『秘密の花園』へと。




「あれ?どうしたの了?」
「あんな所で一人で待ってられるか。」
「ふふっ、意外と人の目を気にするよね、了って。」

間柴はからかってくるに顔を顰めてみせた。

「うるせえ。いいからとっとと選べ。」
「はいはい。ねえ、こっちのブルーとこっちのピンク、どっちが良いと思う?」
「どっちでも良い。」
「・・・・もーー、すぐそうなんだから・・・・。」

は素っ気無い態度の間柴に少々むくれて見せたが、すぐに気を取り直して両手に持っていた商品を元に戻した。

「じゃあさ、了はどんなのが好き?」
「何でも良い。お前の好きなのにしろ。」
「興味ない?」
「・・・・ねえ訳じゃねえけどよ。」
「なら了が選んでよ。ね?」

別に下着そのものには興味などないし、ベッドインの際にも大して見ちゃいない。
いざその場になると、『勝負下着』よりもその下に隠されている身体の方が気になる。
悲しいかな、男というのはそういう生き物だ。少なくとも自分は。

だが、全く興味がない訳でもない。目で感じる刺激もたまには欲しいところである。
おまけに恋人に笑顔で請われては、尚更断り難いというもの。
間柴は渋り半分楽しさ半分で、至る所にディスプレイされている商品を選び始めた。




「しかし何だってこんなにあるんだ・・・・。」

思わずそう呟いてしまうのも無理はない。
素材・デザイン・色、いずれも星の数程ある。
触れれば壊れそうな程繊細なものからワイルドさを感じさせるものまで、品揃えは実に豊富だ。
見れば見る程選べなくなってくる。
早くも困り果てていたその時、『その人』は現れた。

「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」

そう、爽やかな笑顔を浮かべた店員である。
取り敢えずが横に居る為怪しまれてはいないようだが、それでも気まずい事には変わりない。
だがそんな間柴の胸中を察する事なく、店員はすっかり横に張り付いてしまった。

「あら、素敵な彼女。プレゼントですか?」
「・・・・ああ、まあ。いやその・・・・」
「そんなに恥ずかしがらなくても〜!結構多いですよ、彼女に下着を選んであげる男性。」

― そんなに居るのか!?全く嘆かわしいぜ・・・・・!!

間柴は内心そんな風に毒付いてみたが、自分も今その一人になっている事には気付いていない。

「こちらなんか人気ですよ〜。定番の白!いかがですか?」
「そうねえ。ねえ了、これどう?」

店員から差し出された上下ペアの下着を身体に当ててみる
清潔感溢れる光沢を放つ純白のそれは、確かにスタンダードなだけあって良い感じである。

「・・・・良いんじゃねえか。」
「後は・・・・そうですねえ。これなんかどうかしら?」
「うわっ、派手ねぇ・・・!」

さっきの白を『良い』と言ったにも関わらず店員が繰り出してきた新たな商品は、目の覚めるような
スカーレットの生地に豪華なレースと細い金糸の刺繍があしらわれたペア。
その華やかさには少々気後れしているようだが、これはこれで中々刺激的である。
少なくともが今持っていないタイプであるから、買う価値はあるだろう。

「・・・・良いんじゃねえか。」
「プッ、了ったらそればっかり。」
「そうそう!カップルの方に丁度良い物があるんですよ!少々お待ち下さい〜。」

そう言って店の奥に行ってしまった店員は、しばらくしてある物を手に戻って来た。




「いかがですか?彼氏と彼女のペア!カップルの方に超オススメです!!」

店員は誇らしげにそう言うと、間柴に一着のショーツ、に一組の上下ペアを差し出した。
それを受け取った間柴は、そのデザインにすぐさま硬直した。

なっ・・・・、何だこりゃ!?
うわぁ、これ・・・!!凄いね、了・・・・!」

も同じく驚いている。
それもその筈、その『超オススメ商品』とは黒い総レースのランジェリーであったのだ。
しかもショーツは男女両方ともTバックビキニ。

― これでは色んな部分が透けて見えてしまうではないか!!

男性用・女性用のランジェリーを手に、二人は仲良く並んで閉口した。

「ちょっと刺激的ですけど、とってもセクシーでしょ?」
「は、はあ・・・・。」
「俺はこんなの履けねえぞ!」

先に我に返った間柴は、にこにこと笑顔を浮かべる店員に猛然と抗議した。
しかし相手は接客のプロである。
言葉巧みに二人を口説き始めた。

「あらそんな事!こういうタイプはお客様みたいに背が高くてスマートな人程似合うんですよ!」
「いや似合う似合わんの問題じゃ・・・・」
「彼女もとても良く似合うわー!ほら!ちっとも下品に見えないでしょ?むしろエレガントでミステリアスな感じ!」
「うっ・・・・ま、まあ・・・・」

店員の言っている横文字言葉はイマイチ分からないが、確かにには似合っていると思う。
この類はともすれば下品な商売女のようになってしまいそうだが、清楚な雰囲気を持つが着ければ、匂い立つような大人の女の色香が味わえそうだ。
それは間柴としても大歓迎であるのだが。

「でも私、こんなの着けた事ないし・・・・」
「なら丁度いい機会じゃないかしら?表には見えない下着なんだし、冒険してみましょうよ!」
「りょ、了・・・・、どうしよう?」
「どうってお前・・・・、俺に訊くな・・・・。」
「今はバーゲン期間中だから、お二人ペアで消費税込み5千円ですよ!普段なら8千円以上しますから、かなりお得です!」

確かに値引率はまずまずだ。
も満更嫌そうでもない。

迷う二人を脈有りと見たのか、店員はとっておきの殺し文句でとどめに掛かった。

「実はこの商品、凄い人気なんです。」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。これを着けると普段よりHな気分になれて新鮮なムードが味わえるって大評判で!」
「ふ、普段よりも!?」
「だ、大評判!?」
「はい。そんな人気商品ですから、いつ在庫が切れるか・・・。」
「うっ・・・・・」
「どうせならお安い今がチャンスですよ?」

勝負はついた。

「じゃ、じゃあ・・・・買っちゃ・・・・う?」
「・・・・・す、好きにしろ・・・!」
「あ、お決まりですねーー!?有難うございまーーす♪」

かくして二人は、『嬉し恥ずかし禁断の世界』に足を踏み入れる事となった。




「買っちゃったね・・・・。」
「・・・・言うな。」

二人は結局あの後更に言い包められ、揃いのストッキングにガーターベルトまで買ってしまっていた。
だが勿論これは用である。

「ちょっとドキドキだね。」
「・・・・・ケッ。」

ちょっとどころかかなりドキドキなのは、には内緒である。
は恥ずかしそうに頬を染めると、はにかんだ笑顔で提案してきた。

「折角買ったし、早速今日の夜・・・・試してみる?」
「・・・・・」

その言葉を待っていましたとは言えない。
本当は以上にすっかりその気になっているのだが、それも内緒である。
だが自分も着けなければならないとなると、今一つ気が引けるのも事実だ。

― 自分も?

!!???!!
「どうしたの?」

突然うろたえ出した間柴を、が不審そうに見た。

そうなのだ。
との魅惑の夜に目が眩んでつい失念していたが、自分の分もあるのだ。

― こんな物、久美には見せられねえ!!

「なあ、俺の分、お前ん家に置いといてくれねえか!?」
「え?いいけど・・・・」
「絶対だぞ!!俺がうっかり履いたまま帰りそうになったら言えよ!!」
「う、うん。」

恋人のには見せられても、妹の久美には見せられない。
兄の威厳は何としても保たねば。



恋人との夜のスパイスは、下手をすれば兄の面目を木っ端微塵に砕く諸刃の剣。
危険な『ブツ』を手に入れてしまったと、冷汗をかかずにはいられない間柴であった。




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後書き

うわっ、間柴夢を書くの本当に久しぶり!!
にも関わらずこんなのかよ、みたいな(笑)。ホント済みません(笑)。
しかし華やかなランジェリーは見てるだけでも楽しいですね。
お恥ずかしながら一応私も持ってはいるのですが、とんと出番が・・・(爆)。
Tバックはなんかケツが心細いし(←ケツ言うな)、ガーターベルトは着けるのが
面倒くさいし(←女リタイアかい 爆)。