天気の良い休日の昼下がり。
は一人、ウインドーショッピングを楽しんでいた。
途中、ふと気が向いて、は千堂のジムの前を通りがかった。
ジムおるんかな?
それかロード出てるやろか?
ぼんやりと考えながら歩いているうちに、ジムの前まで到着した。
その時、の後ろから若い女性の3人連れがやって来て、先にジムの扉を開けた。
「すいませーん!千堂さんいてはりますか?」
「はいはーい!ちょう待ってやー!千堂!千堂!!お客さんやでーー!!」
「客ぅ!?誰やねん?」
呼びかける柳岡の声と、それに答える千堂の声がジムの奥から聞こえた。
程なくして、千堂がタオルで汗を拭いながら玄関へ現れた。
は、反射的に姿を隠した。
「ワイに何ぞ用でっか?」
「こんにちはー!私ら千堂さんのファンなんですーー!いっつも試合見てますーー!!」
「はぁ、そらおおきに。」
「ほら、早よ言いーや!何しに来てんな!!」
「早よ!!」
「や・・・、やっぱあかんて・・・」
2人の女性が、もう1人の女性に何事かをけしかける。
大人しそうなその女性は、モジモジと下を向いて口ごもっている。
「もー!しゃーないなー!千堂さん、この子千堂さんの事ごっつい好きなんです!」
「もーーー!!言わんといてーやー!!」
「あんたが言わんからやろ!」
「なぁ、あんたら言うてることワイさっぱり分からんねんけど・・・・。」
「ほら、千堂さん困ってはるやん!ちゃんと言いーや!!」
どうリアクションしていいか困った様子の千堂と、ますます急かし立てる連れに焦ったのか、その女性は真っ赤な顔で早口に言い放った。
「私、千堂さんが好きなんです!良かったら付き合って欲しいんです!!」
「よっしゃ!よう言うた!!」
「ちゃんと言えるやーーん!よう頑張った!!」
連れの2人は、口々にその女性の健闘を褒め称える。
千堂は少々困りつつも照れたような顔をして、頬を掻いている。
そしてその女性からふと目を逸らした千堂は、視界の隅にの姿を見つけて呼びかけた。
「ん?!?お前こんなとこで何してんねん!」
千堂の呼びかけに、女性3人が一斉にの方を向く。
もはや隠れても無駄だと悟り、平静を装って千堂の前に歩み寄った。
「別に何も。ブラブラしとったら近くまで来ただけや。」
「ほー。お前も大概ヒマなやっちゃのう。」
女性達の気まずいムードをものともせず、普段通りの軽口を叩く千堂。
「あの、千堂さん?この人千堂さんの彼女ですか?」
「いや。腐れ縁の連れや。」
千堂の何気ない一言が、何故かの心に深く突き刺さる。
しかしは動揺が顔に出ないよう、努めて冷静を装って千堂に同調した。
「そうです。只の幼馴染ですわ。」
「そうなんですかー、良かったーー!彼女いてはるんかと思った!!」
の演技を疑わない女性達は、安心したのか嬉しそうに騒ぐ。
そして千堂に返答を迫る。
「ほなこの子と付き合ってくれはりますか?」
「あきません?ほんまええ子ですよ?」
「え・・・・?」
流石にの前では言い難いのか、困ったように口ごもる千堂。
何かを問いかけるようにちらりと投げてくる視線が、の癇に障った。
「ええやん、付き合いーや。あんた今彼女おらんし。」
は心の内側を悟られないよう、明るい声で何気ない風を装って言い放った。
「・・・そやな。ワイでええんやったら構へんで。」
「やったーー!!やった、やったやーーん!!」
「おめでとーーー!!良かったなーー!!」
一瞬の沈黙の後、女性の申し出を受ける千堂。
玉砕覚悟だったのか、告白した女性は嬉し泣きに崩れ、連れの女性が嬉しそうにその涙を拭っている。
「ほな私帰るわな。ジャマすんのもなんやし。」
「あ、ほんだらうちらも失礼します。千堂さん、この子のことよろしくお願いします!」
連れの女性達はそう言ってそそくさと帰っていった。
「ほなな。あんじょうやりや。」
千堂とまだ泣いている女性を置き去りにして、もその場を去った。
なんやねん、あの目ェ。
なんであんな目ェすんねん。
けったくそ悪いわ・・・・。
はらわたが煮えくり返りそうになりながら、は早足で歩き続けた。
そのまままっすぐ家に帰り、自分の部屋に入るなりベッドにクッションを叩き付けた。
「っあーー!!ムカツクわーー!!」
は煙草に火を点けて、煙を深く吸い込んだ。
刺々とした気持ちが、少しだけ落ち着く。
いちいちキレなや。
こんなんもうなんべんもあったやんか。
は、自分に落ち着け落ち着けと言い聞かせる。
実際長い付き合いの間に、このようなことは何度もあった。
こういう時の対処法は分かっている。
気の済むまで千堂の悪口を言い、食べて、寝る。
それに限る。
高校の頃、千堂が初めて自分の前に『彼女』を連れて来た時のことを、今でもはっきりと思い出せる。
嬉しそうにはにかんだ笑顔が、憎たらしい程輝いていた。
自分の前で千堂の世話を甲斐甲斐しく焼く女の子が、正直うざったかった。
何故か分からないがやたらに腹立たしくて、しばらく千堂と口もきかなかった。
次第に、その腹立たしさに何とも言えない寂しさが混じって、泣きたくなった。
その感情が『嫉妬』というものであることに気付いたのは、千堂に2人目の彼女が出来た時だった。
私別にこいつと付き合ってるわけでもなんでもないしな。
ええやん、別に。
うちらはこのまま『連れ』でええねん。
千堂が2人目の彼女と別れて新しい恋の相談を持ちかけて来た時、はそう割り切るようになった。
それ以来、随分と気が楽になった。
しかし、全く気にならないわけではない。
何度経験しても、じりじりと胸を焦がす苦しみは変わらない。
「ほんま・・・、けったくそ悪いわ・・・・。」