安息の雨




灰色の町に冷たい雨が降り始めた。
透明な雫は次第に数を増し、崩れたコンクリートや剥き出しの鉄骨を濡らしていく。
この雨は、こんな風に死に絶えた廃墟には何の恵みももたらさない。
その無駄で何処か物悲しげな風景を、は痛ましい思いで見つめていた。

「ここはいつ滅んだのかしら・・・・」
「さぁな。とにかく来い。こんな所に突っ立っていても仕方あるまい。」
「ええ。」

レイに腕を引っ張られ、はその空虚な風景から目を逸らした。





「良かった、ここなら何とか雨露を凌げそうね。」
「そうだな。今夜はここで夜明かしだ。」

ようやく雨から逃れる事が出来た二人は、ほっと溜息をついた。
今駆け込んで来たこのビルは、ガラスが割れ、壁も大きくえぐれたりひび割れたりしているが、それでも他の建物よりは原型が留められている。
地獄で仏、冷たい風雨を凌げるだけでも儲けものだった。

そもそも、この町には旅の途中で偶然辿り着いた。
何か物資でも調達出来るかと期待したのも束の間、一歩中へ入ってみれば只の廃墟だった。
物資はおろか、人も猫の仔一匹さえも見つからず、肩を落としたその途端にこの雨。
レイとは、仕方なしにこの廃墟を今夜の宿に決めたのであった。

「それにしても、とんだ期待外れね。次の村か町まで食料が保つと良いんだけど・・・・」
「まあそう案ずるな。食料はまた近々野盗でも襲えば済む事だ。」
「ふふっ、悪党。」

不敵な笑みを浮かべるレイに、は苦笑してみせた。

実際のところ、大抵の物資はその手段で手に入れている。
お陰でこの時代だというのに、食料には困らずに済んでいる。
荒野を駆ける野盗を問答無用で微塵に切り裂いていくレイは、確かに悪鬼の如く見えない事もないが、は最早それを怖いとは思わないようになっていた。


「フッ、悪党か。結構だな。今の世に悪党でない奴など、どれ程いるか知れたものではないぞ?」
「そうね。同じ悪党なら強い方が良いわ。頼りにしているわよ、レイ?」
「全く、しっかりしている女だ。」

今度はレイが苦笑する番だった。
しかし、他愛のない話に興じてばかりいる場合ではない。
雨を凌げそうな場所を探して歩いている内に、二人ともすっかり濡れてしまっている。
まずはこの濡れた服と身体を乾かさねばならない。
レイはそこらにあったガラクタから燃えそうなものを見繕うと、一つ所に寄せて火をつけた。

「火がついたぞ。、服を脱げ。」
「え?」
「乾かさんと風邪を引く。こんな所で寝込まれては困るからな。」

レイはにそう言い放つと、何処かへ行ってしまった。
その後姿を見送って小さく溜息をつくと、は言われた通りに服を脱ぎ始めた。





服を脱ぎ、下着だけの姿で、二人は暖を取っていた。
レイが見つけてきた古い布が、二人の身体をすっぽりと覆っている。
それは薄らと埃っぽいボロであったが、それでも寄り添って被っていれば体温を逃さない程度には役立ってくれた。

「あとどれ位かしら?」
「そうだな、あと丸一日といったところか。」
「もう少しね。明日には雨が止んでいると良いんだけど。」
「ああ。」

次の目的地までの距離を何気なく話しながら、レイはふとの手を掴んだ。

「冷たいな。」
「え、何?」

布の下での手を取ったレイは、隙間から自分の手ごとの手を外に出した。

「冷たい手をしている。」
「あ・・・・・」

小さく口籠ったの手を、レイは自分の口元に当てた。
の指先は、雨に凍えて氷のように冷たくなっている。
そのかじかんだ指を温める為に、レイはその一本一本に唇を当てて吐息を吹きかけた。

「暖かい・・・・・」
「お前の指は氷で出来ているのか?冷たすぎるぞ。」

薄く笑って素っ気無い台詞を吐いているが、行為は酷く優しい。
こんな風にされると、時折酷く心が脆くなる。
理由もなく泣きたくなるようなこんな気持ちを巧く伝える術がなくて、は無言のままレイの肩に頭を預けた。


だが、その心地良い息吹は突然止まった。

「・・・・・済まない」
「何が?」
「お前を・・・・、随分巻き込んでしまったな。」

最初はこんなつもりではなかった。
けれど気がついたら、もうこんな気持ちになっていた。
そう、多分もう、を愛している。
そんな自分の気持ちに薄々気付き始めてから、時折心苦しさを感じる事もある。
これからもずっと己の心のままに、を危険な旅にこうして連れ回しても良いものなのだろうか、と。

は辛いと思っていないだろうか。
そんな密かな不安が、レイにそんな台詞を口走らせた。

「どうしたの、急に?」
「いや・・・・、ただ少しな。色々と世話になっているのに、礼らしい物は何一つやれていないのが少し気になっただけだ。」
「ふふ、変なレイ。今更何を言ってるの?」

我に返ったレイは、咄嗟に思いついた言い訳で己の心を誤魔化した。
我ながら苦しい言い訳だと思うが、言ってしまったものは仕方がない。
しかしは、勘繰りもせず目元を綻ばせた。

「貴方は今でも十分色々してくれているわ。私を守ってくれて、私に生きている事を実感させてくれて・・・・。今だってこうして、凍えてる私を温めてくれてる。」

はまだレイの唇の側にある指を、僅かに動かしてみせた。
爪の表面がレイの顎に触れる感触がする。
こうして側に居てくれる事以外、何も望まない。
そんな気持ちがある事を打ち明けたら、レイはどんな顔をするだろうか。

一瞬物思いに耽っていると、レイの微かに笑った声が聞こえた。
凍えた指先が、また温もりを感じ始める。

「フッ、こんなもので良いのか?」
「今はこれが一番嬉しいかもね。」
「欲のない奴だ。何なら身体ごと温めてやるぞ?」
「・・・・・じゃあ、そうして・・・・・」
「お安い御用だ・・・・・・」

擽ったそうに顔を綻ばせるに優しげな微笑を向けて、レイは細いその指を甘く噛んだ。






纏っていた布の上に横たわり、火が側にあっても、冷たいコンクリートの床とひびの隙間から吹き込む微風は、の体温を奪っていく。
身体の芯が凍るような寒さに震えるを、レイはその大きな体躯全てで包み込んだ。

「まだ寒いか?」
「少しね・・・・・」
「直に気にならなくなる。少し辛抱しろ。」
「ん・・・・・・」

薄く笑ったレイの顔が近付き、接吻が落とされる。
押し当てられた唇を、歯列の間から入り込む舌を、は目を閉じて受け入れた。

レイはいつから、こんなに優しいキスをしてくれるようになったのだろうか。
初めて逢った時とは別人のようだ。
啄ばむように触れる唇も、柔らかく絡めてくる舌も。

「は・・・・あ・・・・・」

まだ少し濡れているの髪を梳りながら、レイはキスの矛先を変えていった。
首筋に、鎖骨に、胸元に。
そして、まだ冷たいままの指先に。

肌寒い雨の夜のせいだろうか。
今夜は強い快楽よりも、人肌の温もりが欲しい。

レイは密着させた身体の隙間から手を入れて、の身体をゆっくりと弄り始めた。



「あん・・・・・!ふふふっ、擽ったいわ・・・・」

胸の下に軽く吸い付くと、は身を捩って笑った。
柔らかく茂みを弄っている手も、擽ったく感じているようだ。
クスクスと小さな笑い声がいつまでも止まず、レイは苦笑を浮かべた。

「こんな時に笑う奴があるか。」
「だって・・・・、んッ、ふふ・・・・・、レイが擽るからでしょ?」
「そんなつもりではないのだがな。こういうのは嫌いか?」
「そうじゃないけど・・・・」

はまだ小さく笑っている。
レイは口の端を吊り上げると、茂みに絡ませていた中指を秘裂に滑り込ませ、泉に突き入れた。

「あんっ!!」
「こういうのが好みなら、これでも構わんが、どっちが良い?」

意地悪く笑って訊きながら、レイは中指を荒っぽく動かした。

「あっあっ、んぁッ!あっん、や、ぁぁ・・・・!」
「選べ。どっちが良い?」
「緩、めて・・・・・!は、あぅっ!」

荒いといっても、レイはちゃんと加減を弁えている。
だからこんな風に激しい愛撫でも構わないのだが、は先程の優しい愛撫を選んだ。

今夜はゆっくりとレイの温もりを感じたいと、少し感傷的になった自分がそう言っている。
冷たい雨のせいだろうか。





「あぁ・・・ん・・・・・」

レイの指が、秘裂から花芽にかけて緩やかに上下している。
は熱いと息をレイの胸に吹きかけながら、穏やかな波に身を委ねていた。

「ん・・・・・、ふっ・・・・ぁ・・・・・」

時折キスで吐息を奪いながら、レイはゆっくりとを昂らせていく。
泉に指を浅く出し入れし、花芽を優しく揉み解すようにして。
それは普段に比べて随分緩慢な愛撫であったが、それでも泉からは熱い蜜が溢れていた。


「そろそろいいか?」
「ん・・・・、もう来て・・・・・」

頬を薔薇色に染めたが、艶然と微笑んで頷いたのを見届けると、レイはその両脚の間に身体を滑り込ませ、怒張した分身を泉にゆっくりと沈めていった。



「あ・・・・はっ・・・・・!」

が切なげな溜息をついて己を受け入れている。
レイはその身体をしっかり抱くと、まだ三分の一程入りきれていない己を根元まで一息に突き入れた。

「あぅぅッッ・・・・・!」

下腹部を満たすものと胸を押し潰す逞しい胸板に圧迫され、は苦しげな声を上げた。
一方レイも、悩ましげに蠢き締め付けてくる内壁の心地良さに、その秀麗な眉をしかめる。
腕を、脚を、絡め合って、二人はしっかりと一つに結び付いた。




もう冷たい隙間風も気にならない。
時折パチリと爆ぜる火の粉の音がやけに大きく響く中、二人は互いの温もりに溺れていた。

「あん・・・、あっ・・・・はぁッ・・・・・!」

動きは緩慢でも力強く奥まで捻じ込むようなレイの律動は、快感と安心感をに与えていた。

絶え間なく降ってくるキスからも、首筋に落ちてくる髪からも、レイの存在感を感じられる。
肉欲を満たす為だけの、只の排泄行為に過ぎないと思っていたセックスが、心をも満たすものだと知る事が出来たのはレイのお陰だ。
その証拠に、深々と穿たれているレイの楔に、嫌悪を感じるどころかこのまま眠ってしまえそうな程の安心感を覚えている。


「あ、ん・・・・・、いい・・・・・」

思わずそう呟いたに、レイは表情を和らげた。

火に照らされているの表情が、余りにも甘く無防備で。
一瞬何もかもを忘れてしまいそうになる。
こうしてずっと、を抱いていたいと思う。

そんな心と直結した身体は、を求めて次第に動きを強めていった。

の腰を持ち上げ、揺れる乳房に舌を這わせて。
次第に深く、力強く。

「あっ、はぁんッ!んっぅ、あぅっ!」
「ふっ・・・・、くっ・・・・・・」

敷布を掴むの手首を握り、レイは激しい律動を繰り返した。
絶頂を目指し、二人でそれに溺れてしまう為に。






「もう寒くなかろう?」

は床に座り込み、乱れた髪を手櫛で整えている。
薪代わりのガラクタを、勢いの弱まってきた火中に放り込んでから、レイはそう訊いた。

「そうね。でも寝てる間に火が消えるかも。そうしたらきっと死ぬ程寒いわ。」
「かもな。」
「だから・・・・・」

はそう口籠って、隣に戻ってきたレイの胸に頭を預けた。

「こうしていてくれる?」

レイの顔を見上げて、はふわりと微笑んだ。
レイは無言のまま柔らかい眼差しを見せて、の身体ごとゆっくり床に倒れ込んだ。
身体全体に掛かるように布を被れば、またほの温かい空気が二人を包む。

「良いだろう。凍え死なれては困るから、な?」
「でしょう?」

ほころばせた顔を見合わせ、二人は瞳を閉じた。
この冷たい雨を同じ夢の中で凌ぐように、しっかりと抱き合って。




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後書き

「恋人設定の甘い夢」というリクエストでお送り致しました。
んが、その設定がどうも曖昧な・・・・・(笑)。
この話は長編の番外、位置的に言うと18話と19話の間ぐらいの関係になっています。
一応お互い憎からず思っている、という事でご容赦頂ければ有り難いのですが・・・・(滝汗)。
リクエスト下さったサクラ様、有難うございました!!
こ、こんなんになってしまって済みません(平伏)!