道場での生活は、一に鍛練、二に鍛練。
朝も昼も夜も、鍛練、鍛練、また鍛練。
毎日毎日、バカみてぇに鍛練ずくめの日々だ。
そのうち脳ミソまで筋肉になるんじゃねぇかと、時々本気で心配になる。
休みなんざある訳もなく、それどころか、親父や兄者達はそもそも休みという概念自体を持ってねぇんじゃねぇかという気さえする。
俺は連中のような朴念仁じゃねぇから適当にうまく息抜きしているが、
要領が良く器用な俺と違って愚直な末弟のケンシロウは、それはもう酷ぇこき使われようで、
炊事・洗濯・掃除、全てをたった一人で鍛練の合間にやらされている。
奴が道場の床を雑巾がけしている姿などを見掛ける度に、俺は末弟じゃなくて良かったと、つくづく思う。
四人兄弟の三男。それはそれで微妙な立ち位置だが、一番下っ端よりはやっぱりマシだ。
今も奴は晩飯の支度中で、芋だの何だのを一人でせっせと洗っている。
諦めたようなその背中を見ていると、気の毒すぎて笑えてくる。
「買い出しに行ってくる。」
その声に、奴は手を止めて振り返った。
「トキ兄さん。買い出しなら俺が・・・」
「いや、良いんだ。の所だから。」
「ああ。」
その名を聞いて、ケンシロウは生意気にも合点がいったように笑いやがった。
「行ってらっしゃい。」
「行ってくる。」
トキは踵を返して出て行った。
奴は大体いつでもニコニコしてやがるが、今日は更に2割増ぐらいで機嫌が良さそうに見えた。
理由は分かりきっている。考えるまでもねえ。
思わずムカッ腹が立ってきて、俺は居ても立ってもいられず、出掛けて行くトキの後を追った。
「・・・・・・またあの店に行くのか?」
俺が後ろから声を掛けると、トキは振り返って臆面もなく『ああ』と答えた。
その余裕めいた、澄ました顔がムカつく。
「ここんとこ随分熱心に通ってるな。」
それは近くの町にある、昔から馴染みのショボい食料品店で、特別目を惹くものもない、何て事ねえ店だ。
トキはそこへせっせと通っている。
買い出しは雑用係のケンシロウの仕事なのに、そこだけはわざわざトキが行く。
それも、割と最近から。
これが『買い出し』なんかである筈がねぇ。
トキが今更になってそこへ頻繁に通う理由は、断じて買い物なんかじゃない。
トキの目当ては缶詰だの調味料だのの商売物じゃなく、店の看板娘、なんだ。
「フッ・・・・、まあな。」
トキはにゾッコンだ。
まだガキのケンシロウですら分かる程に。
トキは一切、隠そうとも取り繕おうともしない。
そればかりか。
「お前も一緒に来るか?」
「は?」
「一緒に来て、横で見ていると良い。良い勉強になるぞ。」
「なっ・・・・!!!」
あろう事か、爽やかな笑顔でとんでもねえ誘いをかけてきやがった。
衝撃すぎて、咄嗟に返す言葉が出なかった。
人の逢引きに同行して、横で見てろだと?
何考えてやがんだこの男は!?
しかもは、単なる『兄者のオンナ』じゃねえ。
は俺にとっても・・・・
「だ・・・・っ、誰が行くかバッキャローーーーッ!」
ワンテンポ遅れてから声の限りにそう叫んで、俺はその場を逃げ出した。
悔しいが、そうする事しか出来なかった。
町の裏路地には、宿屋が幾つかある。
旅行者が利用するようなホテルや旅館ではなく、男と女が束の間忍び逢う為の、そういう宿である。
トキはを伴って、その中に入っていった。
恥ずかしそうに俯いているを隠すように、トキが前に立って部屋を借り、鍵を受け取る。
別に後ろ暗い関係ではないが、嫁入り前のうら若き娘が堂々と出入り出来る場所ではないし、しかも外はまだ明るい。
夜も待てないふしだらな娘なのかと宿の主に思われているんじゃないか、の顔にはそう書いてある。
そんなの肩を抱き、トキは貸し与えられた部屋に向かって進んでいった。
そこは古臭い内装の狭い部屋だったが、二人にとってそんな事は少しも問題ではなかった。
ただ一緒にいられれば、そして、ただ抱き合っていられれば。
限りあるこの一時を惜しむように、どちらからともなく唇を触れ合わせる。
はじめは軽く、次第に深く、やがて貪るように激しく。
舌の絡み合う音と荒い息使いに衣擦れの音が重なり、二人はもつれ合うようにしてベッドに沈んだ。
「はっ・・・・・・・・」
のふくよかな乳房に、トキの指がやんわりと食い込む。
悩ましげな吐息が、の唇から零れる。
ツンと当たる感触は、が望んでいる証。
これから訪れる、めくるめくような一時を期待し、悦びに膨らんでいるのだ。
トキは満足げな微笑みを薄く浮かべ、それに舌を這わせた。
「あっ・・・・・!」
優しく、しかし執拗に、舌先で何度も転がされたそれは、可憐な果実のように見える。
紅く艶やかに熟して、男なら誰でも味わいたいと思わずにはいられない。
トキもきっとそうなのだろう。
震えるをしっかりと押さえ込んで、何度も何度もそれを啄ばむ。
そして同時に、手を下方へと伸ばしていく。
「あん・・・・・・・・」
そこは既に、熱い蜜で蕩けていた。
小さな口が、早く欲しいと切なげに蠢いてトキを待っている。
「あっ・・・・・・・・」
そこを、トキの指が宥めるように優しく擽る。
「あぁっ・・・・・・・!」
柔らかな茂みに隠された宝珠も弾く。
「あぁっ・・・、んっ・・・・・・!んっ、あぁ・・・・・・・・!」
何処に触れられても、は身を震わせて反応する。
とめどなく溢れる蜜が伝い落ちて、白い敷布がすっかり濡れてしまっている。
「あぁ・・・・・・・、トキ・・・・・・・」
がトキの名を呼ぶ。
涙に潤んだ瞳をまっすぐに向けて、何かを乞うように。
その堪らなく煽情的な表情には、流石のトキも冷静ではいられない。
いきり立つ自身を濡れそぼったの花弁に押し当てて、一息の下に貫いた。
「あぁっ・・・・・!!」
の声が、一際高くなる。
「あっ、あぁっ・・・・・・!あんっ・・・・・!」
トキの隆々とした肉体に押し潰され、揺さぶられ、苦しげに眉を潜めてはいるが、
しかしその表情は恍惚として見える。
トキをより一層奥まで迎え入れる為に腰を上向きに浮かせているのは、意識しての事か無意識なのか。
「あっ、はぁっ・・・・・・、あぅっ・・・・・・!」
トキがおもむろに体勢を変えた。
を抱えて座り、の脚を大きく開く。
「あぁっ・・・・・・・!」
脚が大きく開かれているせいで秘められるべき部分まで大胆に開かれ、
その中心に深々とトキが突き刺さっている様が丸見えになっている。
嫁入り前の娘にあるまじき、ふしだらな姿。
だが、魅入られる。
虜になる。
美しく咲き誇った花のような、魅惑的なの身体。
「はっ・・・・、あぁ・・・・・・!」
そして、女を花開かせるのは、男。
その女が愛する、男だけ。
「あぁんっ・・・・・・・!」
華奢な肩の向こうから、トキが顔を覗かせる。
喘ぐを突き上げ、跳ねる乳房を揉みしだきながら。
「フッ・・・・、どうだ、ジャギ?良い勉強になるだろう?」
の『華』は我が物だと、勝ち誇った笑みを浮かべながら。
「・・・・っだあああああぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
思わず叫んじまった途端、妄想がシャボン玉みてぇに弾けて消えた。
「んだあのヤロー!!何が『一緒に来て、見ていると良い。良い勉強になるぞ。』だ!
何の勉強だよっつーか間に合ってんだよっつーかどんだけ悪趣味なんだよ!!
ド真面目そうなツラしてそういうシュミだとは知らなかったぜ!!!」
クソ田舎の人気のねぇ野っ原ってのも、こういう時には役に立つ。
心の声を息が切れるまで絶叫しても、誰にも聞かれる心配はないから。
「クソッ!・・・・・っの野郎・・・・・・・!」
だが、気持ちは少しも治まらねぇ。
このどうしようもねぇ差も、縮まらねぇ。
「クソッ・・・・・・」
トキはハンパネェ才能の持ち主だ。
才能だけなら、あのラオウよりも上かも知らねぇ。
年の頃だって同じで、釣り合いが取れてる。
甘っちょろくて野心に欠けるのが玉にキズだが、それは女の目には『優しさ』と映る。
それに引き換え、俺はしがない修行中の三男坊。
他が相手なら負ける気しねぇが、兄者達となると話は別。
奴等の強さは人間レベルを遥かに超越し、もはや化け物、いや、大魔王レベルだ。
悔しいが、どう逆立ちしたって俺じゃあ勝てねぇ。
年だって下で、女にとっちゃあ頼りない。
いっそ男のプライドも何もかなぐり捨てて、母性本能を擽るカワイイ男にキャラチェンジしたろうかとも思うが、やっぱ俺には無理な話だ。
俺のプライドはそんなに安くねぇし、大体、似合わねぇ。
だから、どうしようもないんだ。
このまま、黙ってテメェの胸の内に秘めておくしか。
「・・・・・・・チキショウ・・・・・・・」
同じ年頃の、優しくて才能溢れる男と、それに比べたらパッとしねぇ年下の男。
がどちらを選ぶかなんて、最初から分かりきっていた事なんだから。
「ジャギ?何してるの?そんな所で。」
「!!!」
突然、後ろから声を掛けられ、俺は不覚にも驚いた。
今正に思い悩んでいる対象からいきなり声を掛けられて、驚くなっていう方が無理な話だ。
「・・・・・・!な、何でお前、こんな所に!?」
「あなたの所に行こうと思って。そっちこそ、こんな所で何してるの?修行はどうしたの?」
『あなたの所に行こうと思って』なんて思わせぶりな表現に一瞬ドキッとしたが、
そんなつもりで言ったんじゃないのは、のキョトンとした顔を見れば分かる。
は、俺に会いに来たんじゃない。
『俺以外の誰かサン』に逢いたくて、道場に行こうとしていただけだ。
そう思った途端に、言い様のない虚しさに見舞われた。
「・・・・・・うっせ。お前にゃカンケーねぇだろ。」
そして気付けば、反抗期のガキみてぇな憎まれ口を叩いていた。
幾ら俺のが年下とはいえ、流石にそこまでガキじゃねぇ。
幾ら何でもこれはカッコ悪ぃぞ俺、と我ながら思ったが、今更後悔しても言っちまったモンはどうしようもない。
「・・・・・・今行っても無駄足だぜ。すれ違いだ。」
「え?」
「トキならさっき、お前んとこ行くっつって出掛けてったぞ。」
俺はバカ正直に親切に教えてやった。
みみっちい妨害なんて、きっとするだけ無駄だから。
「さっさと帰れよ。奴がお待ちかねだぜ?」
こいつらは完全にデキてる。
それも、思うにかなりマジメな感じだ。
互いに適齢で、親やジジババのいる家に頻繁に出入りするような、超オープンな付き合い方を
しているって事は、つまりは先々まで考えてる関係、『ケッコン前提』ってやつ以外にない。
向こう方は勿論、親父やラオウも何も咎めねぇって事は、コッチ方も皆、歓迎しているって事だ。
昔っからの知り合いだから、互いに何の不安も文句もねぇ。この上ない良縁ってやつだ。
はきっと、そう遠からずの内に、『兄者のヨメ』になるのだろう。
俺はを義姉貴と呼んで、一線引いた付き合いをしていかなきゃならねぇ。
婚礼では張り切ってカメラ係とか引き受けて、ガキが生まれりゃ祝いのひとつもして。
『義姉貴、おめでとう』『義姉貴、幸せにな』って、事ある毎に祝福を投げ掛けて。
「・・・・・・・」
俺はこれから、どんな顔してと付き合っていけば良いんだろうか。
「・・・・そうね。じゃあ、帰りましょう。」
「はぁっ!?ちょ、オイ・・・・・!」
は唐突に、俺の腕を引っ張って歩き始めた。
「オイ、何で俺まで・・・・!!」
「いいからいいから♪」
何だよどいつもこいつも!
何でこうデリカシーがねぇんだ!そんなに横で見てて欲しいのかよこのド変態カップルが!
俺は傷心中なんだよほっといてくれよつーか腕組んでくんな胸が当たってんだよ!
誘ってんのかこの女いい加減にしねぇと押し倒して犯すぞこのヤロー!
あんな事もこんな事もすんぞこのヤロー!
っていうかそんな事してトキにぶっ殺されたらどうすんだよ俺ヤベェよそれはマジヤベェ!!
「お、おいってばよ・・・・・・!」
・・・・と、心の中では叫んでいたが、実際口には出せず。
勿論、あんな事もそんな事も出来ず。
を振り解いて逃げる事さえ出来なかった。
「さあ!どうぞどうぞ!たんと食ってって下さいよ!!」
連れて行かれたの家で、俺は今、何故か晩飯を振舞われている。
ガハハハと大口を開けて笑っているのは、の親父。
その横にのお袋、、爺&婆、更には未亡人になって戻ってきているの姉貴とそのジャリ2匹。
そして、俺の横には。
「有り難うございます。頂きます。」
「いただきます!」
「我々までお誘い頂き恐縮です。有り難く頂戴します。」
「・・・・・・・・」
トキ、そして何故かケンシロウ、更に何故か親父とラオウまで並んでいる始末だった。
オイ何だよコレ。
俺んとことんとこが並んで食卓囲んで団欒って、一体何の図だよ!?
「いやいや、とんでもない!私が今こうして笑ってられるのはトキ君のお陰、
ひいては北斗の方々のお陰なんですから!」
「それは倅が勝手にやった事。倅も含めて、このようにお気遣い頂く道理ではございませんのに。
しかし、倅の力がお役に立ったようで良かった。」
「役に立つなんてもんじゃありませんですよ!」
の親父は、うちの親父に酒を注ぎながら、興奮気味に声を張り上げた。
「何やってもどこの医者行っても治らなかったこのポンコツを、仕事出来るようになるまでに治してくれたんですから!!」
そう言って、の親父は自分の腰をパンと叩いた。
「北斗神拳がなかったら、私は今頃起き上がる事も出来なくなっていたに違いありません。
そうなったら、この店は潰れて、一家は路頭に迷ってました。
うちはご覧の通りの年寄りと女子供だけの所帯で、男手は私だけですから。」
「本当に、トキ君はうちの人の、いいえ、私達家族の命の恩人です!
治して貰っただけでも有り難いのに、そのうえ治療費も取ろうとしないで・・・・!
この恩に報いようと思ったら、こんなもんじゃまだまだ足りない位ですよ!」
の親父とお袋は、涙目で口々に感謝を示した。
まるで救世主でも崇めるような勢いだ。
要するに、こういう事か?
このところトキがせっせとここに通っていた目的は、じゃなくてその親父、
つまり、このオッサンの腰の治療だった、と。
だから、今日俺を誘ったのも、本当に『勉強』の為だった、と。
「私はまだ一人前の医者ではありません。治療費を頂くなどとんでもない。
勉強させて頂けて、その上大事な売り物をタダ同然で分けて頂いて、こちらこそいつも有り難いと思っているのです。
恩に着るのはむしろ私の方で・・・・・」
トキはの親父とお袋に照れ笑いを返すだけで、の方にはチラリとも目を向けなかった。
「そんな事言わずに、どんどんやって下さいよ!ささ、どうぞどうぞ!」
「リュウケンさんもどうぞ、もうご一献!」
「ラオウさんも、どうぞ!」
「坊やも、腹いっぱい食べてっておくれ!」
・・・・・何だよソレ。
要らん気を揉んでた俺がバカみたいじゃねぇかよ!
だが、ともかくこれでが俺の義姉貴になる恐れは無くなったという事だ。
それだけは安心でき・・・
「!?」
る、のか??
「・・・・・・・・」
いや、待て。
本当にそうか?
仮にトキは何とも思ってねぇとしても、の方はどうだか分からねぇ。
親父の病気を治して家族の危機を救ってくれた救世主みてぇなトキに、片想いとかし始めてたってちっともおかしかねぇぞ!?
「っ・・・・・・」
俺はどうしても確かめたくなって、周りに気付かれねぇようにコッソリとの方を見た。
「!!!」
結果は、予想外だった。
トキの方をウットリ見てるか、酌でもしようとしてんじゃねぇかと思っていたが、
予想外にと目が合って、俺は思わず固まっちまった。
「・・・・・・ジャギも、いっぱい食べてね?」
不意打ちでニッコリ笑って『いっぱい食べてね?』とか言うなこのヤロー。
ヨダレ垂れそうになっちまっただろうが。
「い・・・・、言われなくても食ってるっつーの・・・・!」
バレたか?
いや、分からねぇ。
大丈夫な気もするし、大丈夫じゃねぇ感じもする。
だが、もう一度の様子を確かめる勇気は湧いてこなかった。
今の俺に出来る事は、ただ目の前の物を手当たり次第に貪り食う事だけだった。
勧められるままに遠慮なく食らい尽くして、料理がすっかり無くなったところで、宴会はお開きになった。
ラオウは一足先に帰り、親父はんとこのジジイとジジイ同士何やら盛り上がって話し込んでいるみたいで、まだ帰らねぇらしい。
「今夜はどうも有り難うございました。厚かましく全員で押し掛けて、すっかりご馳走になりまして。
それに、またこんなに頂いてしまって・・・・。恐縮です。」
乾物だの缶詰だのがみっしり詰まった紙袋を両手に抱えて、トキはの両親に頭を下げた。
「厚かましいだなんてとんでもない!これ位の事で!」
「またいつでもいらして下さいね!」
「勿論。定期的に様子を見に伺います。痛みが取れたからといって、あまり無茶はなさらないで下さいね。」
そう言って優しく微笑むトキの顔は、拳法家の顔じゃなかった。
二千年の歴史を持つ暗殺拳を医学に活かすなんて、初めて聞いた時には
随分ブッ飛んだ寝言だと思ったが、トキはどうやら大真面目にやってるみてぇだ。
そんな明後日の方向に目標掲げて突っ走る奴なんて、北斗二千年の歴史の中でもコイツ位しかいねぇだろうなと思う。
「はい!宜しくお願いします!」
「では、失礼します。父の事、引き続き宜しくお願いします。」
トキはもう一度会釈すると、ケンシロウを促した。
「さあ、行こうか。」
「はい。ごちそうさまでした、おやすみなさい!」
「おやすみ!」
「ケンシロウ君もまたおいで!待ってるよ!」
「ありがとうございます!さよなら!」
ケンシロウはよい子のお手本みてぇなお辞儀をして、トキと並んで歩き始めた。
トキの腕からいそいそと紙袋を一つ受け取って。
麗しき兄弟愛ってか?全く、結構な事だぜ。
どんどん先を歩いていく奴等の背中を睨み付けて、俺も歩き始めた。
「・・・・・・・・」
ラオウは、恐らく北斗の歴史の中でも最強の男。
トキは、勝るとも劣らない強さを持ちながら、ラオウと同じ土俵に上ってその力を競う事を拒み、別の道を進んでいる。
ケンシロウは、まだまだ見習いのヒヨッコのくせして、何故か親父や兄者達に目をかけられている。
じゃあ、俺は?
俺には何があるんだ?
ラオウのような桁違いの力もねぇ。
ケンシロウのように、親父や兄者達に目をかけても貰えねぇ。
トキのような夢も才能もねぇ。
俺には、何もねぇのかよ?
何もねぇまま、負け犬になるしかねぇのかよ?
「・・・・・ざけんじゃねーよ・・・・・」
「何が?」
「うわっ!?!?!?」
人が苦悩していたら、またいきなりが声を掛けてきた。
不本意ながら、完全に不意を突かれた。心臓がバクバクいってやがる。
「なっ・・、何だよテメェ・・・・!驚かせんなよ!」
「あら、こんな位で驚いてちゃ、リュウケンさんに『たるんどる!』って張り倒されるんじゃないの?」
「うっせぇ、ほっとけ!」
そんなつもりは微塵もねぇのに、また反抗期のガキになっちまった。
何か・・・・・、色々情けねぇ。
これ以上何か言う気力も湧かなくて、俺はをその場に残したまま、無言で歩き出した。
「ねえ。あなた何か勘違いしてない?」
そんな俺の背中に、は呼び掛けてきた。
「・・・・あぁ?」
顔だけを僅かに振り向かせた俺に、はこう言い放った。
「私が好きなのは、ジャギ、あなたよ?」
「・・・・・・・・・」
何を言われたのか最初は分かんなくて、たっぷり何秒間か固まっちまった。
怒涛のような驚きが襲ってきたのは、その後だった。
「・・・・・は・・・・・、はぁぁぁっ!?!?」
「聞こえなかった?私が好きなのは、あなただって言ったんだけど。」
「きっ、聞こえてるよ、っつーかそうじゃなくて・・・・・、何で俺なんだよ!?」
驚きの余り、俺は素っ頓狂な質問を飛ばしてしまった。
するとは、真面目な顔して少し考え込んでから、こう言いやがった。
「う〜ん・・・・・、何でだろ・・・・・・。
何ていうか・・・・・、バカな子ほど可愛い、みたいな?」
バカな子?
バカな子って、それ俺の事か!?
ざっけんじゃねーぞ!!
「ばっ、馬鹿にすんじゃねーぞコラ!年下だと思ってナメくさりやがったらテメ・・」
その時、突然、声が出なくなった。
ふんわりと柔らかくてあったかい何かに、唇が塞がれていた。
それがの唇だって事に気付いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「・・・・・・夜中に外で大きな声出さない。」
「・・・・・て、め・・・・・・・・!」
どこまでもガキ扱いされて悔しい。
が、甘い囁き声が俺の唇を擽る、痺れるようなこの感覚に逆らえねぇ。
「・・・・・ジャギは、私の事嫌い?」
「・・・・・・・・・・」
「こんな年上の女なんか、考えられない?」
余裕かまして人の事をガキ扱いしといて、よく見りゃ不安そうな顔してる。おまけに真っ赤。
自分こそガキみてぇじゃねぇか。
「・・・・・・・別に」
の腰を抱き寄せて、今度は俺の方からキスしてやった。
悪いが、俺はお前が思ってるほどガキじゃねぇんだ。
「・・・・・・・大して違わねぇだろ?」
「ふふっ・・・・・、そっか、そうだよね・・・・・」
「ああ、そうだよ・・・・・、だから・・・・・」
だから、余計な事は考えずに、あとは自然の流れに任せて・・・・
「・・・・ありがと。じゃあ、おやすみなさい♪」
ハァ?
ホッぺにチューして『おやすみなさい♪』だぁ!?
オイふざけろよテメェ、どこをどうやったらそんな流れになるんだよ!!!
「ちょっ・・・・、おまっ・・・・・!」
呼び止める間もなく、は俺から離れてった。
人の事を生殺すだけ生殺しといて、ルンルン軽い足取りで。
「てめ・・・・・・・!」
このまま帰らせる訳にはいかねぇ。
この俺様の『漢』にかけてな。
「明日この時間、ここで待ってろ!道場抜けてくっから!!」
家に入ろうとするに向かって、俺は呼び掛けた。
はこっちを見て、笑って頷いた。
確かに、俺だけに、笑いかけた。
そして、小さく手を振って、家の中に入っていった。
「・・・・・・っしゃあっ・・・・・・!」
俺は負け犬なんかじゃねぇ!
形勢逆転、俺は勝者になった!!
俺は遂に手に入れたんだ、好きな女のハートを!!
よくよく考えてみりゃあ、道場の人間で女っ気があるのは俺だけじゃねぇかよ。
(※ケンシロウとユリアはまだガキだから除外するとして。)
つー事は、親兄弟の中で俺がある意味一番甲斐性あるって事じゃねぇ!?
そう思ったら、さっきまで沈んでいた気持ちが急に浮上してきた。
「よっしゃよっしゃよっしゃあっ!」
ハートは手に入れた。
次は身体だ。
あいにく俺は、『気持ちが結ばれてりゃあそれだけで満足』なんて純情ぶっこくキャラじゃねぇ。
このまま生殺されっぱなしなんて有り得ねぇ。
今夜お預け食らった分は、明日の夜にたっぷり、たっぷり、返してやる。
みなぎる期待を胸に秘め、俺もトキとケンシロウの後を追った。
追いつくのが遅くなって怪しまれると面倒だから足早に歩いて、割とすぐに追いついた。
そのまま何食わぬ顔して肩を並べたが、ケンシロウは勿論、トキも何も言わなかった。
よし。
バレてねぇ。
「ジャギ。」
「あんだよ?」
「父上や兄者に見つからんように気をつけろよ。
明日の夜は、私がうまく口裏を合わせておいてやるから、朝までには戻るように。」
「!!!」
ば、バレてる・・・・・!!