ホームページのタイトルにもなった「縁」についてのエッセイです。どうして、「縁の部屋」という名になったのか、わかっていただけるんじゃないでしょうか、、、
縁あって、今がある
物に対するこだわりー初めて買ったマドラーのお話
イタリアへの思い
学生の頃、いつも何かにせかされている気がしていた。例えて言うなら、今までの人生は目的地のないまま、ただ歩かされていた感じ。それは、自分をよく見つめていなかった私の怠慢に他ならない。そして、今頃になって、自分が昔からこだわり続けていたものが見えてきた。それは、例えば、「マドラーの話」からでもわかる。幼稚園の頃、母とデパートに行った時、白いセーラー襟ののワンピースがどうしても欲しくて地団太をふんだ記憶がある。そんな時から、物やファッションには興味があったようだ。今頃になって、自分の進みたい道が見えてきた。デザインの勉強をするには勇気も体力もないが、世界有数のデザインの本拠地であるイタリアへの思いは日増しに深くなる。そこで、インテリアやファッションについて学んでみたい。数多く残されている何世紀も前からの美術品や建造物を見てみたい。とはいえ、イタリアについての知識はまだ赤ん坊のごとく、無知でこれから色々勉強していきたいと思っているところ。まだ始まったばかり。
今、イタリアへのあこがれがいつかイタリアへ行く夢を募らせている。
(イタリア料理が好きな食いしん坊の私には本場のイタリア料理を味わってみたいと言うもう一つの欲望があったりして・・・;)
小さい頃、夏の飲み物といえば、「カルピス」だった。当時のカルピスのコマーシャルはとても子供心をくすぐるものだった。飲み口が広く開いたグラスに注がれているカルピス。その中の氷が溶ける音。グラスについた水滴。なんとも美味しそうでさわやかなコマーシャルだ。家でいつもそのさわやかなカルピスを母に作ってもらったけれど、一つだけ気に入らないことがあった。それは原液と水を混ぜるのに箸を使うこと。私はある年の母の日に家にはなかったマドラーを買おうと、一人で商店街に行った。そこで見つけたのは透明なガラスの棒の中が空洞になっていて、その空洞の中にカラフルなビーズがいくつか入っているマドラー。振ると綺麗な音がする。私は一目ぼれしてそれを買った。私は素敵なマドラーが見つかったことがうれしくて、急ぎ足で家に帰って母に渡した。けれども、母はちっともうれしそうじゃなかった。「なあに、これ。」(母たちよ!子供が母の日に買う贈り物はどんな物でも喜ばなくてはいけない・・・。)悲しかったけれど、その日から食器棚にひっそりとしまわれたマドラーの存在が私のお陰であるのだという満足感にひたることができた。引き出しを開けてはその綺麗なマドラーを眺めた。そして、カルピスも自分で作るようになった。いつも飲んでいたカルピスの味まで変わった気がした。もともと私は食器棚を眺めるのが好きだった。白い蛍焼きの茶器や青いふちが綺麗なお皿などなど。いつかお嫁に行く時に持っていくための食器を吟味していた。そんな風に台所に立つようになったのはいつの頃からだっただろうか?その時から私の物に対するこだわりがあったように思う。
何でも「縁があったのね。」っていってしまうと、他力本願に聞こえる。縁を作るのも自分。何もしなければ、何も起こらない。以前、転校していった娘の友人からメールが届いた。「新しい学校で友達ができない。」その返答に悩んでいた娘に私は助言した。「友達はできるものではなくて、作るものだよ。」と。誰だって、努力しなければ、自分の望むものは手に入らない。縁は自分で作るものだと私は思う。引っ越した先で、知り合いが誰も居ないところから始まる生活。その中で、いつも友達を作るのは難しいけれど、まず、自分から足を踏み入れ、人を招く。断られても、めげずに話しかければ、必ず友達はできる。そして、そんな努力から作った、そして縁あって出会った友達は大切にする。そうしていると何もなかった生活が彩られて行く気がする。そして、サブ・タイトルにもなった、「素敵な暮らしを求めて・・・」にしても、努力なくしては、素敵な暮らしなどできない。人それぞれに素敵な縁があって、素敵な暮らしができるのだと私は信じている。