「なあ武士、教えて欲しい事があんねんけど。」
「なんやねん、改まって。」
のいつになく深刻そうな頼み方に、千堂は飲んでいたお茶のコップをちゃぶ台に置いた。
「早よ効果の出るダイエット方法。なんかある?」
「・・・・何や、何や思たらそんなしょうもない事かい。」
「しょうもない言うな!こっちは切羽詰まっとんねん!」
「なんでやねん?」
「もう夏やんかー。夏っちゅーたら水着着るやろ?せやけど昨日体重量ったら2キロ肥えとってん・・・。」
「ほー。そら難儀やなぁ。」
下らんとでも言いたげな千堂。
全く感情の篭っていない口調で、適当に相槌を打つ。
「せやけど、2キロぐらいええんちゃうん?水着着るぐらいでそんな気にすんなや。」
「あかんねん、気になるねん!ご飯減らしてみたけどイマイチやし。なんかええダイエット教えてぇや!」
「取り敢えず、アホかお前。」
「なんでやねん?」
「ホンマに効果のあるダイエットが、そんな簡単に出来る思てんのか。」
「うっ・・・・」
千堂の顔が、幼馴染からプロの顔に変貌する。
決して馬鹿にするでもなく、至って冷静で真面目な口調に、はいつになく弱気になった。
千堂は更に追い討ちをかけるように、耳が痛い事を挙げ連ねていく。
「まずやな、美容目的のしょうもないダイエット如きで、そんな大層な事せんでええんじゃ。」
「『如き』とか言わんでもええやろ!」
「まあ黙って聞けや。ワイらみたいな商売とか、医者から言われるぐらい肥えとんねやったら別やけど、メシ減らしたり抜いたりすんのは却ってヤバいぞ。」
「や、やっぱりそうなんや・・・?」
「当たり前や。おまけにお前一応女やんか?」
「『一応』は余計じゃ!正真正銘女やっちゅーねん。」
「変にやり過ぎて生理止まったらどないすんねん。大事やぞ。」
「せっ・・・!変な事言うな!!」
は千堂の背中をバシッと叩いたが、千堂は大真面目に反論した。
「アホかお前!!変な事あるかい!!大問題やろが!!」
「・・・・わ、分かったがな・・・。」
「妥当なんは、メシを野菜とか魚中心にして、間食止めるぐらいやな。あとはひたすら運動や。以上。」
「え〜〜〜、運動〜〜〜!?」
「当たり前じゃ。今ついとる脂肪は運動して取らなしゃーないやろが。」
「運動嫌いやねんけど。暇もないし。」
「そんなん言うとる内は痩せへんぞ。大体なぁ、筋肉つけて身体締めやな、体重だけ減っても見た目あんま変わらんぞ。チチだけのうなって終いや。」
千堂の言うことはイチイチ的を得ている。
けちょんけちょんに言われつつも、間違っていないだけにぐうの音も出ない。
「・・・・ほな、運動って何したらええねん?」
「せやな、ワイのロード付き合ってみるか?」
「無理!!暑いし!!」
「加減したるがな。ほんでどうせお前、仕事済まな出来ひんやろ。晩やったら暑ないやろが。」
「・・・・ホンマ?」
「ホンマホンマ。」
「ほな・・・・、そないしよかな。」
「よっしゃ、決まりやな。ワイの事は『コーチ』て呼べよ。」
「何言うとんねん。」
妙に嬉しそうな千堂の笑顔を訝しみつつも、は彼に師事する事にした。
翌日。
千堂は、近所の公園でが来るのを待っていた。
しばらくして、疲れた顔のが現れた。
「お疲れさん。」
「おう、お疲れ。」
「ホンマに加減してや。」
「分かっとるがな。ワイに任せとけや。」
「・・・・・ホンマにうち痩せれると思う?」
はまだ何処か不安があるようだ。
千堂は、そんなに胸を張って答える。
「ワイを誰や思とんねん。ウエイトコントロールのプロやぞ。あんじょう痩せさせたるさかい、頑張れや。」
「・・・・ホンマやな。うん、なんかやる気湧いてきたわ!」
「よっしゃ、ほなまずはストレッチからやろか。」
「よっしゃ。」
まずは軽く体操をした後、ストレッチに入る。
「足開いて座れ。」
「こう?」
「よっしゃ。力抜いて楽にしとけや。」
「いっった・・・・!イタタタタ!!!」
開脚して地面に座ったの背中を、千堂が前へ倒す。
決して力は入れすぎていないが、運動不足気味のには堪えるらしい。
「痛い!痛いって武士!!」
「コーチや言うてるやろ。」
「コーチ!!マジで痛いっちゅーねん!!」
「あと10辛抱せい。い〜ち、に〜い、さ〜ん・・・」
「もっと早よ数えてぇや!!!」
まるで拷問のようなストレッチが続くこと約10分。
体中の筋をあちこち伸ばされ、ようやく解放された時には既にの息は上がっていた。
「も、もうあかん・・・・。」
「何言うとんねん。まだまだこれからやろが。ほれ、立たんかい。」
「なんであんたそんなキツいん!?加減する言うたやんかーー!!」
「これでも十分加減しとるわい。行くぞ。ワイの前走れ。」
千堂はの背中を押すと、自分の前を走らせた。
仕方なく走り出す。
しかし。
「お前やぁ・・・、もっと早よ走られへんのか?銭亀より遅いがな。」
「こっ・・・、これが・・・、限界やっちゅーねん・・・!」
呼吸一つ乱れていない千堂に対して、は酸欠寸前状態である。
歩いた方が早いような速度で、ヨタヨタと走っている。
「しんどいしんどい思うからしんどなるねん。気張って走らんかい!」
「無理・・・・!!」
「水着着るんちゃうんかいや?」
「・・・・・」
千堂の発破に、は何とか気を奮い立たせてスピードを上げる。
ようやく少しジョギングらしくなってきた。
そして数十分後。
「いった!いーーったぁーー!!」
「な、なんや!?どないしてん!」
「足、足つった・・・!!痛い痛い痛い!!!」
脹脛がつって、のたうち回る。
脹脛がつるのは本当に痛い。
瞬時に全ての思考が吹っ飛び、ただ激痛に翻弄されるのみである。
早く直したいのはやまやまであるが、は靴一つ脱ぐことが出来なかった。
「しゃーないなー。ほれ、足貸せ。」
千堂は呆れたようにしゃがみ込み、の靴を脱がせた。
そして足の親指を内側に曲げる。
はしばし『痛い痛い』と呻いていたが、やがて落ち着きを取り戻し始めた。
「どや、もう大丈夫やろ。」
「うん・・・・。あーー、痛かった・・・。足つったん久しぶりやわ。」
「気持ちは分かるけど、何も道の真ん中であない豪快に転げ回らんでも。」
「アホか!ホンマに痛かってん!!」
「分かっとるっちゅーねん。ほんでどないや。まだ走れるか?」
「走れるかい。」
千堂の無茶な質問に、はドスの利いた声で即答した。
「まあそらそうやな。ほなもう帰るか?」
「うん。そうするわ。」
は立ち上がって歩き出そうとしたが、まだ脹脛が強張っている感じがして上手く歩けない。
見かねた千堂がの前にしゃがみ込み、背中を向ける。
「ほれ、負ぶされや。」
「ええの?」
「おう。『お願いします、コーチ』言うて可愛くお願いしたらな。」
千堂の茶化した口調にこみ上げるものを感じつつも、はしぶしぶその台詞を口にした。
「お、お願いします、コーチ・・・・」
「ん〜〜、あんま可愛げがあらへんなぁ。ワイを誰や思とるんかな?」
「・・・・やかましい!ゴチャゴチャ言わんと早よ乗せや!!」
は千堂の背中に全体重を掛けてダイブすると、首に回した手を力一杯締めた。
「ぐえっっ!!お前、首絞めんな・・・!!分かったがな!!」
「分かったらええねん。さ、家帰ろか。」
「・・・・・ホンマお前、なんでそんなんだけ力残っとんねん。」
「ええから早よ歩いて。」
「・・・・へいへい。」
千堂はを背負いながら、暗い夜道を歩いていく。
「お前、ショッパナからこんなんでどないやって痩せる気やねん。」
「それ言わんといてや。」
「お前のこの運動不足、ダイエット以前の問題やんけ。」
「・・・・それもキツいわ。」
「ええか、帰ってメシ食うんはええけど、油っこいもん食うなよ。」
「・・・・分かってるがな・・・・」
「『食後のアイスは別腹♪』とかも禁止やぞ。」
「・・・・・ん・・・・・」
「おい、聞いとんか?どないしてん?」
千堂は首を捻って、背中のを見た。
「寝とるがな。」
呆れたように呟く千堂。
相当疲れたのか、は気持ち良さそうな寝息を立てている。
「こいつ絶対ダイエット失敗しよんな・・・・。」
千堂はずり落ちてきそうになるの身体を揺すり上げると、小さく溜息をついて家路を急いだ。