去年のクリスマスは、二人で街を歩いた。
プレゼントを交換して、美味しいワインで乾杯して。
来年もまたこうしようと、笑いあった。
去年のクリスマスは、二人で光の海の中に居た。
人込みに揉まれて顔を顰めながらも、楽しかった。
ごった返す人の波から彼女を護って歩きながら、幸せを実感した。
今日はクリスマスイブ。
街行く全ての人々が、幸せそうに見える日。
けれどもここに、浮かない顔をした男が一人居た。
「やってられへんわ・・・・」
心底嫌そうに呟いたこの男の名は、千堂武士である。
彼は今、ミナミの街を当てもなく一人で彷徨っていた。
「どいつもこいつも女連れてヘラヘラヘラヘラ・・・・、ドタマ来るわ・・・・・」
すれ違うカップルに小さく悪態をつきながら、それでも千堂は歩いていた。
ほぼ時を同じくして。
「やってられへんわ・・・・」
これまた同じような事を呟きながら歩く一人の女が居た。
である。
彼女もまた、ミナミの街を一人流離っていた。
「どこ見てもカップルカップル・・・・、うっとし・・・・・」
そこら中でいちゃつくカップルに眉を顰めながら、それでもは歩き続けた。
そして。
「うおっ、!」
「おー、武士。」
冷めた目をした二人は、街角で偶然出くわした。
まるでイエスキリストが引き合わせたかのように。
「お前何しとんねん?」
「別に〜、適当にぶらついてただけ。なんか美味しいケーキでも買うて帰ろかな、みたいな。」
「切な!!」
「切ない言うな!!そっちこそ何してんねんな?」
「ワイか?ワイはお前・・・・、女と待ち合わせに決まってるやろが。」
「へ〜、そうかいな。ほな頑張ってな。」
「スマン、嘘!ホンマはむっちゃヒマやねん!置いて行かんといて!!」
「切な!!」
「切ない言うな!!お前も一緒やろが!!まぁええわ、ええとこで会うたわ、取り敢えず茶でも奢ったるから付き合えや。」
「奢ってくれるんやったらどこでも行くで。」
かくして千堂とは、孤独なさすらいにひとまず別れを告げる事となった。
「どいつもこいつもクリスマスクリスマスて浮かれくさってからに・・・・、けったくそ悪いのう。」
「よう言うわ。アンタ去年のクリスマス、むちゃむちゃ浮かれくさっとったやろ。」
「う゛・・・・・」
喫茶店のテーブルでホットを飲みながら、千堂はバツが悪そうに口籠った。
向かいで同じくホットを飲むは、わざと意地の悪そうな笑顔を浮かべている。
「そういえば、あん時の彼女はどないなってんな?」
「どないて・・・・、イブにルミナリエ行きたい言うから連れてったってやな・・・・」
「ふんふん?」
「シャネルのバッグか何かが欲しい言うたから、それプレゼントしたってやな・・・・」
「ほんでほんで?」
「・・・・・次の日にそれ持って別の男とホテル入って行くの見た。そんだけや。」
「ブッ・・・・・!」
忌々しそうに吐き捨てる千堂に、は思わず吹き出してしまった。
「あははは!!!アンタ相当根に持ってるねんなー!!」
「笑うな!!!お前こそどないやねん!!」
「私?私はほら・・・・、前言うたやん。」
目を泳がせるに、今度は千堂が意地の悪い笑顔を浮かべた。
「スマン、忘れてん。もっぺん聞かせてくれや?」
「・・・・・梅田で遊んでた。」
「ほんでほんで?」
「プレゼント買い合って、向こうまだ学生やったから金なかったし、ディナーはうちが出して。ほんでそん時に、『大学卒業したらすぐ結婚しよう』って言われて・・・・」
「ほう!ほんで?」
「ほんで・・・・・、年明け早々、他に好きな女拵えよった。言うたやろが。」
「ブッ・・・・・!」
思い出すのもおぞましいといった風なに、千堂は憚る事なく大笑いした。
「わははは!!そやそや、そない言うとったなー!!スマンスマン、今思い出したわ!!」
「笑うな!!!何やねん、けったくそ悪いなーー!!」
「スマンて!そんな怒んなやー!」
二人は互いの古傷にちょっかいを出し、しばし笑ったり怒ったりを繰り返した。
だが、それは一旦盛り下がりを見せると、瞬時に虚しくなる遊びであった。
「あ〜あ、アホくさ・・・」
「ホンマや、もうやめやめ。」
「去年は忙しかってんけどな〜、今年はお前と茶しばくだけか・・・。寂し。」
「それは私の台詞や。ホンマ、『寂しい』通り越して『虚しい』わ。」
「そこまで言うかお前?はぁ〜あ・・・・、なんぞ面白い事ないんかいな?」
「なぁ?ないもんやな〜、ホンマ。もう夕方やし、ケーキ買うて帰ろか?」
「そやなぁ・・・・。」
一気にテンションの下がった二人が、カップに残ったコーヒーを啜っていた時。
もう一人冷めた目をした流離人が、二人の居る店を目指して疲れた足を引き摺っていた。
去年のクリスマスは、一人のマンションで彼が来るのを待っていた。
ささやかなディナーとケーキ、シャンパンを用意して。
私の料理を美味しそうに食べる、彼の笑顔を夢見ながら。
「やってられへんわ・・・・」
野太い声で気だるそうに呟いた女性は、目の前にあった喫茶店に足を運んだ。
彼女は今、店のチラシを山程配り終えたところで、疲れがピークに達していた。
「何がクリスマスやねん・・・・ちぃーっとも嬉しないわ・・・・・」
夕方になってより一層数を増したカップルにじろじろと見られる不愉快感に耐えながら、彼女は店内に入った。
その数秒後。
「あれーーっ!?千ちゃん!?ちゃん!?」
「ん?誰や?」
「あぁっ!!」
名を呼ばれた千堂とは、何事かと後ろを振り返り。
そして。
「「マリリン!!??」」
と、声を揃えて叫んだ。
「やっぱり千ちゃんとちゃんや〜ん!!うわ〜、えらい偶然やねーー!!」
「ほ、ホンマやなぁ・・・・!」
「武士、顔引き攣ってんで、顔。マリリーン、久しぶりー!」
「お・ひ・さー!って言いたいとこやねんけど、ちょ、ちょっと先座らせて・・・・!むっちゃしんどい・・・!!」
「ここ座りぃや。」
「え゛ぇ!!??」
「おおきに!」
嫌がる千堂を無視したに席を勧められたマリリンは、着ていた毛皮を椅子に掛け、千堂の隣席に巨体を押し込めてテーブルに突っ伏した。
「どないしたん?えらい疲れてるやん?」
「うん、今な、やっとこさ店のチラシ配り終わってな〜、もうクッタクタ!!あ、お姉さーん!冷コ頂戴!!あとお冷!」
「そない冷たいもんばっか頼んでどないすんねんな、自分。」
「喉渇いて渇いて・・・・!千ちゃん、ちょっと先これ貰ろて構へん?」
「・・・・・もう飲んどるやんけ。」
呆れ顔の千堂が頷く前に、マリリンは千堂の前にあった水を一息に飲み干した。
暫くして、ようやく落ち着けたマリリンは、二人ににこにこと問いかけた。
「ええな〜、今日はデート?」
「ちゃうちゃう。」
「たまたまそこで会うただけ。」
マリリンの質問を、二人は0コンマ数秒で否定した。
二人は以前、マリリンに恋人関係にあると嘘をついた事があったのだが、ある時ひょんな事からバレてしまったのである。
二人はその時、色んな意味で一大事になるかと恐れ慄いたのだが、意外にもマリリンは良好な反応を示したのであった。
という訳で、依然として千堂へのアピールは盛んだが、今は二人の良き友人となっているのである。
「またまたぁ!千ちゃんに何かプレゼント買うて貰ろたりするんちゃうん!」
「買うてくれんの、武士?」
「誰が買うか、アホ。」
マリリンは、いつもの如くな二人の掛け合いを薄く笑って見ていたが、不意に深い溜息をついた。
「ホンマにええなぁ、アンタら・・・・。うちなんか、まだ去年の事が忘れられへんで・・・・」
「去年何かあったん?」
「うん・・・・」
『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりに頷いて、マリリンは煙草に火をつけた。
「去年はな、うちにも彼氏がおってんやんかー。」
「彼氏て、自分。」
「武士、茶々入れな。ほんで?」
「去年のイブはな、うちの部屋で二人っきりでパーティーしよう言うてな。うち店も休んで、朝から料理ようさん作って・・・」
どうもマリリンは、見た目と違って非常に女の子らしいタイプのようだ。
笑い出したいような気色悪いような、千堂は早速そんな複雑な気持ちに駆られた。
だがは、真剣そのものな表情をして聞き入っていた。
「ほんで?」
「そんでな、ずっとその人が来んのを待っててんけど・・・・・」
「来ぇへんかったんかい?」
「うん・・・・。後で聞いたら、その日は奥さんと子供とホームパーティーしててんて。」
「妻子持ちやったん!?」
「そうやねん・・・・。うちも悪かってんけどな・・・・、あれは痛かったわ・・・。」
「聞いてるこっちが色んな意味で痛いわい。」
千堂は、心底うんざりしたように口をへの字に曲げて呟いた。
「あはは、ホンマ痛いわな〜!もううちもこりごり!」
「分かるわー!うちらも今さっきな、昔の事思い出して痛なっとったとこやねん!」
「あははは、そうなん!?いやー、偶然やなー!どんなんどんなん??」
興味津々で耳を傾けるマリリンに、は楽しげな口調で千堂と自分の過去の痛い出来事をとうとうと語った。
「うそーーん!それ酷ーーい!!男なんかどいつもこいつも同じやねんなーー!!」
「なーー!!信じられへんわ、ホンマ!!」
「あのな、コイツも一応男やねんぞ・・・・」
「千ちゃん酷いー!!うち心は女やって言うてるやーん!!そやけど千ちゃんも酷い女に当たってんなー!うち慰めたりたいわーー!!」
「いやいやいや!!要らん、全然要らん!!」
激しく頭を振る千堂にからからと笑い、マリリンは席を立つ素振りを見せた。
「さーてと!ほなうちそろそろ行くわ!」
「店?」
「そうやねーん!うち、今年のクリスマスは仕事に燃えんねん!!」
「おー、頑張れや。」
マリリンはぞんざいに応援する千堂に、ボリューム200%な睫毛でウインクを送った。
「今日な、うちの店クリスマスナイトやねん!いつもよりサービスするから、ヒマやったら二人で来てぇや!」
「え゛ーーー!!??」
「おっけー、ほな後で行くわ!」
「コラ!!何勝手に返事しとんねん!!」
「ええやん別に、どうせあんたもヒマやろ?」
「ヒマやけど・・・・、何かもうちょっとこう・・・・・」
「ほな待ってるわなー!千ちゃーん、ごっそー様♪」
「あーーっ!!お前コーヒー代・・・!こら待てオイ!!」
大声で呼び止める千堂に振り向かず、マリリンはゴージャスな毛皮を纏って颯爽と店を出て行った。
「コーヒー代ぐらいええやん。男の務めや。」
「何やねんソレ・・・・。ええけどやぁ、別に・・・・。」
「ほな、うちらももうちょっとしたら行こか。」
「ホンマに行くんか!?」
「約束したやん。」
「あ〜あ・・・・、今年のクリスマスはお前とオカマバーか・・・・・、切な。」
「切ない言うな。マリリン張り切って踊ってくれんでー、多分。」
「行く前からテンション下がる事言うな。」
去年のクリスマスは、眩暈のするような恋の幸せに浸りきっていた。
今年のクリスマスは、そんな心を震わせる激しい恋はないけれど。
というか、まるでやけくそのような過ごし方ではあるけれども。
束の間の幸せで終わった去年よりきっと、もっとずっと楽しい筈。
Happy Merry Christmas・・・・・