第四話


[目次]
IM(イメージ)ソング紹介
主要登場人物紹介
本文
次回予告
おまけ
あとがき


[IMソング紹介]
イメージOP1(一話〜六話)
「ignited―イグナイテッド―」
出典
機動戦士ガンダムSEED Destiny OP1
イメージED1(一話〜六話)
「reason」
出典
機動戦士ガンダムSEED Destiny ED1


[主要登場人物紹介]
(IV=Image Voice)
シンヤ・ミナヅキ(IV 高橋広樹)
 オーストラリア皇国陸軍アデレード駐留軍司令部直属特設小隊リーダーである十七歳の少年。階級は中尉。普段はおとなしい性格であるが、一たび戦闘に入るとその気迫はかなりのものである。戦う必要性、戦わなければいけないという責任と義務が少年を戦争へと駆り立てていくのだ。

「リーナッ、もう止めるんだ! こんな戦い……」

リーナ・ツヴァイク(IV 後藤邑子)
 アメリカ大陸同盟海兵隊隷下第八特務小隊隊長である十七歳の少女。階級は少尉。強気な性格をしてはいるが、その一方で心優しい一面も持つ。戦いにおける自己の義務感は人一倍強い。白兵戦での戦闘能力はもちろんのこと、TBWの操縦技術も群を抜いて優秀である。

翼のなくした鳥は、
     もう二度と空を翔ることはできないのよ


サキ・ミナヅキ(IV 清水愛)
 オーストラリア皇国陸軍アデレード駐留軍司令部直属特設小隊に所属する十五歳の少女。階級は少尉。シンヤ・ミナヅキは実兄である。基本的には気弱な性格であるのだが、芯は強いものがある。華奢な少女ではあるが、そんな彼女が軍隊という組織に身を置くのにも理由がある。本人にとって、とても大切な理由である。

――これ以上戦争を広げないためにも、
        わたしが倒さないとダメなんです!


セリア・リープクネヒト(IV ひと美)
 オーストラリア皇国陸軍アデレード駐留軍司令部直属特設小隊に所属する十七歳の少女。階級は少尉。シンヤ、サキとは幼なじみの間柄である。大方、気さくで陽気な性格の少女ではあるが、時に禁句ワードを発して怒らせてしまえば、一大事に発展することもしばしばある。彼女もまた内に秘めたる信念のもと、戦いに身を置くことになる。

あらら、一発必中、ってわけにもいかなかったようね

リュシアス・ウェリントン(IV 堀川亮)
オーストラリア皇国陸軍アデレード駐留軍司令部直属特設小隊に所属する十七歳の少年。階級は少尉。一風変わった口調で話し、凄まじくノリの良い性格をしている。また、目に見えて分かるほど、サキに好意を寄せている。そんな彼が時折見せる真剣な顔つきは、戦いに対する己の意志を露にしている。

そうやな。クレーデル、あいつのためにもこの戦い、無様な結果は出せんな!

エミリー・ロバーツ(IV 田村ゆかり)
 アメリカ大陸同盟海兵隊隷下第八特務小隊に所属する十五歳の少女。階級は少尉。リーナの部下にあたり、彼女のことを「お姉様」と呼びとても慕っている。それもあり、リーナに関連したマイナス面の事件は、エミリーを激怒させるのに十分なものである。それに比して、平時は割と同年代の少女と同様の雰囲気が漂う。

まかせてください、リーナお姉様。
   あんなやつら、わたしがすぐに片付けちゃいます


アーネスト・マッキンリー(IV 荻原秀樹)
アメリカ大陸同盟海兵隊隷下第八特務小隊に所属する十六歳の少年。階級は少尉。リーナの部下にあたり、普段は冷静でクールな性格をしてはいるが、戦闘に入ると闘争的な部分が前面に出るところがある。戦闘能力は総合的に言っても非常に優秀である。

おらおらぁっ! ガードがなってねえぞ!?
              これで落ちやがれ!!


レオン・ケレンスキー(IV 森久保祥太郎)
アメリカ大陸同盟海兵隊隷下第八特務小隊に所属する十七歳の少年。階級は少尉。リーナの部下にあたり、彼女をサポートする優秀な能力を持つ人物。密かに、リーナに想いを寄せている。

――たとえ何があったとしても、
          俺はおまえの味方だ、リーナ


ユークヴィスト・ライシャワード(IV 関俊彦)
 アメリカ大陸同盟軍高速潜水艦ブラック・スパイン副艦長。階級は大尉。リーナたちの上官にあたる。冷静沈着で野心家。サングラスをかけたその瞳の奥には、何が見えているのだろうか。

ふむ。そのことか。
   それに関しては、私のほうから話そうではないか


[本文]
  第四話
   「光と闇」
    第一節
     (Light and Darkness)
 現代世界より遥かに未来。
 増加しすぎた人口問題への対策として、世界統一国家は人為的移民用小惑星――通称VTアイランドを完成させた。VTとは、アイランド開発代表者ヴェル・テール博士の名前の頭文字である。
 そこで、統一国家は考えた。VTアイランドの誕生という人類の偉業を歴史に刻みつけるにはどうすればいいのかを。その問に対する答が、この博士の生年月日を基準とする新たなる暦「新西暦」の策定であった。
「――この新たな始まりが、永遠の平和に結びつかんことを……」
 生年の頃に彼が残した言葉は、全人類の願いであり、そして希望でもあった。
 だが、皮肉にも平和の時はいつまでも続くことはなかった。
 平和というものは、常に戦争と隣り合わせにある。だから、平和が消えることがないのと同様に、戦争もまた不変的なものなのだ。
 平和の歴史が反転を見せるとき、それはすなわち、新たな戦争の歴史が幕を開けるとき。
 ――これは、時に新西暦1182年の話である。
世界統一国家が解体され、世界勢力が「オーストラリア皇国」、「アメリカ大陸同盟」、そして「ユーラシア連合国」に三分された事件、新西暦1000年に起きた「ミレニアム・トラジディ」から二百年近くが経過した。
 一時は休戦期間にあった三国ではあったが、再び世界は戦渦に巻き込まれようとしていた。
 新西暦1172年に三国間で締結された条約、「ダカール休戦協定」及び「三ヶ国通商条約」が失効を迎えた新西暦1182年、五月十九日。
 ある一つの事件をきっかけにして、世界にまた変化が訪れることになる。



 真夜中。暗闇の荒野。
 月の光だけが大地を照らす。
 オーストラリア皇国軍アデレード基地南方約四十km地点。
 この地に今、四機のTBW同士が対峙していた。
 TBWとは、全長十五メートルから二十メートルの人型機動兵器――戦術戦闘兵器の略称である。この時代において、TBWは戦争を行うにあたって主力兵器とみなされるまでになっていた。
 荒野に立つ八機のTBW。その内の四機は皇国軍のTBWであり、残りの四機は米大陸同盟軍のTBWであった。
 本日、新西暦1182年、五月十九日、0000。休戦協定が失効した直後を狙って、皇国軍アデレード基地は米大陸同盟軍の奇襲攻撃を受けた。
 米大陸同盟軍の目的は、アデレード基地にて極秘裏に開発を進めていた新型TBWの奪取にあった。結果、新型機の奪取任務にあたった米大陸同盟軍海兵隊隷下第八特務小隊は、ひとまず新型TBWの奪取には成功した。
 しかしながら、事態はそんなに簡単に終わることはなかった。第八特務小隊の情報では、新型機は「一機」とのことであった。だが、実際に彼らが目にした新型機の数は「五機」。小隊はこの中の一機は奪取したものの、残り四機は放置したまま母艦である潜水艦「ブラック・スパイン」へと帰艦すべく合流ポイントに向かっていた。
 その最中、第八特務小隊のTBW四機は皇国軍の追手である四機の新型TBWとこの荒野で遭遇したのであった。
 皇国軍の側からしてみれば、奪取された新型機を早々簡単にあきらめるわけにはいかなかったのだ。だからこそ、多少の危険を顧みることなく、皇国軍アデレード基地駐留軍司令部直属特設小隊を、新型TBWを操る彼らを戦場に送り込んだのであった。
「――サキ、セリア、リュシアス。僕たちの最優先任務は奪取された新型機エアリス・セイバーの捕獲だ。けど、相手もかなり腕が立つ。なんせ、アデレード基地駐留軍第二大隊を、たった四機で全滅させたんだからな」
 皇国軍新型機、MTBW・ラウズに搭乗するパイロット、シンヤ・ミナヅキは残り三機の味方ユニットのパイロットへと通信した。
「……分かってるよ、お兄ちゃん。でも……クレーデルさんを、わたしたちの皇国を傷つけたのは許せません」
 味方ユニットの一機、MTBW・ウインドを操縦するパイロット、サキ・ミナヅキは返答した。その声は冷静さを保ってはいるが、その言葉から察して相当の怒りを覚えているようであった。ちなみに、シンヤとサキは兄妹であり、兄のシンヤが十七歳、妹のサキが十五歳である。
 また、二人の乗る機体、MTBW・ラウズとウインドはそのMTBWという略称からも従来のTBWとは相違している。MTBW、これは多目的戦術戦闘兵器――マルチタクティクスバトルウェポンの略である。TBWとの大きな差異は機体の変形能力にある。MTBW・ラウズ、ウインド、そして奪取されたエアリス・セイバーは必要に応じてその形態を変化させることができるのである。これを抜きにして考えてみても、従来のTBWとの基本性能の優劣は言うまでもないが、遥かに高い。
「そうやな。クレーデル、あいつのためにもこの戦い、無様な結果は出せんな!」
 皇国軍の味方機、アーク・フォートレスのパイロットであるリュシアス・ウェリントンは気合の一声を発した。サキとリュシアスがいったクレーデルというのは、その本名をクレーデル・ロッシュという。皇国軍新型機エアリス・セイバーの正規パイロットであったのだが、無念にも基地奇襲の際に命を落としたのである。
「無様な結果ねえ……リュウ、今度はちゃんと仕事しなさいよね」
 残る一機の味方ユニット、ラーク・ガンナーに搭乗するセリア・リープクネヒトがリュシアスに対して皮肉めいた言葉を発した。
「うるさい。そんなんわかっとるがな。ワシはな、背水の陣で今この場におるんや!」
「はいはい。まあ、せいぜいがんばってくださいな」
 声を荒げるリュシアスを軽くあしらうようにセリアは答えた。
 皇国軍の新型機。これは全部で五機あり、シンヤ、サキ、リュシアス、セリアの機体に加えて、奪取された機体がそうである。この新型機は皇国軍開発本部が計画したHighシリーズプロジェクトにより開発された。そのプロジェクトにおいての代表人物は、皇国軍開発次官であるセイイチロウ・ミナヅキ技術少将と皇国軍開発本部局長であると同時に本国の最高統治機関である執行部会のメンバーの一人でもあるユリアーノ・クリス・ミストラル大佐である。ちなみに、セイイチロウ・ミナヅキはシンヤとサキの父親である。
 このプロジェクトで開発された新型機は五機であるが、種類として二つに分けることができる。一つ目は、先ほど説明したMTBWである。これはハイブリッドと呼称され、ラウズ、ウインド、エアリス・セイバーがこれにあたる。二つ目は、ハイグレードと呼称されるタイプのTBWである。これは高級機のことであり、特徴は通常の大量生産機のTBWを大きく凌ぐ性能と強力な武装である。アーク・フォートレス、ラーク・ガンナーがこれにあたる。
――その一方で、米大陸同盟側。こちらも四機のTBWが戦力であった。
「必要以上の戦闘を避けて、なんとかしてブラック・スパインとの合流地点に向かうわよ」
 四機の内の一機、皇国軍から奪取した新型機エアリス・セイバーに搭乗するパイロット、リーナ・ツヴァイクは言った。アデレード基地奇襲時においての戦闘、逃走の際の待伏部隊との戦闘と、機体の武器・エネルギー面においての限界が見え始めていた。それもあり、できる限りの戦いは回避する必要があった。
「まかせてください、リーナお姉様。あんなやつら、わたしがすぐに片付けちゃいます」
 米大陸同盟軍海兵隊の専用機であるレイ――そのスナイパー・タイプに乗るエミリー・ロバーツは口を開いた。エミリーはまだ十五歳の少女であり、年上であり小隊長でもあるリーナのことを「お姉様」と呼んで大変好いていた。
「へへっ、また口だけエミリーがなんか言ってやがるぜ」
 エミリーの言葉に揶揄を入れたのは、同じくレイ――ただし、そのアームズ・タイプを操縦するアーネスト・マッキンリーである。普段は冷静な性格をしているが、いざ戦闘に入ると闘争本能が前面に出てくる十六歳の少年である。
「な、何よっ! くっ、見てなさいアーネスト、わたしのほうが上なんだってことを分らせてあげるわ。まあ、あんたは撃墜されてわたしの活躍を見れなくならないようにがんばりなさい」
 負けじとエミリーが言い返す。この二人、仲の良さにムラがあり、気が合うときは手を取り合って協力することを惜しまないが、逆にケンカになるときもしょっちゅうあるのだ。
「おまえっ、何調子にのって――」
「――おいおい、おまえら。そろそろその辺にしときな。また、我らが隊長の怒りが下ることになるぞ」
 二人の仲裁に入るようにして口を開いたのは、ソード・タイプのレイに乗るレオン・ケレンスキーである。小隊の中でも年長者である彼は、リーダーであるリーナのサポートとエミリーとアーネストの仲を取り持つ重要な存在であった。
 エミリー、アーネスト、レオンが搭乗するTBWレイはレアリックと呼称される少数量産機である。このレイというTBWは基本となるノーマル・タイプの他に、大掛かりな改造を施すことによって、格闘戦に特化したソード・タイプ、中距離射撃戦に特化したアームズ・タイプ、遠距離射撃に特化したスナイパー・タイプといった三種類のタイプが作られ、これらの性能・武装はハイグレード的であるともいえた。
   ★
 八機のTBWが荒野に立ち尽くす。なんとかして奪取された新型機を捕獲しようとする皇国側の四機と、なんとかして衝突を回避したいとする米大陸同盟側の四機。
 四機同士が対峙しあう中、まずその行動を開始したのは皇国軍のMTBW、ウインドであった。
「任務は新型機を捕獲することだけど、相手も本気。そんな簡単にはできないかもしれない。だけど――っ!」
 サキの叫びと共に、ウインドが飛翔する。この機体は史上初の人型TBWによる重力下飛行を実現したものであった。
「この攻撃でっ!」
 一定の高度まで飛行したウインドは両手に構えた二挺の高出力ビームバスターガンの狙いをエアリス・セイバーに定めて、敵機へと降下しながら立て続けにそれぞれ二発ずつ射ち放った。
「――ちっ、そんな簡単には」
 連続して降り注ぐビームを巧みに回避しながら、リーナはビームサブマシンガンを反撃とばかりに使用する。しかし、これはあくまで牽制目的である。この機体、エアリス・セイバーは格闘戦のスペシャリストであるので、射撃で張り合うには少々分が悪いといえた。
「くっ、これなら!」
 エアリス・セイバーからの射撃をかわすとウインドはそのまま一気に距離を詰める。そのスピードをもって、サキはビームサーベルを即座に引き抜くと疾風のごとく敵機へと斬りかかった。
「なっ……は、速い」
 相手の機体の速さに押される形で、リーナはカウンターをとることもかなわずに、咄嗟に取り出したミドルビームソードで敵機の斬撃を切り払った。
「パワー勝負なら、こちらが有利」
 片手に持つミドルビームソードで相手の攻撃を防ぎながらも、もう片方にはロングビームソードをとり、ウインドに反撃を試みる。このロングビームソードに至っては、その長さは十メートルを超え、そのビーム刃は戦艦の艦橋をも一刀両断でき、その出力を受け止められるサーベル兵器はほとんど存在しないのだ。
「……えっ、う、嘘っ!」
 その的確な相手の攻撃にサキが驚きの一声を上げる。それと同時に、ウインドへとロングビームサーベルが振り下ろされる瞬間――、
「何っ、変形した? あのタイミングで」
 まさにビームソードがボディに接触しようかとするときに、ウインドは素早く後退した後、飛行形態、フライングフォームへと変形しすかさず大空へと飛び上がった。
「……どうする? こうも自由自在に飛行されてはこちらが圧倒的に不利だわ。――それならっ!」
 再び空に浮上したウインドへとビームサブマシンガンの牽制を加えながら、リーナはある一つの手段を決定した。
   ★
「――なっ、リーナお姉様!」
 スナイパー・レイに乗るエミリーが声を大にして言った。突如として空に舞い上がった相手の機体が空中からリーナの乗るエアリス・セイバーに向けてビーム兵器を放ってきたのだ。
 自分のこと以上にリーナことを第一に考えるエミリーは、迷うことなくビームショットライフルの射程をその敵機へと合わせる。
「リーナお姉様には、何があっても、絶対に指一本触れさせないんだから! ――何っ、ロックされた!?」
 瞬間、機体を左に移動させる。すると、一瞬間前まで自分がいた場所を的確にビームライフルの軌道が通過していった。
 エミリーはすぐにその発射元を見た。そこにはライフルを構えた一機のTBWの姿があった。
「あらら、一発必中、ってわけにもいかなかったようね」
 その機体、ラーク・ガンナーのパイロットであるセリアが苦笑いをしながら言葉を発した。この機体専用のロングレンジコンバータライフルは長距離用高性能照準器を備えた非常に狙撃能力に優れた武器である。なので、現在の数百メートル程度の距離では、その射撃の精密さは疑う余地もないほどだ。ただ、相手が固定目標ではない分、どれだけ精密な射撃を行ったところで相手の回避行動の如何によって、その結果が変わってくるのだ。
「あんたなんかに構ってる暇はないのよっ!」
 目標をラーク・ガンナーへと切り替えたエミリーはビームショットライフルを二、三発射ち放つ。
「なあに? そんなに向きになることなんかないのに。なら、これでどうかしら」
 相手の射撃を回避しながらも、セリアは反撃とばかりにライフルを放つ。このコンバータライフルの特徴はカートリッジの交換によりビーム、レーザー、実体弾の三種類を撃ち分けることができることにある。特に、比較的近距離での射撃に用いる実体弾は更にカートリッジを交換することによって、HEAT弾、爆裂弾、榴散弾が使用することができるのである。
「ふん、それぐらいの攻撃――っ!?」
 敵からの射撃をエミリーが回避しようとしたそのとき、ある異変が起こった。今まで連続してビーム兵器による攻撃をしてきた敵機から、突然、実体弾が発射されたのである。
 さらには――、
「えっ……きゃあああ!!」
 何がどうなったのかを悟る前に、スナイパー・レイのコクピット内に大きな震動が襲いかかる。
「――くっ、い、今のは……」
 手で頭を押さえながらエミリーは正常を保つ。たった今の敵機からの実体弾による射撃。エミリーはその実体弾の軌道からは完全に逃れていた。だが、相手の行動はエミリーの一歩上をいっていた。エミリーがその実体弾を回避したと思ったその瞬間、まるで狙い澄ましたかのように、それが弾けとんだのである。即座にシールドを用いてその金属の塊たちを防ごうとしたが、そのすべてを防ぎきることはかなわず、ボディへと着弾したのである。
「こ、このおおおっ! なめるなあああっ!!」
 スナイパー・レイそれ自体にはたいした被害は見受けられなかった。とはいえ、この攻撃はエミリーの怒りのボルテージを高めるのにはあまりに容易すぎた。
 この怒りを率直な言葉にして叫びながら、エミリーはビームサーベルを引き抜いて敵機へと突貫した。
「あらあら、ちょっとばかし怒らせすぎちゃったかしら? でもね、頭に血が上れば上る分だけ、冷静な判断ができなくなるのよねえ」
 ビームサーベルを取り出して一直線にこちらに向かってくる敵機の様子を窺いながら、セリアもまたビームサーベルを抜き放つ。
「さあ、どっからでも、かかってらっしゃいな」
「こいつ! 落ちろおおっ!!」
 セリアとエミリー。両者のTBWのビームサーベルが大きな音を立てて交錯する。突撃して斬りかかったエミリーの攻撃を余裕のある動作でセリアが切り払ったのだ。
「甘いわね! そんな攻撃じゃ、あたしはやられないわよ」
 相手のビームサーベルを弾くと、返す刀で攻撃を加える。
「くっ、わたしだってえっ!」
 相手からすかさず与えられる斬撃をエミリーも負けじと受け止めた。サーベルのビーム出力はほぼ同程度。なので、サーベル同士を衝突させるだけで勝敗を決することはなかったのである。
 お互いが数度に渡って斬りかかるが、それらの攻撃はすべて相手によって防御された。
「へぇ、なかなかやるわね。なら、これでどうかしら?」
 そう言うやいなや、セリアは鍔競り合うビームサーベルを相手側に強く押し込み、敵機の上体がやや後方に反れたタイミングに合わせて、サーベルを握る手とは逆の手でパンチを叩き込んだ。
「――くうっ……きゃああっ!!」
 ラーク・ガンナーの拳を食らったスナイパー・レイが後方に強く弾き飛ばされる。転倒寸前のところでスラスターを使用し、なんとか地面に叩きつけられることは回避した。
「こ、このおおおっ!!」
 体勢を立て直したエミリーは再び相手へと斬撃を繰り出す。完全に相手のペースにはまっているエミリーは闇雲に攻撃を加えるほどに冷静さを欠いてしまっていた。
「だからぁ、見え見えなのよね、そんな大胆な攻撃じゃ」
 相手の攻撃を読みきっていたセリアは落ち着いた動作でしゃがみこむと、次の瞬間、その頭上を敵機のビームサーベルが通り過ぎていく。
「足元が、がら空きよっ!」
 間髪入れず、しゃがんだ状態のままセリアは相手に足払いをかけた。
「――くっ、これぐらいで!」
 それに対して、エミリーはスラスターを噴かせて後退し、相手の攻撃をかわす。しかしながら、そう思った直後――、
「これでも、食らいなさい!」
 まさに意表をついた攻撃というべきか、セリアは片方の手に持ったビームサーベルを、後退した敵機の着地点を狙って、槍投げの要領で投擲したのである。
 さらに言うならば、この攻撃もセリアにしてみれば決まり手への布石の一つにすぎなかったのだ。
「――うっ、ぐ、ぐうっ……っ!?」
 真後ろに後退したのを無理やり修正しようとして、エミリーは咄嗟に機体を横方向に移動させる。緊急回避だったこともあり、機体に若干の負荷がかかり体を揺さぶられたが、相手が投げつけたビームサーベルは無事に回避することに成功した。
 ――だが、この回避動作により、スナイパー・レイには隙が生じたのである。
 セリアが狙っていたのは、まさにこの瞬間なのであった。
「もら〜いっ!!」
 セリアが叫ぶ。同時に、ラーク・ガンナーは両手を交差させるような動きをとった。これは両手首のポケット状の部分に隠し持つ75mmハンドガンを取り出すためだったのだ。
 敵機へとその二挺のハンドガンを向けて、速やかにセリアはそのトリガーを引き放った。
 その射撃は正確なものであり、二発ともが寸分違わず敵機へと着弾した。ところが、これだけの射撃能力を持っていながらもセリアが命中させたのは、敵機の両肩部だったのだ。
「きゃあああああっ?!」
 機体に大きな震動が走り、エミリーは思わず悲鳴を上げた。相手の連続攻撃によりわずかな隙を作ってしまい、そこを狙い撃ちされてしまったのだ。
 だが、エミリーにとっては不幸中の幸いか、被弾したのが両肩部だったこともあり負傷することはなく、また推進部が損傷することもなかったのである。ただ、アーム部が損傷してしまったので、攻撃に参加することが厳しくなってしまった。
「――くぅっ、悔しいけど、こいつ……強い!」
 機体を襲った衝撃に耐えながらも、エミリーは激しく憤慨した。
「この一撃で、終わりにするわよっ!」
 一方、セリアは相手の動きの鈍化を見逃すまいと、カートリッジ交換によりロングレンジコンバータライフルにビームをセットし照準を合わせる。
「――ちっ、ロックされた?! このままじゃ……っ!」
 反応が若干遅れたエミリーが敵機に目を向ける。まさに相手のビームライフルのトリガーが引かれようかとしたそのとき――、
「なにボケっとしてんだよ、エミリー!! らしくねえだろうがっ?!」
 突然、スナイパー・レイの通信機に少年の怒号が響いた。
「――えっ? ア、アーネスト、あんた……」
 エミリーが小さく声を漏らす。彼女の危機を察したアームズ・レイに乗るアーネストが援護に駆けつけたのだ。
「おらおらぁっ! ガードがなってねえぞ!? これで落ちやがれ!!」
 アーネストが大きく叫ぶ。両肩部の大口径ビームガトリングガン、両脚部の四連装ホームングミサイルポッド、両手に握るビームバズーカ、さらには両腕部のハンドグレネード、一瞬間で彼は一斉射撃の発射準備を完了させた。
「……え? 何っ? 援護射撃!? こ、こんなの聞いてないわよ〜?!」
 戦闘開始後、はじめて焦りの混じった声を上げたセリアはビームライフルによる射撃を直ちに中止した。そして、敵機からの攻撃に対しての回避行動に移ろうとしたその矢先、
「避けれるものなら、避けてみやがれっ!!」
「――っ? ち、ちょっと、たんま、たんま〜!?」
 間髪入れず、弾丸の嵐がセリアを襲う。
 泣き言を口走りながらも、セリアは相手の攻撃を的確に回避していく。だが、この集中砲火ではすべての攻撃を完全に回避することなど不可能に近かったのだ。
「ダメだわ、ミサイルの回避余地がない……それならっ!」
 敵機からのビーム兵器を回避したセリアにミサイルが迫る。ラーク・ガンナーの運動性といえども、この攻撃の回避は不可能。しかしながら、実弾兵器による攻撃ということもあり、セリアの脳裏にはビームサーベルによる切り払いが想起された。
 ――が、
「……あ」
 セリアが呆然とした顔で言葉を零した。
「サーベル……投げちゃってました……てへ」
 誰にともなく、セリアは苦笑しながら自身の頭を軽く小突く。そんな彼女は今、紛れもなく生命の危機に瀕していたのである。
   ★
「あの機体、凄いパワー……。正面からぶつかり合ってたんじゃ、ウインドでは歯が立たない」
 奪取された皇国軍新型機エアリス・セイバーのロングビームソードによる格闘を瞬間的に変形することによって、サキは回避に成功した。一先ず相手の射程圏外まで上昇した彼女は、表情を強張らせたまま唇を噛み締めた。
 敵機であるエアリス・セイバー。その運動性は言うまでもないが、MTBWに相応しく機体の武装バランスも実に優れている。近距離格闘戦のスペシャリストであるのはもちろんのことで、中距離用のビームサブマシンガン、遠距離用の大型リニアガンと戦闘の間合いに欠点らしきものが見受けられないのだ。それに加えて、それを操るパイロットの技量も極めて高いのである。
 それに対して、サキの乗るウインドは中遠距離戦を主体とする機体である。エアリス・セイバーと比較しても互角以上である運動性と人型TBWによる重量下飛行、それと合わせて高出力のビームバスターガン、これらの特徴から、ウインドの最も効果的な戦法はいかに相手の射程外から有効に攻撃を命中させるかである。
 ところが、このケースは少々勝手が違ったのである。
「この戦い、ただ上空から射撃するだけじゃ、勝てない。でも、迂闊に接近すれば絶対的にこちらが不利になる。ど、どうすれば――っ!?」
 サキが考えあぐねていると、地上からの攻撃が機体を襲う。エアリス・セイバーの大型リニアガンである。これをなんとか回避したサキはお返しとばかりにビームバスターガンを放つ。
「……こっちから仕掛けなきゃ。ここで逃がすわけにはいかないんだから。これ以上戦争を広げないためにも、わたしが倒さないとダメなんです!」
 一際大きな声を上げると、サキはフライングフォーム形態のまま再び相手へと突撃する。
 エアリス・セイバーの機動性とパイロットの技量を考えると、中遠距離からの射撃を続けたとしても、まず簡単に命中することはないだろう。
 追う側の立場に回ったことがサキの心の中にわずかな焦りを生じさせ、この決断に踏み切らせたのである。
「この攻撃ならっ!?」
 サキは敵機へと照準を合わせて、翼内13.7mmビームバルカン、肩部ホームングミサイル、そして二挺の高出力ビームバスターガンを敵機へと連射する。
 それらの攻撃は一直線に地上のエアリス・セイバーへと降り注ぐが、このときサキの目には驚くべき光景が映った。
「機体が……動かない?!」
 不意にサキの口から呟きが漏れる。それも無理はない。無数の射撃が迫る中、敵機からはまるで行動する兆しが感じられなかったのだ。
 次の瞬間、サキの放った攻撃が台地へと着弾した。それと同時に、大きな爆風が周囲を取り巻く。
 地へ向かって降下を続けるサキはそれを見送った後、機体を上昇させようと操縦桿を動かそうとしたちょうどそのとき、それは起こった。
「……っ?! そ、そんな!?」
 爆風により生じた煙によりサキの視界が悪くなったところを狙い澄ましていたかのように、ウインドの正面にエアリス・セイバーが出現したのだ。
「――さようなら」
 無表情のままリーナは小さく呟くと、エアリス・セイバーはその手に握るロングビームソードを勢いよく相手に向けて振り下ろした。
「――く、こ、こんなところで……っ!?」
 咄嗟に握っていた操縦桿を大きく動かして、サキはなんとかして敵機からの攻撃をかわそうと努力を試みる。
 だが、そうするにはあまりにもタイミングが遅すぎた。
 瞬間、ウインドとエアリス・セイバーが交差する。それと共に、何かを切り裂くような大きな衝撃音。
「ちっ、はずしたわね」
 リーナが舌打ちをする。確かに、彼女のロングビームソードによる攻撃はウインドを切り裂いた。しかしながら、それは一撃で仕留めるまでには至らなかったのである。
「き、きゃあああっ!?」
 突如として機体を襲った激しい震動にサキは大きな声を出す。今の敵機からの攻撃、命には別状はなかったのだが、機体バランスの均衡調整が不可能になったことから、危機的状況に陥っていることに変わりはなかったのである。
「――つ、翼を折られた……の?」
 機体が台地へと迫り続ける中、サキはフライングフォーム形態から人型形態への変形を速やかに実行しようとする。敵機からのサーベルで半翼を切断されてしまったので、飛行形態の継続が無理になったのだ。普通の戦闘機であれば、墜落するのを待つのみであるが、この機体、MTBWウインドはそれにはあたらなかったのである。
「――うぐっ、くうううっ!!」
 多少体勢を崩しながらも、サキはどうにか人型への変形を完了させ、地面へと着地することに成功した。
 しかし、これで安心するにはまだ早かった。
「はあああっ!」
 台地へと降り立ち敵機の動作が緩慢になったところを狙い、エアリス・セイバーは再び突貫する。この間合い、リーナには今度こそ相手を仕留めることができる自信があった。
「――ダメ、回避しきれないっ?! ……お、お兄ちゃん!!」
 こちらへと接近する敵機を見やりながら、サキは悲痛の表情で兄であるシンヤの名を叫ぶ。
「翼のなくした鳥は、もう二度と空を翔ることはできないのよ」
 冷静な顔付きで口を開いたリーナは、余裕のある動作で左と右、それぞれの手にミドルビームソードを握り締めた。
   ★
「ああ〜、神様仏様〜、誰でもいいから助けて〜!!」
 敵側の援護射撃を受け、回避することが不可能だったミサイルがセリアの搭乗するラーク・ガンナーに迫る。
 そんなとき、唐突にも通信機から反応があった。
「しゃあないなあ、ほんなら、神様仏様ならぬリュシアス様が助けたろか」
「――リュウ!?」
 慌てふためくセリアの前に、タイミング良くアーク・フォートレスに乗るリュシアスが現れた。
「おいおい、リュウやのうて、リュシアス様やろっ!!」
 リュシアスは声を発しながら、アーク・フォートレスの左右の手それぞれに握るビームブレードで目前まで接近したミサイルを見事に切り払った。
 神様仏様は降臨することはなかったが、セリアはとりあえず無事にピンチをのりきったのであった。
「――お礼は?」
「な、何よっ……?」
 切り払ったミサイルの爆風が周囲に漂う中、リュシアスは通信機を通してセリアへと話しかける。
 それを聞くセリアの様子は、どこか落ち着きのないものであった。
「だから、危なかったところを助けてもろてありがとうの言葉はあらへんのか、っていうとるんや」
「なっ!? わ、分かったわよ……あ、……がとう」
「ん〜、なんていうたんかよお聞こえへんかったわ。もういっぺん頼むわ」
 セリアの小さな呟きに、リュシアスは白々しくも聞き返した。
「あ〜、分かった、言えばいいんでしょっ! どうも危ないところを助けていただいて、ありがとうございました、リュシアス様!! はい、これでいい!?」
 その言葉にリュシアスは満足気な笑顔を浮かべた。
「おう、それでええんや。なんや、ようやくクネクネもワシの凄さが分かるようになったんか。まあでも、クネクネにしたら上出来やな」
「…………」
 リュシアスは笑い声を上げながら言葉を発した。
 クネクネ。これはセリアを指す固有名詞である。セリア・リープクネヒト、これが彼女の本名であるが、リープクネヒトのクネを二回発音することによって、彼女の呼称としたものである。
 セリアはこの呼称を心底嫌っていた。そして無論、今の彼女はまさに怒りの形相であった。
「……リュウ、あんたこの戦いが終わった後、覚えてなさいよ、ふふふ」
「な、なんや、この身の毛のよだつ恐怖感は? セ、セリア、恐るべし……」
 不敵な笑みを浮かべるセリアを見て、リュシアスは脂汗をしたたらせながら己の失言を後悔した。
 ――しかしながら、リュシアスはすでにそれ以上の失態をしてしまっていた。
「リ、リュウ!? 前を見なさいっ、早く!」
 突然、セリアが急かせるように口を開く。それは、リュシアスのレーダーに敵機の反応が確認されたのと同時のことであった。
 アーク・フォートレスの正面に、一機のTBWが姿を見せたのである。
「どこ見てんだよ、おらあっ!」
 爆風を利用して身を隠したまま接近したアーネストは、アームズ・レイの拳を敵機へと打ち込む。大きく隙があったこともあり、彼のその一撃は防御される前に命中した。
「――ぐ、ああっ」
 機体をよろめかされてリュシアスが苦悶の声を上げる。セリアとの会話に気をとられすぎて、敵機への警戒を疎かにしてしまったのである。
「あばよっ、これで終わりだ!」
 敵機がまともな動作がとれなくなっているところを狙い、アーネストはビームバズーカの照準を相手のボディへと合わせた。
「ちっ、そんな簡単にやらせるかいなっ!」
「――何っ?!」
 ビームバズーカのトリガーが引かれる前に、体勢を立て直したリュシアスが敵機へと突っ込む。
 アーネストもこれを予期していなかったために、回避することがかなわずに両機が接触した。ちょうどそのとき、ビームバズーカのトリガーが引かれて、まったく違ったところへそれは放たれた。
「くそっ、後少しというところでっ!」
 アーネストは憤慨しながらも、敵機との距離を確保する。相手は新型機、パイロットの腕前もかなりのもの。だとすれば、勝利を手にするための方法は少ないチャンスをいかにものにするかにかかっているのである。
 その数少ない機会を逃したことに、アーネストは腹を立てたのである。
「――しもたな、ワシとしたことが、ちぃとばかし油断してもうたがな」
「リュウ……あんた多分、長生きしないと思うわよ」
「ほっとけ!」
 髪をかきむしりながら笑い飛ばすと、リュシアスは距離を隔てた敵機へと目を向けた。
「なんやあの機体、ワシのアークと似とるようやが、射撃戦やったら負けるわけにはいかへんやろがっ!!」
 リュシアスは力強く叫ぶと敵機への射撃体勢へと入る。左腕部メガビームガトリングガン、右腕部150mmダブルキャノン、両肩部の250mm無反動砲、それに加えて背部の小型スプレーミサイルの照準をしっかりと合わせる。
「ワシの魂の弾丸、その体で受けてみぃや!」
 気合の一声と共に、リュシアスはトリガーを引き抜いた。
「なめるなよ、このアームズ・レイだってなあっ!」
 敵機の砲撃に対抗せんと、アーネストも相手へと一斉射撃を試みた。
 お互いの集中砲火はちょうど二機の立つ中間地点で轟音を響かせながら交錯した。
   ★
 エアリス・セイバーのソードにより、半翼を折られたウインドが地に叩きつけられたのに追い打ちをかけるように、再びエアリス・セイバーがウインドの眼前へと迫る。
 体勢を崩したままのウインドでは、それを操るサキは敵機の動向をただただ見つめることしかできなかったのだ。
「――い、いやああっ?!」
 サキが悲鳴を上げる。エアリス・セイバーはまさにウインドの目と鼻の先にまで接近していたのである。
「今度こそ、仕留める!」
 大きな声を出したリーナは敵新型機へと斬りかかる。が、その最中、突如としてエアリス・セイバーの通信機に着信反応が起こった。
 その通信コードから味方機による識別だと分かる。だが、ここでいう味方機というのは皇国軍機のことである。何せリーナはこの機体を皇国軍基地から奪取したのだから。
 リーナにはこの通信の主が誰なのか、半ば想像はできていた。その相手とは、幼い頃の淡い記憶を共有するあの少年。
 シンヤ・ミナヅキ……。
「リーナ〜〜〜〜ァッ!!」
 雄叫びにも近い少年の声がエアリス・セイバーの通信機から響き渡る。それと共に、機体の前方からは凄まじいスピードで一機のTBWが突き進んできた。
 その機体とは、皇国軍新型機、MTBWラウズだ。
「――くっ、ど、どうして……」
 リーナは困惑した表情を浮かべながら、地に倒れる敵機への攻撃を中断して、一先ず後退した。
「……えっ、……お、お兄ちゃん?」
 正面に着地した機体に目を向けながら、サキはウインドの体勢を立て直した。
 絶体絶命の危機に、サキの心の声に答えるように、ラウズが駆けつけたのだった。
「大丈夫か、サキ!? 怪我はないか」
 通信機からシンヤの声が届く。これを聞いたサキは、目から涙が零れ落ちそうな衝動に駆られながらも、必死にそれを堪えた。
「うん、わたしのことなら大丈夫。心配しないで、お兄ちゃん。でも、ウインドが……」
 平静を装ってサキが言葉を発した。機体の翼を壊されたことで、推進・機動部に大きなダメージを受けたウインドでは、これからの戦闘続行が非常に困難だったのだ。
「サキ、おまえはなるべく戦いを避けるように行動するんだ。後のことは、僕たちにまかせろ。――あの娘の相手は、僕がする!」
 このシンヤの言葉を最後に、通信は終了した。
 シンヤに言われたようにその場から後退したサキは、たった今のシンヤの言葉に妙な引っかかりを覚えていた。
「……あ、あの娘って……お兄ちゃん?」
 その疑問がわずかな呟きとなって、サキの口から漏れ出したのだった。
   ★
「リーナッ、もう止めるんだ! こんな戦い……」
 MTBWラウズのパイロット、シンヤ・ミナヅキが強く叫んだ。
 シンヤには幼少の頃知り合った一人の少女がいた。当時は休戦協定が結ばれていたので、かつての敵国からの渡来も自由であった。シンヤが出会ったのは、父と共に米大陸同盟から皇国を訪れた一人の少女であった。
 二人で過ごした時間。それは、この時の流れの中では、ほんの極わずかな時間にしか相当しないだろう。だが、シンヤはこの思い出を今でも強く、何よりも大事に、そう思っていた。
 ――なのに……、
「――そんなこと、そんなことどうして! できるわけないじゃない!?」
 ラウズと対峙するエアリス・セイバーから返事が戻ってきた。
 リーナ・ツヴァイク。それがエアリス・セイバーに乗るパイロットの名前。それと同時に、シンヤの記憶の中にある少女でもあった。
 だから、シンヤは真剣に戦うことをためらっていたのだ。
「君は好んでこんなことをする娘じゃない! それなのに、どうして?!」
 シンヤが再び語りかける。アデレード基地奇襲の際は、彼はただ驚愕していただけで、リーナとろくに話をすることさえかなわなかった。
 けど、今は違う。今は彼女と話し合うだけの余裕がシンヤの中にはあった。
「私も、私だって大陸同盟の一員なのよ! だから……分かるでしょっ!? そんなことを言って、シン君も軍に入ってるじゃない!」
 リーナが声を大にして言う。確かに、彼女の言うことには理がある。軍に入った理由は何にせよ、軍に入った以上はそこのルールに従わなければならない。それはシンヤにしても同じことで、だから彼は今、命令により奪取された新型機の捕獲または破壊のためにこの場にいるのだ。
 でも、たとえそうだとしても、それでもシンヤは、それだけの理由でリーナと戦いたくはなかった。
「――そうだけど、君が大陸同盟の人間で、僕が皇国の人間だとしても、それでも、僕は君と戦いたくはないんだ!」
「――そ、そんな……」
 シンヤの言葉に、リーナは震えるような低い声を上げた。
 そして――、
「そんな、子供みたいなことおおおっ!!」
 リーナの絶叫。それと合わせて、通信機からは反応が途絶えた。
「――リーナ! リーナァッ!!」
 必死にシンヤが呼びかけるが、リーナがそれに答えることはなかった。彼の期待とは裏腹に、彼女の叫びと同時に振り上げられたビームソードがラウズへと狙いを定めた。
「くっ、それしかないのか……戦うしか?!」
 即座に取り出したビームサーベルで、シンヤはリーナからの攻撃を防いだ。
 シンヤにも己の背負うものの重さは分かる。リーナが背負っているだろうと思われるものの重さもだ。
「で、でも……だからって!」
 リーナの繰り出すビームソードによる攻撃をシンヤは反撃することなく、的確に防御していく。
 戦わなければならない運命だとしても、それを納得することなどは決してできはしない。リーナはただ、そう思い込もうとして納得しようとしたに違いない。
 シンヤはコクピットのモニターに映し出されたエアリス・セイバーに乗るリーナのなんともいえない表情を目にして、直感的にそう感じたのだった。
 リーナもやりきれない想いを抱いていたのだ。
「――だったら、僕はどうすれば!?」
 苦悶の表情でシンヤが自問する。もし、リーナがこの場で戦うことを止めたとして、それでどうなる。このまま何もすることなくリーナに倒されて、それで何になる。
 ――それで、誰が幸せになるというのだ。
「く、くそっ!!」
 強く憤りながらシンヤはこちらに向かって斬りかかってくるエアリス・セイバーのビームソードが振り下ろされる直前を狙い、そこをビームサーベルで切り払った。
「きゃあっ!?」
 突然のシンヤからの反撃に、リーナは思わず声を上げる。今の攻撃で手にしていたビームソードが弾き飛ばされてしまった。
「……シ、シン君?」
 リーナは小さく呟きながら前の機体を見やる。相手のパイロットがその気になれば、ビームサーベルでコクピットを一刺しするぐらい造作もない隙があったのにもかかわらず、正面のTBWは何を為すこともなく立ち尽くしたままだったのだ。
   ★
「お兄ちゃんにセリアさん、リュウさんも、皆戦っているのに、わたしだけ何もできないなんて……。ただ、黙って見ているだけなんて……」
 ウインドのモニターから味方TBWの戦闘状況を眺めながら、サキは痛ましい顔付きで言葉を漏らした。
 今さっきの戦闘で敵機の攻撃により、機体の翼部の片方を損傷させられてしまったのだ。これによりウインドは、重力下飛行はもとより、移動するのにさえ問題が生じてしまったのである。
 現在は、多少距離を挟んだ場所で待機しているところだった。
「わたしも、皇国のために戦わなきゃいけないのに、お兄ちゃんの力になりたいって思ってるのに……やっぱり、わたしは守られているんですね」
 力なくサキが嘆いた。戦うこととはどういうことなのかを知ると共に、己の未熟さを痛感してしまっていた。
 ――ちょうど、そんなとき、
「……えっ、レーダーに反応!? こちらに来る!」
 突然、ウインドのレーダーに反応があった。敵の内の一機がこちらへと接近してきていた。
「別に弱い者いじめをしようっていうわけじゃねえ。でもな、そろそろそんなことを言ってる余裕がなくなってきたんでなあっ!!」
 ソード・レイのパイロット、レオン・ケレンスキーはロングビームサーベルを引き抜くと、離れたところで行動を停止している敵機へと突貫した。
 母艦であるブラック・スパインとの合流時間が刻一刻と迫ってきた中、レオンの脳裏には、いかに敵の戦力を減らしてこの場所を離脱するかということが想起されていた。
 このままここで時間を浪費し、もし敵の増援が現れたりすれば、今度こそこちらが逃げるチャンスを失ってしまうことになる。
 それだけは絶対に避けなければならなかった。
 まだ自分だけがどうにかなるのだったら、それはそれでいい。最初から、軍に入ったときから、その覚悟はとうにできている。
 でも、自分の仲間が、なにより自分の大切な人が悲惨な目に遭うことだけは、何が何でも許すことができない。できるわけがない。
 だからこそ、もしものことを考えた上で、レオンには胸に秘めたある一つの考えがあった。
「だからな、悪く思うなよ」
 真剣な眼差しで言葉を発して、レオンは一気に距離を詰める。
「……わ、わたしだって、まだ戦えます!」
 こちらに向かって突き進んでくる敵機へと、サキはうろたえながらもビームバスターガンを構える。俊敏な動作などとてもできない今のウインドでは、この射撃を命中させるしか勝機がなかった。
「あ、当たって!?」
 願いかけるような声を出しながら、サキはトリガーを引いた。
「――へっ、確かによくできた射撃だ。だがな、うますぎる射撃ってのは、それはそれで弱点なんだぜ」
 敵機から発射された数発のビーム――命中すれば、一撃で落とされてしまうような攻撃を、レオンはまるでそれを見切っていたかのように、易々と回避していった。
「安心しな、苦しませたりはしないからな。一瞬で、あの世に送ってやるぜ!」
 敵の攻撃を回避し、レオンはいっそう加速して敵機へと迫る。
「……あ、ああっ……」
 ビームバスターガンによる射撃を回避されたサキは、絶望の表情を浮かべながら言葉にもならない声を漏らした。
 損傷したウインドでは、敵から攻撃をかわすことは非常に困難だ。特に、相手のパイロットの技量が高いとくれば、なおさらそうである。
 敵機がどんどん自機へと接近する。このままでは、撃墜される。撃墜されれば、命を失うかもしれない。
 でも、死ぬのは……嫌。
「いやあああっ!? こないで、こっちにこないでよおおっ?!」
 サキは悲鳴にも近い大声を上げた。それも通信回線を開いた状態で。つまり、敵のパイロットにもその声が届くように。
「――何っ!? お、女……だと?」
 通信機から聞こえてきた突然の声に、レオンは動揺の混じった声を出した。今にもロングビームサーベルで斬撃を加えようとした敵機から、いきなり女――おそらく少女のものであろうと思われる――の泣き叫ぶような声が聞こえたのだ。
 それにより、ソード・レイはわずかにその動きを停止させた。これは別に敵機に攻撃を行うのをためらったからではない。あることが、少し気になったのだ。
 それを確かめるために、レオンは目の前の敵機からは視点をずらし、目標の機体を探す。その機体というのは、エアリス・セイバーである。
「なっ!? リ、リーナッ!!」
 不意にレオンは叫んだ。エアリス・セイバーを発見することは造作もないことだった。だが、レオンを驚かせたのは、その光景だった。敵の新型機と格闘戦をしていたエアリス・セイバーのビームソードが敵のサーベルによって弾かれてしまい、リーナが危機に立たされてしまっていたのだ。
「――リーナ! 今すぐに行く!!」
「お願い、こっちにこないでえっ!?」
 レオンが機体の向きを変えてエアリス・セイバーのほうへとスラスターを噴射させるのと、サキが構え直したビームバスターガンのトリガーを引いたのは、ほぼ同時のことであった。
 その場から離脱したことによって、レオンはその攻撃を受けることはなかったが、そのビームは間違いなく一瞬前までのソード・レイの立ち位置を通過していった。
「……えっ? な、なんなの……、あの機体……。わたし、助かったの……?」
 敵機が後退していく様子を見て、サキは呆然とした顔で口を開いたのであった。
   ★
「こいつ! リーナから離れやがれっ!!」
 リーナの乗るエアリス・セイバーと交戦をする敵機へと、ソード・レイを操るレオンは勢いよく加速した。
 怒りのこもった声を発しながら、その手に構えたメガビームマシンガンの照準を合わせて、すかさず発射した。
「――くっ、もう一機かっ!」
 シンヤが声を漏らす。レーダーからこちらに急速に接近する敵機の情報をキャッチした。速やかに機体を後退させて相手からの射撃を回避し、反撃の体勢へと入る。
「そっちが戦うっていうんなら、こちらも!?」
 お返しとばかりに、シンヤは敵機へとデュアルビームライフルを射ち放つ。
 だが、その攻撃も敵機により的確に回避された。
「どうした、リーナ? おまえらしくもない」
 エアリス・セイバーに並んだところで、レオンはリーナへと話しかけた。正直、パイロットとしての技量でいうと、リーナ、レオン、アーネスト、エミリーの四人の中では、間違いなくリーナが一番高いだろう。そんな彼女が敵に遅れをとっていることに、レオンは違和感を覚えていたのだ。
「ええ、ごめんなさい。少し、油断していたわ」
 リーナがいつものような冷静な声で返答した。
 だが、その声にはどこか動揺の色が混じっていることをレオンは見逃さなかった。
 考えてみれば、そうだ。このアデレード基地奇襲作戦が実行されると決定されたときから、リーナの様子はどこか変だった。何かを悩んでいるような、何かを懐かしんでいるような、そんな儚さを漂わせていた。
 それは、このアデレードの地を踏んで、そして、奇襲作戦を実行して、ますます顕著になったように思われた。
 リーナに何らかの出来事が起こり、それを彼女はそうとは知られないように振舞っている、直感的にそうレオンは思った。
 それともう一つの手掛かり。奇襲作戦以降、リーナの変化の訪れにはある共通点を伴っていた。
 それが、あの機体――エアリス・セイバーのビームソードを弾き飛ばした皇国の新型機だ。
 レオンにはリーナにどういった事情があるのかを察することができなかった。けれど、想定することはできる。それに、白黒をはっきりつけることもできた。
「レオン、あの機体は私が――」
「――リーナ」
 リーナの言葉を遮って、レオンは強い調子で口を開いた。
「リーナ、おまえに何があったのかなんて、俺には分からねえ。でもな、これだけは覚えておいてくれ、たとえ何があったとしても、俺はおまえの味方だ、リーナ」
「レ、レオン……」
 唐突なレオンの話に、リーナはその真意を掴みかねて黙ってしまう。
「でもな、あの機体は……あの皇国の新型機だけは……俺が倒す!」
 そう言うや、レオンはデュアルビームソードを強く握り締めると前方で待機している敵機――皇国軍新型機、MTBWラウズへと飛び上がった。
「――レオンッ!?」
 後方のエアリス・セイバーからリーナの叫び声が届く。だが、レオンにはその言葉に耳を貸す気はまったくなかった。
 それもこれも、あの機体を倒すため、リーナたちを無事にブラック・スパインまで辿り着かせるため、仕方のないことだ。
 もうまもなく、ブラック・スパインとの合流時間になろうとしていたのだ。
 あの機体を倒し、そのことでリーナからどう思われたとしても、今はそんなことにまで気を配る余裕はなかった。少なくとも、ここで全滅することを考えたら、それぐらいどうということはない。
「はあああっ、おまえは、俺が倒すっ!!」
 敵機へと高速な移動で一瞬にして接近する。それと同時に、現在の小隊の戦闘状況を分析する。補給なしの連戦が続いているため、機体のエネルギーが尽きるのも、もう時間の問題になろうとしていた。それと合わせて、武器・弾薬の消費により、まともに敵と交戦することができる状態でさえなくなろうとしていた。
 アーネストが敵新型機を二機相手にして奮闘を続けるが、射撃兵器しかないアームズ・レイでは弾薬切れを起こしてしまえば、戦闘を続行させることはできない。
 エミリーは敵機の攻撃を受けて両肩部を損傷させられてしまっている。推進部には異常はないので、離脱するのに問題はないが戦うことはできない。
 そして、リーナ。いつもとは違う彼女。エアリス・セイバーはリーナたちの乗る機体の中で一番エネルギー消耗量が激しい。これ以上戦闘を続ければ、いつ機体が停止してもおかしくはない状態だった。
 だから、レオンはある一つの決断を下した。
「なんなんだ、この機体は!? 凄い気迫だ」
 シンヤが少しばかり驚いた声を出す。こちらへと一直線に突貫してくるこの敵機からは、なんともいえないような威圧感を覚えてならなかった。
 そう簡単に接近させまいと、シンヤは両腕部に装備された95mmガトリングガンを敵機へと発射した。
「当たるかよっ、そんな攻撃ぃっ!」
 レオンは凄まじい機動性で相手の攻撃をかわす。もう敵機の正面まで距離を詰めていた。
「もらったあああっ!!」
「――っ!?」
 ソード・レイのデュアルビームソードによる攻撃がラウズを襲う。急いでビームサーベルを握り締めたラウズも必死に抵抗を試みる。
 次の瞬間、大きな接触音と合わせた激しい閃光がほとばしる。白く眩い光が視界を覆った後、徐々に二機のTBWの姿が明らかになってきた。
「ちっ、さすがだな、中々やってくれるじゃねえか!?」
 光の中から現れた二機のTBWの内の一機、ソード・レイに乗るレオンは苦笑を抑えながら言葉を発した。
 今の敵機との格闘戦により、デュアルビームソードを持った手とは反対の左腕を切断されてしまったのだ。
 しかしながら、レオンだけが一方的にやられたわけではなかった。
「――く、くうっ、こいつ、勢いが段違いだ!」
 敵からの攻撃をなんとか堪えきったシンヤは、脂汗を浮かべながら口を開く。撃墜されることはなかったものの、敵のビームソードにより機体を損傷させられてしまった。左腕に装着されたシールドを破壊された上に、左腕それ自体も傷を負ってしまったのだった。
 だが、機体性能・パイロット能力共に優れたものを持っている二つがぶつかり合っては、すぐに勝負が決するということはなかったのである。
「――フッ、ふはははっ! そうだよな、やっぱ、そんな簡単に倒せるわけはないか。……なら、仕方ねえ!?」
 開き直ったかのように、突如として笑い声を上げたレオンは、通信機のスイッチをオンの状態にした。
 仲間に告げなければならない大事なことがあった。
「リーナ、エミリー、アーネスト、聞いてくれ、話がある」
 レオンが通信機越しに三人へと話しかけた。そうすると、すぐさま三人それぞれからの反応があった。
「この場は一先ず俺に任せろ。おまえたちは先にブラック・スパインとの合流ポイントに向かうんだ、いいな!?」
 三人に言い聞かせるようにレオンは言葉を口にするが、
「――レオン?! あなた、どうしてそんなこと……」
「おいおい、冗談だよな? オレらだけで逃げろってのかよ」
「そうだよ、そんなことできるわけないじゃない!」
 リーナ、アーネスト、エミリーが次々とレオンの提案に反発する。それも当然のことだ。これを納得するということは、仲間を見捨てるということに他ならないからである。
「でもな、このまま戦いを続けたとしてどうなる? それはおまえたちも良く分かっているだろう!?」
 敵機との距離を広げながら、レオンが懸命に話す。
 レオンの言うとおり、今の状況がリーナたちに不利なことは皆が承知していた。
「――そ、それはっ!? た、確かにそうだけど。でも……、そ、それなら私が! 私が一人で食い止めるから、あなたたち三人は――」
「――バカやろうっ!!」
 リーナの言葉を遮ってレオンが怒号を発した。
「リーナ! おまえが俺たちのリーダーなんだろう!? 米大陸同盟軍海兵隊隷下第八特務小隊の隊長はおまえなんだろう!? そんなおまえがここに残って、いったい誰が俺たちを引っ張っていくっていうんだよ!」
「レ、レオン……」
 リーナが小さく言葉を漏らした。
 レオンの言いたいことは理解できる。確かにこのままでは小隊全員が危機に瀕することになるだろう。だが、やはり、それを納得することは簡単にはできなかった。
「――リーナお姉様」
 リーナが言葉を詰まらせている中、エミリーは彼女へと話しかけた。
「わたしたちだけで先に行きましょう、お姉様。このままここでじっとしていたら、それこそ相手の思うつぼです」
「――そうだな。悔しいが、これが一番効率的な作戦かもな」
 エミリーに続いてアーネストが口を開いた。
 エミリーにしろ、アーネストにしろ、この決断は決して納得のできるものではない。だが、今は急な判断を決することが要求されている。だからこそ、それが頷ける内容ではなかったとしても、無理をしてでも首肯しなければならないのだ。
 エミリーとアーネスト。二人には分かっていた。リーナがこの決断を下すのをためらうということを。リーナはある意味優しすぎるのだ。だから、こういう状況に立たされれば、自分が犠牲になってでも仲間を守ろうとするし、それができなければ、何とかして皆が助かる方法を考えようとする。
 それが不可能なことであったとしても……。
「エミリー……アーネスト……あなたたち」
 エミリーとアーネストはそんなリーナの背中を押すために、許容することができずとも敢えてそれを口にしたのであった。
「――リーナ、そんなに真剣に考えることはないだろう!? 別に俺は今から死にに行くわけじゃねえんだからよ。まあ、ほんの少しの間のお別れといったところだな」
 明るい調子で、レオンがリーナへと言葉を伝えた。
「……分かったわ」
 しばし考え込むような仕草をした後、リーナは口を開いた。
「私たち三人は、先にブラック・スパインと合流するわ。レオン、油断だけはしないでね」
 真面目な顔付きでリーナはレオンへと告げた。
「おう! 少しの間だけ時間を稼いだら、俺もすぐに合流ポイントへ向かう。なあに、すぐに追いついてやるさ」
 意気揚々とレオンが三人へと話す。ここでこう言っておかなければ、仲間は前進しようとはしないだろう。なので、さも自信満々であるかのように、大きく言ってみせたのである。
「じゃあね、レオン。一足先に行ってるから」
「ドジを踏むんじゃねえぞ」
 エミリーとアーネストはレオンに一言かけると、用意していた閃光弾をそれぞれ射ち放った。
 直後に、強い光が辺り一帯を包み込む。不意を突かれた敵TBWの動きが緩慢になったのを余所に、リーナ、エミリー、アーネストは機体のスラスターを一気に噴出させて大きく空に飛び上がった。
「レオン……気をつけて」
 囁くような小声で、リーナはレオンへと呟いた。
「――リーナ……。まあ、嘘も方便というからな。これでよかったんだろう。さてと、それじゃあこれから、人生最大で最悪のバトルでもおっぱじめるとするか!!」
 彼女への想いは心の内に。
 また、もし、生きて戻れたのなら、そのときにでも伝えよう。
 残った一機、ソード・レイのパイロット、レオン・ケレンスキーは吹っ切れたような笑みを浮かべながら、大きな叫びを発した。
   ★
 光。
 暗闇の真夜中の空に、突如として眩い閃光が周囲を取り巻いた。
「――きゃあ!? も、もう! なんなのよこれ〜?!」
「くそったれ! こんなんで逃がしてたまるかいな!?」
 その光を堪えきれず目を閉ざしたセリアとリュシアスが憤慨した。
「これは……閃光弾?」
 サキが小さく口を開いた。彼女の言うとおり、アデレード基地を離脱された際に使用されたのと同様に、二機の敵TBWから閃光弾が発射されたのであった。
 移動のままならないウインドに加えて、セリアの乗るラーク・ガンナー、リュシアスのアーク・フォートレスはこれにより動きを停止させられることになった。
「このまま逃がしてしまうなんて、こんな形で離れるなんて、そんなことっ!?」
 しかしながら、基地離脱のときと同じく、一機のTBWだけは、ラウズのパイロット、シンヤにはそれは通用していなかった。
 三機の敵TBWが飛び去った後を追いかけるように、ラウズも勢いよく飛翔する。追いつけそうで、追いつけない距離。シンヤは再び、一か八かエアリス・セイバーへと通信を試みることにした。
「リーナ、リーナッ?! 聞こえているんだろう? 返事をしてくれ!」
 シンヤは大きな声を上げて語りかけるが、一向に反応はない。
 それも仕方がない。今の状況において、敵同士の関係で、どうして通信をする必要があるというのか。
「いいかげんうざいよ! 基地のときも、そして、今も!?」 
 エアリス・セイバーの横を飛ぶアームズ・レイに乗るレオンが口を開く。それと同時に、こちらへと迫ってくる敵TBWへ向けて、片腕に構えたビームバズーカ、両肩部のビームガトリングガンを連続で発射した。
「――っ!? く、くそっ、こうも狙われたら追いかけることが……なっ?! こ、後方から敵機接近!?」
 シンヤが驚きの声を上げる。前方からの射撃を回避したかと思えば、今度は後方から、つまり一機残ったTBWがラウズへと急接近してきたのだ。
「行かせるかよっ!? おまえの相手はこの俺だ! 俺がこの場でおまえを倒す!!」
 抜き放ったツインビームソードを片手に、レオンは敵機へと突撃する。すかさず、相手へと一閃、続いてもう一閃と、斬撃を叩き込む。
「ちっ、こいつ! どうしていつも邪魔ばかり!?」
 敵機からの格闘を寸前のタイミングで身をかわしたシンヤは、すぐさまビームサーベルを取り出して応戦する。
「おまえは関係ない! 僕はリーナに、僕が話したいのはリーナなんだ!?」
 俊敏な動きで数回の斬撃を加えるが、それはすべて敵機により的確に防御された。そうする間にも、飛び去った三機のTBWとの距離はかけ離れていく。
 ――そんなとき、目の前の敵との交戦に集中しているラウズの通信機に反応があった。
「……シン君」
 少女の声。
それはシンヤが待っていた少女の声。
 どこか憂鬱の混じったリーナの声がシンヤのもとに届けられたのであった。
「リーナ! 君はいったい何を、こんなことをして、いったい何が――」
「――どこを見てんだよ、おらああああっ!!」
 リーナに気を取られたことにより生じてしまった隙を突かれたシンヤは、敵機からの繰り出されたキックを機体のボディに受けてしまう。
「ぐ、ぐうううっっ!!」
 敵の攻撃により機体が大きく後方へ飛ばされて、地面へと叩きつけられる。
「く、くっ……リ、リーナ……」
 機体を襲った震動に頭を抱えて耐えながら、願うように少女の名を呟く。
 ――が、
「シン君……今度、戦場で会ったときは、私たちはもう、敵同士だから……。だから、私は……シン君を……倒す」
「――っ!? リ、リーナッ!」
 リーナから告げられた言葉に酷く衝撃を受けながらも、シンヤはもう一度彼女の名を叫ぶ。しかし、それに対する返事が戻ってくることはもうなかった。
「……リ、リーナ……もう、戻れないのか? あの頃の僕たちに……」
 どんどんと離脱していく三機のTBWを眺めながら、シンヤは呆然とした表情で言葉を漏らした。何かもう、すべてがどうでもいいような、そんな気分にさえ陥っていた。
 正面に敵機が立ち尽くしているということすら忘失して。
「これで、とどめだあああああっ!!!」
 左と右、それぞれにロングビームサーベルを構えると、レオンは一気に地面へと倒れる敵機へと突貫する。
 ラウズとソード・レイ、二機の距離が徐々に近づくが、ラウズからはまるで動くような素振りさえ見られない。
「――ち、ちょっと、シンヤッ! 何やってるのよ、しっかりしなさいよ!?」
 距離を隔てた位置にいるラーク・ガンナーに乗るセリアが反応を見せないシンヤへと話しかける。同時に、ロングレンジコンバータライフルによる援護射撃を行った。
「そんなもので、そんなもので俺を止められるかあああっ!!」
 別方向の敵機からビームライフルによる援護射撃を余裕の動作で回避しながら、レオンは一直線に正面の敵機へと突き進む。
「おい、シン! シンッ!! 何、ボケっとしてんねん!」
 セリアに続いてリュシアスが叫ぶが、それでも一向に反応はない。
「くそおおっ!! なにしとんねん!? こないなったら、ワシがっ!」
 返答をしないシンヤに苛立ちを覚えたリュシアスは、セリアと同じく、敵機への援護射撃のため各武器の照準を合わせて発射態勢へと入る。
 直後にトリガーを引いた。
 ――しかしながら、射撃が行われることはなく、ただ大きな轟音を響かせただけであった。
「し、しもたあああああっ、やてもたあああああっ!!」
 リュシアスが絶叫する。アーク・フォートレスはすでに弾切れの状態であったのだ。
「この、あほリュウ!! あんた、こんな大事なときに……」
 セリアはリュシアスを叱責しながら、さらに数発、敵機へとビームライフルを発射する。だが、その攻撃はいずれも容易く回避されてしまった。
「くうっ、なんなのよ、あいつ! ねえ、シンヤ、シンヤッ! しっかりなさいよっ! このままじゃ、あんた――」
「これで、落ちやあああがあああれええええええぇっっ!!!」
 ラウズの目前へと敵機が迫る中、切羽詰ったような声をセリアは上げる。
 ――さらには、
「お願い! お兄ちゃん!? 死なないでえええっ!!」
 セリアの声を遮るくらい大きな声で、サキは叫んだ。
 その言葉に、今までまったく反応を示すことのなかったシンヤの瞳に、少しの光が灯った。
「し、死ぬ……?」
 ぼそりと声を発する。
 このまま何もしなければ間違いなく死ぬだろう。けれど、それでいいのか。
 何もしないままこんなところで終わって、それでいいのか。
 そんなこと、いいわけがない!
「……こ、こんなところで――」
 眠っていた何かが目覚めるような感覚。
 それは、希望の光。
「――僕はこんなとこで、死ぬわけにはいかないんだあああっ!!」
 新たなる力の覚醒。
「――っ!? バ、バカな――!!」
 レオンが驚嘆する。今まさにロングビームサーベルによる斬撃を行おうとしたその瞬間、地面に倒れたままの敵機が信じられない、あり得ない速さで起き上がってきたのだ。
「うおおおおおっ!!」
 シンヤが雄叫びを上げる。目の前には、敵機がこちらに向けてサーベルを振り下ろす姿が見えた。
 だが、どうしてか、今のシンヤにはその攻撃はあまりにも遅い、スローモーションとしてしか捉えることができなかった。
 瞬時にその手にビームサーベルを強く握ると、シンヤはまだ行動を終了させていない、ビームサーベルを両手に携えた無防備な敵TBWへと斬りかかった。
 その刹那、二機のTBWが耳をつんざかんばかりの衝撃音と共にクロスした。
「――ぐうううっ! がはあああっ!!」
 コクピット内を襲った震動と爆発に、レオンは大きく呻く。
 ラウズのビームサーベルがソード・レイの胴体を真っ二つにせんと切り裂いたのだった。
「……く……リ、リー……」
 次の瞬間、胴体を境に二分されたソード・レイが轟音を伴って爆発した。


  第二節
   (Pain and Sadness)

「艦長、レーダーに反応。 所属不明機、接近してきます!」
 アデレード沿岸から沖合いに二、三百メートル離れた場所。その海中に一隻の潜水艦が息を潜めていた。
 その艦のブリッジで、男性オペレーターが唐突に声を発した。
「むう、UNKNOWNだと?」
 中央のシートに腰を下ろす中年の男、高速潜水艦ブラック・スパインの艦長であるアルフレッド・ヴァージル中佐が訝しげに口を開いた。
 現在、ブラック・スパインは皇国軍アデレード基地へと侵入し、新型TBW奪取作戦を遂行するために行動している米大陸同盟海兵隊隷下第八特務小隊の回収ポイントへと到着し、固唾を呑んで待ち続けていた。
 そんなとき、未知のTBWがこの艦へと近づいてきた。
「艦長、何を危惧することがあるのですか? 帰ってきたんですよ、あいつらがね。ただ、その分犠牲もありましたが」
 艦長席の横に直立するサングラスをかけた男が話す。その顔はサングラスをかけているため、はっきりと捉えることはできないが、まだそう年を重ねていない若者であるように思われた。
 彼の名前は、ユークヴィスト・ライシャワード。このブラック・スパインの副艦長の地位にある大尉である。
 ライシャワードが言った犠牲というのは、つい先ほど、味方機の内の一機、レオン・ケレンスキーが搭乗していたソード・レイの機体反応がロストしたのだった。
「大尉の言うとおりです、艦長。所属不明機と併せてアームズ・レイ、スナイパー・レイの反応をキャッチしました。通信回線開きます」
 オペレーターの男がそう口にすると、艦橋のモニターに茶髪を短く切りそろえた少年の顔が映し出された。
『こちら、アームズ・レイ、アーネスト・マッキンリーだ。新型機の奪取には成功した。ただ今より帰艦する。ハッチの開放を頼むぜ』
 小隊のリーダーであるリーナではなく、アーネストがまず艦への報告を行った。
「了解した。ところで、マッキンリー少尉、ツヴァイク少尉はどうしたのかね? 普通はこういう場合、リーダーが最初に言葉を発するものではないのかね?」
 どこか冷めた笑みを浮かべながら、ライシャワードが問いかけた。
『く、それは……。帰艦の後、報告します』
 唇を噛み締めながら、アーネストはそれだけ答えると、通信を終了した。
「おやおや、何かを言いたそうな表情だな。フッ、それもそうか。――艦長?」
「分かっている。一番ハッチから五番ハッチまで注水を開始、注水後、ハッチ開放、TBW三機を収容完了の後、本艦は直ちにMCSを解除、全速前進で針路3―1―5、ハワイ基地へと向かう!」
『了解!』
 ブリッジのクルーたちはヴァージルの言葉に、覇気のある返事でもって答えた。
   ★
 数分後、ブラック・スパインはTBWの収容を終え、移動を開始した。
 それからまもなくして、ブリッジの扉が開いたかと思うと、パイロットスーツを身につけたままの少女が深刻な表情で艦長席のほうへと近づいていった。
 彼女の名前は、リーナ・ツヴァイク。黒髪を背中に届くくらいにまで伸ばした容姿端麗の少女である。
「艦長、大尉、待ってください! まだ、レオンが、ケレンスキー少尉が帰艦していません! それなのに、どうして?!」
 声高にリーナが口を開いた。帰艦した彼女は機体から降りてくると、その足でブリッジへと駆けつけた。
 続いて扉が開くと、リーナの後を追ってきたエミリーとアーネストも艦橋内へとやってきた。
「ふむ。そのことか。それに関しては、私のほうから話そうではないか」
 怒りを滲み出すリーナとは対照的に、ライシャワードが至極冷静な顔付きで話した。
「君たちがブラック・スパインへと帰艦する少し前のことだった。ケレンスキー少尉の乗るソード・レイの機体反応が消失したのだよ」
「――っ!? そ、そんな……、そんなこと……」
「いや、私としても何と言ってよいか。優秀な部下を失ったことは非常に遺憾である」
 リーナが衝撃を受けたような反応を見せる一方、いかにも定型の言葉をライシャワードは口にした。
「でも、それでもまだ、彼が死んだと決まったわけでは――」
 リーナはすがりつくようにライシャワードに話しかける。その様子を見てか、ライシャワードは若干表情を緩めて彼女の肩へと手をポンッとのせた。
「――ツヴァイク少尉、いいや、リーナ君。君には彼が、ケレンスキー少尉が望むことは何か分かるだろう。決して、このままこの地に留まり、殲滅されるのを待つことではないな。我々は彼が命を懸けてまでやり遂げようとした行為に報いなければならない。それこそが彼に対する唯一の償いであるのではないのかね?」
「……た、大尉」
「こんなことをまだ君のような少女に言うのは酷かもしれんが、これが戦争というものだ。この争いの袋小路から抜け出すためにも、我々はこんなところで立ち止まるわけにはいかないのだよ」
「――はい。り、了解しました。私はこれで失礼します」
 ライシャワードの言葉に、一瞬、その目に光るものが見えたリーナではあったが、一度その手で目の辺りを拭って彼に返答した。
 ビシッと敬礼を決めるとそのまま後を振り返り、どこか落ち着きのない様子でブリッジをあとにした。
 リーナの後方で様子を見ていたエミリーとアーネストも、リーナに続くような形でこの場を立ち去った。
「ライシャワード、やけに彼女に、ツヴァイク少尉に手を掛けているではないか?」
 三人がブリッジを去った後、ヴァージルがライシャワードへと尋ねかけた。
「はい。彼女たちは大変貴重な存在です。変なことにとらわれたりせず、ただ戦闘において力を発揮できるような状態を保たせるのも大事なことではないですか」
「――戦争のための道具……か」
「いいえ、そうではありません。彼女たちこそが戦争の主役。戦争という一つのドラマの中心に存在しているのですよ。これから始まる、ドラマのね」
 不敵な笑みを浮かべながら言葉を発するライシャワードからは、何か普通とは違う、まるで未来でも見えているかのような、そんなことさえ思わせるような雰囲気が漂っていた。
   ★
 ブラック・スパインの一室。
個別に設けられた寝室のベッドに倒れるように、一人の少女が横になった。
「私の……私たちのためにレオンは……」
 何かを堪えたままリーナが言葉を漏らす。
 初めての実戦。その結果、忘れることができない痛みと悲しみを胸に刻み込まれることになった。
「レオン……」
 仲間を守ることができず、逆に助けられてしまったことに対する後悔の念。
 仲間を失ってしまったという悲痛な感情。
「……っ……っ……あああああっっ!!」
 それらすべてが堰を切ったように溢れ出し、リーナは声を上げながら号泣した。



「結局、逃げられてしもたか……。サッちゃん、ほんまに大丈夫なんか、なんも痛いとことかあらへんのか?」
 戦場としての役目を果たし終えたアデレード南方の荒野は、いつものような清閑さを取り戻していた。
 今もこの地に四機のTBWが立ち尽くしていた。その中の一機、アーク・フォートレスのパイロット、リュシアス・ウェリントンがウインドに乗るサキ・ミナヅキへと話しかけた。
「わたしのほうは大丈夫です。リュウさん、心配をかけてすいません」
 モニターを通じてではあったが、サキはリュシアスへと頭を下げた。
「別にサッちゃんが謝る必要はないんや。ワシもサッちゃんのピンチとわかっとったら、すぐに助けにいったがな。――なんや、セリアを助けて損した気分やわ」
「リュウさん……そんなことは、あまり口にしないほうが――」
「あのね、君たち、その会話全部、あたしの耳に届いてるんだけど、何か?」
 サキとリュシアスの会話に割り込むような形で、ラーク・ガンナーに搭乗するセリア・リープクネヒトが口を開いた。
「あんな、セリア、あんまし盗み聞きなんかするもんやあらへんで」
「あほ!? あんたらが小隊用の通信回線を使用してるんでしょうが!」
 リュシアスの言葉に、セリアが強く憤慨した。
 確かに、セリアの言うとおり、今のサキとリュシアスのやり取りは隊の全員、つまりセリアともう一人、MTBWラウズに乗るシンヤ・ミナヅキにも聞こえていたのである。
「つまり、今のリュウの発言は、明らかに計画的に悪意をこめたあたしに対する暴言ということね。さっきの問題発言も含めて、これは後が怖いわよ、ふふふ」
「――ははっ、なんちゅうか、ほな、帰ろか?」
「おい!」
 さらりと無視したリュシアスへと、セリアは再び憤慨の声を発した。ちなみに、先の問題発言というのは、セリアに対して禁句である「クネクネ」をリュシアスが使用したことであった。
「すまん、すまん、悪かったって。そない怒るなや、セリア。まっ、怒ったおまえの顔も、かわいいけどな……な〜んてなっ!?」
「いっぺん、どつき殺したろか、ほんまに……」
「い、いや、セリアさん? それ、冗談やのうて、ほんまに怖いから。特に、その、殺したろかオーラがでとるその顔は、すでに犯罪やで」
「うるさい、うるさい、うるさい!!」
 通信機越しだというのに、セリアとリュシアスはまるで対面して話し合っているかのように、会話を繰り広げていた。
「ふふっ、本当に仲が良いんですね、セリアさんとリュウさんは」
 その様子を見てか、サキが表情を和らげながら口を開いた。
「……え? な、仲が良い? あたしと……これが?」
「……これ扱いすな!? いやいや、でもサッちゃんの言うとおりや! やっぱり人間いうたら、人と仲ようしてなんぼのもんやさかいな。なあ、シンヤ、おまえもそう思うやろ?」
 リュシアスが陽気に笑いながら、唐突に話をシンヤへと振った。戦闘を終えてしばらく経つが、シンヤは黙ったままで、まだ一言も言葉を発しようとはしていなかったのだ。
「……そうだね。できることなら、仲良くしたい。一緒にいたい。そう思うことは決して間違ってはいないって、僕もそう思うよ」
「……そ、そやな! そやそや。その通りやで! ていうことで、セリア、今までの件はすべて不問に付すんや!?」
 真剣な表情で答えるシンヤに動揺しながらも、リュシアスは話した。
「許しません! ――っていうのが、本音なんだけど、いつまでもここでおしゃべりしているわけにもいかないし、そろそろ帰還しましょうか?」
「りょうか〜い!」
「はい、そうですね」
「了解」
 セリアの提案に、リュシアス、サキ、シンヤがそれぞれ順に返答した。
   ★
「……あ、あの、お兄ちゃん?」
 小隊用の通信を一度終了させた後、しばらくすると、シンヤの機体に再びサキの声が届いた。
「どうしたんだ、サキ?」
 モニターに映し出されたその顔は、何かを言いたそうであった。
「あのね、お兄ちゃん、さっき……」
 そう言いかけたサキの口が、どうしてか急にピタリと止まった。
「何なんだい? 最後まで言ってくれないと、分からないよ」
 そんなサキに、シンヤは一度聞き返した。
「ううん。やっぱり何でもないから。気にしないで、お兄ちゃん」
 笑みを浮かべながら、サキがシンヤへと答えた。
 サキが話そうと思っていたのは、先ほどの戦闘でのシンヤの言葉に対しての疑問だった。奪取された機体、エアリス・セイバーにサキがやられそうになって、シンヤが助けに来てくれた際、シンヤが発した言葉――、
『――あの娘の相手は、僕がする!』
 この言葉に、サキは疑問を感じずにはいられなかった。
 どうして「あの機体」ではなく「あの娘」なのか。
 だが、サキはシンヤへとそのことを問いかけなかった。
 いつも一緒にいるのだから、自分の兄の心境ぐらいある程度は推察できる。サキの目から見て、今のシンヤは非常に落胆しているように思えてならなかった。
 だから、今はまだ、このことを話すべきではないと思ったのだった。
「そっか。別に何もないんなら、いいんだけどね」
 どこか硬い表情でシンヤはサキへと話した。
 思い出の少女との再会。
 それは戦場で。痛みと悲しみの溢れる中、敵対する関係として。
 そしてまた、別離した。
「僕たちはこれから、どこに行くんだろうか」
 見えない暗闇の先に、未来がある。
 そこにはきっと、希望の光がある。
 先ほどの戦闘の中で、シンヤはわずかではあるがその光を垣間見た気がした。
 機体のモニターから、アデレードの空を眺める。そこには、わずかな赤い輝きがあった。
 その暁の空は、これから掴み取らなければならない未来のように遠く、そして儚いものであった。
                                (第四話「光と闇」 終)



[次回予告]
アデレード基地奇襲事件
それは一先ずの終焉を迎えた
だが、その終わりは、新たなる始まりにすぎなかった
一方、宇宙
そこでは、皇国宇宙軍と宇宙義賊ローレンス団の戦いが繰り広げられていた
宇宙義賊
いったい彼らは何なのだろうか
次回
新暦戦記ラウズ
第五話
「ローレンス団の謎」
迫り来る敵に、立ち向かえ、エスプリット!!



[おまけ]
   「ミナヅキ家の一日」
1. シンヤの場合

 例えば、夢の中でセリア・リープクネヒトが出てくるとしたら。
「……ねぇ、シンヤ……あたし、ずっと黙ってたけど……前からあんたのこと……」
 それも、妙にしおらしいセリアともなれば、初回限定版以上の限定パワーだ。
「……いいよ、シンヤ……」
 何がいいのかと言えば、それはもちろんあれだ。男と女の夜の営みといいましょうか。とにかく、そういうことなのだ。
 そんなセリアが突然出現したとき、果たして正常に対処できるのだろうか、人は。
 答えは、否である。
 だが、少なくとも、これはあくまでシンヤ・ミナヅキの場合である。
「とうっ!」
「うえええええっ!!」
 驚きと痛みの混じった声をでかいスピーカーにも勝る大音量で口にしたのは、シンヤである。
 一瞬、気を失いそうになりながらも、それを必死に堪えてゆっくりと目を開いた。
 すると、自分の体にまたがる一人の少女の姿が目に入った。
 端整な容姿。金髪。ツインテール。
 セリア・リープクネヒトという名の幼なじみの少女である。
「おはよっす」
 陽気に微笑みながらセリアが話しかけてきた。
「ぜー、はー……ぜー、はー」
 ところが、シンヤがこれに返答したのはしばし後の話であった。
   ★
「おはよう、お兄ちゃん。朝ごはん、もうできてるからね」
 リビングルームへと入ると、妹のサキがにっこり笑顔で挨拶をしてくれた。
「うん。早速、食べることにするよ」
 そう言って、テーブルに目を向けるとそこには一人の少年。見た感じ、どうやら、サキの手料理を貪り食っているようである。
 寝癖のあるぼさぼさとした髪が特徴的なリュシアス・ウェリントンという名の少年だ。
「うまい! うまい! 朝からこんなうまいもんを食うことができるなんて、まるで夢見たいやで! 神様仏様、そして何よりサッちゃん様に感謝せなな〜」
 涙を流しながら言葉を絞り出すリュシアスの隣へと、ある一つの不安を抱きながらシンヤは席に着いた。
 そして、気づく。
「おい、リュシアス……」
「……ん? おう、シンヤ、おっはー」
「おっはー、じゃない。それより、僕の分は」
 見ると、リュシアスが料理をすべて平らげていた。
「ははっ、すまんのう。全部食ってもた」
 何のことはない。これが概ねいつもの日常なのだ。
 こういうことを想定した上で、サキはもう一人前分、自分用に隠しておいてくれるのだ。
 我が妹ながら、大変良くできました、と。まさに、そう思う瞬間でもあった。
   ★
 今日がいつもの日常とは少し違うことに、街へ赴くことが挙げられる。
 それも所謂、セリア専用荷物持ち係である。
 サキが一緒に行くこともあるが、今日はそれには当てはまらなかった。
「はい。お待たせ」
 笑顔でセリアが店から買い物袋を提げて出てくる。
「それじゃあ、これと、それと……あっ、これもお願いね」
 あっという間に、荷物の重量が増えていく。
「おい、セリア……おまえ、ちょっとは加減というものを――」
「――がんばれ、男の子!」
 とまあ、弱音を吐く暇さえ与えてくれないほどだ。
 そんなこんなで、再び街中を歩き始める。
 どこか嬉しそうに足を進める幼なじみの顔を眺めながら。
 ふと、今朝の夢を思い出す。
「しおらしいセリア……」
 口に出していってみる。
「何々、なにか言った?」
 セリアがこちらを振り向く。
 あり得ない。シンヤは心の中で呟いた。
 とはいえ、こんな日も悪くはないと思える自分もいた。
 街中を彷徨してとびきりの美少女と御対面できるわけでは決してないが、それでも街を歩くのはそんなに悪くない。
 それにセリアもだ。
 確かに、ちょっと強引なところがあるかもしれないが、そんな彼女も嫌いではなかった。
「勇気百倍、リンリンぱあああ〜んちいいっ!!」
 ガツン。
 どこかで聞いたような声と共に、男の悲鳴が聞こえた。
 しばし後、その声が聞こえた方向から、一人の少年と一人の少女がやって来た。
 美少女到来! と思いきや、
「あ……お兄ちゃん♪」
「――げっ!? クネクネ……」
 出会い頭、サキとリュシアスで両極端な反応が訪れた。
「偶然だな。おまえたちはどうして街に――」
 シンヤが口を開こうとする前に、
「――あんたの顔を歪めてやるバイバイき〜んビイインタアアアッ!!」
「ふごおおっっ!?」
 セリアの奇襲攻撃を受け、リュシアスは空の彼方まで飛んでいった……わけではなく、ほっぺたに大きな張り手マークを作ったのだった。
   ★
 なんだかんだで、セリアを家まで送り届けて、そこでシンヤの任務は完了する。
「今日はお疲れ様、ありがとね、シンヤ」
 何度目かの労いの言葉を受けて、シンヤは頷いた。
「まあ、大変なことは大変だが、それでも嫌なわけじゃない。だから、付き合ってるんだよ、僕は」
 正直な思いをセリアへと告げた。
「優しいね、シンヤは……あのあほリュウとは、ほんっとに! 大違いよ」
 セリアはプンプンと怒った素振りを見せながら、今はこの場にいない幼なじみを罵倒した。
 別に優しくしようと思ってそうしているわけではない。けど、決して悪い気はしなかった。
「ねぇ、シンヤ?」
 気がつくと、セリアの顔がいつもより近くにあった。
「これって、デート……なのかな?」
 いつもよりも近い距離。いつもより顔を赤らめた幼なじみ。
 そんな彼女を見て、シンヤは動揺していた。
「え……デ、デートって、それは……っ!?」
 あたふたと答えに戸惑うシンヤの頬に、突然、なにか柔らかいものが触れた。
 これは、夢……それとも……現実?
「セリア・リープクネヒト少尉、これより我が家に帰還いたします♪」
 照れ隠しなのだろうか。
 格好をつけて敬礼を決めたセリアの顔は先ほどよりも朱に染まっているように思えた。
「ああ、それじゃあ。また明日な」
 セリアが家の中へと姿を消すのを見届けて、シンヤは歩き出した。
 ゆっくり歩いているだけなのに、心臓の音が響いてくる。
 どうしてだろうか。
 けど、こんな一日も悪くない。
 そんなことを考えながら、シンヤは我が家へと足を向けた。


2.サキの場合

 例えば、夢の中でリュシアス・ウェリントンが出てくるとしたら。
「サッちゃん〜〜〜〜! 好きや、愛してる、ワシと結婚してえな〜!!」
 しかも、妙に激しくアプローチをしてくるリュシアスだ。
「ワシはサッちゃんと共に、サッちゃんはワシと共に! さあ、今こそ、ワシらが一つになるときやでえええっ! カモン・マイ・ハニー!!」
 何というか、もはや犯罪者扱いをされてもおかしくないほどのオーラと言動と挙動。夢の中とはいえ、絶体絶命のピンチ! 処女(おとめ)の危機であったのだ。
 そんなリュシアスが突然出現したとき、果たして正常に対処できるのだろうか、人は。
 答えは、否である。
 だが、少なくとも、これはあくまでサキ・ミナヅキの場合である。
「いやあああああっ、助けてえええ、お兄ちゃあああん!!」
 ジェットコースターが上から下に一気に滑り落ちるときに上げる悲鳴以上のものを響かせながら、サキは目を見開いた。
 そこは、いつもとなんら変わることのない、自室のベッドの上。
 ペースメイカーも容易く狂わせてしまうほどの驚きと恐れに、サキはしばしの間、身動きをとることもせず体を打ち震わせていた。
   ★
 今朝の恐怖に打ち勝ったサキは、二階の自室からリビングルームへと降りてきた。
「お兄ちゃんが起きてくる前に、朝食の準備をしなきゃ」
 そんな独り言を漏らしながら、サキは手早く朝食の支度を行う。
 そこまで凝ったものを作るわけではない。だけど、それを食べてもらって喜んでくれる人がいるというのは、やっぱり嬉しい。
 作る甲斐があるというものだ。
 サキはいつも朝食を多めに作る。
それというのも――、
「……あ、きたきた」
 インターホンの音を耳にしたサキはそのまま玄関へと向かう。鍵を開けて扉を開いた先には、二人の人間の姿があった。
「いらっしゃい、セリアさん、リュウさん」
 笑顔を浮かべながら、サキは二人を招きいれた。
 これがいつもの日常。
セリアとリュシアスが我が家へとやって来る。
 それぞれにそれぞれの目的を持って。
「さてと、それじゃあ、あたしはさっさとシンヤを起こしてこようかな」
「よろしくお願いします、セリアさん」
「はいよ。お姉さんにまかせんしゃい」
 力強く拳を握ってみせたセリアはゆっくりとした足取りで二階へと上がっていった。
 セリアにはいつも、兄であるシンヤを起こしてもらっている。それは決して、サキがそれを嫌がっているわけではない。
 むしろ、逆なのである。
 優しい口調でしか起こすことができないサキでは、シンヤはいつまで経っても起きてくれないのだ。なので、お姉さん的な存在のセリアに頼んでいるわけであった。
「ではでは、ほんならワシは食べさせてもらおかな」
「――ええっ!? た、食べるって……そ、そんな……」
 リュシアスの言葉に、サキは肩をビクッと震わせた。
「……ん? どないしたんや、サッちゃん? もしかして、今日はワシの分の飯がないとか……?」
「……え……ご、ごはん?」
 どうやら何か、凄まじい勘違いをしていたようであった。
「ううん、ちゃんとリュウさんの分も用意してありますよ。ちょっと、そこに座って待っていてくださいね」
 どこか焦ったような声を出しながら、サキはパタパタとキッチンへと入っていった。
 リュシアスがわざわざこの家にやって来るのは、サキの料理を食するためで、まさに彼の生きがいの一つとも化していた。
「はい、どうぞ」
 トレイに料理を盛った数枚の皿をのせてリュシアスのところへと戻ってくると、サキは落ち着いた手つきでテーブルに皿を並べ始めた。
「そんなにたいしたものじゃないですけど、召し上がってくださいね」
「はいよ、いつもすまんなあ、サッちゃん。それとな、サッちゃんの料理はたいしたもんじゃないことないで! ワシやったら、一生食べ尽くしても満足したれへんぐらいや」
 リュシアスはサキを大いに褒めた。
 それもまた、いつものことだ。
「はぅ、リュウさん〜、そんなに褒めてもらっても何も出ませんからね」
 正直、サキはおだてに弱い。
 リュシアスの言葉を受けて、頬を赤らめながらもサキはリビングの外へ足を向ける。
 そろそろ、シンヤが目を覚ますころである。というのも、たった今二階から断末魔の悲鳴にも似た叫びが聞こえてきたのだ。
 セリアの起こし方は、サキには到底真似できないような、過激なものであった。
 ちょうどサキがリビングルームから外に出ようとしたところ、こちらへと入ってくる一人の少年の姿があった。
 もちろん、兄であるシンヤだ。
「おはよう、お兄ちゃん♪」
 そして、サキはシンヤへと今日一番の笑顔を向けるのだ。
   ★
 今日がいつもの日常と少し違うことに、街へ出かけることになった。
 シンヤとセリアもどうやら街に行くらしかったが、サキは自分も一緒に行くとは言い出すことができなかった。
 実はサキは結構な引っ込み思案なのである。
『あ、あの、お兄ちゃん……わ、わたしも……』
『――ん? どうしたんだ、サキ。何か――』
『――ちょっと、シンヤ! なにのんびりしてるのよ、もう。早く行くわよ!?』
『分かった、分かった。すぐ行くから! それじゃあ、サキ、放っておいたらまたセリアがうるさいから行ってくるよ』
『え……。うん、行ってらっしゃい、お兄ちゃん。気をつけてね』
 とまあ、このようなやり取りが行われ、結局、自分も一緒に行くと言う機会を逃してしまったというわけだった。
「どうしたんや、サッちゃん? 何か元気あらへんな」
 その言葉で、サキは我に返った。
 一人で暇な日を過ごしてもよかったが、リュシアスからの誘いを無下にするわけにもいかず、彼と一緒に街へと出向いていた。
「別にそんなことはないですよ」
 微笑を浮かべながら、サキはリュシアスへと答えた。
「そうか、ならええんやけどな」
 どこかホッとしたような顔をして、リュシアスは言葉を発した。
 率直なところ、サキはあまり街を出歩くのが好きというわけではない。
 それはどうしてかというと、しばしばトラブルに巻き込まれるからだ。
 歴とした軍人であるサキだが、彼女も当然訓練を受けているわけで、並の人間などではまったく手も足も出ないぐらいの能力は持っている。
 しかしながら、あまり争いごとを好まない性格のサキは、自ら進んで争おうとはしない。
 さらに、サキの外見は華奢な美少女であるので、そこにつけこんでくる者は意外に多かった。
「――きゃあ!?」
 不意にサキが声を上げる。
「おいおい、お嬢ちゃん、いったいどこ見て歩いてんだよ!?」
 不運にも、やはり今日もサキにはトラブルが舞い降りた。
 声を荒げて不良男が口を開く。自らがサキに体をぶつけてきたというのに、まるですべて彼女が悪いかのような態度をとっていた。
「ほう、よくよく見れば、イイ女じゃねえかよ。この代償はその体で払ってもらうとでもするかな」
「あ、あの……それは困ります」
 何も下手にでる必要はないというのに、サキは強く言い返さない。
 それでも、基本的にはその対応で特に問題はない。
 なぜなら、サキが手を下さずとも、解決に向かうからだ。
「おい、そこの」
 そうもするうちに、サキの隣にいたリュシアスが怒りの表情で不良男へと口を開いた。
「おんどりゃ、誰に向かって気軽に声かけとるんじゃ、ここにおられる御方はの、サッちゃん様いうて、そりゃあもう、たいそうな美の神やがな。その御方に対してこの非礼、しばかれんぞ、こらあ!?」
「ち、ちょっと、リュウさん、あんまり街中でケンカするのは……」
 サキが話しかけようとするが、それはリュシアスの耳に届くまでには至らなかった。
「そういうてめえこそ、何調子にのってんだ。てめえなんかの指図を受ける気など――」
「――勇気百倍、リンリンぱあああ〜んちいいっ!!」
「げぶほっ!」
 不良男が話し終える暇さえ与えずに、リュシアスはその拳をその男へとヒットさせた。
「ほな、サッちゃんいこか」
 先ほどの怒りの形相とは打って変わって、陽気な笑顔をサキへと向けた。
「は、はい。でも、リュウさん、あんまりこんなこと……」
「悪い悪い、反省はしとるわ。でもな、ワシに対してならまだしも、サッちゃんが狙われたとあっては、ワシもジッとしているわけにはいかへんのや。せやから、すまん」
 リュシアスがサキへと頭を下げた。
 別にサキは怒っているわけではなかった。むしろ、感謝している。
 リュシアスであれ、セリアであれ、こういう状況に陥ったときはすぐに助けてくれる。少々荒い方法ではあるが。
 でも、その行動からは二人が自分のことを考えてくれていると分かるから、だから、嬉しかった。
 できれば……できれば、その……、
 お兄ちゃんに助けられたい、っていうのは、やはり、わたしのわがままなんでしょうか。
   ★
「リュウさん、今日はありがとうございました。わたしなら、ここから一人で帰れますから」
 街からの帰り、リュシアスとの別れ道に辿り着いた。
「そうか、別にワシは家まで送っていっても、全然かまわへんのやで」
 リュシアスがサキへと話すが、彼女は首を横に振った。
「分かった、そんなら気をつけて帰りや。――それと、最後に一言」
「何なんですか?」
 急に真剣な表情になったリュシアスへと、サキは思わず聞き返した。
「サッちゃん、ワシと結婚してくれえええ〜っ!!」
 リュシアスが叫ぶ。
 それは今朝の夢に似てはいたが、これは紛れもなく現実。
「それは無理です」
 夢のリハーサルを経験したサキは、ストレートに拒否の言葉を言い放った。
   ★
 リュシアスと別れた後、サキはその足で我が家へと向かう。
 あれこれとあったが、今日は楽しい一日だったと思う。
 そんな日がいつまでも、いつまでも続けばいいなと、正直そう思う。
 ただ、一つ残念なこともある。
 それは――、
「――サキ、今帰りか」
「あ……お兄ちゃん」
 後からかけられた声に振り返ると、そこにはシンヤの姿があった。
「もう家もすぐそこだけど、一緒に帰ろうか」
「うん」
 二人並んで我が家へと歩く。
「どうしたんだ、何かやけに嬉しそうだな」
「ううん、どうだろう、顔に出てるのかな?」
 サキはシンヤへと尋ねる。
「凄い幸せそうな顔だな」
「そっか、なら、そうかもしれないね♪」
 満面の笑顔でサキは答えた。
 残念なこと……それは……、
 もう、なくなっちゃいました。


(作者の気分により、
  「3.セイイチロウの場合」は省略となりました)
 すいません、セイさん。
 ミナヅキ家の大黒柱なのに。
「いやあ、これは手厳しい。でもまあ、私の一日を期待してくれる人などそうそういないかもしれないねえ」
 以上、セイさん一言コメントでした。
                         (おまけ「ミナヅキ家の一日」 終)



[あとがき]
 どうも、約一ヶ月ぶりの御無沙汰です。YUKです。今年は空梅雨とは聞きますが、ほんまにここらへん(大阪)、雨降らんなあ。ていうか、もう夏が来たのかとさえ思わせてくれます。暑くなるに従い、執筆意欲も熱くなればいいんですが、どうなるのでしょうか。
 阪神40勝一番乗り(セリーグで)! ちなみに、過去阪神が最初に40勝に到達したシーズンは、最悪で4位。今年は貯金がその時点で11ですが、優勝した一昨年はすでに20をこえてました。これからますます勢いをつけていって欲しいなあ。
 とまあ、いらん話はその辺で、本文のコメントをば少々。今回の第四話。久しぶりの地上編でした。主人公も出てきましたし、アデレード基地奇襲事件も一段落しましたし、これでようやく次のステップに入っていきます。内容の出来のほうは著者の実力から考えるとこの程度ということで黙認を。
 ではでは、そろそろ筆を置かしてもらいます。次のラウズ五話は宇宙編の続きです。断じてこれが最終回ではないので、そこんとこ理解しといてね、HIR、いいね、OK?
 それでは、読者の方々に感謝と敬意を表して。
ではでは、私たちの新西暦時代(あした)を共に覗き見んことを。

                               2005年6月28日
                                 著者   YUK
                                 設定協力 HIR