ケープを納品してから数週間が過ぎたある日のこと。
の手元に一通の手紙が届いた。
差出人はレイであった。
待ちに待っていた手紙には、近況報告と共に嬉しい招待が書き綴られていた。
レイの妹アイリがケープを大層気に入ったということ、是非その製作者であるにも式に出席してもらいたい、という内容であった。
零れるような笑顔を浮かべて何度も読み返した後、は母の許可を得ると早速準備を始めた。





「ふう、着いた着いた。」

村の食料調達用のトラックに乗せてもらってレイの村の付近まで辿り着いたは、向こうに見える家々の屋根を感慨深げに見つめた。
もうすぐあの優しい笑顔に会える。
そう思うと、移動の疲れなど全く気にならない。
は荷物を抱えなおすと、軽い足取りで村へ向かって歩き始めた。



しかし。



「なに、これ・・・」

村へ入ったを迎えたものは、レイから聞いていたようなのどかな風景ではなかった。
焼け落ちた家、瓦礫の山、そしておびただしい血の跡。
あまりにも無残な光景に、は手にしていた荷物を取り落としてしまった。

― レイは何処!?

は、レイの姿を求めて走り出した。




村の外れの寂しい一角、そこにレイはいた。
こちらに背を向けて跪いて。
その背が深い悲しみに包まれているのが、遠くからでも分かる。
はそっと彼に近付いていった。


「誰だ。」
「私よ、よ。」

ゆっくりと振り返ったレイの瞳は、痛々しい程の悲しみと怒りに満ち満ちていた。
それでも彼はに薄らと微笑みかけた。

「済まないな。折角来てくれたのにこんなことになってしまった。」
「そんな・・・・」

一番悲しいのはレイ自身の筈なのに、何もしてやれない自分にそのように気遣ってくれるレイが悲しくて、は涙が零れそうになる瞳を瞬いて誤魔化した。
レイの前には木で作られた2つの十字架がひっそりと立っている。
そこだけではない。
他にも至るところに同様の十字架が立てられている。
それらの根元に盛り上がった土はまだ新しく、それがやけに生々しくては思わず目を逸らした。

「・・・・何が・・・、あったの?」
「俺が村を留守にしていた隙に、何者かが村を襲ったのだ。村はこの通り全滅した。」
「ひどい、皆殺しだなんて・・・・」
「そしてそいつに、妹を、アイリを攫われた・・・」
「そんな・・・・!」

何と言えばいいのか分からない。
こんなことを誰が予想出来ただろう。
温かい幸福に包まれていたはずの彼らが、一夜にして絶望の底に叩き落されるなどとは。
一人で村人全員の墓を作って祈りを捧げていた彼の姿を想像すると、やりきれなさで胸が張り裂けそうになる。

ふと足元に見えた自分の荷物が視界に入り、は何も役に立てない無力な自分を呪った。




「どうした?」

自分の荷物を涙目で見つめているに気付いたレイは、の様子を伺った。
するとはしゃがみ込み、微かに震える手で中身を取り出した。
何が出てくるのかと思っていたら、それは色とりどりの造花のブーケであった。

「それは?」
「アイリさんに、と思って作ってきたの・・・」
「そうか・・・。美しいな。」

薄い布で出来た幾重にも重なる花弁は、薔薇の形を模している。
真心がこもっているのが一目で分かる。

「ごめんね、こんな時にこんなの・・・」
「謝ることはない。」

レイは、場違いな美しさを放つブーケを再びしまいこもうとするの手を掴んで制止した。

「もし良かったら、俺の両親に手向けてやってくれないか?」
「いいの・・・?」
「ああ。是非そうしてやって欲しい。」

レイに言われるまま、は震える手つきでブーケを十字架の根元に捧げた。
そしてそのまま膝をついて、レイの両親の冥福を祈り始めた。
アイリの晴れの舞台で優雅に咲き誇る筈だったそれは、死者への餞にしては華やか過ぎる。
その華やかさがあまりにも無常な現実を知らしめて、レイは再び深い悲しみの波に襲われた。

「っ・・・・!」
「どうし・・・」

顔を上げたを強く胸に抱き込んで、レイは嗚咽を漏らし始めた。

「少しだけ・・・こうさせていてくれ・・・・・」
「レイ・・・・」

自分を強く抱き締めたまま血を吐くような呻きを漏らすレイをそっと抱き締め返して、もまた静かに涙を流した。




「・・・済まなかった。」
「落ち着いた?」
「ああ。」

の身体をそっと離して、レイは溜息をついた。

「見苦しい所を見せて悪かったな。」
「見苦しいだなんて。誰だって悲しい時は泣くわ。」
「そう言ってくれると救われる。」

レイはふと口元に笑みを浮かべた。
しかしすぐに真顔に戻って、両親の墓を見つめる。

「俺は今ほど自分を無力だと思ったことはない。」
「そんなことないわ、レイは・・・」
「いや、俺は無力だ。肝心なものを何一つ守れなかった。村も、両親も、妹も、何一つ・・・」
「そんな、レイのせいじゃ・・・」
「こんなザマで何が伝承者だ。笑わせる。」

自嘲めいた口調のレイを窘めるように、はその肩に手を触れた。

「もうやめて。運が悪かったんだわ。あなたのせいなんかじゃない。」
「・・・・しかしこんな俺でも出来ることがある。」
「何?」
「アイリを攫った奴を見つけ出して殺すことだ。」

恐ろしい殺気の宿る瞳は、が見たことのないものだった。
背筋の凍るような恐怖に、は一瞬目の前のレイがよく似た別人かと錯覚しそうになる。

「殺すって・・・・、見つけられるの?」
「父が息絶える前、『胸に七つの傷の男』と言い残した。」
「それだけの手掛かりでどうやって探すの?」
「困難は承知の上だ。しかし俺は何処までもその男を追う。そしてこの手で殺す!」

まるで誓いを立てるように両親の墓に向かって言い放ち、レイは肩に乗せられていたの手を取って下ろした。

「レイ・・・・」
「お前には色々世話になった。本当に感謝している。」

レイは殺気を消して優しい眼差しをに向けた後、毅然と立ち上がった。
もはやその涙は乾いている。

「お前を村まで送ろう。日が落ちないうちに急ぐんだ。」

レイはそう言うと、を促して村を出た。
去り際に一度だけ村を振り返ったレイの瞳に、まだ色濃く悲しみが浮き出ていたのを、は見逃さなかった。




黄昏時に差し掛かった頃、二人はの村に到着した。
は、せめて今夜ぐらいは泊っていくようレイに勧めたが、レイはその申し出を頑なに断った。

「俺は行かねばならない。達者で暮らせよ、。」

突然の別れに呆然とするの横を通り過ぎて、レイは颯爽と歩き出した。
その足音にようやく金縛りが解けたように振り返り、はレイの背に向かって叫んだ。

「待って!」

レイはに背を向けたまま足だけを止めた。

「・・・無事を祈ってるわ。あなたと、アイリさんの・・・。だから、だから・・・・」
「・・・・」
「私、待ってるから!レイが帰ってくるのをいつまでも、待ってる、から・・・」

の声は次第に小さくなり、やがて沈黙になった。
これ以上何か言えば、その背に縋りそうになるから。
引き止めて、行かないでくれと懇願してしまいそうだったから。

しかしそんな事でレイの足は止まらないだろう。
それに、固く決心した仇討ちの旅立ちを止める権利など、自分にはない。
だからせめて、帰りを待たせて欲しい。
いつか必ず無事に戻って来て欲しい。


「・・・俺は、この先もうお前の知っている俺ではなくなるだろう。」
「レイ・・・」
。お前は・・・・・、幸せになるんだ。」

そう言い残して、レイは荒野へと消えていった。



まるで永遠の別れのような台詞だ。
そんな言葉より、必ず帰って来ると約束して欲しかった。
口約束でもいいから、大好きなあの笑顔で『約束する』と、一言そう言って欲しかった。



は涙で霞むレイの背中をただじっと見つめていた。
過酷な道を辿り始めた愛しい者の行く末に希望があることを、そして願わくばもう一度会えることを、切に願いながら。
その背が黄昏に包まれて完全に消えてしまうまで、いつまでも、いつまでも。




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後書き

1万感謝セール作品『幸福の環』の続編リクエスト話です。
あの話が明るい内容だっただけに、ギャップが激しいですかね(汗)。
レイの村が全滅という設定は、原作のレイの台詞を基に想定しました。
リクエストして下さったまや様、ありがとうございました!