序章
戦争と平和。これはいつの時代も対をなす、人類の永遠のテーマ。これら二つで一つとなり、その一つは永久に不滅のものである。平和が絶えることがないと同時に、戦争が絶えることもない。平和に陽があたる刻と戦争に陽があたる刻の繰り返し。ただ、それだけのことなのだ。
この繰り返しの運命に、人は流されていく。悩みながら、苦しみながら。だが、決してその歩みを止めることはなく、人はその運命を受け入れる。そうした上で、その運命を自らの手で変えていこうとするのである。こうして、人類の歴史は作られていった。
そして、時は新西暦時代に入る。膨れ上がった人口は、すでに百億は軽く突破した。地球一つではもはや限界であったのだ。世界統一国家が創始されて久しく、苦難の壁が立ちはだかったのである。そんな中、政府は密かにあるプロジェクトを実現可能段階にまで発展させていたのだ。
そのプロジェクトとは、人為的移民用小惑星創設計画。通称アイランド計画と呼ばれる極秘プロジェクトである。人々の理想の下、長年に渡り推進されてきたその計画は、ついに成就することになる。
地球は青かった、という人類が初めて宇宙に飛び出した時から幾年遥か、人類はようやく本当の意味で宇宙に進出を果たしていくのである。
このアイランド計画の偉大な成功の見返りが世界全体から叫ばれるようになり、政府はある一つの策を発表した。
これが「新西暦」の策定である。アイランド計画の代表者であるヴェル・テール博士の生年日を基準として、新たな暦を創り出したのだ。歴史を変革させる程の成功が新たな歴史として刻まれることに、異論を発する者はそうそう現れることはなかった。
真なる宇宙進出の象徴となったヴェル・テール博士は生年の頃、有名な言葉を残している。
「――この新たな始まりが、永遠の平和に結びつかんことを……」
ヴェル・テール博士の言葉通り、世界は平和の道を辿り始めたように見えた。――しかし、それは永遠に結びつくことはなかった。戦争と平和の繰り返しの運命に、逆らうことなど不可能であったのだ。
こうして、歴史はまた変動する。――時に、新西暦1000年のことである。この年に後の時代で称されることになる「ミレニアム・トラジディ」という事件が起きるのだ。
新西暦時代が開始された直後は、世界統一国家はその政治権力・軍事権力を中央集権的にうまくまとめあげていた。それが時間の経過と共に、変貌していくことになる。それはすなわち、中央集権的な権力形態から、地方分権的な権力形態への変容を示しているのである。局所へと権力を分散させていく世界統一国家の未来は、残りわずかしかないように思われた。
そして、新西暦が開始されてから、ちょうど1000年目の年。以前からも暗黙の中で分裂していた世界統一国家が、正式に解体されることになった。
これが「ミレニアム・トラジディ」である。
この結果として、地球勢力は三分割されることになる。まずは、ユーラシア大陸一帯を占める巨大勢力である「ユーラシア連合国」。次に、南北アメリカ大陸を支配する「アメリカ大陸同盟」。最後に、オーストラリアを拠点とする「オーストラリア皇国」である。
同様に、宇宙においても勢力分割が行われることになる。先に挙げた三国がそれぞれ支配するアイランドと、そのいずれにも属さない第四の独立勢力に分裂することになる。新西暦1000年の段階では、相互アイランド間戦争停止条約により、宇宙空域における戦闘は禁止されることになった。だが、戦火の拡大が、その条約の寿命の短さを裏付けているようでもあった。
目下のところ、戦闘行為は地球で繰り広げられることになる。各国における核保有は、もはや周知の事実であり、以前から定められていた核使用等に関する禁止条約の定めるところにより、核兵器が使用されることはなかった。
また、巡航ミサイル等による相互間の戦争も、その意味するところの無謀さを誰もが理解していたので、各国間において遠距離戦が展開されることはなかった。
では、どのようにして戦闘が繰り広げられたかというと、専ら近接戦闘が展開されていくのである。そこにおいて、当然のように使用される兵器が存在する。肝心のその兵器というのが、戦術戦闘兵器(タクティクスバトルウェポン)、TBWである。
TBW。それは戦車、戦闘用航空機などの既存の機動兵器を超えるまったく新しい機動兵器である。地上用のそれは巨大な人型を採用することによって戦車を超越する大火力と不正地走破性を手にし、実体弾の至近爆発に耐えうる新装甲材の採用は近接信管付対空砲火を無力化し、航空機に再び艦隊直接攻撃の機会を与えた。
こうして始まった戦争は、一時戦火の冷める時期があったのだが、新西暦1100年をもって再び激しい戦闘が再開される。この先数十年に渡り、多少の休戦期間はあるにせよ、争いは収まることなく続けられていくことになる。
争いあう三国の国力を比較すると、アメリカ大陸同盟とユーラシア連合国の力はほぼ同等である。オーストラリア皇国がその二国に比べて国力が劣っていた。
それもあり、オーストラリア皇国は積極的に戦争に参加することはなく、要衝となる拠点の防衛を中心として陣営を固めていた。オーストラリア皇国はこの戦略的持久の態勢により、『不勝不敗』の状況を作り上げたのである。この賢策により、皇国は他の二国によって潰されることなく存続し、三国時代はいつ終わるとも知れぬ長期戦の様相を呈していくのである。
★
時は、新西暦1182年。
オーストラリア皇国はある一つの可能性の蕾を開花させた。
それは新兵器、MTBW(マルチタクティクスバトルウェポン:多目的戦術戦闘兵器)の完成。
その名は、ハイブリッド・ラウズ。
戦争と平和の歴史はまた、新たな局面を迎えようとしていた……。
(序章 終)
[次回予告]
時は、新西暦1182年。
オーストラリア皇国は新兵器MTBWを開発する。
そんな時、アメリカ大陸同盟の特務部隊が密かに行動を開始していたのである。
休戦条約が無効になるその時、事件は起きる。
新暦戦記ラウズ、
第一話「再会は悲しみの戦場で」
新たな歴史を、切り開け、ラウズ!
著者 YUK
設定協力・執筆補助 ヒロキ