横転し、大破したトラック。
命からがら這い出したものの、なす術なく震えて蹲る非力な民。
そして、獲物を狩る欲望にぎらつく野盗達。
この乱世では珍しくもない、地獄の風景の一コマだ。
リュウガはそれを、少し離れた場所から静観していた。
「行け〜〜!踏み潰せ〜〜!」
「折角の獲物を独り占めされて堪るか!!」
野盗に立ち向かう、一人の男の動向を見守る為に。
「あばよ!地獄に落ちろ〜〜〜!」
野盗は2人で横並びになり、男を目掛けて猛スピードでバイクを走らせた。
バイクが2台がかりで引き摺っているのは、太く巨大なコンクリート柱だ。
それはさながらローラーの如く、男を押し潰して地面に均そうとするかのように、男に向かって襲い掛かった。
「はあーーっ!・・・・・はっ!」
「おわっ!!」
だが、男の拳は、その巨大なローラーをいとも容易く真っ二つに砕き割った。
「あ〜〜〜!」
「びあ!!」
2つに割れたそれは、その衝撃の余り宙に跳ね上がり、それぞれ野盗達の頭上に落ちた。
野盗達はその巨大なコンクリート塊にバイクごと押し潰され、爆発、炎上した。
しかし、リュウガが見たかったのは、こんな茶番同然の雑魚の撃退劇そのものではなかった。
「ひ・・・・ひえ〜〜!!」
「ひい・・・、い・・・命だけはどうかお助けを!!」
野盗からはひとまず命を拾ったものの、それ以上の恐ろしい力を見せた男を前に、民は益々怯えていた。
「し・・・食料でも何でも欲しいだけあげます!!」
「で・・・ですから命だけは!!」
大人達は必死で命乞いをしている。
だが、子供は違っていた。
子供だけがただ一人、場違いな程の無邪気な笑顔を浮かべ、震えている母親の腕から抜け出し、男のもとに歩み寄って行った。
今にも転んでしまいそうな、覚束ない足取りで。
「ダダア・・・・、ダア・・・・・・」
まだ歩き始めたばかり位のその赤ん坊は、男の足元に辿り着くと、男の顔を仰いで抱いてくれとせがんだ。
すると男は、膝を折って身を低くし、縋りつく赤ん坊の頭を優しく撫で、抱き上げた。
赤ん坊は喜んで益々笑顔になり、大人達は初めこそ唖然としていたものの、
やがて事態が呑み込めると、安堵の微笑みを浮かべて自分達も男の側に駆け寄って行った。
「・・・・ケンシロウ・・・・・・・」
リュウガは、助けた家族連れと共に荒野を去っていく男を見送った。
男は、ケンシロウは、リュウガが一部始終を見守っていた事に気付いていないようで、
腕の中を赤ん坊をはじめ、助けた者達を守るようにして、黄砂の中へと消えて行った。
「ラオウは子供に恐怖と戦いを教え、ケンシロウは子供の無垢な心を捉える・・・・・」
今しがたケンシロウが助けた赤ん坊の笑顔は、心からの、本物の笑顔だった。
あんなよちよち歩きの赤ん坊に、どうして偽りの笑顔が作れようか。
危機が去ったからこそ、助けられたと分かったからこそ、ケンシロウにあの笑顔を見せたのだ。
だが、かつてラオウが攻め入った無抵抗主義の村で出会った少年、あの少年の笑顔は恐怖に引き攣っていた。
あの少年は、自分の心を捨て、強い者に媚びて己を守れと大人達に教えられ、その通りにしていた。
目の前に迫る死の恐怖から己を守る為に、偽りの笑顔を無理に浮かべていたのだ。
そしてラオウは、震えながらも笑う少年を絞め上げながらこう教えた。
戦え、と。
戦わねばその震えは止まらぬ、と。
ラオウの考え方、生き方、それ自体は決して間違ってはいない。
恐怖や困難に立ち向かわず逃げてばかりいては、人はいつしか気力を失い、やがて心が死ぬ。
心が死んだ人間は、最早人間ではない。
抗い、戦い、己の力で打ち勝ってこそ、人は人として生きていけるのだ。こんな時代ならば尚更。
だが、一方で、人は愛や温もりがなければ生きてはいけない。
恐怖と絶望と、食うか食われるかの殺伐とした緊張感に絶えず曝されていても、人は人でなくなる。
希望を失い、思いやりを失い、弱肉強食だけが唯一つの掟の、獣と同じになり果ててしまう。
それでは、この乱世は終わらない。
「・・・・分からぬ、果たして時代はどちらの巨木を必要としているのか・・・・・」
この混沌とした乱世を終わらせる為に必要なのは、どちらだろうか。
力か、愛か。
恐怖か、安らぎか。
どちらも正解、だが、どちらも間違い。
見誤れば、この世は治まるどころか、破滅に向かって廃退の一途を辿るばかりであろう。
かと言って、悠長に考え込んでいられる猶予はない。
これ以上この地獄が続けば、この世はまた遠からず滅ぶ。
地道に判断材料を探し集めて考え込んでいる暇はもうない。
もう決断の時期は来ている。
力か、愛か。
恐怖か、安らぎか。
出来れば人の道を踏み外さずしてそれを見極めたかったが、最早そうも言っていられない。
この乱世を終わらせる為、この世を治める為に必要ならば。
― 血を流さねばなるまい・・・・・・
荒野を駆け抜けるリュウガのその狼の瞳には、確固たる意志が宿っていた。
夜が更けた頃、リュウガはとある村に到着した。
この村は、リュウガが一人の人間としていられる数少ない場所の一つであり、リュウガが一人の男として素顔で接する事の出来るたった一人の者が住む場所であった。
裏手に馬小屋のある一軒の家。そこがそうである。
リュウガは馬小屋に愛馬を繋ぐと、その家に入った。
「。」
「リュウガ様!」
リュウガが呼びかけると、暖炉の側に座って縫い物をしていたは、驚きと喜びの表情で振り返った。
こそが、リュウガが一人の男として素顔で接する事の出来るただ一人の者、リュウガの最愛の思い人だった。
「久しぶりだな。変わりはないか。」
「ええ。リュウガ様もお元気そうで安心しました。」
は縫い物を籠に入れて片付けると、リュウガに歩み寄った。
リュウガが襟元の留め具を外すと、がマントを脱がせて受け取り、丁寧に型を整えて吊っておく。
いつの間にか根付いた、二人の生活習慣の一つである。
「随分無沙汰をしたな。一月ぶりか。」
「いいえ。一月半です。」
「そうか・・・・・、悪かった。」
リュウガが詫びると、は優しく微笑んで首を振った。
「良いんです。ご無事でお戻りなら、それで。」
のその優しい、切ないまでに健気な一言が、リュウガの胸に深く突き刺さった。
一人の男としての想いと、天狼の宿命が、胸の内でせめぎ合う。
だが、同じように最愛の女の幸福を願う男が、最愛の男の無事を祈る女が、この世には星の数程居る。
それなのに、どうして己の背負った宿命に背く事が出来ようか。
数多の愛が引き裂かれてゆくこの乱世を、一刻も早く終わらせなければならない。
その為には、見極めねばならない。
力か、愛か。
恐怖か、安らぎか。
いや、きっとどちらかでは駄目なのだ。
戦う力も、心の平安も、人が人として生きていく為には欠かせないものなのだから。
どちらも兼ね備えた者こそが、恐らく真の救世主。
ラオウにケンシロウのような愛と安らぎはなかったが、果たしてケンシロウにはラオウに匹敵する程の力があるのか。
それを見極める為には、ケンシロウを追い込まねばならない。
そして、追い込む為には・・・・・・
「リュウガ様、お食事は?」
リュウガはの声で我に返り、慌てて微笑を形作った。
「あ、ああ、貰おうか。」
「すぐに用意します。」
「俺は後で良いから、先に馬の方を食わせてやってくれ。あいつの方が俺より余程疲れて腹を空かせている。
何しろ、俺を乗せてずっと駆け詰めだったからな。」
「ふふっ。分かりました。」
は小さく笑いながら、外に出て行った。
一人になった部屋の中で、リュウガは表情を曇らせた。
ケンシロウの真の力を見極める為には、ケンシロウを追い込まねばならない。
そして、追い込む為には、それ相応の犠牲が必要だ。
北斗神拳の真髄が怒りである以上、それは生半可な犠牲ではいけない。
一人二人ではない、もっと多くの人間の血を流し、そして、ケンシロウに真の悲しみを、真の怒りを覚えさせねばならないのだ。
更に夜も更けて、リュウガとは床に就いた。
暖炉の温もりがまだじんわりと部屋を暖めているのでそう寒くはないのだが、はリュウガに身を擦り寄せてきた。
もしや勘付かれているのではと一瞬考えたが、リュウガはすぐにそれを打ち消した。
にはこれから自分がしようとしている事など想像もつかない筈だ。
リュウガは一瞬、自嘲めいた笑みを薄く浮かべた。
「リュウガ様・・・・・・」
柔らかな唇。
温かい身体。
優しいこの温もりを、出来ればずっと手放したくなかったが。
― これで最後だ・・・・・・
リュウガは己にそう言い聞かせると、を抱きしめ、ゆっくりと組み敷いていった。
「ん・・・・・・」
何度も口付けを交わしながら、二人は互いに肌を露にしていった。
愛し合う者同士ならば当たり前の愛の営み。
はきっと、これが最後だとは思っていないだろう。
こうして抱き合って眠る夜が、これから先も何度だって訪れる、そう信じているに違いない。
リュウガは胸の奥がチリチリと痛むのをひた隠して、の胸に顔を埋めた。
「あっ・・・・・・」
ふっくらと柔らかな胸にリュウガの唇が触れると、は甘い吐息を漏らした。
それが合図かのように、リュウガはゆっくりと、慈しむように愛撫を始めた。
「はっ・・・・・・ぁ・・・・・・・」
舌先で胸の頂を擽りながら、下へ這わせた手で柔らかな茂みを撫でると、の内腿がピクリと震え、
やがてゆるゆると立てられ開かれていく。
リュウガは指先を伸ばして、楚々と息づく花弁に触れた。
「ん・・・っ・・・・」
何度も秘裂をなぞっている内に、其処はまるで蕾が綻ぶように自然と開き始めてきた。
その中心からは少しずつ蜜が零れてきている。
身体の奥に小さな火種が灯った証拠だ。
リュウガはの閉じられた瞼に軽く唇を押し当てると、の両脚の間に身を割り込ませた。
「あっ・・・・・!」
開いた秘裂を舌でなぞると、はビクンと身を震わせた。
新たな蜜が溢れ出し、甘い吐息が切なげな喘ぎ声に変わる。
リュウガはの太腿をしっかりと抱え込み、を追い立てていった。
小さな火種を、大きな官能の炎へと変える為に。
「あっ、は・・・・、ぁんっ・・・・・!やっ・・・・、リュウガ・・・・様・・・・・・!」
花芽を舐められ、身体の奥深くを指で掻き回されて、は身を捩り悶えていた。
肌はほんのりと薔薇色に染まり、音を立てる程に蜜が溢れている。
そんなの姿に、リュウガはいつになく昂ぶっていた。
愛しいの艶めかしくも美しい嬌態を見るのはこれで最後、そんな思いが、リュウガの身も心も熱く滾らせていた。
「あ、んっ・・・・、あぁっ・・・・・!リュウガ、様ぁ・・・・・っ・・・・・!」
やがて、の身体が強張り、声が明らかに震え始めた。
これはがもう間もなく達するというサインだった。
目も眩むような悦びを与えてやりたい。
リュウガは指で花芽を擦りながら、蜜の源泉に強く吸い付いた。
「あぁぁっ・・・・・・・・!」
は小刻みな痙攣を繰り返しながら、高みに上り詰めた。
身体の緊張が弛み、クタリとベッドに沈んで荒い呼吸を繰り返すに、
リュウガはまた軽く口付け、それを合図とするかのように、既に猛り狂っている己自身をの中に一息の下に突き入れた。
「ああぁぁっ!」
呼吸が整う暇もなく、深々と貫かれたは、また高らかな悲鳴を上げて震えた。
熱く滑る内壁が自身をきつく締め付ける甘い刺激に顔を顰め、深く息を吐いて己を落ち着かせてから、
リュウガはに覆い被さり、その温かい身体を抱き締めた。
「んっ・・・・・、んぅ・・・・・・・」
リュウガはゆっくりと深く、味わうようなキスを何度も繰り返し、の柔らかな髪を撫でた。
心地良いのか、はうっとりと目を閉じて、幸せそうな表情でそれを受け入れている。
かと思うと、キスの合間に不意に目を開けて呟いた。
「リュウガ様、何だか今日は不思議な感じ・・・・・・」
「ん・・・・・?」
「今日は何だかいつもより優しくて、激しくて・・・・・」
のその言葉にリュウガは一瞬動揺したが、それを面に出さないように、余裕めかして口の端を吊り上げて見せた。
「・・・久しぶりだからな。実はお前に会えなかった間、ずっとお前の事を考えていた。」
「本当に・・・・・・?ふふっ・・・・・・・」
は恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに目を細めて笑った。
― ああ、そうだとも。ずっと・・・・・・
考えない日はなかった。
は悲しむだろうか。怒るだろうか。
はこれからどうなるのだろうか。
考えて、不安にならない日は、胸が痛まない日はなかった。
天狼の宿命など、には関係のない話。
の立場から見れば、信じて自分の全てを任せていた男にある日突然一言もなく去られる、というだけの話だ。
女の身に、の身になれば、こんなに酷い話もない。
こんな酷い男の事はさっさと忘れて、いっそ憎んでくれたって良い、
綺麗さっぱり忘れて誰か別の男を愛して、愛されて、幸せになって欲しい。
そう心から願いながらも、一方で誰にも渡したくないという理不尽な嫉妬に苦しまない日はなかった。
今でもそうだ。
この身体が、この微笑みが、別の誰かのものになる、そう考えただけで醜い嫉妬の炎が胸を焼く。
だが、の行く末を案じる事はともかく、嫉妬など、愚かとしか言いようがなかった。
個人の感情など、挟む余地はないのだから。
天狼の宿命は、愛が引き裂かれる悲しい世を終わらせる為に必要な役目。
己自身、たとえ極星にはなれずとも、極星となり得る救世主を、乱世の戦場に導く定め。
導かねばならないのだ。
悲しい思いをする者達を、もうこれ以上増やさない為に。
当たり前のように愛を永遠のものに出来る、平和な世を創る為に。
― 許せよ、・・・・・・・
「・・・・・愛している・・・・・・」
「リュウガ様・・・・・・・、あ、あぁっ・・・・・・!」
リュウガはをしっかりと抱き締めたまま、その身体を揺さぶり始めた。
リュウガという男の全てを残すかのように、持てる愛の全てを刻みつけるかのように。
何度も、何度も。
強く、強く。
情事の後も、リュウガはを抱いたまま、その髪を何とはなしに梳っていた。
出来るだけ、少しでも長くに触れていたかったのだ。
はされるがままになり、安らかな表情で目を閉じている。
何の不安もなさそうに、何の心配もなさそうな顔で。
「・・・・・・・もうすぐ、俺の役目も終わる。」
独り言になっても構わない、そんな気持ちで喋ったのだが、はゆっくりと目を開けた。
「お役目が終わる、って・・・・・、どういう事ですか・・・・・?」
はまだ寝入ってはいなかったようだった。
開かれたその不安げな瞳に、リュウガはふと微笑みかけた。
「そのままの意味だ。もうすぐ俺の任務が終わる。その後は晴れてお役御免だ。」
「まあ・・・・・・・・」
リュウガは『晴れて』と言ったのだが、は素直に喜んで良いものかどうか判断がつきかねている様子だった。
詳しくは知らずとも、リュウガが拳王軍の将として手腕を振るっている事自体は、も知っている。
何かラオウの不興を買って追放の憂き目にあったのではないか、或いはラオウと真っ向から対立したのではないか、などと考えて案じているのだろう。
リュウガはそんなの不安を消すように微笑み、をしっかりと抱き寄せた。
「深読みする必要はない。そのままの意味だと言っただろう。
俺の役目が、俺でなければ成し得ない任務が間もなく終わる、ただそれだけだ。」
「本当に・・・・・?」
「ああ。それが終われば、俺は晴れて自由の身になれる。」
嘘ではない。
天狼の宿命を全うすれば、その後は一人の人間に戻れるのだ。
宿命も血もない、リュウガという只の一人の男に。
いや。
名も性別もない、一つの魂に。
「自由になれたら、ずっとお前の側に居よう。」
「本当・・・・・・?」
「ああ。」
力か、愛か。
ラオウか、ケンシロウか。
それを見極める為には、多くの犠牲が必要になる。
罪も力もない多くの民と、そして、病魔の息吹に今にもその命の灯を吹き消されんとしている一人の男。
ラオウの弟でありケンシロウが最も敬愛する兄である北斗の次兄トキ、彼等の命が。
だが、犠牲は彼等だけであってはならなかった。
彼等だけを犠牲にし、己は安全な所で次の時代を迎える事など、リュウガには出来なかった。
彼等と共に、自らも時代の礎に。
それがリュウガ個人の、彼等と彼等を愛する者に対するせめてもの詫びであった。
そして。
「約束する。これからはずっと、お前の側に居る。」
「リュウガ様・・・・・・・」
肉体を離れた後の魂は、の側に。
それがリュウガの、に対する精一杯の永遠の誓いであった。
「ずっとずっと、の側に・・・・・・」
魂となっても、永遠に、永遠に、の幸福を願い続けよう。
嬉しそうに微笑むにそう誓い、リュウガは瞳を閉じ、の温もりに包まれて束の間の眠りに就いた。
魔狼となるその前に、人としての最後の眠りに。