第1話
「ファイヤー・アンド・フライヤー」
(ダイジェスト プロット)
●CODE1:召集命令あり、遂行任務「学園長孫娘を勧誘せよ」
●CODE2:悲劇のヒロイン、涙ながらの一人仕事
●CODE3:窓際の少年へ、救いの魂を込めて
●CODE4:ファイヤー・アンド・フライヤー、熱いだけでは止めれません
―CODE1―
閑静とした室内に、二人の少年がいた。そのうちの一人、いかにもインテリといった感じの、薄いフレームの眼鏡をかけた、整った顔立ちの少年が口を開いた。
「――さて、凜火。君に一つ質問を与えよう。君も知ってのとおり、この世界において五十年ほど昔に、大きな戦争があった」
眼鏡の少年の視線の先、インテリとは遠くかけ離れた活発な感じの、やる気だけはその瞳に満ちた少年が、大いに顔を曇らせた。
この少年、高阪凜火はほどよく頭を巡り回していた。
「先輩、それくらい俺だって知ってますよ。――ほら、あれですよね、第二次スーパー何とか大戦っていうやつでしょ?」
いかにも物知り顔で凜火は熱弁した。
「……ゲームのやりすぎだ、凜火。話は戻すが、今から五十年ほど前に太平洋戦争という大きな戦争があった。いわゆる、第二次世界大戦というやつだな。それで、ここからが本題に入ってくる」
一息つくと、眼鏡の少年、凜火の一つ上の先輩である早川風水は机に置かれたいくつかの資料に目を落とした。
都会から少し離れた郊外にある、静けさとにぎやかさが混合した、桜ヶ崎という場所に私立高揚学園は建っていた。
季節は春。桜ヶ崎という地名につけても、美しい桜がそこかしこに咲き乱れている。
二人の少年は今、私立高揚学園の文化部棟にあるFSF研究部の部室にいた。ちなみに、FSF研究部というのは、ファンタジー(アンド)、サイエンスフィクション研究部のことである。科学的に、あるいは非科学的に物事を客観的に推察し、ある時には絶対的な、またある時は相対的な視点より、問題解決を図ることを目的に研究を行っている部なのである。
あるきっかけから、文化部とは到底縁があるように思えない凜火が、FSF研究部の一員となることになった。現在では、部長である早川風水の片腕となって切磋琢磨している。
ちょうど今も、新たな任務を拝聴した後に、雑談をはじめたのであった。
「この第二次世界大戦は、かつてないぐらいの大きな戦争であり、膨大な数の死傷者を出した。そこで考えて欲しい、なぜそのような数の被害に及んだのか?」
興味深いまなざしで、風水は凜火を眺めた。
「先輩……、それはかなり難問ですね。少し考えさせてください」
頭を抱えこんで凜火は再び思考の渦に迷い込んだ。
人と人が戦い、死傷に至る。そして、その数が果てしなく膨大である……っ?!
「わかりました! 先輩、答えは各々の兵士の熱き魂の結合体が巻き起こした、究極の悲劇だったんですね!?」
「……っ?!」
その目に涙を浮かべながら偉大なる死者に冥福を祈る凜火とは反対に、風水は驚きを隠せないでいるようだった。
「……り、凜火……君という男は――」
一瞬の沈黙。
「――実にすばらしい解答だ」
聞く人が聞けば、さぞずっこけるようなシーンではある。しかし、この場にいる二人は、雑念が入るすき間がないほど実に真剣であった。
「一般的な解答に目を向けるようでは、決して真実などは見えてこない。記録に残った事実と、記録に残らなかった真実というものが存在するのだ。凜火、よくぞ常識の虚空を見破った」
職員室に置かれている通常の机より、はるかに価値が高いと思われる机に、これもまた値の張りそうなイスに座った風水は、感心したようにうなずきながら、「祝」と記された扇子をサッと広げた。
「――ははっ、それほどでもないですよ、先輩」
案外、適当に言ってみるものだと、凜火は思った。この強運をテストの選択記号問題に活用できるのなら、これに勝ることはないが、そんな都合のいいことがそうそう起こりはしない。
「君の解答はかなり真実に近いものだ。人の魂とは、すなわち人の精神力。その精神力の固まりが暴発すれば、それ相応の被害が出る。――この高揚学園に流れる大気も、実に独特のものだよ」
風水はゆっくり立ち上がると、窓の向こうに広がる景色に目をやった。
「まぁ、雑談はこのぐらいにしておくとして、だ。凜火、本日の任務のほうもよろしく頼むぞ」
「まかせといてください、先輩! では、さっそく行ってきます!」
満ち溢れんばかりの気合の一声をあげた凜火は、そのままの勢いで駆け出した。
「少々待ちたまえ、凜火。君に手がかりを与えることを忘れていた」
机の中に置かれたいくつかの資料の中から、風水は一枚の写真を取り出して凜火へと手渡した。
写真には一人の少女が写っていた。少し編みこんだ横髪と、背中に流れる長髪が印象的な、幼さは残るが整った顔立ちをした少女である。
「――へぇ、けっこうカワイイ娘なんですね」
その写真に目を落としながら、凜火が口を開いた。
「まぁ、な。世間一般でいうところの美少女というものだな。この娘が、現在の私立高揚学園長である姫岸鷹王の孫娘、姫岸瞳だ」
淡々とした口調で風水は話した。
「姫岸瞳……そうか、姫か……。よしっ! 行ってくるぜ〜っ!」
凜火は再度、気合を入れ直すと、今度こそ勢いよく部屋をとびだしていった。
風水から与えられた任務、それは学園長の孫娘、姫岸瞳をFSF研究部に入部するように仕向けることであった。
簡単に言うと、勧誘しにいったわけなのだ。
凜火の姿が見えなくなると、風水は腰を下ろして、また机の上に置かれた資料を眺めはじめた。
「――走行車と、飛行者には十分に注意するように」
ぼそりとつぶやいた一言は、もちろん凜火に聞こえることはなかった。
―CODE2―
職員室の一角、そこで一人の教師と一人の少女が問答を続けていた。
その中年の男性教師、林大(はやし まさる)は特にその女生徒に関心を示すこともなく、ただ彼女の言い分を面倒くさそうに聞いている。どちらかといえば体育会系の林は、言葉より態度で示すのが適切であると自覚している。
一方、その女生徒はというと、必死に説得を試みている様子だ。肩よりも少し伸びた髪が良く似合う端整な顔立ちをした少女である。
「おい、宮川よう。おまえの気持ちも分からないことはないが、期限が今日までなんだから、仕方ないだろうが」
「そんな、でも今日は凜火……じゃなくて、高阪君がどこかへ走って行ってしまって、明日にでもきちんと仕事をやりますので、お願いします」
手を合わせて哀願する少女、宮川志穂の言葉に林は少し顔をしかめた。
「――宮川、社会にはな、ルールってものがあるんだよ。それに学級委員の仕事は、一人でもできるわな。まぁ、がんばってくれや」
林は有無を言わせないスマイルで、宮川と呼んだ女生徒の肩をポンとたたいた。
「……はい、わかりました」
その女生徒は涙声でがっくりとうなだれた。
この少女、宮川志穂は、今年高校二年生となる。新しく変わったクラスで、学級委員を任されることになってしまい、早速仕事を頼まれたわけだが、ちょうど相方である幼なじみの高阪凜火が、ホームルームを終えるやいなやとびだして行ってしまったので、全責任を一人で負うことになってしまったのである。
「……はぁ、どうしてわたしだけこんな目にあうのよ……」
職員室を出て、志穂は涙ながらに不満をもらした。
学級委員の相方、高阪凜火とは幼なじみで付き合いが長いが、いつも自分が被害者になっているような気がする。今日もそうだ、ホームルームが終わって真っ先に話しかけようとしたのに、まったく聞く耳持たずに走り去ってしまったのだ。
「昔からいつもいつも、わたしが不幸になるのはなぜ? お願いします、神様! ほんの少しでいいですから、わたしに光を当ててください」
――と、職員室横の壁に手をあてて祈りを捧げる志穂の耳に、廊下を勢いよく走ってくる音が聞こえてきた。
まさかと思い振り返ってみると、先ほど走り去った凜火が走ってくるではないか。凜火のほうも、こちらに気がついたようだ。
「志穂? おまえ、こんなところでなにしてるんだ?」
人の気も知らずに、凜火が何食わぬ顔で問いかける。
「――はぁ、いったいどれだけわたしが苦労してると思っているのよ……」
凜火が来てくれたことを神様に感謝しつつも、志穂は嘆いた――が、
「――志穂っ! すまん?!」
「……えっ? ち、ちょっと、凜火?」
突然、凜火が頭を下げたかと思うと、志穂の手を力強く握り締めた。
「や、やだっ、こんなところで、誰かに見られたらどうするのよ?」
頬を赤く染めながら、志穂はうつむき加減に話す。いきなりのことだったので、動悸が簡単に止まりそうになかった。
「……志穂っ! これを見てくれ!?」
「きゃっ! だ、だめっ、凜火――って? えっ? 写真?」
志穂の予想に反して、凜火は特に何もすることはなく、懐から一枚の写真を取り出しただけだった。
「――志穂、聞いてくれ。この写真の人物が今回の任務の重要人物なんだ。しかし、オレの前には壁が立ちはばかっている! オレはどうすればいいんだ〜?!」
苦悶の叫び声をあげる凜火は、とりあえず放っておくとして、志穂はその一枚の写真に目を向けた。
そこには一人の少女が写っていた。あどけない笑顔のその少女は、美しさよりもかわいらしさのほうが、とても前面に押し出されていた。
「なっ……ま、負けた――じゃなくって! いったいどんな任務を言い渡されたのよ、凜火?」
実のところ、志穂も半強制的にFSF研究部に入れさせられているので、部長の早川風水がしばしば凜火に任務を与えることは、承知しているのである。
「だ、だめだっ! 考えてもわからん〜!? それなら、当たって砕けろだ〜!」
頭を抱えこんだまま凜火は雄たけびをあげると、志穂に返答することもなく全速力で走り出した。
「――えっ? 凜火、ちょっと待ってよ! お〜い!? 学級委員の仕事〜!」
志穂も負けじと大声で叫ぶが、凜火は結局反応することはなかった。
「……おい、宮川よう。ここは職員室の前なんだからよ、もう少し静かにしなきゃいかんだろうが?」
振り返ってみると、担任の林が職員室の扉から顔をのぞかせていた。
「……あっ、す、すいません! で、でも、わたしだけが悪いわけじゃなくて――」
「――宮川、他人に責任を転嫁しちゃいけねえよ。……まぁ、彼氏にフラれて気が立っているのは分からんでもないがよう」
「……フラれてなんかいません! それに、彼氏じゃありません……ただの幼なじみです。失礼します!」
小さく頭を下げると、志穂は背を向けて歩き出した。その表情は怒っているのか、照れているのかも判別しがたいものであった。
「――なんなんだ、あいつは?」
皆目見当のつかない林は、ただ頭を悩ませるばかりであった。
「――はぁ、やっぱりわたしって不幸なのかな? こんなことなら神様に感謝なんかしなきゃよかった……」
学級委員の仕事を行うため、自分のクラスである2年C組の教室へと向かいながら、志穂はまた独り愚痴をこぼした。
「それと、さっきの写真の女の子……かなりかわいかったかな? ――いやいや、そんなことより凜火だ。わたしのことなんか全然お構いなしに、あの娘に夢中になって!」
凜火に対する怒りをあらわにしながらも、志穂は自分の手を見下ろし、ふと、先ほど凜火に手を握られたことを思い出していた。
「――まったく、紛らわしいことしないでよね」
その表情は怒っているようなそれではなかった。それよりもむしろ、あきらめの中に含まれる嬉しさのようなものだった。
―CODE3―
太陽がようやく南に達して、一休みしようかという、そんな正午過ぎの一時。
誰しもが一息入れたくなりそうなこの瞬間にさえ、少年、高阪凜火の足は立ち止まる兆しさえ見せることはなかった。
「いったいターゲットはどこに行ってしまったんだ? 探しても、探しても見つからねぇ! ――はっ! ま、まさか、オレたちFSF研究部へのなぞの刺客が、あらかじめオレの任務を察知して、先手を打ったのか〜?!」
悲痛な叫び声をあげながら、凜火は脇目もふらずに走り続けた。時には、通行人との接触も見受けられたが、凜火のほうは特に気にすることはなかった。
「待ってろよ! 謎の敵めっ!? オレがすぐに見つけ出してやる」
妄想の中で、謎のままで終わって欲しい敵さんとやらに、凜火は堪えきれず怒りをぶつけた。
「――っ?! な、なんだ、この感じは?」
突然、体中に電流が走ったような感覚に、凜火はしばし立ち止まった。
「くっ! こんなときに……誰かが助けを呼んでいるっ!」
説明しよう。どうして、凜火が市民の助けを感じとったのかを。
FSF研究部創始以来、比類なく最高レベルの頭脳の持ち主である、早川風水現部長の力の限りの科学と非科学の結晶が生み出した産物である「SOSシステム(体験版)」が、凜火に装備されているのである。
たとえ開発の過程を詳しくレクチャーされたとしても、常人の理解の範疇を容易く超越しているので、凜火は風水から猿でも分かる程度の簡単な説明を受けた。
曰く、「人が助けを求める声をキャッチできる装置である」と。
「誰かがオレの助けを待っている……でも、先輩から与えられた任務もある!」
少年、高阪凜火は苦渋の決断を迫られていた。
「……っ!? だ、だめだ! オレにはやはり無視することはできない!?」
まさに、断腸の思いであった。とはいえ、凜火の正義の心が助けを求める者達を放っておくことなど、到底できるわけがなかった。
決意を新たに、凜火はその声の主のもとへ急いで戻った。
廊下を少し行くと、なにやら人が集まる場所があった。
「――だ、誰か――!? 助けてくれ〜!」
ざわざわとした人込みの中から、男の声が聞こえてきた。
「おい、ちょっとどいてくれ」
どうやら助けを求める声は、窓の外から聞こえているようだった。見ると、窓の縁にわずかに手がかかっていた。すぐにも落下しそうなのを必死に堪えているようだ。
「安心しろ――いま助けてやるからな――」
窓際にいた男子生徒の一人が、窓の縁に手を伸ばそうとした――が、
「……ひぃっ!? あ、あかん! もう死んでまう?! た、頼むわ〜後生やさかいに助けてえなぁ〜!? ひぃっ! ひひひっ!!」
それは、助けを求める者の突然の変化だった。発狂したかとも思われるその者の変貌により、助けようとしていた男子生徒が、恐怖のあまり救いの手を引っ込ませてしまった。
いや、それだけではない。彼を助けるために集まっていた数人の男子生徒は、ある者は軽蔑のまなざしを残して、またある者は泣き叫びながら、皆すべて四散してしまった。
「――そっ! そない殺生な〜っ!? た、頼む〜、もうあかんっ! し、死んでまう〜、ひ、ひぃっ! ひひっ――!!」
窓際から聞こえてくる断末魔の叫び。ところが、凜火は特に臆することもなく窓際に近づくと、窓の縁につかまる手をとり、そのまま易々と引き上げてしまった。
「おい、そんなに叫ぶ元気があんなら、自力ではいあがってこいよな」
「――あかんっ! もうあかん!? 死んでまう、死んでまう〜?! ひぃっ!!」
「……いいかげんに黙れ! うるせえ」
助かったのにもかかわらず、叫び続けるその少年の脳天へと、凜火はチョップを叩き込んだ。
「――わぷっ!? ……はっ! ぼ、僕はこんなところでいったい何を……?」
チョップをくらったその少年は、どうやら正気に戻ったらしく、訳がわからずに沈黙した。ややフレームの厚い眼鏡をかけたその少年は、制服のボタンをしっかりととめて、いかにも真面目で秀才な様子を醸しだしている。
「……そ、そうだ! 思い出したぞ。僕が廊下を歩いていると、ものすごい勢いで誰かが突進してきて、窓の外に突き飛ばされてしまったんだ。まったく、とんでもない奴だ! だいたい、廊下を走るなんて校則違反だ。情けない話だよ。そもそも、『廊下を走ること』が校則違反なんていうのは、この全国校則ガイドの最初のページに記されている基礎の基礎だというのに……」
眼鏡の少年が、全国校則ガイドなどという怪しげな本を取り出しながら、ぶつぶつと文句を漏らす。
「そうか……。不幸な運命だったんだな。それにしても、善良な市民を窓に突き飛ばすとは許せねえぜ!」
まさか、この少年を窓に突き飛ばしたのが、他ならぬ凜火本人であるとは少しも思わないので、凜火は大いに叫び続けた。
「まったくもってそのとおりだ! だいたい、近頃の学生は全体的にたるんでいるんだ!? 君もそう思わないかい、高阪君?」
「……んっ? ちょっと、待て。なんでおまえがオレのことを知っているんだ? ていうか、おまえは誰だ?」
凜火の言葉に、眼鏡の少年はあぜんとした様子になり、おどけた口調で話し出した。
「……えっ? なんで、なんで? ちょっと待ってよ。同じクラスの飛多豊だよ。全然覚えてないことはないだろ? 見覚えくらいない?」
「――すまん、まったく覚えがない」
眼鏡の少年こと、飛多豊は雷に打たれたかのような表情を見せた。
「……そ、そんな――」
「そんなに落ち込むなよ、豊。安心しろ、たった今覚えた」
凜火は知り合ったばかりだというのに、あたかも友達に話しかけるようにフレンドリーに話しかけた。
「……ゆ、豊って、高阪君、いきなり呼び捨てるなんて――」
「――まぁ、そう気にするなよ。オレのことも凜火でいいからよ」
凜火の勢いに押された形で、豊は渋々うなずいた。とはいえ、豊の表情はむしろどこか嬉しそうであった。
「わかったよ。こちらこそよろしく、凜火。――そういえば、先ほど不思議なことが起こったんだ……」
一変して神妙な表情になった豊が、ゆっくりと口を開いた。
「さっき窓から落ちそうになっていた時だけど、不思議な光を見たんだ。突如、空に現れた虹のような色の光だよ」
しばし黙考していた凜火だが、何を閃いたのか、手と手をたたき合わせた。
「――わかったぞ!? その光が今回のターゲットとなにか関係があるんだ! 待ってろよっ、見えざる敵めっ?!」
「――えっ? ターゲット? 敵? なんのことなんだ? お、おい、凜火?」
豊が質問しようとしたとき、すでに凜火の姿はなかった。猛烈な勢いで外へと飛び出してしまったのだ。
「おい、凜火〜!? 廊下を走るな――!!」
全国校則ガイドを片手に、豊は凜火の背中へと叫びつけるが、残念ながら効果はなかった。
イベントも終わり野次馬が散らばり始める中で、立ち止まったまま一歩も動くことなく、感銘を受けたようにキラキラと瞳を輝かせる少女がいた。
少し編み込んだ横髪に、後ろに長く伸ばした髪が印象的な美少女である。
「こんな楽しいことに巡り逢うなんて、ラッキー。いまみたいなことがいっぱい起こったら、もっと楽しくなるのになぁ、ふふっ」
柔らかな微笑みを残して、その女生徒もようやくこの場を離れた。
この少女、姫岸瞳こそが凜火の探していたターゲットであったが、凜火がそれに気づくことはなかった。
―CODE4―
窓から落ちそうになっていた眼鏡の少年、飛多豊の証言を聞き、少年、高阪凜火が外に飛び出すまでの時間は、ごくわずかなものであった。
新学期が始まってから間もないため、現在は短縮授業期間中である。部活動に参加している者は、午後も部活が待っているが、それ以外の者は早々に帰路についていた。
凜火が外に飛び出した今も、ちらほらと下校する生徒の姿があった。
「……外に出てきたはいいが、いったいどこに手がかりがあるんだ〜?!」
凜火が頭を抱えて嘆く。その言葉のとおり、怪しい者の姿もなければ、虹のような光も見えなかった。
「――くっ! こうなれば情報収集だ」
まずは手がかりの一つでも掴もうと考え、凜火は下校途中の生徒に手当たり次第に質問を投げかけた。
「――こんな良く晴れた日に、虹なんか見えるわけないじゃん!」
通りすがりの女生徒の一人が、口を尖らせて言った。
「――そんな夢みたいなこと、起きるわけないよ。でも、どうせなら『ある日突然、十二人の妹と一緒に暮らすことになった』みたいな、レベルの高い理想を語ろうよ、ねぇ。……妹、萌え……ムフ」
通りすがりの小太り丸眼鏡が、陶酔したような表情で語った……無視した。
「……光、虹のような光……か。うーん? そういえばさっき、虹かどうかはよく分からなかったけど、ちょうどここから見て、裏門の方角に何か光るものが見えた気がする……」
正門のそばに立ち並ぶ木陰に寝転がっていた一人の男子生徒が、不思議そうに話した。
「――それだっ! 豊が見たっていう光はそれに違いない!?」
場所が分かれば後は行動に移すのみ。凜火は再び裏門へと向けて走り出した。
――そして、
「……どうしてなんだ……光なんて、どこにもねえぞ……」
少年、高阪凜火は途方に暮れていた。男子生徒の情報をもとに、私立高揚学園裏門までやって来たのはいいが、それらしきものを発見することができなかった。
また、情報を収集しようにも、裏門の周りは正門と違って閑静としていた。そんな人気の少ない道を、凜火が歩いていたその時――、
ププ――ッ!!
俯き加減に歩いていた凜火が、道をちょうど曲折すると、大きなクラクションでふと視線を前方に向けた。
「――な、なぬっ? と、トラックだとぉ?」
いかんともしがたいことに、大型のトラックが、あろうことか凜火の目の前にまで迫っていた。もしも直撃を食らうことになろうものなら、一瞬であの世に飛び立つなどは容易いものである。
「――し、死ぬ〜〜〜?!」
凜火は無意識のまま大きく叫んだ。とっさに直撃を回避しようとも考えたのだが、ただでさえ狭い道に大型トラックが突っ込んでくるので、もはや逃げ場所がなかった。
「――ま、まじでヤバイ……。こうなったら、リミット解放しかない! 発動、火事場の馬鹿力!!」
リミット解放、いわゆる火事場の馬鹿力というのは、一種人間の限界を超越した力である。真に人の生死の危機が訪れたときに、精神力の優れた人間はその力を発動することができる――というのは、FSF研究部長、早川風水の言葉である。
以前に風水が、「超能力と火事場の馬鹿力について」というテーマで講義していたのが、凜火の頭の片隅に残っていたのだった。――しかしながら、常識的に考えて普通の人間がたとえ限界を超越したところで、果たして大型トラックを素手で止めることなどできるのか。……答えは否である。
キキ――――ッ!!
凜火の立っていた場所を十数メートルほど過ぎたところで、その大型トラックは止まった。すぐにドアが開いたかと思うと、中から作業服を着た神経質そうな中年の男が、真っ青な顔で外に出て来た。
凜火の存在を確認しようと後ろを振り返ってみたところ、その中年男性の顔色はますます悪くなった。その表情からは、「ああ、やっちまった……」というような、あきらめが滲み出ていた。
その地に、凜火の姿はどこにも見当たらなかった。つまり、中年の男はそれで凜火をひき殺してしまったと思い込んだのだ。
――血の跡など、どこにも見つけられないというのに……。
すなわち、それは凜火の生を証明していた。凜火はこの不可能なシーンを生き延びたのだ。――しかしながら、決して凜火の火事場の馬鹿力のおかげで助かったのではなかった。
「――危なかったねえ、キミ? あのままじゃ、今ごろ突き飛ばされて、とんでもないことになってるよ。推測するに、あのスピードによる衝突の威力なら、いくら防御魔法をはったところで、並たいていの術者じゃまったく効果がないわね」
凜火の耳に、少女の声が聞こえてきた。説教されたかと思いきや、ぶつぶつと独り言を漏らしながら分析しはじめる。
その少女の声で、凜火はようやく我に返った。
「……んっ? オ、オレはいったい……。――そ、空を……飛んでる?!」
凜火の視界には、広々とした大地が入った。大空高くから、大地を俯瞰しているのである。それは、自分が宙に浮いていることの裏返しであった。
「……そ、そうか、オレは敗北したんだな……っ! そして、今からあの世に召されるのか……。くそっ!? 先輩からの任務を残したまま逝くなんて、死んでも死にきれねえっ?!」
凜火は大きく憤慨しながらも、ふと誰かに手を握られていることに気づいた。仰ぎ見てみると、そこには一人の少女の姿があった。どうやら、先ほどから聞こえてきた声は、この少女のものなのだろう。
その少女は、あまり服やファッションなどには興味がない凜火でさえ目を惹くほど、変わった衣装に身を包んでいた。運動性に適したローブに、肩や胸など随所に防具のようなものが着けられている。
少し頭を悩ませた凜火だが、一つの結論に辿りついた。
「――おまえは死神だな? だから、そんなにヘンテコな服を着て、オレをあの世に連れていこうというんだな?!」
凜火の言葉に、いまだに独りでぶつぶつと話し続けていた少女がピクッと反応した。
「誰が死神よ、誰が? それに、ヘンテコな服を着てるのは、キミのほうでしょ?! 命の恩人にかける感謝の言葉は出てこないのかな?」
ムッとしたような顔で振り向いたその少女は、凜火に負けじと言い返した。
「――なぬっ? ……どうして、おまえがオレの命の恩人になるんだよ。だって、オレはもう死んで――」
「――死んでなんかないよ。ちゃんと自分の身体をよく見てみなさいよ……」
あきれた感じの少女の声に、凜火は従うことにした。視覚と触覚により、自己の身体の状態を確認してみたところ、ある一つのことが分かった。
「――あ、あれっ? オレはもしかして……生きてる?!」
凜火が驚いたことに、特に身体に異常はなかったのである。そうなのだ、少女の言ったとおり、凜火は死んだわけではなかったのだ。
「……はぁ、だからさっきから言ってるじゃない。わたしがキミをあの大きな物体から助けてあげたんだって……」
少女が地上を指さして言う。そこには、先ほどの大型トラックが止まっており、いまだに中年の男性がキョロキョロと周囲を眺めまわしていた。
――ここに至ってようやく、凜火は当然発するべき疑問を、その少女へと問いかけることになる。
「――どうしておまえ……空を飛べるんだ?」
ありきたりの質問ではあったが、今のこの状況にはもっともふさわしいように思われた。
――突然現れた謎の少女。その少女は命の恩人で、さらには空を飛んでいた。その段階ですでに、驚きと熱く燃える闘志が溢れでようというのに――、
「――わたしの名前は、フローラ・エル・アマルナ……まだまだ駆け出しの、魔法使い(ウィザード)だよ♪」
その少女、フローラは現実離れした言葉を、無邪気な微笑のまま、あっさりと言ってのけたのだ。
――こうして、何気ない日常は変化の兆しを見せ始めたのである……。
(第1話「ファイヤー アンド フライヤー」 終)
凜火が事故に遭ったみたいね。それみたことか、学級委員の仕事をサボったりするから、きっと神様が罰を与えたのよ。でも、できることなら凜火を傷つけないで、わたしを不幸な運命から解放して欲しいんですけどね。――そう、例えばわたしと凜火が……ごほっごほっ(顔を赤くして咳き込む)。その話は置いておくことにして、仕事のほうを先に終わらせようっと。――凜火の前に突如現れた、自称魔法使いの謎の少女、フローラ。果たして、彼女はいったい何者なのか? 半ば忘れ去られてしまった凜火の任務は、いったいどうなってしまったのか? 水面下で怪しげな胎動をみせる見えざる敵の正体とは!? ――はぁ、ライバルは出現して欲しくないけどなぁ……ごほっごほっ(さらに顔を赤くして咳き込む)。と、いうことで……、
ドゥ・アット・ランダム デビュー 第2話
「表裏一体の異次元ワールドへ、ようこそウィザード」
期待せずに楽しみに……永久のアデューより……
伝説のまま終わってしまうのかと半ば確信していた、初代ドゥ・アット・ランダムが、なんとドゥ・アット・ランダム デビューとして、復活することになりました。とはいえ、執筆意欲に乏しい筆者の今の状態では、当初の1話予定分を二つに分割して、1話と2話で完結させることになりました。なにかと時間と気分の弊害があるわけでありますな。まぁ、2話もぼちぼち書いていく所存です。知る人も知らぬ人もいようかと思われますが、今からもう三年以上前に原作の構想が出来上がった、初代ドゥ・アット・ランダムのリニューアルとしてドゥ・アット・ランダム デビューが始まったわけで、初代の内容を少し味付けした形で話を進めて行こうと思ってます。また、筆者の「ドゥ・アット デビュー」と並行して、あっち氏が書いておられる「ドゥ・アット・ランダム リバース」のほうも注目であります。二つの世界での異なる物語を、行き当たりばったりにそれぞれが書いていくという、それが基本姿勢であります。それでは、そろそろこの辺で。読んでくださった皆さんに感謝の念を抱いて。
さてさて、今日もドゥ・アット・ランダムで行きましょうか?
2004年10月7日
著者 YUK