恐るべき子供達 4




ここは大阪のとある下町の一角、千堂家。
今年もまた、千堂家には穏やかで静かな正月が訪れていた。


「祖母ちゃん、正月ぐらい店休んでどっか行かへんのか?」
「アホ言うな。正月こそ書き入れ時なんや。わてら商売人には盆も正月もあらせん。」
「そんなん言うたかて、うち駄菓子屋やで。客言うてもガキンチョしか来ぇへんがな。」
「アホやな〜。正月はそのガキンチョがいっちゃん金持っとんねがな。お年玉貰えるさかいな。」
「さいでっか。」

元旦早々今年も太く商売っ気を出している祖母を諦めたように見て、千堂は小さく溜息をついた。



「ワイは何しよかいな・・・・・・。」
「店手伝う気ないんやったら出掛けてや〜。正月早々ゴロゴロゴロゴロされとったら敵わん。」
「へーへー・・・・・・」

そうは言っても、財布の中は正月早々寒々しい。
こんな状態で何処へ行けというのかと、途方に暮れていたその時。







「婆ちゃーん、明けましておめでとうーー!!!」
「おめでとーーー!!」
「はいよはいよ、明けましておめっとさん。今年もようさん買いに来てや〜。」

けたたましい声を上げて、子供達が店へと雪崩れ込んで来た。
ホクホクと上気している顔を見ると、それぞれにお年玉が貰えたのであろう事が容易に分かる。
それを恨めしげに見ていた千堂に気付いた子供達は、パァッと顔を輝かせて千堂の周りを取り囲んだ。


「ロッキー、明けましておめでとう!」
「おう。おめっとさん。」
「今年もよろしくな!」
「ほんでなロッキー、早速で何やけど、お年玉ちょうだい!」
はぁ!?

何のタメも遠慮もなく、単刀直入に言ってのける子供達に、千堂は目を剥いた。


「お前らな、あんま調子乗っとったらしまいにしばくぞ!!年玉なんかあらへんからな!!」
「何でやねんなーー!?」
「一週間前に『クリスマスプレゼント寄越せ』言うてワイの財布空っケツにしたんは誰や!?」
「それはそれ、これはこれやん!」
アホか!!ホンマつい一週間前やぞ!?ホンマかなんわ、このガキら・・・・!」
「ちょお、どこ行くねんなロッキー!?」
「どこでもええやろが、ついて来んなよ!!祖母ちゃん、ちょっと出掛けて来る!!」

三十六計逃げるにしかず。
という訳で、千堂は着のみ着のまま家を飛び出して行った。













ピンポーン。


『はーい?』
「あっ、おばちゃん!?ワイワイ、千堂!おる!?」
『ああはいはい、おるよー。今開けるわな〜。』

の母に玄関を開けて貰って転がるように中に入り込んだ千堂は、全力で走ってきて切れた息を整えつつ、の母にニコニコと笑って挨拶をした。


「おばちゃん、明けましておめでとうさん!正月早々すんまへん!」
「はいおめでとうさん。今年もよろしくね。ええんよー、丁度あの子起こそうと思ってたとこやし。」
「嘘やん、まだ起きてへんの!?もう昼近いで!?」
「まだ起きてへんねん。もうホンマ、一遍怒ったって、武ちゃん。」

の母にそう言われ、千堂は二階のの部屋へと向かおうとした。
しかし、その時。





ピンポーン。




「誰やろ、はーい!?」

の母が玄関ドアを開けた瞬間ワラワラと雪崩れ込んで来たのは。



「おどれら!?!?」
「やっぱりここ来とったんか、ロッキー!」
「見つけたで〜、ヒヒヒヒ。」
「あ、悪魔や、こいつら悪魔や・・・・・!ワイ悪魔に付け狙われとる・・・・・!
「あっ、姉ちゃんのおばちゃん、明けましておめでとう!」
「おめでとうー!」
「はいはい、おめでとう。武ちゃん、今年も子供らにモテモテやな、あっはっは!」
「おばちゃん・・・・、それちっとも嬉しないねんけど・・・・・」

顔を顰めつつ、千堂は子供達に向かって怒鳴った。


もーお前ら、帰れ帰れ!!正月早々人ん家に迷惑かけんな!!」
「ロッキーかてかけてるやんけ!」
「あ・・・、アッホかお前ら!!ワイは用事があんねん!!ええかお前ら、おばちゃんに『お邪魔しました』言うて帰れよ!!」

子供達にそう言い付けてから、千堂は逃げるように階段を上がった。
しかし、そのすぐ後を追って来る子供達の無邪気な足音が聞こえる。
なまじ無邪気だからこそ怖いのだ。


「た、助けてくれ、・・・・!!」

ここは一つ、寝起きのに一喝して貰うしか逃れる術はないと咄嗟に考えた千堂は、勢い良く扉を開いた。





!!!!」
「あ・・・・・」
「い゛・・・・・・・」

開けた扉のその向こうには、間一髪起こされる前に自力で起きたが。
そして、扉の外側では、着替えの最中であるの半裸の姿を呆然と見ている千堂が。


それぞれに唖然と、お互いの顔を見つめる事となった。



「・・・・・・い〜ややこ〜や〜や〜♪ロ〜ッキーのスーケーベー♪

そして、間の悪い空気を打ち破るようにして子供達の無邪気な歌声が響いた直後。




何見てけつかるんじゃ、このドアホーー!!!

のドスの利いた怒号と共に、大きなクッションが千堂の顔目掛けて投げつけられた。












「正月早々何を血迷ってんねん、ホンマ。」
「アホ抜かせ!!覗きとうて覗いたんちゃうわ!!ドア開けたらお前が勝手に着替えしてたんやんけ!?」
「その割にはジーッと見とったな。ほんで勝手に家上がって来たんはそっちやろ。ここは私の家や。」
「う゛・・・・・、それは・・・・・・」

一応茶などは出して貰えたものの、千堂はの冷ややかな口調で散々と咎められていた。


「で?アンタ何しに来たん?」
「いや・・・・・、もうええねん。もう遅いし・・・・・」

散々文句を言って気が済んだのか、はようやく本題らしき話題を口にしてくれたが、とき既に遅し。
仲良く並んで座ってココアなどを飲んでいる子供達を一瞥して、千堂は深々と溜息をついた。



「あんな、姉ちゃん。ロッキーな、お年玉出すのが嫌やからって逃げてん。」
「へ〜。ほんでアンタら追っかけて来たん?」
「うん。貰えるまでどこまででも追っかけんで、俺!」
「うはは!怖いな〜、武士!」
「アホかお前・・・・・、笑い事ちゃうんじゃ・・・・・

ガックリと肩を落とした千堂は、しかし男らしく決意を固めたかの如く、ジャンパーのポケットから財布を取り出した。



わーーかった!!分かったがな!!!やればええんやろ、やれば!!」
「おおっ!さっすがロッキー!!」
「カッコええー!!」
「わざとらしくおだてんな、ボケ。ホンマ悪魔やわ、こいつら・・・・」

ブツブツ言いながら、千堂は財布を漁って千円札を二枚取り出した。


「おら!!持ってけドロボー!!!」

床に盛大な音を立てて叩き付けられたそれを見て、子供達は一瞬目を丸くし、そして。




「・・・・・・これだけ?」


と言った。



これだけって何やねん!?貰えるだけ有り難いと思え!!」
「ロッキー、今日びの子供のお年玉の相場知ってんの?」
「なっ!?文句つける気か!?こちとらおどれらにクリスマスもたかられて、食うのも必死な状態なんじゃ!!これしか出されへん!!」
「そやけど、これはあんまりやでロッキー。うちら位の子やったら一人五千円でもええとこやねんで。こんなん、うちら全員で割ったら一人四百円やんか。」

子供達の中でも、一番おませで口の立つ女の子にこまっしゃくれた口調でそう言われ、千堂はわなわなと口元を振るわせた。


「こっこっこっ・・・・・!」
「・・・・・何鶏の鳴き真似してんの、ロッキー?」


― こっのガキャー・・・・・!!


と怒鳴ってやりたいのだが、怒りと呆れの余り、言葉が巧く出て来ない。
そんな千堂の気持ちを察しているかのように、は千堂の肩を軽く叩いた。


・・・・・・」
「えぇえぇ。あんたの言いたい事は分かってるて。しゃーない、ここは私も協力するわ。」
・・・・・・!お前・・・・・・」

思わず涙ぐみそうになった千堂に優しく微笑みかけたは、バッグから自分の財布を取り出すと、一万円札を一枚と千円札を三枚出し、千堂が先に出していた二千円と合わせて子供達に差し出した。



「ほら。これでええやろ。一万五千円や。一人あたま三千円ずつ。小学生はこんなもんや。」
「う・・・・ん・・・・・」
「アンタら、クリスマスの時も武士に何か買うて貰ろたんやろ?ほんだら益々これで上等や。」
「うん・・・・・・・」
「嬉しそうに『有難う』言わん子にはあげへんで。」

と言ってそのお金を取り上げかけたに、子供達は慌てて纏わりついた。


「ああん、待って待って姉ちゃん!ありがとう、おおきになー!」
「美人の姉ちゃん、ありがとうー!」
「優しい姉ちゃん、ありがとー!」
「スタイル抜群の姉ちゃん、ありがとうー!」
「ホンマ、ロッキーとはえらい違いや!ありがとー!」
「あはは、何もそこまでおだてろとは言うてへんけどな。」
『ロッキーとはえらい違い』とかも余計なんじゃ。ほんでお前ら、ワイには礼の一つもないんかい?」
「ちゃんと今から言うがな!おおきにおおきに、ロッキー!」
「何やごっつ適当やな・・・・・。もののついでみたいに言うな。」

苦笑すると不機嫌丸出しの千堂の前で、子供達はにこにこと立ち上がった。


「ほんだら、うちら行くわ!おおきになー、姉ちゃん、ロッキー!」
「おっきいお金持ってんねんから、気ぃつけや!無駄遣いしたらあかんで!」
「はーい!」
「バイバーイ!!」

こうして子供達は、来た時と同じく忙しない事この上ない足取りで、バタバタと出て行った。











「はぁ・・・・・・、ワイどっと疲れた・・・・・・・。もうあの悪魔らは・・・・・」
「ふふっ。学生の頃は地元一のヤンキーやったアンタが、近所のガキらにカツアゲされるようになるとはな。
それを言うなや。
「まあ、ええやん。あの子らがあんたの事ロッキーロッキー言うて慕ってるのはホンマやで。試合の時なんか、そこらの大人より必死になって応援してやるし。」
「・・・・・・まあな。」

ようやく静かになった部屋で、千堂とは微笑み合った。


「済まんな、。面倒な事に巻き込んでもうて。」
「ええよ、別に。」
「今月の末にはこないだのファイトマネーが入るから、そん時返すわ。」
「よっしゃ。ほんだらそん時に五万な。」
「おう・・・・・ってなんで五万やねん!!!!

一瞬納得しかけた千堂は、慌てて激しく首を振りながらに詰め寄った。



「お前が出したんは一万三千円やろ!?それが何で五万になるんじゃ!?」
「一万三千円はあの子らのお年玉、で、残りは私の着替えを覗いた代金や。三万にしといたろか思たんやけど、そしたら半端やろ?せやから手数料と慰謝料と日頃世話になってる私へのお年玉込みで七千円プラスという事で。」
「ちょ・・・・、待ってくれや!!!何が『という事で』じゃ!!あれは覗きとうて覗いたんやな・・・」
四の五の言うな。

有無を言わさない口調で言ったは、にんまりと笑って震えている千堂の耳元で囁いた。



「・・・・・あんた、私の生チチ見といてまさかタダで済むとは・・・・・、思ってへんかったよな?
「う゛っ・・・・・・!」
「正月早々ええもん見れたんや。眼福と思ったら・・・・・、諦めつくやろ?
「ふっ・・・・・・・」

顔を真っ赤にした千堂は、大声を張り上げて怒鳴った。


ふざけんな!!それにしたかて高すぎるわい!!チチぐらいタダで見せてくれてもええやんけ!!
「アホ。誰が見せるか。」
「別に減るもんやなし、勿体つける程立派なチチでなし!!
「・・・・・・何やと?」
「ハッ、しまった・・・・・!済まん、ごめん、今の嘘・・・」
やっかましいわ!!!そんなん言うんやったらな、そこに今日からトイチで利息つけてくで!!
えげつな!!!お前闇金か!?殺生やぞそれ!!!それだけは勘弁してぇなーー!!」


涙目になりながら、千堂は今年一年も、いつもと何も変わらない一年になりそうだと思ったのであった。



そう、色んな意味で。




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後書き

もの凄い久しぶりの更新で、これは何だ。
もう本当に、新年早々済みません(笑)。堪忍して下さい。
と、とにかく皆様、今年も良い一年を!(逃亡)