「ほんでな、そいつ何て言うた思う!?『その子は俺がおらなあかんねん、俺やないとあかん言うて泣くねん。』やて。
アホかっちゅーねん!!」
「しばいたれ、そんな奴。」
「うん、だからしばいて来たった!」
ここは大阪。『浪速のロッキー』こと千堂武士の自宅である。
天気の良い土曜日の昼下がり、千堂は自宅でまったりと寛いでいた。
そこへ突然乱入してきたのは『 』。千堂の幼馴染で目と鼻の先に住んでいる。
しょっちゅうお互いの家をアポなしで行き来するので、の突然の訪問は珍しくなかった。
『お邪魔しまーす!婆ちゃんこんにちは♪』という挨拶の後、のマシンガントークは始まった。
聞くところによると、4ヶ月前から付き合っていた男に別れを告げられたらしかった。
昨日会うなりいきなり別れ話を出され、理由は何かと問い詰めたところ、他に気になる女が出来たということらしかった。
相当頭に血が上っているらしい。凄まじい勢いで喋り倒している。
「お前まさか人前でしばき倒したんか?」
「当たり前や!頬っぺたに『バチコーン!!』決めてきたったわ!半泣きなっとったで。」
「えげつないなお前!」
「しゃーないやろ!あいつが悪いねんから、それぐらい当然の報いや!!」
千堂の祖母から差し出されたお茶を一口飲み、溜息をつく。
「人のこと馬鹿にしくさりよってからホンマ・・・!ブチ殺したろかっちゅーねん!!」
「いやもう十分やろ。お前のビンタくらって無傷な奴なんかおるか。」
「どういう意味やねんそれ?」
「いやいやいや。」
今にも胸倉を掴みそうな勢いのを宥めていると、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
「ロッキー!!おるんやろ!!遊ぼうや〜!!!」
近所の子供達がズカズカと入り込んできた。
「やかましわ!今大事な話しとんねん!あっち行っとれ!!」
「なんや、姉ちゃんもおったんや〜、ちょうどええわ。遊んでぇや〜!」
「なんやあんたら、学校は?」
「今日は休みやで〜。」
「ふーん、そうなんや。」
「どっか連れてってや〜!!めっちゃヒマやねん〜!!」
「そんなん知るか!!何でワイが連れて行かなあかんねん!!」
「まぁまぁええやん。せっかく天気もええし、部屋に篭ってんのも勿体無いしな。どっか行こうや、武士。」
にそう言われ、しぶしぶ了承する千堂。
「ほな支度してくるわ・・・。」
自分の部屋へ支度をしに行く千堂。茶の間の方では子供達の騒ぐ声と、『ほたえな!!』という
の声が聞こえてくる。千堂は溜息をついて、服を着替え始めた。
「ほんで?どこ行くねん?」
「せやな〜、あんたらどこ行きたい?」
二人の問いかけに、子供達は口々に『遊園地!』『水族館!』とリクエストする。
「そんなんあかん!遊園地は遠いし着いたらもう遅いがな!水族館も高いしあかん!」
千堂に速攻で案を却下された子供達から一斉に『えーー!!』『ケチー!』などのブーイングの嵐が湧き起こる。
「ほんならあっこにせぇへん?バッティングセンター。」
から提案が出た。
「まぁそれならええか、すぐ行けるしな。」
千堂も賛成する。
「まぁええか。ほな早よ行こや〜!」
子供達も納得し、一行はバッティングセンター目指して千堂家を後にした。
「あ〜っ!!スっとするわ〜!!」
は子供達と一緒になってはしゃぎ転げながら、やけに楽しそうにバットを振り回している。
その様子に半ば呆れながら、千堂はベンチに座って缶ジュースを飲んでいた。
「ロッキーと姉ちゃんはどっちが上手いん?」
子供達の疑問に、
『そらワイ(私)や!!』
と二人の声がハモる。
「なんやえらい自信やな?ワイに勝てると思とんか?」
「あんたこそ調子乗んのもえぇ加減にしときや。」
「ほな勝負や!!」
「望むとこや!!」
二人の勝負が始まった。
ヒットの回数はの方が少々多かったが、やはり腕力で千堂に勝てるわけもなく、文句なしのホームランで
勝者は千堂に決まった。
「キー!ムカつくわ〜!!」
は、負けた罰ゲームとして全員にアイスを奢らされることになった・・・。
「さぁ、そろそろ帰ろか。もう暗なってきたし。あんま遅なったら親心配すんで〜。」
千堂の一声でお開きとなる。
子供達を送り返した後、再び千堂との二人きりになった。
「どや?ちょっとはスッとしたか?」
「・・・・まぁな。」
夕闇の公園のベンチに腰掛けて、缶コーヒーのプルトップを開ける。
「まぁアレや、そんな男早よ切れて良かったやんか。」
「・・・・まぁな。」
さっきまで笑っていたの表情が、再び曇り始めた。
「・・・ちょっと今回はな。ちょっとだけ本気やってん。」
の独り言のような呟きに、千堂は無言で耳を傾ける。
「『大学卒業したらすぐ結婚しよう』とか言うとったんやで?あいつ。そらまだ早いし、そんなん信じてたんと
ちゃうけど、そんなん言われたら、もしかしたらいつかそうなるかもな、って思ってしまうやん?」
千堂は、をここまで本気にさせたその男を憎んだ。
出来もせんこと言うなや・・・!
今までの長い付き合いの間、お互いに恋愛相談や失恋話を幾度となくしていたが、
ここまで沈んだを見るのは初めてだった。
「ちょっとでも期待した私がアホやったな。今度からは簡単に『結婚』とか言う奴は信用せんとこ。」
自分に言い聞かすようにそう言うを、思わず抱きしめたくなる。
しかし長い間培ってきたこの関係を変えてしまうことが怖く、思い留まる。
「そうや、そんな大事なこと簡単に言う奴はあかん!己の言うたことに責任持つ男やないとあかんで!!」
抱きしめる代わりに、大きな声でを励ました。
「ワイが見込んだ男やないと嫁になんぞ行かせへんからな?」
「ブッ!あんたは親かっちゅーねん!」
父親のような千堂の口調に、は思わず笑って突っ込んでしまう。
人生初とも言えるほどの失恋をしたばかりのには、千堂の明るい励ましが心底有り難かった。
千堂とは多くを語らなくても分かり合える。
いつか幼馴染の線を越えることがあるかもしれない。でもそれはそれでどこか怖い。
男女の関係になってしまうと、いつか終わってしまうかもしれないから。
そんなことになるぐらいなら、このままでいい。
「そんなようなもんじゃ!」
「ほんだら何や?うち嫁に行く時あんたに『お父さん、今まで育ててくれて有難う』とか言うんか!?
ほんであんたビービー泣くんか?アッハハハハ〜!!!」
「誰が泣くか!ワイは何も言わへんねん。腕組みして『うむ』って頷くねん!」
「アハハ!アホちゃうか〜!笑わしよんなホンマ〜!!」
『『やっぱりこうやないと落ち着かんわ。』』
二人同じことを考えながら、大分暗くなった道を歩く。
昔から変わらない景色が、家路を辿る二人を優しく包んだ。