よく晴れた日曜日。
間柴とは、とあるショッピングモールにてデートの最中であった。
そこはオープンして少し経つが、休日という事もあってそれなりに混雑しており、間柴は少々うんざりしていた。
しかしはそんな間柴をよそに、楽しそうにそこら中のショップを覗き込んではうろうろと歩いていた。
だからそうなっても仕方がなかったのだ。
「ちっ、どこ行きやがったんだの奴・・・・」
ぼんやり歩いていた自分が悪いのか、ショーウインドウに誘われるまま行ってしまったが悪いのかは分からないが、とにかく今、彼はとはぐれていた。
見渡してもの姿は見当たらない。
携帯を鳴らしてみたが、コール音が数回鳴った後留守電に切り替わった。
仕方がないので、間柴はを探すべくフロア内を歩き始めた。
そのフロア内はブティックが大半を占めており、色とりどりの婦人服がディスプレイされている。
間柴はその一軒一軒を覗いて回ったが、どこにもの姿は見えない。
靴屋にも鞄屋にもジュエリーショップにも、どこにもいない。
上の階に上がってみようか?
悩む間柴の視界の隅に、の後姿がちらりと映った。
慌ててその方向を凝視する間柴。
しかし声を掛ける暇もなく、彼女は一軒のファンシーショップに入って行った。
― 仕方ねえ・・・!
間柴は試合時以上の緊張感を漂わせながら、意を決して彼女を追うべく突入した。
可愛い小物と若い女性でごった返すパステルカラーの海に。
そこは案の定、間柴にとってこの上なく居心地の悪い店であった。
脱力する程間抜けな顔のキャラクター、胸焼けするような甘ったるい色彩。
そして何より、そこら中でキャーキャーと甲高い声を上げる若い女性客。
そのどれもが自分の気を滅入らせる。
何がそんなに楽しいんだよ。
イチイチ騒ぎ過ぎなんだよ、このガキ共が。
自分の後ろで『可愛い!』と連呼している女子中高生のけたたましい声が耳に障る。
久美も一時こんな系統の小物を集めていたが、ここまで騒ぐ程何がそんなに良いのかさっぱり分からない。
― 全く、女って奴は・・・・
そうだった。
こんな所で油を売っている場合ではない。
間柴は本来の目的を遂行すべく、店内を探し始めた。
すれ違う女性が、あからさまに警戒の視線を向けてくる。
何やらヒソヒソと囁く声も聞こえる。
全くもって不愉快だ。
自分がこの店に最も相応しくない客であることは、自分が一番分かっている。
用でもなけりゃこんな所、こちらから願い下げである。
間柴はチラチラと疑惑の念を向けてくる女達に向かって、『俺は連れを探しに来ただけだ!!』と怒鳴ってやりたくなった。
しかし相手は何分うら若き乙女達。大人気がないというものである。
早いとこを探してとっとと出よう。
間柴は周囲の視線を気にしないようにして、ひたすらを探すことに専念した。
店内は結構な広さがあり、かつ混雑している。
間柴はの長い髪とベージュのセーターを目印に、ひたすら女性客の波を掻き分けた。
そしてようやく、こちらに背を向けて立っているの姿を発見することが出来た。
― いた!!
間柴は足早に歩み寄って、その肩を叩いた。
「きゃっ!」
「ぅおっ!」
振り返った彼女は、とは全くの別人であった。
見知らぬ男(の人相)に明らかに怯える女性と、激しく動転する間柴。
「す、済まん、人違いだ!」
慌てて取り繕ったものの、女性は胡散臭そうに間柴を一瞥するとそそくさと立ち去った。
そして後に残されたのは、周囲の店員・客(※全て女性)の視線を一身に浴びる間柴一人。
『死神王者』の異名をとる彼でも、この場においては正に『蛇に睨まれた蛙』状態。
だらだらと冷たい汗が背筋を伝う。
― どうすりゃいいんだよ!!??
パニックに陥った人間は、しばしば予想もしない行動を取る。
追い詰められた間柴は何を思ったか、とっさに手近にあった品物を豪快に掴むとスタスタとレジに向かったのである。
そして突き刺さるような視線を背中に浴びながら会計を済ませ、猛然と店を出た。
「ハァハァ・・・、ったく、何だってんだ・・・!!」
辛くも脱出に成功した間柴は、店から離れるやいなや盛大な溜息をついてしゃがみ込んだ。
体力には絶大な自信があるのに、今は嫌な疲労感が身体全体を支配している。
肩で息をしながら体力の回復を待っていると、ふいに後ろから肩を叩かれた。
「!!」
「了!探したのよ、どこ行ってたの!?」
「そっ・・・!それはこっちの台詞だ!!」
真っ赤な顔で怒鳴り散らす間柴。
張り詰めていた緊張感が、の顔を見たことによって一気に緩んだようである。
一方、何があったか知らないは、訳も分からないままとりあえず間柴の額の汗をハンカチで拭く。
「ったく、お前が勝手にウロウロするから俺がこんな目に・・・!」
「何?何の事?何でそんなに怒ってるのよ??」
「・・・・もういい。行くぞ。」
「ちょっ!ちょっと待ってよ!!」
間柴は立ち上がっての腕を掴むと、そのまま足早に歩き始めた。
歩幅が合わないため、は小走りでついて行かざるを得ない。
「ちょっと待ってよ!」
「うるせぇ、またチョロチョロされちゃたまんねえからな。手ェ離すんじゃねえぞ。」
「子供扱いしないでよ、っていうかもっとゆっくり歩いてよ、ついて行けないじゃない!」
「・・・・」
ようやく落ち着いてきたのか、間柴はに合わせたスピードで歩き始めた。
無理のない歩行速度になって周りを見る余裕の出来たは、ふと間柴の手に握られたものに目を留めた。
「ねえ、それ何?手に持ってるやつ。」
「あぁ?・・・ああ、これか。・・・・・やる。」
ぶっきらぼうに突き出してくる小さな紙袋は、どう見てもファンシーショップのものだ。
何故?
「これってあそこのファンシーショップのものでしょ?珍しいね、了がそんな店で買い物するなんて。」
「別に欲しくて買ったわけじゃねえよ。」
「じゃあどうして?」
「うっ・・・・、仕方なかったんだ。」
「何の事か分かんないけど・・・、ありがとう!」
意味はさっぱり分からないが、嬉しい事には違いない。
はにこにこと紙袋を受け取った。
「何買ったの?」
「知らねぇ。」
「え?何で知らないのよ・・・。まあいいや、開けてみよう・・・、あっ!可愛い〜〜〜!!」
袋から出てきたのは、可愛いシールの束。
ピンクのウサギや色とりどりの魚、猫の肉球やお菓子など、無秩序ながらもどれも可愛いものばかり。
『よくできました』などという文字入りのものまである。
間柴がこれらを買うところを想像して、は思わず吹き出した。
「ちっ、笑うんじゃねえよ・・・」
「ごめんごめん!怒んないでよ〜!了の趣味って可愛いなって思っただけじゃない〜。」
「・・・・・趣味じゃねえ」
益々赤くなってむくれる間柴。
「怒んないでったら〜!ありがとうね!こういうの欲しかったの、本当にありがとう!!」
「・・・・嘘つけ」
「嘘じゃないってば!生徒達のご褒美用のシールに丁度いいもの!ありがとうね、了。」
「・・・・ならいい。」
嬉しそうに微笑むの顔を見て、段々間柴の機嫌も直ってきた。
散々な目に遭ったが、こうしても喜んでいることだし、まあ良しとしよう。
でももう二度と行かねえぞ・・・!!
どっと疲れた身体を引き摺りながら、間柴は固く決意した。
その後しばらく、の生徒達の楽譜には間柴からの(?)ご褒美シールが貼られることとなった。
それが思いのほか生徒達に大好評だったとか。