『武士!出来たで、被ってみぃ!』
『うわーー!兜やーー!これお父ちゃんが作ったん!?』
『そや、すごいやろう?』
『すごいなぁ!カッコええー!』
『ほら武士、鯉のぼりも飾ったんやぞ。見てみい。』
『お父さん鯉は大きいなー。あれお父ちゃん?』
『そうや。武士はあの小さいやつや。赤いのはお母ちゃんや。』
『ワイも大きなったらあの大きい鯉になれる?』
『なれるでー。ようさん食べてよう遊んでよう寝て、ええ子にしてたら大きなれるで。』
『分かった!ワイ早よ大きなってお父ちゃんみたいになるねん!』
『ハハハ、そうか。そうや武士、鯉のぼりの歌歌おか。』
『歌う!!屋根よ〜り〜た〜か〜い〜鯉の〜ぼ〜り〜』
『大き〜い〜真鯉〜は〜お父〜さ〜ん〜』
『小さ〜い〜緋鯉〜は〜子供〜た〜ち〜』
『おもし〜ろ〜そ〜う〜に〜泳い〜で〜る〜』
「武士、武士!!」
「・・・ん〜・・・、なんや・・・」
「ちゃん来てるで!」
「おう・・・。上がって来いって言うて。」
祖母の呼ぶ声で目を覚ました千堂は、枕元の時計を見る。
時刻は午後4時。
滅多にしない昼寝をしたせいか、珍しい夢を見た。
寝起きの頭を掻き毟っていると、が部屋に入って来る。
「なんや武士、寝とったん?」
「おう・・・。なんやジムから帰ってきたらえらい眠たなってな・・・。どないしてん?」
「今日あんた誕生日やろ?」
「あっ、ホンマや。忘れとった。」
寝ぼけ顔の千堂に苦笑しながら、はプレゼントらしき包みを取り出した。
「はい、誕生日おめでとう。」
「おう、おおきに。開けるで?・・・おおー!」
プレゼントの中身は、真新しいトレーニングウェアであった。
「何にしよかなって悩んでんけど、やっぱり実用的なんがええやろ?」
「おう!ちょうどこんなん欲しかってん。おおきにな、!」
「いいえー、どういたしまして。」
嬉しそうに受け取る千堂を見て、も笑顔になる。
そしてもう一つ、棒についた紙きれを鞄から取り出した。
「もういっこあるねん。はいこれ。」
「なんやこれ?鯉のぼりか?」
「そう、私が作ってん。可愛いやろ?」
「ブッサイクやなー!」
「うるさいな!これはこういう顔やねん!!」
ふくれるをからかうように、千堂は受け取った鯉のぼりをふざけて動かした。
そのようにしてしばしをからかっていたが、ふと千堂がその手を止めて鯉のぼりを見つめる。
急に真顔になった千堂を訝しんだが、千堂の顔を覗き込んだ。
「どないしたん?」
「ん?ちょっとな。ワイさっき鯉のぼりの夢見ててん。」
「へぇ〜。どんな夢?」
「子供の頃の夢や。オヤジが新聞紙で兜作ってくれて、ワイはそれ被っててな。」
千堂は棚に飾ってある写真立てを見つめながら、懐かしそうに話す。
写真の中の千堂は小さな子供で、兜を被って嬉しそうなで父親に抱かれている。
「ほんで?」
「オヤジと鯉のぼり見てんねん。ほんで一緒に鯉のぼりの歌うとてんねん。」
「そうなんや〜。また懐かしい夢見たなぁ。」
「そやな。オヤジの夢見たんごっつい久しぶりやったわ。」
千堂の夢の中の出来事は、の記憶にもあった。
まだ千堂の父が生きていた頃、彼は息子と遊びに来ていたによく新聞紙で兜を作ってくれた。
「懐かしいなぁ。私もよう作ってもらったなぁ、兜。」
「そういえばそうやったな。」
「あんたいっつも真鯉を『お父ちゃんやねん!』言うてたなぁ。」
「そうやったか?」
「そうや。」
もう帰らない遠い日々を懐かしみ、千堂は黒い真鯉を指を撫でる。
「ワイ子供の頃なぁ、早よ真鯉になりたかってん。」
「何やそれ?」
「歌にあるやんけ。大きい真鯉はお父ちゃんやろ?」
「うん。」
「ワイは子供やったから、いっちゃん小さい鯉やんか?大きい真鯉が羨ましかってん。」
「ああ、なんか分かるわ。私もあの赤いやつが羨ましかったわ、そういえば。」
二人はしばし、過去の無邪気な自分達に笑いを溢す。
「早よ大人になっていっちゃん大きい鯉が欲しかったなぁ。赤いやつはお前で、小さいのはワイらの子供やて思とった。」
「マジで!?そんなん思とったんや・・・。」
「おう、まあ子供の頃の事やけどな。」
は過去の千堂の思いに驚いた。
自分と同じだったからだ。
小さい頃、確かに自分もそう思っていたのだ。
『大人になったら武士のお嫁さんになる』と漠然と思っていた頃があった。
今思えばそれは幼児特有の世界の狭さがそうさせていたのだろうが、はその淡い思い出を大事に持っていた。
あの時の千堂も同じ事を思っていて、今も同じ思い出を持っているという事が、何故か妙に嬉しい。
「また今日でひとつ年取ってもうたけど、ワイはオヤジみたいになれてんのやろか?」
「心配せんでもなれてるやん。強いし、皆の期待を背負ってそれにちゃんと応えてる。」
「そやろか。」
「そうやで。近所の子供らなんか、みんなあんたに懐いてロッキーロッキー言うてるがな。」
は自信たっぷりに請け負うが、やはりまだ父の大きさには勝てていないと思う。
自分の中で父の背中は果てしなく遠く、大きい。
だが、の言葉は心底嬉しかった。
小さい頃からふとした時にいつもこうして励ましてくれたのはだ。
もっともっと頑張らなければならない。
自分の為にも、応援してくれる人の為にも、祖母や死んだ両親の為にも、そしての為にも。
「いや、やっぱりまだまだや。まだオヤジの背中には遠いわ。まだもっと強ならなあかん。」
「ほな納得のいく真鯉になれるように頑張らなな?」
「おう!よっしゃ、ほな早速ロード行って来るわ。お前にもろたやつ着て行ってええ?」
「勿論や。ほな私もたまにはついて行ったろかな?」
「お前の遅い足でワイのスピードについて来れるんか?」
「アホ、誰が走る言うてん。チャリやチャリ!」
一足先に出て行ったを見送って、千堂は手早く新しいトレーニングウェアに袖を通した。
真新しい布の感触に、身も心も引き締まる気がする。
着替え終わった千堂は、外に出ようとしてふと足を止めた。
そしてに貰った鯉のぼりを窓の外に飾る。
子供の頃、毎年のように鯉のぼりを立てていた場所に。
「ほな行ってくるわ、お父ちゃん。」
夕焼けにはためく小さな鯉のぼりが、走っていく千堂との姿を優しく見送っていた。
まるで小さな子供を見守る父と母のように。