プレリュード

[目次]
   1 夜
   2 朝
   3 昼
   4 夕方
   5 そして、また朝
   あとがき
   著者紹介
   語句説明
   魔法説明
   登場人物紹介

   1 夜
 時間にしてみればどれくらいであろうか。多く見積もっても、二十分といったところだ。さすがに、松葉杖片手に歩くなどということは、当然想定の範疇外である。 ありていに言うと、この時間は少年の家から学校までの通学時間である。では、どうしてこのような些細なことに関心を寄せるのか、という疑問が浮かんでくるのだが、それに対する答も抜かりなく準備されている。
 少年、巽怜剛はとても憂鬱であった。
 夜。学校からの帰り道。弱い街灯の光の中、薄暗い道を歩き続けた。
 近頃は、変質者が増加しているなどといった世間の評判を耳にするが、やはり男の夜の一人歩きのほうが断然安心だろう、とふと思う。特にとりとめのない思考を巡らしながら、足の前後運動を繰り返す。
 そうして、今日という日も無事に我が家に辿り着くのだ。いや、そもそもが帰路の途中でトラブルに遭うほうがどうかしている。
 何事もなく家に帰るということは、謂わば当たり前のことである。その当然の期待への裏切りが、怜剛を一瞬にして憂鬱にさせたのである。
 その事件は、人気のない路地の間にある空き地にて起こった。この空き地の通過は、時間にして五秒ほどである。距離にして約十五メートル。
 怜剛はそのほんの小さな溝に、どっぷりと足を填めてしまったのである。目の前で起きている怪奇現象に、彼の足は自然とその歩みを止めていた。
「…………」
 怜剛に長い沈黙が訪れる。頭の中で半ば混乱を発生させながらも、今あるこの状況の理解に必死に努めているのである。
 目の前のそれを一言で言い表すのならば――
「……儀式」
 無意識に口から言葉が零れる。確かに、この怜剛の言葉は有りのままを端的に表現していた。
 暗い部屋(廃屋)。少ない灯り(ろうそく)。妙な囁き(呪文)。そして、魔女(呪文を唱える者)。所謂、オカルト的な行為に見られるような現象である。
 それが今まさに目の前で起こっているのだから、驚くのも無理はない。だが、呆気にとられて発したその呟きは、清閑の暗闇にはあまりにも大きすぎた。
「……見たな?」
 その空き地の一角。この暗闇に加えて、さらに黒の衣装に身を包んだ人影があった。それがこちらを振り向いたかと思えば、同時に存外に少女らしい声が怜剛の耳に届いた。
 その人影は見るからに魔女を連想させる服装をしていた。それは昔話にしばしば登場する魔女と比べても遜色ない。華奢な感じのする体に黒のローブをまとい、その頭部を大きい黒の鍔付き帽子で覆っている。
 先ほどの声を聞くからに、どうやらよぼよぼバアさんが中に詰まっていることはなさそうである。
「……いや、見えていたのかと言うべきかな?」
 その人影は再び声を発した。口調は硬いが、やはり少女染みた声である。
「――僕は何も見ていない。再見」
 そのことに幾分か安心感を覚えつつも、怜剛はいかにも平然を装い、まるで何事もなかったかのように、その場から立ち去ろうとした。
 ――しかし、
「待てぃ!!」
 阻止された。そこで、ふと怜剛は思う。見てはいけないものを見てしまったのだと。例えばそう、この人影の後からはみ出して見える、地面に描かれた変なマーク。 一般に、魔方陣と呼称されるものである。夜の帰りに待ち伏せをするストーカーにも怪しさでは劣るまい。
「…………ふふふ」
 正面の人影、小柄な魔女がどこか愉快そうに声を震わせる。目深に被られた帽子のためにその表情を読み取れないところが、いっそう不気味であった。
「哀れな子羊よ、コレとかアレを見られたからには、ただで家に帰すわけにはいかないのである」
 魔女の言葉に、怜剛は顔をしかめた。そうする間にも、魔女はゆっくりと妙な威圧感と共に彼へと詰め寄る。とはいえ、彼もこれ以上この場所に居合わせるつもりはなかった。
「……帰る」
 魔女からのプレッシャーがじわじわと怜剛へと押し寄せたが、特に意に留めることもなく背を向けると、早速帰路につこうとした。
 ――が、
「待てて言うとんねん!!!!」
 やはり、(何故か関西弁で)激しく阻止された。
「――っ!?」
 瞬間、怜剛の正面に再び魔女の姿が現れる。明らかに声がしたのは後方からだった。彼の前に魔女は「出てきた」のではなく、「現れた」のである。
「どうやら、只者ではなさそうだな」
 額からうっすらと脂汗を出しながら、怜剛が口を開く。言うなれば、彼だからこそ今この状態であり得るのだ。一般人がこのようなものを見せられたら、悲鳴をあげながら逃走するか、驚愕して腰を抜かしても何もおかしくはないのである。
 しかしながら、怜剛はそうではなかった。
「――ふふっ、それは、あたしだけではないがな」
 その魔女の口元にはにやけた笑みが見られた。特別なのは目の前の魔女だけではない。そうだ、それは確かな事実である。
 少年、巽怜剛にはある秘密があった。彼にはある能力があったのだ。その能力とは、道教でいうところの仙人の扱う術、所謂「方術」である。
 そして、西洋でいうところの――
「……魔法」
 魔女は神妙な口調で呟いた。
「おまえ、魔法使いだな?」
 束の間の沈黙。静かな夜風の音が、怜剛の耳には無性に強く響いてきた。
 ――そして、怜剛は無言で首肯した……。



   2 朝
 朝。時間の程は午前八時前である。本日の天候は文句のつけようのない快晴だ。
 季節は春。この時期の夜は大変寝心地が良く、夜が明けても目が覚めない、と誰かが言った通り、まさしく「春眠暁を覚えず」である。一たび、朝のぽかぽかとした陽気に包まれてしまえば、そこからは簡単に抜け出すことはできないのだ。
 しかし、人は目覚めなければならない。それは学生とて、免れられない。朝のこの時間帯における気の緩みは、容易に遅刻へと直結する。
 とはいえ、やはり人には得手不得手というものがある。朝起きるのに何の苦労もしない者、目覚まし時計の行列を用意したところで何の役にも立たない者がいる。
 後者の人は強く思う。「人力は偉大である」と。機械がいかほど発展したかは知る限りではないが、事これに関しては、「人の手による起床」は重要な意味を持つ。
 少年、巽怜剛も立派な後者の一員である。彼はこれまで幾度となく起床の好機を逃しては苦汁を嘗めてきたのだ。
 ところが、最近の怜剛は遅刻の回数が滅法減っていた。これは決して、彼が前者の仲間入りを果たしたというわけではない。その理由は別のところにある。
 怜剛は現在、とあるアパートにて一人暮らしをしている。そのアパートの名は「霞荘」。彼の両親の知り合いが経営しているといった縁もあり、彼はここで暮らすことになったのである。
 この霞荘はありていに言って、それほど大きいアパートではない。二階建てで部屋数が八。特に室内が狭いなどということはないので、利用者にとって弊害はない。
 怜剛の部屋は、このアパートの一階の「1号室」である。ちなみに、その左隣の部屋は「管理人室」となっている。
 怜剛の住む1号室は、とにかく静かであった。物音一つしない部屋である。少々室内が乱雑なところは、やはり男の一人暮らしだ。
 ただ聞こえるのは、規則的な誰かの寝息である。これを発するのは、もちろんこの部屋の居住者である。
 これを除いて、あともう一つだけ聞こえる音があった。それは、怜剛の寝息を窺う者のわずかな呼吸音である。
 その者は怜剛の寝床へとこっそりと近づくと、徐に彼の肩を揺さぶり始めた。
 これは、最近の怜剛にとって、特に変化のない日常の一場面と化していた。
 そして、その者は次のように怜剛の耳元で囁いた。
「……起きて、ねえ、起きてよ、お兄ちゃん?」
 かわいらしい女声の囁きと共に、次第に肩の揺さぶりが強さを増す。
「お兄ちゃん! 早く起きないと学院に遅刻しちゃうよ」
 その者の働き掛けにより、怜剛は徐々に覚醒への道を辿り始めていた。これで、先んじて名誉の戦死を遂げた目覚まし時計小隊の面々も報われるというものだ。
「……ん……うーん……」
 怜剛はわずかに声を上げた。どうやら、目覚めの時はすぐそこまで来ているようだった。
「――お兄ちゃん? ねえ、早く起きてよ〜」
「……お兄ちゃん、お兄ちゃん、って? 僕に妹なんかいたっけか?」
 ようやくうっすらと目を見開いた怜剛は、寝惚け眼のまま素朴な疑問を口にした。
「……僕は確か、巽家五人兄弟の末っ子だったような」
 怜剛が正常な思考回路を取り戻したちょうどその時、彼はその者とまともに目が合った。
 その者の正体とは、果たして一人の少女であった。
「……ま、真南?」
 怜剛はゆっくりとその少女の名前を呟いた。
「そうそう。おはよう、お兄ちゃん」
 その少女、三条真南は怜剛へ挨拶した。セーラー服を身に着けたこの少女は、整った目鼻立ちと背中に流れる髪が印象的な美少女である。出るところは出て、くびれるところはくびれるといった、見事な身体の曲線美を描いているのが、制服越しでもそれとなく分かる。
 この三条真南という少女は、怜剛のクラスメイトである。去年、怜剛は現在通う私立新星学院に入学したわけであるが、ちょうどその頃、彼女と知り合うことになる。
 わざわざ真南が怜剛を起こしにきてはいるが、二人は特に彼氏彼女の関係というわけではない。まあ、仲が良いことは確かであるが。
 この朝の日常は、怜剛と真南、それと後もう一人で成り立っていた。
「――なんなんだ? そのお兄ちゃんというのは……」
 怜剛が呆れ顔で話しかける。いまだに布団から出ることはなく、顔だけを真南へと向けた。
「ずばり、ある統計の結果から、特に人気が高いと判明した、朝の起こし方ランキングに、堂々上位でランクインした伝統の起床法『妹起こし』を実践してみたわけ。――で、どうだった?」
「……どうって言われてもな」
 いきなりのことで怜剛の頭はついていけなかった。そもそもが朝の起こし方ランキングとやら自体、意味不明である。
 何が伝統の「妹起こし」なのか、彼にはさっぱり分からなかった。
「もう、怜剛、はっきりしなさいよね。――まぁ、いいわ、とりあえず利用料金を頂こうかしら?」
「……って、金取るのかよ!?」
「もちろん♪」
 怜剛は思った。冗談でも怖い女だと。
「何よ、その嫌そうな顔は? しょうがないわね、その代償にあと十秒で起きたらチャラにしてあげるわよ」
「あと十秒って……この心地良い布団の温もりとお別れだなんてそんな――」
「――問・答・無用!!」
 反論の余地もなく、怜剛の布団は呆気なく取り払われてしまった。
 すぐさま、パジャマ姿の怜剛が真南の目に飛び込んできた。身長は百七十センチ半ば、パジャマ越しでも分かる男らしいガッチリとした体つきをしている。怜剛の顔から徐々に視線を下へとずらしていくと――、
「…………」
 途端に真南は言葉を失った。心なしか赤面しているように見える。彼女の視線はある一点でぴったりと止まってしまっていた。
「――どうしたんだ、真南? 急に押し黙ったりして……って!? わわっ、こ、これはだな、その……そう! アレだ、アレ、なに、これは仕方のない――」
「――アレとかナニとか言うなああああぁっ!!!」
「ぴっ!? ぴぇぷ〜〜っ!!!!」
 すらりと伸びた真南の足が美しく一閃するや、一層甲高い悲鳴が霞荘1号室から響き渡った。
   ★
「――もう、いきなり大きな声を出されたりしたので、私、ビックリしてしまったじゃないですかぁ」
 道。三人の人間が並んで歩いていた。現在の時刻は、午前八時を少し過ぎたところだ。
 三人の内の一人、少女、笆沢梢子は穏やかに口を開いた。彼女は残りの二人、巽怜剛、三条真南と同様に私立新星学院に通う高校二年生である。現在、三人はクラスメイトでもある。
 それに加えて、梢子は怜剛の暮らすアパート「霞荘」の管理人でもあった。怜剛の部屋の隣が管理人室になっているために、先ほどの怜剛の絶叫も当然聞こえていたということである。
 身長は百五十センチ半ば、ぱっちりとした目に丸い眼鏡をかけたセミロングの女の子である。容姿も整っており、真南ほどではないにしろ、そこそこ男性陣からの人気を誇っている。
 それもあり、怜剛が梢子の管理するアパートで暮らしているなどということは、もちろん内密である。これは、死活問題に発展する恐れがあるからだ。
「……僕も死ぬほどビックリしたさ」
 力なく怜剛は言った。一度は学院に連絡して欠席しようと本気で考えたぐらいである。
 たいてい怜剛の朝は、真南に起こされることから始まる。なので、今朝のようなトラブルが発生することも時にはあるのだ。
 ここで疑問に思うのが、どうして真南は怜剛の部屋に入ることができたのか、だ。これは決して、鍵のかかったドアを真南の蹴撃をもってぶち破ったわけではない。
 真南はちゃんと鍵を開けて入ってきたのだ。その鍵を真南へと渡したのが、霞荘の管理人であり、彼女の親友でもある梢子であった。
 怜剛が朝に弱いのは、すでに真南も梢子も承知している。また、この二人は怜剛を見捨てて先に登校するような薄情な人間ではなかった。
 そういうわけで、以前、三人でこの事に関して話し合った結果、ある一つの方法を起用することが決定された。
 その方法というのが、まず、管理人室へとやって来た真南が梢子から部屋のスペアキーを受け取り、それをもってして怜剛の部屋に入り、中々起きることのない怜剛を真南が直接起こすことにしたのである。
 ちなみに、管理人である梢子自らが怜剛を起こさない理由は、本当かどうかはいざ知らず、「恥ずかしいから」らしい。
「まあまあ。真南ちゃん、怜剛君にいったい何をしたんですかぁ?」
 そこはかとなく、興味深そうな笑顔で梢子が尋ねる。
「――えっ!? な、ナニって、それは怜剛の……って、そんなの言えるかあっ!!」
 振り上げた拳は、外すことなく怜剛の頭部に命中した。
「痛っ。なんだよ、悪かったって言っただろう。それにおまえにだって責任はあるんだからな」
「……わ、分かってるわよ、怜剛のエッチ」
 真南はやや頬を赤らめて呟く。
「全然、分かってないじゃないか」
「分かってる! 分かってるって言ったら分かってるわよ。それに、わたしだって物凄く恥ずかしかったんだから!」
 そんな二人のやり取りを楽しそうに梢子は眺めた。
「あらあら、二人とも朝からとても仲良しさんですねぇ。そうですかぁ、朝から二人であんなことやこんなことをしていたんですねぇ」
 それは、どこか趣旨を取り違えた解釈だった。
「……梢子、あんた多分、激しく勘違いしてるから」
「あらあら、まあまあ。ふふっ、そうですか、最後までいったというわけですねぇ♪」
 さらに激しく何かがおかしかった。
 結局、暫くの間、怜剛と真南はひたすら梢子へと説明を続けた。
   ★
怜剛たちが通う私立新星学院は、彼の住む霞荘から徒歩で大体十五分といったところだ。霞荘と学院のちょうど中間あたりに「桜ヶ崎北」という名前の駅がある。その駅前の商店街を過ぎると、いよいよ学院が見えてくるのである。
「ほぅほぅ、そうだったんですかぁ。私はてっきりコレがアレだと思っていましたぁ」
 学院までもう少しで到着しようかという手前、怜剛と真南の苦労の甲斐があり、梢子はようやく今朝の一件を正しく理解した。
「……なんか、いつも以上に疲労困憊の朝だ」
 怜剛が嘆く。無理もない。ただでさえ、朝は低血圧気味の彼に、それに加えて災難が降りかかったのだから。
「……わたしも同じく」
 隣を歩く真南もどうやらお疲れモードのようだ。それだけ梢子の説得には、精神ポイントを消費したのだろう。
「そういえば、私、今朝おかしな夢を見たんですぅ」
 話題を切り替えるように、梢子が話を切り出した。その表情は、穏やかな笑顔に少し影が差していた。
 何か嫌な夢でも見たのだろうか。そんな時は、誰かに話すことで少しは気分が楽になることもある。
「夢の中の私は、それはそれは酷く空腹で、このままでは餓死してしまうのではと危惧していた時に、とあるお店を発見したんですぅ」
 梢子の話に合わせて、怜剛と真南は適当に相槌を打つ。猶も彼女の話は続く。
「そのお店は『とんかつ屋さん』でしたぁ。すぐにお店の中に入った私は、店員さんに注文をお願いしたんですぅ。で、でもぉ……」
『……でも?』
 声のトーンが低くなった梢子に、二人が同時に聞き返した。
「とんかつは売ってないって言われてしまったんですぅ。とんかつ屋さんなのに、とんかつがないっておかしいですよねぇ。だから私は、慌てて店の外に出てみましたぁ。――すると、私は見てしまったんですぅ」
 一つ間を置いた後、梢子は話を締めくくった。
「そのお店はとんかつ屋さんではなく、『ぽんこつ屋さん』だったんですぅ!?」
 瞬間、冷たい風が身を震わせた心地ではあったが、忽ち元の空気が戻ってきた。決して、つまらぬ落ちであったなどとは、両者の口から出ることはなかった。
「なんだか、二人とも面白くなさそうな顔をしていませんかぁ?」
 にこやかな笑顔で梢子が二人へと不満を訴える。その顔は全くもって晴れやかなものであった。
「え? そ、そんなことないわよ。ないない。ねえ、怜剛?」
「そうだよ。そんなことないよ」
 慌ててフォローする二人の息は、怪しいぐらいにピッタリ合っていた。
「そうですかぁ、それなら別にいいんですけどねぇ。ところで、怜剛君は何か印象的な夢を見ましたか?」
 穏やかな笑顔で、梢子は怜剛へと話しかける。
「……えっ? ぼ、僕は別に見てないよ」
 突然話を振られたせいか、一瞬怜剛の表情が強張る。明らかに、彼は当惑しているようであった。
 怜剛はドギマギしながらも答えた。
 だが、彼は嘘をついていた。それも仕方のないことだ。
 怜剛は昨夜、悪夢を見た。
 けれど、それはとても人に話すことができるようなものではなかったのだ。たとえ、それを話したところで、到底信じてもらえるような内容でもなかった。
 怜剛は、なんとかうまく誤魔化しながらも、足を進めた。いよいよ通学路も終わりにさしかかっていた。
 私立新星学院は、他校と比較しても極めて広大である。中程度の進学校でありそこそこ偏差値は高く、クラブ活動も盛んである。また、学院の校舎は幾つかに分かれている。生徒たちの教室や音楽室、化学室、生物室などの諸教室がある学生棟。職員室、会議室、理事長室などがある教員棟。主に文化部に割り当てられる部屋が多数ある部室棟。私立高校レベルでは極めて質と量に優れる図書館。その他にも、巨大なグラウンドを始め、体育館、柔道場、剣道場、弓道場、室内プールといった様々な施設がこの学院には存在しているのである。
 ようやく、怜剛たちが学院の正門を通り過ぎようとしたその時、唐突に、彼はその場で固まり、周囲の風景と同化した。その視線は、前方のある一点で静止していた。
 どこかで見た人影が、正門の端に背中を預けていた。忘れることなどできない。何せ、昨日見たばかりの悪夢であるのだから。
 その人影はこちらの様子に気が付いたようで、ゆっくりと近づいてきた。もはや、逃げ場はなかった。
 いや、逃げる必要がなかったと言うべきか?
「――ふふっ、待っていたぞ、巽怜剛」
 正面に立つ少女は、愉快そうに口を開いた。
 記憶に新しいあの少女だ。昨日の悪夢を怜剛に見せた、最大にして唯一の立役者である。
 怜剛が見た悪夢――それは夢ならぬ、現実に見た恐怖の一シーンであったのだ。
 無意識下に、昨日の一件が、怜剛の脳裏に鮮明に浮かび上がってきた……。
   ★
 ――夜の空き地。
 学院からの帰り道で、それは突然に起こった。
 少年、巽怜剛の目の前には一人の魔女が仁王立ちしていた。その魔女は信じられないことに、少年、巽怜剛と同種の人間であったのだ。
「……安心するがいい。あたしは別におまえをどうこうするつもりはないのだからな。ただし、下手な反発はしないことだ」
 黒一色に身をまとった魔女が口を開いた。
 額から冷や汗を滲ませながらも、怜剛はその魔女へ対峙した。ただ、相手にそれほど戦意がないということが、彼の気分を幾分か和らげていた。
「僕も何もするつもりはないさ。僕はただ、この空き地を何事もなく、何を目にすることもなく通り過ぎた、これで終わりにできないのかな?」
 怜剛は己にとって最良の提案を相手へと投げかけた。
「……この場はそれで収めても問題ないな」
「――そうか。なら、僕は何も見ていないので、これで失礼するよ」
 とにかく、この場から早く立ち去りたかった怜剛は、すぐさま行動を開始しようとした……のだが、
「待て待てぃっ!!」
 抑揚のある声で阻止された。
「さっきも言っただろう。ただで帰すわけにはいかないと。おまえには、少し協力して欲しいことがある。あたしは運が良い。おまえたちの世界で言うところの『宝くじ』とやらが当たるぐらい幸運だ。まさか、こうまで簡単に魔法使いに会うことができるとは、思ってもいなかった」
「……協力って、一体何を?」
 突如として、トラブルの風が押し寄せたことに、怜剛は身構えた。何か嫌な予感がした。
「それは、今はまだ話す必要はない」
「――今はって、僕はここで会ったが一期一会の縁にしようと思っているんだけどな」
「ん? 何か言ったか」
 怜剛の小さな独り言に、その魔女は首を傾げていた。
「まぁいい。それより、こうして出会ったのだ。とりあえず、自己紹介をしておこうと思う」
 存外に、正面の魔女は礼儀正しかった。怜剛は思う。口調は硬いが、思っていたほど悪人ではないのではないかと。
「あたしの名前はウェスティ・ラインハルトだ。以後、よろしく頼む」
 ウェスティと名乗ったその魔女は、言葉と共に、目深に被った帽子を脱ぎ去った。そこから現れたのは、果たして、一人の少女であった。
 怜剛は驚きを隠せないでいた。その話し声から半ば予想はしていたものの、彼を驚嘆させたのはその少女の容姿である。所謂、「お人形さんのような美しい顔」をしており、ブロンドの髪を後で束ねた美少女であったのだ。魔女のイメージによくありそうな「暗い」印象はまったくなく、寧ろその逆といってよいぐらいであった。
「僕は怜剛、巽怜剛だ。よ、よろしくな」
 どこか動揺を隠しきれないまま、怜剛は口を開いた。 ちょうど、怜剛が話し終えると、何か思い出したかのように、ウェスティが両の手を打った。
「一つ言い忘れていた」
「……何を?」
「あたしは悪人である」
 聞き返す怜剛に、ウェスティはいかにも平然とした態度で言ってのけたのだ。
 夜の空き地での突然の出会い。
 これこそが、少年、巽怜剛の悪夢の真相。
 この少女、ウェスティとの出会いこそ、怜剛を巻き込んだトラブルの始まりであった……。



   3 昼
 昼休み。授業の終わりを告げるチャイムと同時に、各々が思い思いの行動を開始する。お決まりのパターンとしては、持参の弁当を食すこと、あるいは食糧を確保すべく食堂に乗り込むことであろう。
 とにもかくにも、この昼休みという時間帯は、謂わば砂漠と砂漠に挟まれたオアシスなのである。
「――それにしても、いきなり私たちのクラスに転校生がやって来るなんて、驚きですねぇ」
 教室。正確には二年A組の教室である。その中の一角に、少年少女計三人が立ち尽くしていた。
 少女、笆沢梢子は穏やかな笑顔を浮かべながら話した。
「そうね。でも、怜剛、あんた、なんであの子のこと知っていたわけ?」
 その隣の少女、三条真南は正面の少年を訝しがる。
「おいおい。そんな目で見るなよ。何も怪しいことなんかないんだからな。ただ、昨日偶然会ったんだよ。それだけさ」
 冷静に弁明してみせたのは、巽怜剛という名の少年である。
 本日、この二年A組には、急遽転校生がやって来たのだ。その転校生の名前は、ウェスティ・ラインハルト。日本とは違う国からこの地を踏んだようである。その端整な容姿から、早くも男子からは勇ましい雄叫びが木霊しているほどだ。
 昨夜、少年、巽怜剛はわき道に面した小さな空き地で、ある事件に出くわした。それは、一人の少女との出会い。その少女こそが他ならぬウェスティである。怜剛はウェスティの秘密を知ることと同時に、自らの秘密を彼女に知られることになった。その秘密というのが、二人が共にある特殊な能力を扱うことができるということ、即ち「魔法使い」であるということである。
 怜剛はウェスティから詳細な事実まで聞くことができなかったが、どうやら彼女は重要な儀式の最中であったらしく、周囲から認知されることのないように予め結界を張っていたのだが、同種の人間である怜剛には通用せず、二人が出会うに至ったのである。
 そして、今朝、学院の正門前で何故か待ち構えていたウェスティと怜剛は再会する。その時は、挨拶を一言交わすとそのまま立ち去ったウェスティであったが、怜剛にはどうも嫌な予感がしてやまなかった。
 結局、怜剛の予感は的中した。怜剛はもはや驚きを通り越して呆れ果ててしまっていた。突然の出会いから一夜明けて、当分は会うこともあるまいなどと思っていたのだが、同じ学院のさらには同じクラスに転校してきたのだ。俄かには信じることができなかった。
「――どうしたの、怜剛? ぼうっとしちゃって」
「……え? いや、なんでもない。ちょっと考え事をな」
「……ふーん」
 怜剛の返答に、どこか思案顔で真南は相槌を打った。
「まぁまぁ、積もる話はそのくらいにして、二人ともそろそろお弁当を食べませんかぁ?」
 口にするやいなや、梢子は手提げ袋から弁当箱の包みを二つばかし取り出して、椅子に腰を下ろす。怜剛と真南も速やかにそれに倣った。
「どうぞ、怜剛君」
「ありがとう、梢子ちゃん。いつも悪いね」
 怜剛は顔を綻ばせながら、梢子が差し出した弁当箱の包みを受け取った。
 怜剛と梢子は同じアパートに住んでいて部屋が隣同士であり、それに加えて、梢子が面倒見の良い性格をしていることもあって、基本的に怜剛は昼食は梢子にお世話になりっぱなしである。
「いえいえ、一つ作るのも二つ作るのも大して変わりませんからぁ」
 にこやかな笑顔で梢子は微笑んだ。
 怜剛の住むアパート「霞荘」の管理人である梢子だが、どうして高校生である彼女が管理人を務めなければならないかという理由への答は、彼女の両親の不在である。
 つまり、梢子も一人暮らしをしているということなのだ。
 ただでさえアパートの管理人を務める忙しい身である梢子が不満をみせたり嫌な顔をすることなく、わざわざ自らの世話をしてくれることに対して、怜剛は少なからず感謝し、同時に尊敬していた。
「――まったく、あんた、梢子に甘えてばかりね」
 少し不満げな表情で、真南は怜剛を睨んだ。
 怜剛が思うに、真南はどこか機嫌を損ねているようであった。しかしながら、皮肉を言われたこともあり、迂闊にも彼は口を滑らした。
「まあ、料理下手な誰かさんの弁当を食べるぐらいなら、僕は食堂に突貫してるだろうね」
 お返しにとばかりに、怜剛は真南へと視線を向ける。彼自身、真南の料理を口にしたことはある。正直に言って、彼女の料理は不味くはない。ただ、梢子の料理と比較すると大きな差が生じるのだ。
 この皮肉は、真南の怒りのスイッチを作動させるに容易すぎた。
「……なっ!?」
 その言葉に、真南は頭に光が走ったかのような反応をしてみせた。それは、彼女の怒りが噴火するサイン。それと同時に、例の言葉の発動を意味した。
 その直後――
「――オブジェクション!!!」
 力のある一声と共に、真南は音を立てて立ち上がった。怜剛を指差して睨みつけるその形相は、明らかに怒っていた。
 例の言葉、「オブジェクション」とは、真南の口癖で、とくに激しく異を唱えたい時などに使用されるのだ。訳としては、「反対・異議・不服」などが適当である。
 怜剛の経験から言えることは、これが発動したからには、下手に火に油を注ぐべきではないということだった。
「わたしのお弁当もね、そりゃあ梢子のに比べたら敵わないかもしれないけど、ちゃ〜んと、魂がこもってるんだからねっ!」
 怜剛は思った。謝ろうと。このままさらに真南に火を点けてしまうと、後々厄介なことになりかねない。
 例えば、朝、真南が起こしにくる時に、彼女から宣戦布告なしの奇襲攻撃を食らうことともなれば、一大事である。
「わ、わかった、わかった。俺が悪かっ――」
 ――怜剛の謝罪を遮るような形で、突然、教室内の前の黒板の上部に設置されたスピーカーから、なにやら声が聞こえてきた。
「――えー、いきなりですが、生徒の呼び出しです。二年A組の巽怜剛君、二年A組の巽怜剛君、今すぐ理事長室に出頭してください。繰り返し放送致します――」
「……って、僕!? そんな無茶苦茶な」
「――天罰ね」
 傷心した怜剛に、さらに真南の言葉が突き刺さった。彼女の表情を見るに、怒りはまだ収まっていないようである。
「あらあら、残念ですねえ、怜剛君。何か呼び出しをくらうようなことをやらかしたんですかぁ?」
 梢子はといえば梢子で、この事態を面白がるかのように、にこやかな笑顔を浮かべながら、怜剛へと話しかけた。
「な、何もしてないってば……多分。とりあえず、行ってくるよ」
 怜剛にはこれっぽっちも急に呼び出しをくらうような事をしでかした記憶はなかったが、だからといって無視するわけにはいくまい。
 昼休みの一時ぐらい、作ってもらった弁当をおいしく頂きながら、のんびりとした時間を過ごそうと思っていたが、とんだ災難である。
 教室を慌てて出ようとした怜剛は、扉のところで一旦立ち止まると、後ろを振り返った。
「――真南、言い忘れてたけど、さっきは悪かった。おまえの魂の味を、よかったらまた食させてくれ」
「……バカ、謝るくらいなら、悪口なんか言わないでよね……。それより、早く行かなくていいの?」
「ああ、行ってくる」
 それだけ言い残すと、怜剛は教室を立ち去った。
 こうして、怜剛はトラブルへ向けてまた一歩前進したのであった。
 怜剛が去った後の教室。彼を見送る真南の表情は、どこか呆れたような感じではあったが――、
「あらあら、どうしたんですか、真南ちゃん? 顔が少し赤いようですよ〜?」
「え、え? やだ、もう、そんなことないって。そもそも、なんでわたしが顔を赤くしないといけないのよ?」
「でもでもぉ、凄く動揺していませんかぁ?」
「なっ!? そ、そんなことないわよ。梢子、いい加減にしないと、怒るわよ?」
 そう言って、真南はムッとした表情を梢子へと向ける。もちろん、本気で怒っているわけではない。
「まあまあ、真南ちゃん、怖いです〜。もう言いませんので、許してくださいねぇ。でも、残念ですねぇ。怜剛君と一緒にお弁当を食べることができなくて」
「……え、う、うん」
 梢子の言葉に、真南は小さく返事をして俯いた。その顔は、怒っているのか、はたまた照れているのかを、梢子は窺い知ることはできなかった。
   ★
 少年、巽怜剛は、理事長室に呼び出されたことに、内心一抹の不安を覚えていた。普通はこういう場合、職員室に呼び出されるものなのだが、それが理事長室に呼び出しをくらうとなると、話は変わってくる。普通ではない何かが彼を待っているということである。
 そもそも、この私立新星学院理事長は一風変わった人物で有名である。これは、理事長に対する生徒・教職員などの評判からも明らかである。
 その理事長、南村鎌太郎の変わり様を示す一つの例として、彼のある別職を挙げることができる。その別職とは、科学者である。ただし、ここでいう科学とは、自然科学・社会科学・人間科学といった一般的な科学とは全く別の存在を指す。理事長は、近年提唱され始めた新たな科学「融合科学」の権威とも言えるべき人物の一人であるのだ。
 さて、融合科学とは何であるかということであるが、これを一言で言い表すならば「非科学的な科学」ということができるであろう。科学的な事象と非科学的な事象、この相反する両者に何かしらのアイデンティティを見出すことを手掛かりとして、新たな科学を生み出そうとして実現させたのが、他ならぬ融合科学であるのだ。
 だが、この融合科学は世間一般的には批判的に見られている。言ってみれば、変な目で見られているのである。例えば、南村理事長の著作の一つである『融合科学‐その未知の力と共に‐』は改善の意志なき格好の叩き台となっている。
 それもあり、南村理事長は他人から偏見という名のレンズを通して見られているのである。また、このことを抜きにしても、理事長は変わり者であるという噂もあるが、その真偽は未だに謎のままであった。
   ★
 理事長室。重いムードの中、三人の人間がその場に居合わせていた。少年、巽怜剛。少女、ウェスティ・ラインハルト。そして、私立新星学院理事長である南村鎌太郎である。
「――さて、本日諸君達に集まってもらったのは他でもない、ある特殊任務を与えるためである!?」
 緊張した空気を吹き飛ばすかのように、南村理事長は陽気に声を張り上げた。
 早くも、南村理事長はデッドヒート気味である。
 南村鎌太郎、三十八歳。変わり者として知られる一方で、外見はどうみても二十代のイケメン兄ちゃんだ。
 南村理事長の正面には、見て分かるほどに不満オーラを放つ怜剛が、その横では、ウェスティが興味深そうに理事長の話に耳を傾けていた。
 南村理事長の噂を怜剛もしばしば耳にしていたが、彼は今それをひしひしと実感していた。やはり、理事長は変わり者だったのである。
 怜剛は理事長室へ入るや、驚きの一声を発した。それは、予想外の人物、突然の転校生であるウェスティの姿があったからである。彼女とは今朝、正門で言葉を交わしたきりだったが、まさかここで会うとは思ってもいなかった。
 昨夜、空き地で出会った時の黒一色の服装とは一転して、当然ではあるがウェスティは学院指定の制服を着用していた。確かに、この服装のウェスティは、どこをどう見ても「少し目つきは鋭いが、かわいい女の子」という印象しか持たないだろう。
 だが、ウェスティはただの少女ではない。彼女は怜剛が「魔法使い」であるという秘密を握っていると同時に、彼女自身も「魔法使い」であるのだ。
 そんなウェスティが変わり者である南村理事長に呼び出されていることに、さらにはその理事長と彼女の波長が妙に合っていることに、怜剛はいっそう嫌な予感を覚えた。
「では、その特殊任務を発表する!」
 理事長専用机に座っていた南村理事長は、突然立ち上がるや、右腕を天高く振り上げた。
「諸君達には、『誘拐』を実行してもらう!!」
 ――南村理事長はすでにオーバーヒートしていた。
 誘拐とは、人を欺き連れ去ること。未成年者、営利目的、身代金目的、国外移送目的といった目的の差異はあれど、そのいずれもがこの国の司法においては厳しく裁かれている。人一人の未来の光を奪うには十分過ぎるほどの処罰といえる。
 それだけのリスクを背負う行為を一学院の理事長たる者が堂々と生徒に実行するよう宣言してみせたのだ。
「……そ、そんな無茶苦茶なっ!? だって、それは明らかに犯罪――」
「――エクセレント!!」
 怜剛の言葉を遮るように、横から感嘆の声が上がった。
 どうやら、もう一人オーバーヒートしているようだった。隣の魔女のウェスティである。
「ふはははっ、賢明な判断をしてもらって助かるよ、ミス・ウェスティ。これも、私の野望のため、しっかりと働いてくれたまえ」
 南村理事長の野望。それは彼の心の内に秘められたものである。だが、怜剛にしてみれば、そのためだけに犯罪の片棒を担がされるのはえらく不幸であった。
 怜剛は苦悩した。加えて、ここが学院内の一室であると思うことすらできなくなりそうだった。なんだか不思議の国の迷路に迷い込んだ心地だった。
「どうした、ミスター・T? 黙りこんでしまって。諸君の協力は絶対必要だ! よろしく頼むぞ」
 何故か知らぬ間に、怜剛はミスター・Tと呼称されていた。
「頼むと言われても、そんな、犯罪に手を染めるのなんて御免ですよ」
「……何っ? ミスター・T、私の命令に従えぬというのか?」
 頑なに拒否する怜剛の態度に、南村理事長は顔をしかめた。
「怜剛? ボスの命令は絶対だ。そもそもがおまえには拒否権など存在しないのだぞ」
 隣に立つウェスティも怜剛の態度には不満顔であった。あと、これまた知らぬ間に南村理事長はボスと呼称されていた。
「そのとおりだ。ここでは、私がルール、ルールは私。私の命令は絶対の絶対だ。この厳格な規律は軍隊のそれにも引けをとらないと理解してもらいたい」
「…………」
 怜剛は絶望のあまり言葉を失った。
 「絶対」とか言われたからには、もし断りでもしたら、即断で退学処分をくらいそうなものである。いや、それだけではすまないだろう。この理事長のことだ、考えられる限りの仕打ちを行うに違いあるまい。さすがに、怜剛はこれ以上の面倒は御免蒙りたかった。
「とりあえず、僕は消極的賛成です」
 大いに不満ながらも怜剛は言った。ここでふと、彼は疑問に思うことを一つ口に出してみた。
「――だけど、どうして僕なんですか?」
 怜剛は南村理事長へと質問を投げかけた。
 この疑問はある意味当然のものである。怜剛が通うこの私立新星学院は、総生徒数千人を軽く超える学校である。それに加えて、彼は南村理事長と別段親しくはないし、まともに言葉を交わしたのも今日が初めてである。
 では、どうして怜剛が呼び出されたのか? その理由がどうにも腑に落ちなかったのである。
「……どうして、だと? ふふふ、ミスター・Tよ、それは自分でも理解しているであろう、己の力の存在に。話はミス・ウェスティから聞かせてもらった」
 南村理事長の言葉にウェスティが頷く。どうやら彼女は、昨日の一件のことを理事長に報告したらしい。
 この南村理事長の答に対して、怜剛は特に驚きはしなかった。内心で予想していた通りであったからだ。
 何故、他の誰でもなく自分が呼び出されたのか、それは他の誰もが有していないような特別な「何か」を自分が持ち合わせているからなのだと。
 ――でも、たとえそうだとしても……。
「そうですね。確かに、自分の力のことは、それなりには理解しているつもりです。――でも、ウェスティから聞いたことを信用するということは、理事長にも力があるんですか?」
 力。特別な力。その力とは、科学的進歩を遂げた現代世界においてはすでに迷信とされている神秘。
 それが、「魔法」。
「私か? 私はまあ、ないことはないとだけ言っておこうか。ところで、ミスター・T、君はこの新星学院で生活するにあたり、何か感じるものはないか? 君になら分かると思うのだがね」
 両の手のひらを上に向けながら、南村理事長が話す。怜剛は瞬時に理事長の言葉の意図するところを察した。
「……それは、力の源のことですか?」
 怜剛は南村理事長へと言葉を返す。理事長の言うとおり、彼は初めてこの新星学院に来た時に感じた違和感には心底驚いた。それは、この新星学院が、いや、この土地が放つ気配が非常に特殊だったからなのだ。普通の人間には分からない感覚だが、怜剛はそれをひしひしと実感できた。
「その通りだ」
 南村理事長は大きく頷いた。怜剛の感じた違和感、「魔法の力の源」の感覚は間違いではなかったのである。
「諸君がこの魔法の力をどこまで知っているかは知らないが、私から何点か話しておこう。まず、諸君達には周知の事実だが、この世界には魔法使いが存在する。当然、魔法使いも人間だ、だから問題はどうしたら魔法が使えるのかということになる。しかしながら、それは大した問題ではないのだ。魔法の力の源は、いつも我々のすぐ側にある。大気に混じっているのだからな。この力こそ、魔力的引力、所謂マジックグラビティと呼称されるものだ。では、何が一番の問題かというと、それはマジックグラビティに適性のある人間が稀少であるということだ。これはもはや、絶滅危惧種と称しても申し分ないくらいなのだ」
 もしもこの場に一般人が居合わせていたならば、一瞬にして不思議の国に連れて行ってしまいそうな話の内容ではあったが、ここにいる人間にとっては、もはや周知の事実であった。
 己の力にそれほど関心を示さない怜剛も、そのことは認知していた。
 そこまでを話し終えて、南村理事長はふと視線をウェスティへと向けた。
「ミス・ウェスティ、諸君のことも説明するがよろしいかな?」
「ああ、いいぞ」
 特に迷うこともなく、ウェスティは尊大に首肯した。
「了解した。では、続きを話そうぞ、ミスター・T。先ほど諸君が言ったように、この新星学院の周囲は特に強大な魔力的引力の集合体が存在しているのだ。だから、能力者は通常よりも強くこの力を感じる。さて、問題はここからだ。このように強大な魔力的引力の集合体が存在している場所では、時にその力が暴走してしまうことがある。それにより発生した計り知れないほどの大きな力は、時として空間を捻じ曲げるまでに至るのだ。それはつまり、この世界ではないどこか、異世界との橋が架けられる瞬間だ。私自身、奇特な話であるとは思うが、この各世界間移動の結果として、異世界、エトランジュワールドより、この世界、地球にやって来たのが、他ならぬミス・ウェスティなのだ」
 南村理事長の話に、怜剛は少なからず驚きを隠せないでいた。魔法の力の源である魔力的引力に関してはある程度の知識を有していたが、その力の暴走により異世界への橋が架けられるということは初めて知ったことだった。今、自分の隣にいるウェスティという少女がこの世界の人間ではなく、別の世界からやって来たのだと考えると、なんだか妙な気分だった。
 正直、怜剛の魔法に関する知識は、それほど多くはなかった。仮に実家に帰るとしたら、少しは知識を得られたかもしれないが、そんな気は更々なかった。怜剛にとって、魔法の力はなくてもよい力であった。だから、今まで積極的に調べようともしなかったし、その力を行使しようともしなかった。ただでさえ、今のこの時代でそんなことをしようものなら、下手をすればマスコミが黙ってはいないだろうし、怪しい研究機関に連れて行かれて実験体にされてしまうのも御免である。
 怜剛はただ、普通に暮らせればそれでよかった。他国と比較しても極めて平和な国である日本に生を受け、死と直面することがほとんどない生活を送れる。それで十分だった。
「では、諸君。本作戦を遂行するにあたり手引書になるともいえる重要な資料を渡そうではないか」
 少し熱が冷めてきたのだろうか。南村理事長は落ち着いた口調で話すと、机の引き出しの中から冊子を一つばかし取り出した。
「その名も『作戦の規則(簡易版)』だ! この資料を熟読の上、本作戦の遂行に最大限の努力を払うように」
「……は、はぁ」
 南村理事長から渡された重要資料を、怜剛はなんとも気のない返事と共に受け取った。
「頼んだぞ、諸君!! 我々の未来は諸君らの手に委ねられたといっても過言ではないのだからな!」
 どうやらこの理事長はそれほどまでに自らの野望の成就を望み、作戦の成功を期待しているようであった。
 それに加えて――、
「ふふ、まかせるがよい。ボス、必ずや良い結果を残そうではないか」
 南村理事長の他にも一名、やる気を爆発させているウェスティが怜剛の悩みの種であった。
 そして……
「――それでは、これにて解散!!」
 しばし後、会議は踊り終えた。至極御満悦な南村理事長を尻目に、怜剛はがっくりと肩を落とした。
 本作戦は、本日午後に決行されることになった。あり得ないほどに、唐突だった。
 無念にも、采は投げられたのである……。



   4 夕方
 どこからともなくチャイムの音色が響いてきた。それは授業終了の合図。さらに、その授業が六時限目であることから、一日の終了を意味した。
「――それでは、これよりショート・ホームルームを行うことにする」
 二年A組。都合の良いことに、六時限目の授業の担当がクラス担任であったこともあり、授業終了と同時にすぐさまショート・ホームルームへと直行した。
 教壇に立つ女性担任教諭は面倒の色を露骨に表しながらもぶっきらぼうに口を開いた。この担任、がさつな性格をしてはいるが、何故か生徒たちからの人気は高い。
 その理由の一つとしては、まず彼女の容姿を挙げることができるだろう。普段おめかしすることがないので皆に知れ渡ることはないが、実は相当の美人であったりするのだ。
 もう一つ挙げるならば、彼女特有の独特の雰囲気であるといえる。彼女の性格それ自体は、決して良いものであるとはいえないのだが、どこか相手を引き込み安心感与えるといった不思議なところがあるのだ。
「あー、では本日の連絡事項は……と言いたいところだが、ありがたいことに特にない。ということで、今日はこれで終わりだ」
 担任の終わりを告げる言葉と共に、クラス中の雰囲気が喧騒に変わる。帰り支度の整ったものから早々に教室を去り始めた。
「おまえら、帰り道には気をつけろよ。今の時代、突然背後からロケットランチャーを放たれたとしても、何も文句は言えんのだぞ。おまえらはもう立派な大人だ、自己責任をしっかりと自覚しておくように」
 教員にあるまじき冗談を口にしながら、担任はおかしそうに笑みをこぼした。
「――そうだ、一つ言い忘れていた。時に、巽怜剛、ちょっとこちらまで来てくれないか?」
 お目当ての生徒に声をかけると、担任は手招きで教壇のところに呼び寄せた。その生徒はどこか途方に暮れたような様子をしていた。
 事実として、少年、巽怜剛は人生の絶望に直面していた。具体的に言うのならば、怜剛はこの私立新星学院理事長である南村鎌太郎に重大な秘密――己が魔法使いであるということを知られてしまったことで、理事長に犯罪の片棒を担がされることになってしまったのである。
「どうした、巽? 顔色が優れないようだが」
「い、いえ、特に問題はないので大丈夫です」
 苦笑を浮かべながら、怜剛は誤魔化した。「誘拐」行為の協力をさせられる上、その実行日が言い渡された当日だとくれば、誰でも意気消沈するのは当然である。
「……ほぅ、そうか。まぁ、それはいいとしてだ、実はおまえを呼んだのは理事長からの伝言を預かっているからなんだ」
「……え?」
 怜剛は「理事長」という単語にビクッと反応した。また理事長室出頭を命じられるのかと不安に駆られたのである。
「何をこの世の終わりみたいな顔をしている?」
 表情には全然ださないが、どうやら担任は怜剛を心配しているようであった。
「……いえ、別にそんなことは――」
「怖気づくことはない、おまえならできる!! いや、おまえがやらないでいったい誰がやる!? そうだろう、ミスター・T」
「……せ、先生?」
 突然口調を変化させて覇気のある声で話し出した担任に、怜剛は思案顔を向けた。
「何を不思議がっている? 今のが理事長の伝言だ。もう言わんぞ」
 動揺する怜剛に、担任は元のぶっきらぼうな口調で答えた。
「――巽よ、何があったかは知らないが、そう深く抱え込むな。まずは自分を信じて、自分の力を信じればいい。それでまあ、なんとかなるだろう」
 そう言って、担任は珍しく口元に微笑みを浮かべた。なんというか、大人の笑顔であった。綺麗だと思った。
 自分を信じること。自分の力を信じること。それは、今の怜剛には欠けていることかもしれなかった。
 怜剛は少なからずこの担任に感動を覚えていた。
「せ、先生、ありが――」
「――まっ、どうにもならんときはぜんっぜん! ダメなんだけどな、これが。そのときは潔くあきらめろ。ははは、まあ、せいぜいがんばるこった」
「…………」
 先程の微笑みとは対極ともいえる無邪気で大きな笑いを浮かべると、担任は怜剛の背中を強く二、三度叩いた。なんというか、悪ガキの嫌味な笑顔だった。カチンときた。
 少年、巽怜剛は内心大きく憤慨するのであった。
   ★
「――どうしたの、怜剛。何か先生に言われたの?」
 自分の席に戻り一つ大きな溜め息をついた怜剛を気にかけてか、そこはかとなく心配そうな様子のクラスメイトの少女、三条真南が話しかけてきた。
「いや、特にこれといって何も」
 怜剛は平然とした態度で真南に答えた。彼としては、理事長との一件は秘密にしておきたかった。話したところでどうなるわけでもないし、そもそも真南にはまだ怜剛の秘密は話していないのだから、みすみすばらすようなことをする必要はなかったのである。
「……怪しい」
 だが、そんな怜剛の態度が奇妙に思えたのか、真南は疑いの眼差しを怜剛へと向けた。
「怜剛、何か隠し事とかしてない?」
 真南は異常に勘が鋭かった。これには、さすがの怜剛も内心では驚きを隠せずにいた。
「べ、別に隠し事なんかしてないって。ただ……」
「何よ?」
「そう、転校生だよ。今日、転校してきたウェスティのことなんだけどな、ちょっと僕が一足早く知り合っていたってだけで、色々と彼女の面倒を見るように言われたんだよ」
 咄嗟のことではあったが、怜剛はそれなりに理のある言い訳を口にした。
「ふぅん」
 それを聞いた真南は、なにやらいっそう機嫌が悪くなったみたいだった。
「ウェスティ……ねえ。知り合ったばかりだっていうのに、随分仲が良いみたいね」
「え、そんなことはないよ。――って、どうしておまえはそんなに怒ってるんだよ?」
 やっとの思いで、怜剛は鋭い目つきで睨んでくる真南へと言い返した。
「べ、別に怒ってなんかいないわよ! なんで、どうしてわたしが怒らなくちゃいけないの」
 口ではそう言ってはいるが、怜剛にはどう見ても怒っているようにしか見えなかった。
「まぁまぁ」
 二人の間に険悪な雰囲気が漂い始めると、待ってましたと言わんばかりのタイミングで、クラスメイトの少女、笆沢梢子が穏やかに口を挟んだ。
「怜剛君、あまり真南ちゃんを責めないであげてくださいね。あのですねぇ、真南ちゃんはその〜、やきもちを焼いているんですよ〜」
 ゆったりとした口調で話すと、梢子は真南をからかうかのように意地悪げな笑みを向けた。
「――な、なっ!?」
 すると、みるみるうちに真南の顔は真っ赤に染まり、その体がビクビクと震え始めた。
 これは、目に見えて分かる真南の怒りのサイン。それと同時に、やはり例の言葉の発動を意味した。
「――オブジェクション!!!」
 本日二度目の真南の口癖言葉だ。激昂を共にして、激しく異を唱えたいときに発せられるのである。
「どうしてわたしが、怜剛なんかにやきもちを焼かないといけないのよ。冗談じゃないわ。わたしはただ怜剛が元気ないみたいだったから話しかけただけで、やきもちなんて……絶対にないからねっ! わかった、怜剛!?」
 こうなってしまった真南を落ち着かせるのは至難の業である。
 ――だが、わずかに裏技も用意されていた。
「えい〜」
 梢子はなんとも間の抜けた声を上げて、真南へと抱きついた。
「ひゃああん」
 梢子の行動の一瞬の後、突然、真南は素っ頓狂な声を上げて、気の抜けたようになり、力なく後から抱きついた梢子へともたれかかった。
 この梢子の行動こそ、狂暴化した野獣を麻酔銃で沈静するかのごとき絶妙の秘技、その名も「脇腹プッシュ(真南専用)」である。これをくらえばいかに真南(暴走バージョン)といえど一撃で無力化することができるのである。
「梢子ちゃん、ナイスサポート」
 この援護攻撃は、一瞬梢子を救世主と見違わせるほどに、怜剛にとってすばらしいものであった。
「いえいえ、そんなことはないですよぉ。はぁ〜、それにしても、やっぱり真南ちゃんの胸は大きいですねぇ」
 突如として、救世主はかつて野獣であったものの胸を手で撫でまわし始めた。怜剛には、その救世主の顔は喜悦に歪んで見えた。
「あ、あの、梢子ちゃん、それはセクハラというものでは……」
「はふぅ〜、天国ですぅ。怜剛君も触ってみたいんですかぁ?」
「――えっ、そ、そりゃあ……って、そういう問題じゃなくて――」
「――う、ううん……あ、あれ?」
 顔を赤くした怜剛が梢子へと言葉を返そうとしたとき、気を失っていた真南に復活の兆しがみられた。
「あらあら、起きてしまいましたかぁ」
 露骨に残念そうな顔をする梢子を、怜剛は見逃さなかった。
「……怜剛、梢子? わたしは今までいったい何を?」
 どうやら真南はちょっとした前後不覚に陥っているようであった。しかしながら、そのおかげもあり真南の先程までの怒りは完全に収まったようである。
「まぁまぁ、真南ちゃんはかわいらしいですねぇ。忘れてしまったんですかぁ、真南ちゃんは怜剛君のナニなアレを見て卒倒したんじゃないですかぁ」
 平然とした笑顔で、梢子が当然とばかりに答えた。
 確認しておくが、ここは二年A組。歴とした学院の教室であり、残存生徒もちらほらと見える。
「ふぅん、そっかそっか。わたしは怜剛のナニなアレのグロテスクさで気絶しちゃったわけね……って、そんなわけあるかぁぁっ!!!」
「――へぷ」
 一人ボケツッコミのノリの良さそのままに打ち放った真南の右ストレートが、無防備な怜剛の顔面にヒットした。
「……なんで僕がこんな目に」
 この身の不幸を呪う怜剛の正面では、真南が何かを思い出したかのような仕草を見せると、改めて梢子へと向き直った。
「梢子〜、ばっちり思い出したわよ。覚悟はできてるでしょうね?」
 不敵な笑みを浮かべる真南のその目は、獲物を狩るときの狩人のそれに匹敵していた。
「真南ちゃん、顔は笑っていますけど、目が据わっていますぅ。それに私は無罪ですよ〜、ただ真南ちゃんの脇腹を突いて気絶させ、真南ちゃんの柔らかい胸をなでなでしていただけなんですからぁ」
 そう言って、梢子は無垢な笑顔を真南へと向けた……のだが、
「情状酌量の余地なし〜!!」
 一際大きな声を上げた真南は、梢子へと高く跳躍した。
 ここに、女たちの仁義なき戦い(?)が幕を開けた。
   ★
「ねぇ、怜剛はまだ帰らないの?」
 人気が少なくなり始めた教室。二年A組。
 人目も憚らずに暴れ始めた真南と梢子を見守ること刻しばらく、ようやく一段落したところで、真南が怜剛へと話しかけてきた。
 ちなみに、真南と梢子の乳繰り合い、もとい仁義なき戦いは両者互角のまま終局を迎えた。
 普段ならば、怜剛はこのまま真南たちと一緒に帰るところなのであるが、今日はそういうわけにもいかなかった。
 南村理事長の指令により、これから危険な橋を渡らなければならないのである。
「悪いけど、今日は真南と梢子ちゃんの二人で帰ってくれないかな? ちょっと用事があってね」
「ふぅん、そっか」
 そう答える真南の表情はどこか曇って見えた。
「でもでも、怜剛君。夕御飯までには家に帰ってくるんですよね?」
「それはもちろん」
 梢子の問いに怜剛は答える。いくら南村理事長の指令とはいえ、怜剛は真面目にやるつもりは更々なかった。ある程度任務を遂行している素振りを見せておいて、時期がきたら速やかに退くつもりであった。
「そうですかぁ。ふふっ、よかったですねぇ、真南ちゃん」
 そう言って、梢子は真南へと笑みを向けた。一方の真南はといえば、顔を俯かせてなにやらもじもじとしている。何か言いたいことがありそうだった。
「ほらほら、真南ちゃん。言っちゃいなよぉ」
 梢子に背中を後押しされる形で、真南は赤い顔を上げて小さな声で話し始めた。
「あ、あのね、怜剛、今日のお昼にわたしの料理のことをバカにしたじゃない……それにいっつも梢子の世話になりっぱなしっていうのもやっぱりよくないじゃない……かといって怜剛が自分で料理を作るっていうのもどうかと思うわけで……」
 小さな声でぶつぶつ呟く真南ではあるが、どうしても肝心の一言が口に出せないでいた。
「はぁ、照れてる真南ちゃんもかわいいですねぇ」
「――なっ、わ、わたしは別に照れているわけじゃ――」
「――だったら、早く怜剛に言いたいことを言えばどうですかぁ?」
「……う」
 堪らずに声を漏らした梢子にすかさず反論した真南ではあったが、すぐに言葉に詰まらされた。
「あのね、怜剛……」
 一つ大きく息をついた後、真南は右手の人さし指をビシッと怜剛へと突きつけた。
「勝負よ!」
「……へ?」
 開き直ったかのように、真南は大きな声を上げた。
「今日の夕御飯はわたしが梢子の代わりに作る! 怜剛はそれを食べる! 怜剛を満足させることができたらわたしの勝ち、それができなかったらわたしの負け。ちなみに、罰ゲームはなし。わかった、怜剛!?」
 一気にまくしたてる真南に、怜剛は呆然として様子で立ち尽くしていた。それを目にしてか、真南はどこか不安そうな眼差しで怜剛を見上げた。
「……怜剛、そんなにわたしの作る料理はいや?」
 呆けて立つ怜剛を、どうやら真南は嫌がっているものと勘違いしたようである。
「そ、そんなことはない」
 今度は、突然元気をなくした真南を目にした怜剛が、逆に慌てる番であった。普段決して元気を絶やさないような子に、ふと切なげな顔を見せられもしたら、誰でも動揺してしまいそうなものである。
「僕は別に嫌なんかじゃない。だから、真南さえよければ、その、作って欲しいと思ってる」
「ふふっ、よかったですねぇ、真南ちゃん。怜剛君は真南ちゃんの手料理がどうしても食べたいみたいですよぉ。いっそのことお嫁さんになってもらおうとも思ってるんじゃないんですかぁ?」
「え、お、お嫁さんって、どうしてそんなに話が飛躍しているんだよ」
 梢子のからかいの視線に、怜剛は顔を赤らめながらも反論した。
「ほら、真南ちゃんも何か怜剛君に言ってあげれば?」
 梢子の言葉を受けて、真南はゆっくりと口を開いた。そこにはもう、沈んだ表情はなく、あるのは柔らかな笑顔であった。
「――怜剛、帰ってくるのが遅かったりしたら、承知しないからね。というわけで、門限は1830に決定!」
「り、了解しました」
 まるで新妻から言われでもするような言葉を受け、怜剛は苦笑を浮かべながら首肯した。
「……怜剛君は、確実に尻に敷かれるタイプですねぇ」
 その後では、二人に聞こえないような声で、梢子が怜剛を評していた。微妙に辛口批評であった。
   ★
「怜剛、遅いぞ。今まで何をしていた?」
 私立新星学院正門前。門の壁にもたれかかっていた一人の少女が、たった今この場所に辿り着いたばかりの少年を睨みつけた。
「悪い、悪い。ちょっと用事があってな。それで遅れたんだ」
 少年、巽怜剛は目の前の少女、ウェスティ・ラインハルトに謝罪した。ウェスティは、今朝の校門での再会を彷彿とさせるかのように、この正門前で怜剛を待っていたのだ。
 放課後。怜剛はクラスメイトであり友人である三条真南と笆沢梢子の三人で会話に花を咲かせていたこともあり、校舎を出る時間が若干遅くなってしまったのだ。
 それに加えて、ウェスティの名前を出してからの真南の機嫌の悪さを見せつけられると、一緒に教室を出て途中でウェスティと出くわしでもしたら大変な事になるのは目に見えていた。
 なので、怜剛は先に真南と梢子を帰宅させたわけであるが、その分の時間も余計にかかり、結果としてウェスティに待たせてしまうことになったのである。
「そうか。まあよい。ここでの遅れは後できっちりと取り返してもらえればそれでいいのだからな」
 南村理事長の指令による本作戦の実行は、本日放課後、すなわち、もうすでに作戦の開始時刻は過ぎているのである。
 怜剛とウェスティは、南村理事長の命令により「誘拐」行為を実行させられることになったのであった。犯罪行為に手を染めることなど以ての外であるのだが、不幸にも理事長に弱みを握られてしまった怜剛は、明日を生きるためにも、拒否することは許されなかったのである。
 南村理事長から手渡された資料によると、作戦名は「ミス・HH誘拐作戦」となっている。そこには、さらに詳細が記されていた。
 それは、ミス・HHの動向、弱点、誘惑方法などである。とにかく、南村理事長は用意周到であった。
 だが、怜剛は真面目に作戦を実行する気はまったくなかった。ただでさえ朝からトラブルの連続で厄介事が後を絶たないのだから無理もないことである。
 それに対して、少女、ウェスティ・ラインハルトは豪くやる気十分であった。彼女の様子と言動からして、何としてでも任務を達成するのだという気持ちの強さが溢れかえっているようであった。
 正直、怜剛は事を荒立て過ぎず慎重にこなし、時を見計らって丸く収めようと考えていたが、それにはウェスティの目を掻い潜ることが条件であった。
「何をしているんだ、怜剛。早く行こうではないか。あたしはこの世界に来たばかりだからな、目的地までの道程は怜剛にまかせることになるぞ」
 俄かには信じることができないのであるが、ウェスティが自らを異世界人であると言ったことは真実である。
 大気中に存在する魔法の力の源「魔力的引力」が限りなく極端に集中する場所において、極々稀に魔力的引力が暴発したときに起こるかもしれないという、非常に低い確率によって発生する、各世界間境界扉開放による各世界間移動により、ウェスティは異世界からこの世界、地球へとやって来たのである。
 そんなウェスティに促され、憂鬱ながらも怜剛は学院を跡にするのであった。
 作戦行動の舞台ともなる怜剛とウェスティが向かう先は、私立新星学院の近隣校であった。その学校の名前は「私立高揚学園」。新星学院と同じく桜ヶ崎に存在する私立高等学校である。よく聞く噂であるが、新星学院と高揚学園は非常に仲が良くないらしい。
 怜剛は思う。南村理事長はある種の嫌がらせを企んでいるのではないかと。あの変わり者の理事長のことである、その可能性は案外高いような気がした。
 実際に、過去にも両校の間のいざこざが絶えずちょっとした争いにまで発展したということもあったようである。
 そう考えてみると、南村理事長が自身の野望のためとはいえ、本気で誘拐を実行させ、その相手をどうこうしようとまで考えているということに関しては、いささか疑問であった。
   ★
怜剛とウェスティの目的地である「私立高揚学園」は、出発点である新星学院から十分に徒歩で向かえる場所にあった。時間にしてみれば、約十五分といったところである。ちなみに、高揚学園の最寄り駅は「桜ヶ崎南」であり、新星学院の最寄り駅である「桜ヶ崎北」の隣駅であるが、新星学院から出発するとなると、電車を利用するよりも徒歩で行くほうが目的地に早く着くのである。
 それもあり、少年、巽怜剛と、少女、ウェスティ・ラインハルトは徒歩で私立高揚学園に向かった。
 その道中、二人は中規模程度の公園の中に入った。単に通り抜けのためである。
 この桜ヶ崎中央公園は「普通のちっぽけな遊び場」といったようなイメージを具現化したものとは大きく異なる。様々な子供用の遊具の他にも、野球やサッカーなどのスポーツを行えるぐらいの共同用のグラウンドや屋根付の休憩用スペースといったものまで存在するのである。さらに今の季節が春だということもあり、公園内に所狭しと咲き乱れる桜の花を見物するために、多くの人がこの場所を訪れるのである。
「あのさ、ウェスティ」
 桜で満開の公園を歩く途中、ふと怜剛は立ち止まった。少しだけでいい、ウェスティと話がしたかった。
「どうして君は、理事長の命令に反対しない? いや、むしろ、どうしてそんなに好意的なんだ?」
これから、怜剛は南村理事長の命令により、仕方なく指示された作戦を実行しようとしていたが、ウェスティは違った。
 ウェスティは自ら望んでその作戦を受け入れているようにしか、怜剛には思えなかった。どうして、誰が、好き好んで犯罪に手を染めることができるのか。怜剛はそのことをどうしても本人に直接聞いておきたかったのである。
「――怜剛、何でそんなことをあたしに聞く?」
 感情を表に出すこともせず、ただ平然とした様子でウェスティが答えた。怒ってもいなければ、興味を示してもいない、そんな無表情である。
「納得がいかなかった、ってだけじゃだめか。他人の命令で、いや、命令なんてされなくても、どうしてそれで人に危害を加えるようなことが、罪を犯すことができるんだ、ってな」
「罪を犯す、か」
 怜剛の言葉に、ウェスティは小さく呟いた。
「怜剛、おまえは自分だけの世界しか知らないから、そんなことを言うことができる。あたしのいた世界は、こんなんじゃなかった」
「え……」
 怜剛は不意に言葉を漏らした。ウェスティの言葉に衝撃を受けたからだけではない。彼女の憂い顔をはじめて見たからである。
 ウェスティは異世界人である。だから、彼女には彼女の世界があるはずだ。言われてみると確かに、怜剛は自分の立場においてしか、自分の中にある世界観に頼ってしかいなかったと思い知らされたのである。
「あたしのいた世界では、各国間の戦争が当たり前のように行われていた。この世界でも戦争が行われていると聞いた。ただ、この国は平和らしいがな」
「うん。半世紀以上前に大きな戦争があってな、それで今はこうなっている」
 二十世紀中頃に起きた第二次世界大戦。この戦いで日本は敗北し、そして変わった。平和な国となった。ただ、誰かの守護を必要として。
「そうか。そうなのだろうな。あたしの住んでいた国も戦争が絶えなかった。毎日、当たり前のように人が死んでいく。それでも、戦争は終わらない。そんな国で、あたしは魔道師として敵国と争いを繰り返してきた」
 怜剛がはじめて知るウェスティの世界。彼女の境遇。それは怜剛の想像を遥かに超えるものであった。
 ウェスティが魔法使いであることは、昨日の出会いもあり怜剛は承知していたが、彼女がその力を使って戦争をしていたなどとは露とも思わなかった。
「あたしのいた世界でも魔法を扱える人間というのは、貴重な存在だった。この世界で魔法が迷信となっていて、魔法を扱える人間がほとんど存在しないということには、さすがに驚いたがな」
 後から聞いたウェスティの話によると、彼女の世界では千人に一人ぐらいの割合で魔法を扱うことができる人間が出生するらしかった。
「それもあって、戦争を行うにあたって、魔法使いは非常に重要な戦力だとされたんだ。それはあたしのいた世界では、どこの国も同じ考えだった。あたしの国でも、魔法使い養成学校が創られていたしな。あたしはその学校を出て、そのまま国軍の魔法部隊の一つに配属された。この世界に来るまでは、隊の長として敵国と戦っていたのだ」
 ウェスティの話を聞くにつれて、怜剛はだんだんと分かってきた。彼女のいた世界と自分のいる世界は、根本的に相違しているのだ。何から何まで違っている。何もしないでも生きていける世界と、何かをしなければ生きてはいけない世界。この二つの世界の間には、埋めようのない溝が発生していたのである。
「あたしの世界であたしが生きていくには、戦う以外に道はなかった。だから、あたしは戦った」
 ウェスティは真剣な顔つきで話した。そしてふと、二人の頭上で咲き誇る桜の花に視線を移した。
「あたしは自分自身に感謝している。あたしは自分自身を信じることができる。あたしは、あたしが魔法使いで本当に良かったと思ってる」
 それを口にするウェスティの表情には、後悔の影は微塵も存在しなかった。
 今の自分とはまるで対極に位置しているように思えてならなかった。
「――おまえはどうなんだ、怜剛?」
 ウェスティのストレートな視線を受けた怜剛は、その問に答えることはできなかった。
 そうした沈黙の時がしばし続いた後、二人の周囲でちょっとした変化が起こった。
「……なんだ、あれは?」
 ウェスティが不思議そうな顔付きでその方向に目を向けた。そこには、一人の小さな男の子が立ち尽くしていた。この子の存在に気がついた理由は、周囲に聞こえるぐらいの声で、この子が泣いていたからである。
「うーん、どうやらアレが原因みたいだな……って、あれ?」
 前方頭上の桜の木に目を向けていた怜剛が隣を振り返ったときには、すでにウェスティの姿がなかった。
「おい、そこのおまえ、どうして泣いている?」
 ウェスティの声がした。見ると、彼女はすでにしくしくと泣き続ける男の子に話しかけていた。
「おい、ウェスティ、それは逆効果だろ」
 ウェスティのところへ近づいた怜剛が口を開く。彼女の硬く厳しい口調では、男の子は余計に泣き声を大きくするばかりであったのだ。
「怜剛、こういう場合、あたしはどうすればいいのだ?」
 ウェスティが思案顔を怜剛へと向けた。
「そうだな、とりあえず優しくしてやればいいんじゃないのか」
「優しく……か」
 一つ大きく頷いた後、ウェスティは改めてその男の子と対面した。
「おい、そこの、何を泣くことがある? 困ったことがあるのならば、とりあえず訳を話してみるのだ」
 もちろん、その男の子が泣き止むことはない。
「……どこがどう優しくなっているのか、全然違いが分からないんだが」
「そうなのか? あたしは最大限努力してみたつもりなのだが……」
 そう言うウェスティの顔には、どこか不満が見え隠れしていた。とりあえず、怜剛はその男の子と話をすることを決めた。
「なんで泣いてるの? とりあえず、理由を話してくれないかな」
 男の子の頭に、ポンッと優しく手をのせて、怜剛が口を開いた。しばらく、頭を撫でておいてやると、その男の子から徐々に涙が消えていった。
「……さくらのきのうえ」
心細く小さな声を発して、その男の子は怜剛を見上げた。それと同時に、男の子はその小さな指で目の前の桜の木を指した。
 視線をその桜の木へと向けると、そこには風船が一つ木にひっかかる形で動きを止めていた。
 怜剛が予想したとおり、その男の子は誤って風船を手放し、木にひっかけてしまったことで泣いていたのである。
「あの風船が取れなくなったから、泣いていたんだよ、この子は」
 桜の木に止まる風船を見上げながら、怜剛は口を開いた。
「それでは、アレが手元に戻ればいいのだな?」
「そういうこと。では早速、風船の救出に行きますか」
 ウェスティに言葉を返し、怜剛は風船がひっかかった桜の木の幹に手を置いた。それほど大きくて高い木ではないので、あまり苦労することなく男の子の風船を取り戻せそうであった――が、
「待て、怜剛。アレを取ればいいのだろう。あたしにまかせておけ」
 怜剛の行動を止めさせると、ウェスティは広げた右手を桜の木にかかる風船へとかざした。
 すると途端に、周囲の雰囲気が少し変わったように思えた。何かが起こりそうな予感がした。
「ウェスティ……おまえ、まさか?」
「――風よ、我が意思に従え」
 瞬間、ウェスティの言葉と共に、一陣の風が静かに沸き起こる。その風の流れ着くところ、それは彼女がかざした右手の先、そう桜の木の上である。
 ウェスティが発生させた風は、あっという間に木にひっかかった風船を取り巻いたかと思えば、まもなく彼女の手の中へと戻りついた。
 その風船の紐を指でつかむと、ウェスティは男の子に目線を合わせるためにしゃがみ込み、その子に風船を差し出した。
「ほら、この風船が取れなくて困っていたのだろう。だからもう泣くな、いいな?」
 口調は相変わらず硬かったが、若干表情を和らげたウェスティに対して、その男の子は恐る恐る手を伸ばした。
「……あ、ありがとう、おねえちゃん」
 はっきりとしない声ではあったが、確かに男の子はウェスティに感謝の言葉を述べた。涙はすでに乾き始めていた。
「気にするな、あたしが好きでやったことなのだからな」
 やはり、尊大な態度で男の子に返答するウェスティ。だが、その男の子のほうも慣れてきたのか、あまり彼女に恐怖を示さないようになっていた。
「このお姉ちゃんな、顔と声は怖いけど、優しいところもあるから、ちゃんと分かってあげるんだよ」
 怜剛もちゃんとフォローした。これには、ウェスティが露骨に顔をしかめていたが、彼は特に気にすることはなかった。
「……ねえ、おねえちゃん?」
 ようやく泣き終えたその男の子はウェスティへと話しかけた。その顔はどこかわくわくしているようであった。幼い子供というのは、泣き出すのは早く、泣き止むのも早い、といった非常に立ち直りの早い性質である。
「なんだ?」
「おねえちゃん、さっきぼくのふうせんをとるときに、いったいなにをしたの?」
 男の子の質問は、いきなり核心を突いたものであった。その顔からも大いに興味津々であることが窺い知れる。
 ウェスティは桜の木にひっかかる風船を取るのに、あろうことか魔法を使用したのであった。偶然にも付近に誰もいなかったので、周囲に知れ渡ることはなかったものの、そういった危険性も顧みず彼女はあっさりと公衆の場で己の能力を披露してみせたのだ。
 怜剛もよくよく考えてみれば、ウェスティに公の場での魔法の使用を控えることを警鐘してはいなかった。する必要がないと思っていたのだが、それが誤りであった。
 ウェスティにはウェスティの世界がある。ただ、彼女のいた世界ではそれが当たり前であったということなのだ。
「お、おい、ウェスティ、このことは――」
「――想いだ。まだ小さいおまえに言っても分からないとは思うが、あたしの住んでいた国にある、有名な言葉の一つに『想い成る時、光起こらん』というものがある。まあ、簡単に言うとだな、自分が本当に誰かのことを守りたい、誰かのことを助けたいと強く想えば、きっとその願いが叶うのだというものなのだ」
「……うーん、よくわかんないや」
 男の子はウェスティの言葉の半分も理解できていないようだった。それも無理はない。怜剛でさえ考えさせられるような内容なのである。
「でも、おねえちゃんがすごいんだってことはわかったよ。ありがとう、おねえちゃん。おにいちゃんもありがとう」
 怜剛とウェスティに話し終えると、男の子は笑顔をみせたまま走り去った。その様子を見る限り、もう何も心配はいらないようであった。
「すごい……か」
 一瞬、そう言って、ウェスティが微笑んだかのように見えたが、
「ところでだ、怜剛。おまえさっき少々気に障ることを口にしたな。あたしが優しい、だと? バカなことを言ってもらっては困るのである」
 ウェスティは怜剛へと不満顔を向けた。
 しかしながら、ウェスティの先ほどの行動、泣いていた男の子の面倒を見たことは、怜剛の目から見て明らかに善良的な行為であった。
 そういえば、昨日ウェスティと出会ったとき、彼女が誇らしげに言っていたことを、怜剛は思い出した。
「なあ、ウェスティ。確か昨日、おまえは自分で自分のことを悪人だとか言ってたよな?」
 怜剛の問に、ウェスティは迷うことなく首肯した。
「確かに。あたしは悪人である!」
 何故か大きな声でウェスティは主張した。
「でもな、考えてもみろよ。自分のことを悪人だとか言ってるヤツが、泣いている小さい子を助けたりなんかするのか?」
「……怜剛、おまえは考えることが少し極端なのではないのか?」
 怜剛の言葉に首を傾げると、反論するためにウェスティは再び口を開いた。
「善人だから良いことしかしないとか、悪人だから悪いことしかしないとか、そんなに人の心は一元的なものではないだろう? 善人だからといって、悪いことをしないとも限らない。つまり、悪人であるあたしも、良いことをしないとは限らない」
「ま、まあ、そうなのかもしれないな」
 半ばウェスティの理屈に組み伏せられるように、怜剛は言葉を返した。今の彼は自分の事を考えすぎていて、ウェスティのことまで余裕が回ってはいなかった。
「……だから、あたしは悪人。所詮は悪人なのだ」
 そのために、ウェスティの見せるどこか陰のある表情を、怜剛は捉えることができなかったのだ。
   ★
 桜ヶ崎中央公園を出て数分後、怜剛とウェスティは目的地である私立高揚学園へとやって来ていた。
 この私立高揚学園は怜剛が通う私立新星学院のライバル校である。現在、偏差値、難関校進学率共に両者平行線を辿っている。また、この高揚学園の規模は新星学院にひけをとらないぐらい大きい。部活動等も目立った差が見られないほどである。
 とにかく、何から何まで両校は間柄はライバル関係ということで成り立っていたのである。
 そんなライバル校に怜剛とウェスティがわざわざやって来たのは、他ならぬ私立新星学院理事長南村鎌太郎の指令によるものである。
 南村理事長の指図により、二人は「誘拐」行為を実行させられることになったのである。怜剛は理事長に秘密を握られているために仕方なく協力することにしたが、どうやらウェスティは自ら進んでやる気になっているようであった。
「怜剛、これが目標の顔写真だ」
 高揚学園の正門付近で、ウェスティは一度立ち止まり、怜剛に一枚の紙切れをよこしてみせた。
 そこには、一人の少女が写っていた。おそらく、この子がミス・HHで間違いない。可愛く編み込んだ横髪と背中に流れる長髪が印象的な、幼さは残るが整った顔立ちをした少女である。
 しばしの間、その写真を注視していると、横からの視線が突き刺さった。
「何をまじまじと見つめているのだ?」
 疑いの眼差しで、ウェスティが睨みつける。
「――え? いや、僕は別にそんなつもりはないぞ」
 それを適当に誤魔化した怜剛は、手にした写真を彼女へと返した。
「ウェスティ、とにかく、この子を探してみようか?」
「うむ。資料に従って、手早く任務を完了しようか」
 一つ頷くと、ウェスティは懐から昼休みに南村理事長より貰い受けた小冊子を取り出した。その名も「作戦の規則(簡易版)」である。これを熟読した上でその内容に基づいて行動するように理事長から示唆されたのである。
 ウェスティの隣から覗き込むように、怜剛もその冊子へと目を落とした。
 要約してみると、そこには次のようなことが記されていた。
 総則。我、私立新星学院理事長南村鎌太郎の命はほかの何よりにも増して絶対的なものと思うべし。次点に、この書の全文を適用するものとする。
 規則その一。本作戦はその旨を我が学院の敵対校私立高揚学園の長、姫岸鷹王の孫娘である姫岸瞳(以下、ミス・HHと称す)の身柄の確保とする。
 規則その二。ミス・HHの捕獲に成功した後、諸君らは速やかに我が学院へと帰還しなければならない。
 規則その三。帰還後、諸君らは限定的に入室規制を行った教員棟三階の第五特別会議室へと直ちにミス・HHを連行しなければならない。その後、捕獲成功の報告伝達目的により理事長室に出頭すべし。
 規則その四。本作戦「ミス・HH誘拐作戦」を行うにあたっては、原則として、銃刀器の使用を禁止する。ただし、身の保全等の正当な理由がある場合は例外としてこれを免れる。
 規則その五。本作戦を遂行するにあたり、諸君らの携帯品に含まれうる間食目的の菓子類は、その合計金額三百円を超過する場合、その携帯を禁止する。
 規則その六。核兵器・生物化学兵器等の大量殺戮兵器の使用は一切認めない。
 規則その七。本作戦の実行限度時間は――、
「おい、怜剛?」
 突然、冊子をパタンと閉じたかと思うと、ウェスティが怜剛へと話しかけた。
「この書に記されてあった核兵器とは、いったいどういったものなのだ? 何故か使用が禁止されてしまっているようだが」
 どうやらウェスティは核兵器に疑問を持ったようであった。
「うーん、なんて言ったらいいのかな、まあとにかく極めて危険な兵器だな。それこそ、一撃で何十万人もの人が一瞬にして灰になるぐらいのな」
 それを聞いて、ウェスティは非常に興味深げに頷いた。
「ほぅ、それはかなりのものだな。あたしのいた世界の最上級クラスの攻撃魔法と互角といってもいいぐらいか? いや、それは言い過ぎか」
 しばしの間、ウェスティは腕を組んだまま黙考した。ぶつぶつとなにやら聞こえてきてはいたが、怜剛にはわずかに断片しか聞き取ることができなかった。
「おーい、どうした、ウェスティ?」
 怜剛が声をかけると、ようやくウェスティは我に返った。
「ああ、少し考え事をな。ふっ、この世界の人間たちもなかなか侮れないということか」
「ん、何を言ってるんだ?」
「気にするな。それよりも、怜剛。早速目標の捕獲に入るぞ」
 言うが早いか、ウェスティは高揚学園の正門を堂々と通過した。
 ここまで来ると、さすがにもう後戻りはできなかった。
「おい、待てよ、ウェスティ」
 ウェスティの後を追いかけるように、怜剛も足を進めるのであった。
 かくして、「ミス・HH誘拐作戦」は開始された。
   ★
 しばらくの間、怜剛とウェスティは目標であるミス・HHを探して私立高揚学園内を彷徨してみたが、一向に発見することができなかった。
 さすがに、広大な敷地の上、総生徒数千人を軽く超える中からたった一人を探そうとすることに、少々無理があった。それに加えて、現時間帯は放課後ということもあり、目標であるミス・HHがすでに帰宅してしまっているということも想定できた。
 もし、発見できないとでもなれば、当然作戦の実行も不可能なわけで、何も危険を冒す必要はなくなるのである。
 怜剛はそんな状況に陥ることを期待しながら学園内を歩いていた。
 そんなとき、目の前を歩いていたウェスティの足が急に止まった。
「怜剛、アレを見てみろ」
 ウェスティが前方を指さしながら口を開いた。
 現在、怜剛とウェスティは高揚学園の中央グラウンドの側端を移動している最中であった。この場所からは中央グラウンドを一望できることもあり、野球部・サッカー部といった諸々の部活風景を眺め見ることができた。
 そして、ちょうどウェスティが指で示した場所には数人が座れるぐらいのベンチが設置されていた。
 ただ、ウェスティが言いたかったのはそんなことではない。そのベンチに座っている人間に焦点が置かれていたのである。
 そのベンチには一人の少女が腰を下ろしていた。編んだ横髪と背中に届くぐらいの黒髪が特徴的な女の子である。
 その少女は、寸分違わず先ほど見た写真の少女と一致した。怜剛にしてみれば、不幸にも目標を発見してしまったのである。
「ふふっ、見つけたぞ、ミス・HH」
 わずかに口の端を歪めると、ウェスティはその少女、ミス・HHこと私立高揚学園長姫岸鷹王が孫娘、姫岸瞳のもとへとゆっくりと近づいていった。
 瞳を捜索して学園内を歩き回る間に、二人は南村理事長から貰い受けた「作戦の規則(簡易版)」に一通りは目を通し終えた。そこには当然、作戦の実行方法、すなわち瞳の「誘拐」方法も明記されていた。
 故に、ウェスティはこの冊子に描かれていたシナリオに合わせて振舞えば良いのである。それもあり、彼女からはひしひしと余裕が感じられた。
「おい、そこのおまえ?」
 瞳の正面に仁王立ちしたウェスティは、堂々とした態度で口を開いた。
「――はい? 私に何か用事でもあるんですか?」
 それに対して、瞳はウェスティの放つ異様なオーラを異にもとめず、平然とした表情で答えた。余程鈍感であるのか、もしくは度胸があるのかは定かではないが、この反応には怜剛は少しばかり驚いた。
「ああ、用事がある。ふふっ、とても大事な用事がな」
 怜剛を端に置いたまま、ウェスティが話を続ける。早くも、彼女は臨戦態勢にはいっているようであった。
「ふぅん、そうなんですか。それで、どういった用なんです?」
 やはりと言うべきか、瞳はウェスティを警戒することもなく、まるで友達にそうするかのように、言葉を返していた。どうやら人見知りをするといったこととはまったく縁がない性格をしているようであった。
 距離を隔てて一人立つ怜剛は、ウェスティの動向を見守りながらも、何気なく「作戦の規則(簡易版)」を眺めていた。
「――なになに、作戦の規則その十一、諸君が目標であるミス・HHに相対したときに、迅速かつ的確にまず諸君が為すべき行動は――」
「――諸事情により、おまえは誘拐されることになった」
 怜剛の目と鼻の先では、ウェスティが冊子の文言と同様の台詞を口走っていた。
 凄まじく真正面からの誘拐宣言であった。怜剛は思った。これを書くほうも書くほうだが、何の疑いも持たずにそのまま口述するほうもするほうだと。
「……えっ、ゆ、誘拐……ですか」
 誘拐という言葉を聞くや、瞳の表情は急激に変化した。突然の事態で驚愕しているのだろう、と怜剛は予想したのだが――、
「誘拐……とっても愉快なことですね♪」
 あろうことか、瞳は笑顔を浮かべて喜んだ。
 それは、おまえの頭だよ。喉元まで出かかった言葉を必死で押さえ込んだ怜剛は、再び冊子へと目を向ける。
「ふむふむ、作戦の規則その十二、規則十一を実行後、十中八九関心を示すと思われるミス・HHに、諸君が次に行うべきことは――」
「このあたしが、今からおまえを面白い場所に連れて行ってやろう」
 冊子通りの幼児誘拐には定番の文句をウェスティは口にした。
「……お、面白い場所……」
 衝撃を受けたような反応の後、瞳はその場で膠着した。まさかではあるが、この年になった少女がそんな子供騙しには引っ掛かるまい、と怜剛は半ば確信していたのだが――、
「はい。こちらこそよろしくお願いします♪」
 やはり、瞳は激しく破顔した。いったいこの少女の思考回路はどうなっているのかと、いささか怜剛は疑問に思った。
 誘拐しようとする相手に、その相手から誘拐してくださいとお願いされる、などといったあり得ないことが実際にこの現場で起こっていた。
「この国の女子高生は、どうなってしまったんだ……」
 大きな溜め息を一つ吐き、後の世を危惧する怜剛ではあった。だが、これは杞憂である。それはすなわち、この少女、姫岸瞳が特別だということだった。
「おい、怜剛?」
 頭を抱え込む怜剛のもとに、ウェスティが瞳を横に連れて近づいてきた。二人が妙に親しげな様子が印象的だった。なんだかもう、どうにでもなれ、といった気分だった。
「紹介するぞ。この男の名前は巽怜剛だ。頭の片隅にでも留めておいてやってくれ」
 微妙に癇に障る紹介方法であったが、怜剛はそれを堪えて瞳へと一礼した。
「私は高揚学園一年の姫岸瞳です。巽、怜剛さんですね。私のことは名前で瞳と呼んでいただければ結構なので、よろしくお願いします」
 そう言って、瞳は仮にも誘拐目的の人間相手に、にっこり笑顔で深々と一礼した。
 こうして、ミス・HH捕獲作戦は成功した。
 怜剛たちはこの後まもなく、高揚学園を去ることになるが、怜剛はウェスティと瞳には内密にある工作を行った。
 その工作は、一枚の手紙の放置を意味した。そこには簡潔な文章でこう記されていた。
 私立高揚学園長の孫娘、姫岸瞳を連れ去った。行き先は、私立新星学院。そこに、彼女の身柄を封じる。これを読む者、賢明な判断を下すことを切に願う。
   ★
「刑法、第二二四条、未成年者を略取し、又は誘拐した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。加えて、二二五条の営利目的の略取及び誘拐の場合は、一年以上十年以下の懲役、二二六条の身代金目的の場合は、無期又は三年以上の懲役に処する。……僕は見てしまった。誘拐の現場を見てしまったんだ!」
 私立高揚学園中央グラウンド。その一角に一人の少年が立ち尽くしていた。
 その少年の名前は飛多豊。高揚学園に通う二年生である。その手に握られた小型の六法全書を震わせながら、彼は大いに困惑した。偶然にも、彼はグラウンドの傍を通っていた際に、一人の女生徒が他校の制服を着た生徒――男一人と女一人に連れて行かれるのを目撃したのである。
 また、豊はその他校の女生徒が「誘拐」という言葉を口にしていたのもしっかりと耳にしていた。
「これは大変なことになったぞ! すぐに誰かに知らせないと……ん、何か地面に落ちているな?」
 ちょうど誘拐された女生徒がいたベンチの上に、なにやら紙切れのようなものが置いてあるのを、豊は発見した。
 落ち着きのない様子でその紙片を拾うと、豊はそこに書かれた文言に目を落とした。
「学園長の孫娘が誘拐!? 行き先は新星学院!? でも、こんな置手紙をいったい誰が……?」
 そのメッセージ文に目を向けたまま、豊はしばし顎に手をあてて黙考した。だが、今のこの状況、思考する材料の不足などから、特に良いアイデアが浮かぶことはなかった。
 ただ、為さねばならぬことは確実に一つあった。
「とにかく、このことを早く誰かに伝えないと!」
 その言葉を口にするやいなや、豊はその手紙を握り締め校舎へと駆け出した。
 そして、その勢いが衰えることもなく、豊が昇降口へと走り込んだところで、バタリとある人影に出くわした。幸か不幸かそれは彼の見知った人物であった。
「――り、凜火じゃないか」
 まず、豊が口を開いた。彼が出会ったこの少年の名前は高阪凜火。彼のクラスメイトである。活発な感じの、やる気だけはその瞳に満ちた少年だ。実のところ、豊と凜火が名前で呼び合う仲になったのは、つい先ほどのちょっとした出来事があってからである。まぁ、これはまた別の話であるが。
「どうしたんだ、豊? そんなに急いで」
 凜火が不思議そうに話しかけてきた。どうやら人目にも相当慌てている様子だったらしい。それと今新たに気づいたことであるが、凜火の後方には制服を着た女子二人の姿があった。
 その内の一人は豊の見知った人物、クラスメイトの宮川志穂という名の少女である。肩よりも少し伸びた髪が良く似合う端整な顔立ちをした少女だ。彼女は凜火とは幼なじみの関係にあり、学級委員も現在は二人で務めていた。
 もう一人の少女は、高揚学園指定の制服を身に着けてはいるが、豊にとってこの出会いが初見であった。整った目鼻立ちに大きな瞳、左右につけた髪飾りと、そこから流れる髪が印象的な少女ある。
 何から話せばいいのか迷いはしたが、豊は最初にその手に握っていた紙片を凜火へと渡した。
「大変なんだ、凜火、この学園の女の子が連れ去られたんだよ!」
「……なっ」
 豊の言葉に凜火はとてつもなく大きな衝撃を受けた、ような仕草をした。
「なんだとぉぉぉっっ!!!」
 その興奮具合は目に見えて明らかなほどである。この少年、高阪凜火は正義を愛し、平和を愛する信念を強く心に抱く男である。であるからして、このような事態が起こったとなっては、黙って許すわけにはいかないのであった。
「私立高揚学園長の孫娘、姫岸瞳を連れ去った。行き先は、私立新星学院。そこに、彼女の身柄を封じる。これを読む者、賢明な判断を下すことを切に願う……だと!! な、なんてことだ!?」
 手紙の内容を読んだ凜火はよりいっそう驚愕した。
「く、くそっ! 予想はしていたが、まさかこれほどまで早く、姫が謎の刺客にさらわれてしまうとは……」
 痛恨の表情で凜火が悔やむ。だが、豊には彼の言葉の意味するところが理解できなかった。それは凜火の後方にいる二人も同じようで、訳のわからないといった顔をしていた。
「凜火、ちょっとは落ち着いてくれ。いったいどういうことなのか、僕たちに説明してくれないか?」
 凜火の肩に手をのせて、豊が話しかける。すると、重々しい顔をしながらも凜火はゆっくりと口を開いた。
「俺は今日、風水先輩からある任務を言い渡されたんだ。その任務というのが姫を、姫岸瞳ちゃんを先輩のもとに連れて行くことだった。俺は探した、ひたすら探し回った。けど、いくら探しても一向に姫は見つからなかった」
 そこまで話すと、凜火は一端間を置いて、己の拳を強く握りなおした。
 ちなみに、凜火が言った風水先輩というのは、彼の所属するファンタジー(アンド)、サイエンスフィクション研究部、通称FSF研究部の部長である早川風水のことである。
「だがしかし! 俺は分かってしまった。姫を狙う謎の敵の存在をっ! だから俺は、敵が姫に接触する前に彼女を見つけようと死力を尽くした!! ……それなのに、敵に先を越されてしまったんだぁぁっ〜〜!! うおおおっ〜」
 大声で騒ぎたてた後、凜火は雄叫びをあげながら走り去ろうとした。
 しかしながら、そうはさせまいと、少女、宮川志穂が凜火の腕を苦労しながらも引き寄せた。
「ちょっと、凜火、今度という今度は絶対に逃がさないからね! わたしたちにはやらなければならない学級委員の仕事が残ってるんだから」
 半ば憤慨しながらも、志穂は口を開いた。実は、学級委員である凜火と志穂は、本日担任の先生から仕事の要請があったのだが、凜火がそれを放棄して逃走したため、半ば仕事に手をつけられなくなっていたのである。つい先ほど、やっとのことで凜火を発見した志穂にとって、彼の任務がどうこうよりも、学級委員の仕事に彼を参加させることが第一の目的だった。
「頼む、志穂っ! 何も言わずに俺を行かせてくれ!! 敵の巣窟は分かっているんだ。姫を連れ去られてしまったのは俺の責任! なら、姫を取り戻すのは俺の義務だ!! だから俺は新星学院に行かなきゃならないんだあっ!!!」
 耳を押さえたくなるぐらいの叫び声を凜火は発した。熱血の導火線に火が点いてしまった凜火を平常の状態に戻すのが不可能なことは、幼なじみである志穂が一番良く理解していた。
 だが――、
「でも、それならわたしはどうなるのよ、凜火。散々あなたに振り回されたあげく、こんな形で見捨てられるわたしはどうすればいいの!? こんなのひどいよ……」
 今にも泣き出さんばかりの勢いで、志穂が凜火へと必死に訴えかける。なにやら、また話の道筋が訳の分からない方向を辿りはじめようかとしてはいたが、彼女の言葉を聞いた凜火が感慨深げな様子で彼女の肩に手を置いた。
「志穂っ!! 俺と一緒に行こう! 俺にはおまえが傍にいなきゃだめなんだ!!」
「――えっ、凜火? そんなにまでわたしのこと……」
 突然の凜火の告白に、頬を赤く染めた志穂が微笑みの花を咲き開こうとした……が、
「――なぜなら、俺には行き方がわからん!!」
 瞬間、一同の沈黙。
「……はぁ、どうせこんなことだろうと思ったわよ……やっぱり、わたしって不幸……」
 後ろを振り返り、声を潜めて志穂はすすり泣いていたが、凜火はといえば、それに気づくこともなく再び大きく口を開いた。
「よしっ!! それではこれより、『姫救出作戦』を開始するぜっ! 豊、乗りかかった船だ、おまえもメンバーの一人として参加してもらうぜ」
「――えっ? ち、ちょっと待ってよ。僕はこれから塾に行って勉強しなくちゃいけないんだ! じゃないと、東大が……夢のキャンパスライフが――」
「灯台? そんなとこいつだって行けるだろ。豊っ! 俺たちは仲間だろ!? 一つの目的に向かって突き進む運命共同体というやつだろっ!」
「……な、仲間……運命共同体……」
 凜火の言葉を受け、豊は凍りついたかのようにその場で固まった。だが、それもわずかな時間で、いきなりかけていた眼鏡をはずしたかと思えば、一同に格好つけて笑ってみせた。
「仲間……最高の響きだね! 凜火、僕も喜んで君たちに協力するよ」
 こうして、凜火一向に新たに飛多豊が仲間として加わった。
「よろしく頼むぜ、豊」
 そう言って、豊の肩をたたいた凜火は、志穂の隣にいるもう一人の少女へと目をやった。
「フローラ! おまえは言うまでもなく参加確定な」
「うん、いいよ。悪いことをしている人たちを見逃すことなんてできないもんね」
 フローラと呼ばれた少女は、二つ返事で「姫救出作戦」への参加協力を承諾した。
「ところで、凜火、この子はいったい誰なんだい? 僕の脳内データでは高揚学園にはこのような女の子はいないはずなんだが……」
 何気に危険な(怪しいという意)台詞を口走りながら、豊は凜火に尋ねかけた。
「んっ? ああ、そうか、そうか。そういえば、豊にフローラのことを紹介するのをすっかり忘れていたな。せっかくだし、フローラ、自分であいさつするか?」
「そうだね。はじめまして、わたしはフローラ・エル・アマルナといいます。まだこの世界に来たばかりなんだけど、これからいろいろなことを知っていきたいと思っています。どうぞよろしく」
 凜火の言葉に頷くと、フローラは豊へと一通りの自己紹介を行ってぺこりと一礼した。
 それを聞き終えた豊はといえば、なんともいえない違和感に脳裏が支配されていた。しかしながら、それは深く考えることもなく、探りあてることができた。
「そうか、フローラさんはこの高揚学園に転校してきたばかりなんだね。道理で初めて会うわけだ。でも、『この世界にやって来た』なんて、なかなか君はおもしろい表現をするね」
 豊は首を縦に振りながら感心した。
「あ、そのことなんだけど、実はわたしは――」
 フローラが何かを話しかけようとしたが、それを遮るかのようなタイミングで凜火が二人の間に割って入った。
「とにかく、膳は急げだ! みんな、早速私立新星学院に向かうぞ! 尚、各人の行動について説明すると、まず志穂と豊は後方支援だ! いいな?」
「まかせといてよ、凜火! 僕の頭脳で難関大の入試問題も灰と化すよ!」
「……はいはい」
 凜火の掛け声に、豊と志穂は両極端な反応を見せていた。
「そして、フローラ! 俺の持つ正義の力と、おまえの持つ魔法の力で、悪の野望を打ち砕くんだ!!」
「了解だよ、凜火君」
 覇気のある声で返事をすると、おまけにフローラは凜火へと敬礼を一つしてみせた。
(ま、魔法の力……? 凜火とフローラさんの決め台詞か何かなのかな……?)
 心の中で疑問符を浮かべる豊。それは凜火が言った「魔法の力」という言葉に対するものであった。
「――それではこれより、『姫救出作戦』を開始する!!」
 豊の思考を打ち切るぐらいに、凜火は一際大きな叫び声を上げた。
 それは作戦開始の合図であった。
 これにより、豊の思考は一旦中断することになった。凜火の言葉への解答を結局導き出せることはできなかったのである。
 ――このときの豊は、凜火の言葉がまったくの真実であり、本当にフローラが魔法使いであるなどとは、到底想定することができなかったのであった。
   ★
 私立新星学院。
 時刻は午後五時を少し回った頃。さすがにこの時間ともなれば、学院内に残っている生徒はかなり少なくなっていた。
 太陽も西に傾き、それが一日の終わりのカウントダウンを告げているようであった。
 時に、新星学院教員棟三階、第五特別会議室では、秘密裏にある作戦が実行の最中にあった。
 その作戦とは、「ミス・HH誘拐作戦」である。この作戦は本学院の理事長南村鎌太郎が指示したものである。その内容は、新星学院とは犬猿の仲であるライバル校私立高揚学園の長、姫岸鷹王の孫娘、姫岸瞳を誘拐することにあった。その作戦の実行にあたっては、理事長のお墨がついた二人の人間が抜擢された。
 その二人というのが、少年、巽怜剛と、少女、ウェスティ・ラインハルトである。特にこれといった問題もなく、いやあまりにも容易に、作戦の第一段階であるミス・HHこと姫岸瞳の捕獲に成功した。
 つい先ほど、学院に戻ってきた怜剛とウェスティは、南村理事長より貰い受けた「作戦の規則(簡易版)」に従い、瞳を第五特別会議室へと連行した。
 この第五特別会議室は存外に広い部屋であった。少なくとも五百人くらいの人間を収納して、講演会を開くぐらいの広さはあった。その部屋も今は机が並べられておらず、言ってみれば小さな体育館といった感じであった。
 そして今、この部屋には怜剛と瞳の二人がいた。ウェスティはといえば、捕獲作戦の報告をするべく理事長室に赴いた次第である。その間、瞳の監視という名目で怜剛はこの部屋に残されたのであった。
「あの、怜剛さん? 黙っていないで何かお話しませんか?」
 黙ったまま椅子に腰を下ろす怜剛に、痺れを切らしたように瞳は話しかけた。尚、誘拐によくあるような縄で体を拘束して相手を監禁しておく、といったようなことは瞳にはまったく行っていない。むしろその逆で、本人さえ逃げようと思えばいつでも逃げるぐらいの軟禁状態であった。
 しかしながら、怜剛の期待とは裏腹に、瞳はまったくといっていいほど平然とした様子であり、逃げ出そうという雰囲気すらも感じられなかった。
「話……か。なら、僕は君に聞きたいことがあるな?」
 瞳の言葉を受けて、ようやく怜剛は口を開いた。
「はい。私が答えられることでしたら、なんでも聞いてくださいね♪ あっ、でもスリーサイズを教えてくれ、とかいうのはなしですからね?」
「す、スリーサイズって、僕が聞きたいのはそんなことじゃなくてだな……」
 怜剛がそう言ったことに対して、やや怒ったような顔付きで瞳は睨んできたが、彼は特に気にせずに言葉を続けた。
「――僕が聞きたかったことは、どうして君がまんまと僕たちについてきたのかってことだ」
「えーと、それはですね……おもしろそうだったから、何かが起こりそうな気がしたからです」
 怜剛の問に、瞳は迷うこともなく言葉を返した。
「――なっ……おもしろそうだからって、何かが起こりそうだからって……そんな気がしたら君は誰であっても、のこのことそいつについていくって――」
「――それは違います」
 怜剛の言葉を遮って、瞳ははっきりとそう答えた。
「確かに、私はおもしろいことが大好きな人間です。楽しいことがあるよって言われたら、人目も憚らずに突っ走っていっちゃうかもしれません。でも、だからといってですね、おもしろければ何でもいいとか、楽しければなんでもいいとか、そんなのは少し違うんです。何かがきっと違うんだって、私にだって分かります」
 瞳には先ほどまでの和やかな表情はなく、怜剛を見つめる目は真剣そのものであった。
「――だったら、だったらどうして、何の疑いも抱かずに僕たちについてきたんだ?」
「……それは……優しかったから……」
「――えっ?」
 瞳の小さな呟きに、思わず怜剛は聞き返した。
「怜剛さんとウェスティさんの目が、すごく優しい色をしていたから……だから私は一緒についてきたんです。怜剛さんもウェスティさんも悪い人じゃないって信じることができたから、だから私はついてきたんですよ♪」
 最後にそう言い切って、瞳はようやく笑顔を見せた。一見、何も考えていないように見えて、彼女はちゃんと自分なりの答えを見つけ出していたのである。
 それに対して、怜剛はというと、瞳の予想外の主張に完全に押し黙ってしまっていた。今の彼には、何も言い返すことはできなかった。
 ――答えを見つけることができていなかったから……。
「どうしたんですか、怜剛さん? ……あっ、もしかして、私のことを『こいつの頭の中は脳みそではなく味噌汁のミソが入っているに違いない!』とか思って軽蔑しているんじゃないんですか?」
 怜剛が黙ったままでいると、突如、瞳が頬をふくらませて彼に訴えかけた。どうやら、少し怒っているようであった。
 だが、怜剛が考えていたことは、むしろまったくその逆のことであった。
「そうじゃない。君はちゃんと自分の答えを持っている。それに比べて僕は――」
「――大丈夫ですよ」
 怜剛が話し終えるその前に、瞳は柔らかな笑顔を浮かべて断言した。
「怜剛さんも必ず自分自身の答を見出せるはずです。それは、そう遠くない未来、いいえ、怜剛さんさえ望み、想いさえすればすぐにでも――」
 ドドドドドド……ド――――ン!!!
「――って、なんなんですか〜この爆発は!?」
 瞳が話を続けていると、突拍子もなく耳を塞ぎたくなるような大きな音、何かが爆発したような音が、怜剛たちのいる第五特別会議室に響き渡った。
 その音はこの部屋のすぐ外から聞こえてきたように思われた。
「……そんな無茶苦茶な……ここは学校だっていうのに」
 ある程度の推測を立てながら、怜剛は起こるべく事態に身構えるのであった。
   ★
 ――一方、私立新星学院教員棟三階、第五特別会議室前では、ある事件が発生していた。
 その事件というのが――、
「……見覚えのあるその姿に、そして、この力。間違いない、おまえはフローラ・エル・アマルナだな!」
 第五特別会議室前の廊下。周囲に埃が舞い散る中、側にある窓ガラスには、いくらかのヒビが入っていた。
 その部屋の扉の前には、一人の少女が立っていた。ブロンドの髪を後で束ねた端整な顔立ちをした少女である。
 この少女、ウェスティ・ラインハルトは正面に立つ少女へと激昂した。
 今しがた起こった大きな爆発音の正体、それは他ならぬ人が起こした魔法と魔法の衝突音であった。
 ウェスティが詠唱した攻撃魔法に対して、彼女の目の前に立つ少女、フローラ・エル・アマルナが防御魔法を使用し、これを相殺したのである。
「……ウェスティ、ウェスティ・ラインハルト? どうしてあなたがこの世界にいるの?」
 この少女、フローラもどうやら困惑しているようであった。
 フローラの後方に控える二人の少年と一人の少女――高阪凜火と飛多豊、そして宮川志穂は呆然とした様子で二人のやりとりを見つめていた。
「……どうやら、あたしたちがこの世界にやって来たのは偶然ではないかもしれないな。あの時、あの場所にいたあたしとおまえがアレのせいで今、この世界にいる。これはもはや偶然ではないのかもしれないな」
 ウェスティが静かに言葉を紡ぐ。それを聞いたフローラは言葉を発することはせず、ただ無言のまま頷いた。
 二人の会話から察することができるように、このフローラという少女も、この世界「地球」とは違った、所謂異世界「エトランジュワールド」からやって来たのである。さらに、ウェスティと面識があるというところからも、「ウェスティと同じ世界」から来たのだ。
 ウェスティがその詳細を語ることはしなかったが、ただはっきりしていることは、ウェスティとフローラが彼女たちの世界にいるときに、何かの事件に巻き込まれてこの世界にやって来たのだということであった。
 ウェスティはミス・HHこと姫岸瞳の捕獲成功の旨を理事長室に報告に行ったのだが、運悪く南村理事長は不在であり、それで仕方なく戻ってくることにした。そして、ちょうど第五特別会議室前に辿り着いたところで、フローラ以下三人と遭遇したのであった。
 その直後、ウェスティのいた世界での彼女の悪い癖である、「敵を認知して、敵と判断したら、直ちに排除行動に出ること」が現れてしまい、このような騒ぎに発展したのであった。
 ――しかしながら、
「ふふっ、だが、あたしにとってそれは些細なことにすぎん。今この場所にあたしとおまえがいる。それこそに意味があるのだ」
 ウェスティが愉快そうに言葉を発する。――と、今までフローラの後ろに隠れるようにして立っていた一人の少年、高阪凜火が勢いよく前方に進み出た。
「――さてはおまえ、悪者だな! 姫を、姫岸瞳を連れ去ったのはおまえだな!?」
 熱のある叫びを凜火はウェスティへと投げかけた。
「まさしく、あたしは悪人である! そしてもちろん、姫岸瞳を誘拐したのもあたしだ!」
 これぞ悪人だ、といった台詞をウェスティは堂々と口にした。
「……な……こ、この野郎っ!!」
 それを聞くや、血相を変えたように凜火がウェスティへと突進した。これが、彼の正義。素直で純粋な一本の直線が流れ行くように、彼の想いもまっすぐであった。
 ――が、
「――風よ、我が意思に従え」
 焦ることもなければ、慌てることもせず、ウェスティは冷静な表情で凜火へと右の手のひらを向けて、静かに言葉を呟いた。
「――なっ、なんだこれは!? 俺の熱き魂……があっ!!」
 凜火の抵抗も空しく、ウェスティの魔法――風の発生により後ろに大きく吹き飛ばされた。
「凜火君! 凜火君大丈夫!?」
 地に伏した凜火へとフローラが慌てて近づいた。彼女の瞳には、心配と怒りの色が見え隠れしていた。
「ふふっ、威勢だけはいいが、それではあたしには勝てないな」
 ウェスティが軽く嘲笑する。それに反応してみせたのが、フローラであった。
「――ウェスティ、この世界に来てまで戦わなくてもいいじゃない!? どうしてそうまでして、あなたは戦おうとするの?」
 フローラが必死に訴えかける。訴えかけはするが、ウェスティはまるで聞く耳も持たないといった様子だった。
 それと後、今のフローラの言葉の意味。「この世界に来てまで戦う」ということは、ウェスティとフローラがいた世界では、「実際に戦っていた」ということになる。事実として、二人はその世界ではそれぞれ敵対する国の魔道師であった。
「――戦う理由があるから戦う。それだけだ。もうこれ以上おまえと話をするつもりはない。今日こそ決着をつけるぞ、フローラ! 戦う気があるなら、姫岸瞳を返して欲しくば、この部屋に入ってこい」
 それだけ言い残すと、ウェスティはその部屋――第五特別会議室の扉を開けて、その中へと姿を消した。
 次の瞬間には、周囲に静寂が訪れた。今のこの状況だけに、フローラたちに重たい空気が流れる……と思ったのだが、
「――すげえっ!! すごすぎるぜっ!! これが悪の魔法使いの力か〜っ! 燃える、ますます俺の正義の炎が燃えてきた――――っ!!」
 少年、高阪凜火は意気消沈とは正反対に、闘志を煮えたぎらせていた。どうやら、まったくもって懲りていないようであった。
「……な、なんなんや今のは……? 今の不思議な力は……? こ、これは、科学の力やあらへんがな〜っ!! そんなあほなことが……ひっひひひ、科学万歳〜!!」
 さらにもう一人、頭のネジが外れていそうなものがいた。飛多豊という名の少年である。大の現実主義者である彼が、何の準備もなしに「魔法」というそれとは対極に位置するものを目にしてしまったのだから仕方あるまい。発狂しても無理はないのだ。
 ちなみに、残りの一人、少女、宮川志穂は平然とした様子をしていた。凜火は例外として、普通の人間はウェスティの魔法を見たら驚くに違いない。だが、志穂は驚かなかった。それには理由がある。それは彼女が魔法を知っていたからなのである。
 実は、志穂はフローラと初めて会ったときに、彼女に魔法を見せられているのである。そのときに驚いた分、今は驚くことはなかったのである。
 志穂にしてみれば、変なヤツが一人増えたところで、今更大した変化はなかったのである。
「……な、なんか、またややこしいのが出てきたわね……。はぁ、どうなるの、わたし? 学級委員の仕事は……」
 人知れず、志穂はどんよりとした顔で大きく溜め息をついた。
「よし!! 今こそ俺の真の力を見せるときがきた! うおおお〜っ!!」
 その志穂の視線の先、そこでは気合の一声を発した凜火がまさに室内へ突入しようかというところだった。
 ――が、
「ちょっと待って、凜火君」
 部屋の扉に手をかけようとしたとき、凜火の行動に待ったがかかった。
「どうしたんだよ、フローラ?」
 凜火を止めたのはフローラであった。その顔はどこか沈痛で、それでいて決意めいたものであった。
「わたしが先に行くわ。見て分かるように相手は魔法使い。だから、同じ魔法使いであるわたしが戦う」
「――で、でもよ、俺だって十分に戦えるぜっ! 俺の熱き魂はそんなに柔なもんじゃ――」
「――凜火」
 熱く語りかける凜火へ、黙って様子を見ていた志穂が不意に口を開いた。どうしてそんなことをしたのかというと、それはフローラが凜火を説得してくれといわんばかりの視線で志穂へと訴えかけたからである。
「あまりフローラちゃんを困らせちゃダメよ。それに凜火、もう一度よく考えてみて。仮にこれが野球の試合だとしたら、フローラちゃんはまず一番バッター、自らの人生が送りバントな感じの飛多君は二番バッター、わたしは何気に三番バッター、そして凜火! あなたが四番バッターよっ! 四番バッター、それは主役に等しいもので、熱く魂が燃え上がるシチュエーションじゃない」
 志穂が懸命に凜火を説得する。それにより、凜火の表情に変化の兆しが見られた。
「……よ、四番……魂の主役……」
 放心したような様子で、凜火はぶつぶつと言葉を漏らした。
「ち、ちょっと凜火? いったいどうした――」
「――四番キタ――――――っ!!」
 志穂の問いかけを無視して、耳をつんざかんばかりの音量で、凜火が唐突に叫んだ。
「魂の四番、気に入った! っていうことで、フローラ、俺は四番に決まりだ。おまえと豊と志穂がチャンスを作った後で、俺の出番がくるわけだぜっ!」
「……う、うん、了解だよ」
 凜火の興奮具合に、フローラは額に脂汗を浮かべながら頷いた。そして、志穂へと振り返る。
「ありがとう、志穂ちゃん」
 志穂の耳元でフローラが小さく呟いた。それは、志穂への感謝の気持ち。凜火を説得してくれたことに対するお礼である。
「どういたしまして。あの子と何か訳ありのような感じだと思ったから。それなら、二人で納得がいくように解決するのが一番だからね。……それに、あのバカの扱い方には慣れてるし」
 そう言って、志穂は笑顔を浮かべた。先ほどのフローラとウェスティのやりとりも踏まえた上で、志穂はフローラをアシストしようと思ったのである。
 その志穂の笑みを見て、同じようにフローラも笑い返した。
 女の友情が芽生え始めたような、そんな感のあるワンシーンであった。
   ★
「いったい何だったんでしょうか、今の爆発は?」
 興味津々な様子で、姫岸瞳は口を開いた。
 私立新星学院、教員棟三階、第五特別会議室。
 たった今、この部屋の外から大きな爆発音のようなものが聞こえてきた。
「そ、それは……何なんだろうね?」
 瞳の言葉に、少年、巽怜剛は意味深に誤魔化した。実のところ、怜剛にはこの事態の推測がある程度できていた。おそらく、これは力、魔法の力のある者が起こしたものだと、彼は考えていた。そうなると、その力を使えるような人間など限られているから、自ずと答が見えてくるのである。
 ウェスティ・ラインハルト。彼女が何らかの理由で魔法を使用したものと、怜剛は予想した。
 もしそれが正しかったとしたら、次に起こるべき事態も十分に予測がつく。
 それに対して、怜剛は冷静に身構えていたのである。
「……怜剛さん、何か怪しいです。本当は何か知っているんじゃないんですか?」
 怜剛のとぼけっぷりに、瞳は疑問を抱いていた。怜剛としては、できる限り「魔法」のことは話したくなかったので、隠そうとしたつもりだったのだが、どうやらとぼける振りが下手くそだったようである。
 ――そしてちょうど、怜剛が瞳を納得させる言葉を選んでいる途中、部屋の扉が開いた。
 そこから入ってきたのは、一人の少女、ウェスティ・ラインハルトである。その顔はどこか嬉しそうなものに思えた。
「怜剛、今戻った。ボスは外出中のようで、理事長室にはいなかった。だが、それはそれでいい。それより、早速だが、話がある」
 部屋に戻ってきて唐突に、ウェスティは口早に話し始めた。
「おい、ウェスティ。ちょっと待てよ。さっきの爆発はいったい何だったんだ?」
 口を挟むような形で発言した怜剛に、ウェスティは露骨に不満を表情に表した。
「それも含めて、ちゃんと説明する。とりあえず、あたしに話をさせろ」
 ウェスティの言葉に、怜剛は無言で頷いた。
「では、簡単に話をする。まず、先ほどの爆発というのは、アレはあたしがしたことだ。次に、それはもうすぐここにやって来るであろうものに対して、行ったことだ。最後に、ここにやって来るものとの勝負はあたしの手でつける! 怜剛、おまえは瞳の見張りを頼んだぞ」
 ウェスティは簡潔に話を終えた。
 そのことについて、怜剛はいくつか聞き返したいこともあったが、今のウェスティのどこか気分が高揚している様子では、その答が返ってきそうになかった。
 それに、そうする時間すらも存在しなかったのである。
 ――バタン!!
 ウェスティの話が終わるや、部屋の扉が開く音がしたかと思うと、間髪いれず、そこから四人の人間が姿を見せた。
 怜剛が着目したのは、まず彼らの着用している服であった。彼らは制服――二人の女の子に関して言えば、瞳が着ているのと同じ制服を身に着けていた。
 すなわち、彼らは私立高揚学園の生徒であるということだ。瞳が連れ去られたと知って、それで助けに来たのであろう。
 次に、怜剛が違和感を覚えたのが、先頭に立つ一人の少女についてだった。その少女は、どこか雰囲気というか質というか、とにかく何かが違っているような気がした。
 そう、例えてみれば、どこかウェスティと似ているような――、
「――っ!? も、もしかして、あの女の子も……」
 怜剛が不意に声を漏らす。このとき、彼の頭の中で複数の点が一本の線で繋がったような、そんな変化が起こった。
 ウェスティは魔法を使った。それはつまり、魔法を使用しなければならないような、そんな存在に遭遇したからではないのか。
 ウェスティはこの部屋に来るものとの決着は自分の手でつけると言った。それはつまり、ウェスティとそのものが何らかの因縁のようなものがあるからではないのか。
 そして、先頭に立つ少女に感じた妙な違和感。それはつまり、ウェスティとその少女は「同じ世界からやって来た」からではないのか。
 時間にすればわずかに数秒。その間に怜剛が立てた憶測は、実に的を射たものであった。
「――ふふっ、来たなフローラ。正直な話、まさかこんなところに来てまでおまえと出会うなどとは、あたしも想像していなかった。――だが、ここで会った百年目! 決着をつけるぞ、フローラ!!」
 フローラへと歩み寄りながら、ウェスティが口を開いた。
「――戦いたくないけど、戦うしかないなら、わたしは戦うわ。それで、姫岸瞳ちゃんを返してもらえるならね」
 ウェスティの言葉に、フローラは決意の表情で答える。
 両者の距離が狭まり、その間約三メートルで二人は対峙した。
「安心しろ、と悪人のあたしがいうのもアレだが、人質には一切手を出してはいない! ……そうだな、怜剛?」
「……そんな不審者を見るような目で僕を見ないでくれ。何で僕が手を出したりしなくちゃいけないんだ?」
 緊迫した空気の中、いきなり話を振られた怜剛は少し焦りながらもウェスティへと答えた。
「そうか……ならよいのだがな。いや、先ほどの瞳の写真を見るおまえの目が、どうにも奇異に思えて仕方なかったからな」
「――お、おい! そんな変な誤解を招くような発言はよせ、ウェスティ」
 平然とした顔で問題発言をするウェスティに、怜剛はますますペースを乱したように言葉を返した。と、不意に隣から厳しい視線が怜剛に突き刺さる。
「へぇ〜、怜剛さん、私の写真をそんなに撫で回すような目で見ていたんですね?」
「――なっ、だから違うって! ……ああ、なんだかだんだん僕の扱いが変態化されているような気が……」
 半ば嘆きながら、怜剛は頭を垂れた。
「……なんか向こうの三人、やたらとフレンドリーな雰囲気なんだけど」
 怜剛たちの様子を見て、少女、宮川志穂が独り言のように呟いたが、それは特に誰からもつっこまれることはなかった。
「――さぁ、勝負だ、フローラ! かかってこい!」
「ええ。手加減はしないからね」
「ふふっ、当たりまえだ」
 わずかに口の端に笑みを浮かべて、ウェスティはフローラへと身構えた。これはフローラの攻撃に対する防御体勢である。つい先ほど、第五特別会議室前で、フローラと遭遇するなり奇襲攻撃をかけたウェスティの、彼女なりのけじめのつけ方なのだ。
 この二人の真剣勝負――魔法小戦はフローラの攻撃をもって幕が開くのである。
 二人が言葉を交わした直後、フローラは広げた手のひらをウェスティへと向けて、ぶつぶつと何かを唱え始めた。
 そして――、
「――我が手の内に宿りし光よ、彼の敵を討て、閃光の矢!!」
 光。それと同時に聞こえる爆発音。正面の標的へと一直線にそれは突き進む。
 少年、巽怜剛はそれを見て確信した。ウェスティと相対するフローラという少女が魔法使いであると。
 魔法の力の源であり、大気中に含まれる魔力的引力に適性のある人間こそが、魔法を使用することができる者、すなわち魔法使いである。ちなみに、男性の魔法使いのことを「ソルシエ」、女性の魔法使いのことを「ソルシエール」と呼称するのだ。
 怜剛は無言のまま、隣で感嘆の声を上げる瞳と共に、その光の行き先に視線を向けた。
「降りかからん災厄を払いし、不屈の障壁よ、我が前に出でよ!!」
 フローラの手のひらから閃光が迸るや、ウェスティも負けじと声を張り上げた。
 次の瞬間、放たれた光の矢と現れた光の壁は衝突した後、大きな音と同時に相殺した。その結果、煙のようなものが辺りに広がったが、ウェスティもフローラもその場から一歩を動くことはなかった。
 この両者の攻撃の相殺は、両者の力にそれほどの差がないことを意味していた。
「――ふふっ、やるな、フローラ! だが、あたしの力もまだまだこんなものではないぞ」
 ウェスティは実に楽しげに話す。それに対して、フローラもどこか興奮気味な様子をしていた。
「そういうあなたもね、ウェスティ。でも、わたしも負けないからね」
 フローラが言葉を返す。その表情は怒りのこもったそれではなく、どこか充実感に溢れたような顔をしていた。
 そんな二人の様子を見ていた怜剛の制服の袖を、隣に立つ瞳がくいくいと手で引っ張った。
「うわ、凄いですね〜。私、こんなにおもしろいものを見れるなんて感謝感激です♪」
 瞳はあろうことか今のこの状況を心底喜んでいた。
「…………」
 その言葉を受けて、怜剛は押し黙った。これは、瞳に対して怒りを覚えたとか、そういうわけではない。いや、確かに先ほどまでの自分なら、そうであったかもしれないが、少なくとも今は違った。
「あの、もしかしたら、怜剛さんもあんなことができるんですか?」
 興味津々に瞳が尋ねてくる。どうやら、怜剛が魔法使いであるかどうかを聞いているようであった。
「……だったらどうだというんだい? もし、僕が魔法使いだったら、僕はどうすればいいと? 瞳ちゃん、君は今、ウェスティとフローラっていう子の戦いを見ておもしろいって言ったよね。でも、それ以前に、君は彼女たちの問題解決の方法がそれしかないって思ったんじゃないのかな? だから、それを見守ろうと思った。違うかな?」
 怜剛は静かに口を開く。すると一瞬ではあったが、瞳が呆気にとられたような表情を見せた。
「そんなことはないですよ。それに私は『見守る』っていうほどの立場の人間じゃないですし。だから、私には『おもしろい』で十分なんですよ」
 少しはにかんだ笑顔を見せながら瞳は言葉を続ける。
「では、怜剛さんはどうなんですか? お二人が戦っているのを見て、あなたはどうするつもりなんですか?」
 瞳の顔は笑ってはいたが、その目は真剣そのものである。彼女は今、怜剛の決意を聞きだそうとしているのだ。
 ふと間を置いて、怜剛はウェスティとフローラに目を向ける。瞳と言葉を交わす間にも、二人の戦いは終わることなく続いていた。
 この二人の事情を察するに、彼女たちのいた世界では、二人が敵対関係にあったということは、まず間違いのないことであろう。
 しかしながら、この世界は違う。少なくともこの国は、今のこの国は違う。戦うことがない世界。戦う必要がない世界。そんな世界の中で、今を生きているのだ。
 フローラという少女は言った。戦うしかないなら戦うと。これはつまり、戦う理由がなければ、戦う必要がなくなるということだ。
 ――それなら、その理由を失くしてやればいい。
 怜剛は視線を再び瞳へと戻した。それは、今自分が考えたことを瞳へと話すため、己の決意を相手に知らしめるためである。
「――瞳ちゃん、さっき言ったよね、こんな僕でも答を見つけることができるって。正直言うと、今までそんなこと、考えようともしなかった。今だから思うけど、そんなことを考える余裕さえもなかったのかもしれないな」
 怜剛の言葉に、瞳は真剣な表情で耳を傾けた。
「でも、分かったんだ。僕の答は、探す必要なんてなかったってことが。なぜなら、僕の答は最初からそこにあったんだから」
 怜剛はそう口にすると、右の手のひらを上にしてみせた。そして一瞬、うっすらと目を閉じる。
「……最初から、ここにね」
 その手のひらに生じた小さな光に、怜剛は小さな笑みを浮かべた。それを見ていた瞳も、同様に柔らかく微笑んでいた。
「素敵です。きれいな色の光ですね」
 瞳は答えた。その手のひらの光に、色などは存在しない。ただ、純粋な輝きのみがそこにある。それを見て瞳はきれいな色と答えたのだった。
「さてさて、それではこちらの方も作戦行動を開始しようかな」
 腕時計に目を落としながら、怜剛は小さく声を漏らした。
「そうですか。それでは私は、ここでおとなしく見物しています。怜剛さん、一発おもしろいものを見せてくださいね」
 瞳の言葉に、怜剛は苦笑いを浮かべながらも一つ頷いた。
「やっぱり、おもしろい好きは変わらないわけね」
「はい、もちろんです♪」
 怜剛の問いかけに、間髪いれず瞳は言葉を返すのであった。
 瞳との話を終えて、怜剛は再度ウェスティとフローラのバトルに視線を移す。そして、もう一度腕時計に目を落とした。
 現時刻はまもなく、午後六時を迎えようとしていた。
怜剛は先ほど読んだ南村理事長から貰い受けた「作戦の規則(簡易版)」の内容を頭に思い浮かべながら、ウェスティとフローラの動向を見守った。
 先ほどからずっと、ウェスティとフローラは一進一退の攻防を繰り広げていた。両者の力量は互角であるかのように思われた。
 ――しかしながら、
「ふう、仕方ないなあ。この魔法は使いたくはなかったんだけど、一発やっちゃおうかな」
 一度ウェスティとの間に距離を開けたフローラは、心なしか神妙な表情になった。そして、大きく両の手を広げると、前方へと翳した。
「…………」
 両目を薄く閉ざし、小さな声でぶつぶつと詠唱する。
「――な、この力は……」
 戦闘が開始されてから、初めてウェスティが表情を強張らせて身構えた。
 それは、怜剛とて同じであった。
「これはちょっと、まずいことになるかもな」
 怜剛が軽く舌打ちする。
 今までとは桁違いの魔力がフローラを取り巻いていたのだ。所謂、必殺技というものなのだろう。
 遠目から見ている分、怜剛は冷静にそれを眺めることができた。
「――大いなる力よ、今こそ我が元に集え、拡大天光波!!」
 フローラの発声と同時に、彼女の両の手から放たれた巨大な光の塊は、ウェスティの全身を飲み込まんと突貫した。
 その威力は絶大である。それは同じ魔法使いであるウェスティにも容易に理解できた。
「間に合えよ。そして、期待しているからな、僕の魔法」
 口の端にわずかに笑みを浮かべて、受け手に回ったウェスティのもとへ、怜剛は走り寄る。
 その間、ウェスティは咄嗟に防御魔法を放つが、それは薄い盾をもって、敵の重い攻撃を受けるに等しかった。
「……くっ、こ、こんなもので……」
 ウェスティは顔を歪めながらも必死で耐えるが、それも時間の問題といえた。
「――だ、だめだ……き、きやああっ!!」
 力尽きたウェスティにを情け容赦なく膨大な光が彼女を襲う。
 その刹那、突如としてウェスティの前に別の光が出現した。弾かれた衝撃で尻餅をついたウェスティは、ゆっくりと腰を浮かしながら、それを見上げた。
「……と、怜剛、おまえどうして?」
 ウェスティは目の前で魔法を使い、フローラの放った光を食い止める怜剛へと口を開いた。あのままフローラの魔法をまともに受けていれば、軽い怪我ではすまなかったところだったが、怜剛が助けてくれたのである。
「これが、僕の力が、力として存在するための証だ」
 ウェスティへと言葉を返しながら、怜剛は魔法の制御に集中する。格好をつけて登場したはいいが、相手の魔法の威力は相当のもので、実際、少々圧倒され始めていた。
「……くっ、すごい力だ」
 顔をしかめながらも怜剛は懸命に堪えた。このまま簡単に、あきらめたくはなかったのだ。
「怜剛、もういい! 早くそこから退け!」
 ウェスティが何か話しかけてはいたが、その声は怜剛の耳にまで届かなかった。
 ついに、怜剛の力が限界に達しようかという、まさにその瞬間――、
「駆け抜けろ、俺のバーニングファイア〜〜!!!」
 何者かの雄叫び。その直後、大きな爆発音が起こり、目を開けてられないほどの閃光が拡散した。
 一瞬の沈黙。
 ……そして、
「……えっ、う、嘘!?」
 視界が開くと、フローラは目の前のそれを見て驚嘆した。その光の中からは誰も姿を現さなかったとか、ダメージを受けたウェスティが猶も立ち尽くしていたとか、そうわけではなかった。
「――な、なんとか、生きてるな」
 周囲にたちこめた煙の中より、それは姿を現した。下の床や左右の壁は、魔法の爆発によりいくつか傷がついていた。
「……えっ、と、怜剛?」
 ウェスティの視線の先、そこには少年の背中があった。巽怜剛である。怜剛とウェスティの周囲には、彼らを取り囲むように光の結界が出現していた。
「――正直、もうだめかと思ったが、最後の最後で相手の魔法の威力が急激に落ちた。いったい何が起こったっていうんだ?」
 少年、巽怜剛は一つ大きく息を吐いて、口を開いた。
防御魔法を使用してフローラの攻撃に耐える中、微かではあったが、誰かの叫び声を聞いたような気がした。
 思案顔を浮かべながらも、怜剛は己の腕時計の時間を確認した。なにはともあれ、どうやらこれで、この魔法小戦に終止符をうてそうであった。
「まあ、とにかく、これで終了だ」
 口元に笑みを浮かべながら、怜剛は唐突に宣言した。
「えっ? ……お、終わりって、どういうこと?」
「なっ……どうして、これで終わりなのだ!? あたしはまだ負けてなどいないぞ」
 突然の怜剛の言葉に、フローラは戸惑いの表情を見せたが、一方でウェスティはというと、納得のいかないといった顔で抗議した。
「そんなに怒るなよ、ウェスティ。別におまえが負けたっていうわけじゃない」
 ウェスティの反論にも怜剛はまるで動じない。それには、理由があるのである。
 怜剛は懐から小冊子のようなものを取り出した。
「作戦の規則、その七。ほら、読んでみ」
 怜剛に言われるままに、ウェスティはいそいそと南村理事長から貰い受けた小冊子「作戦の規則(簡易版)」を開いてみた。
 そこには、次のように書かれていた。
 作戦の規則、その七。本作戦の実行限度時間は本日1800とする。時間限界を超えた場合、諸君達は速やかに目標を解放、放置し、速やかにその場より撤退しなければならない。
「――と、いうことだ」
 面白いほどに顔色を変えたウェスティの肩に、怜剛はその手をポンッと置いた。
「……そ、そんなバカな、本当の勝負はこれからだというのに……いや、しかし、ボスの命令は絶対だ! ああ、あたしはどうすればいいんだ……」
 何事かをぶつぶつと呟きながら悔やむウェスティを余所にして、怜剛は後方で不思議そうな顔をしている瞳へと振り返った。
「ごめんな、瞳ちゃん。いろいろと迷惑をかけて。現時刻をもって、君の身は晴れて自由になった。ほら、君を助けに来てくれた人たちのところに行ってきなよ」
 瞳の背中を押してやるような形で、怜剛は口を開いた。
「怜剛さん……。分かりました。それでは、解放されちゃいます。今日はどうもありがとうございました」
 予想外のことに、瞳は怜剛へと頭を下げた。形式的には誘拐された瞳が、その誘拐した相手に礼を述べるとは、なんともおかしな話である。
「ははっ、どうして瞳ちゃんがお礼を言うんだい? むしろ、そうしなければならないのは、僕のほうだと思うよ。――ありがとう」
 瞳に続いて、苦笑いを浮かべながら、怜剛も畏まったように頭を下げた。
「はい、こちらこそです♪ 怜剛さん、またどこかでお会いしましょうね?」
「……今度は誘拐はしたくないけどね」
 にっこりと笑った瞳へと、怜剛は言葉を返した。
 これで、人質の解放と放置は終了した。後の行動はといえば――、
「ほら、ウェスティ、いつまでそうしているつもりなんだ。早くここから立ち去るぞ」
 怜剛の一言で、その場で立ち尽くして呆然としていたウェスティの目に再び光が灯った。
「――ええい、忌々しき白き魔道師、フローラめ! 次に会ったときが、おまえの最後だと思えっ!?」
 フローラへとビシッと指をさして、悪人にお決まりの台詞を、ウェスティは誇らしげに叫んだ。
「待て〜っ! 逃げるのかおまえら〜!!」
 扉へと走り去る怜剛とウェスティの背中に声がかけられたが、それを気にもせずに二人は室外へと駆け出した。
 こうして、ふとしたことから始まった「魔法小戦」は閉幕を迎えた。
 それと同時に、怜剛とウェスティの逃走劇が始まったのであった……。
   ★
 空には夕闇が広がっていた。
 ――怜剛とウェスティの逃走劇は、万事滞りなく終了した。ただただ走り続けた二人がようやく立ち止まった場所は、何故か昨日の空き地だった。
「……はあはあ。とんだ一日だった」
 少年、巽怜剛はもはや体力・気力共に限界を迎えていた。まさに、意気消沈の状態である。
 隣で膝を屈めるウェスティも、息を荒げていた。
 ――とりあえず、普通に話ができるほどに回復すると、怜剛はその視線を天へ向けた。
「昨日、ここで出会ったばかりのはずなのに……もう随分昔のことのような気がする」
 昨夜、下校時にこの空き地を通りかかったとき、怜剛はウェスティと出会った。実際は、それからまだ一日という月日しか経ってはいない。
 しかしながら、昨日から今日にかけて、怜剛には酷く時間の流れが遅く感じられた。
 その原因の大半は、隣の魔法使いの少女である。
「……あ、あのな。と、怜剛?」
 ウェスティの声に怜剛が振り向くと、そこにはどこか様子のぎこちないウェスティの姿があった。
「どうしたんだ、ウェスティ?」
 不思議に思った怜剛は、ウェスティに話しかけた。
「……くれて……とう……」
「――え、なんて?」
 小言だったために、うまく聞き取れなかった怜剛は、もう一度とばかりに聞き返した。
「……た、助けてくれて、ありがとうと言ったんだ!?」
 俯いたその顔は、どこか赤の色が見え隠れしていた。
「――う、うん」
 いきなりお礼を言われたので、逆に怜剛のほうがドギマギしてしまった。それに、礼を言われた相手がどこか無愛想なウェスティなだけに、余計に動じてしまったのである。
 でも、それと同時に怜剛はふとあることを思い立った。
「なぁ、ウェスティ?」
「……なんだ?」
「――おまえ、実は案外いいやつだろ?」
 怜剛は正直に思ったままを口にした。
「――なっ!? 何を言っているのだ、あたしは悪人である!」
 これに対して、ウェスティは明らかに動揺していた。
「でも、おまえ、人質である瞳ちゃんを楯に取ったりはしなかっただろう? あの、フローラとかいう子とも正々堂々と戦っていたじゃないか」
「……そ、それはだな……、そうだ、気分だ、これは気分の問題だ! あたしは、たまたまそういう気分だったんだ。それ以上でもそれ以下でもないからな」
 頑なに否定するウェスティを見て、怜剛は自然と笑みを零していた。彼女が素直に「悪人」という役を演じているように思えてならなかったからである。
「なっ、何がおかしい、怜剛!」
 頬を赤らめて叫ぶウェスティは、怒っているのか、それとも照れているのか、どっちともつかずな様子であった。
「別におかしいから笑っているわけじゃない。それに、僕のほうもウェスティに礼を言わなくちゃいけないからね」
 怜剛の言葉に、ウェスティは怪訝な顔つきをしてみせた。
「どうして、怜剛があたしに礼を述べる必要などある?」
 ウェスティの言葉も最もである。別に怜剛はウェスティから何かをしてもらったわけではない。
 しかし、それに匹敵するぐらいのものを、怜剛はウェスティから与えられたのである。
「高揚学園に行く途中の公園で、少し話したことを覚えているか。あの時言ったよな、おまえのいた国では争いが絶えなかったって。正直、それを聞いて僕はショックを受けた。それと同時に、自分の世界のルールを違う世界からきたおまえに押し付けているだけだってことが分かった」
 ウェスティは黙ったまま怜剛の話に耳を傾けていた。
「それともう一つ、僕はウェスティに会って、初めて自分と向き合えたんだ。ウェスティはあの時、自分が魔法使いでよかったって言ったよな。あの時の僕は何も言い返すことができなかった。なぜなら、何も考えもせずに逃げていたからね。僕には魔法を扱える『力』があった。なのに、それと向かい合おうとはせずに今まで過ごしてきた。そうすることによって、この力はなくてもよい力だって、そう思い込もうとしていたんだ」
 一端言葉を止め、怜剛は軽く開いた自分の手のひらに目を向ける。先ほど、瞳に見せたこの手のひらの上の光は決して「無」の色などではなかった。少なくとも、彼女はきれいな色と言ってくれた。
「けど、それじゃだめなんだってことが、やっと分かったんだ。おまえとあのフローラって子が戦うことを僕は好ましくは思わなかった。できることなら止めさせたいって思った。そうするために、今まで色がなかった僕の『力』に、初めて色がついたんだ。この世に無意味なものなど一切存在しないっていうけど、僕の能力もそれと同じだったんだ。なくてもよい力とか、あってよかった力じゃなく、力があることに意味があったんだよ」
 怜剛の話が終わり、一瞬周囲に沈黙が流れたが、ウェスティの小さな笑いがそれを打ち破った。
「ふふっ、確かにそうかもしれないな。あたしもこの力があったからこそ、あたしのいた世界で戦争に参加することになり、突発的な事件に巻き込まれてこの世界に来ることになり、そして、おまえとも出会えたんだしな」
 そう言って、ウェスティは微かに笑みを見せる。普段むっつりとした表情をしているだけに、このギャップ
に怜剛は少々動揺した。
「どうした怜剛、顔が赤いようだが」
「……な、なんでもない」
 ウェスティの言葉に、怜剛は顔を背けながら口を開いた。先ほどとはまったく逆のパターンであった。
「まぁ、とにかくだ。今日の作戦のことはちゃんとボスに報告させてもらうからな。怜剛はこの作戦のことを好ましく思っていないようだったからな。悪く思うでないぞ」
 急に真面目な表情になって、ウェスティが話した。確かに、南村理事長の作戦を好ましくは思っていなかったが、そのことを報告されるとなると、これは厄介なことになる。あの理事長のことだ、何を言われるか分かったものではない。
「お、おい、ウェスティ。ちょっと待ってくれよ。そんなことを話されたら、僕はいったいどんな目に遭わされるか……。た、頼むから、考え直して――」
「――ふふっ、冗談だ」
「……へっ?」
 これは怜剛の聞き間違いではない。ウェスティは確かに口にした、冗談であると。
「何を呆然としているのだ、怜剛?」
 口を開いたまま固まった怜剛へと、ウェスティが語りかける。真面目な顔をして話すウェスティがまさか冗談を口にしているなどとは露とも思わなかったので、怜剛は驚愕していたのだ。
「そ、そうか、冗談か。でもいいのか、ボスの命令は絶対とか言ってたじゃないか?」
 我に返った怜剛がウェスティへと尋ねた。
「なんだ、そのことか。――実はな、ボスには恩があるのだ。あたしがこの世界にやって来て右も左もわからなくて途方に暮れていたときに、助けてくれたのだ。だからとりあえず、今回の件に関しては協力したのである」
 いつものように尊大な態度で、ウェスティが答えた。
「そ、それじゃあ、ウェスティ、おまえは別に好きでこんなことを望んでたわけじゃないのか?」
「当然だ。さすがに、ボスの前では賛同の意を示しはしたがな。あたしは悪人である。だが、何も望んで他人に危害を加えるようなことはしない」
 真摯な眼差しでウェスティは言葉を紡ぐ。そこからは彼女の本当の気持ちが伝わってくるかのように思えた。
「――やっぱ、おまえ悪人違う」
 その言葉を受けて、怜剛は改めてウェスティ悪人説を批判した。
「しつこいぞ、怜剛! あたしが悪人だといってるんだから、悪人なんだ」
 それに対して、やはり反論してくるウェスティ。だが、怜剛のほうにも証拠はあった。
「そうか。なら、おまえは悪人になりきれない悪人だな」
 その証拠とは、ウェスティの今までの素行である。
「なんだ、その微妙な表現は?」
 ウェスティは露骨に不満を訴えていたが、怜剛はその表現がピッタリだという自信があった。
 ウェスティは、一言で言えば、素直な人間なのだ。彼女のいた世界では、当然のように誰かからの命令を受けて、戦争を行ったはずだ。その度に誰かを傷つけることになったとしても、それは仕方のないことなのだ。
「まぁ、いいじゃないか、悪人は悪人なんだから」
 だが、真面目な性格をしたウェスティは、それでは納得することができなかったに違いない。だから、誰かに危害を加えることをするような自分自身を悪人と称したのだ。
「むう……納得はしていないが、理解はした」
 憮然とした表情をするウェスティを目にしながら、怜剛はそんな風に彼女ことを考えていた。
「そうか……えーと、じゃあ改めて、これからもよろしくな」
 そう言って、怜剛はウェスティへと右手を差し出した。昨日の自己紹介のときにも一通りの挨拶はしたが、もう一度、昨夜と同じこの場所で、怜剛はこうしたかったのである。
「ああ、こちらこそ頼む」
 その手を握り返すウェスティの顔は、若干綻んでいるように、怜剛には思われた。
 怜剛は思う。今日という一日は大変な日であったと。だけど、どこか今日という日を憎みきれない自分がいた。確かに、嫌な思いもしたし、ショックも受けたが、それでもやはり、否定しきれなかった。
 それは、今日という日が、本当の自分と向き合えた日であるから。
 それには、今横に立っているこの少女――悪人になりきれない悪人である魔法使いの少女こと、ウェスティ・ラインハルトとの出会いが、かけがえのないきっかけであるかのように思われた。
 少年、巽怜剛は、夕闇の空の下、ふとそんなことを考えていたのだった……。
   ★
「……し、しまった、迂闊だった」
 桜ヶ崎市内にある、とあるアパート「霞荘」。
 このアパートの一階にある管理人室の扉の前に、一人の少年が呆然とした様子で立ち尽くしていた。
 この少年、巽怜剛は非常に後悔していた。
 現時刻は午後七時を過ぎようかというところである。ウェスティと空き地で話した後、帰宅してみると、すでにこの時間だったのだ。
 怜剛は放課後にある約束を交わしていた。
 その約束とは、クラスメイトであり友人でもある少女、三条真南と、怜剛の住むこの霞荘の管理人であると同時にクラスメイトでもある少女、笆沢梢子と一緒に夕御飯を食べることである。
 その約束の時間が午後六時三十分だった。
 真南も梢子も比較的、時間に厳しいところがある。それに加えて、今日の夕御飯は真南が作ってくれるといっていたので、それに遅れるということは彼女の怒りを買うに等しい行為であった。
 体を震わせながらも、怜剛は恐る恐る部屋の扉を開いた。
 ――そこには、予想通りに、怒った表情の真南と、怖いぐらいの笑顔を浮かべた梢子が仁王立ちしていた。
「――遅い、怜剛、遅すぎる!!」
「そうですねぇ。これはあまりにもアレですねぇ。真南ちゃん、罰ゲーム、逝っときましょうかぁ?」
「し、梢子ちゃん? そ、そんな無茶苦茶な!? 二人とも、これには理由があって、原稿用紙に書いたら十枚ぐらいはいきそうで――」
『――おまえが逝け〜ぇっ!!!』
「ぴえぷべぷべぇっぷ〜〜!!!!」
 宇宙生命体にも等しい絶叫が、この日、アパート「霞荘」から沸き起こったという。
 薄れいく意識の中、怜剛は訂正した。
 ――やはり、今日は最悪の一日であったと…・・・。



   5 そして、また朝
「……さま……御主人様……」
 どこからともなく、少年の耳に女性の声が響いてくる。それが誰の声であるのかはまったく分からない。今はまだ覚醒前、夢と現の狭間にいるのだから、当然といえば当然である。
「……御主人様、もうそろそろお目覚めになってください。朝食の御用意が整っておりますわ」
「……うーん」
 耳元で囁かれながらも肩を揺さぶられ、少年の目がうっすらと開き始めた。
「……た、確か、僕の家には、こんなにも懇切丁寧に御奉仕してくれるメイドさんなんかいないはずなんだが……」
「……あ、怜剛起きた。おはよ」
 少年、巽怜剛が目を見開いた先、そこにはやはり一人の少女の姿があった。爽やかな笑顔を浮かべてこちらを眺めるその姿は、開け放たれたカーテンから差し込む朝の日差しのように眩しいものに思える。もちろん、口外はしないのだが。
「おはよう、真南。で、なんだ、今日はメイドさんバージョンか?」
 怜剛は少女、三条真南へ返事した。「今日はメイド」と怜剛は言ったが、ちなみに昨日は「妹」を装って起こされたのである。
「ずばり! ある統計の結果から特に人気が高いと思われる……以下略!」
 まるで説教をするかのように人差し指をピンと立てて怜剛に話しかけた真南であったが、唐突にそれは打ち切られた。
「おい、略すなよ……」
「そんなことはどうでもいいの! ほら、怜剛! 早く起きた、起きた!」
 どこか急いたように、真南は怜剛の首までかかった布団を剥がしにかかる。これはどこか、怜剛には昨日のパターンに似つかわしく思えた。
「お、おい、待てって! そんなに無理矢理したら、また昨日みたいに――あ……」
 怜剛の抵抗、時すでに遅し。勢いよく捲り上げられた布団からは、シャツ一枚、トランクス一枚の怜剛の姿が顕になった。
「……な、なっ……」
 その中でも特に怜剛の下半身――極めて自己主張の激しいポイントに真南の目は釘付けになった。
「まぁ、落ち着け、真南。この和みのある朝、清々しく澄んだ心を持って――」
「――こんなもん見せられて持てるかぁっ!!」
「ぷべぽ〜〜!!!」
 顔を紅潮させた真南の渾身の平手を、怜剛はものの見事に正面から受けた。
 ――今日もまた、目覚めの悪い一日となった。
   ★
 朝。現時刻は午前八時にさしかかろうとしていた。昨日同様に、本日もほとんど雲がない快晴の空だ。
「昨日に続いて、今日も激しかったようですねぇ」
 ここは桜ヶ崎市にあるアパート「霞荘」。この二階建てのアパートの一階にある管理人室でのこと。
 このアパートの管理人の少女、笆沢梢子は正面のイスに座る少年、巽怜剛へと話しかけた。彼の頬には酷く赤く腫れた手の跡が残っていた。
「ちょっと梢子、誤解を招くような発言は止めてよね。被害者はわたしなんだから」
 梢子の隣のイスに腰をかける少女、三条真南が頬をふくらませながら、口を開いた。
 真南は自分が被害者だと言い張るが、一方的に平手を食らった怜剛も十分犠牲者に値した。
 三人は管理人室のキッチンルームにある四人用テーブルに座って朝食を摂っているところであった。
 頬の痛みに耐えながらも、怜剛はすぐ横に設置されているテレビへと視線を送る。朝のこの時間、いつものように画面の向こうでは朝のワイドショー番組が行われていた。
 そこでは、最近世間を賑わせているらしい怪盗についての報道がされていた。現場に赴いているリポーターがそのことに関しての話を始めていた。
『こちらは、現場の谷口です。昨夜、この場所に正体不明の怪盗である怪盗¢ルージュが出没しました。警察側は、前回と比較して大幅に警官を増員したものの、結局、怪盗¢ルージュの捕獲に失敗した上、この施設に保管されている重要な資料を盗まれた模様です』
 怪盗¢ルージュ。最近になってしばしば耳にする言葉である。怜剛も頭の片隅ぐらいには記憶に留めていた。
「どうしたんですかぁ、怜剛君。真剣にテレビを見ているようですけど、怪盗¢ルージュに興味でもあるんですかぁ?」
「別にそんなことはないけどね」
 何気なくテレビを注視していると、梢子にそんなことを尋ねられてしまった。彼女に答えたように、怜剛は特にこれといって興味を持っているわけではない。
 ただ、少し気になったのだ。普通の人間では為し得ないような神業的なことを、いったい誰が、どのようにして行ったのかが。
「……怜剛のエッチ」
「どうしてそうなるんだよ、真南」
 いきなりの言われように、怜剛は真南へと反論した。
「どうせ大方、その怪盗¢ルージュとかいうのを美少女に見立てて、変な想像でもしてたんでしょうに」
「おい、真南……おまえはいったいどういう目で僕のことを見ているんだよ……」
 真南のとんだ言いがかりに、怜剛は一つ大きく溜め息をついた。
 その間も、テレビの画面では、先ほどのリポーターが話を続けていた。
『今申し上げましたように、昨日怪盗¢ルージュの捕獲には失敗しました。ですが! なんと! 我々特殊取材陣は怪盗¢ルージュであろうと思われる者の貴重な逃走映像を入手したわけであります! それを今からご覧ください』
 リポーターの言葉が終わるのと同時に、画面が切り替わった。
 夜。上空から見下ろした映像。灯りが少ないためにはっきりとは見えないが、建物の屋根伝いに高速で移動する何かが見受けられた。
 それは俄かには信じられないような映像である。見た感じでは、その人影のようなものが空を飛んでいる風に思えるのだ。
 そんなことはあり得ないと確信しきっている者たちにしてみれば、超常現象以外の何ものでもない映像であった。
『ご覧になっていただけましたでしょうか! 怪盗¢ルージュ、まさに風の使者と呼ばれるに相応しい衝撃的な映像であるかと思われます。いったい、怪盗¢ルージュの正体が明らかになるときが来るのでしょうか!? 警察の今後の成果に期待が高まっています。こちらは、現場の谷口でした』
 その言葉を最後に、画面の映像がスタジオの方に切り替えられた。
「怪盗¢ルージュ……風の使者ね」
 不意に怜剛がぼそりと言葉を漏らした。怪盗¢ルージュは空を飛んでいるみたいであった、といった感じで報道されていたが、怜剛はそうは思わなかった。
 アレは紛れもなく空を飛んでいた。そう怜剛は確信した。
「ふわぁ、すごいですねぇ、怪盗¢ルージュはお空を飛んじゃうんですねぇ。そう思いませんかぁ、怜剛君?」
 感嘆したような様子の梢子が怜剛へと話しかけた。
「そうだね。本当にそうかもしれいな」
 その言葉に怜剛は同意した。
 その一方で、テレビのワイドショー番組ではゲストのコメンテーターが怪盗¢ルージュの一件に関して語っているところであった。
『えー、私は大学教授をやってます下田というものです。早速やけど、この怪盗¢ルージュの一件だけどね、これについてまず一つ言いたいことがある。あんま声を大きくして言われへんけどな、この一件……情報操作が入ってるんだよ!』
 お茶の間を震えさせるような大声で、画面中央に映った大学教授である六十歳ぐらいの男が叫んだ。スタジオが少し騒々しくなったが、その男は構わずに話を続けた。
『まあ、口だけでは信じられへん人もおるやろうからね、今度この場に来たときに証拠を持ってきてやるよ! 君たちは先ほど流された映像をただぼんやりと見ていただけかもしれないけど、それでは駄目なんだよ! ちゃんと意識して見ないと何も情報が見えてこない。常に映し出されたものの表裏両面に気を配る必要があるんだよ!』
 熱を入れてその男は語っていたが、突然、その放送が途切れてCMに入った。
「……いったい何だったんでしょうか、今のは?」
 訳の分からないといった顔で梢子が口を開いた。
「さあ? でも、ちょっと危なそうな感じの人だったわね。案外、スタジオの警備員に取り押さえられていたりするんじゃないの?」
 真南が話す。この予想はあたらずとも遠からじであるように思われた。
「まあ、世の中は広いっていうことだな」
 そう言いながら、怜剛はテーブルに並べられた料理を口に運んだ。それを口の中でよく噛んで味わう。うん、美味い。
 黙々と朝食を摂る怜剛であるが、彼には気になることが一つあった。
「なあ、真南。どうしてそんなに僕のほうをじろじろ見ているんだ?」
 普段に比して、真南の視線がやたらと怜剛を捉えていたのだ。それこそ何かを探っているのかと思わせるぐらいにである。
「……えっ? そ、それは……別に何でもないわよ」
 どこか落ち着きのない様子で真南が答える。かなり何かを隠しているような気がしてならなかった。
 そういえば、昨夜は真南には悪い事をしてしまった。諸事情により仕方がなかったとはいえ、約束を破ってしまったことに変わりはない。その結果、遅れて帰宅した怜剛は、おかんむり状態の真南と梢子のダブルパンチにより浅い眠りにつかされてしまうのだった。
 結局、これによって、昨夜の一件はあやふやになってしまったのだ。
 怜剛がそのことに思いを馳せていると、対面に座る梢子が何故か笑いを堪えたような様子になった。
「梢子ちゃん? どうかしたの?」
「いえいえ、お気になさらないでください。ところでぇ、怜剛君。今日の朝食のお味のほうはいかがですかぁ?」
「――ち、ちょっと、梢子! 余計なことを言わないでよ〜!」
 何故か慌てる真南。怜剛はそれを不思議に思いながらも、梢子へと視線を向けた。
「いつもどおり美味いよ」
 怜剛は素直に口を開いた。すると、真南の様子に変化の兆しが見えた。
「――美味い、だそうですよ、真南ちゃん。よかったですねぇ」
「……も、もぅ、梢子。そんなこと別に言わなくてもいいのに」
 顔を俯かせて真南が口を開く。恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうな感じだった。これを見て、怜剛はようやく真南の様子が変だったのかを悟った。
「――今日の朝食、もしかして真南が作ったのか?」
 怜剛の言葉に、真南は黙ったままコクリと頷いた。
「そっか。ありがとな、真南。美味しいよ。それと、昨日は約束破って悪かった」
「怜剛……わたしも、その、ついカーッとなっちゃって、殴ったりしてごめん」
 怜剛が真南へと頭を下げると、今度は逆に真南が怜剛に謝った。
「うーん、じゃあ、お互い様ってことでよしとするか?」
「うん、そうね♪」
 そう言って、二人は仲直りをすると共に、声を出して笑いあった。
「はぁ、朝からムード全開ですねぇ、お二人とも。うらやましいですぅ」
 そんな二人の様子を傍から眺めていた梢子が、わざと二人に聞こえるような声で、小さく呟いた。
「梢子、あんたまたそんなこと言って! べ、別にそんなんじゃないんだからね」
 梢子の言葉に、顔を赤く染めた真南が反論した。
「まぁまぁ、どうでしょうねぇ。――あらあら?」
 その言葉を余裕の笑みを持って受け流した梢子であったが、ちょうどそのとき、管理人室のインターホンが鳴り響いた。
「怜剛君、真南ちゃん。私、ちょっと出てきますから」
 そう言って、梢子は玄関のほうへとパタパタとスリッパの音をたたせながら歩いていった。
「いったい誰だろうな、朝早くに?」
「さぁ? あ、でも、そういえば、さっき梢子がなんか、新しく入居するアパートの住人がどうとか言ってたかも?」
 怜剛の言葉に、真南がふと思い出したかのように口を開いた。
「そうなんだ? 昨日はそんなこと言ってなかったと思うんだけどな。急な話なのかな?」
「うーん、そうかもしれないわね」
 しばしの間、怜剛と真南が話をしていると、怜剛たちのいるキッチンルームに近づいてくる足音が聞こえた。
「どうもお待たせしましたぁ」
 戻ってきた梢子が口を開いた。ただ、怜剛と真南が気になったところは別のところにあった。梢子の後方に人影が見えたのである。
「えーと、突然なんですけどぉ、今日からこの霞荘に新しく住むことになった人を紹介したいと思いますぅ」
 梢子の言葉に続く形で、後に控えていたその人影は一歩前に踏み出し、怜剛と真南が見える位置に立った。
「……お、おいおい、マジかよ」
「えっ、ど、どうして……」
 怜剛と真南、両者が共に呆気にとられたような顔になった。
 霞に千鳥というべきか、とにかく怜剛はこれには大いに驚嘆した。
 その目の前の人物――ブロンドの髪を後で束ねた制服の美少女は、腕を組んだまま若干踏ん反り返った。
「今日からここで暮らすことになったウェスティ・ラインハルトだ。よろしく頼む」
 どこか尊大な態度でウェスティは一つ頭を下げた。
「――ということでぇ、突然なんですけどぉ、怜剛君も真南ちゃんも、ウェスティと仲良くしてあげてくださいねぇ。それじゃあウェスティ、とりあえず開いている怜剛君の隣にでも座ってくださいな」
「うむ、了解した」
 梢子に勧められるままに、ウェスティはイスに腰を下ろした。
「でも梢子ちゃん、どうしていきなりウェスティはこの霞荘に来ることになったんだい?」
 ウェスティと梢子が席に着いたところで、怜剛は改めて梢子に話しかけた。
「はい。そのことですけどぉ――」
「――待て、梢子。そのことについてはあたしから話をしよう」
 梢子の言葉を遮ってウェスティが口を開いた。
「実は昨日の帰りにな、偶然、南村理事長に出会ったんだ。元々、住む当てがなかったから、理事長に相談していたのだが、昨夜会ったときにここを紹介してもらったんだ」
「そうなんですよぉ、私も昨日理事長から連絡が入ったときは驚きましたぁ。でも、ちょうど空き部屋もありましたし、快く了解したんですぅ」
 ウェスティの説明に、梢子が補足した。怜剛はまったく知らなかったが、どうやら、昨夜からウェスティはこの霞荘にやって来ていたようだった。
「ところで、怜剛。昨日のことだが――」
 少しの間を置いて、ウェスティが怜剛に話しかけた。これに対して機敏に反応したのは、真南であった。
「お、おい、ウェスティ、この場所でその話は――」
「――昨夜、理事長に会ったときに例の件を報告したんだが、特に咎められることはなかったぞ。むしろ、有益な情報を得られたことに感謝する、と言われた。それと、理事長からおまえに渡してくれといわれたものがある」
 そう言って、ウェスティは持っていたカバンの中から、一冊の本を取り出した。
「この本をおまえに進呈するそうだ」
 怜剛はウェスティから手渡された本を受け取った。その本のタイトルは『融合科学‐その未知の力と共に‐』となっており、著者は「南村鎌太郎」とある。どうやら、自分で書いた本をプレゼントしてくれたようである。
「怜剛、それと一つ質問をしたいのだが」
「ん、何だ?」
 思案顔のウェスティが怜剛へと尋ねかけた。
「コスプレ写真とは何なんだ?」
「……は?」
 突然のウェスティの発言に、思わず怜剛は聞き返した。
「だから、コスプレ写真――」
「――待て、ウェスティ。その前に、その言葉はいったい誰から聞いたんだ?」
「理事長だ。例の件を報告して、咎められなかったと、先ほど言ったな。だがな、理事長には一つだけ後悔していることがあったそうだ。それが『学園長孫娘ミス・HHコスプレ写真』の未獲得だったそうだが、あたしには何のことかイマイチ分からなかったのだ」
「……それは分からんでよろし」
 納得のいかない表情をするウェスティに、怜剛は力なく話しかけた。
 南村理事長がライバル校である私立高揚学園長の孫娘、姫岸瞳を誘拐するように怜剛とウェスティに命じた目的がそれだけだったと考えたら、怜剛は体中から一気に力が抜けてしまったのだった。
 これでは本当にただの変態ではないか。そんなことを考えながら視線を前に向けると、怖い顔をした真南と、話しについてこれない様子の梢子の顔が目に入った。
「怜剛、昨日のことって、いったいどういうこと!?」
「……え、えと、そ、それは……」
 真南の威圧感に押される形で、怜剛の身が縮こまる。この状況で馬鹿正直に昨日ウェスティと会っていたと話そうものなら、殺されかねない。
「――なあ、梢子。どうして、真南は腹を立てているのだ?」
 緊迫した怜剛と真南の横では、ウェスティがなんとも平然と梢子に話しかけた。
「うーん、そうですねぇ、浮気は厳禁、ってことですかねぇ?」
「ほうほう。それはつまり、怜剛と真南は好き合っていると、こういうことなのか?」
「はい、そういうことですぅ♪」
 どこか飛躍したウェスティの問いかけにも、梢子は満面の笑みで首肯した。
 しかしながら――、
「――な、なっ……」
 当然、その会話を横で聞いていた真南は顔を紅潮させながらピクピクと反応したかと思えば、
「――オブジェクション!!」
 いつもの口癖を声を大にして叫んだ。
「ていうか、こんな女たらし、こっちからお断りよっ!!」
「――ぷぺ」
 真南の激昂と共に、霞荘一帯に景気のよい平手打ちの音が響き渡った。
   ★
 こうして、少年、巽怜剛の日常は徐々に変化の兆しを見せ始めていた。
 だが、それはある意味当然のこと。人は決して、一日とて同じ時間を生きることはできない。毎日毎日が相違した、そういう世界で生きている。
 そんな二度とない時間――ノンリバーシブルシーズンを、人はゆっくりと、けれど着実に歩いて行くのだ。
 そして、自らも進化する。
 ところで、怜剛は南村理事長から一冊の本を進呈された。その本のタイトルは『融合科学‐その未知の力と共に‐』であり、理事長はこの本の中で人間の可能性について少々述べている箇所がある。
 その部分は以下の通りである。
『人は一瞬の世界に生きている。一秒一秒が新鮮な、そんな刹那の時を進み続ける。まるで何かを探しているかのように、まるで何かを願うかのように、人は走り続けるのだ。
 人には不思議な力がある。空を舞う鳥のような翼が、見えない翼が隠されている。ただ、その力が花咲くかどうかは人によって異なる。
 ――人が己と一つになる時、その大空翔る翼は我が物となるのだ』
(おしまい)



[あとがき]
 どうもお久しぶりです。YUKです。私にとって、久しぶりの作品です。最近で言うと、去年の十二月ぐらいに書いた『新暦戦記ラウズ』の二話以来かと思われます。このブランクは決してサボっていたからではなく、色々と忙しかったと、そういうことにしておきたいものです。
 さて、今回の作品『Non‐Reversible Season‐ノンリバーシブルシーズン‐〜プレリュード〜』(以下、NRSと称す)ですが、これを執筆するにあたってのきっかけというのが、友人間での課題小説発表会でした。課題小説を書くにあたっての制限は、五千字以上ということだけで、テーマは自由。このときの作品として、これを執筆しようとしたわけであります。ところがどっこい、製作期間わずか一週間という中で、構想は逆に膨らむばかり。そして、迎えた三月四日。急展開で荒削りな作品を披露することになりました。結果はもちろん、駄目出しの嵐というわけで、このときに加筆・修正を施した完成版を執筆しようと決意したわけであります。それからちょうど二月経って、ようやく完成しました。この完成版は、未完成版(三月四日披露)をアドベンチャーゲームでいうところの曖昧ENDだとすると、一応TRUE ENDで終われたように思われます。また、当初、短編小説の字数にしようかと目論むも、蓋を開けてみれば中編小説になってしまったようです。これでも、終盤は少し荒くなったなと、反省しています。まあ、なにはともあれ、私としては完成しただけで満足です。
 ではでは、今回の作品についてのコメントを少しばかり。この作品は、私の作品の一つである『ドゥ・アット・ランダム デビュー』(一話まで完成、以下続く)(以下、DARDと称す)と若干リンクしているわけであります。NRSもDARDも世界観的には同じで、共に大気中に混じる魔法の源、魔力的引力(または、マジックグラビティ)をベースに展開するマジカルスクールラブ(?)コメディな作品にしたつもりです。NRSにおいても、ゲストキャラクター的な扱いとして、DARDから高阪凜火、宮川志穂、フローラ・エル・アマルナ、姫岸瞳、飛多豊等々が登場しました。そして何故か、ミス・HHこと瞳ちゃんがかなり重要な位置にいたような気がしますが、成り行き上仕方なかったかと思います。NRSのヒロインは三条真南のつもりだったのですが、あんまり目立たなかったです。しょんぼり。
 でもでも、こんなことでメソメソしていても意味がないわけで、また執筆のほうも徐々に進行していきたいと思っている次第です。次は『新暦戦記ラウズ』の第三話かな。また、この作品、NRSも続編を書こうかな、などと思っていたりもするわけです。後はネタさえあれば大丈夫です。しかし、このネタが中々思い浮かぶことはなく……。
 何か愚痴になってきたので、そろそろ筆を置かせていただきたいと思います。
 ちなみに、このあとがきの後に、おまけとして著者紹介、語句説明、魔法説明、人物紹介がありますので、そちらのほうにも、よろしければ目を向けてください。
 最後に、NRSを読んでくださったすべての人に感謝と敬意を表したいと思います(あとがきから呼んでいる方は本編のほうをば)。
 二度とはない時、見えない翼を羽ばたかさんことを。



Non‐Reversible Season
‐ノンリバーシブルシーズン‐
〜プレリュード〜
イメージOP 
「暁ノ空ヲ翔ル」 歌 佐藤裕美 出典 TVアニメーション「グレネーダー〜微笑の閃士〜(地上波)」OP
イメージED
「and then,」 歌 橋本みゆき 出典 TVアニメーション「Girls ブラボー‐Second Seasn」ED



著者・ヘボ絵 YUK
2005年5月4日



[著者紹介]
 二十世紀後半、日本国は関西に生まれる。現在、関西の某私立大学に通う。暇な時間を見つけて、細々と執筆・作画を行う。ヘボ作家でありヘボ絵師。主な著作として、『それでも最後はハッピーエンドで!?』、『ドゥ・アット・ランダム デビュー』、『新暦戦記ラウズ』などがある。



[語句説明]
○私立新星学院
 私立高等学校。桜ヶ崎と呼ばれる都会からやや離れた場所に、この学校は存在する。校訓は「昨日の友は、今日の敵」、「背水の陣」。これは、理事長きっての指令である。なお、同じ桜ヶ崎に建つ私立高揚学園とは犬猿の仲であり、事あるごとに一戦を交える。
○魔力的引力(マジックグラビティ)
 常人では感じることのできない魔力。魔法の力の源。魔力が大気中に集合する存在こそが魔力的引力である。この魔力的引力に適性のある人間こそが、魔法を使用することができるのである。
○魔法使い(ソルシエ、ソルシエール)
 この世界、「地球」においてはもはや迷信とされている存在。その理由は想像に難くない。この世界において、魔力的引力に適性のある人間は極稀にしかいないのである。だが、事実として、魔法使いは存在するのだ。ちなみに、男性の魔法使いを「ソルシエ」、女性の魔法使いを「ソルシエール」と称する。
○異世界(エトランジュワールド)
 この世界、「地球」とは別の世界のこと。各世界の狭間には、堅く閉ざされた境界線が存在する。これを越えることは一般的には不可能とされるが、例外も存在する。その例外というのは、「魔力的引力の暴発」である。これによって、各世界間移動が可能となる。
○融合科学(ブレンディドサイエンス)
 非科学的な科学。科学的な事象と非科学的な事象、この相反する両者に存在する共通点を手掛かりとして、新たな科学を生み出そうとして実現させたのが、他ならぬ融合科学であるのだ。一部の人間の間では、禁断の科学、「魔科学」と揶揄されている。



[魔法説明]
○風よ、我が意思に従え(プティエールレーニュ)
 攻撃魔法、補助魔法。わずかではあるが、風を自由に操ることができる魔法。なお、空を飛ぶ魔法もこれの応用である。
○閃光の矢(エクラフレシュ)
 攻撃魔法。鋭い光が矢の形となり相手に突き進む。威力は中程度。
○障壁(バリエール)
 防御魔法。魔力の大きさに応じて、衝撃に対する強度も変わってくが、中程度の魔法ぐらいなら防ぐことができる。
○拡大天光波(シエルエクラエクスタンション)
 攻撃魔法。天から降り注ぐ光のごとく強い輝きを放つ。その光に飲み込まれるとただではすまないぐらいの威力を誇る。上級魔法。



[登場人物紹介]IV(=Image Voice)
○巽怜剛(たつみときたか) IV 保志総一朗
 本編の主人公。私立新星学院に通う高校二年生。十七歳。巽家五人兄弟の末っ子。現在は桜ヶ崎市内にあるアパート「霞荘」にて一人暮らしをしている。下校中、不運にも厄介事に巻き込まれる。
 なお、IVは今をときめく人気声優。●ンダム●EEDの●ラ・●マトのような感じをイメージで。
○三条真南(さんじょうまなみ) IV 中原麻衣
 とりあえず、本編のヒロイン的存在……のはずが、このNRS〜プレリュード〜ではあんまり登場機会に恵まれることがなかった。怜剛のクラスメイトであり友人である少女。容姿端麗で学院内でも五指に入るぐらいの美少女と謳われる。ちなみに、口癖は「オブジェクション」。酷く異を唱えたいときに発せられる。
 なお、IVは今や人気声優の仲間入りを果たしたかと思われるこの人。●‐H●MEの●羽●衣のイメージで。キレて叫びはしませんが。
○ウェスティ・ラインハルト IV 水橋かおり
 異世界から来た魔法使いの少女。夜の空き地で怜剛が偶然にも遭遇する。そしてその次の日、転校生として怜剛のクラスに現れる。十七歳。少し無愛想な性格をしているが、容姿は非常に整っているため、寡黙系美少女として転校初日早々に祀り上げられたようである。また、彼女が元いた世界では、魔道師として隣国との戦争に参加するという日々を送っていた。
 なお、IVは思考の末この人に。友人のHIR氏の思惑通り●岡●貴にしないように考えた次第です。イメージ的には●恋の白●沙●かな。
○笆沢梢子(かきさわしょうこ) IV 川澄綾子
 怜剛の暮らすアパート「霞荘」の管理人を務めると共に、怜剛のクラスメイトである少女。十七歳。真南とは親友の間柄であり、怜剛を加えてしばしば食卓の席に着くことがある。丸い眼鏡がチャームポイントで、端整な顔立ちをしているため、真南には劣るが男性陣からの支持は高い。掴みどころのない性格をしている。
 なお、IVはこの人。安定した人気を誇る。●irls●ラボーの●ハル・●ナ・●ナカのようなほんわかしたイメージで。
○南村鎌太郎(みなみむられんたろう)IV 置鮎龍太郎
 私立新星学院理事長であると同時に融合科学研究者。何故か魔法に関する知識を有している謎な人。噂では秘密裏に世界制服を企んでいるという。三十八歳。
 なお、IVはこの人。クールなおっさんのイメージで。
○姫岸瞳(ひめぎしひとみ) IV 清水愛
 DARDからのゲストキャラクター。面白いこと大好き人間。でも、たまには真面目な顔も見せるんだね。私立高揚学園に通う一年生。十六歳。思っていた以上に本編ではおいしい位置を占めました。
 なお、IVは人気上昇中のこの人。イメージとして、これが●の御●人様の●渡●つきで。ワクワク。
○高阪凜火(たかさかりんか) IV 関智一
 DARDからのゲストキャラクター。DARDでは主役であるが、本作ではほとんど出番なし。猪突猛進の熱血バカ。本編では最後に影ながら活躍。私立高揚学園に通う二年生。十七歳。
 なお、IVは言わずと知れたこの人。熱血キャラのイメージで。
○フローラ・エル・アマルナ IV 小清水亜美
 DARDからのゲストキャラクター。ウェスティと同じく異世界からやって来た少女。ウェスティとは元いた世界でも戦っていたようである。十七歳。
 なお、IVは人気が上昇傾向にあるこの人。●クール●ンブルの●本●満っぽい感じで。
○宮川志穂(みやがわしほ) IV 浅野真澄
 DARDからのゲストキャラクター。凜火の幼なじみでありクラスメイト。苦労性でお節介焼きの不幸体質少女。NRS〜プレリュード〜本編でも影ですすり泣く姿が十分に想像できそうなものです。十七歳。
 なお、IVはこの人。少し遡るが、●パイラル〜推理の●〜の結●ひよ●のイメージで。
○飛多豊(とびたゆたか) IV うえだゆうじ
 DARDからのゲストキャラクター。凜火、志穂のクラスメイトである勤勉少年。時に自分の想定の範囲を超える事象が発生した場合、発狂するといった困ったところがある。
 なお、IVはいつの間にか表記がひらがなになったこの人。おどおどした真面目キャラのイメージです。

Copyright 2005 YUK All Rights Reserved.