「ホンマに大丈夫なんか!?」
「だーいじょうぶやって!!ちゃんと聞いてんから!!」
千堂家の台所で騒いでいるのは、この家の住人・千堂武士と幼馴染の。
本日は5月5日。
こどもの日にして、千堂武士の誕生日である。
この二人が何をしているかと言うと。
「えーとやな、まずはちまきからいこか。」
端午の節句に欠かせないもの、ちまきと柏餅を作ろうとしているのである。
誕生日のイベントとして、が言い出したことであった。
和菓子を作るのは初めての、お菓子作りなどには微塵も興味のない千堂。
さてさてどうなることやら・・・・
「まずはやな、これに材料入れてチンするねん。」
「材料てどれやねん?」
「えーと、上新粉と砂糖と塩と、水?あれ、お湯やったかな・・・?」
「危なっかしいのう、ホンマに大丈夫なんか!?」
「あれ?よう聞いてきてんけどな・・・。」
ショッパナから不安がよぎる。
首を傾げるを、千堂は不安そうな目で見つめた。
「えーい、水でいこ!どうせチンしたら熱なるねんから。」
「適当やのう。」
「ええから早よ入れて。分量はなぁ、柏餅も作るから、袋の半分にしとこか。」
「他のやつはどんぐらい入れたらええねん?」
「何か結構入れた気するねんけど、あんまり甘いのは止めといたほうがええやろ?」
「まあな。減量きつなるし。」
「ほな、こんぐらいで。」
がスプーンでドサドサと砂糖を入れる。
次いで塩も加える。
「ほんで塩を少々、っと。」
「水どんぐらいや?」
「多すぎたらおかしいやんな。とりあえず入れてみて。・・・・、よっしゃ、ストップ!!」
「ほんでこれをチンやな。何分や?」
「えーとな、3分ぐらいかな。」
千堂が材料を入れた耐熱容器をレンジにかけた。
そして待つこと3分。
「出来たで。・・・なんかボソボソやなぁ。」
「あれ、水少なかったかな?ほなもうちょい足してもっぺんチンしよ。」
というわけで、更に水を足して再び3分。
「よっしゃ。出来た。ほんでこれどないするねん?」
「これをな、ボウルに入れて混ぜるねんて。」
「ほれ、ボウル。これでええか?」
「うん。」
千堂に手渡されたボウルを受け取り、が材料をそれに移す。
「ほんでやな、これを混ぜるねん。」
「ワイやったろか?」
「そやな。頼むわ。」
千堂がボウルの中身をぐりぐりと木べらで混ぜる。
しかし。
「なあ、これボソボソのままやねんけど、失敗ちゃうんか?」
「ちゃう!!」
「何の根拠があってそない自信満々に言い切るねん・・・。これ見てみろや、ボソボソやんけ!!」
「ほな水足したらええやん。」
「アバウトやなぁ〜。」
不安を覚えつつも、千堂はに言われた通り少し水を足して更に混ぜていく。
しかし生地はなかなかしっとりせず、苛々してきた千堂は一思いに水を入れた。
「えーい面倒じゃ!!チマチマチマチマやっとれんわ!!」
「あーー!!そんないっぺんに水入れなや!失敗するやろ!!」
「どうせもう失敗しとんねんからええやろ!!」
「失敗してへんちゅーねん!!」
ギャーギャーと小競り合いになりながらも、とりあえず手は動かしてみる。
するとようやく、ボソボソだった生地がしっとりとまとまってきた。
「お、ほら見てみぃ。ワイのやり方がおうてるやんけ。」
「なんかムカつくけど、まああんじょういけてんねやったらええわ。もっと混ぜて。冷めやな形作られへんから。」
「よっしゃ、任せとけ!!オラオラオラー!!!」
ようやく思い通りになってきたせいか、千堂が俄然やる気を出した。
腕力にものを言わせてボウルの中身を激しく練り回す。
日本屈指のハードパンチャーに力一杯こねくり回されては、ちまきの生地などひとたまりもない。
あっという間に粗熱が取れ、生地がまとまって・・・
「あれ?なんかベチャベチャしてへん?」
「・・・気のせいやろ。気にすんな。餅やねんからこんなもんじゃ。」
「そう、なんかな・・・?まあええわ。ほんならこれを手で捏ねて。」
「今混ぜたとこやんけ。」
「手でも捏ねるねんて。」
「ふーん。」
言われた通り、千堂は中身を自らの手で捏ねた。
「なんや手にベタベタくっつくぞ。ホンマにこれいけてんか?」
「こんなもんや言うたんあんたやろ?それにもう今更粉入れられへんし、しゃーないやん。」
「やっぱり失敗ちゃうんこれ。」
「ブツブツ言わんとちゃっちゃとして。出来た?」
「おう。こんなもんやろ。」
「ほなこれを笹の葉っぱで包むねん。」
なんとなく嫌な予感がしつつも、二人はそれには目を瞑って次の工程に取り掛かった。
前もって茹でておいた笹の葉に、先程のちまきの中身を包んでいく。
「どないやって包むねん?」
「えーとな、どないやったかな。」
「お前どこが大丈夫やねん!全然あかんやんけ!!」
「やかまし!適当にそれっぽく包んどいたらええねん!!」
「その『それっぽい』が分からんから聞いてるんじゃ。」
「うるさいな〜、適当にやりぃや。」
包み方を知らない二人は、四苦八苦しながら餅を笹の葉に包んでいく。
「あんた何それ!?」
「やかまし!!しゃーないやろ!!ワイこういうん苦手やねん!!」
「えっらい不細工やでしかし。」
「やかましわ!!お前のんも似たり寄ったりやろ!!」
「あんたのよりマシですぅ〜。」
「ムカつくやっちゃな・・・!」
千堂が悔しそうに唇を噛む。
まあ実際似たり寄ったりな出来なのだが、やはりの作った方が少々小奇麗にまとまっている。
「出来たで。ほんで次は?」
「こんで終いや。」
「えー!?これで終いかい!?蒸したりせんのか?」
「せぇへんらしいで。これはこんで出来上がりや。」
「こんなんで出来上がりかい・・・。もう絶対失敗しとるで。」
「うるさいな!冷えたら固まるからええねん!次まだ作るもんあるねんから、チャキチャキ行くで!!」
不安を抱えながらも完成したちまきを皿に盛り、二人は二品目の作成に取り掛かった。
「次はな、柏餅や。ちまきとほとんど一緒らしいからすぐ出来るな。」
「ホンマかいな。」
「さっきの残りの上新粉とな、片栗粉と、砂糖と水や。」
「それもチンかい?」
「そう。」
二回目のせいか、二人は慣れた手つきで材料を耐熱容器に入れる。
「分量は?」
「上新粉は残り全部いってまい。砂糖と水はさっきと一緒ぐらいでええんちゃう?」
「片栗粉は?こんだけやねんけど。」
千堂に差し出された片栗粉は残り少なかった。
「残りこんだけか。全部いってもうてええ?」
「ええで。」
が片栗粉をありったけ全部容器に投入する。
そして先程と同じように3分間チンしてみる。
「でけた。今度はちゃんと一回であんじょういけてるな。」
「ほな武士、また混ぜて。」
「よっしゃ。」
というわけで、再び千堂の右腕が唸る。
これまた二回目のため、手順を覚えている千堂は難なくそれをこなした。
「でけたで。ほんで?」
「これは簡単やで。粒あん買うてきたから、これを中に入れるだけや。」
「どないするねん?」
「適当にこないしてちぎるやろ?ほんで一旦丸めて・・・、そうそう。ほんでそれを薄っぺらく伸ばして。」
「こうか?」
「そうそう。ほんだら真ん中に適当に餡子を乗せて、ほんで包むねん。そうそう。出来たやん。」
「ホンマや。これは簡単やな。」
「出来たらこれで巻いてな。」
「おう。」
に差し出された柏の葉を巻きつけ、千堂が一個目を完成させた。
先程のちまきより明らかに出来映えが良い。
それに気を良くした千堂は次々と餅を成形していく。
も参加し、あっという間に柏餅も完成した。
「出来たーー!!」
「よっしゃー!早速お茶淹れて食べよか。」
「そやな。」
完成したちまきと柏餅の皿をちゃぶ台に置き、満面の笑みを浮かべる千堂と。
早速熱い日本茶を淹れて試食である。
「婆ちゃんの分置いといたりや。」
「分かっとるわい。いただきまー・・・」
「ちょっと待ち!」
「なんやねん?」
千堂は伸ばしかけていた手を止めて、『待った』をかけたを見た。
するとは姿勢を正し、千堂をまっすぐ見てにっこりと笑う。
「これ言い忘れたらあかんがな。武士、誕生日おめでとう。」
「お、おう・・・。おおきに。」
改めて言われると気恥ずかしい。
それにいつも見慣れているはずの笑顔が、今日はやけに眩しい。
― なんや、ええムードやんけ。
よくよく考えてみれば、二人っきりでお菓子を作って誕生日を祝うなんて、今までなかった。
今の自分達の状況が妙にくすぐったい感じがして照れてしまう。
「さ、食べよ。」
「そやな。」
「あんたが作ったやつにしよかな。」
「ほなワイお前が作ったやつにしとくわ。」
さっきまでの騒がしさが嘘のように落ち着いた二人は、はにかんだような笑顔を向け合いながら、不恰好なちまきに手を伸ばした。
「頂きます。」
「頂きます。」
・・・・・・。
「だから言うたやろ!!思っクソ失敗しとるやんけ!!!」
「やかましいわ!!!あんたが水入れすぎるからや!!!」
「水以前の問題じゃ!!味あらへんがな!!!」
「あんたが甘いの嫌や言うたからやろ!!!」
「柏餅はどないやねん・・・、これも微妙やぞ!!」
「餡子入ってるからまだ食べれるやん!餡子の甘いのでごまかせてるやんか!!」
「ごまかすな!!!」
処分に困る味の和菓子の山を前に、二人の小競り合いは続いた。
その後、二人はそのブツを近所の子供達に『こどもの日のお祝い』として配ったとか。
それを喜んで持ち帰った子供達が食べてどんなリアクションを返したは闇の中である。